2012/11/16 - 2012/11/23
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ペルセポリス遺跡の宮殿跡や、宝物殿跡の紹介です。紀元前331年、この地を征服したアレキサンダー大王は、この宮殿に暫く留まった後、部下に命じて焼き尽くしたと伝わります。(ウィキペディア)
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僅かな石柱と基礎部分が残された、『クセルクセス宮殿跡』です。『ペルセポリス』は、イランのファールス地方(当時はパールサ地方)にあり、ギリシャ語で『パールサの都市』を意味する呼名とされます。(同上)
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同じく、僅かな石柱と基礎部分が残された、クセルクセス宮殿跡です。門も残されていました。クセルクセス1世は、アケメネス朝ペルシアの王(在位:紀元前486~紀元前465年)でした。(同上)
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『The Hadish(ザ・ハディシュ)』のタイトルがあった説明プレートです。クセルクセス宮殿とも呼ばれ、クセルクセスのハーレムとも紹介されていました。(同上)
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イチオシ
『鏡の間』とも呼ばれる『ダレイオス一世宮殿跡』です。規模は大きくない宮殿ですが、精緻な造りの宮殿跡です。『タチャラ』とも呼ばれています。『タチャラ』は、『冬の宮殿』を意味します。(同上)
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ダレイオス一世宮殿跡』のズームアップ光景です。『鏡の間』とも呼ばれますが、これは使用された石材が黒大理石であるためとされます。磨けば黒光りする石質のようです。所々に、補修された痕が見えました。(同上)
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同じく、立ち入りが制限されていた、『ダレイオス一世宮殿跡』のズームアップ光景です。冬の宮殿とも呼ばれる『タチャラ』は、ダレイオス一世のプライベートな宮殿でした。(同上)
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『クセルクセス宮殿跡』と『ダレイオス一世宮殿跡』の見学を終え、次に向かったのは、岩山の中腹にある『アルタクセルクセス二世王墓』です。その途中の『宝物庫跡』か『兵舎址』の光景です。アレキサンダー大王は、ペルセポリス攻略の際に12万タラントンの黄金を手に入れました。その金額は、スサの陥落で得た時の金額の3倍と想定されています。(同上)
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『宝物庫跡』の脇を通って、ペルセポリス遺跡の東に隣接する『アルタクセルクセス二世王墓』に向かいました。この写真では左上付近に見えています。ペルセポリスにこれだけの財宝が保存されていたことは、アケメネス朝最末期においてもペルセポリスが重要な都市であったことを証明します。このため、アレキサンダー大王はこの都市を訪れ、そして破壊していきました。(同上)
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『宝物庫跡』の光景です。紀元前331年のアレキサンダー大王により焼き払われた建物の一つであることが、発掘調査で確認されているようです。スサは、現在のイランの西南部に位置し、紀元前30世紀から紀元前7世紀にかけてエラム王国の首都でしたが、紀元前540年、アケメネス朝ペルシャのキュロス2世により滅ぼされました。その後、アケメネス朝の王宮が置かれて再び栄えていました。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』の近くまで岩山を登ってきました。王墓から一段下がった場所に広場がありました。かつて、祭祀が行われた場所かもしれません。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』のズームアップ光景です。この場所も後年に破壊された痕跡がありましたが、王の謁見の場面のレリーフのようです。(同上)
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同じく、『アルタクセルクセス二世王墓』のズームアップ光景です。アルタクセルクセス二世(紀元前430頃~359/358年)は、アケメネス朝の諸王の中では最長の在位期間(紀元前404~紀元前358年)でした。父はペルシア王ダレイオス2世ですが、まだ即位していない時期でした。野心家の弟の小キュロスとの確執もあったようです。『小キュロス』は、アケメネス朝の大王ダレイオス2世の次男で、アケメネス朝の始祖キュロス2世と区別するための呼び名です。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』の壁面に向かって右手方面の光景です。自然石が直角に切り取られた跡がありました。『小キュロス』は、アケメネス朝ペルシアの王子でサルディス総督でしたが、大王である兄アルタクセルクセス2世に対して反乱を起こし、紀元前401年のバビロン近郊でのクナクサの戦いで戦死しました。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』の正面の壁面のズームアップ光景です。入場はできませんでしたが、1階に出入口がありました。下部が黒っぽいのは、長い間砂に埋もれていたためのようです。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』の正面上部のレリーフ光景です。玉座担ぎは玉座の下に、2層に描かれています。(同上)
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支柱を支える双頭の牡牛像です。支柱は補修されたような鋭角的な角と綺麗な表面を持っていました。(同上)
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同じく、別の支柱を支える双頭の牡牛像の光景です。牡牛像の風化に比べて、明らかに支柱は新し過ぎるようです。(同上)
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イチオシ
『アルタクセルクセス二世王墓』から眺めたペルセポリス遺跡の光景です。西に向かって、手前から兵舎址、百柱の間と謁見の間がほぼ一直線に並び、左奥にダイオレス宮殿跡の黒っぽい柱が見えています。右奥には、クセルクセスの門の一部も見えていました。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』から眺めた、ペルセポリス遺跡の南側方面の光景です。(同上)
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同じく、『アルタクセルクセス二世王墓』から眺めた、ペルセポリス遺跡の南側方面の光景です。中央付近が宝物庫跡、その奥の建物がハーレム址で、現在のペルセポリス博物館です。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』から眺めた、ペルセポリス遺跡の西北方面の光景です。中央奥に見えるのが、遺跡の北西に位置するクセルクセスの門です。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』から眺めた、ペルセポリス遺跡の西北方面の光景です。遺跡の北端部分の光景です。かつては、周りが城壁で囲まれていたようです。(同上)
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振り返って眺めた、背後の『アルタクセルクセス二世王墓』の光景です。一段高い場所までは、左右に石段が設けてありました。(同上)
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ズームアップしたペルセポリス池期の光景です。手前が兵舎址、中間付近が百柱の間、その奥の屋根がある場所が、謁見の間です。右端に見える石柱列も謁見の間址のものです。(同上)
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イチオシ
『鏡の間』とも呼ばれる、『ダレイオス一世宮殿跡』のズームアップ光景です。遺跡の中では、一番保存状態が良かった一角です。(同上)
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ズームアップしたこちらの遺跡は、『クセルクセス宮殿跡』だったようです。時代が古い、『ダレイオス一世宮殿跡』より残された門や柱が疎らでした。(同上)
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兵舎址から、宝物庫跡にかけて光景です。手前が兵舎址、現在の博物館の東に隣接するのが宝物庫址です。(同上)
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現在は博物館として使用されている、ハーレム址のズームアップ光景です。屋根の上に置かれているのは、エアコンの屋外機と照明器具などです。(同上)
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同じく、現在は博物館として使用されている、ハーレム址方面のズームアップ光景です。前庭の庭木が目印です。(同上)
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『アルタクセルクセス二世王墓』からのペルセポリスの見学を一通り終えました。この後は、もう一度ペルセポリスの中を見学しながら、再集合場所のレセプション・エリアに戻りました。(同上)
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