2016/10/29 - 2016/10/30
7位(同エリア66件中)
ひらしまさん
紀元前331年、アレクサンドロス大王率いるマケドニア軍は、大遠征の途上でペルシャ帝国の宗教的首都ペルセポリスを徹底的に破壊する。敗れたアケメネス朝ペルシャは歴史から姿を消し、ペルセポリスは遺跡として風雨にさらされることになる。日本ではようやく縄文時代から弥生時代へと移っていく頃だった。
現地2日目の午後、そのペルセポリス遺跡を訪ねる。
〈旅行時のレート 1万リアル≒29円〉
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昨日通りで声をかけてきたタクシー運転手と、午後1時から5時間100万リアルで約束していた。ちなみに事前調査した事例では60万~120万だった。
1時間弱でまずナグシェ・ロスタムに到着。ナグシェ・ロスタムはアケメネス朝ペルシャ4代の王の墓が岩山に並んでいる。
写真はアケメネス朝中興の祖ダレイオス1世の墓。 -
墓の下部にはレリーフが刻まれている。
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サーサーン朝ペルシャ王が捕虜にした東ローマ帝国皇帝を馬上から見おろす戦勝図。ということは、このレリーフは墓よりずっと後世に作られたことになる。
20分ほどでナグシェ・ロスタム見学を終え、次のナグシェ・ラジャブに向け出発する時に、運転手の知り合いらしき男女2人が乗り込んできた。
訳が分からないまま、すぐナグシェ・ラジャブに着いた。ここは金網の外から見れば十分だと言う運転手の提案に乗ったが、突然の同乗者の件は納得できない。この車をシェアするということなのかと追及すると、ペルセポリスまで少しだけだからと言われ、まあしょうがないかと了解。
もしかしたら困っている人を乗せてあげるのはイラン社会では普通のことなのかもしれないが、最初にきちんと承諾を求めるのが礼儀だろう。 -
ペルセポリスに着き、入場券売場から入場口まで優に300mはある広さにまず驚く。遠く正面にそびえるのがクセルクセス門らしい。
なお、入場料は1人20万リアル。規模のずっと小さなナグシェ・ロスタムが同額というのはちょっと理解に苦しむけれど。 -
宮殿の正門であるクセルクセス門に着いた。ペルセポリスが築かれたのは2500年前だ。
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門に刻まれた人面有翼獣のレリーフは、損傷していても見事さが伝わってくる。
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破壊された遺構群。もう2300年以上もこうして立っている。
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謁見の間の東階段には、帝国各地からの朝貢の使者が描き分けられていて実に興味深い。
一番最初は、遠くアフリカのエチオピアからの髪の縮れた使者。 -
ガンダーラ(現在のアフガニスタンからパキスタンにかけての地域)からの使者。
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ラクダを連れたエジプトからの使者。
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イオニア(現在のトルコのエーゲ海地域の一部)からの使者。
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騎馬民族スキタイ(黒海の北)の使者。
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羊を連れたアッシリア(メソポタミア北部)からの使者。
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牛を引くバビロニア(メソポタミア南部)からの使者。
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とんがり帽子が特徴的なリディア(トルコのアナトリア半島部)からの使者。
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馬を連れたアルメニアからの使者。
西はリビア、東はインドに至る計23の国の使者が描かれ、そのほとんどが帝国領土であり、当時のペルシャが世界一の大帝国だったことがうかがわれる。 -
謁見の間のあったところには数多くの礎石が残るが、建物のあった時はどんなふうだったのだろうか。
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ダレイオス1世の宮殿はかなり破壊を免れて残っていて、柱のレリーフが目を引く。
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南側の宮殿正面に回ると、壁のレリーフが西日に浮かび上がって素敵だった。
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正面左側。
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正面右側。
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ダレイオス1世の宮殿の全体を振り返って。
ダレイオス1世はこのペルセポリスの建設を始めた人物だが、対外的にはアケメネス朝ペルシャの版図を大きく広げ、内政では「王の目」「王の耳」と呼ばれる直属の巡察官や国道、駅伝制の整備により中央集権を確立し、その手法は後々の諸国にまで影響を及ぼしているとか。 -
遺跡には夕方の柔らかな光が似合う。
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売店で記念の絵はがきを買ったあと、アルタクセルクセス2世王墓をめざして小山を登った。
結構急な歩きにくい道を頑張って登ったけれど、王墓はナグシェ・ロスタムと同じようなものでちょっとがっかり。
調べてみればナグシェ・ロスタムに眠るのはアケメネス朝の3代目~5代目と8代目で、ここはその次の9代目なので同じような墓になるのは当然か。 -
ペルセポリスでは何回も一緒に写真にはいってくれという声がかかった。中には時間がないからと断っても強引に写そうとする困った輩もいたくらい。
もし、アフリカ人やヨーロッパ人だったら、どうなんだろう。東アジア人ってそんなに珍しい?
写真のご夫妻の奥さんから妻は、イランについてどう感じたかと尋ねられた。
前日にも経験したが、単に写真を撮ったり挨拶してくれるだけでなく、外国人が自分の国をどう感じているか知りたいという気持ちも強いらしい。今まで行った国では経験がなく、なぜなんだろうと思う。
やはり不思議な国だ。 -
シーラーズに戻って車チャーター代を払ったらリアルがほとんどなくなってしまったので、ザンド大通りで両替屋を探して100米ドルを360万リアルに替える。
夕食は昨日入れなかったカヴァムという店へ。まず、野菜と豆と鶏肉のスープ。 -
写真左下の伝統的サラダは酸っぱくて私は食べられなかった。
右下の物は何かと思ったら… -
青年が運んできた熱々のポットの汁を皿に注ぎ…
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残った具をマッシャーでつぶして…
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牛肉と豆と野菜のマッシュとスープのできあがり。
味は私の好みではなかったが、妻は喜んでよく食べていた。 -
イランでよく飲まれるらしいチャイを初めて味わう。一緒に付いてきたのは棒状の砂糖菓子。こちらの人は砂糖を口に含んでチャイを飲むんだとか。
イラン流の食事を楽しめてよかった。 -
現地3日目。
今日はシーラーズからエスファハーンへのバス旅だ。
バスのテルミナーレで声をかけてきたタクシー運転手に乗車券売場を尋ねると、建物入口にいた別の男性につないでくれ、その人が窓口に連れて行ってくれただけでなく、すぐ出るというバスまで荷物も持って一緒に走ってくれた。
本当にあり得ない親切に感激。握手してお礼を伝えた。
無事乗り込んだバスは、3列シートでゆったりし脚乗せまである。料金は1人30万リアル。たった900円だ。
はじめの2時間くらいは映画上映で、これがずっと続くのかと思ったらその後は静かになり、高速道路をひた走る。
窓の景色は岩山が続き結構楽しい。 -
出発して3時間過ぎてもトイレ休憩がなくやきもきしているうちに停車して、運転手が「20分の昼食休憩」と言いに来た。車掌は英語を話せないので運転手が来てくれたらしい。言葉の通じない外国人旅行者をちゃんと気にしてくれているのがありがたい。
まずトイレに駆け込んだあと、売店で買った菓子パンで昼食にする。
エスファハーンの北のテルミナーレに着いたのは夕方5時近く。一つ手前のテルミナーレで降りた方が時間的には早かったかもしれない。
結局7時間乗っていたことになるが、なかなか快適なバス旅だった。
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この旅行記へのコメント (2)
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- きなこさん 2016/11/25 10:31:13
- 大帝国
- こんにちは~ひらしま様
イランに行かれていたんですね
素晴らしい状態で残されていて時の流れを感じませんよね
使者の数がなんともまぁびっくりさせられました。
正しく大帝国だったんですね。
治安とかはどうだったんですか?
続編 楽しみにしています
きなこ
- ひらしまさん からの返信 2016/11/25 22:11:20
- RE: 大帝国
きなこさん、こんばんは。
遊びに来てくれて、そしてトイレのクチコミにまでご投票いただいて大変ありがとうございます。
昔高校の授業でアケメネス朝とかやったような記憶はかすかにあるんですが、こんな大帝国だったんだとあらためて驚きました。
ご質問のイランの治安ですが、とてもいいですよ。
富める者が喜捨するイスラムのよい面が安定した社会をつくっているように思えます。
もっと多くの人に訪れてもらいたい国だと思いました。
断酒もできますし!?
ひらしま
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