2012/11/16 - 2012/11/23
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旅人のくまさんさん
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シラーズで最後に見学したのは、ペルセポリスに向かう途中のコーラン門です。シラーズへのかつての出入口門でした。幹線道路には多くの顔写真が掲示されていましたが、イラン・イラク戦争で亡くなった地元の青年たちとお聞きしました。イラン・イラク戦争は、国境を巡って1980年に起きた戦争です。途中、沈静化の時期もありましたが、終結したのは1988年のことでした。(ウィキペディア)
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シラーズで宿泊した、パルス・インターナショナル・ホテルの光景です。9階建てだったようです。玄関前から見上げたそのホテルの建物光景です。(同上)
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パルス・インターナショナル・ホテルの建物出入口光景です。玄関脇には、ルフトハンザ(ドイツ)、ターキッシュ(トルコ)、エミレーツ(UAE)等の航空会社の派手な宣伝文字がありました。(同上)
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昨晩はライトアップされた光景を眺めた、ホテルの隣にあったモスクの光景です。夜明け前のお祈りの放送の後は静かでした。ライトアップされていた照明も、すべて落とされていました。(同上)
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ホテルの周りの市街光景です。シラーズの中心街近くに立地したホテルのようでした。背後に山並みが迫る街並み光景です。(同上)
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真下から見上げたモスクの塔、ミナレットの光景です。二本立っていました。礼拝時刻の告知(アザーン)を行うのに使われる塔です。(同上)
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夜が明けたこの時間帯は静かだったモスクの光景です。礼拝の人の姿もありませんでした。夜明け前の礼拝時刻の告知(アザーン)の音は、かなり大きく、長く続きました。(同上)
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泊まったホテルでのバイキング方式の朝食です。コーヒーとジュースのほか、食べ物も十分な質と量が確保されていました。(同上)
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朝食のレストランの室内光景です。十分な広さを持った立派な造りでした。ゆっくりと朝食を楽しむことができました。(同上)
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泊まった部屋からの眺望です。前方に見える山は、エラム・ガーデンを見学した時に見えていた禿山かも知れません。(同上)
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泊まった部屋から眺めた屋外の光景が続きます。路を挟んだ隣にあったモスクの光景です。上から眺められることも計算に入れたような造りとメンテナンスでした。余分なものは一切置かれていませんでした。(同上)
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同じく、道路を挟んだ隣にあったモスクの光景です。礼拝の定時になると、スピーカーから大音響が発せられました。(同上)
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イチオシ
朝日に輝くシラーズ市街の建物光景です。世界地図を参照しますと、ザーグロス山脈の中にある高原都市のようでした。周りに山が見えますから、盆地の中の都市のようです。(同上)
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シラーズで泊まったホテルの玄関先の光景です。荷物を纏めて、出発する前の撮影です。1泊だけでは勿体ないような、シラーズの町でした。(同上)
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シラーズで泊まったパルス・インターナショナル・ホテルの1階ロビーの光景です。近代的な造りの空間をダイナミックな照明の明りが照らしていました。(同上)
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ペルセポリスに向かって出発した観光バスを降りて見学した、コーラン門の光景です。シラーズへの関所のような門の一つです。今は、車はコーラン門の脇の通り抜けることになっています。(同上)
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イチオシ
歩いて近づいたコーラン門の光景です。名前の由来は、かつての門の上の小部屋にイスラーム教の経典のコーランが置かれ、シラーズからの旅人の安全を祈ったことからの命名とされます。(同上)
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コーラン門の正面光景です。最初に築かれたのは11世紀のことです。シラーズへの北の出入口でした。現在残るコーラン門(クルーアン門)は、ザンド朝のキャリーム・ハーンによって建築されたゲートで、『シラーズの門』とも呼ばれています。(同上)
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コーラン門の壁面に描かれたモザイクのアラベスク文様です。ダイナミックな曲線でした。接着が悪かったのでしょうか、右端のタイルがいくつか剥落していました。(同上)
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シラーズの市街地図の看板です。北門から入場したこれからの観光客には役立ちそうです。ただし、右上の現在地の英語表示の他は、すべてアラビア(ペルシャ)文字でした。(同上)
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かつての激しい褶曲作用の名残らしい岩山の地肌光景です。地震の力によって短時間で形成される場合もありますが、多くはプレートの移動などで長時間強い力を受け続けることで形成されるようです。(同上)
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ハージュー・ケルマーニー廟の紹介です。この後紹介しますように、彼の石像が目印でした。ケルマーニー(1280~1352年)は、ペルシャの四大詩人の一人とされます。(同上)
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14世紀のイランの詩人 ハージュー・ケルマーニーの像です。高齢の時の像でしょうか、傍らに杖がありました。その昔、シラーズは『詩とバラとワインの街』として知られていました。イスラム国家となった今では、『詩とバラの街』です。先に紹介した、ハージュー・ケルマーニーに関する記述は、『ティームール朝の書家・ジャアファル・バーイソンゴリーの「上申の書」』からの引用です。ヤマンラール水野美奈子さんによる和訳と解説の一部です。(同上)
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同じく、ハージュー・ケルマーニー廟の光景です。ハージュー・ケルマーニーの作品に関する情報はなかなか見つかりませんでしたが、『シャムス・パーイソンゴリーが、831年(1427-28年)に筆写したハージュー・ケルマーニーの「ホマーイとホマーユーン」(ウィーン国立図書館蔵)の一部である可能性』との記述が見つかりました。トプカプ宮殿美術館が所蔵する4冊の詩画帳の内の『上申の書』に関するものです。(同上)
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ハージュー・ケルマーニー廟の紹介が続きます。ペルシャの四大詩人の一人、ハーフェズ(1325~1389年)とは、四半世紀ほど時代が重なります。(同上)
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イチオシ
ケルマーニー像の頭部のズームアップ光景です。ガザル詩人の最高峰であり、サディー、 ウマル・ハイヤームとハーフェズと並ぶ、イランの四大詩人の一人に数えられています。ハーフェズの詩集は、『コーランがなくても家庭には必ず1冊』と比べますと、日本では、ケルマーニーに関する研究や翻訳は進んでいないようです。因みにハーフェズの和訳詩集は、黒柳恒男訳『ハーフェズ詩集』等があります。(同上)
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ハージュー・ケルマーニー廟に登る石段の光景です。ハーフェズの詩についてゲーテは、『ハーフェズの詩を理解するには 魂まで一汗かく必要がある』と語ったとされます。詩の主題は『愛』で、抒情詩を500編ほど残しました。(同上)
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ハージュー・ケルマーニー廟の周りの年代を感じる石垣の光景です。廟より前の時代に積まれたようです。(同上)
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コーランの門の見学を終え、一路、ペルセポリスに向かうバスの中からの光景です。道路中央の緑樹帯に数多くの写真が掲示してありました。イラン・イラク戦争で亡くなった地元の青年たちとお聞きしました。この戦争は、1980年9月22日未明、イラク軍が全面攻撃を仕掛け、イランの10の空軍基地を爆撃、イラン軍がそれを迎撃する形で始まりました。(同上)
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イラン・イラク戦争は、国境を巡って1980年に起きた戦争です。途中、沈静化の時期もありましたが、終結したのは国連安保理の決議を受け入れた1988年のことでした。(同上)
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観光のために造られたような、幅の広い一直線の道路です。その先に、ペルセポリスがあるようです。今回の旅行で、一番楽しみの場所が近付いてきました。(同上)
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