2012/11/16 - 2012/11/23
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旅人のくまさんさん
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シラーズで最初に見学したのは、ナシール・アリ・モスクです。個人で創建されたとお聞きしたモスクは、モスクではほとんど見られない、色鮮やかなステンドグラスがありました。(ウィキペディア)
(追記)最近のネット情報では、『ナシール・アリ・モスク』の正式名称は『マスジェデ・ナスィーロル・モルク(Nasir ol Molk Mosque)』、愛称が『ピンク・モスク』、あるいは『ローズ・モスク』と紹介されていました。表記は、2012年当時のままとしておきます。『マスジェデ』は、ペルシャ語で『モスク』の意味です。
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シラーズに到着して、最初に向かったのは、ステンドグラスのモスクで有名な、ナシールアリ・モスクです。到着する前に、シラーズの現況と歴史について、簡単に紹介しておきます。シラーズは、イラン南西部に位置するファールス州の州都です。人口は約105万人(1996年)、中世では、ザンド朝ペルシャ(1750~1794年)の首都でした。(同上)
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シラーズの街並み光景が続きます。町の名は、古くはエラム語とされ、ティラチス、あるいはチラチスと呼ばれていたようです。その名は、シラージシュとして古代ペルシア語に入り、音変化を経て、現代ペルシア語のシラーズ(シーラーズ)となったと考えられています。私の場合、つい、ブドウ品種やワインの方に連想が繋がってしまいます。(同上)
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言い伝えによれば、シラーズの町はタフムーラスによって創建されました。 タフムーラス は、 ペルシャの叙事詩『シャー・ナーメ』に登場する、古代イランの第3代目の王です。現在のファールス州は、紀元前700年ごろから栄えた強大なアケメネス朝ペルシア帝国の中心地でした。約2500年前の都ペルセポリスの遺跡が、シラーズ市から北東に60キロの場所に残ります。(同上)
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紀元前520年頃、アケメネス朝ペルシア帝国のダレイオス1世により建設が始まり、紀元前331年、アレクサンドロス大王により破壊されたペルセポリス遺跡は、今回のイラン旅行で、私が最も見学したい世界遺産でした。シリアのパルミラ遺跡、ヨルダンのペトラ遺蹟とともに、『中東の3P遺跡』とも呼ばれています。パルミラとペトラ遺蹟は、昨年(2011年)に見学できました。(同上)
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シラーズには、同じアケメネス朝時代のフィルーザバードやパサルガド(パサルガダエ)の遺跡も残ります。7世紀頃に、アラブ人が勢力を拡大し、ブワイフ朝(932~1062年)の都となり、モスクや城壁などが整備されました。ブワイフ朝 は、現在のイラン・イラクの地域を支配したイスラム王朝です。カスピ海南岸の山岳地帯ダイラム出身の豪族で、シーア派の系統のブワイフ家が興しました。(同上)
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シラーズは、その後ホラズム・シャー朝(1077~1231年)や、セルジューク朝の領地となりました。ホラズム・シャー朝は、アム川下流域ホラズムの地方政権として起こり、モンゴル帝国により滅ぼされるまで、中央アジアからイラン高原に至る広大な領域を支配しました。クトゥブッディーン・ムハンマドが1097年頃にセルジューク朝によりホラズムの総督に任命され、ホラズム・シャーを自称しました。(同上)
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セルジューク朝は、11世紀から12世紀にかけて現在のイラン、イラク、トルクメニスタンを中心に存在したイスラム王朝です。大セルジューク朝は1038年から1157年まで続き、最後の地方政権のルーム・セルジューク朝は1308年まで続きました。 テュルク系遊牧民オグズの指導者セルジュークと、彼を始祖とするセルジューク家に率いられた遊牧集団により建国されました。(同上)
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シリア・セルジューク朝(1085~1117年)は、1095年に分割され、ダマスカス(1代)、アレッポ(3代)と短命に終わりました。チンギス・カンの軍勢の侵攻では、この地の地方長官が降伏しました。13世紀以降、シラーズは学問の中心地となり、詩人サーディーやハーフェズ、哲学者モッサー・マドラーらを輩出し、芸術や文学が大きく花開きました。(同上)
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シラーズは、1382年から数年間はティムールに占領され、1393年にはティムールに再び占領されました。ティムール朝は、かつてのモンゴル帝国の西南部地域を制覇したイスラム王朝(1370~1507年)です。ティムール帝国とも呼ばれます。1630年には洪水で町の大部分が破壊され、1668年にも洪水に見舞われました。1504年には、サファヴィー朝の創始者のイスマーイール1世に占領されました。(同上)
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サファヴィー朝の時代を通じて、アッバース1世が治世する都のイスファハーンと同じように、シラーズは整備されました。16世紀には20万人の人口を擁し、シラーズの発展はピークを迎えました。サファヴィー朝が衰退しますと、1724年にアフガニスタン人によって征服され、翳りが見え始めました。前方に見えてきた城壁の光景です。ここでシラーズの歴史紹介は、一旦おしまいにします。(同上)
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ここからは、『ナシール・アリ・モスク』に入場しての見学です。ガージャール朝の統治者 Mirza・ Hasan Ali (Nasir ol Molk)の命によって、1876年から1888年にかけて建てられました。現在も 『Nasir ol Molk寄付財団』による管理の下で使用されています。(ウィキペディア) また、1773年にザンド朝の創始者キャリーム・ハーンによって建設されたとの説もあるようです。(同上)
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イーワーン(Iwan)のズームアップ光景です。イーワーンは、イスラーム建築によくみられる、一方が完全に開き、三方が壁で囲まれて、天井がアーチ状となっているホールまたは空間のことです。その内側上部にムカルナスの装飾がありました。ムカルナス(muqarnas)は、イスラーム建築で使われる持ち送り構造の装飾の一種で、小さな尖った窪みが層を成して繰り返す形式です。(同上)
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中央に細長い泉水が置かれた、 『ナシール・アリ・モスク』の中庭光景です。逆光での撮影になってしまいましたが、泉水の延長線上には、二つの屋根飾りと、イーワーンを持った建物が控えていました。イーワーンは、ペルシャ語では『エイヴァーン(イーヴァーン)』と呼ばれるようです。(同上)
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『ナシール・アリ・モスク』の愛称の一つに『ローズ・モスク』があります。その理由は、装飾タイルなどに、多くのバラの花が描かれていることによります。このタイルも、その一つになるようです。この範囲で、12枚ほどの装飾タイルが用いられていました。バラは、床タイルのモチーフになっていて、むしろそちらの方が主のようです。(同上)
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台座部分の石彫らしいレリーフ飾りの紹介です。大きな花瓶から立ち上がった、花が繊細に彫刻されていました。石膏などを使った塑像ではなく、石を刻んだ彫像のように見えました。(同上)
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二重か、三重構造のように見えたイーワーンのズームアップ光景です。現地ガイドさんからは、このモスクは、個人所有の住宅だったらしいことをお聞きしました。個人と言っても、王様か、その末裔に当たる人かもしれません。ムカルナスと呼ばれる持ち送り構造は、鍾乳石の丸天井を意味するアラビア語で、10世紀中ごろイラン北西部で発展した建築上の装飾であり、ほぼ同じころ独自に北アフリカ中央部でも発展しました。(同上)
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再びカラータイルによる装飾の紹介です。こちらもタイル一杯に花が描かれていました。バラの花も入ったような福数種類の花々でした。ピンク色に青色、それに黄色が中心になった色遣いでした。(同上)
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イチオシ
『ナシール・アリ・モスク』の中庭光景です。ペルシャ式庭園の標準的なスタイルのように見えました。噴水でしょうか、池の中に、ぽつんと石が置かれていました。ペルシャ式庭園は、西はスペイン・アンダルシアから、東はインドまで影響を与えた庭園の様式です。中でもアルハンブラ宮殿の庭園は、ペルシャ式庭園の哲学とムーア人様式が融合したものとして高名であり、インドのタージ・マハルは、ムガル帝国時代に建設された最大規模のペルシャ式庭園として有名です。どちらも建物とともに深く印象に残りました。(同上)
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ペルシャ式庭園とその周りの『ナシール・アリ・モスク』の建物光景です。イランでは、2011年にイラン国内の九つの庭園が、ユネスコの世界遺産に一括して『ペルシャ式庭園』として登録されました。今回の旅行でその内のシラーズの『 エラム庭園』、古都エスファハーンの『チェヘル・ソトゥーン庭園』と、カシャーンの『フィン庭園』の三つを見学できました。(同上)
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少し、右斜め前から撮影した泉水とイーワーンの光景です。右手にこれから紹介するステンドグラスの礼拝堂がありますから、南側のイーワーンになるようです。相似形のイーワーンが北側にもありました。(同上)
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イーワーンの上に立つ、見張り台のような建物のズームアップ光景です。六角形の建物のように見えました。その塔の先端に五本の指が見える『ファーテマの手』と呼ばれる飾がありました。『ファーティマ(606/614年~632年)は、イスラームの開祖ムハンマドの娘で、第4代正統カリフ・アリーの妻です。イスラーム圏における理想の女性の象徴とみなされ、殊にシーア派では、ムハンマドの血を引く娘であり、シーア派イマームの祖となったことなどから、大変に尊敬されている人です。(同上)
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度々紹介する、花柄模様の装飾タイルの光景です。縦長に一派のピンク色の花が描かれていました。他の花もありましたが、バラの花が圧倒的に多いようです。蓮月二の柱の飾りでした。(同上)
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『ナシール・アリ・モスク』のイーワーンとムカルナスは、ペルシャの国の職人魂を現代に伝えてくれるような見事な造作でした。年月を経て、色がくすんだ部分も、十分に見応えがありました。(同上)
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更にズームアップしたムカルナスの光景です。ムカルナスの小さな尖った窪みが層を成して繰り返す形状は、煉瓦、石、漆喰、木などで作られるようです。ズームアップした部分は、メンテナンスが行き届いているのでしょうか、色彩も鮮やかでした。(同上)
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泉水の中にあった石を縄張りにしていた小鳥さんです。日本でも見かける『ハクセキレイ(白鶺鴒)』さんに似ているようでした。普段日本で見られるハクセキレイは、基亜種のタイリクハクセキレイ(大陸白鶺鴒)の亜種の一つとされます。ハクセキレイは『逃げない鳥』とも言われますが、人との関係が良好なためのようです。正面を向いて撮影に応じてくれました。(同上)
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ハクセキレイさんがいた泉水と、その背後の礼拝堂の建物の光景です。右側の出入口から入場する観光客の人達は、この建物の中のステンドグラスが織りなす幻想的な光景が目当てのようです。私も、そろそろ入場することにします。泉水の周りには、花壇も設けてありました。(同上)
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イチオシ
ここからは、早朝にステンドグラスに朝日が差し込むように、東向きに設けられたステンドグラスが飾られた礼拝所に入場しての見学です。ステンドグラスの光は朝早い時間にしか見ることができません。朝日が当たるときにだけ、光り輝くように設計されています。朝の暗い内にテヘランを出発して見学に来た甲斐がありました。(同上)
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ステンドグラスから差し込んだ明かりによって、絨毯の上に映し出されたカラフルな光景です。色とりどりの花が写り込んでいました。もっと早い時間であれば、奥の方まで光が届き、柱も天井もカラフルに輝いていたようです。その光景を目にするには、季節や天候を考慮したうえで、シラーズの地元で宿泊する必要がありそうです。(同上)
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東側からの朝の日が射しこんだステンドグラスの光景です。少し大柄な花模様や、アラベスク文様が描かれていました。これらの模様が、朝の早い時間帯では、部屋の中全体を染め上げます。『ナシール・アリ・モスク』のステンドグラスが、世界的に注目され始めたのは、イギリスの旅行雑誌での紹介がきっかけだったようです。(同上)
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『ナシール・アリ・モスク』の礼拝堂の室内光景です。天井や柱まで、すべてカラフルな色彩での装飾が施されていました。この時間帯では、ステンドグラス越しの旭ではありませんが、朝一番の時間帯では部屋全体が、この上にステンドグラスの彩りで覆われます。そちらは、ネット検索での写真をお楽しみください。旅行社をはじめ個人情報でもかなりの数の写真がアップされています。(同上)
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