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カザンラクでのトラキア人の墳墓見学を終えて、次はヴェリコ・タルノヴォへの移動です。ブルガリア人に人気の観光地とされます。ブルガリアの中央部から、やや北東部、ヤントラ川沿いに位置します。かつては第二次ブルガリア帝国時代(1185〜1396年)の首都だった古都です。14世紀末にイスラム王朝のオスマン帝国(1299〜1921年)によって滅ぼされました。かつては、タノルヴォと呼ばれていましたが、1965年に『大』を意味する『ヴェリコ』を冠し、ヴェリコ・タルノヴォと改称されました。

2011秋、ブルガリア等・東欧旅行記(25/52):カザンラクからヴェリコ・タルノヴォへ、ツァレヴィレッジの丘

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2011/10/05 - 2011/10/13

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旅人のくまさん

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カザンラクでのトラキア人の墳墓見学を終えて、次はヴェリコ・タルノヴォへの移動です。ブルガリア人に人気の観光地とされます。ブルガリアの中央部から、やや北東部、ヤントラ川沿いに位置します。かつては第二次ブルガリア帝国時代(1185〜1396年)の首都だった古都です。14世紀末にイスラム王朝のオスマン帝国(1299〜1921年)によって滅ぼされました。かつては、タノルヴォと呼ばれていましたが、1965年に『大』を意味する『ヴェリコ』を冠し、ヴェリコ・タルノヴォと改称されました。

  • カザンラクからヴェリコ・タルノヴォへ向かう途中、バスの中からの撮影です。田舎の景色から一変して、街の景色になりました。ヴェリコ・タルノヴォの街に入ったようです。現代アート風の壁画がありました。

    カザンラクからヴェリコ・タルノヴォへ向かう途中、バスの中からの撮影です。田舎の景色から一変して、街の景色になりました。ヴェリコ・タルノヴォの街に入ったようです。現代アート風の壁画がありました。

  • ヴェリコ・タルノヴォは、ブルガリアでも最古の集落の1つです。紀元前3千年の集落跡が見つかり、5千年紀を超える歴史を有することが知られています。

    ヴェリコ・タルノヴォは、ブルガリアでも最古の集落の1つです。紀元前3千年の集落跡が見つかり、5千年紀を超える歴史を有することが知られています。

  • ここまではバスの中からの撮影です。町の景色から、もう一度小高い丘と緑の景色になりました。

    ここまではバスの中からの撮影です。町の景色から、もう一度小高い丘と緑の景色になりました。

  • ヴェリコ・タルノヴォに到着しました。ここからはバスを降りての見学です。丘の上に見える尖塔は、ツァレヴェツ丘の上に建つ、ツァレヴェツ城址です。

    ヴェリコ・タルノヴォに到着しました。ここからはバスを降りての見学です。丘の上に見える尖塔は、ツァレヴェツ丘の上に建つ、ツァレヴェツ城址です。

  • ツァレヴェツ城址の尖塔のアップ光景です。建設されたのは第2次ブルガリア帝国時代です。かつての第1次ブルガリア帝国(681〜1018年)の再建を目指した要塞です。

    ツァレヴェツ城址の尖塔のアップ光景です。建設されたのは第2次ブルガリア帝国時代です。かつての第1次ブルガリア帝国(681〜1018年)の再建を目指した要塞です。

  • ツァレヴェツ城址の入り口付近の光景です。ヴェリコ・タノルヴォの街は2百年に亘って繁栄を続けましたが、1393年、オスマン帝国による3箇月に亘る包囲により、陥落しました。

    ツァレヴェツ城址の入り口付近の光景です。ヴェリコ・タノルヴォの街は2百年に亘って繁栄を続けましたが、1393年、オスマン帝国による3箇月に亘る包囲により、陥落しました。

  • 橋の欄干のような石柱のアップ光景です。第2次ブルガリア帝国は、イスラム王朝のオスマン帝国に征服されたことで、中世の町や村、教会や修道院の多くが焼かれて灰燼に帰しました。

    橋の欄干のような石柱のアップ光景です。第2次ブルガリア帝国は、イスラム王朝のオスマン帝国に征服されたことで、中世の町や村、教会や修道院の多くが焼かれて灰燼に帰しました。

  • 紅葉が見頃になってきた丘の中腹に建つ要塞跡の石造物です。修復された建物でしょうか、城址としての廃墟のイメージはありません。

    紅葉が見頃になってきた丘の中腹に建つ要塞跡の石造物です。修復された建物でしょうか、城址としての廃墟のイメージはありません。

  • 同じく、丘の中腹に建つ要塞跡の石造物です。カメラを替えての撮影です。紅葉と黄葉が周りを取り囲んでいました。

    同じく、丘の中腹に建つ要塞跡の石造物です。カメラを替えての撮影です。紅葉と黄葉が周りを取り囲んでいました。

  • ツァレヴェツ城址の入り口付近から先頭にかけての光景です。丘を登って見学する時間はありませんでした。

    ツァレヴェツ城址の入り口付近から先頭にかけての光景です。丘を登って見学する時間はありませんでした。

  • かつてはツァレヴェツ城を守る衛兵が守備した建物でしょうか、出入口付近の設備のようです。

    かつてはツァレヴェツ城を守る衛兵が守備した建物でしょうか、出入口付近の設備のようです。

  • 第二次ブルガリア帝国がオスマン帝国に征服された中世の頃、ヴェリコ・タルノヴォでは二度に亘って武装蜂起をしましたが、いずれも失敗しました。1598年の第一次と、1686年の第二次タルノヴォ蜂起です。

    第二次ブルガリア帝国がオスマン帝国に征服された中世の頃、ヴェリコ・タルノヴォでは二度に亘って武装蜂起をしましたが、いずれも失敗しました。1598年の第一次と、1686年の第二次タルノヴォ蜂起です。

  • ツァレヴェツ城址は、かつてのブルガリア皇族や総主教の住まいがあった地域とされます。

    ツァレヴェツ城址は、かつてのブルガリア皇族や総主教の住まいがあった地域とされます。

  • 長い歴史を感じさせる、ツァレヴェツ城址の麓から眺めた光景です。要塞を中心に、防御に優れた地形のようにも見えました。

    長い歴史を感じさせる、ツァレヴェツ城址の麓から眺めた光景です。要塞を中心に、防御に優れた地形のようにも見えました。

  • カメラのズームでアップした、山腹の城壁らしい光景です。最初は崖の光景かと思いました。調べてはいませんが、第二次ブルガリア帝国時代の遺跡でしょうか。

    カメラのズームでアップした、山腹の城壁らしい光景です。最初は崖の光景かと思いました。調べてはいませんが、第二次ブルガリア帝国時代の遺跡でしょうか。

  • 同じく、カメラのズームでアップした、山腹の城壁らしい光景です。山頂の城壁でなかったことが少し意外でした。守備側は、城壁の手前側でしょうか。

    同じく、カメラのズームでアップした、山腹の城壁らしい光景です。山頂の城壁でなかったことが少し意外でした。守備側は、城壁の手前側でしょうか。

  • ブルガリアがオスマン帝国の支配から逃れ独立したのは、1908年10月のことです。フェルディナンド1世が皇帝を名乗ったため、第三次ブルガリア帝国と呼ばれることもあります。現在は共和国です。

    ブルガリアがオスマン帝国の支配から逃れ独立したのは、1908年10月のことです。フェルディナンド1世が皇帝を名乗ったため、第三次ブルガリア帝国と呼ばれることもあります。現在は共和国です。

  • バスが停車できた場所は、車の通行が多い街道沿いでしたから、車に注意しながらの撮影でした。

    バスが停車できた場所は、車の通行が多い街道沿いでしたから、車に注意しながらの撮影でした。

  • ヴェリコ・タルノヴォの観光案内図です。大きく蛇行する川がヤントラ川です。主な名所・旧跡が番号入りで表示されていました。

    ヴェリコ・タルノヴォの観光案内図です。大きく蛇行する川がヤントラ川です。主な名所・旧跡が番号入りで表示されていました。

  • ヤントラ川と、その上に架かる鉄橋の光景です。鉄道ではなく、道路でした。その背後に街並み光景が広がっていました。

    ヤントラ川と、その上に架かる鉄橋の光景です。鉄道ではなく、道路でした。その背後に街並み光景が広がっていました。

  • 鉄橋の上を行く、2両連結のトラックのアップ光景です。橋脚を支える梁の構造が、下方に向かって円個を描く珍しい形をしていました。

    鉄橋の上を行く、2両連結のトラックのアップ光景です。橋脚を支える梁の構造が、下方に向かって円個を描く珍しい形をしていました。

  • 山懐に抱かれるように軒を並べる街並み光景です。赤い屋根と白い壁に統一されていることで、町の一体感が感じられました。

    山懐に抱かれるように軒を並べる街並み光景です。赤い屋根と白い壁に統一されていることで、町の一体感が感じられました。

  • カメラを少し左に降っての撮影です。山の中腹まで街並みが続いていました。狭い敷地を利用するためでしょうか、4〜5階建てくらいの家が多いようです。

    カメラを少し左に降っての撮影です。山の中腹まで街並みが続いていました。狭い敷地を利用するためでしょうか、4〜5階建てくらいの家が多いようです。

  • カメラのズームを使ってアップした、赤い屋根の家の光景です。公共施設か、ホテルのような大型施設でした。

    カメラのズームを使ってアップした、赤い屋根の家の光景です。公共施設か、ホテルのような大型施設でした。

  • ここからは、泊まった部屋からの眺めです。先程見学してきた景色が、もう一度眺望出来ました。眼下のヤントラ川の流れです。

    ここからは、泊まった部屋からの眺めです。先程見学してきた景色が、もう一度眺望出来ました。眼下のヤントラ川の流れです。

  • 同じく、泊まった部屋からの眺めです。まだ十分に明るい時間でのチェックインでした。右手に幹線道路が見えています。

    同じく、泊まった部屋からの眺めです。まだ十分に明るい時間でのチェックインでした。右手に幹線道路が見えています。

  • 泊まった部屋からの眺めが続きます。眼下にはホテルのカジノのネオンが裏返しで見えていました。

    泊まった部屋からの眺めが続きます。眼下にはホテルのカジノのネオンが裏返しで見えていました。

  • 泊まった部屋の紹介が続きます。簡素な造りの部屋でしたが、清掃は行き届いていました。コンパクトですが、薄型のTVです。

    泊まった部屋の紹介が続きます。簡素な造りの部屋でしたが、清掃は行き届いていました。コンパクトですが、薄型のTVです。

  • 泊まった部屋の窓辺の光景です。部屋は十分な広さでしたが、それ以上に部屋からの素晴らしい眺めでした。

    泊まった部屋の窓辺の光景です。部屋は十分な広さでしたが、それ以上に部屋からの素晴らしい眺めでした。

  • 寝室の光景です。部屋全体が落ち着いた雰囲気の色彩でした。ゆっくりと寛げる部屋でした。<br />

    寝室の光景です。部屋全体が落ち着いた雰囲気の色彩でした。ゆっくりと寛げる部屋でした。

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