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今日で、ブルガリアの見学を終えました。アルバンアナシでの生誕教会見学の後、ルーニマアとの国境に向かいました。昼食は国境を越えた後、ブルガリアの対岸が見えるルーマニアのレストランでした。ブカレストで最初に見学したのは、中心部にある革命広場と旧共産党本部の建物等です。

2011秋、ブルガリア等・東欧旅行記(30/52):ブルガリアから、陸路ルーマニアのブカレストへ

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2011/10/05 - 2011/10/13

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

今日で、ブルガリアの見学を終えました。アルバンアナシでの生誕教会見学の後、ルーニマアとの国境に向かいました。昼食は国境を越えた後、ブルガリアの対岸が見えるルーマニアのレストランでした。ブカレストで最初に見学したのは、中心部にある革命広場と旧共産党本部の建物等です。

  • 撮影しているのはルーマニア側ですが、対岸はブルガリアです。バスで橋を渡って国境を越えました。ブルガリアでは七つある世界文化遺産の内、四つを見学することが出来ました。この他に二つの自然遺産があります。

    撮影しているのはルーマニア側ですが、対岸はブルガリアです。バスで橋を渡って国境を越えました。ブルガリアでは七つある世界文化遺産の内、四つを見学することが出来ました。この他に二つの自然遺産があります。

  • 国境の川を挟んだルーマニア側の光景です。客船か遊覧船のような大きな船が停泊していました。その手前は貨物船のようです。

    国境の川を挟んだルーマニア側の光景です。客船か遊覧船のような大きな船が停泊していました。その手前は貨物船のようです。

  • 同じように、国境の川を挟んだルーマニア側の光景です。かなりの傾斜で桟橋に降りる梯子が架かっていました。

    同じように、国境の川を挟んだルーマニア側の光景です。かなりの傾斜で桟橋に降りる梯子が架かっていました。

  • ここからは、ブルガリアとルーマニアの国境からルーマニアの首都、ブカレストに向かうバスの中からの撮影です。見渡す限り、耕作された畑のような光景です。

    ここからは、ブルガリアとルーマニアの国境からルーマニアの首都、ブカレストに向かうバスの中からの撮影です。見渡す限り、耕作された畑のような光景です。

  • 一直線に伸びる舗装道路の光景です。前方が少し高くなっているのは、川の堤防があるようです。

    一直線に伸びる舗装道路の光景です。前方が少し高くなっているのは、川の堤防があるようです。

  • 道路工事中の光景です。簡単なカラーコーンの標識で交通規制をしていましたが、それほどの混乱はありませんでした。交通量の問題でしょうか。

    道路工事中の光景です。簡単なカラーコーンの標識で交通規制をしていましたが、それほどの混乱はありませんでした。交通量の問題でしょうか。

  • 同じく、道路工事中の光景です。アスファルト舗装の補修工事中のようでした。日本と比べますと、おおらかな工事風景でした。

    同じく、道路工事中の光景です。アスファルト舗装の補修工事中のようでした。日本と比べますと、おおらかな工事風景でした。

  • この旅行最初の日には、ルーマニアのブカレスト市内で宿泊しました。途中、ブルガリアの見学を終えての再訪です。休憩場所のガソリンスタンドです。

    この旅行最初の日には、ルーマニアのブカレスト市内で宿泊しました。途中、ブルガリアの見学を終えての再訪です。休憩場所のガソリンスタンドです。

  • ガソリンスタンドの周りの光景です。こんな場所の撮影でも、近くで工事中の人達にバツ印で撮影をストップされました。奥に見える建物工事の人達のようでした。

    ガソリンスタンドの周りの光景です。こんな場所の撮影でも、近くで工事中の人達にバツ印で撮影をストップされました。奥に見える建物工事の人達のようでした。

  • ガソリンスタンドでの小休止を終えて、ブカレストの市内へ向けての出発です。大きな交通渋滞は、今のところはありません。

    ガソリンスタンドでの小休止を終えて、ブカレストの市内へ向けての出発です。大きな交通渋滞は、今のところはありません。

  • 次第にブカレストの市街光景に代わってきました。この当たりでは路面電車が走っているようでした。

    次第にブカレストの市街光景に代わってきました。この当たりでは路面電車が走っているようでした。

  • 大きな建物が見えるようになりました。ブカレストの中心街が近付いてきました。最初に見学するのは、革命広場です。社会主義革命ではなく、1989年の『民主革命』を意味します。

    大きな建物が見えるようになりました。ブカレストの中心街が近付いてきました。最初に見学するのは、革命広場です。社会主義革命ではなく、1989年の『民主革命』を意味します。

  • 革命広場に到着しました。ここからは、下車しての見学と写真撮影です。広場に建つ銅像ですが、『民主革命』以前の像のようです。

    革命広場に到着しました。ここからは、下車しての見学と写真撮影です。広場に建つ銅像ですが、『民主革命』以前の像のようです。

  • 革命広場の中心に建つ背の高いモニュメントです。巨大な近代アートのイメージです。このモニュメントは『民主革命』で命を落とした人たちのための慰霊塔です。

    革命広場の中心に建つ背の高いモニュメントです。巨大な近代アートのイメージです。このモニュメントは『民主革命』で命を落とした人たちのための慰霊塔です。

  • 同じく革命広場の慰霊塔のアップ光景です。真白い塔の中間辺りに、鳥の巣のような丸いモニュメントが飾られています。2005年に建設された当初、『爪楊枝がささったオリーブ』などと揶揄されたようです。

    同じく革命広場の慰霊塔のアップ光景です。真白い塔の中間辺りに、鳥の巣のような丸いモニュメントが飾られています。2005年に建設された当初、『爪楊枝がささったオリーブ』などと揶揄されたようです。

  • 方角を少し変えて撮影した、鳥の巣のようなモニュメントの部分のアップ光景です。

    方角を少し変えて撮影した、鳥の巣のようなモニュメントの部分のアップ光景です。

  • 人物群像がデフォルメされたようなブロンズ像です。民主革命で倒れた人達がイメージされた像でしょうか。

    人物群像がデフォルメされたようなブロンズ像です。民主革命で倒れた人達がイメージされた像でしょうか。

  • 慰霊塔に付属するブロンズ製の碑文のアップ光景です。

    慰霊塔に付属するブロンズ製の碑文のアップ光景です。

  • 人物群像らしいモニュメントと、その少し上に見える紋章のような飾りのアップ光景です。

    人物群像らしいモニュメントと、その少し上に見える紋章のような飾りのアップ光景です。

  • 革命広場に建つ、初代ルーマニア国王のカルロ1世(在位:1866〜1881年)の騎馬像です。ドイツで生まれた人です。

    革命広場に建つ、初代ルーマニア国王のカルロ1世(在位:1866〜1881年)の騎馬像です。ドイツで生まれた人です。

  • 革命広場の光景です。右手が慰霊塔その左奥が旧共産党本部の建物です。

    革命広場の光景です。右手が慰霊塔その左奥が旧共産党本部の建物です。

  • 革命広場の中央にある異例日から眺めた旧共産党本部の建物光景です。

    革命広場の中央にある異例日から眺めた旧共産党本部の建物光景です。

  • 革命広場に面して建つ『大学図書館』の建物光景です。民主革命の際、治安部隊が経て籠ったことから、貴重な蔵書の多くが失われたようです。

    革命広場に面して建つ『大学図書館』の建物光景です。民主革命の際、治安部隊が経て籠ったことから、貴重な蔵書の多くが失われたようです。

  • 都心のビルに挟まれた『クレツレスク教会』の光景です。1720〜1722年の間に建てられました。

    都心のビルに挟まれた『クレツレスク教会』の光景です。1720〜1722年の間に建てられました。

  • 旧共産党本部の建物とよく似た建物の光景です。こちらは国立美術館として使用されている建物です。もとは宮殿だった建物です。

    旧共産党本部の建物とよく似た建物の光景です。こちらは国立美術館として使用されている建物です。もとは宮殿だった建物です。

  • 18世紀に建立された『クレツレスク教会』です。ルーマニア独自の建築様式とされるルーマニア正教の教会です。風格を感じさせる建物です。

    18世紀に建立された『クレツレスク教会』です。ルーマニア独自の建築様式とされるルーマニア正教の教会です。風格を感じさせる建物です。

  • この角度で眺めた騎馬像と建物の光景は、時代を飛び越えたずっと以前の光景に戻ってしまうようです。

    この角度で眺めた騎馬像と建物の光景は、時代を飛び越えたずっと以前の光景に戻ってしまうようです。

  • ルーマニアの民主革命で亡くなった人達の名前が刻まれたプレートです。旧ソビエトとは一線を画した自主独立路線は一定の評価がありますが、個人崇拝、独裁には国民の厳しい判断が下ったようです。

    ルーマニアの民主革命で亡くなった人達の名前が刻まれたプレートです。旧ソビエトとは一線を画した自主独立路線は一定の評価がありますが、個人崇拝、独裁には国民の厳しい判断が下ったようです。

  • 旧ルーマニア共産党本部の建物の正面部分のアップ光景です。ルーマニアの共産党は、頭文字のPCRをとって、『ぺ・チェ・レ』と呼ばれました。1921年に結成され、1989年12月のルーマニア革命によって廃止されました。

    旧ルーマニア共産党本部の建物の正面部分のアップ光景です。ルーマニアの共産党は、頭文字のPCRをとって、『ぺ・チェ・レ』と呼ばれました。1921年に結成され、1989年12月のルーマニア革命によって廃止されました。

  • 全世界にTV放映された、テラスのアップ光景です。1989年、このテラスでチャウシェスク大統領が最後の演説を行いましたが、民衆のブーイングを受け、その直後屋上からヘリコプターで逃亡しました。飛び上がったばかりのヘリコプターの写真も残されています。

    全世界にTV放映された、テラスのアップ光景です。1989年、このテラスでチャウシェスク大統領が最後の演説を行いましたが、民衆のブーイングを受け、その直後屋上からヘリコプターで逃亡しました。飛び上がったばかりのヘリコプターの写真も残されています。

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