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古代ローマ時代の遺跡が各所に残る、プロヴディフの旧市街紹介の続きです。バルカン半島東部の先史時代は、多数の部族からなるトラキア人の小国家が存在し、紀元前5世紀後半にはトラキア人の国家が成立したとされます。プロヴディフの旧市街地域にも、その痕跡が残されています。その後、ペルシャ帝国やマケドニア王国に支配された時代があり、ローマ帝国がバルカン半島に進出したのは、紀元前2世紀頃とされます。古代ローマ支配の4世紀頃、ゲルマン民族大移動などに備える都市の要塞化が進められました。現在残る古代ローマ時代の防御施設の遺跡は、ユスティニアヌス帝(在位:527〜565年)が築いた城壁や、それに付随する円形望楼などです。

2011秋、ブルガリア等・東欧旅行記(22/52):プロヴディフ、旧市街・古代ローマ遺跡、聖ネデリャ教会

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2011/10/05 - 2011/10/13

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

古代ローマ時代の遺跡が各所に残る、プロヴディフの旧市街紹介の続きです。バルカン半島東部の先史時代は、多数の部族からなるトラキア人の小国家が存在し、紀元前5世紀後半にはトラキア人の国家が成立したとされます。プロヴディフの旧市街地域にも、その痕跡が残されています。その後、ペルシャ帝国やマケドニア王国に支配された時代があり、ローマ帝国がバルカン半島に進出したのは、紀元前2世紀頃とされます。古代ローマ支配の4世紀頃、ゲルマン民族大移動などに備える都市の要塞化が進められました。現在残る古代ローマ時代の防御施設の遺跡は、ユスティニアヌス帝(在位:527〜565年)が築いた城壁や、それに付随する円形望楼などです。

  • 先ほど坂道を下りながら見学してきた要塞門、ヒサル・カピヤの案内看板です。紀元前4世紀にマケドニアのフィリップ2世によって建てられたのが起源とされます。

    先ほど坂道を下りながら見学してきた要塞門、ヒサル・カピヤの案内看板です。紀元前4世紀にマケドニアのフィリップ2世によって建てられたのが起源とされます。

  • プロヴディフの旧市街の見学の途中で、地元の焼物のお店に立ち寄りました。トロヤンの街はソフィアからは160キロほどの位置にありますが、自家製のトロヤン陶器を扱っているようでした。右手に看板が見えています。

    プロヴディフの旧市街の見学の途中で、地元の焼物のお店に立ち寄りました。トロヤンの街はソフィアからは160キロほどの位置にありますが、自家製のトロヤン陶器を扱っているようでした。右手に看板が見えています。

  • トロヤン陶器のショップの光景です。小さな店でしたから、人で溢れてしまいました。トロヤン陶器は、地元のトロヤンで採れる良質の粘土で製作されています。今回の旅行では訪れる事は出来ませんでしたが、ゆっくり散策してみたい街です。

    トロヤン陶器のショップの光景です。小さな店でしたから、人で溢れてしまいました。トロヤン陶器は、地元のトロヤンで採れる良質の粘土で製作されています。今回の旅行では訪れる事は出来ませんでしたが、ゆっくり散策してみたい街です。

  • トロヤン陶器のショップ付近の光景です。ブルガリア民族復興の時代、陶器は地元の工芸家らの主要な収入源であったとされ、今日でもお土産品として人気があります。

    トロヤン陶器のショップ付近の光景です。ブルガリア民族復興の時代、陶器は地元の工芸家らの主要な収入源であったとされ、今日でもお土産品として人気があります。

  • 古代ローマ時代の石積を思わせるような、古色豊かな崖の上に建つ、明るい色彩の近代風な建物の光景です。

    古代ローマ時代の石積を思わせるような、古色豊かな崖の上に建つ、明るい色彩の近代風な建物の光景です。

  • 古色豊かな石積のアップ光景です。水平な直線的に見える部分が赤レンガ、その中間が角の鋭い砕石でした。

    古色豊かな石積のアップ光景です。水平な直線的に見える部分が赤レンガ、その中間が角の鋭い砕石でした。

  • 著名な画家が住んでいたことを示す、記念のレリーフ像のようです。ツァンコ・ラヴレノフ(Tsanko Lavrenov)でしょうか。

    著名な画家が住んでいたことを示す、記念のレリーフ像のようです。ツァンコ・ラヴレノフ(Tsanko Lavrenov)でしょうか。

  • 落書きで汚された観光案内看板です。残念な光景でした。英語表記でラウンド・タワーの文字がありました。

    落書きで汚された観光案内看板です。残念な光景でした。英語表記でラウンド・タワーの文字がありました。

  • ラウンド・タワーの案内標識があった古代ローマ時代の遺跡の光景です。円形望楼と呼ばれる施設のようです。

    ラウンド・タワーの案内標識があった古代ローマ時代の遺跡の光景です。円形望楼と呼ばれる施設のようです。

  • 同じく、ラウンド・タワー、円形望楼の光景です。古代ローマ時代のユスティニアヌス帝(在位:527〜565年)が築いた城壁に付属する円形望楼のようです。

    同じく、ラウンド・タワー、円形望楼の光景です。古代ローマ時代のユスティニアヌス帝(在位:527〜565年)が築いた城壁に付属する円形望楼のようです。

  • 紅葉の景色が見られた、古代ローマ時代の遺跡が残る円形望楼付近の光景です。

    紅葉の景色が見られた、古代ローマ時代の遺跡が残る円形望楼付近の光景です。

  • トロヤン陶器のショップや円形望楼があった付近の街並み光景です。右手にはおれん色に白い装飾が入った、復興期の建物がありました。

    トロヤン陶器のショップや円形望楼があった付近の街並み光景です。右手にはおれん色に白い装飾が入った、復興期の建物がありました。

  • 雨に濡れた黄葉のアップ光景です。蔓草らしい青草の上に散り敷いていました。丸みを帯びた姿の落葉でした。

    雨に濡れた黄葉のアップ光景です。蔓草らしい青草の上に散り敷いていました。丸みを帯びた姿の落葉でした。

  • 更にアップした黄葉の落葉光景です。日本でも見ることが出来る落葉樹のようですが、とっさには名前が浮かびませんでした。

    更にアップした黄葉の落葉光景です。日本でも見ることが出来る落葉樹のようですが、とっさには名前が浮かびませんでした。

  • 塀の上から束になって垂れ下がった、蔓草の光景です。葡萄に似た紫の実が生っていました。緑の葉と紅葉の葉が共存していました。

    塀の上から束になって垂れ下がった、蔓草の光景です。葡萄に似た紫の実が生っていました。緑の葉と紅葉の葉が共存していました。

  • 発掘された古代ローマ時代の遺跡のようです。レンガ積の遺構は、住居跡でしょうか。発掘された時間が経ったらしく、あちこちに草が生えていました。

    発掘された古代ローマ時代の遺跡のようです。レンガ積の遺構は、住居跡でしょうか。発掘された時間が経ったらしく、あちこちに草が生えていました。

  • 古代ローマ時代の住居跡らしい遺跡があった付近の光景です。この付近は、街全体が多層遺跡になっているかもしれません。

    古代ローマ時代の住居跡らしい遺跡があった付近の光景です。この付近は、街全体が多層遺跡になっているかもしれません。

  • 聖ネデリャ教会です。色彩、文様、外観など、イスラム教寺院のような雰囲気です。1832年に建造されました。

    聖ネデリャ教会です。色彩、文様、外観など、イスラム教寺院のような雰囲気です。1832年に建造されました。

  • 直下から見上げた聖ネデリャ教会の建物光景です。三身廊のバシリカ風の建築と表現されています。

    直下から見上げた聖ネデリャ教会の建物光景です。三身廊のバシリカ風の建築と表現されています。

  • 聖ネデリャ教会の正面出入口の扉のアップ光景です。扉に2つの十字架の飾りがありました。

    聖ネデリャ教会の正面出入口の扉のアップ光景です。扉に2つの十字架の飾りがありました。

  • 聖ネデリャ教会の近くにあった樹木の光景です。マメ科の植物でしょうか、無数の長い鞘が垂れ下がっていました。

    聖ネデリャ教会の近くにあった樹木の光景です。マメ科の植物でしょうか、無数の長い鞘が垂れ下がっていました。

  • 案内標識かと思いましたが、現代アート風のモニュメントでした。横たわる人の姿が、骨格風に表現してありました。

    案内標識かと思いましたが、現代アート風のモニュメントでした。横たわる人の姿が、骨格風に表現してありました。

  • 現代アート風のモニュメントがあった付近の光景です。個人旅行のネット情報では、この付近が路線バスの停留所のようです。

    現代アート風のモニュメントがあった付近の光景です。個人旅行のネット情報では、この付近が路線バスの停留所のようです。

  • プロヴディフの旧市街の観光案内地図です。数多くの施設が番号入りで示されていました。将来、ユネスコの世界文化遺産に登録される可能性がある旧市街のようです。

    プロヴディフの旧市街の観光案内地図です。数多くの施設が番号入りで示されていました。将来、ユネスコの世界文化遺産に登録される可能性がある旧市街のようです。

  • 古代ローマ時代の遺跡の復元図でしょうか、アーチ門を潜った後は、屋根がない石柱列が描かれていました。ブルガリア語にはない文字もありますが、ギリシャ文字などを参照してアルファベットに置き換えますと、『Filipopol』になりました。英語読みでは『Philippopolis(フィリッポポリス)』と呼ばれる地名のようです。

    古代ローマ時代の遺跡の復元図でしょうか、アーチ門を潜った後は、屋根がない石柱列が描かれていました。ブルガリア語にはない文字もありますが、ギリシャ文字などを参照してアルファベットに置き換えますと、『Filipopol』になりました。英語読みでは『Philippopolis(フィリッポポリス)』と呼ばれる地名のようです。

  • 大小の石が転がった光景です。古代ローマ時代の遺物のようです。フィリッポポリスと呼ばれるこの地の遺物でしょうか。

    大小の石が転がった光景です。古代ローマ時代の遺物のようです。フィリッポポリスと呼ばれるこの地の遺物でしょうか。

  • 植物をデザイン化したような文様が刻まれた石片の光景です。古代ローマ時代のものでしょうか。

    植物をデザイン化したような文様が刻まれた石片の光景です。古代ローマ時代のものでしょうか。

  • 古代ローマ時代の遺跡の復元図に描かれた左右の石柱列らしい遺構です。一段高くなった基壇の上に石柱らしい異物が転がっていました。

    古代ローマ時代の遺跡の復元図に描かれた左右の石柱列らしい遺構です。一段高くなった基壇の上に石柱らしい異物が転がっていました。

  • 同じく、フィリッポポリスの石柱列の遺構らしい光景です。現在の地盤よりは少し低くなっていますから、発掘された跡のようです。

    同じく、フィリッポポリスの石柱列の遺構らしい光景です。現在の地盤よりは少し低くなっていますから、発掘された跡のようです。

  • フィリッポポリスの石柱列の遺構らしい場所から円弧に伸びた大理石の通路の光景です。この部分は、復元図には示されていないようです。

    フィリッポポリスの石柱列の遺構らしい場所から円弧に伸びた大理石の通路の光景です。この部分は、復元図には示されていないようです。

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