琉球熱さんのクチコミ(159ページ)全3,995件
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投稿日 2013年10月28日
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投稿日 2013年10月29日
総合評価:4.5
そもそも「クラフトマンシップ・ストリート」とは、名前からもうかがえるように、外面に配慮した“後付け”の名称です。(私は馴染みのある「元町仲通り」で施設申請したのですが、なぜかこちらの名称で登録されました)
同商店街振興組合によれば「クラフトマンシップ・ストリート」とは、元町仲通り、代官坂通り、水屋敷通り、汐汲坂通り、本牧通り一帯を指し、かつそこで営業する組合員と定義しています。
元町仲通りはその中核をなすストリートで、沿線には厳島神社のほか、スタージュエリー工房、ハッシュパピー、スターライトカフェ、霧笛楼、香炉庵、モトマチドッグなど、ちょっと洒落た店が軒を連ねます。
メインストリートも良いけれど、その裏通りもなかなか粋です。
ただし、狭いのに車が通るので注意してください。- 旅行時期
- 2013年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.5
- サービス:
- 4.0
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投稿日 2013年10月30日
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投稿日 2013年11月21日
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投稿日 2013年12月07日
総合評価:3.5
ランチで利用しました。
港の見える丘公園の脇にあり、港を見下ろす好立地です。その分、最寄り駅(石川町、元町中華街)からのアクセスはあまりよくありません。
KKRホテルの一つではありますが、この立地から、他店とはちょっと違う雰囲気です。
レストランの窓からも港が見え、ゆったりと食事を楽しむことができました。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 1人1泊予算
- 2,500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 接客対応:
- 3.0
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投稿日 2013年12月07日
総合評価:4.0
横浜観光スポットのテッパン中のテッパンでしょう。
位置的にも、山手の洋館、港の見える丘公園とセットで見物できます。
普段は立入禁止ですが、年に数回、一般公開される日があります。その日に遭遇できれば、内部を詳細に見学でき、この墓地の意外な広さ、多岐に渡る出身国、未だに新しく作られる墓があることなど、貴重な情報を得ることができます。
何より、ここに埋葬されている人たちが、驚くほど高い割合で「殺害」された人たちであることも、意外に知られていない事実です。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2013年12月07日
総合評価:3.5
外人墓地の脇に建つ資料館です。
この資料館自体も石造りのクラシカルな雰囲気を醸し出しています。
内部は意外とあっさりしていて、当時の様子を伝える写真とパネル展示のみ。ざっと見渡しただけでは何もわかりません。じっくり読むことで初めて理解できるような内容です。
展示内容・方法については、もう少し工夫があっても良いかな、と思います。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2013年12月15日
総合評価:4.0
元町公園の麓(元町商店街側)にある、山手地区に外国人居留地があった時代の史跡です。
1873年、フランス人アルフレッド・ジェラールが居留地で使用する西洋瓦や煉瓦を製造するために建てた工場の跡地です。
彼はまた、地下には湧水を集める貯水槽を建設し、船舶用飲料水として販売し、巨万の富を築いたと言われています。そのため、水屋敷と呼ばれていました。
日本の西洋瓦発祥の地であり、関東大震災による倒壊後、横浜市有地となり元町プールが建設されたのです。
レンガ風の建物はプールの事務室ですが、当時の遺構ではありません。
また敷地内には、「我国塗装発祥之地」という記念碑も建てられています。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2013年12月15日
総合評価:3.0
水屋敷跡を少し登って行くと、住宅跡と思しき遺構があります。これが「山手80番館跡」で、横浜に現存する唯一の震災前の外国人住宅の遺構です。
この一帯は、かつての外国人居留地の中心地で、多くの外国人住宅のほか、学校・病院・劇場・教会などの西洋建築がたちならんで「異人館のまち」でした。
現在、地下室部分を残すだけですが、浄化槽をも備えていたことがわかっており、当時の居留外国人の華やかな暮らしぶりをうかがわせます。
またパネルには『THE BLUFF 80 ~』と記載されており、この一帯の洋館には「BLUFF」という単語が多く見受けられますが、「BLUFF」とは「切り立った崖」の意で、山手の地形を象徴しています。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年12月15日
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投稿日 2013年12月15日
総合評価:3.5
エリスマン邸の向かい側に建つ洋館のカフェです。
1927年、日本人建築家朝香吉蔵氏が設計したもので、元はアメリカ人検事が暮らしていましたが、1970年に現オーナーのご両親が自宅用に買い取りました。
もともと菓子や料理を作るのが好きだった現オーナーの母がきっかけで、1979年に1階のリビングをカフェとしてオープンしました。
レアチーズケーキや英国風スコーンなどが人気メニューです。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 2.5
- サービス:
- 3.0
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 3.0
- 観光客向け度:
- 5.0
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投稿日 2013年12月15日
総合評価:4.0
えの木ていの隣に建つ山手234番館は、1927年頃外国人向けのアパートメントハウスとして、現在の敷地に民間業者によって建設されました。
関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってもらうための復興事業の一つとして建てられ、設計者は、隣接するえの木ていと同じ朝香吉蔵氏です。
第2次世界大戦後の米軍による接収などを経て、1970年代頃までアパートメントとして使用されていたそうです。
1989年に横浜市が歴史的景観の保全を目的に買い取り、1999年から一般公開しています。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2013年12月15日
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投稿日 2013年12月15日
総合評価:4.5
山手十番館の敷地内の、明治42年に建てられた横浜市に残る唯一の木造西洋館。
建てられた当時は和館に附属した施設として和館部分から出入りしていたようです。
関東大震災を免れ、戦後は一時期米軍の接収後、昭和50年代にマンションの建設のために取り壊されることになった際、当時の横浜十番館のオーナーだった故本多正道氏が洋館部分を買い取り、1977年に現在地に移築したもの。
横浜開港期を偲ばせるさまざまな資料を展示公開しています。
屋外部分にも復元されたガス灯やグリーンベンチ、古い乳母車などの展示物があります。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
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投稿日 2013年12月15日
総合評価:3.5
1885年に建てられた商業劇場ゲーテ座の跡地の一部です。
シェークスピアの『ハムレット』など、 西洋人による生の西洋演劇に 触れることのできる当時唯一の劇場でした。1923年、関東大震災によって ゲーテ座は崩壊し、1980年建設された現在の建物は、 学校法人岩崎学園 横浜洋裁学院の創立50周年記念事業の一貫として、 服飾関係の資料、収集品を中心に展 示する博物館として再出発しました。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 3.0
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投稿日 2013年12月15日
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投稿日 2013年10月28日
総合評価:4.0
港の見える丘公園はその名の通り、横浜港を見下ろす展望が魅力の観光スポットです。
その“丘公園”の北側部分、この区域は「フランス山」と呼ばれていて、“丘公園”とは独立した別の公園のような風情です。
「フランス山」は幕末から明治初期にかけてフランス軍が駐屯したところで、そこから「フランス山」の名があります。
かつてのフランス軍駐屯地、フランス領事館の跡地としての歴史を偲ばせる庭園として位置づけられています。
(追記)
生麦事件のような外国人殺傷事件が相次いだ幕末の時期に、自国民の保護を名目に、イギリスとフランスは横浜居留地への自国軍の駐屯を決行しました。
軍の撤退後、領事館と領事官邸が建設されましたが、その領事館も、領事官邸ともども、関東大震災で倒壊、その後1930年に再建されましたが、1947年に不審火で焼失してしまったそうです。
1971年、横浜市が山手185番、186番の土地、すなわち現在の「フランス山」をフランス政府から購入、公園として整備し、翌1972年、既に開園していた「港の見える丘公園」の「フランス山」区域として開園したものです。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2013年10月25日
総合評価:4.5
古くは『ハマトラ』で名を馳せた“MOTOMACHI”ブランドは今も健在、横浜のファッション発信地としてまだまだ元気です。
かつては考えられなかったチェーン店なども散見されますが、『ハマトラ』時代を支えたブランドである「FUKUZO」、「Poppy」、「Kitamura」は依然として根強い人気を誇っています。
他にはポンパドウル、近沢レース、喜久家、森ブラザー、スミノ、スタージュエリー、ユニオンなどの老舗が並びます。
商店街自身が“MOTOMACHI”ブランドに強い誇りとこだわりを持っており、街づくりについても、伝統の良さを残しつつ新しいものも取り入れていくという姿勢が見え、このポリシーが廃れない限り、この街の価値は維持されていくでしょう。
(追記)ここに古くから店を構える店の多くは、創業100年を超える店も多く、そのような店が今も健在で商売を続けていること自体が驚きであり、敬意を表するに値します。「歴史・伝統」だけで存続できるほど、甘くはないからです。
なぜ続けてこられたのか?・・・そんな視点で見るとこの街の面白さが倍増しますが、単に表面的なモノしか見ていない人たちには「古い」「年齢層が高め」としか映らず、この街の良さも価値もわからないでしょう。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- お買い得度:
- 4.5
- サービス:
- 4.0
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投稿日 2013年12月31日
総合評価:3.5
横浜高島屋の屋上は、とても広く、その一部はちょっとした庭園風の造りになっています。きちんと手入れされた花壇には、花や低木が植えられ、説明板も整備されています。また、屋上の一画は子供用の遊具が設置されており、子供連れの家族が一息入れる場所としても活用できるでしょう。
- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- その他
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2013年12月31日
総合評価:4.5
横浜開港資料館の隣にあるこじんまりとした広場です。ここの交差点は、ちょうど大桟橋の入口に位置し、シルクセンターやスカンジアが目の前。港ヨコハマを象徴するような風景でもあります。
中央に位置するのは浅床式の噴水で、池との境がないタイプ。ヨーロッパの都市にはよく見られる形状だそうですが、日本で初めて設置されたものだったはず。
この噴水を取り囲むようにベンチやオブジェが設置されており、開港にちなんだこれらのオブジェ一つ一つが凝ったデザインをしているので、ぐるりと見て回ることをお勧めします。
レンガ造りのマンホールと下水道の遺構も見ることができますので、風景だけでなく、意外に歴史を感じさせる場所となっています。- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0









































