huuさんのクチコミ(5ページ)全231件
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投稿日 2017年07月29日
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投稿日 2017年07月28日
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投稿日 2017年07月28日
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投稿日 2017年07月28日
総合評価:4.5
平安時代より植樹され、現在では約60種400本あるという桜。貴族たちは長い期間様々な桜を楽しみ、江戸時代には、庶民にも夜桜が開放され、「平野の夜桜」は都を代表する花見の名所となったそうです。長い期間(約1か月半)様々な種の桜を見ることができるそうです。ちょうどの花盛り、桜の下に毛氈が敷かれ、たくさんの人がそこで楽しんでいる様は、江戸時代の花見は如何に、という思いでした。
- 旅行時期
- 2016年04月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2017年07月28日
総合評価:5.0
とても人気があるお寺です。チケットは自動販売機で。並んで入り口を入ります。何回も来ているので、何か変わったところはないか、という一応確認して、さらーっと通り抜けてきました。相変わらずきらびやかで光り輝いていました。
- 旅行時期
- 2016年04月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2017年07月28日
総合評価:5.0
バスを降りると真ん前に二王門がそびえる。立派な門です。高さは18.7mと大きい。
それをくぐって、すぐ左の御殿へ入る。広い屋敷を通って、広い庭を眺めました。
庭の向こうにこれまた有名な五重塔が見えました。歴史のある素晴らしい広いお寺でした。- 旅行時期
- 2016年04月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2017年05月30日
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投稿日 2017年05月30日
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投稿日 2017年05月30日
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投稿日 2017年05月30日
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投稿日 2017年05月30日
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投稿日 2017年05月30日
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投稿日 2017年05月30日
総合評価:4.5
大正初期の洋風建築を代表する貴重な遺構として、昭和59年、国の重要文化財に指定されました。現在は、山形県郷土館「文翔館」として一般に無料公開されています。 旧県会議事堂も合わせて趣があります。
庭の広い空間にも花が植えられ、気持がいいです。
100円バスがあり近くまで行けます。- 旅行時期
- 2015年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:4.5
案内に寄れば、現在の城郭は「第11代城主最上義光(1546?1614)が築いたものが原型」とあります。
本丸・二ノ丸・三ノ丸の三重の堀と土塁で囲まれた、全国有数の規模を持つ輪郭式の平城で、出羽の関ヶ原合戦「長谷堂合戦」で城郭が霞で隠れて見えなかったことから「霞ケ城」とも呼ばれていたそうです。
新しく橋や門などが作られていました。
これからどんどん昔の姿を取り戻していくのでしょう。
今、絶賛改築改装復元中であります。
静かな広い公園で市民の憩いの場でもあるようです。
(昭和61年5月に、本丸及び二ノ丸跡(霞城公園)と三ノ丸跡の一部が、国の史跡に指定されました。)- 旅行時期
- 2015年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:4.5
ちょうど「縄文の美と宝ー縄文の女神・遮光器土偶」展を開催中でした。
「国宝・縄文の女神」があります。
平成4年に山形県が行った発掘調査で、山形県舟形町西ノ前遺跡から高さが45センチという日本最大の縄文土偶が出土しました。
この土偶は大きさもさることながら、均整のとれた八頭身の全身立像で、その美しい容貌からいつしか『縄文の女神』と呼ばれるようになtったということです。
平成1O年、この土偶をはじめとする出土した48点の土偶すべてが国の重要文化財に指定されました。その後、平成24年4月、『縄文の女神』土偶は国宝に指定され、名実ともに町の宝であり、国の宝となりました。
『縄文の女神』は今から約4,500年前の縄文時代中期に製作されたものと言われています。大きさと言い、完成度と言い、素晴らしかったです。
「遮光器土偶」がこれまた楽しい。- 旅行時期
- 2015年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.5
- バリアフリー:
- 4.5
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:5.0
霞城公園の中にある。1966年(昭和41)12月東北地方の大規模な洋風化の歴史を示す資料として、国の重要文化財に指定された。その後、文化史的意義が評価され、現在は「山形市郷土館」として当時の姿を伝える歴史資料館となっている。中庭を囲んで病室を円形に配置し、正面の塔屋は三層構造の独特の形態で、すてきな建物だった。
- 旅行時期
- 2015年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.5
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投稿日 2017年01月06日
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投稿日 2017年01月06日
総合評価:4.5
海側にある道の駅に車を停めると、道路を挟んでその向こうに象潟(きさかた)が見えます。まずエレベータで6階の展望台へ。
ガラスの向こうに鳥海山が見え、その手前が象潟です。
昔、海に小島、今田んぼの中に小さな丘
その成り立ちを調べるととても面白い。
紀元前466年に鳥海山が噴火し、発生した大規模な山体崩壊による流れ山が日本海に流れ込み、浅い海と多くの小さな島々ができあがった。
やがて堆積作用の結果、浅海は砂丘によって仕切られて潟湖ができた。そして小さな島々には松が生い茂り、風光明媚な象潟の地形ができあがった。
江戸時代までは、九十九島・八十八潟が景勝地となり、「東の松島 西の象潟」と呼ばれた。文化元年(1804年)の象潟地震で海底が隆起し(2m40cm)、陸地化した。その後、本荘藩の干拓事業による水田開発で、歴史的な景勝地は消えようとしていたが、当時の蚶満寺の住職・二十四世全栄覚林の命懸けの呼びかけにより、保存運動が高まり、今日に見られる景勝地の姿となった。
現代も102の小島が水田地帯に点々と残されている。
「象潟は火山活動および地震による土地の変化を示す自然記録として学術上の価値が極めて高いため、昭和9年1月22日、国の天然記念物に指定されました。」- 旅行時期
- 2015年05月
- バリアフリー:
- 4.5
- トイレの快適度:
- 4.5
- お土産の品数:
- 4.5
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投稿日 2017年01月05日
総合評価:5.0
米どころ庄内のシンボルとして有名な山居倉庫。
明治26年(1893)に建てられた米保管倉庫で、現在も現役の農業倉庫です。
「おしん」のロケーション舞台にもなりました。
白壁、土蔵づくり9棟からなり、18万俵を保存できるそうで、高温防止のために背後にケヤキ並木を配し、内部の湿気防止には二重屋根にするなど、自然を利用した先人の知恵が生かされた低温倉庫です。
敷地内には酒田市観光物産館「酒田夢の倶楽」、庄内米歴史資料館が併設されています。
樹齢150年以上のケヤキ41本の連なるケヤキ並木は、とても素晴らしかったです。
駐車場もあり、じっくり巡って見られます。
「夢の倶楽」で絵葉書を買いました。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2017年01月05日

































