いっちゃん2013さんのクチコミ(18ページ)全772件
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投稿日 2018年06月04日
総合評価:4.0
秩父の城峯山へ向かいました。「城峯山」は「じょうみねさん」と読みます。
皆野より皆野町営バス日野沢線のバスに乗り、「秩父華厳前」のバス停で下車。「秩父華厳の滝」を見物し、ここから登りはじめました。
登山らしくないですが、綺麗に舗装された林道をしばらく登りました。奈良尾峠は特に何も有りませんでした。
ここから尾根の登山道を登りました。急斜面をジグザグではなく、真っ直ぐ登る道です。標高1003mの「鐘掛城」という山までの登りが辛かった。鐘掛城は城跡だそうです。険しい山で、武将はタイヘンだったと思います。
鐘掛城から城峯山まではいわゆる「関東ふれあいの道」。石間峠で林道を横切りました。頂上の鉄塔が見え、疲れましたが、標高1037.8mの頂上に到着。一等三角点が有ります。アンテナが有る鉄塔が途中まで上れるようになっており、展望台となっています。しばし、展望を楽しみました。初夏であり、遠くはよく見えなかったけど、近くの山容が見事でした。
城峯神社へ行き、お参りしました。トイレ、自販機、キャンプ場が有ります。ここまで車で来れるようです。だけど、歩きだときつい山だと思いました。
この後予定変更して、城峯神社のメインの登山道「表参道コース」を下りました。この道の上部は傾斜が程々で、歩きやすかった。下部の沢沿いは急な斜面を横切るトラバース道で、怖かった。分岐が有り、男衾登山口へ下りました。民家の間が登山口となっています。
立派な城峯神社の鳥居が立っています。この地域の崇敬を集めた神社なんだと認識しました。
この下山は予定変更なので、バスを調べていません。とりあえず、県道へ向かい、延々と歩きました。石間川沿いの道で、中郷、漆木、沢口と、集落を通りました。
ヘトヘトになり、埼玉県道37号線の万年橋に到着。ここで石間川が吉田川に注いでいます。ここにバス停有り。西武観光バスのバスで帰途につきました。- 旅行時期
- 2018年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2018年03月25日
総合評価:4.5
神武寺山より次の鷹取山へ向かいました。凝灰岩の岩が滑りそうで、注意しながら、歩きました。岩も土も木の根も滑りやすかった。あまり登りは無いけど、鎖場が有ります。
ここに来て、知らなかったので、びっくりしました。千葉県の鋸山と同様の石切り場跡なんですね。切り取られた絶壁があちこちに有ります。岩登り禁止と掲示されていますが、大勢がロッククライミングをしていました。
取り敢えず、階段を上り、頂上へ。頂上に展望台が有ります。標高は139mで、逗子市と横須賀市に跨っています。横浜等の景色や鷹取山の景色をしばらく眺めました。
石切り場の道はしばらく続き、ラピュタっぽいですね。横須賀市の掲示を見ると、ただし書きが有って、一定の条件で岩登りが許されているようです。皆さんが違反者じゃなくて、ほっとしました。
道沿いに磨崖仏がいらっしゃり、鋸山と同様ですね。これは古代遺跡ではなく、昭和30年代に彫刻家が製作したものだそうです。石切り場跡には行き止まり区画も有り、ダンジョンですね。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2018年03月25日
総合評価:4.5
3月の土曜日、早起きして、登山靴を履いて、京急線に乗って、逗子市の神武寺で下車。神武寺に向かいました。
老人ホームの辺りから緩やかな山道となりました。なるほど、苔が多いモノノケっぽい道ですね。階段登りをちょいと頑張ったら、お寺に着きました。トイレが有ります。
石段を上り、山門を潜りました。薬師堂にお参りしました。お寺についてはウィキペディアをご覧ください。薬師堂の中はよく見えませんでした。傍らに立派な宝珠が載ったお堂が有ります。こちらは立ち入り禁止区域だそうで、ミステリアスなお寺です。
奥に神武寺山の頂上が有ります。急な道を登りました。雨後であり、滑りやすい道でした。下るのはタイヘンだろうと思います。頂上は標高134mだそうです。頂上は先客がいらっしゃいましたので、私は長居しませんでした。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2018年03月11日
総合評価:4.0
湘南長沢グリーンハイツ横からの三浦富士のハイキングコースを登り始めました。前日に大雨が降っており、道がぬかるんでいました。しばらく辛抱の登りでした。長い階段を上りましたが、左に曲がって、もうちょっと階段が続いていました。
そして、富士山の頂上に到着。標高183mだそうです。浅間神社の奥宮が有り、拝みました。三角点も有ります。眺望が素晴らしく、三浦半島がよく見えました。先日行った岩堂山や剱埼灯台も見えました。3776mの富士山が見えるようですが、当然、うす曇りであり、見えませんでした。
下って、標識に従い、砲台山に向かいました。この上りは緩やかで、あまり上った感じがしませんでした。大きな鉄塔が見え、砲台山に到着。標高は204mだそうです。大きな丸い砲台跡が有ります。
また、下って、武山に向かいました。ちょいと登って、武山に到着。ここは標高200mで、頂上がお寺となっています。アゼリアハウスという建物の屋上が展望台となっており、この展望台へ上がりました。横浜の方がよく見えました。武山不動院へお参りしました。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年03月04日
総合評価:4.0
市川市の北国分を歩いていて、いつの間にか、松戸市に入りました。
江戸川へ向かう傾斜地の「矢切神社」を通り掛かりました。寄って、お参りしました。会館も有る立派な神社です。
辺りにいろいろと有ります。矢切神社下の三叉路の際に庚申塚が有ります。この辺りのいわゆる「矢切の渡し」が伊藤左千夫さんの「野菊の墓」の舞台だそうです。歩道橋が架かっており、野菊苑と文学碑が有ります。
江戸川までの道が「野菊のこみち」と名付けられていますが、ほとんどがネギ畑の農道です。
江戸川まで案外と遠かった。ようやく江戸川沿いにたどり着き、土手を上がりました。天気が良い日の土手はとても気持ち良かった。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2018年03月04日
総合評価:4.0
まだ寒い3月の土曜日、江戸川沿いの市川市の散策に出掛けました。
京成本線の国府台(こうのだい)で下車し、江戸川沿いへ行き、江戸川沿いをしばらく歩きました。こんもりとした茂みが見えてきました。
国府台城址であり、里見公園です。江戸川沿いの崖下に羅漢の井戸が有ります。階段を上がり、高台に上がりました。小振りな古民家が建っています。北原白秋さんが住んでいた「紫烟草舎」(しえんそうしゃ)を移築したものだそうです。
高台は広々としており、池や噴水が有ります。良い天気で、噴水が綺麗でした。桜やバラがたくさん植わっており、咲いたら、綺麗だろうと思いました。噴水の辺りは城址の雰囲気は有りません。所々に梅が咲いていました。
良い天気で、高台から江戸川側の眺めが素晴らしかった。正面がスカイツリーで、東京タワーや新宿のビルも微かに見えました。うっすらと富士山も。
国府台城は要衝であったため、争奪戦が繰り返されたそうで、主に千葉氏、里見氏、北条氏の城であったそうです。
公園の北東側が史跡らしい雰囲気でした。いくつも丘が有り、その1つに市川市最高標高地点と表記されていました。標高30.1mだそうです。もう1つの丘に石棺が有り、そこは前方後円墳の明戸(あけど)古墳だそうです。古代のものを間近で見学できました。滝の有る池も有ります
いろいろと見所が有る公園です。
起伏有る園内で学生がランニングしていました。
里美公園に食い込むように隣接している総寧寺は元は関宿に有って、享保12年(1727年)に徳川吉宗公によりここへ移設されたそうです。お寺では法要中だったので、ここはお参りしませんでした。その北側に国府台天満宮が有り、お参りしました。小さな神社だけど、良い感じでした。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2018年03月04日
総合評価:4.0
「国府台」や「国分」の地名が示すように、この辺りがかつての下総の国の中心だったのでしょう。
スマホの地図を見ながら、下総国分寺に向かいました。国府台城址からしばらく2kmくらい歩き、下総国分寺に着きました。
残念ながら、この国分寺は史跡の雰囲気があまり有りませんでした。朱塗りの南大門が立っています。本堂へお参りしました。今は真言宗のお寺だそうです。新しい感じで、奈良時代の雰囲気は有りませんでした。でも、境内の建物は立派です。
お寺の横を歩きました。お寺の北東に「国分寺跡」の広場が有ります。こっちが奈良時代の史跡ですね。
さらに辺りを歩いていたら、下総国分尼寺跡を通り掛かりました。礎石のようなものが有り、「金堂跡」や「講堂跡」の表示が有りました。
跡地が分かったので、古代のことを偲ぶことができました。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2018年02月25日
総合評価:4.0
八景島の近く「海の公園」でのイベントに参加しました。その後、お風呂に行くことにしました。八景島駅のシーサイドラインをくぐり、人道橋を渡り、この「シーサイドスパ八景島」へ行きました。2月の土曜日のお昼でした。
脱衣所のロッカーはちょっと小振り。先程のイベントのせいも有り、やや混雑していました。
洗い場のカラン(蛇口)は使いやすかった。ボディーソープ、シャンプー、コンディショナーが置いてありました。
メインのお風呂は「海洋泉」です。これは「暖めた海水」だそうです。塩分濃いめで、ぬるっとしました。指先等がヒリヒリしたけど、体に良さそう。肌荒れの人等はご注意ください。よく温まりました。温まりやすいと考え、のぼせに気を付けました。普通のお湯のお風呂も有ります。
サウナは始め混んでいたので、後回しにしました。
露天風呂がいろいろと有ります。男湯と女湯が入れ替わるようで、それぞれ若干構成が違うようです。露天の古代檜のお風呂に入りました。ここのお湯は普通のお湯でした。
後半、サウナが空いていて、しばらく温まりました。
それぞれ湯温はあまり熱くありませんでした。のんびり温まり、汗がたくさん出ました。
私達の入館料は1人1,300円でした。お風呂は温泉じゃないみたい。温泉じゃない有料のお風呂なので、ここは「銭湯」ですね。銭湯で1,300円は高いな。採算を確保するにはしょうがないのかな。
あがってから、2階のレストランでビールを頂きました^^!景色が良かった。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 施設の快適度:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月25日
総合評価:4.5
2月の土曜日、印旛沼の散策に訪れました。たくさん歩こうと考え、行きました。
長閑な田園の畦道を歩き、印旛沼に到着。周囲の道は管理用通路だそうで、車は通行止めです。印旛沼の土手の斜面を上がりました。土手の上を歩きました。土手の上は凸凹ので、足元は歩きにくかったけど。広大な沼の景色が気持ち良かった。こういう水際はアップダウンが無く、難無く数キロ歩けてしまいます。
辺りのあちこちに細い水路が通っています。細い水路だけど、橋が無いと渡れません。スマホの地図に留意しながら、歩きました。閉館してしまった印西市内の「メタルアートミュージアム風の谷」の横を通りました。
甚兵衛大橋を渡りました。この辺りはどこも道路に歩行者帯が有りません。嫌な道です。車が私を避けて走っていました。
甚兵衛公園に来ました。甚兵衛渡しの河岸であり、松の名所です。根山神社にお参りしました。奥に鷲宮神社への危険な石段が有ります。
丘をぐるっと周り、勝福寺へ行きました。勝福寺を周る道を上がり、丘の上に上がりました。白旗神社はどこだか分かりませんでした。畑の周りの道を歩き、北側より下ると、水神社が有ります。小さな祠の水神社です。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月25日
総合評価:4.0
宗吾参道駅、宗吾霊堂、宗吾旧宅、甚兵衛公園を繋ぐ「義民ロード」が有るようですが、知りませんでした。ダンプカーが行き交う歩行者には歩きにくい国道464号線を歩きました。
「旧宅」のバス停が最寄りです。この国道より細い急な坂道を下った所に宗吾旧宅が有ります。手前に当時からの井戸が有ります。
料金は不要でした。ガイドのお姉さんが詳しく教えてくれました。
宗吾様は本名が木内惣五郎さんです。木内家は千葉家の家臣だったそうです。千葉家が滅び、江戸時代の頃は農民であり、名主だったそうです。
ここは崖下の地であり、谷津です。この辺りではここが良い場所であり、名主は谷津に住んだそうです。
木内家は今もご健在です。宗吾様の演目をされるとき、俳優さんがこの旧宅にお参りにいらっしゃるそうです。
旧宅のご仏壇にお参りさせていただきました。浄財を少々納めました。
庭園が工事中でした。たぶん素晴らしいお庭になるんだと思います- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月25日
総合評価:4.5
成田市へ散策に行き、この「宗吾霊堂」にお参りしました。京成線の電車の「宗吾参道行き」が走っており、名称は知っていましたが、あまりよく知りませんでした。
東勝寺というお寺です。坂上田村麻呂公が創建したと言われているそうで、平将門公の乱に関連しているのかもしれません。この寺は場所を転々としたそうです。真言宗のお寺です。
門前に土産物屋が並んでいますが、客引きは有りませんでした。山門の手前に木内惣五郎さん父子のお墓が有ります。木内惣五郎さんが宗吾様です。
境内には立派なお堂がいくつも有り、それぞれお参りしました。中央の大本堂には宗吾様の霊が祀られています。
奥に良い感じのモダン建築が見えました。宗吾御一代記館です。宗吾御一代記館と霊宝殿の入館料が700円でした。最初、従業員さんが案内してくれました。宗吾様の物語を多数のシーン、多数の人形で表しており、説明書きと音声での説明が有ります。
この700円は安いと思いました。とても素晴らしかった。それぞれの人形が良かった。衣装も良かった。シーンの造作も良かった。良いお芝居を1つ鑑賞したような感じがしました。
木内惣五郎さん、宗吾様は「佐倉騒動」の主人公です。江戸時代初期、佐倉藩堀田家国家老の悪政、重い年貢に農民が苦しんでいました。当地の名主であった木内惣五郎さんがこのため将軍様に直訴し、磔刑で処刑され、子供4人も打ち首されまたそうです。その処刑の場が公津ヶ原刑場がここで、先程のお墓が磔の地だそうです。この直訴後、農民の暮らしは良くなったそうです。罪人として処刑された後、後の世となって、「宗吾」様という諡(おくりな)がおくられたそうです。以後、義民として崇められ、東勝寺がここに移り、宗吾様を祀るお寺になりました。
この物語が歌舞伎や映画等で催され、好評だったそうです。
この事件は近代の民権運動等で鑑とされたそうです。政治史のエポックの1つだと思いました。
霊宝殿も見学しました。外観も内部も素敵な近代建築物です。昭和10年の開館だそうです。史料が展示されていました。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月25日
総合評価:4.0
公津の杜の街は「成田市公津東土地区画事業」で整備されたようで、この池はそれに伴う調整池だと思います。池を含む範囲が「公津の杜公園」となっています。住宅街から池までのかなり高低差が有り、深く大きな窪みとなっています。大きな広がりであり、ゆったりとした公園です。
この公園の東側に丘が有り、お寺と神社が有ります。国土地理院の地図には池の東から神社へ登る道が記載されていますが、その辺りに登り口が見当たりませんでした。残念。
国道464号線を歩きました。道路が2車線の幅しかなく、歩行者のことを全く考えていない道路です。
しばらく歩くと、大経寺への看板が有ります。用の幅が有りません。そちらの道を行くと、大経寺が有ります。その向こうに鳥居も有ります。
石段の脇に土俵が有ります。神社へお参りしました。神社は鬱蒼とした木々に囲まれた古そうな社です。建物の周囲に石造のモニュメントがいくつか有ります。それぞれが神様なのでしょう。神社の向こうに道が有ります。麓からの道でしょうが、行くと、危ないと思いました。素敵な神社です。
大経寺には立派な本堂と墓地が有ります。「顕本法華宗」のお寺だそうです。感じの良い丘でした。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月25日
総合評価:4.0
神奈川県道215号線を歩き、江奈湾に来ました。江奈湾の西側が干潟となっており、おもしろい景色だと思いました。湾口ずっと向こう側であり、川のような地形ですが、こちらまでさざなみが寄せていました。
江奈湾沿いをしばらく歩きました。スマホの地図を見ながら、歩き、剱埼灯台へ行きました。
高台に白亜の八角塔形の灯台が立っています。手前にはより大きなレーダーの鉄塔が立っており、レーダーが旋回していました。
1866年(慶應2年)に江戸幕府が米、英、仏、蘭の4か国と締結した条約に基づく灯台の1つで、1871年(明治4年)に初点灯したそうです。今のこの灯台は1925年(大正14年)再建の2代目だそうです。ここから内側が東京湾だそうです。
灯台の近くまで行けました。ギョロッとした大きなレンズが見えました。横須賀、浦賀水道、房総半島、太平洋等の景色は素晴らしかった。
剱埼灯台の入口へ戻り、東側の海沿いへ下りました。とても綺麗な海でした。水面だけ見ると、南国のリゾートの海のようでした。
小振りな灯台が見えました。間口港灯台です。灯台2つが近接しているのは珍しいと思いました。
間口漁港を通り、高台の神奈川県道215号線へ上がりました。剱崎のバス停より京急バスに乗り、帰途につきました。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月05日
総合評価:4.0
1月の寒い土曜日、「小石川七福神」も巡ることにしました。
まず、東京ドームからスタート。この東京ドームが最大の難関です。ここに福禄寿様がいらっしゃいます。そんなこと知りませんでした。この広い東京ドームシティのどこだろ。
インターネットの情報を基に、ドームの正面の22番ゲートに行きました。この向かい側(手前側)に総合案内所の建物が有ります。この総合案内所のお姉さんに教えてもらいました。ここに福禄寿様のスタンプが置いてありました。
総合案内所の裏側のアトラクションズのアトラクションが有る所に福禄寿様がいらっしゃいました。特にお堂等は有りません。「コロッコ」のトロッコ線路の近くです。
喧騒の東京ドームシティですが、福禄寿様の辺りは閑散としていました。
かつての「小石川後楽園」に因んでいるらしいです。- 旅行時期
- 2018年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 施設の快適度:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月05日
総合評価:4.0
東京港の海沿いをずっと歩いて、羽田まで来ました。散策はここでお終い。
大空港の近くですが、この辺りは漁村の雰囲気が有ります。
この入船湯に来ました。宮作りではありません。全体的に余裕が有る銭湯だと思いました。フロントは旅館のような雰囲気。
洗い場にシャンプーと液体の石鹸が置いてありました。
浴槽がいくつかに分かれています。日替わりの薬湯が有ります。この日はヒノキの青いお湯でした。この薬湯が熱いお湯で、温度計は44℃辺りを指していました。
白湯(普通のお湯)は42℃くらいだと思いました。壁画はヨーロッパのような山岳の絵です。浴槽沿いに水槽が有り、大きな金魚のような魚が何匹か泳いでいました。足の疲れをほぐしました。
最後に薬湯の熱いお湯に浸かり、温まりました。
綺麗な名刺のようなカードが配られていました。江戸時代から有った銭湯だそうです。漁民がここの銭湯で汗を流していたそうです。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月05日
総合評価:4.0
散策の途中で、穴守稲荷神社に寄りました。
3方の赤い鳥居が立っています。
手を洗い、お参りしました。社殿は若干古くなっており、良い雰囲気でした。
この神社は元は羽田空港の場所に有ったそうです。敗戦後、米軍の命令でそれが強制移転させられたそうです。酷い話だ。
引き続き散策し、海老取川に架かる天空橋を渡り、羽田空港側の環八へ行きました。
この羽田の角に赤い大鳥居が立っています。この鳥居は穴守稲荷神社の門前の鳥居であったものだそうです。いろいろと祟りが有って、恐れられ、空港内に残されていました。1999年(平成11年)にここに移設されたそうです。
「平和」の扁額が掛かっており、「平和の大鳥居」と呼ばれています。羽田は事故の記憶の方が強く残っています。本当に平和になってほしい。- 旅行時期
- 2018年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月05日
総合評価:4.0
1月の土曜日の「小石川七福神巡り」、最後にこの深光寺へ行きました。ここは恵比寿様であり、ここからスタートすべきだったかな。
茗荷谷では地下鉄丸ノ内線の線路の下を道路が通っています。
丸ノ内線のガードをくぐると、すぐにこのお寺に着きました。崖沿いの傾斜地に有ります。
境内の急なスロープを上り、本堂前へ行きました。夕方であり、暗くなってきました。
本堂前に石造の恵比寿様がいらっしゃりました。お参りしました。
本堂の前に滝沢馬琴先生のお墓が有り、標識が有ります。ウィキペディアでは曲亭馬琴先生として説明されています。その近くに路女のお墓が有ります。土岐村 路という女性のことです。詳しくは、ウィキペディアをご覧ください。
墓地の傾斜地の地形が良い感じでした。- 旅行時期
- 2018年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2018年02月05日
総合評価:4.0
1月の寒い土曜日の「小石川七福神巡り」、夕方になり、さらに冷え込んできました。
スマホの地図を見ながら、特に迷わず、この宗慶寺に着きました。
今日はいくつものお寺にお参りしました。小銭が無くなってしまいました。このため、ここではお金を納めませんでした。ごめんなさい。
横の方でケース内に寿老人様がいらっしゃりました。彩色が施されており、綺麗でした。西洋人のようなクリスチャンのようなお姿でした。
近過ぎると、お寺の形が分かりませんでした。道の向こう側より見ると、四角いビルに瓦の屋根が載っています。素敵な建築だと思いました。
このお寺はまず清泉が有って、創建されたとのこと。
ぐるっと大回りして、大通り側より巨大なタワーマンション「小石川パークタワー」の正面に行きました。
このマンションの敷地内に「極楽水」が有ります。マンションの敷地ですが、一般に公開されています。起伏有る庭園であり、窪地に弁天様のお堂が有ります。お堂は閉ざされており、弁天様は拝めませんでした。
かつての長慶寺の清泉は今はマンションの敷地になっちゃっています。残念な経緯が有ったのでしょう。日陰で寒々しかった。極楽水は涸れていました。- 旅行時期
- 2018年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年02月05日



































