いっちゃん2013さんのクチコミ(14ページ)全772件
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投稿日 2019年04月14日
総合評価:4.0
飯能市のハイキングの後、この温泉に寄りました。
下駄箱に100円玉が必要でした。私の入浴料は800円でした。
入った所が2階で、階段を下った1階に脱衣所や浴室が有ります。
脱衣所のロッカーにも100円玉が必要でした。これらの100円玉は戻ってきます。100円玉が不要なカゴも有りました。
洗い場にシャンプーとボディーソープが有りました。洗い場は使いやすかった。汗を流しました。
混雑しているとの掲示が有りましたが、私は余裕を感じました。
屋内のお風呂に浸かりました。程良い温度のお湯でした。アルカリ性単純泉とのこと。ほんの僅かにぬるっとした感が有りました。ハイキングの疲れをほぐし、しばらく浸かりました。
サウナや露天風呂が有ります。
さわらびの湯と「さわらびの湯」のバス停がちょっと離れています。当初乗ろうと思っていたバスに間に合わないことになり、1本後のバスにしました。
休憩所でのんびりしました。
なお、ここはPM6時に閉まります。- 旅行時期
- 2019年04月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
-
投稿日 2019年03月24日
総合評価:4.0
小倉(おぐら)城跡の有る尾根沿いで槻川沿いの道路を北へと歩いていました。小倉城跡入口は通り過ぎました。
古めかしい立派な赤い鳥居を潜り、坂を上り、日枝神社へお参りしました。日枝神社の裏の緩やかな斜面を上ると、尾根の道に出ました。
この道を緩やかに上ると、小倉城跡に到着。
ここは嵐山町、小川町、ときがわ町の3町境です。
堀割、土塁、虎口、郭がよく分かりました。散策(見学)している人がまあまあいらっしゃいました。
比企城館跡群の1つですが、誰のお城だったか分からないそうです。
板碑に使われる平たい緑色片岩を大量に積んだ石垣が随所に有ります。この石垣、見応えが有りました。
この後、物見山へ登ろうとして、その尾根への道を探しました。郭4の方でその尾根への道が見付かりました。- 旅行時期
- 2019年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2019年03月24日
総合評価:4.0
武蔵嵐山駅よりハイキングで、山を登り、山を巡りました。最高点、標高298.9mの仙元山頂上へ登った後、下りました。
中腹に仙元山見晴らしの丘公園が有ります。ここまで車で来れます。有料の巨大な滑り台や展望台が有ります。賑わっていました。
展望台の3階に上がりました。確かにここは素晴らしい眺望。小川町の町や奥武蔵の山々が見えました。堂平山(どうだいらやま)がそびえていて、ドーム屋根の天文台が小さく見えました。- 旅行時期
- 2019年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2019年03月24日
総合評価:4.0
武蔵嵐山の辺りに古城跡がいくつも有って、「比企城館跡群」と呼ばれているそうです。まとめてこう呼ばれていますが、一体のものではありません。よく分からない古城群なんでしょう。
その1つの菅谷館跡へ行きました。ここに県立の嵐山史跡の博物館が有ります。
この博物館が開くのを少々待ち、9時過ぎにこの博物館に入りました。比企城館跡群や菅谷館の主であった畠山重忠公等に関する展示が有ります。リアルな畠山重忠公の人形が説明してくれました。畠山重忠公は鎌倉幕府の有力御家人です。
この菅谷館跡は鎌倉時代からの城館跡です。堀や土塁がよく残っています。
鎌倉時代にさかのぼれる史跡、確かに貴重です。- 旅行時期
- 2019年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2019年03月10日
総合評価:4.0
川越観光バスに乗り、梅林入口へ。バスは観梅の観光客で混雑していました。
梅園橋を渡り、越生梅林へ行きました。ここの観梅には入園料300円が必要でした。
園内ではミニSLが走っていました。
奥に屋台村が有り、その奥に休憩場が有ります。500円の生ビールと500円の山菜そばを購入。休憩場のテーブルと椅子は不足気味でした。私は立ったままビールとそばを頂きました。山菜そばはダシが効いていて、汁がおいしかった。
中央のステージではお囃子等をやっていました。
賑わっていましたが、良い天気で、のどかな良い雰囲気でした。- 旅行時期
- 2019年03月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2019年03月10日
総合評価:4.0
大高取山への登山の途中、寄りました。
近付くと、新興宗教っぽい壮大な階段が見えてきました。頑張って上りました。傍らに長谷部秀邦先生の碑が有ります。ここは大観山頂上で、標高176.4mだそうです。
医師で埼玉県議会副議長であった長谷部先生が発願し、昭和30年(1955年)8月にこの施設が完成したそうです。
第二次世界大戦後、埼玉県庁に受け取り手の無い200余柱のご遺骨が保管されていたそうです。そのご遺骨がここに安置されており、併せて第二次世界大戦の世界各国の戦死者を祀る霊廟となっています。特定の宗教宗派に属さないとのこと。
海外のモニュメントのような雰囲気を感じました。お参りしました。
屋上に上がりました。見晴らしよい展望台となっています。スカイツリーも見えるそうですが、空気が霞んでおり、遠くは見えませんでした。花粉のせいかな。- 旅行時期
- 2019年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月23日
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投稿日 2019年02月23日
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投稿日 2019年02月23日
総合評価:4.0
羽村駅より羽村取水堰へ行きました。
玉川上水の始点です。傍らに玉川上水を作った玉川兄弟の銅像が立っています。今は東京都水道局が我が物顔で使っています。
立派なものです。良い景色ですが、柵等が有って、見づらかった。
玉川上水とは別に導水管によりここから水が多摩湖、狭山湖へ導かれています。私はこの導水管の上の道を歩きました。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
1月5日、三浦七福神めぐりで訪れました。この記事は1月5日のことであり、他の時期だと違うかもしれません。
岩堂山より南東へ下り、集落に入った所に慈雲寺が有ります。スマホの地図を見ながら行きました。道沿いに墓地が有りますが、このお寺は道から見えにくい場所です。地図を見ながらでないと辿り着けないと思います。
本堂へお参りしました。毘沙門天様のお寺です。郷のお寺という感じでした。
毘沙門天様の慈雲寺へお参りした後、スマホの地図を見ながら、南東へ進みました。
坂道を下った所にこの白浜毘沙門天が有ります。湿度の高い茂みに囲まれています。
石段を上がり、お堂に寄りました。開きにくい扉を開けました。毘沙門天様の木像がいらっしゃり、毘沙門天様の絵も掲げられています。
秘められた感じのお堂です。
波の音が聞こえました。坂道をさらに下ると、浜辺に出ました。岩礁の浜で、波は静かでした。とても良い景色でした。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 1.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
千代田区西神田1丁目にカトリック神田教会が有ります。薄茶色の素敵な建築物です。雑多な神田の街でここだけ中世ヨーロッパのよう。
この教会の歴史はやや複雑なので、詳しくはインターネットで調べてください。今は小教区の一つの教会です。
この建築はロマネスク様式とルネサンス様式が混ざっているとのこと。
左右の壁にステンドグラスがたくさん有ります。緑、青、赤等、それぞれ濃い色で、濃い内容です。赤はやっぱり、キリスト様の血を表しているようです。
内部は写真撮影禁止です。カメラを向けていると、注意されます。注意しましょう。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
将軍徳川綱吉公が孔子廟(孔子先生の霊を祀る建物)を建て、これを「大成殿」(たいせいでん)と称し、付属棟を含め「聖堂」と呼ぶよう改めました。その後、これが幕府の「昌平坂学問所」となりました。宗教としての儒教と学問としての儒学の拠点であり、江戸時代の学問の拠点でした。
そして、明治期以降、ここから我が国の近代学校教育は始まったとされています。この湯島聖堂より発祥し、今の文部科学省、各国立大学、国立博物館へと繋がっています。
今の大成殿は伊東忠太氏が設計し、大林組が施工、1935年(昭和10)に鉄筋コンクリート造で竣工しました。大林が大成を作ったというのは妙な感じです。
大きな孔子先生石像は1975年(昭和50年)に台湾より寄贈されました。厳しさと優しさを感じるお顔です。
私はここの敷地内の景色が好きです。神田明神や秋葉原へ行くとき、よくここを通ります。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
神田川を跨ぐ聖橋。2つの聖堂、駿河台のニコライ堂と湯島の湯島聖堂を繋いでいます。
関東大震災後の震災復興として建造され、1927年(昭和2年)に完成しました。東京市の公募を経て、「聖橋」と名付けられました。
白い壮麗なアーチ橋です。離れた所からの景色も素晴らしいです。ちょっと美し過ぎる橋とその名です。
この橋の上からの見晴らしも良い。神田川、湯島聖堂、秋葉原、JRの電車、地下鉄丸ノ内線、ニコライ堂等が見えます。秋葉原は雑多な景色だけど。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
この太田姫稲荷神社がかつて有った所に生えている木についてです。
お茶の水のJR聖橋口の近く、聖橋の南東際に生えている1本の木にしめ縄が張られています。不思議な景色です。この木はムクノキ。
かつてこの辺りに神社の社殿が有りましたが、それが鉄道建設のため、移転したそうです。このムクノキだけ残り、この木に「元宮」を示す札が掲げられています。この木が神社なのだと思います。
喧噪の御茶ノ水駅界隈です。でも、ここは四方がわりと良い景色。アーチの聖橋、ニコライ堂、湯島聖堂の森等が見えます。
ここの神社の移転先は神田駿河台の坂下であり、そこに「太田姫稲荷神社」が有ります。この「太田姫」は太田道灌公の娘様のことです。病気平癒等のご利益が有るそうです。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
ロシア人司祭のニコライカサートキン氏(聖ニコライ)は日本へキリスト教の正教を伝えるとともに、聖堂の建設を主導されました。彼がロシア人からの献金を集め、ロシア人建築家のミハイルシチュールポフ氏、お雇い外国人として来日していた英国人ジョサイアコンドル氏が設計、清水組が施工。1981年(明治24年)に竣工しました。
関東大震災では大きな被害が生じ、その後、修復されました。このとき、形状の大幅な変更が有りました。
正式名称は「東京復活大聖堂」。この「復活」はイエスキリスト様の復活を意味しますが。私は大震災からの東京の復活が重なっているような気がします。
第二次世界大戦中、空襲による被害は無く、無傷だったそうです。米軍が攻撃を避けたのかもしれません。
観光の場合、300円の拝観料が必要であり、聖堂内は撮影禁止です。堂内に彫像は無く、絵のイコンが多数掲げられています。
今は大東京のビルに囲まれており、喧噪のお茶の水です。この聖堂に気付かないかもしれません。でも、見ると、美しい建築物であり、魅力的な景観です。何かキリっとした雰囲気を感じます。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
代々木上原駅から歩いて数分の所に「東京ジャーミー」というモスクが有ります。
1917年(大正6年)にロシア革命が起き、ロシア帝国に住んでいたイスラム教徒、トルコ民族の大勢が同国外へ避難、日本にもその一部が移住してきたそうです。そのうちの東京に居住したイスラム教徒がこの代々木の地に木造の礼拝堂を建設、1936年(昭和13年)に完成しました。初代の建物は長く親しまれてきたそうですが、老朽化のため、1984年(昭和59年)に閉鎖、1986年(昭和61年)に取り壊されました。
その後、今の2代目の建物が建設され、2000年(平成12年)6月に開堂。施工したのは鹿島建設であり、トルコからの資材が取り寄せられ、トルコからの建築家や職人により仕上げられました。
敷地はトルコ政府が所有。駐日トルコ共和国大使館が運営しており、光熱費等はトルコ政府が負担しているそうです。2003年(平成15年)に「宗教法人東京・トルコディヤーナト・ジャーミイ」の設立が認可されました。
2階が礼拝堂です。外も中も美しい建物です。礼拝堂はいくつものドーム屋根で構成されています。イスラム教は偶像が有りません。礼拝堂内には特にシンボル等も有りません。礼拝堂の正面がメッカの方角だそうです。実際にお祈りされている信者がいらっしゃいます。女性はスカーフ等の着用が必要です。
現在、別棟でトルコ文化センターが建設中であり、まもなくそれがオープンするそうです。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
多摩地域でのとあるイベントに参加した後、JR青梅線で河辺へ移動。河辺駅2階北口よりペデストリアンデッキ(歩道橋)の「河辺びっぐぷらむ」を通り、河辺駅タウンビルBに来ました。
河辺タウンビルのAとBは(財)東京都新都市建設公社により整備され、東急ストア、フードコート、立体駐車場、青梅市中央図書館、温浴施設の梅の湯、デイサービスセンター等が入っています。
エレベーターで5階へ上がりました。梅の湯の私の料金は860円でした。下駄箱の鍵を預け、脱衣所のロッカーキーを受け取りました。
脱衣所、浴室は1つ上の6階です。脱衣所のロッカーは大きくて、使いやすかった。洗い場のシャワー等も使いやすかった。
室内の主浴槽は混んでいました。屋外(屋上)の露天風呂がいくつも有り、所々が空いていました。ひのき湯の源泉掛け流しに浸かりました。このひのき湯がいちばんかな。いわゆるヌルヌルのお湯で、アルカリ性単純泉だそうです。ちゃんと熱いお湯でした。「梅の湯」の伝説が掲示されています。
室内のラベンダーの香りのアロマサウナで温まり、高温ドライサウナでも温まりました。サウナでの汗を流すようにという掲示がちょっと小うるさいな。いちおうかけ湯で流しましたけど。
熱くなった体を冷まして、また、お風呂で温まりました。
先程のとあるイベントの参加者がこの梅の湯に続々到着しており、混雑してきました。脱衣所がほぼ満員となっていました。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 泉質:
- 3.0
- 雰囲気:
- 3.0
-
投稿日 2019年02月11日
-
投稿日 2019年02月11日
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投稿日 2019年02月11日
総合評価:4.0
逗子市郷土資料館へ向かっていたら、蘆花記念公園に着きました。この園内にこの資料館が有りますが、緊急財政対策のため長期休館中とのこと。資料館を休館しても、たいした財政改善の効果が無く、むしろ、観光客が逗子市のことを悪く思ってしまうんじゃないかな。
桜山古墳群というものが有るようで、そちらへ向かいました。道案内の標識に導かれ、狭くて急な山の道を登りました。スニーカーだとちょっと辛かった。
階段の上に階段が続く道を頑張って登りました。頂上らしき所からは海の景色が素晴らしかった。逗子、鎌倉、江ノ島がよく見えました。
スマホの地図を見ながら、ほぼ真東への道を進みました。やがて、説明板が見えました。そこが第一号墳だそうです。なるほど、立派な前方後円墳です。
道沿いの標識に従い「六代御前の墓」の方へ下りました。
六代御前とは平高清公のことだそうです。平氏の平正盛公から数えて直系の6代目に当たることに因むそうです。高清公は最期、ここの田越川沿いで処刑されてしまったそうです。これで、いわゆる平氏は断絶となりました。
このお墓は立派な石段の上に有り、小振りな墓石が2つ有ります。2つの墓石の間に巨木が生えています。
桜山のハイキング、良かった。豊かな自然、素晴らしい眺望、ロマンを感じる史跡、楽しめました。- 旅行時期
- 2019年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0




























