azianokazeさんへのコメント一覧(2ページ)全191件
-
-
私はベトナムから見学しました。
こんにちは。
興味深く拝見しました。
と言うのは、私も徳天瀑布に行ったのですが、ベトナム側から見学したからです。
ベトナム側では徳天瀑布を、Thac Ban Gioc バンゾック滝と呼んでいます。
入場料は250円ぐらいだったと思います。
中国のぼったくり値段にびっくりです。
中国側からの眺めもいいですねぇ。
ベトナム側からの眺めもいいですよ。
ベトナム側には荷物満載の小舟がたくさん停泊していました。
税関も無さそうなのに貿易できるのかなぁ、密貿易が黙認されているのかなぁ、と不思議に思っていました。
azianokaze さんの旅行記で謎が解けました。
彼らは柵の国境を超えることなく、中国側にお土産売りの行商に行っていたんですねぇ(*_*)
上陸してますけど、それは黙認のゆるゆるなんですね。。。
一方、柵のないベトナム側には、中国の行商人は1人もいませんでした。
Re: 私はベトナムから見学しました。
中国の入場料は異常ですね。さすがに批判もあって是正指導も行われることもあるようですが、ゲートをバス利用が必要な遠くに作って、入場料を下げる代わりに移動バス代金で稼ぐとか・・・対応はいろいろあるようです。
徳天瀑布では、ベトナム側に(違法)越境できる散歩コースもあるとか、ネット情報で見たのですが、トラブルと困りますのでやめておきました。
もっとも、宿泊した街全体が国境のすぐ近くにありますので、その気さえあれば簡単に山越えで密輸などできそうにも思えたのですが・・・・実態は知りません。
2018年12月12日00時31分 返信する -
-
銀鏈墜潭瀑布
はじめまして。メイリンといいます。
azianokazeさんの旅行記を拝見して驚きました。
私も先月貴州を旅行したんですが、結構日程がかぶっているんです。
7月15日の午前8時半までは貴陽空港にいました。
そしてその日に青岩古鎮に行き、16日は黄果樹瀑布に行きました(^^♪
時間軸は違うみたいですが、同じ日と言うのがなんだかびっくりで…!
上海北京ならまだしも、貴州ですし。
天星ですが、私はメインの入口から入ったんですが、しょぼい滝と、池の部分は天星湖のところまで人・人・人しか見えず、とにかく景色なんて感じではありませんでした。
だからこの時期限定かもですが、第2入口で良かったと思いますよ!これはガイドさんがいてこそですね!
鍾乳洞と銀鏈墜潭瀑布は本当に良かったですよね。日本ではなかなかああいうのは見られないと思います。あまりに気に入ったので、プロフィール写真にしてしまいました。
中国旅行記が好きなので、続きも拝見させてくださいね^^ -
ドライバーさん
はじめまして。写真すてきです。ドライバーのアリーさんが私が行ったときのドライバーさんににているきがしてつい書き込んでしまいました。前のときの写真がきえてしまって残ってないので確認できないのですが、もしかしてイラク戦争で戦車運転してたとかおっしゃってませんでした。 -
アンコール遺跡いいですよね
おひさしぶりです、arfaです。
アンコール遺跡を総決算のように回られたんですね。
私が初めて行った1998年には前年7月に最後のフン・セン派とシアヌーク派の内戦が終了したばかりでタ・ブロームでは襲われないように入り口から自動小銃を持った警官が護衛にもれなく無料で付いて来てくれるような物騒な遺跡だったのを覚えています。タイからの陸路以外はプノンペンしか航空機の国際線の発着がなくそれでもビザナンバーは11月中旬でまだ60,000人までいっていないのでかなり観光客は少なかったんだろうと思います。当時はどの遺跡がどういうものか歩き方の情報だけで回っていて木の股から見える仏像も知りませんでした。アンコールワットでさえ頂上には観光客も多くなく、駐車場には物売りの子供ばかりがたかってくるようなところでしたね。
再びアンコール遺跡を訪れた2006年には既にアンコールワットの木の階段も設置されていましたが、まだ登段は規制がなく頂上は満員でしたが私は木の階段以外の階段から上がり下りしました。この時に2002年頃に地雷が撤去されたクバール・スピアンにも行きました。当時クーレン山とかバンテアン・チュマールとかが相次いで地雷が撤去されて公開されましたが、私の関心もカンボジアだけでなくインドにも向いていたのと、カンボジアが既にカオスの時代から復興ラインに乗っていて人々に内戦も終わってこれから一丸となって発展して行くんだという高揚感が感じられなくなったのが大きな理由です。
以来行ったのはシェムリアップではなく、ソンボー・プレイ・クック遺跡とメコンイルカを見に行ったクラチエだけですね。
私はガイド無しが基本なので、今回azianokazeさんのカンボジア旅行記をずっと拝見しましたがやはり詳細を説明されているのでガイド頼むのももいいかなと思ったりして内容は勉強させていただきました。
私のカンボジアの物価感覚ではちょっとシェムリアップは高くなり過ぎてゆっくり過ごすにはちょっと無理かなと思ったりします。とはいえ大ブリア・カーンやベン・メリア、アンコール時代の石橋などまだまだ行っていない遺跡もあります。出来るだけコンポントムをベースにして回り、最小限シェムリアップに泊まる形になるでしょうね。
ところでコンポントムでバスを降りられて食事をされてますが、バス停の前のホテルとゲストハウスに挟まれたレストランですか?あのホテルに泊まりました。宿代は確か15ドルでした。食事は豚の生姜焼きを頼んだのですがご飯を入れてきた錫のお櫃がとてもかわいらしかったです。プノンペンではこの間はCity Lux Hotelに泊まりました。ソニア・バスターミナルの前で部屋によってちょっとうるさいけれど交通の便がすごく便利で1階に24時間のコンビニがあるのでちょっと軽食やビールを買うにも便利なので気に入っています。
独立記念塔の北側は以前は地元の人の行く飲食店がパラパラとありましたが、南側は怪しい売春宿などがあるエリアでしたのであまりいい場所ではなかったですが王宮近くから外国人向きのお洒落な飲食店がどんどん伸びてきて広がっているようですね。
また寄せていただきます、失礼します。Re: アンコール遺跡いいですよね
丁寧なコメント、ありがとうございます。
旅行者の視点では、街がどんどん変わっていくのは残念な部分もありますが、生活している者にとっては、それが成長であり、前進なのでしょう。(多分)
旅行記にも書いたように、シェムリアップの日本人宿のオーナーは「プノンペンは中国化が進んでしまったので、あまり行く気にならない」云々と語られていましたが、シェムリアップの街並みも十分に漢字表記が増えています。
そうした変化で、内戦の記憶も“昔話”となり、生活が改善されるのなら結構な話ですが、フン・センさんのもとで、どうでしょうか?
10年前、プノンペンの王宮も近いリバーサイドで食事をしていたとき、物売りの子供がテーブルの向こうから商品を見せてくれたのですが、ろくに見ることもなく、いつものように「いらいないよ!」とすげなく断りました。
テーブルを離れていく子供を見ると、車いすで足がなかったような・・・。地雷のせいでしょうか。
何か買ってやればよかった・・・と、重苦しいものが残りました。
今回旅行では、シェムリアップとコンポントムの間にあるアンコール時代の石橋も寄りたかったのですが、バスの乗り降りを考えると私には難しそうだったのでパスしました。
メコンイルカって、面白そうですが、間近で撮影・・・というのは難しそうですね。
次にカンボジアに旅行するのは5~10年後ぐらいでしょうか。その頃にはイルカはもう絶滅しているかも。
2018年02月25日14時12分 返信するRe: アンコール遺跡いいですよね
早速ありがとうございます。
プノンペンはバンコク同様にもともと中国人が作った町なのとやはり首都ですから仕事があるので集まっているんでしょうか。
カンボジア人は表面的にはにこやかに見えますが心の底では親兄弟であっても信じないところがあるそうです。これはポルポト時代に親子でも密告させられた歴史で染み付いてしまったそうです。更に手足が無い子供は買ってくるか攫ってくるかして観光客の同情を引くために切り落とされたと聞いて激しい怒りを覚えました。
メコンイルカは絶滅したと思われていたのが発見され、今は保護されて23頭まで回復したと思われます。内戦時に射撃の練習で撃たれて激減したようですが漁師も網を破る害獣として虐めてきたので人間の近くにはなかなか来てくれませんでした。ただ、1時間の観光では何度も見ることはできました。2018年02月25日15時42分 返信する -
懐かしいスフィンクスゲストハウス
はじめまして、azianokazeさん。
スイカと申します。
「最近のエジプトはどうかな?」と思って旅行記を見ていると、なんとなく見覚えがある景色の表紙写真の旅行記が。。
読んでみるとスフィンクスゲストハウス(^_^)
2015年末に私も泊まりました。私は右側の部屋でした。懐かしかったです。
私はピラミッドとスフィンクスが大好きでいつも「また行きたい」と思っています。
気球も乗ったのですね。私は高いところが苦手ですが、私の時は3750円で値段の誘惑に負けて乗りました。最高でした。
ファルーカ。ワタシも1人乗りだったんです。
ホント、azianokazeさんの旅行記を読みながらエジプトを思い出して懐かしくてコメントさせていただきました。
ありがとうございました。
スイカ
-
オドロキ桃の木山椒の木
azianokazeさん、
超おひさしぶりです。
「イランはイスラムではない!」にひっくりかえるやうな衝撃を受けました。
シラーズでワインを作っているっていうのも。
私はオーストラリアの赤ワイン、シラーズがとても好きなんですけどそれはヨーロッパではシラーと呼ばれているというぐらいの知識しかないんですけど、もしかしてイランのシラーズで作られているワインはシラーズ(という品種)なんでせうか?
テヘランもシラーズも女性一人で歩けそうな町ですか?
唐辛子婆
Re: オドロキ桃の木山椒の木
本当に超お久しぶりです。
回答が簡単な方から。
「テヘランもシラーズも女性一人で歩けそうな町ですか?」→全く問題ありません。
もちろん、旅行記に取り上げたような観光都市しか行っていませんが、治安という面では、テロなどが多いイスラム世界にあっては、イランは一番問題が少ない国でしょう。政治的な問題は別にして、統治体制がしっかりしていますので。
街中でも、自動小銃を持った警官・兵士などには気づきませんでした。
(パキスタンよりは、遥かに日本に近い感じです。)
女性への制約もあまり目立たないようでした。公的な地下鉄・バスは男女のエリアが一定に区分されていますが、男性しか乗っていない乗合タクシーに女性が一人で乗り込んできたりもします。
「シラーズで作られているワインはシラーズ(という品種)なんでせうか?」→ワインについては実際に飲んではいませんので詳細はわかりません。
赤ワイン用ブドウ品種の「シラー」については、゛イランのシーラーズという町でもこの種のワインが生産されており、元々イラン原産で後にローヌに持ち込まれたという説があるが、詳細には諸説ある。”【ウィキペディア】とも。
なお、イランにおけるワイン飲酒については、ガイド氏のあげた数字の信ぴょう性はともかく、やはりウィキペディアで検索すると、”Dalia Anavian: ワインなくしてはペルシャを語れない” “この前、イランでシラーズワインを〇〇〇〇〇いた。...” “イランのアルコール消費量は年間6000万リットル 禁忌じゃなかったの ”といったページが出てきますので、それなりに楽しまれているようです。
「イランはイスラムではない!」ということに関しては、現在の政治体制に否定的なガイド氏の“思い入れ”みたいなものあっての表現ですが、確かに街を歩いていると、モスクなどのイスラム的な雰囲気はあまり強くないようにも思えました。
もっとも、一般庶民のイスラムに縛られない自由を求める声と、現在の政治の主導権を握る保守強硬派の間の溝が、イランの大きな問題でしょう。その両者の間でロウハニ大統領など穏健派はバランスに苦心している・・・というところでしょうか。
街を歩く女性も、ことさらにスカーフから前髪を出している者、きっちりと目の上まで覆っている者、それぞれです。見ただけで、政治的立場がわかるような感も。
とにかく、イランは観光的にも非常に面白い国で、最初に書いたように旅行も(国境地帯以外は)比較的安全です。
来年あたり、イラン北西部を旅行してみようか・・・とも考えています。
(なお、ホテルのネット予約ができなかったり、海外支店を持つような店以外ではクレジットカードが使えなかったり・・・といった、孤立していることからくる不便はありますが)
2018年02月23日20時20分 返信するRe: オドロキ桃の木山椒の木
頑迷な長老が女性をがんじがらめにしているという印象が強かったんですけど、そうでもないんですね、目からウロコです。
ワインについてはさういへば、
ペルシャの詩にこんなのがあったのを思い出しました。
お酒飲んで溺れるまで飲んで
自分が死んだらお墓のそばを通る人が
お酒の香りで酔っぱらってしまうほど
そんなにいっぱい飲んでみたいものだなあ。
「イランのシーラーズという町でもこの種のワインが生産されており、元々イラン原産で後にローヌに持ち込まれたという説がある。」
これを夫に伝えたら
自分もそうかもしれないと思っていたんですって。
夫はシラーズに行ったことはないんですけどテヘランに行った時にシラーズの(土地の)名前がよくでてきてたそうで。
次のイラン旅行記も楽しみにしています♪
唐辛子婆
2018年02月26日00時14分 返信する -



