amaroさんのクチコミ(87ページ)全3,113件
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投稿日 2014年06月25日
総合評価:3.0
はるばる西伊豆に出かけた2013年の夏、国道を南下していると、土肥の温泉街近くでビーチが見えてきました。さっそく、車を降りてみると芝生の広場がありその向こうがビーチ。屋形海岸と看板が立ってました。夏場、土肥海水浴場となるビーチでした。あいにく曇り空だったため、ほとんど海水浴客はいないかったけど、波静かで家族連れで楽しめそうでした。海には入りませんでしたけど、長さ700メートルと結構なビーチ幅です。遠浅だそうです。ただ、天候のせいか、それほど透明度が高くは見えませんでした。
- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月25日
総合評価:3.0
大阪で新歌舞伎座といえば2010年9月にオープンした上本町YUFURAの劇場のことでしょうけど、でもあちらは2代目。初代はナンバの南海難波駅前にドーンと建っています。頭にあるのはこちらですが、2012年春、久々に見たとき、周囲に工事用の塀が張り巡らされていました。人の出入りもありません。東日本大震災で壊れ、修復それとも解体工事?と思ったら、なんと新歌舞伎座は既に移転しており、2009年に閉鎖になっていたのでした。村野藤吾設計で1958年に建てられた特異な意匠の建物。壊すのはホントにもったいなあ、とも思います。ところが閉鎖されて5年、今もそのままのようです。大阪のど真ん中の一等地で何も手が付いてないなんて、いったい、どうなってんだろう。
- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月25日
総合評価:3.0
大阪・ミナミの顔と言えば、やっぱりグリコのネオンでしょう。グリコ一粒何とかメートルなんて古いキャッチフレーズがあったような気もしますが、ランナー姿はそれを表したのかな。それはともかく、訪れた2012年3月のお彼岸では残念ながら、ネオンは消えたままでした。東日本大震災の影響で2011年3月12日に消えたままになっていました。ただ、直後の4月4日に再点灯したそうですから、今は昔のような雰囲気を取り戻しているでしょうね。ところで、グリコネオンはずっと同じかと思っていたら、現在は5代目なのです。初代ができたのは1935年というから戦前だったんですね。80年近くももほとんど変わらないデザインのネオンなんて、考えてみればギネス級かも。
- 旅行時期
- 2012年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月25日
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投稿日 2014年06月22日
総合評価:3.0
梅雨時の潮来名物、「水郷潮来あやめまつり大会」に出かけ、前川あやめ園ちかくにある長勝寺もセットでお参りしてきました。あまり期待はしてなかったんですが、長めの参道を歩き2つの門をくぐって見えてきたのがわらぶき屋根の本堂。「あら、こりゃ本物」と思わず、つぶやいてしまいました。源頼朝が武運長久を願って1185年に建立した臨済宗のお寺で、江戸時代に入り水戸の黄門様こと徳川光圀が再建したそうです。当日は葬儀があったようで、本堂の戸は閉まっていましたが、のぞき込んでみると仏壇前はお坊さんがお経を上げるスペースぐらいしかなく、いかにも当時のお寺だなあと感じさせてくれます。現在の本殿の建築は江戸時代に入ってからのようです。銅鐘は国指定重要文化財です。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2014年06月22日
総合評価:3.0
横浜地裁の堂々たる造りはずっと建設当時のままなんだろうなと漠然と思ってました。もちろん壁などはきれいに改修したとしても、基本の造りは一緒かな。でも違ったんですね。平成13年というから、もう10年以上前までに当時の造りを残した正面の建物と背後の13階建ての建物にリニューアルされてました。もともとは関東大震災の復興建築として1929年に建てられました。戦後、極東軍事裁判のうちB・C級の戦犯を裁く横浜裁判の法廷としても使われました。ただ、このときの法廷は移築されているそうです。
- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月22日
総合評価:3.0
忍野八海に隣接して、わらぶき屋根の大きな農村住宅が建っていました。榛の木林民俗資料館「渡辺泉氏住宅」と書いてあり、こちらは有料の施設でした。見どころはもちろん渡辺泉氏住宅。江戸時代に建てられた、富士山麓一帯ではもっとも古い民家だとか。中に入ると、豪農らしい立派な柱が目につきます。養蚕に使われていたという2階に上がると、農機具類が結構、乱雑に展示されていました。面白かったのは屋根裏部屋でした。はしごを上っていくと、ちょっとした展望台風になっていました。さすがに当時からあったものではないようですが。広大な庭には大きな池がありましたが、忍野八海の第3の霊泉「底抜池」はこちらではなく、ちょっとはずれにある小さな池でした。
- 旅行時期
- 2012年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
道の駅サザンセトとうわの真向かいに決してきれいとはいえない食堂がありました。「食事処 慶」という店です。観光協会で地元の新鮮な魚が食べられるお店を聞いて訪ねたのです。道の駅に車をとめて、早速、出撃です。値段は1500円ぐらいから3000円弱ぐらいまで。実は値段はもう憶えてないのですが(多分、親父が釣った魚定食だったと思うけど)、お刺身は瀬戸内海らしくヒラメ(だったはず)。それにアカエビ。焼き魚アジ。という陣容でした。当然ながら、注文を聞いてから調理が始まりました。これも好感。刺身にマグロが入っていたのは?だけど、関東方面からもお客さんが来るので、それはそれでサービスってことかな。(実際、隣席は千葉から来た家族でした)。店内はファミレスや高級割烹のようなきれいさはなく、まったく町の食堂の雰囲気だけど、そんな素朴さもまた、いいのかも。
- 旅行時期
- 2013年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 3,000円未満
- 利用形態
- ランチ
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
かつて東京都内を走り回った都電の唯一の生き残りである都電荒川線の始発駅が早稲田駅です。地方都市だと路面電車は存在感がありますが、だだっ広い新目白通りにあるためか、ぽつんとした感じは否めませんけど。終点の三ノ輪駅までの約12キロを結んでいます。実は乗ったことは1度もありません。あちら方面にはホントに縁がないんですよねえ。雑司が谷や飛鳥山など面白そうな場所をつないでいるんだけどなあ。
- 旅行時期
- 2013年05月
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
ホントに上野らしい店が並んでいるのが、御徒町駅と上野駅をつなぐJRの高架下にあるアメ横ウエルカムモールです。とにかく小さな店がぎっしり。衣料品、宝石、靴、バッグ、食料品など多彩な店が登場してきます。最近行った中国の深センで見かけたショッピングモールを思い出しました。ただ、違いといえば、客の年齢層がまったく違うこと。高齢者と孫ほどの差があるように見えました。ひやかすだけでも楽しそうなのに、若い人って入ってこないんだよなあ。
- 旅行時期
- 2014年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
東京・上野のアメ横のあちこちで見かけるスポーツショップのジュエン。1階から上の方の階までぜーんぶスポーツ用品という、まさに専門店ですが、中でも水着専門店というユニークな品揃えなのがアメ横館です。夏場、デパートにできるビキニ水着とかの専門店ではありません。すべてが競泳、フィットネス用なのです。1階から3階まであり、ゴーグルなど水泳用品も各種あるほか、トップアスリート用の最新鋭の競泳用水着もそろっています。スポーツ用品の水泳用品売り場とはレベルの違う種類の多さ。さすがアメ横という感じです。
- 旅行時期
- 2014年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月21日
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
早稲田大学キャンパスの西側、かつて徳川御三卿の一つ清水家の下屋敷跡につくられた甘泉園に隣接して早稲田水稲荷神社があります。参道には樹木が鬱蒼と茂り、ちょっと暗めの神社ではあります。面白いのは参道入口付近に堀部安兵衛助太刀の場所の碑があることでした。吉良邸に討ち入った赤穂浪士の1人であり、叔父の果たし合いを助太刀し、あっという間に3人を切り倒した高田馬場の決闘の、あの安兵衛の碑です。こんな場所で果たし合い?と思ったのですが、実際に行われたのは南に100メートルほど離れた場所で、碑は明治43年に別の場所につくられた後、1971年にこちらに移されたとのこと。ちょっと唐突な感もしたけど、色々とあったんでしょうね。
- 旅行時期
- 2013年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
潮来市の水郷潮来あやめ園で開かれる毎年恒例の「水郷潮来あやめまつり大会」に出かけました。いつものように東関東自動車道は渋滞もなくとってもスムーズ。会場近くの有料臨時駐車場に車をとめ、さっさと出かけました。無料駐車場はちょっと遠かったかも。会場の前川あやめ園は500種100万株といわれるあやめ、花菖蒲などがほぼ満開。白、黄色、紫などの花が咲き誇ってます。当日は梅雨の晴れ間で良い天気、かなり暑かったですが、前川からの川風が流れてきて心地よかったです。お城の堀などアヤメはよく見かけますが、これだけ圧倒的な数があるのは、ここだけでしょうね。首都圏なので人でごった返すかなと思ったけど、ほどほどの人出でした。さすがに潮来までは遠いのかな。あやめ娘さん達も可愛くてとってもサービスが良かったです。
- 旅行時期
- 2014年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
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投稿日 2014年06月21日
総合評価:3.0
横須賀の桜の名所として有名な走水水源地の駐車場に水が出る蛇口があり、次々と水をくんでかえってました。名水がわき出てるのかなと思ったら、これが水道の水。なんでまた?と調べてみました。幕末、江戸幕府により造船技術者として招かれ、横須賀で造船技術などを教えていたフランスのヴェルニーは造船用の水を確保するため、造船所までの水道をひきましたが、そのときに使われたのが走水の水でした。この水は船にも積み込まれましたがインド洋に行っても腐らないと有名だったそうです。そんな「ヴェルニーの水」(ちゃんと消毒されていますが)を飲めるのがこの蛇口だったのです。
- 旅行時期
- 2011年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月20日
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投稿日 2014年06月20日
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投稿日 2014年06月20日
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投稿日 2014年06月20日
総合評価:3.0
外国人も多く休日平日問わずとても賑やかな代々木公園の中に妙にひっそりとした墓石のようなものが立っています。碑文には「大東塾十四烈士の碑」と刻まれています。平和そのものにみえる代々木公園は太平洋戦争当時、代々木練兵場でした。そして終戦まもない8月25日、この場所で右翼結社の大東塾の塾長の父親と塾生の若者13人の計14人が割腹自殺したのです。そのことを示しているのがこの碑でした。敗戦により自決した軍人や若者がいたという話はききますが、終戦後10日もたってわざわざ。むしろ、呆然の気分が悪い方にエスカレートしたんでしょうね。ホントに戦争っていやだわ。
- 旅行時期
- 2013年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2014年06月20日























