2026/07/23 - 2026/07/23
158位(同エリア158件中)
kojikojiさん
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- 旅行記1915冊
- クチコミ1224件
- Q&A回答73件
- 3,904,661アクセス
- フォロワー182人
午後3時にクシュティヤ(Kushtia)を出て土砂降りのラロン・シャー橋 (Lalon Shah Bridge)を渡り、「ルップール原子力発電所/Rooppur Nuclear Power Plant」を右手に眺めて3時間ほどでプティア(Puthia)に到着しました。到着の少し前には雨もやみ、夕方のプティアの遺跡の見学はしっとりとした涼しさの中で見学することが出来ました。グーグルマップで見るとプティアは池と椰子の木の林に囲まれた小さな美しい町のようです。バングラデシュで最も多くの歴史的な寺院があり、これらの寺院はラージシャヒの著名な慈善家であったプティア・ラージ家のヒンドゥー教徒のザミンダール・ラージャたちによって建てられました。寺院はテラコッタで建てられ、典型的なジョル・バングラ様式建築と他の影響を融合させた多様な様式で建てられています。プティアのラージャの宮殿(Puthia Rajbari)とドル・マンチャもこの複合施設の一部になっています。寺院はシャヤム・サガル(Shyam Sagar)という湖を囲み、その外側には掘割も配されています。プティア・ラージ家は16世紀に生きた聖人バッサチャリヤによって建国されました。ムガル皇帝のアクバルの総督ラージャ・マン・シンはラジシャヒの反抗的なパタン・ジャギルダール、ラシュカー・カーンの資産を没収し、学問を称えて聖なるバッツァチャリヤに地主としましたが彼はこれを拒否しました。しかし彼の息子ピタンバルに代になるとラシュカルプルの領地を恒久的に与えられました。彼の死後、息子のニランバルはジャハンギール皇帝からラージャの称号を受け継ぎました。プティア王家の領地はイギリス領ベンガルで2番目に大きなザミンダーリーという地主層であり最も裕福でした。インド分割後に当時のパキスタン政府はザミンダーリー制度を廃止し、すべてのヒンドゥー教徒の財産を没収したことにより王室は間もなくインドへ移住しました。ここでも主だった見学は「ゴウィンダ寺院/Pancharatna Gobinda Mandir」と「シヴァ寺院/Boro shive Temple」だけしか予定表にはありませんが、「チャール・アニ・ザミンダール・ハウス/Chaar Ani Zamindar House」「ウパジラ土地局/Upazila Land Office」「ボロ・ゴビンダ・パンチャラトナ寺院/Bolo Govinda Pancharatna Temple」「プティア・ラージバリ(宮殿)/Puthia Rajbari」と不思議な世界を感じることが出来ました。ちょうどシヴァの祭りが開催されていたようで、町中は賑わっていましたが、市場の中の(トング・ドゥカン / Tong Dokan)というお茶の店でマサラ茶をいただくことが出来ました。最後にすでに閉まっていたシヴァ寺院の鍵を開けてもらい参拝し、この日宿泊するラジシャヒ(Rajshahi)に向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- マレーシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
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午後5時30分にプティア(Puthia)に到着しました。到着の少し前には雨もやみ、夕方のプティアの遺跡の見学はしっとりとした涼しさの中で見学することが出来ました。
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バスを降りて「チョト・ゴビンダ寺院/Choto Govinda Temple」の見学からスタートします。赤いサンタンカはバングラデシュや南インド、スリランカなどが原産の植物です。バングラデシュではロンゴン(Rongon)」、あるいは「ランガン(Rangan)」と呼ぶようです。インドではシヴァに備える花でしたが、バングラデシュでは愛と献身の象徴のようです。
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この寺院は1790年代から1800年代にかけて建てられたと考えられ、ピラミッド型のヴォールトで覆われています。寺院内部には1つの部屋があり、東と南にポーチがあります。
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ベンガル地方の伝統的な茅葺き民家を模した4枚屋根様式の「チャウチャラ/Chauchala」が特徴です。描かれている世界:は主にヒンドゥー教の主神ヴィシュヌの10の化身(アヴァターラ)や、クリシュナ、ラーマーヤナなどの神話の説話、さらには当時の民衆の日常生活や動物たちが、ぎっしりと緻密に彫り込まれています。
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寺院の南側正面(ファサード)に大きく描かれているのが「ラーマヤーナ叙事詩」の場面で、主人公ラーマ王子が魔王ラーヴァナと激しい死闘を繰り広げる大決戦の章(ランカー・カンダ)です。ラーマ王子の忠実な家臣である猿神ハヌマーンを筆頭にした猿の軍勢(ヴァナラ)が、魔王の城があるランカー島へ進軍する姿や、悪魔の軍勢と入り乱れて戦う大スペクタクルがコマ割りのように連続して表現されています。
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レリーフのかまぼこ型の2つの枠の右側が魔王ラーヴァナで10ある顔を横並びにしています。左側が「コーダンダ(Kodanda)」と呼ばれる弓を構えている姿からもラーマ王子と分かります。ラーヴァナがシータ姫をさらったランカー島は現在のスリランカのことです。母からもらったラーマヤーナ叙事詩は何度も読みましたが、アジアを旅して何度も役に立ちました。
ジャワ島のラーマヤーナ・バレー:https://4travel.jp/travelogue/10786146 -
「クリシュナ・リーラー(少年神クリシュナの愛と奇跡の物語)」はヴィシュヌ神の化身であるクリシュナとその恋人ラサ・ゴーピ(牧女)たちとのロマンスや神話的エピソードです。怒った嵐の神インドラが激しい豪雨を降らせた際に幼いクリシュナが小指1本で巨大なゴヴァルダナ山を持ち上げ、村人や牛たちを雨から守るという大変有名な救済の奇跡が描かれています。
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クリシュナが恋人のララ(ラーダー)や牧女たちと手を取り合い、輪になって踊る神秘的なダンスの場面です。一人のクリシュナが何人にも分身して全員の隣で踊るという、神の無限の愛を示す美しい構図が円形のメダリオンに円舞(ラーサ・リーラー)として描かれています。
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最高神ヴィシュヌの化身(アヴァターラ)の物語と主神クリシュナ(ヴィシュヌの化身の1つ)の生涯と神話世界を表現しています。3人の人物のレリーフはヴィシュヌ神が地上を救うために姿を変えた化身を現しています。アーチ状の枠の中に複数の人物が描かれているドラマチックなレリーフは「クリシュナ・リーラー(クリシュナの戯れ)」と呼ばれる、若きクリシュナ神の神話の一場面を描いています。笛を吹いてポーズをとる主神クリシュナとクリシュナを囲む牧女(ゴーピー)たち、または讃歌を歌い踊る信者(バクタ)たちが描かれています。
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隣接する「バラ・アニク・マンディル(アクニ寺院)/Bara Anhik Mandir」です。こちらも壁面や柱が精巧な素焼きのテラコッタレリーフで全面が覆われています。ベンガル伝統の曲線を描く独特なドーム型の屋根形状をしています。
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ちょうど結婚式用の写真の前撮りをしていたので邪魔にならないように見学を進めます。全世界的にこのような結婚式の前撮りの写真撮影は流行しているようです。
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この建物はプティアの支配層であるラージャたちによって建てられました。中央にドチャラ様式の祠堂があり、両側に2つのチャールチャラ様式が並ぶ、ベンガル寺院建築の混合様式に従っています。
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ドチャラ様式とはバングラデシュの農村で見られた茅葺の四隅が下がる建物の形で、切妻のように屋根が前後に2枚あります。バングラデシュでド(Do)は2を意味します。チャールチャラ様式は4つの「チャラ」(傾斜屋根)で構成されています。
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全面を覆うレリーフの1枚1枚は小さなレンガのタイルですが、それらが壁一面に並べられることで、まるで「粘土の紙芝居」のように物語や世界観が表現されています。クリシュナ神の物語(クリシュナ・リーラー)この地域の寺院で最も人気のあるテーマの1つのようです。ヒンドゥー教の最高神ヴィシュヌの化身であるクリシュナとその兄バララーマの生涯が描かれています。少年時代のクリシュナが村の牛たちと戯れる様子(牛飼いの物語)や、恋人のララ(ラーダー)たちと楽しく踊る姿(ラサ・リーラー)などが生き生きと彫られています。
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「シャム・サロバル湖/Shyam Sarobar」という貯水池の対岸にはこれから向かう「/Puthia Rajbari」やその中庭にある「ゴウィンダ寺院/Pancharatna Gobinda Mandir」が見ます。
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さらにその左には「シヴァ寺院/Boro shive Temple」が見えています。
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「ドル・マンディル/Dol Mandir」はクリシュナとラーダーに関わるヒンドゥー教の祭礼空間のようです。
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時間はすでに午後6時になろうとしています。明るいうちに「シヴァ寺院/Boro shive Temple」までたどり着けるのでしょうか心配になってきます。
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「チョト・ゴビンダ寺院/Choto Govinda Temple」と「バラ・アニク・マンディル(アクニ寺院)/Bara Anhik Mandir」の横にはこのような廃墟がありました。
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「チャール アニ ザミンダル ハウス/Char-ani' Zamindar House」という名前の領主の宮殿だった建物のようです。名前にもあるようにこの地を知るには「ザミンダール制度/The Zamindari system」は必要なようです。インド亜大陸におけるザミンダールとはザミンダーリ(封建領地)の自治的または半自治的な封建領主のことでした。ザミンダールはペルシア語で地主を意味します。イギリス領インド時代にイギリスは有力な地主に対して広く、そして緩やかに使われるようになりました。ザミンダールという階級は領主に相当し、場合によっては独立した主権を持つ君主でもありました。同様に彼らの所有地は通常世襲制であり、帝国裁判所や軍事目的のために税を徴収する権利を持っていました。この制度はビハール州、ハリヤナ州、ラジャスターン州、ウッタル・プラデーシュ州、西ベンガル州などで用いられ、独立後も1950年のザミンダーリ廃止まで続きました。
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ザミンダールは芸術の後援者でもありました。タゴール家は1913年にインド初のノーベル文学賞受賞者ラビンドラナート・タゴールを輩出し、彼は邸宅を拠点としていました。同様に多くのザミンダールは新古典主義やインド・サラセン建築も取り入れた邸宅を建設したようです。
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1950年にザミンダールは領地や収入や軍事力を放棄する代わりに世襲の称号や称号、一定の位階や名誉の特権、そして自分や家族の生活費を賄うための私的財布が保証されましたがこれも1956年に廃止されました。
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1971年までに旧支配家系が享受していた敬称や称号は1972年1月にパキスタン政府から公式に認められなくなりました。偶然にもその年は東パキスタンがバングラデシュに独立した年でもありました。
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そんな近代の流れの中でこの邸宅も廃墟となって行ったのでしょう。陳腐ですが「夏草や兵どもが夢の跡」という芭蕉の句が浮かんできます。
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特に廃墟マニアというわけではないのですが、2017年にスリランカを旅したことを思い出しました。ジェフリー・バワという建築家の設計したホテルを全部見学して、そのいくつかと彼の別荘の「ルヌガンガ」事務所兼自宅の「No,11」に宿泊するという酔狂な旅でした。
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彼の別荘である「ルヌガンガ」や彼の兄のベヴィス・バワの「ブリーフ・ガーデン」、ベントータの「No,87」で感じた廃墟の中の退廃美を感じました。
ルヌガンガ:https://4travel.jp/travelogue/11252159
ブリーフ・ガーデン:https://4travel.jp/travelogue/11253182
No,87:https://4travel.jp/travelogue/11250855 -
宮殿や寺院はシャヤム・サガル(Shyam Sagar))という湖を囲み、複合施設はその外側のシヴァ・サガル(Shiva Sagar)という堀に囲まれています。この池の雰囲気もバワの別荘の「ルヌガンガ」を思い出させたのかもしれません。ここでは小舟を出してもらい夕方に舟遊びしたのもいい思い出です。
ルヌガンガの舟遊び:https://4travel.jp/travelogue/11252157 -
池の周りを歩き「プティア・ラージバリ(宮殿)/Puthia Rajbari」の裏側までやってきました。1895年にマハラニ・ヘマンタ・クマリ・デヴィによって義母マハラニ・サラツンダリ・デヴィの記念として建てられたインド・サラセン復興様式の建築の一例です。
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ラジバリ(宮殿)は4つのエリアに分かれていて、「カチャリ(役所) アンガン(裁判所)」「マンディール・アンガンまたはゴービンダバリ(寺院の中庭)」「アンダル・マハル(宮殿内郭)」「マハラニ・ヘマンタ・クマリ・デヴィの住居」です。翼廊であるこの辺りは「カチャリ(役所) アンガン(裁判所)」として使われていたようです。
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さらに裏側には朽ち果てたレンガの建物が続いています。剥離したりカビで変色したスタッコ仕上げの壁や柱が痛々しいです。
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そういえばマレーシアをツアーで旅した際に立ち寄った「ケリーズキャッスル」という廃墟の邸宅にも魅了されました。そう考えると廃墟好きなのかもしれません。今回の旅で新たな自分を発見したかもしれません。
ケリーズキャッスル:https://4travel.jp/travelogue/11412279 -
今回は雨上がりの夕方の訪問でしたが、このような廃墟を見学するにはもってこいのシチュエーションでした。不思議だったのは季節的にも蚊などの虫がいそうですが、全く見掛けませんでした。
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廃墟の先に「チョト・アニック・モンディール/Choto Annik Mondir」がありました。周辺の見学には地元の係員の方が帯同してくれていて、それぞれ鍵を開けてくれるので中まで見学することが出来ます。先ほども見たベンガル寺院建築のド・チャラ様式に倣った小さな寺院です。正面ファサードには三連アーチの入口があり、精巧なテラコッタ装飾が施されています。
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正面のレリーフにはインドの二大叙事詩である「ラーマーヤナ」や「マハーバーラタ」の有名な場面が描かれています。「正義(ダルマ)が悪に勝利する」という普遍的な宗教的教訓を民衆に伝えています。またヴィシュヌ神の化身であるクリシュナ神が恋人のラードハーや牛飼いの娘たちと戯れる様子などが描かれていますが、これはヒンドゥー教における「神に対する人間の絶対的な至福と帰依(バクティ)」を象徴しています。
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王族や貴族の狩猟の様子や馬車やラクダで行き交う人々、楽器を演奏する音楽家、さらに当時の一般民衆の素朴な暮らしぶりが描かれています。これは聖なる宗教空間である寺院にあえて世俗的な社会や文化を記録することで、「神の世界と人間の世界との結びつき」を表現しています。連続する花々や植物のツタ(幾何学的な花柄のボーダー)、象や馬、鳥などの動物が、建物の縁を飾るように彫られています。これはベンガル・デルタの豊かな自然の恵みへの感謝、そして神が創造した世界の調和と美を表しています。
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馬のような体と長い尾:で四つん這いの動物の胴体にうねるような長い尾が組み合わされています。人間のような、あるいは神話の精霊(ヤクシャ)やキールティムカのようなものだと思われ、いくつかのバリエーションがありました。
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先ほどと同じく「コーダンダ(Kodanda)」を構えるラーマ王子や猿の顔をしたハヌマーンの姿があるのでラーマヤーナ叙事詩の場面だと分かります。
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欄間のレリーフは左側が「コーダンダ(Kodanda)」で矢を射るラーマ王子で、右側は魔王ラーヴァナだということが分かります。ラーマの背後には猿軍団が身構え、ラーヴァナの背後にはこん棒を持った手下の姿があります。
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こちらの欄間には「クリシュナ・リーラー(クリシュナの戯れ)」と呼ばれる、若きクリシュナ神の神話の一場面を描いています。笛を吹いてポーズをとる主神クリシュナとクリシュナを囲む牧女(ゴーピー)たち、または讃歌を歌い踊る信者(バクタ)たちが描かれています。
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中央に神格や守護神的な人物像(あるいはキルティムッカなどの霊獣・面貌)が配され、その左右や下部には動物(獅子や馬など)にまたがる人物や、対峙する動物の姿がシンメトリカルに表現されています。
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スカンダはインドやベンガル地方の古い彫刻では2本または4本の手を持ち、聖鳥である孔雀(パラーヴァニ)を乗り物(ヴァーハナ)として跨る姿でしばしば描かれます。日本に伝わり仏教に取り入れられると「韋駄天」となります。
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脚を小刺させる独特のポーズで蓮の花を持つのはクリシュナです。ヒンドゥー教でとても重要な神格で、一般にはビシュヌの第8の化身とされる存在です。
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若いカップルは我々日本人の団体に興味津々です。個別のおしゃれが難しい民族衣装ですが、アクセントに赤い花を飾ったり工夫している姿が可愛らしいです。
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シヴァ・サガル(Shiva Sagar)の畔はデートスポットだったようです。伝統は大切かもしれませんが自由に恋愛が出来るようになることを願います。
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「ラニ・ガート/Rani Ghat」は通常の沐浴場と違ってレンガの塀で囲まれています。名前からすると王妃の沐浴場になります。宮殿からアクセスするようになっているのでやんごとなき方が使われたのでしょう。
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往時はレンガの部分も白漆喰で美しく装飾され、宮殿の女性たちが沐浴したのだと思います。男性は特に囲いの無い場所で沐浴したのでしょうか。特に囲いのようなものはここにしかありませんでした。
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ツアーの経路からは外れていましたが少し戻ってみます。「郡土地事務所/Upazila Land Office」という建物のようですが、現在は使われていなく廃墟となっています。
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ここはまだ窓ガラスや鎧戸などがきれいに残されています。「ラニ・ヘマンタ・クマリ宮殿/Puthia Rajbari」の一部です。19世紀後半から20世紀初頭にかけて建てられた伝統的なザミンダール(地主)の邸宅建築です。
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ここで徴収された税金は植民地時代のインドでイギリスに富をもたらしたのだと思います。ヴィクトリア女王の治世の時代と重なると考えると昨年行ったイギリス南部のワイト島の「オズボーンハウス」の中にあるダルバール棟のインド趣味の建物とインドのマハラジャやその家族の肖像画を思い出します。
オズボーンハウス:https://4travel.jp/travelogue/12008991 -
英国におけるインド趣味の建物はブライトンにもあり、そこは20代の頃に初めて訪れて強いインパクトを受け、どうしても妻を連れていきたいと思った「ロイヤル・パビリオン」という宮殿でした。
ロイヤル・パビリオン:https://4travel.jp/travelogue/12014687 -
先に行った皆さんを追いかけて宮殿の正面側に向かいます。インド・サラセン復興様式( Indo-Saracenic Revival)の美しい建築です。19世紀後半から20世紀初めに英領インドで広がった建築様式で、イスラム風の意匠と西洋の復興様式が、植民地時代のインドで混ざって生まれた建築様式です。
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宮殿のテラスにはラト・ヤートラー(山車祭り)の装飾が置かれてありました。ラト・ヤートラーはジャガンナート信仰の祭りとして雨季のはじめ頃に行われることが多く、2026年は7月16日に始まり、7月24日にウルタ・ラトで終わる日程でした。
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バングラデシュやインドの西ベンガル州などのベンガル地方のヒンドゥー社会では、毎年「ラト・ヤートラー(Rath Yatra)」という、神様を大きな木製の山車(ラト)に乗せて引く伝統的なお祭りが盛大に行われます。白い馬や手綱を引くように中央に立つ御者(あるいは神の使者)の像は、その神聖な山車の正面を飾るための伝統的な装飾の一部です。
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プティアの寺院群の中には1830年頃に当時の王妃によって建てられた「ラト寺院/Rath Temple」という、祭りの期間中に神像を一時的に安置・展示するための珍しい八角形の遺構が残されています。ベンガル伝統の色彩と造形中央にいる人形の丸く大きな目や鮮やかなハンドペイントの衣装、そして2頭の白い馬のユーモラスで愛らしい表情はベンガル地方の伝統的な民俗芸術(テラコッタや木彫り人形の様式)を色濃く反映しています。
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イスラム教徒が多数派を占めるバングラデシュですが、プティアはかつてのヒンドゥー王朝(ラジバリ)の歴史が深く息づく、国内でも特に重要なヒンドゥー文化の遺産が残る美しい町です。
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宮殿の中庭へ見学を進めます。かなり時間が押しているので宮殿の内部の見学が出来なかったのが残念です。
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中庭に入ると場違いな姿の寺院が鎮座しています。そこまでの中庭は英国風のガーデンが広がっています。
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その中庭には「パンチャ・ラトナ・ゴビンダ寺院/Pancha Ratna Govinda Temple」が建っています。寺院は大きな四角い建物で、5つの装飾されたラトナ(尖塔)があります。
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寺院内部は四角い聖所(ガルバグリハ)があり、、四隅に4つの正方形の部屋があり、四方に狭い通路があり、尖頭状のアーチ型開口部があります。聖所と部屋の屋根は半円形のドームで形成され、通路の上の屋根はヴォールト天井になっています。
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四面の外壁すべてに赤いテラコッタ模様の細部が施されています。寺院の建築は約100年前に建てられたカンタナガ寺院に触発されたと考えられています。テラコッタのデザインはここでもヒンドゥー叙事詩のラーマーヤナやラーダとクリシュナに関連するロマンチックな場面を描いたパネルで造られています。
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寺院の聖所にはクリシュナ像があり、地元のヒンドゥー教徒によって崇拝されています。
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大きな円形のメダリオン(同心円状の彫刻)はクリシュナ神話の中で最も有名な「ラーサ・リーラー(聖なるダンス)」を表現しています。クリシュナが愛する牧女(ゴーピー)たちと夜の森で円になって踊る場面です。牧女たちはみんな「クリシュナと1対1で踊っていると感じられるようクリシュナは自身の体を分身させ、1人づつの手を取って輪(マンダラ)になって踊ったとされています。円形の枠の中に、手をつなぎ合って舞うクリシュナとゴーピーたちの姿が密集して彫られています。四角いブロックのエリアにはクリシュナの少年時代や青年時代の様々なエピソードがちりばめられています。フルート(横笛)を吹いて牛やゴーピーたちを魅了する姿や大好物のバターを盗んでお母さんに叱られるユーモラスなエピソードなどもベンガルのテラコッタ寺院では定番のモチーフです。
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レリーフの左半分は中央に「コーダンダ(Kodanda)」という弓で矢を射るラーマ王子と配下のハヌマーン以下の猿軍団で、右側は魔王ラーヴァナだということが分かり「ラーマヤーナ叙事詩」の一部を描いたレリーフだと分かります。
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当時の王族の狩猟や象や馬に乗った兵士の行列など日常生活も周囲の帯状の装飾に描かれることが多く、宗教的な神話と当時の人間社会の様子が一体となって美しく表現されています。
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ヒンドゥー教徒の人の衣装はイスラム女性とは違いサリーのようなインドで見られる衣装を着ています。
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宮殿の前では祭りに合わせて食品、玩具、手工芸品、日用品、家具などを扱う露店が並んでいました。プティアでは歴史的にラト・ヤートラーに合わせた7日間ほどの市が開かれているそうです。
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先ほど対岸から見えた「ドル・マンディル/Dol Mandir」までやってきました。ここは見学しませんがクリシュナとラーダーに関わるヒンドゥー教の祭礼空間のようです。
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その先には市場があり、その中の(トング・ドゥカン / Tong Dokan)というお茶の店が並ぶエリアに入りました。
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このおじさんの店に入ってマサラ茶を頂くことになりました。お湯は隣にある大きな陶器製の七輪で沸かされています。
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バングラデシュの農村や伝統的なお茶の屋台(トング・ドゥカン / Tong Dokan)では、泥や粘土で作られた七輪を特にMatir Chula(マティル・チュラ)と呼びます。「マティ(土・泥の意)のチュラ(かまど)」といった意味になります。
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お茶を飲んでいると一緒に写真を撮ってくれと声がかかります。
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一気に10数人の注文が入ったのでおじさんは大忙しです。わざわざ新しいお茶を淹れてくれたようです。
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お好みで砂糖を入れて水牛のミルク入りのマサラ茶です。ベンガル語で美味しいという意味の「シュシュワドゥ」と言った女性がいて、それを聞いたおじさんは喜んで「もう一杯ご馳走するよ。」と言っていました。
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ひと仕事終わって一安心です。周りの人も含めて日本人にはまなざしが優しいです。
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こういった普通のお茶の屋台(トング・ドゥカン / Tong Dokan)では1杯5タカから10タカくらいのようです。
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一休みして表に出るとすでに陽が沈みそうです。
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今回見た最大級の乗り合いリキシャのような乗り物です。どんどん見たこともない乗り物が現れては消えていきます。
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この日最後の観光は「シヴァ寺院/Boro shive Temple」に着きました。寺院の屋根には合計5つの尖塔(中央に大きな1つ、四隅に小さな4つ)があり、パンチャラトナ建築の例となっています。ただし、尖塔の構造は「八角形」に近い形をしており、他の寺院とは区別されます。
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「シヴァ寺院」の横に建つのは「ラト・マンディル(ラド寺院)/Rath Mandir)」です。19世紀頃に建てられたとされる八角形の歴史的なヒンドゥー教寺院です。白い壁面と特徴的なドーム状の尖塔を持ち、プティアの「ラジバリ(宮殿)」周辺の寺院群の1つとして知られています。先程宮殿に前にあった山車はここの祭りと関係あるようです。
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バングラデシュで最大かつ最も美しいシヴァ寺院の1つです。この寺院は1823年にプティアのマハラニ・ブヴァナマイ・デヴィによって建てられました。彼女にちなんで「ブバネシュワル・シヴァ寺院」とも呼ばれます。
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当然ですが祠堂の中央にはシヴァリンガ(Shiva linga)が置かれてあります。男性器の象徴であるリンガ(Linga)と、台座でそれを支える女性器の象徴ヨニ(Yoni)から構成されています。これは男女の合一を示すと考えられ、男女の神が1つとなって初めて完全であるというヒンドゥー教の考えを表す姿です。シヴァリンガが置かれる寺院の内部は即ち女性の胎内であることを示しています。
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シヴァ信仰の最大の特徴となるのがリンガ信仰です。シヴァ寺院の奥の本殿には必ずシヴァリンガが置かれており、礼拝者たちが香油やミルク、花、灯明などを捧げています。
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今でこそヒンドゥー教の主神となったシヴァ(Shiva)ですが、アーリア人の「リグ・ヴェーダ」の中ではモンスーンの神であるルドラ(Rudra)の別称とされ、神々というよりは神に対しての悪魔であるアスラ(Asura)としてとらえられており、現在のような大きな力を持つ存在ではありませんでした。モンスーン(暴風雨)による破壊と雨の恵みという2面性は後のシヴァに引き継がれ、アーリア人のインド進出後は土着のドラヴィダ系の神を吸収してシヴァ像が形作られていきます。現在のシヴァの位置づけは仏教やジャイナ教の勢力拡大に対抗する中で進められたヒンドゥー教の再編成の過程で土着信仰を取り込みながら形作られたものです。そのためシヴァは元来の破壊と創造以外にも多くの事物を司るものとされ、土着の神がヒンドゥー教に取り込まれた存在であるパールヴァティやドゥルガーを妻とすることで多くの神の領域を受け持っていきます。
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リンガ信仰の発生を示す神話として、ヴィシュヌが原初の混沌の海を漂っていた時に光と共にブラフマーが生まれました。自分こそが世界の創造者であると主張して引かない二神が言い合っていると突如閃光を放って巨大なリンガが現れました。二神はこのリンガの果てを見届けた者がより偉大な神であると認めることに合意し、ブラフマーは鳥となって空へ、ヴィシュヌは猪となって水中へ、上下それぞれの果てを目指しました。しかしリンガは果てしなく続いており、二神は諦めて戻ってきました。するとリンガの中から三叉戟を手にしたシヴァが現れます。シヴァ(Shiva)はヴィシュヌ(Vishnu)もブラフマー(Brahma)も自分から生まれた者であり、三神は本来同一の存在であると説きました。
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ヒンドゥー教の三神はブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三柱で、この三神をまとめてトリムールティ(Trimurti)と呼び、宇宙の働きを3つの面で表した考え方です。一般にはブラフマーが創造し、ヴィシュヌが維持し、シヴァが破壊すると説明されます。ここでいう破壊はただ壊すだけでなく、次の再生につながる働きとして理解されます。
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ヒンドゥー教の三神であるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三柱について知ったのは高校生の頃に少年ジャンプに連載されていた諸星大二郎の「孔子暗黒伝」という漫画でした。孔子という人物を中心にしつつ、現実の歴史だけでは説明できない不思議な出来事や、怪異じみた世界観が重なっていくストーリーです。
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孔子と一緒にいた赤(せき)が手元を離れた後は“孔子の教えの外側に広がる不穏さ” が強くなっていきます。自分の分身であるアスラと出会い、体の左右で合体しハリハラ(Harihara)へと変容していきます。ハリハラはヴィシュヌとシヴァが一体になった神です。中国からインドへと広大な旅を続けるストーリーに魅了され、同時にヒンドゥー教について興味も生まれました。
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「三つ子の魂百まで」ではありませんが、祖母に教えられた六道の地獄や漫画から学んだ数多く65歳を過ぎてお忘れられるものではなく、こうしてその記憶をたどる旅を続けているような気になってきます。
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「孔子暗黒伝」の最後は胎児の画面で終わりだったと思います。その胎児に「ヒラニヤ・ガルバ、何の夢を見ている」と問いかけ「世界を。」という言葉で終わります。ヒラニヤ・ガルバ(Hiranyagarbha)は古代インドの創造神話に出てくる世界のはじまりの原理を表す存在で、「黄金の胎児」と訳されます。そこから天地や万物が成立し、世界の秩序が始まるという発想です。
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「シヴァ寺院」の裏側にはゴパル・チョウキ(Gopal Chouki)という濠があり、寺院が高台になっているので夕日と共に美しく見えました。
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すっかり陽も落ちたプティア(Puthia)を後にして、ラジシャヒ(Rajshahi)まで1時間の移動です。
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