2017/05/06 - 2017/05/06
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kojikojiさん
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ベントータでジェフリー・バワの設計したホテルを2つと「ベントータ駅」の見学を終えた後はコロンボ方面へ向かいつつ、北東の方向へずれた「ブリーフ・ガーデン」へ向かいます。バワとベヴィスス兄弟の父親が所有する「ブリーフ・エステート」と呼ばれる2ヘクタールの家族農園を1949年に母親から相続し居所として庭園を拡張します。この農園のバンガローが好評でコロンボの大使館や公共建築や個人の邸宅から造園の依頼を受けるようになります。同年コロンボから船でイタリアを目指しますが、この船の中でオーストラリア人の芸術家ドナルド・フレンドと出会い恋に落ちます。その後オーストラリアへ帰る途中のドナルドを迎えに行き、6日ほど一緒に過ごします。その後ドナルドはスリランカを再訪して10年ほど住むことになります。そんな愛の住処だった「ブリーフ・ガーデン」は「ルヌガンガ」を越えた不思議な空間でした。ランドスケープ・アーキテクチャーだったブリーフの庭園よりも母屋の中の調度品や絵画、屋外のシャワースペースなど沈美な雰囲気を感じました。ある意味バワの建築よりも強烈な印象が残りました。今回の旅では当初立ち寄る予定はなかったのですが、いろいろ調べるうちに立ち寄らなければならない場所だと分かり、スケジュールを短く調整しながらも加えた場所でした。結果ここを見学して良かったと思いました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- スリランカ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ベントータの海岸線のリゾートの雰囲気の濃いエリアから30分ほど内陸に向けて走ります。ベテランガイドのナンダさんにして「あまりここには来ないので。」とナビゲートも自信なさげです。普通の農村の道路を走っていると右側に看板が現れます。
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ここからはほとんど人間の手が入っていないような景色が続きます。
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少しジャングルのような木々が鬱蒼と茂るエリアに入ると農園の家にベヴィスへのオマージュと考えられるプランターがあります。これは通り過ぎる家々にあったので、人々から愛されていたのだろうと感じました。
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しばらく走るとこんなオブジェがあり、「ブリーフ・ガーデン」が近いことを感じさせます。
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これは後年になってベヴィスの亡くなった後に造られたのだと感じます。ムーンストーンやシャワールームの青年の顔が半分って…。
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ランドスケープ・アーキテクトを思わせる庭のパーツたち。学生が設計でもしたのでしょうか。
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最後はこんなジャングルを進んでいきます。門扉の支柱には不思議な彫刻が乗っています。ここを見ただけで期待感が最高潮です。
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イタリアのシチリアのパレルモの少し東側にバゲリアという町があります。ジュゼッペ・トルナトーレ監督の「シチリア!シチリア!」の舞台にもなった監督の出身地でもある町です。そのなんでもない町をしばらく歩くと「ヴィラ・パラゴニア」という屋敷があるのですが、その屋敷の入り口に置かれた彫刻を思い出させます。
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この門柱の彫刻を見て澁澤龍彦がバワやベヴィスと交流があったら面白かっただろうにと思いました。先のバゲリアの怪物の館も彼の「滞欧日記」から知ったものだったと思います。
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バゲリアの怪物庭園:http://4travel.jp/travelogue/10429660
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門柱の上は彫像ですが柱の部分の顔の鼻がペニスになっている訳です。
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そこからも延々ジャングルが続きます。
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世間から隔離された不思議な空間を感じます。
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突き当りに小さなロータリーがあり、看板が1枚立っています。
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数時間前までいたルヌガンガを思い出させる雰囲気です。
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紐を引くと鐘が鳴りスタッフが出てきます。見学料は1人1000ルピーでした。
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庭園への入り口は鍵が掛かっているので開けてもらい、最後に建物の見学というコースです。ガーデンの見学は特にガイドも付きません。
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モンステラの葉っぱが妻に「おいでおいで。」と手招きしているようです。
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傾斜した敷地を少し下り、ジャングルのようなところを歩いて行きます。元々ここはプランテーションだったはずですが、農場といったイメージは全く感じられません。
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所々にコンクリートで造られた休憩できるスペースが設けられています。この辺りの雰囲気は澁澤龍彦の「ヨーロッパの乳房」に紹介されているボマルツォの怪物庭園を思い出させます。
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しばらくすると開けた空間が広がります。まるでナポリ郊外のカゼルタの王宮のミニチュア版のようです。通常この高低差を利用して一番下の池には噴水があると思いますが水草で覆われています。
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この階段といいイタリアン・バロックの典型のような庭園です。
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このような密林の中に正円の池というのは不思議な感じがします。
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時期的なせいかあまり花が咲いていないのが残念でした。
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チェッカーフラッグのように白黒の石で覆われた庭が突然現れます。
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この庭でバーベキューなど楽しんだのでしょうか。
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バワの庭園と同じような巨大な壺があります。明まで時代が下がるかは不明です。
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バロック庭園とムーンストーンは融合するかもしれないなと思いました。
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ムーンストーンと同じ形の芝生も広がっています。
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白い孔雀が放し飼いにでもされているといい雰囲気なのですが。
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日本の物と思われる灯篭までありました。
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この庭園のシンボル的な馬の石像です。補修された耳がユニコーンの角のように見えました。
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この黒い飴釉の壺が一番の好みです。いい仕事しています。
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間違いなく日本製の石灯籠で春日灯篭のようです。
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こちらはシノワズリーなデザインのパゴダのようです。多分形を真似て中国風に造られた物でしょう。
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だいぶ埋もれていますが太鼓橋のようなものもあります。
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この素焼きの壺は景色の一部になってしまっています。
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階段から母屋の方へ登っていきます。
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一番上には池があり、先ほどの階段状の池に水が流れる仕組みです。池にはパピルスが生い茂る不思議な雰囲気です。なぜパピルスを植えたのかとても気になります。シチリア島のシラクーサという古代ギリシャの衛星都市だった街にアレトゥーサの泉という場所があります。この泉にもパピルスが群生していたことを思い出しました。
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ギリシャ風のブロンズ像がありましたが、変な格好をした若い男の姿でした。ここからこんな世界が始まっていきます。
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登り切った上には芝生の庭が広がり、大きなフランジパニの木が植えられています。これからの人生でプルメリアの花を見たらバワ兄弟を思い出すことでしょう。
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一見平屋のようですが部分的に半地下のような造りになっています。
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埴輪のような馬の石像です。
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バワ兄弟が生まれた時の建物が残っているのでしょうか。
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庭先のパーゴラの下から屋敷の中に入ってきます。
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モザイクで描かれたミズオオトカゲ。
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パーゴラの下にはブランコが置かれてあります。子供時代の自宅の庭の風景の記憶と重なりました。形は違いますが叔母から贈られた緑色のブランコが自慢でした。
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ブロンズの器に入ったサクランボは庭のどこかに生っていたようです。
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この屋敷の庭で採れたものでしょう。まるでこの家の主人のベヴィス・バワの帰りを待っているようです。
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数種類の押し葉の形が残されたテーブル。
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悪いものが入らないように置かれた素朴な木の彫刻。
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壁に埋め込まれたワインボトル。
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壁にはアンバランゴダの仮面やルヌガンガの庭にあった悪魔の仮面が並んでいます。
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飾られていたブリーフ・ガーデンの全景図面です。これはあまり紹介されていないのでレアです。
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テラコッタ・タイルが壁に埋め込まれています。
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スリランカの動物や歴史が描かれていました。シーギリアロックへのオマージュかもしれません。
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建物の中と表が曖昧なのは「ルヌガンガ」と同じようです。
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美しいアイアンのフェンス。館の中はガイドさんが説明してくれますが、扉などはまめに閉めていきます。お陰で我々の車のドライバー君は車で待っていられずに、次に来たお客さんと一緒に庭に入ったはいいけれど迷子になってしまいました。
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「No,87バワハウス」と同じような葉っぱのデザインの飛び石です。
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先程のワインボトルの壁の表側です。シルエットになっていたのは石像でした。
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ペニスから水が出る噴水だと分かります。ワインボトルの口が全部ペニスに見えてきます…。
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これは珍品です。
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触ることは出来ませんが、ルヌガンガなどの庭園に置かれたプランターの型だということが分かります。これがオリジナルの顔です。葉っぱをアレンジした顔はロマネスクやゴシックの彫刻のモチーフになったグリ-ンマンのようにも見えます。
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蔦に覆われた圓窓から建物の表に出ます。
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「ルヌガンガ」の原点はここにあるように思います。
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ハヌマーンの立像が館を護っています。
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股間に手を加えたような形跡があります。
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ベヴィスの亡くなった後に管理はされていますが、どんどん木々に覆われているのではないでしょうか。
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いつかジャングルに飲み込まれてしまうのではないでしょうか…。
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覆われた蔦の形でかろうじて建物の形が想像できます。
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先ほどの型とは違った顔のプランターです。
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恐る恐る建物の中を覗いてみましょう。
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正面に鏡が1枚。天井には大きな葉っぱのレリーフ。
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緑の蔦と真っ青な扉の組み合わせが不思議です。扉の中に入ったら別の世界に行ってしまいそうです。
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もう水の出ない噴水。
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母屋の見学に戻ります。部屋の中のインテリアは「ルヌガンガ」の母屋の「ザ・ハウス」にも似ています。
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気持ち良い風が通り抜けていきます。キャンドルとガラスカバーの組み合わせも美しいです。
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家の中には所狭しと絵画や調度品などが置かれています。
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カエル好きにはたまらないモザイクです。
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この色遣いはベトナムのフエのカイディン帝廟のモザイクを思い出させます。
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ブヴェス・バワはブリーフエステートと呼ばれる2ヘクタールの家族農園の経営を1929年に始め、軍務についている間を通して庭造りとバンガロー造りを始めます。1949年に父親のものであった農園を母親から相続して退役後は庭園を拡張していきます。
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晩年のベヴィス・バワの姿です。
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写真を見て描かれた肖像画でしょうね。2016年と書かれてあるので近年のオマージュです。
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作者は分かりませんがこのような素描も数多く飾られています。
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どれもベヴィスへのオマージュなのでしょうか。
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若い男性のブロンズ像が多いのは兄弟に共通することかもしれません。
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建物自体はいたって普通なプランテーション主の館といった雰囲気です。
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これはべヴィスの作品だそうですが、ジャン・コクトーの絵にちょっと似ている感じがしました。そういえばコクトーにもジャン・マレーという恋人がいましたね。
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これはピカソの青の時代の「馬をひく少年」で、オリジナルはニュヨークのMOMAに収蔵されています。三橋敏雄という俳人が「まぼろしの鱶」の中で詠んだ句が思い出されます。「少年ありピカソの青のなかに病む」
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このブリーフ・ガーデンにふさわしい絵画だと思いました。
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テーブルの上に置かれたココナッツの実で出来たオブジェです。これはセイシェルのプララン島でしか穫れないものです。現在でも6万円くらいする高価なものです。説明は省略しましょうね。ご想像の通りだと思います。
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暑さのせいか眩暈がしてきます。頭の中が澁澤龍彦だの三島由紀夫だのいろいろな物が浮かんでは消えていきます。
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少し落ち着いて仏像を鑑賞しましょう。
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そう思って目をやったブロンズ像はカラヴィンカ(kalavinka)です。仏教では迦陵頻伽(かりょうびんが)と呼ばれます。ところが左側の像には後から他の女神像の胸が溶接されています。ここでもアンドロギュノス(両性具有)ですか。すごいですバワ兄弟。
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遠目には趣味の良いインテリアと見えます。
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こうなると他にも秘密がないか探してしまいます。
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ラキ・セナナヤケが1977年にここで描いたスケッチです。
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あぁここにも素晴らしいものがありました。コロンボのバワの自宅の2階のリビング埋め尽くしている絵画です。題材はラーマヤーナ叙事詩です。
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これはインドネシアのバリ島のウブドの近くカマサン村のカマサンスタイルと呼ばれるバリ絵画です。この布に描かれた絵画に惹かれて著名な作家さんを訪ねたことがありました。著名な建築家と趣味が近いことは光栄ですが、いろいろな物が似通ってきてだんだん心配になってきました。
カマサン村:http://4travel.jp/travelogue/10785201 -
写真家のライオネル・ウェントが提唱してできたColombo 43 Groupというグループのメンバーたちとべヴィスは非常に近しい仲だったそうです。ライオネル・ウェントの写真を彷彿させるような絵画です。いかにもバワ兄弟が好きそうな世界…。
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「ルヌガンガ」や「No,11」にも作品を残しているオーストラリア人のアーティスト、ドナルド・フレンドはベヴィス・バワと恋に落ち、ここで5年ほど一緒に住むことになります。そんな60年近く前の記憶がこの家には残っているような気がします。
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ベヴィスを讃える詩とブリーフ・ガーデンをモチーフにした絵画です。
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母屋の廊下に移ります。あまり長い時間ここにいると頭の中がオーバーヒートしそうです。
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ローレンス・オリヴィエに魅せられたヴィヴィアン・リーですが、父の勧めもあり1932年に弁護士のハーバート・リー・ホフマンと結婚します。翌年33年には娘スーザンを出産しますが、オリヴィエと初共演を果たし激しい恋に落ちます。「ハムレット」で2人は再共演し、オリヴィエにも身ごもった妻のジル・エスモンドがいましたが、それぞれの家族を捨て1940年8月30日に結婚します。そんな2人がスリランカのブリーフ・ガーデンを訪れていました。
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中央が晩年のベヴィスで、上の写真が若かりし軍隊時代の写真で、左上がセイロン政府高官の副官でもあった父親のベンジャミン・バワで右上が母親のバーサです。
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右から2人目が軍隊時代のベヴィス・バワです。2メートルを超える身長なのですぐに分かります。
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ブーゲンビリアが咲き乱れる美しい中庭です。この蓮池を見ていてずっと気になっていたのですが、アヌラーダプラで見た沐浴の蓮池の形だと思いました。
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蓮池を中心に建物や壁が構成されているようにも見えます。
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その庭の角にあるシャワースペースの手前の茂みには半身像が置かれています。
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ペニスのシダの葉の量はベヴィスの遺言によって多くもならず減りもしないように調整されているそうです。
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その脇のゲートを潜りますが屋根も扉も無いのでアーチは必要の無いものです。それでも表と外を意識づけているのでしょう。
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正面に噴水の池があります。
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往時はこの顔から水が出ていたのではないでしょうか?
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「No,87バワハウス」の庭にも鏡が置かれていましたが、屋根の無い空間にある鏡は不思議な力を持っていると思います。
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目の玉はビー玉のようですが、どこから眺めても視線が合ってしまうような気がします。
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一見簡単に作られたようなレリーフですが、生きている少年が石に変えられてしまったようにも見えます。ビー玉を目玉に見立ててしまう発想に驚かされます。
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中庭の反対側そシャワーブースには俗の世界がありますが、対角線上の反対側には聖なるものとしてイエスの姿があります。
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壁と一体化してしまうような姿です。ここは祈りの場だったのでしょうか。
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床の三和土(たたき)には葉っぱのレリーフのコレクション。
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アンダルシアの白い村にあるような門扉とブラケット照明です。
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もう一度母屋に戻ります。我が家のちょっとぽっちゃりしたヴィヴィアン・リー。そういえばヴィヴィアン・リーはインドのダージリンで生まれ育っているのでスリランカには違和感無く馴染めたでしょうね。
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最後にドナルド・フレンドの大作を見せていただきます。「ルヌガンガ」にあった小品の絵はゴールの旧市街を題材にしていましたが、こちらはこの屋敷までの景色が描かれています。
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下の方にはこの屋敷の門柱の怪物が描かれています。
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くつろぐベヴィスと世話をする白いシャツと白いサロンを着た青年たち。「ルヌガンガ」や「No,11」や「No,87バワハウス」のスタッフたちを思い出します。
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ヒンドゥーの神とそこに集まるコブ牛たち。膝の辺りにはペラヘラ祭りの象たち。
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べサック祭りの白い提灯や町で暮らす人々の生き生きとした姿が見て取れます。
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キャンディアンダンスを踊る人々や車の写真を撮る観光客を見ているとバリ絵画のイ・ワヤン・ベンディ作の「バリの賑わい」や、「観光客とバリの生活」を彷彿とさせます。ドナルド・フレンドはバリ島とも縁が深いですが、ここに滞在したのは1957年から1962年のことで、バリへ行くのは1966年ですので関連があるかどうかは分かりません。
ネカ美術館のバリ絵画:http://4travel.jp/travelogue/10785163 -
漁師と共に海に遊ぶのはビーナスようにホタテ貝に乗り、トリトンが日傘を傾ける白い服を着たベヴィスでしょうか。
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昼寝用のベットの上にはアンバランゴダの仮面が飾られています。
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ナーガ・ラクシャヤ(Naga Rakshaya)の仮面です。メーデーの夜にキャンディでダンスを観たのが遠い昔のようです。これは天然素材の絵具で描かれたものです。これくらいの年代を重ねるといい味になります。
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最後に緩やかなカーブを持った階段を下って館の見学は終わりです。階段の踊り場には頭に籠を乗せた青年像が立っています。今にも動きそうな佇まいです。
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ベヴィスはこの館の庭園を維持するために15人の庭師を雇います。1992年9月18日に亡くなるまで敷地に手を入れ、死後はその雇人や庭師にこの館と庭園を委ねたそうです。
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この扉を出ると最初のロータリーに出ます。いつの間にか庭園を下り、階段を登るうちに高低差の感覚が無くなっていました。
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振り返ると魔除けの仮面が正面に見えます。そしてこのルートがこの屋敷へ入る正式な順序だと分かります。ジェフリー・バワを少しでも知るためには必ず訪れないとならない場所だと思いました。精神的には少し疲れましたが。
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