2026/07/22 - 2026/07/22
367位(同エリア364件中)
kojikojiさん
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深夜の午前3時にホテルに到着して仮眠しただけの午前5時間には起きて身支度を整えます。朝食は午前6時30分からレストランが開きます。メニューにはチョウメンという中国系の影響を受けた炒め麺があり、バングラデシュでも広く食べられているそうです。野菜や鶏肉を入れて油で炒める形が多く、日本の焼きそばにかなり近いです。この味を食べた記憶が蘇り、どこだろうと考えるとミャンマーでした。隣国なので当たり前かもしれませんが、宗教も人種も違うのに面白いと思います。それ以外にも中華系の料理は多く、元々はインドだった国でありながら食文化はずいぶん違うのだと感じます。デルタ地帯のシュンドルボン国立公園のクルーズが中止になっているので出発は少し遅い午前8時30分でした。ラッシュ時間のダッカ市内ではバスはなかなか進みませんが、インドのカオスとはまた違った混沌とした世界が広がっています。特に路線バスのボロボロ加減はもうアートの域に達していると思えます。赤いダブルデッカーやスリーウィラー、リキシャが来たばかりの人間には分からないルールに従って動いています。ダッカに到着するまでは何となく寂しい1人旅を感じていましたが、もう周囲の光景が面白くてカメラの電源を入れたままです。ダッカの町を抜けてバスは南に向かい、「シタラクシャ川/ Shitalakshya River」を越えるとかなり大きな貨物船が首都近くまで来ていることと、バングラデシュの川の水運が発達していることを感じます。それと同時に中止になってしまったシュンドルボン国立公園のクルーズが残念に思えてきます。代替えになってしまった観光地は「ゴールディ・モスク/Goaldi Mosque」からスタートしますが、モスクよりも近所の子供たちの方に興味が向いてしまいます。外国人が来ることも少ない村の中なので珍しいのかと思いましたが彼らにとって日本人ということも重要なことのようでした。2人小さい子が可愛かったので横にいたおばあちゃんに「写真を撮ってもいいですか?」と尋ねるとスマホの方を向いて笑うようにように話してくれました。あまりに可愛かったのでデジカメを取り出してスイッチを入れてレンズを向けると何故か逃げてしまいました。その時は何故か分からなかったのですが、彼らはスマホは見慣れていてもデジカメは初めてで、しかもスイッチを入れると沈胴式のレンズが出てくるのが怖かったようです。「バングラデシュには日本に無くなってしまったものがあるな。」と思いながら次の「パナム・シティ/Panam City」に向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- マレーシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
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数時間の仮眠の後の朝食です。いつもであれば前に妻がいるのですが、寂しい1人の朝ご飯です。
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コンソメ風のスープとお粥にチョウメンという中国系の影響を受けた炒め麺がありありました。チョウメンは小学生の頃に給食で出てきたカレー風味のソフト麵といった感じで懐かしく感じました。同時にこれと似たものをミャンマーで食べたことが思い出されます。
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外国人が宿泊するクラスのホテルの朝食にはテーブルにミネラルウォーターが置かれているようです。これはこの後のレストランでも同じでした。バングラデシュでは紅茶はとても好まれ、街角の茶店で気軽に飲む文化があるようです。また飲むだけでなく茶の生産国でもあり、茶葉の生産は特に北東部のシレット方面が有名だそうです。
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当初の予定ではこの日はダッカ(Dhaka)の南部の世界遺産にもなっている「シュンドルボン国立公園」でクルーズ観光でしたが洪水のために中止になりました。
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この旅の1週間ほど前にバングラデシュ南東部が洪水の被害に遭ったというニュースは日本でもテレビニュースで放送されていましたが、JTBからは事前に何の連絡もなく、帰国後も何ら連絡はありませんでした。
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HISとかだとパンフレットが間違っていた程度でも1万円返金とかがありましたが、1月に行ったJTBのコペンハーゲンとヘルシンキとタリンの3都市のフェリークルーズのツアーでは出港時間を3時間間違えていたにもかかわらず翌日の昼食で飲み物がサービスされただけでした。料金の高いツアーはそれなりなのでしょうが、旅物語は結構適当です。
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ダッカの市内をバスで通過しますが、思っていたよりも大都会で、これからこの国の発展を感じます。
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市内を走る高速道路網もあり、そのルートは比較的移動は安易ですが、下の道にはカオスが待っています。
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線路の脇には水路が流れ、トラックの駐車場だけかと思ったらその周囲にはバラックが立ち並び人が住んでいるようでした。これはインドのムンバイでも感じましたが、国の発展で立地になって行く人と貧困から抜け出せない取り残される人は鮮明に分かれていきます。
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線路の上にいる人たちは通過する列車に無賃乗車しようとしているのか、行き場が無くてここで夜を明かしたのか…。
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ダッカの市内を走るスリーウィラーはCNG(圧縮天然ガス)エンジンを搭載して環境に配慮されているようです。ダッカでは主要な交通手段として自転車タクシーのリキシャが何十万台も市内を走っているそうです。政府はダッカの多くの道路でリキシャを禁止しているのはリキシャが交通渋滞を引き起こし、他の車両がスピードを落とさなければならないからです。ただリキシャはいまだ大きな雇用源でもあり、全面的な禁止には出来ないようです。
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以前は中国の上海の路地裏もこんな具合でしたが、現在はとてもきれいになっています。カンボジアのプノンペンやネパールもカトマンズは現在もこんな感じです。
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ダッカでは旧宗主国イギリスの交通システムの影響を受け、1960年代以降に2階建てバスが導入されました。運行主体は国営のバングラデシュ道路交通公社で、車体側面に「BRTC」と大きく表示された赤とグリーンが印象的です。
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驚いたのはその使い古したバスのボディの傷み具合です。ただ、これくらいはほとんど傷が無いようなもので、郊外へ行く民間のバスの姿はインパクトが強かったです。
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道路の交差点辺りには明文化された交通ルールなどは通用せず、先へ頭を突っ込んだもの勝ちといった感じです。リキシャもよく見ると自転車をこぐタイプではなく、後ろの客席の下にバッテリーが積み込まれているようです。
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ダッカは世界有数の人口密集都市で、限られた道路空間で多くの乗客を運ぶ必要があり、2階建てバスは「同じ道路幅で輸送力を増やす」目的で採用されました。ストライキなどで民営バスが止まった際にも、BRTCの2階建てバスが通勤や通学の重要な足として運行されることがあるそうです。
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このバスを見たときは目を疑いました。どのような運転をすればこのように車体がボロボロになるのでしょう。
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詳しいことは分かりませんが数十年使い続けているのだと思います。窓が全開なのはエアコンが付いていないということです。
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リキシャが交通渋滞の元凶になっていますが、ドライバーもお客も涼しい顔で、意外に冷静に見えます。
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馬車をモチーフにした彫刻は「Rajosik(ラジョシック)」で、芸術家のミナル・ハク(Mrinal Haque)によって制作されました。かつてのダッカのナワブ(太守)やザミンダール(地主・貴族)たちの豪華な馬車旅行の様子を表現しています。
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近くにはダッカで一番大きな大きな「シャーバグ・フラワーマーケット/Shahbag Flower Market」がありました。
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花屋と言ってもヒンドゥー教徒のためのものが多いようで、清らかさ、吉祥、信仰、繁栄を表すものが中心です。特に礼拝やプージャーで使われるものが作られています。
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マリーゴールドは吉祥・祝祭・活力を意味し、花輪や祭礼用に使われます。ジャスミンは純粋・献身・香りの清らかさを意味し、供花や髪飾りに使われます。
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吊り下げられたガーランド(ジャスミンやモグラのつぼみを使った紐状の花飾り)は小さな白い花のつぼみが幾重にも密集し、縦に長い紐状に吊るされています。祭りや結婚式でも使われますが、ここでは礼拝儀式であるプージャで神々の像へ掛けるためのものだと思います。
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バングラデシュは年間約4万台の自動車を輸入していますが、その8割は日本の中古車だそうです。手を加えずそのままの状態で輸入されるため、日本のカーナビが付いたままになっているのはアジア共通のようです。ミャンマーで聞いた話しでは乗車する際に「ETCカードが装着されていません。」と音声が流れることが日本車の証明でステータスでもあるそうです。商用車の「バックします。」とか「左に曲がります。」も同じでわざと外さないようです。
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乗用車にはリキシャやスリーウィラーと接触して傷がつかないように金属製のバンパーが追加で取り付けられているのが特徴です。これは恐らく他の国にはないものだと思います。車の前後はガードされていますが、この交通状況では側面が心配です。
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「ダッカ・ナガル・ババン/Dhaka Nagar Bhaban」は1995年に竣工したダッカ市役所の建物で、館内にはダッカの歴史を紹介する「ダッカ・シティ博物館」も入っているそうです。
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ただダッカ市内を通過しているだけなのですが、車窓の風景はあまりにも面白くて目が離せません。似ているようでインドともまた違った雰囲気なのは宗教施設の誓いかもしれません。
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多くのビルは外側に通路を設けて、それぞれが1スパンの幅の商店になっています。それぞれ扱っている商品が靴だけだったり衣類だけのようなので卸売りの店なのかもしれません。
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市内には緑が濃いのですが、遊園地の小さな観覧車が見えたりします。ミャンマーの移動遊園地では観覧車のホイールの中央部分に若者が3人ほど乗り込んで、ハツカネズミのようにホイールを人力で回しているのを見たことがあります。この観覧車も同じシステムかもしれません。
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高架の上から「サイダバード・バス・ターミナル/Sayedabad Bus Terminal」が見えました。この眺めだけで地方への個人旅行は難しそうな気がします。
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トタン屋根の市場には荷物を運ぶトラックがスタンバイしています。
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バングラデシュでは竹は住宅、仮設建築、足場、壁材、屋根下地などに広く使われています。農村部では特に木材や鉄より入手しやすく、軽くて加工しやすいために日常的な建築材料として使われるようです。
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農家から市場へ運んでいる途中なのかネットの中には真っ赤なトマトが詰め込まれています。後方に坐れなくなった場合は運転席の横に座るのがルールのようです。数日後に同じように乗る機会がありました。
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CNG(圧縮天然ガス)のスリーウィラーが並んでいる先には大抵ガススタンドがあります。かなり時間がかかるような長い列ですが、ドライバーは大人しく番が来るのを待っています。
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この後の旅ではいろいろ加工した竹と出会うことがありました。それにしても日本の竹よりも太くて長いのが驚きです。
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シタラクシャ川(Shitalakshya River)を渡ってさらに南に向かいます。幾筋もの川は合流を繰り返し、名前を変えながらベンガル湾へ至ります。貨物船は海からここまで登って来たのだと思います。
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ダッカ周辺の海運事情は海港中心ではなく河川港中心で、生活交通と物流を支える重要インフラである一方で過密と環境負荷を抱えているようです。
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トタン屋根の食堂は近所の人たちの憩いの場のようです。暗闇の中にたくさんの人がこちらを見ています。
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バングラデシュの一般的なトラックの主燃料は現在も軽油(ディーゼル燃料)が中心のようです。CNG(圧縮天然ガス)車もありますがトラックではディーゼルが主流とされています。
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ベンガル語で書かれたバングラデシュの手書き風の映画ポスターがトタンの上に貼られています。ピストルや傷ついた顔からも任侠物のアクション映画で、奇麗なお姉さんも出てくるのだと想像できます。
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交通渋滞も考えてか大きな通りにはほぼ100%横断歩道はありません。歩行者や牛なども渡れないように分離帯には大きなコンクリートブロックが置かれてあります。移動には鉄製の武骨な横断歩道が掛けられていますが、これがまた場所によってデザインがバラバラで面白いです。
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ブラマプトラ川(Brahmaputra River)を渡ると「ゴールディ・モスク/Goaldi Mosque」も近いようです。
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この川の源流はネパールでヤルンツァンポ川(Yar-lung gTsang-po)と呼ばれ、バングラデシュに入ってガンジス川と合流してベンガル湾に注ぎます。
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大きな街道を外れると途端にカントリーサイドの風景に変わってきます。苔生してはいますが、往時はかなりお金をかけて建てられたのだろうと感じます。
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通りの中ほどでバスを降りますが、ここがどこなのかもよく分かっていません。ガイドさんからシュンドルボン国立公園のクルーズが中止になったことは聞いていますが、変更された予定地について詳しい情報はありません。
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いきなり観光バスが来て外国人が降りて来たので近所の子供たちが驚いてやってきました。白い帽子はトピ(Topi)と呼ばれるものでイスラム教徒が被るものです。
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住宅地の安価にポツンと建つ「ゴールディ・モスク/Goaldi Mosque」の見学です。ベンガル・スルタン朝時代のモスクは1519年にスルタン・アラウッディーン・フセイン・シャーの治世中に建てられました。 ソナルガオン・ウパジラ地域に現存する数少ない中世の記念碑の1つだそうです。
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1975年にバングラデシュ考古局による修復が行われる前にはドームと南・東・北の壁の大部分は崩壊し、西側の奥にあるキブラ壁だけが無傷だったそうです。
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肉眼では距離もあり薄暗いので確認しにくいですが、写真に撮るとキブラ壁の美しさを確認することが出来ました。キブラ壁はメッカの方向を向くモスク内部の壁で、さらにミフラーブという窪みがあります。
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東側ファサードには3つのアーチ状の開口部があり、両側には装飾的な吊り下げランプのモチーフを持つ繊細な浮彫の長方形パネルが装飾されています。北側と南側の正面も同様に3つのアーチを持っていますが、中央のアーチのみが開放されており、左右の2つの側面アーチは写真のように埋め込まれたアーチです。
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柱の外側には美しい装飾レンガが埋め込まれていますが、これらも修復の過程で新しく造られたものだと思われます。
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バングラデシュのレンガ建築は石が乏しい土地で発達した建築といえます。焼成レンガが主要な材料になり、宗教建築や公共建築に広く使われました。モスクでは外壁一面に花文や幾何学文のテラコッタ装飾が施される例が多く、レンガそのものが構造と装飾を兼ねています。
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入り口脇にあった案内看板には残されていた碑文が英語に訳されていました。「全能のアッラーは言われます。『礼拝の場はアッラーのみのものであり、アッラーと共に誰かを呼び起こしてはならない』と。アッラーは正しいことを最もよく知る方です。預言者はアッラーの平和と祝福を彼に与え、『この世にモスクを建てる者はアッラーが彼のために楽園に七十の宮殿を建てる』と言います。」
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「このモスクはスルタンのスルタン、アシュラフ・アル・フサイニの息子であるスルタン・フサイン・シャーの治世中に建てられました。彼の王国と権威が永続しますように。このモスクはムッラ・ヒズバル・アクバル・カーンによって925年シャバン月15日(1519年8月12日)に建てられました。」と書かれてありました。
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集まってきた子供たちに「写真撮ってもいい?」と尋ねると照れながらも応じてくれました。通りがかったおじさんが「ほら並びなさい。」と促してくれます。
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そしてそのまま一緒に記念写真になってしまいました。バングラデシュの人は写真を撮るのも撮られるのも大好きなようです。バングラデシュでは写真はかなり身近で、特に都市部の若者はスマホで日常的に撮影しているそうです。
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スマホが広がる前は写真撮影は日常的というより特別な行為で、家族写真や証明写真、結婚式、宗教行事のときに町の写真館や専業カメラマンに撮ってもらう形が一般的だったようです。
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近くにいた小さい子の笑顔が素敵だったので脇にいたおばあちゃんに「写真撮ってもいいですが?」と尋ねると「ほら2人とも笑って。」と言ってくれます。あまりにいい笑顔なのでスマホの後にカメラを出してスイッチを入れた途端に泣きそうな顔になって逃げてしまいました。
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スマホで写真を撮られることには慣れているようですが、カメラは見たことなかったのかもしれません。デジカメのスイッチを入れて沈胴式のレンズが出てくるのが怖かったようです。
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再びバスに乗り込み近くにある「パナム・シティ/Panam City」に向かいますが、ここに何があるのかは全く分かっていません。
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