2026/07/23 - 2026/07/23
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kojikojiさん
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クシュティヤ(Kushtia)の町には午後1時近くの到着でした。まずは「Desha TARC」という高層ホテルの最上階の「ZEN GARDEN」というレストランで昼食になります。ようやくツアーの方々とも打ち解けて会話も弾み、美味しい食事がいただけました。やはり料理はミャンマーで食べたものを思い出させる中華料理が多く、インドと同じようなカレーばかり食べるのかと考えていた思いはいい意味で裏切られました。食事中は土砂降りの雨でしたが、出発する頃には雨も上がり再びバスで「ラロン廟/Lalon Mazar」に向かいます。ラロン・シャーはベンガルの精神的指導者、哲学者、神秘詩人、社会改革者で、ラビンドラナート・タゴールなど多くの詩人や社会思想家に影響を与えました。ラロンの人間哲学はカーストや階級、信条の区別をすべて否定し、神学的対立や人種差別に反対する立場を取ったそうです。彼は1890年10月17日金曜日に亡くなりその廟を見学します。JTBの案内には廟の見学だけしか書かれていませんが、彼が毎年冬の間にここで開催していた祭理で演奏されるバウル(Baul)の歌や演奏を楽しむことが出来ました。バウルは吟遊詩人の宗教的宗派であると同時に音楽的伝統でもあり、その構成員は主にスーフィー・ベンガル系ムスリムとガウディヤ・ヴァイシュナヴァ・ベンガル系ヒンドゥー教徒で構成されています。彼らは特徴的な服装や楽器で識別されることが多く、ラロン・シャーは歴史上最も著名なバウルの聖人とされています。2005年には「バングラデシュのバウル伝統」がユネスコの口承・無形遺産に選ばれています。演奏で使われるエクタラ(Ektara)という一弦楽器は不思議な音色でした。ここでも日本人は珍しいようでたくさんの人が集まってきて、楽団の方とも記念写真が撮れました。クシュティヤ(Kushtia)から再びバスに乗り込むと土砂降りの雨になり、サイクロンだなんて喜んでいるとバスの窓という窓から雨水が入り始めて大変なことになりました。バングラデシュ西部は重要な農業地域ですが、パドマ川(ガンジス川)によって国土の北西部と南西部が分断され、経済開発が立ち遅れていました。JICAの協力でパドマ川に全長1786メートルのパクシー橋、現在は名前が変わったラロン・シャー橋 (Lalon Shah Bridge)の新設を支援したことにより、バングラデシュの主要都市であるクルナ(南西部)、ダッカ(東部)、チッタゴン(南東部)は陸路で結ばれ、架橋前にフェリーで平均2時間から5時間を要していた渡河が橋の新設によってわずか5分程度に短縮されました。橋のたもとには日本とバングラデシュの国旗が描かれた碑がありました。そして橋を渡った先にはロシアの協力で建設された「ルップール原子力発電所/Rooppur Nuclear Power Plant」の巨大な冷却塔が4本見えます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- マレーシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- JTB
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クシュティヤ(Kushtia)の町には午後1時近くの到着し、「Desha TARC」という高層ホテルの前でバスを降りました。周囲を見渡してもこんな高層ビルは見当たりません。
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エレベーターで最上階まで上がりますが、さらに階段で上がったところにレストランがありました。
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「ZEN GARDEN」という名の緑の多いルーフトップのおしゃれなレストランです。
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料理はやはり中華風のものが多かったです。トウモロコシと玉ねぎと青唐辛子をとろみをつけて炒めたものですが、見た目より青唐が効いて辛味があります。
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中華風の野菜スープの中にうどんのような麺が入っているので日本人には好まれる味です。
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ここでもバングラデシュの国民食的料理チョウメンが出てきました。チキンがゴロゴロ入っていてとても美味しいです。
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バングラデシュの米はほぼすべてインディカ種に属す日本の米よりも細くて長いものです。チャーハンにするとパラパラに仕上がってとても美味しいです。普通に炊いた白ご飯も美味しかったです。
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衣をつけて揚げたエビがゴロゴロ入った酢豚のような甘辛の味付けの料理も美味しいです。
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揚げた鶏肉とカシューナッツの料理はレモン風味の甘いソースが絡めてあります。ヨーロッパの中華料理店には必ずメニューにあるレモンチキンの味です。
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骨付き鶏と香味野菜をかなりディープにフライしたスパイシーな料理です。スパイシーと言っても辛い物が苦手な人でも食べられる程度のものです。
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ここでもビールが飲みたいところですが、本当にバングラデシュではレストラン帷アルコールは置いていないです。食事を終えるころに土砂降りの雨になりましたが、バスに乗るだけなので傘は必要ありませんでした。
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クシュティヤ(Kushtia)での観光は「ラロン廟/Lalon Mazar」だけです。街はずれまで移動してバスを降ります。ここでも雨がパラパラと降ってきました。
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「ラロン廟/Lalon Mazar」の観光と言っても日本人にはなじみが無いので、事前にウィキペディアで下調べしておいて良かったです。
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ラロン・シャーはベンガルの精神的指導者、哲学者、神秘詩人、社会改革者で、ラビンドラナート・タゴールなど多くの詩人や社会思想家に影響を与えました。
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さすがにタゴールについては多少の知識がありました。1913年に「ギタンジャリによってノーベル文学賞を受賞しています。これはアジア人に与えられた初のノーベル賞でもありました。インド国歌の作詞と作曲、バングラデシュ国歌の作詞者でもあります。
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廟の敷地の中には妙なオブジェがありましたが、この時はいったい何のためにあるのかさえ分かりませんでした。
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ラロンの人間哲学はカーストや階級、信条の区別をすべて否定し、神学的対立や人種差別に反対する立場を取ったそうです。彼は1890年10月17日金曜日に亡くなりその廟を見学します。
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周囲には彼を慕う人々の墓も並んでいます。この墓を参拝するためにここに来たの?という気持ちが湧いてきます。
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ガイドさんは「男性は靴を脱げば廟の中に入れます。」と説明されますが、床は雨で濡れているし、ラロン・シャーについての知識も僅かなので参拝はしませんでした。
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ガイドさんはそのまま奥にあるピロティ―のような場所に我々を案内します。一角に椅子が置かれていて、そこに座るように促されます。周りには雨宿りしている人や楽器を演奏している人の姿もあります。
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ここでは彼が毎年冬の間にここで開催していた祭理で演奏されるバウル(Baul)の歌や演奏を楽しむことが出来ました。バウルは吟遊詩人の宗教的宗派であると同時に音楽的伝統でもあり、その構成員は主にスーフィー・ベンガル系ムスリムとガウディヤ・ヴァイシュナヴァ・ベンガル系ヒンドゥー教徒で構成されています。彼らは特徴的な服装や楽器で識別されることが多く、ラロン・シャーは歴史上最も著名なバウルの聖人とされています。
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帰国してからいろいろ調べたところではフォキール・ラロン・シャー(Fakir Lalon Shah)の思想は、「ヒューマニズム(人間主義)」「神秘主義(サドゥナ)」「既存宗教の超越」を根幹としています。ベンガルの漂泊の歌い手である「バウル」の至高の導師であり、彼の残した数千もの歌を通じてその深い叡智が現代まで語り継がれています。
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その核心となる主な思想は「人間至上主義(普遍的ヒューマニズム)」で、ラロンの思想で最も重要なのは「人間の本質」を何よりも神聖なものとして捉える点です。ポスターの最上部に書かれていた 「人間を敬えば、黄金の人間になれる」という言葉のように、彼は「神(真理)を外の世界(寺院やモスク)に探すのではなく、目の前にいる人間の中にこそ見出すべきだ」と説きました。カースト、身分、人種、宗教によるあらゆる差別を否定し、すべての人間は平等であるという「実存的ヒューマニズム」を唱えました。
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「身体」はすべての真理の拠り所(デハタットヴァ)で、バウル思想において人間の肉体は単なる物質ではなく、宇宙そのものの縮図であると考えられています。ラロンは「すべての真理は身体のなかに宿る」とし、自身の身体を深く見つめ、呼吸や精神の修行(サーダナ)を通じて内なる神性とつながることを重視しました。
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「心の人(モネル・マヌシュ)」の探求ラロンの歌に最も頻繁に登場する象徴的な概念が 「心の人(Moner Manush)」 です。これは人間の心の中に誰もが持っている「神聖な魂」や「純粋な真理」を意味します。ポスターの下部に引用されている詩(「いつになったら心の人に出会えるのだろう…」)もまさにこの思想を表したものです。彼はこの「心の人」をまるで「籠の中の未知の鳥(Ochin Pakhi)」のように捉え、自分の肉体という籠に行き来するその存在を歌と瞑想を通じて捉えようと生涯を捧げました。
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何人かの演者の方が歌を歌ってくれますが歌詞の意味までが分からないのが残念です。初めて聞く物悲しい哀愁の漂う歌でした。
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ラロンはイスラム(特に神秘主義のスーフィズム)、ヒンドゥー教(特にヴィシュヌ派やタントラ思想)、さらには仏教の要素を独自の感性で融合させました。そのためイスラム教徒は彼をイスラムの聖者(ファキール)と呼び、ヒンドゥー教徒は彼をヒンドゥーの聖者だと主張することがありますが、ラロン自身は「カースト(宗派)を捨て去らなければ、神には出会えない」と歌い、既存の宗教の枠組みを完全に超越していました。
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ラロン・シャーの徹底した人間愛と普遍的な哲理は後にインド初のノーベル文学賞作家となるラビンドラナート・タゴールに決定的な影響を与えました。タゴールはラロンの歌を熱心に収集して世界に紹介し、自らも「バウル」を名乗るほどその思想に深く共鳴しました。現代でも彼の思想は宗教対立や形式主義を超えて「人間としてどう生きるか」を照らす普遍的な哲学として、バングラスデシュやインドの枠を超えて世界中で愛されているそうです。
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最後に女性全員で合唱があり30分ほどの時間が過ぎました。2005年には「バングラデシュのバウル伝統」がユネスコの口承・無形遺産に選ばれています。
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演奏で使われるエクタラ(Ektara)という一弦楽器は不思議な音色でした。エクタラはバウルの通常の弦楽器であり、指1本で弾きます。エクタラはひょうたんの共鳴器からなるドローンリュートで、その中に竹のネックが挿入されます。インドやネパールの一部ではヨギや放浪の聖者たちが歌や祈りの伴奏として使っています。ネパールではこの楽器はラーマーヤナやマハーバーラタの歌唱に伴奏されるそうです。
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これで先ほどのオブジェの意味が分かりました。楽器の演奏などしたことありませんが、持たせていただいて弾き方を教えてもらいました。
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インドの代表的な民族打楽器である「タブラ(Tabla)」は大小2つの太鼓を組み合わせて演奏します。高音を担当する右側の小さな太鼓(ダヤン)と、深みのある低音を響かせる左側の大きな太鼓(バヤン)のセットです。
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インドの伝統的な鍵盤楽器である「ハルモニウム(Harmonium)」はポンプオルガンの一種です。 箱型の本体に鍵盤と「ふいご(空気入れ)」がついていて、片手で空気を送りながら鍵盤を弾いて音を出します。イギリス統治時代にインドへ伝わり、インドの音楽やキールタン(詠唱)の伴奏などに合わせて独自の進化を遂げました。北インド古典音楽やガザル、ヨガのチャンティングなどで広く使われています。
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子の演奏は現地の旅行会社が手配されたもので、JTBの案内には全く記載されていなかったと思います。6月に行ったインドのラダックでも現地旅行会社が歓迎のために民族音楽と踊りの会を設けてくれましたし、日本の旅行会社はただ丸投げなのだと感じることが多かったです。
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再びバスに乗り込むと土砂降りの雨になりました。不思議なほど観光中は雨にあたることはありませんでした。
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先ほど通ったロータリーの戦闘機の模型も姿が揺らいでいます。
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もう窓越しの写真撮影は無理になりました。この頃からバスの窓の隙間から雨が漏れてきました。元々のバスの窓を改造しているので、パッキングとコーキングが甘いようです。ただその問題は夜中のうちに完全に直されていたのには驚きました。
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バングラデシュ西部は重要な農業地域ですが、パドマ川(ガンジス川)によって国土の北西部と南西部が分断され、経済開発が立ち遅れていました。
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JICAの協力でパドマ川に全長1786メートルのパクシー橋、現在は名前が変わったラロン・シャー橋 (Lalon Shah Bridge)の新設を支援したことにより、バングラデシュの主要都市であるクルナ(南西部)、ダッカ(東部)、チッタゴン(南東部)は陸路で結ばれ、架橋前にフェリーで平均2時間から5時間を要していた渡河が橋の新設によってわずか5分程度に短縮されました。
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橋のたもとには日本とバングラデシュの国旗が描かれた碑があり、ガイドさんはわざわざ車を止めて見せてくれました。
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雨に霞むパドマ川(ガンジス川)を渡ります。晴れの日の姿もきれいでしょうが、雨の中の風景も凄みがありました。
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そして橋の先にはロシアの協力で建設された「ルップール原子力発電所/Rooppur Nuclear Power Plant」の巨大な冷却塔が4本見えてきました。
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バングラデシュ初の原子力発電所で、2基体制で建設されている国家的プロジェクトです。2026年4月に1号機で核燃料装荷が始まった段階のようです。
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発電所の通りの反対側はおびただしい数のバイクが停まっています。これはこの発電所で働く人の通勤用のものだそうです。
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ガソリンスタンドでトイレ休憩がありましたが、1つしかなく、それもあまりきれいではなかったようです。ガイドさんも初めてなので、先にどんな状況か確認に走る姿が一生懸命なのだと感じます。
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ガソリンスタンドに停まっていたトラックを見ると、改めてヒンドゥー教のインドとは違うのだなと感じます。シヴァの姿などはどこにもありません。書かれているベンガル語は、「旅路の途中にいる母」 または 「我が人生の道を行く母」 という意味になります。バングラデシュやインドの西ベンガル州のトラックアートにおいて、「マ(母)」という言葉は最もよく使われる定番のフレーズの1つのようです。
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安全祈願と守護の象徴長距離を運転するドライバーたちが故郷で自分を心配し、無事を祈ってくれている「母親の愛」を思い出し、お守りがわりとしてトラックに描きます。人生の旅路への例えベンガル語の「チョルティ・ポテ」は、物理的な道路の移動だけでなく「人生という名の旅路」という意味も内包しています。どんなときも母親が心の中に寄り添っているという意味が込められています。
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バングラデシュではレンガだけでなく素焼きの陶器の製造も盛んなようで、これは積み重ねることが出来る形状で、井戸や簡易的な貯水槽や浄化槽の枠として使われるようです。
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途中では何度も雨が降ったり止んだりでした。リキシャ・バンに乗っていて雨にあたると傘を差してもびしょぬれでしょうね。バスは学校帰りの男の子2人を追い抜いていきます。
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インド各地でも見ることの多い野焼きのレンガ工場です。煙突だけは構造物ですが、後は乾燥したレンガを積み上げて炎の通る道筋を作り、陶芸の窯のようにして、その窯事態を焼き上げるというと分かりやすいでしょうか?なるほど石を採掘するような山は無く、デルタ地帯の肥沃な土や粘土は無尽蔵にあります。ただ、雨季はレンガは造れないそうです。
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午後5時30分になってバスはそろそろプティア(Puthia)の町に到着します。
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