2025/11/18 - 2025/11/18
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二宮~秦野間に明治、大正、昭和初期に湘南軌道なる鉄道がありました。
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- 旅行の手配内容
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本日は歩いてJR二宮駅から秦野まで約10kmを歩いてかつて蒸気機関車が走って
いたであろう軌道を散策します。二宮駅 駅
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JR二宮駅には僅かですが柱には古レールを利用した屋根がありました。
屋根は新しいものになっていますが終戦末期には米軍の機銃掃射の痕跡が多く見られたようです。 -
古レールは分厚い塗装で刻印などは確認でき出来ませんでしたがレールは本線用ではなく細いレールでした。
廃止された湘南軌道のレールが利用されていたのかも知れません。 -
二宮駅の海側の改札口を出た所にはガラスのうさぎ像が設置されています。
機銃掃射を受け目の前で父を失った12歳の少女が父の形見となったガラスのうさぎです。ガラスのうさぎ像 名所・史跡
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湘南軌道がある二宮駅に移動してきました。
停車中の神奈中のバスは74ぶりに新しいカラーデザインに変更されたようで見られないカラーリングには驚きました。 -
二宮駅前の観光案内板
当然ながら湘南軌道には記述がありませんが廃線後の道路は示されています。 -
停車中のバスは秦野行きのバスで本数もそれなりに多く住人の足になっているようです。
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駅横のこの道も貨車の引き込み線として使われていて湘南軌道は先に見える横断歩道でカーブしていました。
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湘南軌道二宮駅手前のこの付近には転車台、車庫があったようです。
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この薬局がかつての湘南軌道二宮駅で本社がありました。
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以前は湘南軌道駐輪場と言う名前だったのですが今では駐車場となっていました。
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愛児園前には二宮駅があったことを示す設置案内されています。
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通称「けいべん」は、明治39年(1906年)に湘南馬車鉄道株式会社が吾妻村(現在二宮町二宮)~井ノ口村(現在中井町井ノ口)~秦野町(現在秦野市本町3丁目)間の道路9.6㎞に幅二尺五寸(762mm)の軌道を敷設した馬車鉄道の運行が始まりとなっています。馬車鉄道は一頭の馬が小さな客車、または貨車を引くものでしたが、大正2年(1913年)には動力を馬から無煙炭燃料汽動車(蒸気機関車)に代え、社名も湘南軽便鉄道株式会社とし、運転を開始しました。当時の沿線は、わら葺屋根の民家がほとんどで火の粉の飛散を防ぐため、独自に開発したラッキョウ型の煙突を付けた機関車が、客車や貨車を牽引していました。二宮駅からの乗客は、大山への参拝者が多く、シーズンになると駅は活気にあふれ、貨物ホームには葉たばこ、落花生、雑穀、肥料などがうず高く積まれていました。特に二宮特産の落花生は、全国に名が知られていました。二宮駅は、東海道線と軽便鉄道の乗り換え地点で、乗継切符が販売されていました。石碑の北側には、湘南軌道株式会社「二宮駅」の上屋が、今でも当時の面影を残しています。二宮にはこのほか中里停留所、一色停留所が有りました。その後、軽便鉄道は、大正7年(1918年)には湘南軌道株式会社へ軌道特許権が譲渡され、大正10年(1921年)に秦野自動車株式会社が秦野~二宮間の営業を開始、大正12年(1923年)の関東大震災による軌道の損害、、昭和2年(1927年)の小田急開通などにより鉄道の経営が厳しくなり、昭和8年(1933年)に旅客運輸を、昭和10年(1935年)には軌道全線の営業を休止し、昭和12年(1937年)に軌道運輸事業を廃止しました。
軽便鉄道100周年記念 秦野市・中井町・二宮町 軽便鉄道歴史継承事業実行委員会 平成18年 -
二宮駅は湘南軌道の本社でもあったのです。
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鉄道の廃止後90年が経過しているので線路等の遺構は全く残されていません。
しかしながら、ここに鉄道があったことを示す鉄道ならではのカーブがそのまま残っているのです。 -
沿線には時代を感じる古い建物も見られます。
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葛川の橋を渡ります。
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二宮町生涯学習センター・ラディアン前で県道71号と交差しますが車両は県道71に吸収されてますが歩道部分は奇跡的に残されているのです。
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この部分が交差点ですが歩道は手前の線路跡そのものです。
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奥に見える通りが線路跡の通りです。
手前の線路部分が広い歩道として残されているのは奇跡です。 -
湘南軌道はしばらく葛川に沿うように線路が敷かれています。
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二宮は落花生の産地でもあります。
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廃線跡のこのカーブは正に軽便の証で今でもそのまま道路としてそのままで残されているのです。
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やがて新幹線のガードを越えます。
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見えてきたのは中里の交差点
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その交差点からは新幹線が通過して行くのが見えます。
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中里交差点の一角に設置されてある中里駅の案内板
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軽便鉄道 中里停留所跡
案内板の内容は二宮駅と同じで、写真は貨物を牽引する蒸気機関車となっています。 -
中里駅
らっきょう型の煙突が特徴です。 -
中里交差点歩いて行くと中里歩道橋の交差点に出ます。
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中里歩道橋の交差点
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この交差点から次の二宮高校入口までは残念ながら湘南軌道の道は県道71号に吸収吸収され消失してしまいます。
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しかし横を見ると広い空き地が見られるのです。
折角の歩道橋からその湘南軌道の跡地の光景を見れなかったのが残念です。 -
越えるガードは小田原厚木道路です。
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二宮高校入口の交差点に出ます。
この交差点は五差路となっていてバスが見える狭い道路が湘南軌道の廃線跡の道路なのです。 -
こんな所をを蒸気機関車がゆっくりとS字カーブを走っていたのです。
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石材店の前には一色駅の案内板が
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普通に歩いていたら通り通り過ぎてしまう場所にひっそりと所に設置されています。
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軽便鉄道 一色停留所跡
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軽便鉄道 一色停留所跡
案内板の内容は中里駅と全く同じです。 -
軽便鉄道 一色停留所跡
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浄源寺
沿線には多くの歴史ある寺社が点在していて都度写真に収めたのですが編集後余りにもページ数が膨れていたのでやむなく削除しました。 -
熊の大好物の柿の実がたくさん実を付けいます。
この辺りは熊がいないようですが大山付近ではたくさんの目撃情報があるようです。 -
二宮町から中井町への町境の橋
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関東大震災で被災後の大正14年の竣工なので湘南軌道もここを通ったことになり数少ない遺構だと思われます。
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線路はなくてもこのカーブは鉄道そのものです。
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地形に沿って線路は続いていたのです。
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写真では分かりにくいのですが思っていた以上に勾配があるのです。
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常に正面には丹沢山系の大山が見えるのです。
湘南軌道は小田急が開通する前だったので多くの大山詣でで賑わっていたと思います。 -
下井ノ口駅
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下井ノ口駅
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軽便鉄道 下井ノ口
文面、写真は一色駅と全く同じです。
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他の駅と違うのは駅名だけです。
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近くのバス停も下井ノ口
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中井町井ノ口下会館
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このカーブは鉄道の軌道跡そのものです。
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カーブの具合いは鉄道そのものです。
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突如として現れた長屋門
かなりの歴史的建造物ですが案内板などはありませんでした。 -
写真では分かりにくいのですがかなりの勾配となっています。
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厳島湿生公園にも寄る予定だったのですが通り過ぎてしまいました。
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中井町立井ノ口公民館には湘南軌道の模型があるので寄ってみます。
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中井町立井ノ口公民館の横には案内板と蒸気機関車の写真が
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各駅の案内板に掲示されてあった写真が
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令和5年に設置されたばかりの案内板
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中井町立井ノ口公民館で案内係の方に蒸気機関車の模型の場所を教えてもらい進んで行くとありました。
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ガラスのケース越しなので反射して上手に撮れません。
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特徴あるらっきょう型の煙突は模型も同じです。
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単なる模型ではなくライブスチームなので実際に動かすことができるのです。
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現在は中井町に鉄道は走っていませんがかつては鉄道があったので後世に伝える良い方法です。
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15分の1も模型だそうです。
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湘南軌道に関する書籍が置いてありました。
現在でも書店で2000円で販売されているとの事でした。 -
中井町立井ノ口公民館の横には中井町の観光案内の地図が掲示されてありました。
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正面に大山を望みながら歩きます。
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上井ノ口駅があるアパート
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軽便鉄道 上井ノ口
文面、写真は下井ノ口駅と全く同じです -
上井ノ口駅
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左の細い道が湘南軌道が走っていた道路です。
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この交差点には不動経一万巻供養の石仏
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道幅が狭いのですがここが湘南軌道で間違いありません。
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東名高速の秦野・中井町ICに近付いてきました。
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物流倉庫が点在しています。
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東名高速の下を通りますが湘南軌道の軌道跡は区画整理のためこの先で消えてなくなります。
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横に東名高速の秦野・中井町ICを横に見ながら
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医療法人ひまわりの里の横を通り
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医療法人ひまわりの里から広い道路に出ますがこの道が湘南軌道の軌道跡なのです。
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南が丘団地入口交差点を突っ切ります。
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県道71号はほとんど湘南軌道の横を通るのです。
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県道71号との交差点を後追いしています。
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丹沢山系が見えます。
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道路横にひっそりと”軽便みち"
何の案内板もないので地元の方々も通り過ぎていると思います。 -
軽便(けいべん)みち
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二宮町、中井町にはこの軽便(けいべん)みちはありません。
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大竹のバス停
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軽便(けいべん)みちと大竹駅の案内板
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軽便(けいべん)みちは秦野市だけに設置されているのです。
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軽便鉄道 大竹停留所跡
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軽便鉄道 大竹停留所跡
文面はたの駅と同一ですが写真は違います。 -
大山が正面に見えます。
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この辺りはかなりの勾配で住宅の塀を見れば分かります。
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上智大学入口交差点
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小田急のガードを越えます。
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湘南軌道に架かる橋には大正12年の刻印が見られ関東大震災後に架かられた証拠です。
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養泉寺のバス停の横には軽便(けいべん)みちが設置されています
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軽便(けいべん)みちが設置されていますが湘南軌道はこの先で軌道跡は消滅するのです。
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理由はこの河川の水無川の度重なる氾濫で道路と共に区画整理されたようです。
実際の軌道はガスタンクの横辺りにあったようです。 -
この辺りに橋が架けられていたと思われます。
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やっと軌道跡があった場所の天野石材店
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庭に置きたくなるような製品が並べられています。
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その天野石材店の一角に台町駅の案内板が設置されています。
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軽便鉄道 台町停留所跡
文面、写真は下井ノ口駅と全く同じです -
台町駅が終点の駅でしたが秦野駅まではその後に延伸されました。
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案内板がある交差点の細い道が湘南軌道跡です。
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鉄道そのものの軌道跡です。
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カーブの具合いも鉄道ならではのものです。
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正面に大山を見ながら歩きます。
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やっと終点があるNTTの電波塔が見えてきました。
電波塔が見えた途端に10Kmも歩いてきた私の足が棒になってきました。 -
バス停の下宿の横には軽便みちの碑が見えます。
そしてイオン秦野店の案内標識も見えます。 -
平成三年なのでまだ新しい碑です。
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イオン秦野店は専売公社のタバコ農場だったのです。
秦野市は今でも秦野たばこ祭りが行われかつて全国三大銘葉の一つに数えられ秦野を発展させた葉たばこ耕作の記憶を今に伝えているのです。 -
湘南軌道「秦野駅」の案内板
先に見える建物はイオン秦野店で専売公社の農場だったのです。 -
馬車鉄道・軽便鉄道・湘南軌道の沿革 秦野駅
通称「けいべん」は、明治39(1906)年に湘南馬車鉄道株式会社が秦野町(現在、秦野市本町三丁目)~吾妻村(現在、二宮町二宮)間の道路9.6キロメートルに幅二尺五寸(76.2センチメートル)の軌道を敷設した馬車鉄道の運行が始まりとなっています。
馬車鉄道 は、一頭の馬が小さな客車または貨車を引くもので、対象2(1913)年には動力が馬から無煙炭燃料汽動車(蒸気機関)に代わり、社名も湘南軽便鉄道株式会社となりました。大正(1918)年に湘南軌道株式会社へ軌道特許権が譲渡されています。
当時の沿線は、草葺屋根の民家がほとんどで、火の粉の飛散を防ぐため、独自に開発したラッキョウ型煙突を付けた機関車が、客車や貨車を牽引していました。客車は秦野地方専売局の職員や大山への参拝者で、貨物は葉たばこ、たばこ製品、木材、綿糸などで、秦野の産業発展に大きな役割を果たしました。
この地付近には、大正10(1921)年からの軌道延長工事により、台町にあった秦野駅が移されています。大正12(1923)年には専売局の構内に煙草類積降専用ホームが設けられ、引込み線の接続がされています。秦野には、このほか台町駅、大竹駅がありました。
大正10(1921)年には、秦野自動車株式会社が秦野~二宮間の営業を開始し、大正12(1923)年の関東大震災による軌道の損害、昭和2(1927)年の小田急開通などにより鉄道の経営が厳しくなり、昭和8(1933)年に旅客運輸を、昭和10(1935)年には軌道全線の営業を休止し、昭和12(1937)年に軌道運輸事業を廃止しています。
明治、大正、昭和の時代を走り抜けた「けいべん」の想い出は人々の胸の中に生き続けています。
秦野市市制施行50周年記念事業「軽便鉄道 歴史継承事業」
秦野市 平成17(2005)年9月 -
駅舎はモダンな建築だったようです。
私はここで一気に足が棒になって気力だけで小田急の秦野駅まで歩きました。 -
小田急「秦野駅」
湘南軌道「秦野駅」から小田急「秦野駅」へは徒歩数分の距離がありますが10Km以上歩いてきた私はこの徒歩数分の距離はとても長く感じられました。秦野駅 駅
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湘南軌道「秦野駅」は戦前の昭和12年に廃止されましたが小田急は混乱を防ぐため「大秦野駅」の駅名でした。
小田急の大秦野(おおはたの)から秦野(はだの)に駅名が変更になったのはまだ最近の昭和62年のの話です。
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