2025/10/30 - 2025/10/30
9位(同エリア49件中)
さっくんさん
リビア滞在最終日です。本来本日は飛行機に乗るだけの日程でしたが、天候不順による一日分のロストを取り戻す為、トリポリからイスタンブールの便を夜便に変更し、未だ観れていなかったサブラータ遺跡を訪れました。
今回でリビア編旅行記の最終回となると共に、旅行記のアップも今年最後となります。訪れて下さった皆様。今年もお世話になりました。ありがとうございます。皆さまが良い年を、そして良い旅を迎えられますように!来年も宜しくお願いします。インシャッラー!
※インシャッラー إِنْ شَاءَ ٱللَّٰهُ
直訳すると「神が望むならば」と言う意味になりますが、様々な通常会話に使われるアラビア語です。返答に使う場合、多くの場合ネガティブな反応を柔らかく返したい時に用いられます。
例えばお土産屋さんにまたの来店の約束を迫られたり、「結婚しないの?」「子供作らないの?」等と返答したくない質問を受けた時、「察してください!」的なニュアンスで使われる場合が多いです。逆に自分の質問に相手が「インシャッラー」で返されたら、深く追求しない方が得策です。
また、此方から「インシャッラー」を使った場合、先に述べた言葉をマイルドにする効果を持ちます。例えば「例年も宜しくお願いします。」と述べると、「来年も絶対来いよ!」と押しつけがましく聞こえてしまうかもしれません。
そんな場合「インシャッラー」を付け加える事で「神が望むならば、来年も宜しくお願いします!」となり、それが叶わなかったとしても、それはあなたのせいでは無く、神の望まなかったのだから仕方ない事。と言う意味を持ちます。つまり相手を責めない、強制したくない場合に使われる表現で、日本語で言えば「もし宜しければ~」と言う表現に近いと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
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まるで瞬きする間の様に、リビア最後の朝となりました。元々短い日程だった上に、往きのイスタンブールの天候不順により、一日ロストしてしまった為、余計あっという間に感じます。
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しかしながら、ドライバーさんの尽力のお陰で、当初の日程と何の遜色も無く、ツアーを進める事が出来ました。本当感謝感激です。イスラーム圏の旅は、いつもいつも私の危機を周りの人々が助けてくれます。
https://youtube.com/shorts/NGS97OfXtxc?si=d5Nwz43YfXVsU7-n -
イチオシ
本来は、今日の予定は帰国のみですが、帰国便を変更した事で、サブラータ遺跡の見学が叶い、これで完璧に行程を取り戻せます。本来サブラータ遺跡は移動中に立ち寄る行程だったので、寧ろゆっくり滞在出来そうです。
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これが可能となったのは、私がチキンで、帰りのイスタンブールの短い乗り継ぎ時間を嫌い、9時間という、ちょっと長過ぎる設定にしていた事と、運良くトリポリからイスタンブール便が2便あった事で、夜発の便に変える事が出来ました。
結果、イスタンブールの乗り継ぎ時間が、ギリギリな設定になってしまいましたが、もう帰国便なら、なる様になれ!です。 -
トリポリから、レプティス・マグナとは逆方向に走り、サブラータ遺跡を訪れました。のっけから遠くにローマ劇場が見えますが、それは最後のお楽しみです。
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この道がサブラータのカルドです。即ちローマ遺跡で南北に走る幹線道路です。
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カルドから西側を眺めると、一際目立つ塔が見えました。ベスの塔と呼ばれる塔で、此処一帯は、フェニキア(カルタゴ)時代から手つかずの部分だと言います。確かに塔の形状は、他のローマ遺跡には見られない形状です。フェニキア時代からの生き残りだとすると、貴重な存在です。
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カルドからまっすぐ眺めれば、地中海を背景に、サブラータの街の中心が広がっています。
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イチオシ
レプティス・マグナが巨大な施設が広大な敷地に余裕を持って建てられていたのに対し、サブラータはコンパクトに凝縮されています。往時のコンパクト・シティ構想と言えるでしょうか?
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サブラータは、サブラータのローカル・ガイドさんが担当してくれます。
「イタリア語がペラペラのファシストです。」
私のスルー・ガイドさん、真面目な性格で、真顔で時折冗談を挟むので気が抜けません。冗談には、冗談、ボケにはツッコミを入れられて、大の大人。
「それでは、宜しくお願いします。Mr.ムッソリーニ!」 -
スルー・ガイドさんは真面目な学者タイプですが、ローカル・ガイドさんは言葉だけじゃなく、人柄も、イメージ通りのイタリア人タイプ。身ぶり手ぶりも素晴らしく、マシンガン・トークでいながらとても解り易い英語を駆使します。
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ベスの塔は、実際何の為に建てられるのか?判明していない様です。只、此処周辺は陵墓だったと考えられているので、関連のある理由で建てられたと推測されます。
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塔の下部には3匹のライオンと、人々、ヘラクレス、そして、この塔の名前となっている古代エジプトの神ベスの彫刻が施されています。
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ガイドさんオススメのお遊び写真。リビアの強烈な直射日光の逆光を利用してビーム発射!的な1枚です。
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イチオシ
ローマの列柱の向こうにフェニキアのベスの塔を臨みました。
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美しいモザイクが残されていました。
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ローマ劇場を臨みます。劇場は、最後のお楽しみです。
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リビアのガイドさんは、彼を始めとして、旅人の「写真を撮りたい」と言う願望を、良く汲んでくれる名ガイドが多く感じました。
自分の説明を優先したり、話すだけ話して、写真を撮る猶予も無く、次へ向かおうとするガイドさん、写そうと思う場所に被ってばかりのガイドさんも多々いるものです。
リビアのガイドさんは、絶景アングルを紹介するだけでは無く、流行りのトリック写真ポイントを紹介してくれたり、ガダミス等の狭い空間では、私が写真を撮ろうとしていると、察してくれて、私を先に歩かせ、後ろから声かけで方角をナビゲートしたり、ガイドしつつ、自由に撮影させてくれたり、写真を撮ると言う行為に、非常に協力的なガイドさんばかりで、非常に感心しました。 -
続いて、サブラータ遺跡の中心部を目指します。
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先ず訪れたのは、南のフォーラム神殿です。
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床面の保存状態が良好です。
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アントニヌス帝の神殿を臨みます。
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柱は失われてしまったのでしょう。コリント式の柱頭が生首の様に置かれています。お陰で柱頭のレリーフを、間近に観察する事が出来ます。
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サブラータは、レプティス・マグナやオエア(トリポリ)と並び、トリポリタニアを構成する三つの都市の一つとして発展しました。その経緯も他の都市同様の経緯で、フェニキア、ローマ、ビザンティンと支配者が変遷しました。
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最盛期はアントニヌス・ピウスからセプティミウス・セウェルス迄の5代のローマ皇帝時代で、象の紋章が使われている事から、象牙交易で、潤っていた事が推察されます。
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その後、大地震、ヴァンダル族の侵入を経て、多いに都市は衰退。ビザンティンが修復したものの、小規模なものに留まり、その後、この地方に進出したアラブ人が、オエア(トリポリ)を都市に選んだ事により、レプティス・マグナと共にサブラータもまた、忘れられた存在となりました。
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列柱の向こうに並ぶ列柱は、サブラータ遺跡の象徴とも言えるリベル・パテル神殿の列柱です。
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此処で、昨日スークで購入した、リビアの衣装を紹介します。写真だと解り難いですが、上着、ベスト、ズボンの三つ揃えです。三つとも独特の刺繍が施されています。
ベストの下はイスラームの裾の長い服を着用します。本来、この様なダークな色合いの場合は白が良いとの事でしたが、持ち合わせていないので、アフガニスタンで購入したダークなものを合わせています。
普段着では無く、イードの祭や金曜の礼拝、結婚式等で着用する、礼服又は準礼服だそうです。 -
良く見ると、階段として使用されている石材が斜めにカットされているのが解ります。四角い石材を、斜めにカットし、二分すれば、一つの石材で2段分の階段に利用出来ます。ローマ時代にも、コスト削減の思考があったのです。
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此処でガイドさんに教えて頂いたトリック写真。ローマの列柱とベスの塔を合体させて、ロケット状に!
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今度はベスの塔を掌に乗せて。
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遺跡の何処からでも眺められる、一際高く聳える列柱群は、リベル・パテル(ディオニュソス)神殿のものです。私的にはディオニュソスと言うよりバッカス神殿と言われた方が通じ易いです。
国や地方により、呼称が変わるので、こんがらがり易い。 -
レプティス・マグナのバシリカに建てられていた柱同様に緻密な装飾を施された柱がありました。
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此方もこの装飾が、バシリカ等嘗て此処が特別な空間であった事を主張しています。
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まるで、列柱の森状態です。
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え?この緻密なレリーフが施された柱は元からこうだった?それとも、ベンチにされちゃった?
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アプレイウスのバシリカにやってきました。彼は有名な弁論作家です。彼がサブラータ滞在中、裕福な未亡人を誑かした罪で、此処で裁判が行われました。
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元老院方面を眺めました。
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此方は嘗てのフォーラム。今は遺跡に囲まれた広々とした空間が、其処に何かがあった事を訴えかけるのみです。
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ローマ遺跡の写真を撮るのは、難しいと思います。ピラミッドとか。ドカンと単体で、写してくれ!と言わんばかりに存在するなら良いのです。
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でも、此処サブラータの様に、整然と、只列柱が佇むばかりのローマ遺跡って、写すセンスが、非常に問われると思うのです。
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私のせいで、魅力が伝わらなかったら…責任を感じるなぁ…。
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下界に落下した巨大な柱頭の間から、ローマ劇場を覗きます。
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台座の真上に、柱頭が直に載せられています。柱は何処に行ったのでしょう?地中海の向こうの泥棒達に盗まれてしまったのでしょうか?
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現在のリビアでは、ガイド(セキュリティ・ポリス)の同伴が義務づけられている為、遺跡は必ずガイドを受ける事になる筈ですが、例えそうでなくともローマ遺跡は一度はガイドさんにしっかり説明を受けた方が楽しめると思います。
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ガイドブックだけでは到底足りませんし、ローマ遺跡は、フランチャイズの様に、同じ様式の遺跡が地中海沿いに沢山存在します。一度しっかり説明を受け、手に入れた知識は、他のローマ遺跡で必ずや活躍してくれるからです。
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この形は恐らくニンファエウムだろう。とか、此処に浴場があるなら、近くにきっと…。とか。遺跡の構造や用途が解ってくると、断然面白くなってくるものです。
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とは言え、幾ら説明受けても、謎が謎を呼ぶものです。結構質問し、少しづつ解決していくのですが、いつも聞きそびれてしまう事があります。
ローマ遺跡。公共施設の素晴らしさは幾分にも観て来たのですが、彼等は一体何処に住んでいたのか?公共施設の保存状態に比べ、個人宅が殆ど残されていない気がします。 -
リベル・パテル神殿の列柱と共に、サブラータ遺跡のアクセントとなっている元老院のアーチ。
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元老院のアーチの向こうにローマ劇場。
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今度は、列柱を1本、アーチの中に納めて…。
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イチオシ
いっその事、リベル・パテル神殿の列柱全部入れちゃいましょう
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ユスティニアヌス帝のパジリカにやってきました。
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ユスティニアヌス帝は、ビザンティン時代の帝。と言う事はパジリカは教会を指します。即ち、先に訪れたアプレイウスのパジリカとは、時代も違えば、パジリカの意味も違ってきます。嗚呼ややこしい。
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パジリカは、ローマ時代は、取引所や裁判所として機能しましたが、キリスト教化したビザンティン時代には教会堂として機能しました。
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リベル・パテル神殿の列柱の向こうにローマ劇場。
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地中海の海辺に到達しました。
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オイルプレス・ストリートと呼ばれる通りです。名の通り、オリーブを圧搾し、オリーブ・オイルを精製する施設があった通りです。
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圧搾に使われていて大きな鍋が残されていました。
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この道は嘗ては更に奥へと続いていましたが、地震により崩壊してしまいました。
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サブラータにも開放的なトイレがありました。
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地中海を眺めながら事を済ませる事が出来ます。音も波音が消してくれるかもしれません。
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リベル・パテル神殿を眺めながら、する事も出来ます。
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レプティス・マグナも同様でしたが、トイレある処に浴場ありです。お風呂とトイレで、体の中も外も、綺麗サッパリと言う算段です。
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サブラータの浴場は、規模でこそレプティス・マグナに負けますが、地中海を眺めながら入浴出来ます。
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当初は真水を引いて沸かしていた様ですが、大地震が起こった後は海水を沸かしていた時期もある様です。
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此処なんて、素敵ですねぇ。此処に湯を浸して浸かりたい!
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モザイクが、ほんのり残っています。
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レプティス・マグナ程ではありませんが、複数の浴槽を持ち、当時の人々が、温度が違う入浴を楽しんでいた事が解ります。
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折角民族衣装を買ったので、早速着用して遺跡を散策していますが、三つ揃え+イスラーム服は、いくら10月下旬とは言え暑いです。(Tシャツでも平気な気温です。)嗚呼、余計風呂入りたいです。
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此方は教会跡との事です。と言う事はビザンティン時代の遺構となります。
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遺跡の遠く向こうに、サブラータの現代の街が小さく見えます。実は、余りこの近辺は情勢が宜しく無く、紛争時には遺跡も被害を受けたとの事。また、こうした情勢下、地中海をボートを使って欧州への密航を斡旋する悪質ブローカーが出没するらしく、事実この後、空港にて多くの被害者達と鉢合わせになる事になります。
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教会跡から劇場を眺めます。
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遠くに列柱が並んでいます。イシス神殿です。地中海沿いを歩いて向かいます。
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嘗てサブラータを襲った地震により、多くの部分が水没してしまった為、ダイビングをすれば、海底に多くの列柱が横たわる姿が見れると言います。
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此方は、海沿いのもう一つの浴場、オケアノスの浴場です。浴槽のモザイクが、良く残されています。
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此方の浴槽は、2色のモザイクで飾られています。
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一方此方は3色で構成され、よりゴージャスに感じます。更に中心にはネプチューン(ポセイドン)の美しいモザイクがありましたが、残念ながら、閉館中の博物館に移設されています。(レプリカで良いので展示して欲しかった。)
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イシス神殿に到着しました。イシス神は、エジプトの神で、オシリス神の妻であり、ホルス神の母です。船乗りの守護神である事から、海に近い岬に祀られています。
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イシス神殿でも、逆光を使って…ちょっとズレてしまいました。
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元々海岸線は遠かったそうですが、年々侵食が進んでおり、遺跡の保護が求められています。
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海が神殿寸前迄迫っている事が解ります。
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イチオシ
地中海を背景に綺麗に並ぶ列柱群。この美しい景観を後世に残せなければ、人類の汚点を我々が刻む事になるでしょう。
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そして、クライマックスとなる。ローマ劇場へと向かいます。
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いざ、劇場内に入場します。
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このアーチを潜れば、其処はもう、観客席最前列に出ます。
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思わず見上げずにはいられない、3階建てに聳える楽屋。
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舞台基部には、ズラリとレリーフで埋め尽くされています。
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モチーフは、神から有力者、そして人気の劇のワンシーン迄様々です。
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舞台基部のレリーフが、これだけ残されているのは、とても珍しい、貴重な事です。
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威圧感さえを感じる楽屋塔。楽屋は解りますが、VIP席もあったと言います。VIP様は、後ろから劇を観るのでしょうか?
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サブラータのローマ劇場は、レプティス・マグナを凌ぎ、アフリカ一の規模を誇ります。
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まるで、私達の劇を観てください!とばかりに、背後に広がる地中海を隠してしまえ!とばかりに立ちはだかっているかの様です。
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でも、真ん中の出入り口から、地中海がちらりと覗きます。ちらりとでも美しい。
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イチオシ
最上段の更に段差を登った、登れるだけ登りきった部分から写しても捉えきれない巨大さです。
https://youtube.com/shorts/N9ftNeP9snQ?si=ab1CtRSV_R_nwkGO -
現在では、基壇の部分しか残されていませんが、本来観客席は、更に後方迄迫り上がっていました。
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つまり、現存する観客席の倍くらいの幅で、観客席の高さも倍くらいあった計算になります。私が写真を写しているのが、現存する最上段ですが、此処が中段になる計算です。もし仮に最上段迄あったとしたら、高所恐怖症の人は観劇出来ないかもしれません。
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遠くにリベル・パテル神殿の列柱を眺めました。
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浴場で、何種類もの湯に浸り、フォーラムでひろゆきの様に論破合戦を繰り広げ、劇場で悦に浸る。現代人も羨む様な、優雅な生活を送っていたローマ帝国も、今となっては、只の遺跡です。
私は時に思います。遺跡は、現代人に対しての、もの言わぬ警鐘ではないかと…。 -
現代、先進国に暮らす我々は、自由と平等の名の下に、人類が脈々と紡いで来た種としての遺伝子の継承より、個としての自由を尊重しました。私も、その申し子の様な存在なので、何も言える立ち場には、ありません。
しかし、自由と平等と申せば聴こえが良いものの、裏を返せば、ソドムとゴモラの神話をなぞっているかの様にも思えます。事実、先進国漏れなく少子高齢化に悩み、人口の減少が止まりません。
我々の文明もまた、いつの日か遺跡と呼ばれる日が来るのかもしれません。 -
数百年後、転生を果たした私が、ガイドさんの説明を受けながら、口をアングリ空けながら見あげているかもしれません。
「二千年当時の人は凄いもの建てたんですね!」
と、廃墟化したスカイツリーを見あげながら。まるで今、呆然とした表情でローマ劇場を見つめている私の様に。 -
後ろ髪を引かれながら。退場します。嗚呼アンコール!
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この荘厳な門構えがぐるりと周囲を覆っていた事を想像すると、圧倒させられます。
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外観は、まるで要塞を想像する武骨な佇まいを感じます。
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イチオシ
しかし、只の想像では留まりません。チュニジアのエル・ジェムの円形闘技場では、ローマ時代では無いものの、アラブの支配に対抗したベルベル人が闘技場に立て籠もり、要塞として利用した歴史があります。
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北アフリカ最大級と言うキャッチフレーズとセプティミウス・セウェルスのネームバリューで、どうしてもレプティス・マグナの影に隠れがちのサブラータですが、なんの、なんの、素晴らしい遺跡でした。
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サブラータからトリポリ旧市街迄戻ってきました。昨日訪れたマルクス・アウレリウス門の隣の高級レストランで、最後の晩餐ならぬ、昼食を頂きます。
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吹き抜けがある開放的な空間があるレストランで、外交官らしき一団も昼食をとっていました。
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ミックス・グリルを頂きました。盛り付けも、お洒落です。私は少し緊張してしまいます。
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旧市街を後にします。トリポリを後にします。つまりリビアを後にします。
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ハムラー城と緑の広場が通り過ぎていきます。いつだって、旅は大きな満足感と共に、一欠片の寂寥感を伴います。
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空港に到着しました。小さな空港ですし、大変待たされた入国に対し、呆気ない程簡単に出国出来ました。
「トリポリから世界中の目的地へ!」
そんな未来が来ると良いね! -
しかし、モニターに映し出される案内は、国内線合わせてひと画面に収まってしまう数。まるで地方の空港の様な現状です。
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出発便のモニターで、一つ関連性の乏しい目的地がありました。バングラデシュのダッカです。中東等近隣ばかりのフライトの中、南アジアに位置するダッカは異質です。
と思っていると、大勢のバングラデシュ人がやってきました。皆重たい表情。テレビカメラも来ています。何故か彼等に巻き込まれてしまう私。
彼等は強制送還されるのです。リビアでは、紛争のドサクサに紛れ、ヨーロッパへボートで密航を斡旋したり、最悪人身売買が罷り通っていると言います。
彼等も、仕事を求め、悪質ブローカーに騙され、なけなしの金を払った挙句、リビア迄来て、発覚、検挙され、強制送還されるのでしょう。(この場合、保護されたと言うべきかもしれません。)悲惨ではありますが、彼等の言いなりにボートで地中海を渡るより、故郷に帰った方が彼等にとって幸せです。
喫煙所で彼等を励ましました。
「一昨年バングラデシュ行ったんだ!ダッカ最高!バングラデシュとっても良かった!」
「日本も大好きだぞぉ!」
喫煙所が大きく盛り上がりました。負けんなよ!人生悪い事ばかりじゃない!
注)放送をご覧になったリビアの皆様へ。私は日本人で強制送還者では、ありません。一緒にいただけです。 -
遂にリビアを去る時が。往時は、丸一日以上の遅延で、絶望感タップリの時期もありました。しかし、RJトラベルさんの適切なアドバイスと、何より、ドライバー兼ガイドさんの懸命な努力により、完璧にスケジュールを熟す事が出来ました。本来なら、昼には完了していたお仕事を、私が帰国便を変更した事で丸一日のお仕事になってしまいました。
本当、イスラームの旅は、ガイドさん始め、地元の方々に、助けて貰ってばかりです。
近年、こうした情勢の不安定な国々を巡った事もあり、ガイドさんにお世話になるケースが増えました。毎回、毎回思うのですが、イスラームのガイドさんは本当に素敵なガイドさんばかりです。仕事の粋を超えていると感じる事も度々です。本当感謝しています。 -
ツアーの日程も素晴らしかったです。サハラ砂漠とトゥワレグ族、セミデザートとベルベル人の特異な文化、地中海沿岸部のローマ遺跡とアラブ文化。コンパクトな日程にマグレブの重要な三つの要素が凝縮されていました。マグレブを初めて訪れる旅人さんにも、私の様な、Final Destination の旅人にも、オススメ出来る旅程だと思います。
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イスタンブールが近づきました。リビアからイスタンブールは、お国柄、出発が遅延するんじゃないかと期待している自分がいました。再び帰国便も遅延して、乗り継ぎ失敗。そして再び無料でイスタンブールを満喫しようと二匹目のドジョウを狙ったのです。
しかし何と言う事でしょう?トリポリを定刻に飛び立ったトルコ航空は、2時間半のフライト予定時間を、かっ飛ばして2時間でイスタンブールに到着してしまったじゃありませんか!脆くも企みは木っ端微塵になりました(笑) -
エディハド航空、エミレーツ航空、そしてトルコ航空の皆様、整列してください。
耳をかっぽじって聞いてください。皆様にお願いがあります。往きの飛行機、特に日本から乗り継ぎ地迄のフライトをキャンセルしたり、遅延させるの、本当に、本当にやめてください。
帰路便なら、幾らでも遅延して結構です。なので往きは本当に勘弁してください。もう、3連チャンです。流石に凹みます。私の旅に、貴方達は必須の航空会社です。お願いします! -
まるで、強制送還されるバングラデシュ人の様にうなだれながら、帰国便に乗り込みます。嗚呼イスタンブールでゆっくりしたかった。そろそろ、私が私でいられる時間もオシマイです。次に旅立つ日まで、冬眠する事に致しましょう。
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15年、待ち焦がれたガダミスは、想像を遥かに上回って、可憐な姿を見せてくれました。また一つ、私の煩悩が、天に向かって昇華していきます。今回も
「見るべきものは観た。」by平知盛
良い旅になりました。
最後迄ご覧になってくださり、ありがとうございました。
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