2025/10/29 - 2025/10/29
10位(同エリア49件中)
さっくんさん
レプティス・マグナを観た足で、トリポリに戻りました。トリポリタニアを構成したレプティス・マグナとサブラータが、時代と共に忘れ去られていく中、その中心に位置したオエアは、アラブの街として、引き続き発展を遂げました。そんなトリポリの、オスマン帝国統治時代の面影を今に残す旧市街を散策しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
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レプティス・マグナの観光を終え、トリポリに引き返します。
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途中レストランに立ち寄りました。内陸に入ってしまうと、滅多に見かけなくなってしまうレストランですが、地中海沿岸部では、普通にあります。
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本当はラムを食べたかったのですが、どう言う訳か、リビアではラムが高価だったので断念。此処でしか味わえないものを食べたく、駱駝肉をチョイス。
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快適な海岸通りはアラブでは、コルニーシユと呼ばれます。
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海岸線には海水浴場や、遊園地らしきものもありましたが、遊泳は季節外れですし、遊園地も稼働していない様でした。
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海岸線通りであるコルニーシュを走り、旧市街手前で車を降りました。旧市街の入り口にあたる緑の広場に続くコルニーシュ沿いは、広大な公園が広がっています。
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緑の広場に掲げられている、新しくリビアの国旗が風にたなびいています。
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公園の芝生の所々で、リビアの人々が寛いでいます。とても退避勧告の出ている国とは思えません。此処でも、人がごった返す旧市街にも、何処かの国の様に薬物中毒者も、スリやひったくりも、物乞いさえも、見かけませんでした。
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トリポリは、ローマ時代、オエアと呼ばれ、東のレプティス・マグナと西のサブラータと合わせ、トリポリタニアと呼ばれました。千葉、東京、横浜から成る首都圏みたいな感じでしょうか。
しかし、時代と共に東西の二つの都市は衰退し、オエアがこの地に進出したアラブ人に見初められた事により発展を遂げ、三つの街を総称するトリポリスと呼ばれる様になりました。それが、トリポリの名の由来になります。 -
行く手にア・サラーイ・ル・ハムラー城が見えてきました。ハムラーはアラビア語で「赤」を指し、字の如く赤い城です。因みにスペイン、グラナダのアルハンブラ宮殿も、赤い宮殿を指す「アル・ハムラー」がスペイン語訛りでアルハンブラとなりました。
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イチオシ
トリポリは、太古から治める勢力が転々と変わりました。現在の城郭の基本は、マルタのキリスト教の勢力です。それを最終的に此処を居城としたオスマン帝国により改修が施されました。
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ハムラー城の手前に広がる緑の広場が、トリポリの中心、つまりリビアの中心です。
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ハムラー城は、リビアの国立博物館にあたるジャマヒリーヤ博物館が入っており、レプティス・マグナやサブラータ関連を含め、非常に貴重な展示品がありますが、残念ながら、現在は閉館しています。
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緑の広場は広大な広場。緑はイスラームでは聖なる色。サウジアラビアのメディナのムハンマドの霊廟のドームも緑。旧リビアの国旗も緑一色でした。
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イチオシ
サッカーのゴールに見えてしまうのは、私だけでしょうか?
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緑の広場で開放感を味わった後は、濃密な空気に包まれるだろう旧市街の路地に分け入っていきます。
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ゲートを潜れば、其処は旧市街。紛争も一段落を迎え、目下懸命に復興中とばかりに、あちら此方で修復が行われていました。
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見上げれば、ミナレットかと思いきや、時計塔が聳えていました。
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小さなゲートの向こうにもミナレット。此方はオスマン様式のミナレットです。
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アル・ルヴァ市場に建つアシェンシャン・モスク。此方もオスマン様式のミナレットを持ちます。マグレブでは、一般的に角柱状のミナレットが主流ですが、リビアではオスマン様式のミナレットが優勢です。
「あれ?マグレブの主流のミナレットは角柱状のものと言っていなかったっけ?」
との声が聞こえてきそうです。そうなんです。トリポリに限ってはオスマン様式のミナレットが主流です。エジプトやチュニジアの様に、オスマントルコ以前から様々な王朝の栄枯盛衰があった国では、其々の時代の建築が残り。オスマン色はそのうちの一つとして残りました。
マグレブの国のチュニジアでもオスマン様式のミナレットもありますが、他の王朝時代に建てられた角柱状のミナレットが主流です。
一方、リビアはそんなエジプトとチュニジアに挟まれた政治の空白地でもあった故、純粋にオスマン様式の建築が残る結果となったのです。即ちトリポリはマグレブに於いて、一番オスマン様式の風情が濃い旧市街であるとも言えるでしょう。 -
金物細工のスークを通りました。
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これは、モスクのドームの頂点やミナレットの頂点に飾るイスラームのシンボルマークです。
写真右側を歩く人物が、まるで心霊写真の様になってしまっていますが、これは、カメラがオートでHDR設定で撮影してしまった為で、連写機能によるブレであり、決して心霊写真ではありません。 -
店内には、大物から小物迄、様々な金物細工が並んでいます。
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大、中、小、様々なサイズが揃えてあります。モスクの管理人さんが、買いに来るのでしょうか?
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再びアシェンシャン・モスクを眺めました。道路は工事中でフェンスで覆われ、これ以上近づけませんでした。
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逆光のアーチの向こうにオスマン様式のミナレット。
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アブド・ウルワハブ・アルカエシー・モスク。白亜の建物に神聖な緑のドームを持つモスクです。
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イチオシ
そしてその向こうには、マルクス・アウレリウス門が残されています。ローマ帝国時代、トリポリタニアとして、東のレプティス・マグナと西のサブラータと共に繁栄した、この街がオエアと呼ばれた頃から残る門です。
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即ち、この門を貫き南北を走るのが、オエアのカルド。東西には、東のレプティス・マグナや、西のサブラータを結ぶデクマヌス・マクシムスが走っていたと言う事です。
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門の四面には、レプティス・マグナの凱旋門同様、神話のレリーフが施されています。
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アポロとミネルヴァがトリポリの守護神です。
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凱旋門から、アブド・ウルワハブ・アルカエシー・モスクを覗きました。
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逆光に照らし出されるは、オスマン帝国後期に建てられた、グルジ・モスクです。
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イスラーム旧市街らしい、道路を跨いで両側の家屋に渡されたアーチがありました。しかも、連続で。
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イチオシ
現代では、街の美観にも貢献していますが、本来は倒壊防止及び、建築の補強の意味合いが強いものです。
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此方はアーチのみならず、渡り廊下となっています。これでかなり強度が保てます。
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ごめんなさい。何を写したか、覚えていません。私とした事が…。
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ローマ銀行の建物。リビアはイタリアの植民地時代があったので、イタリアの建築も残されています。
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聖母マリア教会。キリスト教徒も少数存在するので教会もあります。
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トリポリ旧市街は、カイロ旧市街の様に、幾つもの王朝の建築が残る様な多様性はありませんし、チュニジアの旧市街の様に瀟洒な街並みでもありませんが、燻し銀的魅力を感じます。
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フェニキア時代から現在迄、リビアで唯一存続し続けた街、トリポリ。工事中の部分も多いですが、それは復興へ動き出している証拠でもあり、古いだけでは無く、着々と生まれ変わりつつある息吹も感じます。
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そんな、オープンしたての骨董品屋さんに立ち寄りました。
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確か、花嫁衣装。普段、外では地味な服装を強いられる分、子供の頃や、屋内、そして祝祭日等には、これでもか!と言うくらいのお姫様ファッションなのが、ムスリマです。
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旧市街は至る所でリニューアル工事が進行中です。
「今の方が風情がある…。」
なんて、気楽な事言ってるのは観光客だけです。倒壊してしまっては元も子もありません。 -
ほらほら!此方はアーチがありませんが、どちらか、若しくは両側の家屋が倒壊する危険性があるので、急遽つっかえ棒を渡して倒壊を防いでいます。
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トリポリに残されたオエアだった頃の記憶は、マルクス・アウレリウス門だけかと思っていたら、こんな場所に発見しました!街角にローマ時代の列柱がありました。
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かと思えば、通りの曲がりに沿ってお洒落にアーチが架けられている部分もあります。
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なんと、此処には3本もローマの列柱が残されていました。
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イチオシ
通りの名もアル=アルバ・アラスサト(الأربع عرصات、Arba Arsat)四本の柱廊通りと呼ぶそうです。
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歴史を解説する銘板もありました。
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街角にローマ時代の列柱が残るこの通りは、嘗てのデクマヌス・マクシムス(ローマ時代の東西を走る幹線)だったのかもしれません。
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路地の先に、可愛らしいモスクが見えてきました。純白の体に、聖なる緑の帽子を冠っています。
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旧市街でも、最も有名で、最も古いモスクの一つです。
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アル・ドゥルージュ・モスクと言うそうです。
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見返り美人のアル・ドゥルージュ・モスク。
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是迄、昨日のレプティス・マグナは当然として、ガダミスもベルベル人のクサールも、今となっては余り人々と擦れ違う事無い旅でした。
今、旧市街を歩き、多くのリビアの地元の人々と擦れ違い、その平和な雰囲気に胸を撫で下ろしています。日本にいると、「危ない」やら「ヤバい」やら、デマしか耳に入ってこないから。 -
新しいリビアの国旗が描かれていました。
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緑の広場方面に向かうに連れ、明らかに道を歩く人々の数が増してきました。
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スークに入った様です。人通りが急に増え、道の両脇は小売店が軒を並べます。
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スークは同業種毎に纏って営業している場合が多いです。百貨店の◯階が紳士服売り場で、◯階が婦人服と言う感覚です。
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スークの真っ只中の路地裏に、イスラームらしいアーケードに囲まれた、素敵な中庭がありました。
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洋品店の集まるスークに入りました。興味深そうに民族衣装を眺めていると、結構を高い設定だったのに、三つ揃えで、なんと◯◯◯ディナール!
私が着用しているのはアフガニスタンの民族衣装。これを着ていて、リビアの民族衣装を拒否しちゃ失礼!
そんな訳で、買うてしもうやんか!もう、上手いんやから! -
昔、ツアーで、出逢った人生の大先輩にあたるお姉様方が教えてくれました。旅で買った御土産は戦利品と呼ぶのだそうです。大事そうに三つ揃えの戦利品を抱えながらスークを歩きます。
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イチオシ
左手のミナレットは、アハメド・パシャ・カラマンリー・モスクのもの。カラマンリー朝の創始者が建てたモスクで旧市街を代表するモスクです。因みに「パシャ」はオスマン帝国の高官の称号です。
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カラマンリー朝は、1711年から1835年までオスマン帝国トリポリタニアを統治した自治王朝です。
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ゲートを潜り、緑の広場に戻ってきました。
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とても素敵な旧市街でした。オスマン帝国は北アフリカを席巻しましたが、両隣のエジプトやチュニジアでは、それ以前から、様々なイスラーム王朝が興亡を繰り広げた為、特にエジプトでは、思った以上にオスマン色は薄めです。
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それに比べると、両隣の王朝の狭間に位置したトリポリは、オスマン帝国の様式が両隣の都市より濃厚に反映されている様に感じました。
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また、両隣の都市との決定的な違いは訪れる観光客の数です。両隣の都市は列記とした観光都市であるのに比べ、トリポリはカダフィ氏時代、そして紛争が続いた為、観光客が非常に少ないです。
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当然、観光客相手の店もありません。アラブのグッズがパワー陳列された、観光客相手の店が連なるスークの光景も、決して嫌いではありませんが、本来あるべきスークの姿を見れる事も、今となっては貴重なスークだと思います。
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リビアが紛争に巻き込まれる直前、カダフィ氏が緩和政策を始めた頃、漸くリビアも観光が解禁されました。地球の歩き方が出版され、大手旅行代理店もツアーを組みました。しかし、以前ガイドをつける前提のルールがありました。
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近い将来、リビアの観光も徐々に緩和されていくと思います。でも、私は特定の部分は以前の様にガイド必須で運営して欲しいと思っています。
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都市部や新市街なら大丈夫ですが、ガダミス旧市街や、ベルベル人のクサール等は、道は狭く、古い建物は脆く、とても大量の観光客を自由に行動させるキャパシティも、耐久性も、持ち合わせてはいません。遺跡保護の為にも、住民の環境を守る為にも、そして観光客の満足度を保つ為にも、ある程度のコントロールは必要な対策です。
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自由に旅出来る事は、喜びの一つですが、数が増えるとそうも言っていられません。欧州の人気観光スポットも、予約制が当たり前になってきました。何某のコントロールが必要な時代になっています。
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例えば、インバウンドの人達に大人気な京都の伏見稲荷ですが、満足度が急落していると言います。理由は激混み過ぎて、思う様な写真が撮れない等、稲荷自体の問題では無く、混み過ぎている環境によるものが殆どだそうです。
観光客の満足度を上げる為にも、何某の方策で、入場者をコントロールする事は必要な事なのです。 -
勿論、此処トリポリの旧市街に至っては、当分そんな心配は無用でしょう。今日も私の貸し切りでしたし…。
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此方がスークで購入する事となったリビアの民族衣装です。ちょっと解り難いですが、上着、ベスト、ズボンの三つ揃えです。イードの祭、金曜礼拝等で着用される準礼服で、着用する際はベストの下に裾の長いイスラーム服を着用します。
解り難いと思うので、明日着用して観光しますので、次回実際着用している姿を披露します。 -
今日がリビア最後の夜になるから、今夜は最後の晩餐です。先ずはサラダ。今晩は肉なので、しっかり玉葱を食べましょう。
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メインはケバブ。特にラムは帰国したら滅多に手に入らないので、良く味わって!
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最期の夜は、シーシャを嗜みながら、ドライバーさん達と語らいながら、緩く更けていきました。
最後迄ご覧になって頂き、ありがとうございました。
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