2025/08/09 - 2025/08/09
224位(同エリア403件中)
まりも母さん
2022年春 桜を探してやってきた茂木
その時は町中を歩く事はできず
今回は レトロな展示館もあると聞いて 行ってみる事に。
茂木駅前の通りを歩き
その後 道の駅もてぎへ そこでまりも母の大好きな
レトロ洋館も見学できました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
茂木町に昭和レトロな展示館があると知ったのはSNS上。
この日は酷暑もやや収まった日でもあり
出掛けてみました。
ちょっと調べた所 観光で出かけるなら
茂木町まちなか文化交流館「ふみの森もてぎ」を目指すのが良いと。
無料の駐車場があり カフェもある と思ってまずはそこへ。 -
元 造り酒屋の跡地に建てられた ふみの森もてぎ
2階建ての半分は図書館の建物でした。
木造部分は ほぼ町有林のスギ材が使われているそう。
サスペンション構造(吊り)とアーチ構造のミックス
「連接サスペンアーチ構造」で大スパン空間の図書館。
現し構造の天井が美しかったです。
他に展示室がいくつかあり
昆虫展、原爆と人間写真展を見せて頂きました。
しかし、カフェは営業してませんでしたね。
閉店しちゃったみたいでした。
自販機のある休憩スペースだけでした・・・。 -
もうお昼の時間も過ぎていますので
駅の方へ行けば 飲食店もあるだろう、と。
駅チカのメインストリートを駅方面に歩きます。
すぐに今日の目的の建物「もてぎ昭和館」が見えました。
お昼を済ませてからゆっくり見せてもらおうと思います。
一旦前をスルーします。 -
出し桁の商家造りの建物が残っていますね。
糀屋さんは看板もあります。
が、この並んだ2店舗共 営業はしていなさそう。 -
叶屋と看板のある やはり商家建築の建物も立派です。
老舗の旅館だったようです。
こちらも既に営業はされていないですね。
旅館の建物はそれなりに贅沢な造りが多いですから
内部が気になります。 -
先ほど「もてぎ昭和館」で観光マップを頂きました。
そこに掲載されている駅ちかくの洋食屋さん
入ろうとしたら~お休みでした・・・。
マップには月曜日定休って書いてあるのに~。
とりあえず 茂木駅を見る事に。
駅舎は既に建て替えられていて 各段面白い所もなく・・・。
駅左の駅そば店もやってるのかどうかも判らず・・・。
他にマップに掲載されているのは
そば屋さんと 焼きそば、タイ焼きのお店位で。
茂木駅チカ コンビニもスーパーもありませんでしたね。 -
ふみの森に戻りつつ 昭和館を見る事に。
これまた 今年オープンした 第2もてぎ昭和館の方は
係りの方が不在なのか?現在閉館中の札が。
仕方なく すぐ隣の第1館の方へ。
駐車場には ミゼットが停められていました。
(この横の駐車スペースは 昭和館来客用です) -
元鮮魚店「湊屋商店」の建物。
昭和レトロな品々が所狭しと。
入館は無料で 特に案内人もいませんでした。
隣の空き地にかき氷のお店が出ていました。 -
ハイライトのパッケージの数々が。
記念パッケージなど期間限定のもののコレクションですかね?
看板やグッズ 良くこんなに集めました。 -
たばこ屋さんの販売コーナーもそのまんま。
でも もっと古いこのタイプのはタイル張りだったりしますから
昭和後期のものでしょうね。
タバコ関連が多いのは
茂木町辺り 葉タバコの栽培農家が多かった事、旧専売公社の工場があった事の関連だそう。 -
店番のおばちゃんが座る2畳間って感じのスペース。
町民から提供されたのではないかと思われる
昔の電子レンジ、テレビ、カメラ・・・などなど。
田舎の家は 物置や蔵に こういうものが掘ればわんさか出て来るでしょうねぇ。 -
レトログッズ好きなら 隅々までガン見して そりゃ~楽しいでしょう。
まりも母は レトログッズよりレトロ建物好きなので
まぁざっくり見せて頂きました。 -
表には実用車の自転車も並んで。
ここ今日は ほとんどお客さん来ていませんでした。
今日はSL運行日じゃないからかも。
真岡鉄道のSL運行日なら SLで茂木に来られた人が
折り返しのSL発車時刻まで 茂木町歩きでこの昭和館を楽しんでくれるのでしょう。
茂木駅近く やってないお店と開いてない第2もてぎ昭和館が
ちょっと残念でありました~。 -
お昼を食べようと マップに載っているお店まで車を移動させましたが・・・そこも既に営業をやめちゃった感ありありでした。
マップが更新されていないんだね。
小さな地方の町だもの。難しいよね。
これ以上うろついても腹ペコには辛いから
道の駅もてぎに向かいました。
前に ゆず塩らーめん食べたよね~。
今日は 敷地内にある レストラン桔梗に入ってみました。 -
名前を書いてさほど待たずに着席。
私はざるうどんと天丼のセット。
ダンナはわっぱ飯とざるそばのセット。
味は・・・まぁ普通でした。
食べ終わったら お客さん結構並んでいた。
すんなり入れたタイミングでよかった~。 -
お店の中から 外を泳いでいるのが
鯉のぼりじゃないな~と見えたので
見に行ってみると これは鮎のぼりでした!
那珂川に遡上する鮎がモチーフだって。
と、その後ろに黄色い屋根の建物はなんだ?
あれは古そうだな、とまりも母が言うと
ダンナが 後ろの道路から入る喫茶店だよと。
いや~違うだろう~。即ネットで検索すると
見学できる洋館だったー! -
見つけたからには当然行きます。
まりも母のレトロアンテナがキャッチしましたもんね。
道の駅の半分は公園のようなスペースです。
そちらの方に
>流政之氏によって製作されたオブジェ SUKIDAPPE
子供を抱きあげる親の姿をモチーフとしていて
「人と人との出会い」「自然との共生」「地域との交流」「うれしさの演出」「家族愛」の5 つの意味が込められています。
地方の方言「好きだっぺ」にちなんで名付けられました。 -
ブルーベリーの実のる木が植えられた小道を進むと入口に。
土日祝日のみ内部が見学できます。無料。
スリッパに履き替えドアを開けます。 -
中に男性がいらっしゃって 見せてくださいと声をかけ
写真撮影の許可も伺いました。
これが玄関ドアを入ってすぐのお部屋。
大体な壁紙が張られています。
旧古田土雅堂邸(コダト ガドウ)茂木町指定文化財 -
1階は3部屋。ほとんどの場所に同じ壁紙が張られていました。
玄関入ってすぐがリビングルーム。その奥にダイニングルーム。
この建物は古田土雅堂がアメリカから帰国した際
自邸用に輸入した 組み立て住宅。
帰国した大正13年(1924)宇都宮市下戸祭に施工されました。 -
かわいい木製ベンチが置かれています。
75年間古田土家の住まいとして使われた後
2001年に道の駅もてぎに移築されました。 -
ダイニングルームに隣にキッチン。
壁付けの食器棚が見えます。
ドアの向こうはセカンドポーチ。勝手口のようなものですね。
ドアの右には扉のついたパントリーも。 -
こんなものが展示されていました。
この家と同じキットの説明書きです。
シアーズ・ローバック社のメールオーダーハウスからのキット
右の家のイラストの下に商品名と$1984と書かれています。
古田土雅堂は明治後期から大正時代にアメリカで活躍した日本画家でした。
1880年中川村河井(現在の河井地区)の葉タバコ農家に生まれる
1897年下野市立中学 東京美術学校を卒業
1906年 26歳で渡米 -
設備やハードウエアはオプションだったのでしょうか?
こうしてカタログが残っているのも面白いです。
ニューヨークの森村ブラザース(現ノリタケ)に勤務し
日本で製造しアメリカへ輸出する陶器の絵付けデザインをしました。
退社後1924年に日本に帰国するにあたり
前年の関東大震災の影響で木材の調達が困難だと聞き
アメリカから組み立て式の家を購入して持ち帰る事にしたそう。 -
照明器具のカタログ。
現在この家に使われているシャンデリア類は
移築の際 雰囲気を寄せて新しくつけられたものでしょう。
このカタログと同じ器具はありません。
画像はありませんが、テーブルにはノリタケの洋食器のデザイン画のファイルもありました。 -
地下室へのドア。
地下室があると言うのが 輸入住宅らしいです。
右に見える扉はクローゼットです。
ドアを開けて入れるので行ってみます。 -
地下室への階段は 2階への階段の真下。
階段の下には大谷石と煉瓦の壁が見えました。
思ったより明るかったです。 -
地下室にはボイラーが設置されていました。
各部屋にラジエーターがありましたのは
このボイラーで暖房をまかなっていたと言う事ですね。
ボイラーとその部品が国産化するのは大正末期だそうです。
ここのボイラーは 先のカタログの品と同じ見た目から
住宅のキットと共に輸入されたものでしょう。
セントラルヒーティングの一般住宅としては 国内最初期であったでしょう。 -
画像は少し明るくしてあります。
が、大谷石積みの基礎の上部に格子の入った窓が
各方角にひとつづつあって 案外明るかったです。
移築前の画像が無く 元々大谷石と煉瓦の基礎であったのか?
移築の際 地元産の大谷石を採用したのか?は不明です。
柱が煉瓦積みである事から もしかしたら
地下室全て煉瓦だった可能性も。
それだと 現在の様子より暗かった事でしょう。 -
部屋の隅に古ぼけたトランク。
御家族と一緒に太平洋を渡って来たトランクでしょうか。 -
1階へ戻り 今度は2階へ
リビングルームの端に階段があります。
階段の親柱 角柱に少し彫刻のデザイン。
玄関ドアを開けたら即リビングと言うのも輸入住宅ならでは。
下足を脱ぐ場所もポーチにするのか?室内にするのか?
日本の暮らしにはあわない点は
悩ましく感じたであろう気もします。
(床はさほど傷んでいないので 絨毯敷、スリッパ生活だったのでは?) -
2階への壁紙も同じ花柄のもの。
元々この壁紙だったとは思いませんが
大胆な柄を選びましたね。
(元のものも大胆な柄だったのか?)花はポピーのようですね。 -
2階 リビングルームの上になる場所に
マスターベッドルーム。
ここの壁紙は無地だった・・・。(2階の室内は同じ無地の壁紙)
あれ?すると元々の家も あんな目立つ壁紙じゃなかった??
2階の部屋にはそれぞれ展示物が少しづつ置かれていました。 -
部屋の隅に隣へ続くドアのようなものが。
扉の向こうは小さなクローゼットでした。 -
壁に掛けられているのは 古田土家のご家族。
ご夫婦とお子様が3人。 -
2階は3ベッドルームとバスルームの造り。
階段を上がり切ったホールに4つのドアが見える
こじんまりしながら効率よい造り。 -
バスルームもそのまま残っていましたよ。
調べた所1999年まで使われていたようで
トイレの便座は 洗浄機能付きになっています。
しかし、猫足のバスタブよく使われ続けていましたね。
(この画像にはありませんが シャワー設備はついていません。
トイレの手前には洗面台がありました) -
バスルームの照明器具。
これはオリジナルではないかと思います。
後で玄関の写真を見たら
ドア横に同じランプがありました。 -
ベッドルームBとされるお部屋。
マンサード屋根の勾配が室内から判ります。
組み立てキットですから
地元の大工に施工を依頼したのでしょうかね?
英文の翻訳は雅堂が行っていたのかな?とか
基本的に 職人は釘打ちだけで組み立てられるようになっていたとしても
大正末期の日本の大工には 「どうなってんだっぺ?」な
苦労があったかも
(そんな建築時の様子も気になります) -
26 何に使われたものか?謎のワークベンチがありました。
-
ここに建物の模型がありました。
この住宅 バルーンフレーム工法と言う
アメリカで1830年代に開発された量産型の工法で造られています。
ツーバイフォー構法のひとつで
日本には明治初期 開拓が進んでいた北海道に伝わり
札幌の時計台で有名な旧札幌農学校演武場もバルーンフレーム工法が採用されているそうです。 -
床はよく見るフローリングとは違いますね。
建物の材料は当然アメリカ材でしょう。
アメリカ材の輸入は明治10年に始まり 明治末期には外材の約半数はアメリカからの輸入になっていました。
それを考えると 住宅キットを個人で輸入するルートは
さほど難しく無かったとも考えられます。 -
ベッドルームA
見えるドアの向こうは平面図によると
ウォークインクローゼットのようでした。 -
古田土雅堂の作品の紹介もあります。
-
階段上からの眺め。
この建物の現在のインテリア 外観からは想像できない
壁紙のインパクトが大きかったですね。
嫌いじゃありませんけど この家に住んでいたら
ちょっと飽きそうな・・・。 -
1階に戻ると リビングの大き目の窓の下にもラジエーターがありました。
そうそう、バスルームにもラジエータ ありましたよ。
全館暖房設備完備。 -
白く塗られた外壁。黄色い屋根。
宇都宮に建てられた当時 桜通りのホワイトハウスと呼ばれました。
たいそう目立つ建物だった事でしょうね。
格子状に組まれた透かし壁のデザインが印象的です。
かわいいおうちと言った雰囲気。
セントラルヒーティングに水洗トイレ、バスルーム付
宇都宮市民の羨望の的だったでしょう。
そして 75年も使い続け 良く残ってくれました。 -
今日は 期待して行った茂木駅周辺では 特筆するような古い建物を見る事は出来ず
営業をやめてしまった店舗ばかり見る残念な気持ちで車を出す事に。
しかし、お昼を食べるのに寄った道の駅もてぎで
思いがけない 興味深い建物を見る事が出来ました。
古田土雅堂の事は全く知らず
明治末期に輸入住宅を持ち帰ったあめりか屋の他に
自分で輸入住宅キットを持ち帰った人が居た事も知りませんでした。
古田土雅堂と言う人物も
ノリタケの前身である森村ブラザースでデザイナーをしていた事
世界的科学者の高峰譲吉博士との関わりなど
色々興味深い方でした。
前半 う~んなレトロ探索は結果 まりも母にとって「合格」な日となりました。
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