2016/09/20 - 2016/10/14
425位(同エリア1988件中)
さわ子さん
2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。
旅程の概略です。
★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。
★ 9月21~22日 オスロ泊。
★ 9月23~24日 ベルゲン泊。
★ 9月25日 フロム泊。
★ 9月26日 ベルゲン泊。
★ 9月27~28日 ストックホルム泊。
★ 9月29日 船中泊。
★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。
★ 10月2~4日 タリン泊。
★ 10月5~7日 リガ泊。
★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。
★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。
★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。
この9回目の旅行記は、ストックホルムでユールゴーデン島のヴァーサ博物館、プリンス.エウシェン美術館、ティールスカ.ギャレリーを訪れ、夜のガムラ.スタンも散策した記録です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝7時15分です。これから朝食に行きます。昨日の晴天から1転して雨のストックホルムとなりました。今日は、ユールゴーデン島のヴァーサ号博物館、プリンス.エウシェン美術館、ティールスカ.ギャレリーを訪れます。
今日もホテルの部屋から街を眺めます。小雨に曇る朝のガムラ.スタンの景色3枚です。 -
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ジジが選んだ朝食です。このパンは全く美味しくなかったです。
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ババは調理されたメニューを選びました。
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パンは別皿です。ビュッフェメニューは可も無し不可も無しの標準的なものでした。
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8時15分、傘をさして出かけます。
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市電.バスの24時間券を購入するため、この先の地下鉄スルッセン駅に行きます。この道の右側端に駅の入り口があります。地下鉄の駅は"T"の標識で示してあります。正面はカタリーナヒッセン(カタリーナ.エレベーター)の展望台です。駅のキオスクで20SEK安い旧型の紙の券を買おうとしましたが在庫無しとの事でICカードになりました。シニア割引で一人90SEKです。
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バスターミナルからダンゴになった2番のバスに乗りました。
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ここは昨日ハイライトした小型車通行不可の道路です。
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左側に王宮を見ながらガムラ.スタン島の東側を走っています。
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王立公園の北側でバスから市電に乗り換えました。市電はユールゴーデン島に行きますが、44番の市電はスカンセン止まりで、7番の市電が終点のヴァルデマーシュッデ迄行きます。今ノルマルム広場の東側、ノビス.ホテル前を右に曲がっています。市電には検札要員が常時乗車しています。
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扉の付近にあった渡り板です。車両は低床型で段差は少ないのですが、隙間がある場合に使うのでしょうか。使い方や使用条件が分かりやすく表示してあります。必要になる場合は、前述の検察要員が助けてくれるのでしょう。
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運転手と会話する場合のために穴あきガラスが使われています。
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ユールゴーデン島の北方民俗博物館前で下車しました。
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ヴァーサ号博物館周りの地図です。左側の北方民俗博物館と下側の子供が楽しめるユニバッケンが示されています。
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この重厚な建物が北方民俗博物館です。
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こちらのユールゴーデン島に渡るユールゴーズ橋と対岸を振り返っています。
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この場所は、「ガレー船埠頭」"Galärvarvet"で、下にはこの付近の博物館等が表示してあります。食事が出来るかどうかも分かります。
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ヴァーサ号博物館は10時開館のため、付近をうろうろし30分程待ちました。ヴァーサ号は、1961年に海底から引き上げられた後、大きな船体の保存処理を行うため、一時的に現在の場所から400m南に「ヴァーサ号のドック」"Wasavarvet"と呼ばれる仮の建屋が造られて収容されました。現在「ユールゴーズ線」と言われるストックホルムの古典電車の車庫の奥で、海上に突き出した場所です。
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現在のヴァーサ号博物館の周りは、多くの木々に囲まれています。
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9月末ですが、既に木々も色づき始めました。
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ヴァーサ号博物館の入り口です。入り口の左側に特異なデザインの博物館建屋があります。
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館内の案内図です。入り口を入るとそこは4階だそうです。中央は大きく吹き抜けになっていて観覧フロアーは2階から見通し席の7階まであります。まず4階で船体を眺めた後6階から下りてくる事にしました。
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ヴァーサ号のヘッドと呼ばれる船首の突き出した部分です。この部分は引き上げ時には、船体には付いていませんでした。海底にあった時に分解しバラバラになっていたのでしょう。引き上げ後の海底捜索で残骸を拾い集め、一部新造して復元しています。
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右舷のヘッド部分です。右端の木像も含め何箇所かの欠損が見られますが、良く海底から拾い集め、上手く位置の特定が出来たものだと感心します。
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上掲の写真の下部です。繊細な透かし彫りの装飾がなされています。船の部材や彫刻は鉄釘で停められていたようで、この鉄釘が錆びて崩れ分解に至るようです。
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右舷の船首とヘッドの取り付け箇所です。中央上部で足元に犬がいる戦士の木像は、6階にコピーが展示してある木像のオリジナルです。この木像の右下には大きな船首の損傷が見られます。
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船体の砲口から内部をのぞいています。砲身は全て取り外されていて木製の車輪付き砲台は残されているようです。砲身は沈没後4年以内に64門の内50門以上が引き上げられたそうですが、大部分は他船に転用されたか鋳造しなおしている筈なので残ってはいないでしょう。
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ライオンの頭の飾りが付いた砲口の扉です。
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右舷船尾のクォーター.ギャラリーと呼ばれる部分です。この部分も沈没中にバラバラになり船体から外れていました。
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スターンと呼ばれる船尾を見上げています。この部分もバラバラになった部材や彫刻品を集め、一部新造して復元されています。船体の外壁で新しい板とオリジナルの板との違いが良く分かります。
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上掲写真の下部です。船尾にも大砲が設置してありました。砲口の扉が上がった砲門の上部の円形の穴も砲門です。
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エレベーターで6階まで上がります。入り口があった床は4階となっています。このエレベーター内の図面を見ると、4階の床面はヴァーサ号の喫水線と同じにしてあるようです。従って4階は小船で海上からヴァーサ号を眺めるような状態になっています。
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6階に上がりました。この6階にはヴァーサ号の装飾彫刻のコピーが展示してあります。これはフィギャー.ヘッドと呼ばれ、船首を飾る彫刻のレプリカです。
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ババの横の作品は、前掲の写真で右舷の船首とヘッドの取り付け箇所にあり、犬がいる戦士の木像です。彩色して当時の様子も再現しています。
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船首にあり、錨を釣り上げるためのキャットヘッドと呼ばれる梁の下にある装飾彫刻のコピーです。テーブルの下に隠れて自滅の儀式を行うポーランドの貴族を表しているそうです。このモチーフは、当時のスウェーデンの敵であるポーランド人を嘲笑することを目的としていました。
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ヘッドの先端にオリジナルのフィギャー.ヘッドが付いています。
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船首とヘッドの後部です。矢印で示す部品がキャットヘッドです。向こうの左舷側のキャットヘッドは新造品のようです。
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拡大しました。矢印"A"は、右舷の船首とヘッドの取り付け箇所にある犬がいる戦士の木像です。矢印"B"は、キャットヘッド下にあるポーランドの貴族の木像です。
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右舷の船尾方向を撮影しています。中央右寄りに見えるメイン.マストはオリジナルなのでしょうか、柱の中が朽ちて空洞になってしまっているようです。メイン.マストの後ろのミズン.マストは新造のようです。
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右舷の船首方向です。マストを支え、また縄梯子にもなる張索も再現されています。最上甲板の床は、ほぼ新造になっています。最上甲板の下の砲列甲板は、ほとんどオリジナルの床板のようです。
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オリジナルでしょうか、リュートを演奏する智天使(Cherub)の木像です。船尾の上部区画、船尾キャステルと呼ばれた場所にあった操舵室の装飾だったようです。後で模型のヴァーサ号で場所を見つけました。
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これが船尾キャステルの説明です。この船内の区画は、主に士官の居住区画になっていました。この博物館は、昔から日本語での説明がこのように付いていました。
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右の装飾彫刻は、左舷の船尾で下階ギャラリー尾端角に飾られていた木像のコピーです。
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これは4階から見上げたスターン中央ですが、矢印の木造がそのオリジナルです。
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右舷の下階のギャラリーの端です。
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右舷の上階ギャラリーを見上げます。
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船尾のスターンの装飾です。オリジナルと複製の木造の違いが良く分かります。
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スターン最上部の装飾彫刻は、若き君主であるグスタフ.アドルフに冠を授けるグリフィンです。
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スターン中央には2匹のライオンに支えられたスウェーデン王国の国章の彫刻があります。
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下部中央には王冠を被ったヴァーサ王朝の紋章である束ねた藁と、それを支える二人の智天使(チェラブ)の彫刻があります。更にその両側には戦士の彫像です。一番左の戦士は未だ見つかっていないのでしょうか。面白い事に、下に掲載する館内にあった説明図の戦士の姿態は実物と違っています。まだまだ復元が続いていて、描き換えるのが大変なのでしょう。
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スターンの装飾彫刻の説明図です。
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左舷の船尾から船首方向を望んでいます。ヴァーサ号はマストの1段目までが再現され張索で支えられていますが、張索の船体側は特別に補強がなされているのでしょう。
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左舷船尾の2層になったクォーター.ギャラリーです。クォーター.ギャラリーは、ヴァーサ後以前の帆船では船体から突き出たバルコニーで、屋根は無く開放された場所でした。
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船首部分の最上甲板です。写真の中央にキャプスタンが見えています。巻き上げ機の役割のキャプスタンは、錨索の釣り上げや張索の引っ張り、ボートの上げ下ろし等に使われていました。
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勇壮なヴァーサ号の肖像画(?)です。
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5階に下りました。この階展示のハイライトは、乗員の船上生活、活動を説明する模型です。ここは士官の居住区画です。
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こちらは6階の展示で説明したリュートを奏でる智天使のコーピーです。後掲でこの設置場所が操舵室である事が船内模型で判明します。
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上下2段になっている砲列甲板の上階甲板の模型です。
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船内の様子を表すカット.モデルを3枚の写真に分けて掲載します。
これは船の前部です。 -
中央部です。最下層中央に上階の床をぶち抜いて火を使う炊事室が設けられています。特に煙突のような排煙装置はなく、煙は船内に流れていったようです。
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船の後部の内部です。
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船の後部、船尾キャステル区画を拡大しました。ここは船長や士官クラスの上級船員、戦士の居住区画でした。その手前に操舵棒がある操舵室があります。操舵は、操舵棒(Whipstaff)を左右に傾けると支点の下で繋がった舵棒(Tiller)が右左に動き船尾の舵が操作されます。
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操舵室を拡大しました。リュートを演奏する智天使の木像が壁面上部に見えます。
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炊事室を拡大しました。この部屋は裸火を使うので壁面はレンガで覆われています。
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上階の砲列甲板の様子を拡大しました。当時の大砲は砲口から火薬と砲弾を挿入しなければならないので、砲手はこの長い棒を使います。
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ヴァーサ号に乗り組む予定の445人の人員です。大きく分けて145人の船員と300人の兵士です。右上に副提督や船長を含む幹部船員、左上に船員達、下には兵士達が描かれています。
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砲車に固定された大砲です。17世紀の引き揚げで残されていて、今回引き揚げられた大砲でしょうか。
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5階から見下ろした10分の1のヴァーサ号の模型です。
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4階に戻ってきました。ヴァーサ号の事故や引き上げに関する展示を観覧します。ヴァーサ号は竣工後の処女航海で、ちょっとした横風を受けて横転沈没しました。船はオランダの経験を積んだ技術者の設計でしたが、結果的に復元力が不足した船になっていたための事故でした。
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これはヴァーサ号の中央断面の模型ですが、固定バラストとして船底に積み込む岩石に充分なスペースが与えられていなかったと指摘されています。
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これは17世紀に使われていた海中での作業用の装置です。この釣鐘型の装置を使って高価だった大砲を沈没後の1664年から1665年に掛けて50門以上引き上げています。
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これが装置利用の様子です。ヴァーサ号は30mの海底に鎮座していたので、砲列の高さが船底から10mとしても2気圧ほどの水圧を受けるので、釣鐘の中の空気容積が半分になります。気圧の上昇も含め、作業者は大変な苦労をしたのでしょう。
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こちらは1957年から始まった引き揚げ作業を説明する模型です。まず海底の泥に埋まっている船体の下に引き揚げ用のロープを通す6本のトンネルを掘ります。次は2隻の特製の水タンク船にロープを繋ぎます。後は水タンク船の水を少しづつ抜いていき浮力を付けて海底のヴァーサ号をゆっくり引き揚げます。この模型では、引き揚げ作業工程開始前の状況でしょうか。水タンク船はほぼ満水の状態でほとんど海中に沈み込んでいます。
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海上の様子です。水タンク船がほぼ全没で、甲板がかつかつ見える状況です。
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引き揚げ作業の準備が終わり付き添いの作業船も代わって水タンク船の水抜き工程の開始です。少し船体が上がった様子でしょうか。この後少しずつ海中の高さを上げながらドックに移動させます。
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ドックの近くで最終の引き揚げ作業を実施します。遂に船体の上部が海面に露出しました。
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4階から2階に下りました。2階はヴァーサ号の船底が固定されている床になります。そこから船尾を見上げています。2箇所の砲口の上部は殆どバラバラになって海底に散らばっていた部材、彫刻品を拾い集めて復元したものです。
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左舷のギャラリーを見上げています。まだ欠損箇所が見られますが、回収物で当てはめられていない物もあるのでしょう。
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この4枚の写真は、帆船が建造される工程を模型で示しています。まず竜骨と呼ばれる船の背骨を立ち上げます。スータンも立ち上がっています。
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船底が完成し、一部のリブが立ち上げられています。
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全てのリブがほぼ完成し、甲板の梁も取り付けられました。砲口は、リブがこのように完成した後にくり抜かれます。
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これは当時の造船場の様子です。木製の起重機のようなものも見えます。
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ヴァーサ号の模型です。
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左舷後半部です。当初の彩色は、スウェーデン国旗の空色と推定されていたようですが、この模型では赤色になっています。外板塗料の分析で判定されたのでしょう。赤色は、ヴァーサ王朝の紋章の赤地に金色の藁の束の赤地と同じです。
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船尾スターンです。華麗な装飾が施されています。この模型も智天使に支えられたヴァーサ王朝の紋章がある階層の戦士像が実物と違っています。これを見ると今でも復元作業が続いている事が分かります。
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船首部分です。
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左舷を船首側から後方を眺めています。
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これはヴァーサ号の引き揚げ後船体を格納し、主に保存処理のために建てられた仮設の建屋です。
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この仮設建屋で、ポリエチレン.グリコール薬液の噴霧で船体の保存処理が1962年から1979年まで実施されました。ジジが1973年に訪れたのはこの状態のヴァーサ号でした。保存処理の噴霧が終了した後、船体の補強と復元作業が行われました。そして1988年に、その1年前から建設が始まった現在の博物館に移されました。
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これは1972年版のカタログです。表と裏を写しています。
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これは1973年発行のガイド.ブックです。イラストが多く使われている分かりやすいい38ページの本でした。
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こちらは2016年に入館した時のカタログです。日本語版もありました。
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1時間20分ほどヴァーサ号博物館に滞在して次の訪問先のプリンス.エウシェン美術館に向かいます。又市電に乗って終点のヴァルデマーシュッデ迄行きます。ヴァーサ号博物館前から眺める北方民俗博物館です。
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今日訪問する、右側のプリンス.エウシェン美術館と、左のティールスカ.ギャレリーのパンフレットです。
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市電に乗りました。スカンセン停留所前に見えたサーカス.アレーナの建物です。
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この路線の一部の市電は、このスカンセンが終点になっています。左手にスカンセンの引き込み線を見ながらヴァルデマーシュッデ向け市電は走ります。
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終点のヴァルデマーシュッデで市電を下車し海岸沿いを歩いていきます。
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周りは海に突き出したような森が見られます。
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ユールゴーデン島の観光案内図です。今日は"A"のヴァーサ号博物館に行き、次いで"B"のプリンス.エウシェン美術館と"C"のティールスカ.ギャレリーに行きました。途中、赤い楕円に囲まれたカクネス塔前でバスの乗り換えをしました。
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綺麗に並んだ分別用の立派なゴミ箱です。この近くにはほとんど住宅はないので、ヨットの利用者が使うのでしょうか。
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今から行くプリンス.エウシェン美術館の案内板。
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紅く紅葉した木々が見られます。
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水辺にも。
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遠方はヒルトン.ホテルもあるセーデルマルム島です。ヴァイキング.ラインのターミナルが正面に見えます。接岸しているのは1985年竣工で37,799総トンのマリエッラ号です。今夕ヘルシンキに向かうのでしょうか。
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プリンス.エウシェン美術館は、このような森の中にあります。
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森の小道が続いています。
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さあ美術館に入って、カメラをEOSに換えようと思たらリュックを背負っていない事に気づきました。今までは、電車を降りて直ぐに気がつくのですが、今回は降りて随分歩いてきたのに二人共全く分かりませんでした。市電に忘れてきたのです。さあ大変、急いで市電の停留所に戻ります。
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やってきた市電の運転手さんに事情を話すと直ぐに電話をしてくれ、忘れ物をした市電が見つかったようで、「暫く待てば、11番の運行番号を掲げた市電が運んでくるので、ここで暫く待ちなさい」と親切に助けてくれました。この市電の終点は、イタリア大使館の外周を一回りして方向を変えています。
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市電の停留所はヨット.ハーバーに面しています。のんびり海を眺めて時間を過ごします。通常リュック.サックには、重いカメラ以外の貴重品は入れていません。過去にパリやマドリードで背負っているリュックが開けられ、中を荒らされた事があったからです。カメラを入れている時は、必ず前に抱えて持っています。
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30分ほど待って11番の運行番号を掲げた市電がやってきました。女性の運転手さんです。おそらく運行途中ですれ違いの電車から受け取ったのでしょう、非常に早く持ってきてくれました。感謝、感謝です。
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元来た道を美術館に向かいます。
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プリンス.エウシェン美術館に入りました。この美術館は、スウェーデン王オスカル2世(1829-1907)の末息子として生まれたエウシェン王子(1865-1947)の館として1905年に完成しました。王子は、自身も絵を描き、また絵画の収集家でもありました。特に若い芸術家を助けるために彼等から買い入れた絵画も多くあります。
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邸宅の1階は、主に公の活動のための部屋が並んでいますが、この緑色の壁面の部屋は、私的な読書室だそうです。椅子の背当てや座板も緑色で統一してあります。
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右壁面には立派な大理石の暖炉が見えます。その上にはエンシェン王子の胸像でしょうか。
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部屋の中央にあるテーブルに可愛い花が飾ってありました。テーブルのガラスの反射も綺麗です。右奥は客も迎える居間になっています。
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この絵を含め8枚の絵画は、スウェーデンの画家ジュリアス.クロンベルク(Julius Kronberg:1850-1921)の作品です。彼は王立美術アカデミーで学んだ後、23才から39才までコペンハーゲン、デュッセルドルフ、パリ、ヴェネツィア、ミュンヘンへ旅し、27才の時からローマに定住もしています。
この題名は「不眠症」です。 -
こちらは「新しいお友達」です。 帽子を被り子犬を連れた女の子が描かれている、似た題材の絵も存在しています。
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これは「学校の初日に遅刻」です。
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これは「弓を引くキューピッド」です。ルネサンス期のキューピッドに比べると近世絵画では、写真のような姿に描いています。
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これは「サッポー」です。サッポーは古代ギリシアの女性の恋愛詩人です。この題材でも別作があります。
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こちらは「サッポー」のスケッチ画です。
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これは「バルコニーでのロメオとジュリエット」です。
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これは「ダヴィデとサウル」です。サウルは、旧約聖書『サムエル記』に登場する紀元前10世紀頃のイスラエル王国の最初の王です。場面は、ゴリアテを討った勇者で竪琴の名手でもあったダヴィデが竪琴を奏でサウルから悪霊を追い出しています。
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主に人物画を描いたアーンシュト.ユーセフソン(Ernst Josephson:1851-1906)の作品「ダヴィデとサウル」です。上掲のジュリアス.クロンベルクの絵と同じ題材です。
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スウェーデンの女性画家ジェニー.ニューストロン(Jenny Nystrom:1854 - 1946)作の「デンマーク王ハンス(1455-1513)の前のグスタフ.ヴァーサ(1496-1560)」です。デンマーク王ハンスは、ノルウェー王とスウェーデン王にもなっています。グスタフ.ヴァーサは、デンマークからの独立を達成しスウェーデン国王になっています。画家のジェニー.ニューストロンは、多くのクリマス.カードの挿絵を描いています。
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アーギュスト.マルムストレム(August Malmström:1829-1901)作の「ゲームで遊ぶ子供達」です。
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同じアーギュスト.マルムストレムの作品で、 通過する馬車に門を開けてくれてありがとうとして投げられた硬貨を取り合う子供たちがモチーフになっています。
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スウェーデンの女性画家のファンニ.ブラーテ(Fanny Brate:1861-1940)作の「休みのひと時」です。彼女はパリで学び、主にインテリアを手がけ、絵画では家庭でみられる幸せな情景を描きました。この絵の情景は、世界中どこでも見られる女性の井戸端会議でしょうか。
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スウェーデンの風俗画家で肖像画家でもあったアマーリア.リンドグレーン(Amalia Lindegren:1814-1891)作の「朝食」です。
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上流社会から農民社会まで幅広い層の人々の生活を描いてきたヒューゴ.サルムソン(Hugo Salmson:1843-1894)の作品「カブ畑 」です。
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公の区域にある居間です。
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居間の中央にあるテーブルには綺麗な花が飾られています。
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居間の扉の上の単色画です。
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カール.ラーション(Carl Larsson:1853-1919)の作品で「母性(胸にブリタを抱くカリン)」です。
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花の部屋と名付けられていますが、応接間でしょうか。部屋の2面に大きな窓がある明るい部屋になっています。
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窓のそばには花が溢れた大きなプランターが並んでいます。
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ダイニング.ルームです。大きなシャンデリアが上から柔らかく灯しています。
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テーブルの上の花飾りです。
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1時間ほどプリンス.エウシェン美術館に滞在して庭に出ました。紅葉が綺麗な木々が多い庭です。
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何の木の実でしょうか?
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次に同じユールゴーデン島の東端にあるティールスカ.ギャレリーに行く計画ですが、ここから2.3Kmほど離れています。直接ここから行けるバス路線が無いので一旦セルゲル広場近くまで市電で戻る事にしました。1時過ぎになったので、そこで昼食を摂ります。これは今日の昼食は、市電7番線の路線図です。
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ノーディスカ.コンパニー(NK)デパートメントに入りました。ここのフード.コートで昼食です。建物は中央に大きな吹き抜けを設けています。
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5階のフード.コートに上がりました。
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ボタニク(Botanique)というサラダ.ミールの店に入りました。
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メニューで料理を選び料金を払うと、このUFOみたいな受信機を渡されます。これがジリジリと鳴ると、オーダーした食事をとりに行きます。
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今日のジジのランチはこれです。
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ババのランチはこれです。この店のメニューには、"MISO"や"SHIITAKE"などの日本の食材が入った料理が出てきます。また"UMAMI"ドレッシングも出てきました。
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ホオズキを思い出す形の電灯です。
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王立公園の前から69番のバスに乗ります。
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NKデパートを出て少し歩き、ベルツェリー公園沿いのニーブロープラーンからガイドブックに従いティールスカ.ギャレリー行きの69番のバスに乗ります。後でこの写真を良く見ると、途中のカクネス塔行きと表示されています。
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このバスの終点のカクネス塔で下車しました。ドライバーは、次のバスは目的地のティールスカ.ギャレリーに行くとの事で、ここで待ちます。青空が見えていますが小雨がまだ降っています。
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今回はカクネス塔に上がっていませんが、ジジの1973年の旅でこの塔の展望台から撮影した写真を掲載します。塔の展望台から西南西の方向を眺めています。左側にユールゴーデン島です。写真の左下方には、右から海洋博物館、科学技術博物館、民族学博物館が見えています。
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中央部を拡大しました。右に市庁舎、中央に王宮、その左寄り手前に北方民族博物館が見えています。天気が良ければ最高の展望台です。
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カクネス塔前で15分程待って次のバスに乗りました。バスは森の中を走って行きます。
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ようやくティールスカ.ギャレリー前に着きました。バス停近くにある道しるべの案内板です。広い敷地なので、この案内板は入り口を示す良い標識になります。
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建物前のブロンズ像です。ティールスカ.ギャレリーの建物は銀行家アーネスト.ティール(Ernest Thiel:1859-1947)の邸宅で、彼が収集した美術品が展示してあります。
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建物は白いファサードを備えたアール.ヌーボー様式で1907年に建設されました。しかし15年後に邸宅と収集美術品の売却を余儀なくされ、1924年に州が買取り1926年から公共の美術館になりました。
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まず美術館の2階に上がります。階段の両側の壁にアルバート.エングストーム(Albert Engström:1869-1940)の単色画が掲げられています。この画家は、風刺画で名を馳せました、
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「淑女への演説」です。
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「新しく赴任した牧師のニンニク 」です。
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「それほど地味ではない夜行性の放浪者 」です。
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「グランドファミリーディナーに向かう途中のコーリンゲン 」です。コーリンゲンは、アルバート.エングストレムが作り出したジョーク.キャラクターです。コーリンゲンはセーデルマルム出身のアルコール依存症のゴミ回収屋さんで、パロディなエレガンスと無礼なユーモラスなラインが特徴です。
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野生動物を得意とする画家ブルーノ.リリエフォッシュ(Bruno Liljefors:1860-1939)作の「冬の兎」です。
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こちらはブルーノ.リリエフォッシュがハヤブサの巣の描画の練習のため制作したものです。
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風景や肖像の画家リッカルド.ベリ(Richard Bergh:1858-1919)作の「騎士と乙女」です。
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この絵から8枚は、フランス印象派の画家に多大な影響を与えたとされるカール.ラーション(Carl Larsson:1853-1919)の作品です。彼は自身の家族を題材として当時の中流階級の日常生活の作品を数多く残しました。
この絵はアーネスト.ティールの娘のシグネ.ティール(1885-1969)を描いています。 -
これはアーネスト.ティールの娘のタゲ.ティール(1909-1990)の肖像画です。
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こちらも同じアーネスト.ティールの娘のインガ.マリア.ティール(1913-1996)の肖像画です。
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これは「白樺の下 」です。
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ランチや飲み物持参で読書する女性を拡大しました。
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この絵の題名は「ランプの周りで」です。家族の夕食の場面でしょうか。
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この絵の題は「アザレア」です。
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これは「オスカー.レバーチンの肖像画」です。この人物は、スウェーデンの詩人、批評家、文学史家でした。
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これは画家のカール.ラーションの母親の肖像画です。
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ここから4枚はカール.ウィルヘルムソン(Carl Wilhelmson:1866-1928)の作品です。
この絵は「ブーヒュースレーンの夕景」です。ブーヒュースレーン は、スウェーデン南部で西岸の地方です。 -
これは「女性画家たち」です。
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これは「土曜日の夕方」です。
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これは「ウプランドの農夫たち」です。ウプランドは、ストックホルムの北の地方です。
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ムンクの作品を展示するムンク.サロンです。
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ムンクの作品3枚です。これは「3人の子供」です。
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これは「橋の上」です。
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これは「病める子 」です。
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美術館2階から北東の方向を眺めています。朝から小雨が降っていましたが、この晴天になりました。
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邸宅の美術館は林の中にありますが、小さいながらも芝生の庭があります。
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ティールスカ.ギャレリーには45分程滞在してホテルに帰ります。69番のバスに乗ってニーブロープラーンまで戻り、少し歩いて王立公園前で2番のバスに乗り換えました。
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バスはユールゴーデン島東側の林の中を走って行きます。
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市電も並走するストランドヴァーゲンの海岸通を走っています。
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バスを乗り換えてヒルトン.ホテル前のバス.ターミナルに戻ってきました。一旦ホテルの部屋で休憩です。
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ヒルトンホテル本館の手前からガムラ.スタンを望んでいます。
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ちょうど地下鉄が走ってきました。
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我々の部屋がある南側の別館です。矢印の7階の部屋で四つの窓がある北端の角部屋です。この別館は、本館からの地下通路を通って入ります。
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部屋に戻って夕方の景色を眺めます。手前の建物はヒルトンホテルの本館です。遠くにガムラ.スタンの建物群です。
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北東の方向を眺めています。海の向こうはシェップスホルメン島の王立芸術協会で、その向こう遠くにカクネス塔が見えています。
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右にリッダーホルム教会、左に市庁舎です。
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今夜はストックホルムの最後の夜です。明日はシリア.ラインのクルーズ.フェリーでヘルシンキに移動します。夜景を見るのとシリア.ラインのターミナルに地下鉄で行く場合の下見に外出します。夜7時半ですが、まだ西の空は薄明かりです。写真左側にヒルトンホテルの本館です。
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同じ場所から北の方向を望みます。
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薄暮の北西の方向にリッダルスホルメン島の莉ダーホルム教会の鐘楼が中央に聳え、その左に市庁舎の塔です。
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歩道の道路表示です。
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ガムラ.スタンの東岸を歩いてきて王宮前で一服です。
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王宮の前から北東の方向を眺めています。右にグランド.ホテル.ストックホルム、左にスベンスカ.ハンデルスバンケン(銀行)の建物です。
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シェップスホルメン島です。静かにフェリー.ボートが手前を航行していきます。
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ガムラ.スタンから王立公園に渡るストロムブロン橋(Strombron)の上から南西方向を望んでいます。写真中央で右寄りに国会議事堂、左に王宮です。
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同じストロムブロン橋の上から西の方向を望んでいます。右に王立歌劇場、左端に国会議事堂です。中央にノールブロン橋(Norrbron)です。
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ストロムブロン橋を渡って王立公園南側から2番のバスに乗りスルッセンのバス.ターミナルに帰ります。暗闇の中の王宮が見えています。
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ガムラスタン海岸通りの中程のスロッツバッケン(Slottsbacken)を通過します。
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例の小型車通行不可の道路です。
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この写真は翌日に撮影したカタリーナヒッセンです。この近辺も広い地域で再開発の工事が進行中で、残念ながら良い写真が撮れませんでした。工事用の柵の上の中央にエレベーターの構造物、その右側に陸橋とその中間にあるKFビルが見えます。現在はエレベーターは稼働してなくて、KFビルのエレベーターを利用します。
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カタリーナヒッセン(カタリーナ.エレベーター)に上がって夜景を眺めます。この建造物は、もともとセーデルマルム島の丘と海岸沿いの低地を結ぶ連絡通路として1883年に完成しました。水平の陸橋とエレベーターの組み合わせです。規模は小さいですが、これと同じ建造物が1902年に完成したリスボンのサンタ.ジュスタのリフトです。カタリーナヒッセンのエレベーターと陸橋は1936年に更新され、同時に陸橋の中間にあるKFビル(KF-huset )も建設されました。また新しい陸橋の下にぶら下がったようにレストラン.ゴンドレンも新設されています。その陸橋から街の夜景を眺めています。西の方向に私立博物館が眼下に見えます。右端にヒルトンホテルの本館も見えています。
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東北東の方向の眺めです。手前にある小さなカステルホルメン島を超えた景色です。右側の塔はスカンセンの南にあるグローナルンド遊園地の塔です。中央の低い塔はスカンセンの中のブレダブリック.タワーです。左側の塔はカクネス塔です。
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東の方向の眺めです。右にセーデルマルム島の北岸のフェリーやクルーズ船の岸壁です。
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北北西の方向です。ガムラスタンの西岸を眺めています。
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北西の方向です。中央の青白く光る塔は市庁舎です。
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カタリーナヒッセンを下りて更に地下鉄のスルッセン駅に下りました。明日のシリア.ラインのフェリー.ターミナルに行く場合を考えて下見にきました。
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この駅はどこの国でも見られる駅と同じで、ストックホルムで有名な岩盤をくり貫いたままの駅ではありません。
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右側のオレンジ色の地下鉄線の北行きで、ここスルッセンから5番目の駅のガーデットで下車する事になります。駅から歩いて20分程だそうです。
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スーツケースを持っての移動で重要になるのは駅にエレベーターかエスカレーターがあるかどうかです。スルッセン駅にはありました。檻のようなエレベーターが。でもタクシーでホテルから直行する事にしました。明日は午前中は街歩きに使い、午後にターミナルに行きます。
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