2016/09/20 - 2016/10/14
309位(同エリア732件中)
さわ子さん
2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。
旅程の概略です。
★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。
★ 9月21~22日 オスロ泊。
★ 9月23~24日 ベルゲン泊。
★ 9月25日 フロム泊。
★ 9月26日 ベルゲン泊。
★ 9月27~28日 ストックホルム泊。
★ 9月29日 船中泊。
★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。
★ 10月2~4日 タリン泊。
★ 10月5~7日 リガ泊。
★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。
★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。
★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。
この21回目の旅行記は、ラトヴィアのリガからリトアニアのヴィリニュスに移動し、2箇所の美術館を訪れた記録です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ヴィルニュスへの出発前にホテル近くを最後の散策です。ホテルの北東側からクラム通りを歩いていきます。すると左に広場が現れ、レストランのオープンエアー.レジャーパーク.イーグルが広場の中央に陣取っています。周りには、石でできたいろいろな人形.動物オブジェを並べています。
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ババは大きな石を持ち上げる金具と遊んでいます。右手には巨人の石像が立っています。
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これは猪でしょうか。
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大きな蛙です。
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これも大きな蜘蛛なのでしょう。
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クラム通りに繋がるクング通りの入り口です。左側の建物は、戦後しばらくして建てられた建物で、右側はブラックヘッドの会館の再建と同じ頃に建てられた建物です。中央遠くに見えるのは、ここから3Km離れたダウガヴァ川の中州に建つリガのラジオ.TV塔です。
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クング通りを右に曲がって市庁舎広場に入ります。市庁舎の建物の正面です。空襲で大破していましたが、更地にはならず、残骸を元に以前の姿に復元されています。
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市庁舎前にある建物内のおみやげ屋さんです。ここにも石の置物が飾ってあります。
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市庁舎広場の南側にある1999年に再建されたブラック.ヘッドの会館と左隣りのシュヴァーブ.ハウスの尖塔です。ブラック.ヘッドの会館のファサードが後ろに下がっているのが分かります。
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ブラック.ヘッドの会館のファサードを拡大しました。手前にサン.ジョルジョ(セント.ジョージ)のドラゴン退治の像です。
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広場で見つけたマン.ホールの蓋のような標識をよく見ると「リーガに初めてクリスマス.ツリーが登場したのは1510年」と日本語で書かれています。
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市庁舎前広場から西に、ダウガヴァ川に架かり市電も走る「アクメン橋(石の橋)」の方向を望みます。右端に戦後の建物のリガ工科大学、左端にラトヴィア占領博物館が見えます。この橋は1957年にレーニン生誕100周年記念して架橋され1992年まで「10月橋」と呼ばれていました。10月はロシアの革命記念の月です。この橋の対岸のウズバラス通りとレニーン通り(現在のカエウ通り)を接続して旧市街とソ連軍勝利記念公園とを一直線で結んでいます。橋が建設された当時は、市庁舎広場はブラック.ヘッドの会館も含めクング通りの東側まで完全な更地、緑地帯になっていました。
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市庁舎前広場の端にある記念碑です。ラトヴィア占領博物館(旧レッド.ライフルマン博物館)と対で1977年に建てられました。台座の上に置かれた高さ13mの3体の石像があります。記念碑の建設時の碑文によると、彼らは「コミッサール(政治官僚)、若い都市労働者、年寄りの農夫」で、輝線と制服、五芒星が描かれた帽子を被っています。レーニンとロシア革命を守るために結成されたラトヴィア人による銃撃隊を讃えた記念碑でした。2000年にラトビア歴史家委員会の決定により、元の碑文が記念碑の麓から削除され、新しい碑文が台座に刻まれました。それは簡単に「ラトビア人のライフルマン.1915-1920」です。
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ダウガヴァ川対岸でウズバラス通りの南側に、モダンな建物の国立文書館が見えます。
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ホテルに戻ってきました。部屋の窓から北西方向の大聖堂を眺めます。右端に聖ヤコブ教会の緑青の尖塔も遠くに見えます。
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ホテルの窓からサヨナラの記念写真です。
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2003年春の旅ではリガの郊外、北東にあるラトビア民族学野外博物館に行きました。新市街のラトヴィア大学近くのバス停から1番のバスに乗りました。前もって運転手さんに降りるバス停を教えてくれるように頼んでおきました。この野外博物館は、1924年にジュグラ湖のほとりのベルギに設立されたラトビアの伝統的、文化的モニュメントの野外博物館で、ヨーロッパで最も古い博物館の1つです。17世紀の終わりから1930年代の後半にかけて、ラトビアの歴史的地域であるクルゼメ、ヴィドゼメ、ゼムガレ、ラトガレに建てられた合計118の建物が博物館に移されました。
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これは旧ウスマ教会の内部で、このウスマ福音ルター派教会は、クールラント公爵夫人が寄進した神聖な木造建築の典型的な17-18世紀の建物です。もともとはクルディガ地方レンダ教区のウスマ湖のほとりにありました。丸太を使って1704年から1705年に建てら、1808年に拡張されました。そして1935年、教会は解体され、貴重な文化財としてこの野外博物館に移されました。
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板張りの教会天井に描かれた奏楽の天使の絵画です。
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クールラント地区のアルスンガの十字架です。教会から遠く離れた場所でもお祈りができるように建てたのでしょう。
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タリンの野外博物館と違い、細かな家屋の説明ができません。
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ところどころに民族衣装を着た案内人がいました。
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大きな家屋です。
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羽根が6枚の風車です。
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農家の周りです。
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野外で昼食です。曇りでしたが気持ちが良い食事でした。ここで年長の木工職人が製作した小物をお土産に購入しました。
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木々に囲まれた展示施設です。
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家屋の中にも入れます。
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ラトヴィアは小さな国ですが、よく見ると家屋にも少しづつ違いが見受けられます。
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更に、2003年春の旅でリガ駅近くで写したリガの市電です。ソ連圏で標準車両となっていたチェコ.スロヴァキアのタトラ製の市電です。ただ他の国の車両と異なっているのが集電のためのトロリー.ポールです。日本でも路面電車が誕生した当時に採用されていた装置です。市電の進行方向が変わる路線の終点では、トロリー.ポールの方向を人力で変えていました。
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こちらのタトラ製車両の方が古い型のようです。今は自動車も製造するチェコのスコダ製の新型車両が活躍しているようです。トロリー.ポールではなく近代的なZ型パンタグラフを採用しています。
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2両連結ですが後ろの車両はポールを下ろしています。運転席がなさそうで、制御車ではない電動車両のようです。多分、終点のループで回転して方向を変えるのでポールの方向替えは必要ないようです。
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さあ、リガを去ります。ホテルからタクシーでバス.ターミナルへ行きました。どこでもそうですが、ホテルにタクシーを頼むときちんとした車が来て、決してぼられる事はありません。
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バス乗り場です。手前に我々のスーツケースが写っています。勿論ヘルシンキで貰ったムーミンのバケツも忘れてきてはいません。ヴィルニュス行きのバスは2番線から10時35分発で15時に着きます。料金は、シニア割りで一人14.40ユーロでした。
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5分ほど遅れて発車しました。前から2番目の席に座りました。バスはターミナルを出て左に曲がりダウガヴァ川の東岸を南に走って行きます。
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ダウガヴァ川を「南の橋」と言う名の橋を渡ります。前述した「石の橋」の更に北にある「吊り橋」の柱が中央の右寄りに見えています。柱に架かる懸吊索は、珍しい事に左右対称ではありません。懸吊索を支える柱が橋の中間ではないのでしょう。
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ダウガヴァ川の中州に建つラジオ.TV塔です。これも面白いデザインです。
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橋を渡ると町並みを外れ田園地帯になります。
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バスのトイレに入って見ました。飛行機のトイレより狭い空間です。直線の道路が多いので、揺れはほとんどありません。
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車両も新しく綺麗で清潔に保たれています。これは男性も「座って用を足せ」の表示でしょうか。
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小さな手洗いです。
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コーヒーの自動販売機も設置してありました。
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1時間半を過ぎ雨になりました。
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インターネットで日本のアニメが放映されていました。
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座席のテーブルを広げてみました。飛行機のエコノミーより前後が少し広いので楽です。
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途中の国境越えも、昼寝をしていて気付かない内にヴィルニュス市内に入りました。
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こちらは2003年春の旅でヴィルニュスからリガに移動した際の写真です。リトアニアからラトヴィアに入国する車の列です。このラトヴィア側の検問で随分待たされた記憶があります。
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ようやくラトヴィアに入りトイレ休憩です。当時のバルト3国は、それぞれ異なった通貨を使っていたので、トイレで使う小銭がなくて交換に苦労しました。後方は、その時利用したユーロ.ラインズ.バルティック.インターナショナルの国際バスです。
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北からヴィルニュスに入って行きます。右側の建物群は、平面形がおむすび型のユニークなデザインのオフィスビルで、マイクロソフトや銀行等が入っています。
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鉄道駅近くのバス.ターミナルからタクシーに乗り、ピリエス通りでヴィルニュス大学の東側に対面するナルティス.ホテル へ行きます。タクシー乗り場が見つからず、少し離れて駅近くで客待ちしていたタクシーに乗車し、リガと同様にぼられる結果になりました。遠回りして15ユーロ! 正規の2倍です。シニアの旅行者はどこでも良いカモになる覚悟が必要です。
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このホテルは全52室で、ヴィルニュス大学の宿泊所として建てられた複数の建物を繋いで造られています。ホテルの2階221号室の部屋に入りました。入り口の扉を開けるとこの景色です。左手にソファーが置かれた広めのリビング.ルーム、右にベッドルームです。
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窓側からリビング.ルームの入り口側を望んでいます。頼みもしない赤ワインがテーブルに鎮座!していました。
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ベッド.ルームの窓側からの写真です。右奥隅に事務用の机があります。
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リビング.ルームからベッド.ルームを写しています。ベッドの右はバス.ルームへの扉です。
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バス.ルームへの扉の前から全体を写しています。
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カメラを少し左に振りました。
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少々狭く窓が無いバス.ルームです。
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洗面台です。
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2階の階段ホールです。この左側にエレベーターがあります。
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ガラス張りのエレベーターから1階のロビーを見下ろしています。
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エレベーターは1階に着きました。このロビーは、建物の中庭にガラスの屋根をつけて広間にしたものです。正面は、手前の花瓶の大きな花で隠れていますが、レセプション.デスクがあります。
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ロビーには絵画が何枚も掛けてありました。
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1階ロビーの端にあった大きな鏡の前での記念写真です。ロビーの広間は右手で、右横にエレベーター、後方に階段、玄関は左手にあります。
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午後3時20分です。早速街歩きに出発します。
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これは2003年春の旅で3泊した全119室のラディソン.ブルー.ホテル.アストリアの写真です。旧市庁舎の南側にあります。
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我々が滞在する部屋は、西側にある別館でした。
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スタンダードの部屋です。
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吹き抜けの階段ホールです。本館へは2階に道路を跨ぐ連絡通路がありました。
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こちらは今回の旅のピリエス通りのナルティス.ホテルの前面です。我々の部屋は、左側の薄青緑色の建物の2階で右側二つの窓です。
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上掲の建物の右側の濃い肌色の建物にホテルの入り口玄関があります。
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ホテルの右隣りの建物は「署名者の家」と呼ばれています。この1645年に遡れる建物内で、1918年2月16日にリトアニア独立法が20名のリトアニア評議会のメンバーによって署名されました。現在は博物館で、19世紀半ばから、1918年の独立法の署名という重要な出来事を含め、現代のリトアニアの国家成立への道を展示しているそうです。
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これからピリエス通りを南に歩いてヴィルニュス.ピクチャー.ギャラリーに向かいます。ピリエス通りで今来たホテル方向を振り返っています。通りの左側奥にヴィルニュス大学の聖ヨハネ教会の後陣が見えています。
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ピリエス通りの東側にあるこの建物は、当時は改装直後だったようで空き家でした。現在はアータゴニスト.アート.ホテルになっているようです。
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ピリエス通りの南端は3差路になっていて、このロシア正教教会が正面に現れます。今日は土曜日、教会前には市場が開いています。
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3差路で西側のディジョイ通りを歩くと直ぐに通りの東側にヴィルニュス.ピクチャー.ギャラリーを見つけました。この美術館の建物は、17世紀初頭に建てられた旧チョドケヴィチャイ宮殿です。宮殿は絶えず拡張され再建されてきました。19世紀に、現在の後期古典主義様式の特徴的な建物になりました。
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ヴィリニュス.ピクチャー.ギャラリーに入ります。チョドケヴィチャイの家系は、16世紀と17世紀のポーランド-リトアニア連邦内でリトアニア.ルーシ系の最も影響力のある高貴な家系の1つでした。この宮殿は、9代にわたるチョドケヴィチャイ家の館でした。
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階段を上がって2階の大広間に入ります。
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左側にあった扉から大広間に入りました。この大広間は、3連窓がある建物の両壁に挟まれた大きな部屋ですが、中程両端に短い間仕切りがあり、その両側に暖炉が設置してあります。この写真の手前の区画が奥の区画に比べ奥行きが狭くなっています。
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今入ってきた扉の反対側の壁面です。こちらの小さい区画の壁面上部には水色の地に白い装飾が施されています。写真の左端に暖炉が見えます。
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この写真は上掲の写真の裏側になり、大広間で大きい区画の隅です。形が異なった暖炉が見えます。この右裏側に上掲の暖炉があります。
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大広間の隣理の部屋です。大きな肖像画が掛けてあります。
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オープン.ファイヤーの暖炉です。前掲の大広間の暖炉と煙路を共有しています。
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次の部屋です。部屋の隅に暖炉がありません。その代わり、部屋の角に扉が作られています。暖炉の罐焚きの入り口でしょうか。
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この部屋の壁面には、風景や人物の絵画が所狭しと掛けられています。
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更に次の部屋に入ります。立派な暖炉が隅に設置してあります。
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上掲写真の中央に掛かっている絵画を拡大しました。旧市街の西にあり、現在は公園になっているタウラスの丘からの旧市街の眺めです。ポーランド人の風景画家ヨゼフ.マーシャウスキー(Józef Marszewski:1825-1883)の1872年の作品です。絵画の左隅にゲディミナス城とその右下に大聖堂、中央で左寄りにヴィルニュス大学の聖ヨハネ教会の鐘楼、中央で右寄りの双子鐘楼の聖キャサリン教会が見えます。
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次の部屋です。部屋の両壁面の上段に肖像画、下段に風景画が掲げられています。
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ロシアを代表する遠近法の巨匠であるヴァシーリー.サドフニコフ(Vasilijų Sadovnikovą:1800-1879)の1847年に制作した作品で、新古典主義でデザインされたの大聖堂のファサードです。
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これはヴィリュニュス大学の古書室のようです。
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夜明けの門の通りを北から夜明けの門を望んでいます。左に聖テレサ教会です。
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絵画の中央には、旧市街の東側にある宣教師教会としても知られる「主の昇天教会」のようです。ヴィルニュスの元宣教師修道院のために1695年に建てられたカトリック教会です。今日では、国内の美術館の家具保管庫となっているそうです。この元教会のファサードは、ほぼ南を向いています。
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旧市街の北を流れるネリス川の対岸からの眺めです。中央左寄りに大聖堂とその鐘楼が見えます。
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これはヴィルニュス大学内の聖ヨハネ教会です。
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古地図と風景画の部屋です。ここも所狭しとパネルが並んでいます。
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ヴィルニュスの城壁都市を誇張して描かれた地図です。中央左寄りに、後に大聖堂の鐘楼になった城壁の見張り塔が見えます。その右少し上は、聖ヨハネ教会の鐘楼でしょうか。見張り塔の左上には、丘の上のゲディミナス城も見えます。
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手前の王宮と丘の上のゲディミナス城を描いています。1894年の記載があります。現在の状況と比べると、丘の下の宮殿はこの絵のように復元されていますが、丘の上の城は左端の塔だけが復元されています。
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ヴィルニュスが首都になった1323年からの600年を祝い、1923年に制作されたのでしょうか。地図は上向きが真北ではなく、北東の方向になっています。中央に大聖堂があり、右下隅に鉄道駅が見えています。
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中央部を拡大しました。Aは大聖堂、Bは夜明けの門、Cは聖ペトロ&パウロ教会、Dは市庁舎で、Eはヴィルニュス大学内の聖ヨハネ教会です。
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上掲の鳥瞰図と同じ頃の作品のようです。
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中央部を拡大しました。中央下部に大聖堂、左下に丘の上のゲディミナス城の廃墟、大聖堂の左から上方にピリエス通りとディジョイ通り、その先に市庁舎広場が見分けられます。
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美術館の窓から北の方向にディジョイ通りとピリエス通りを眺めています。ロシア正教会の周りは、このように絵の展示販売をやっていました。
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肖像画5点です。いずれも作者は特定できませんでした。
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左上の紋章らしき描き込みがこの婦人に関係しているのでしょう。
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頭の飾りと首飾りが印象的な婦人です。
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民族衣装で正装した少女です。
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こちらは普通の服装の女性でしょうか。
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主に肖像画を描いたポーランド系リトアニア人の芸術家カヌティ.ルシェッキ(Kanutas Ruseckas:1800 - 1860)の1847年の作品です。この絵は、パーム.サンデーに草と柳の葉(イースター.パームとして知られている)を持っている伝統的な衣装を着た女の子を描いています。パーム.サンデーは、受難を前にしたキリストがエルサレムに入城したとき、民衆がヤシの葉を道に敷いて彼を迎えた故事から復活祭直前の日曜日をさします。
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同じカヌティ.ルシェッキの1844年の作品で、刈り取りで鎌を持つ女性です。
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絵画展示室の様子です。
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貴族の家系に生まれたポーランド系リトアニア人の画家スタニスラウス.ボフシュ(Stanislovas Bohušas-Sestšencevičius:1869-1927)の1896年の作品で「市場」です。この画家は、ヴィルニュス周辺の村や農村地域の風俗画や風景を専門としていました。
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リトアニアのローマナス.アレクナ.シュヴォイニキス(Romanas Alekna-Švoinickis:1845-1915)の作品「森の近くの反乱軍の歩哨」です。横長のパネルの右端は写っていません。農家の井戸の側で馬から降りる兵士が見えます。
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こちらは画家が特定できませんでしたが、貧しそうな農民が街の教会に向かっているのでしょうか。最後部の女性は裸足のようで、靴を手に持っています。
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これも画家が特定できませんでしたが、競売の様子を描いたもののようです。中央では布地の競売が行われているようです。周りには、家畜が順番を待っている間に手入れされ、或いは別れを惜しんでいるようです。
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スケッチ画4枚です。全て農民の生活を描いています。これは市場の場面でしょうか、狩りで捕らえた獲物を陳列しています。
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厳しい草刈り作業の中で、少女の微笑みが印象的です。
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こちらも馬車の上で微笑む少女です。
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貧しいからこその信仰でしょう。ボロボロの服の人々です。冬の情景でしょうか。
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50分ほどヴィルニュス.ピクチャー.ギャラリーに滞在し次の訪問先ラドゥヴィラ家の館へ向かいます。ここはナルーティス.ホテル前です。我々が泊まっている部屋は左隣りの背の低い黄緑色の建物内にあリます。
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大統領官邸正面前を通って行きます。花嫁さんとロールス.ロイスのリムジンです。
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かってラドゥヴィラ家の宮殿であった館に入ります。宮殿はもともと17世紀に建てられ、1796-1810年と1987-1989年に2回改修されました。現在、西欧の絵画や美術品、家具を集めた美術館になっています。
これは展示されていたラドゥヴィラ家の館の全景画です。現在は、コの字型の建物の右側が失われています。この絵画で、左隅の部分は残っていますが、その他は存在しません。1965年にソヴィエトが1分の映画シーンのため爆破したそうです。画面の右端後方には、次掲の聖キャサリーン教会が描かれています。 -
この写真の絵画は、リトアニア銀行のウェブ.サイト(https://www.lb.lt/)からの借画ですが、赤い線で囲われた部分の建物が存在しません。絵画の中央で少し左より遠くにゲディミナス城、赤い四角の枠の中央に三つの十字架の丘が描かれています。
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作者の画家が特定できませんでしたが、展示パネルの8枚です。
華麗な民族衣装の二人の少女です。アジアでしょうか、中南米でしょうか。子供を背負う女性も描かれています。 -
奏楽の場面でしょうか。左の人は大きな弦楽器を奏で、中央の女性は管楽器を奏でています。
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兄弟でしょうか、友達でしょうか。
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羊飼いの仕事の様子を描いています。
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古代ローマの伝説的挿話の1つである「サビーナ女性の略奪」の場面のようです。
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これは旧約聖書『創世記』に登場する「ロトと娘達」のようです。
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百合の花を持つシエナの聖カテリーナにロザリオを与えようとしている幼子のキリストでしょうか。左にはドメニコ会修道士が聖母マリアからロザリオを授けられて居ます。
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これは、1750年の記載があるドイツのドレズデンの風景のようです。中央少し左寄り遠くに見える二つの塔で、左はカトリック宮殿教会で、右はドレズデン城の塔です。それらの手前にはツヴィンガー宮殿がある筈ですが、分かりません。
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ここも40分ほど滞在してホテルに戻ります。ラドゥヴィラ家の館の南にある聖キャサリーン教会です。
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ヴィルニュス大学の南側の聖ジョノ通り手前にあった眼鏡屋さんの看板です。
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聖ジョノ通りの中程にある「ランタニスト」の彫刻です。ヴィルニュス芸術アカデミーの学生の卒業作品だそうです。腕を上に伸ばしてガス燈に点火する男性を表していますが、彼は夜を照らし、人々にもっと勇気を与えるのに役立っているそうです。
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これからの写真は、2003年春の旅で訪れた旧市街の北東にある聖ペトロとパウロ教会の内部です。大聖堂の北側を流れるネリス川の南岸を北東に歩いて行くか、トロリー.バスに乗ると正面の小さな丘にこの教会が現れます。この正面の写真は、ヴィルニュス観光局のウェブサイト(https://www.govilnius.lt)からの借画です。この教会の現在の姿は17世紀後半に完成しています。
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聖ペトロとパウロ教会は、身廊と翼廊を持つラテン十字形です。内陣のドームの真ん中に、真鍮とガラス.ビーズで作られた帆掛け船の形をしたシャンデリアがぶら下がっていて、聖ペテロが漁師であったことを思い出させます。
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交差部にあるドームです。円柱部分には4人の福音書記者の像が壁龕に立っています。この教会の内部全体が白漆喰の彫刻で装飾され、天井の小さなフレスコ画、主祭壇や礼拝所の祭壇画を除けば白1色です。
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身廊のヴォールト天井の繋ぎ部分です。この繋ぎの両側にフレスコ画の装飾があります。
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ヴォールト天井と身廊の壁面との繋がりです。中央の身廊には、12人の使徒の等間隔の彫刻で飾られています。
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旅行記グループ シニア夫婦の北欧4カ国、バルト3カ国再訪の旅25日
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