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2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。<br /><br />旅程の概略です。<br />★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。<br />★ 9月21~22日 オスロ泊。<br />★ 9月23~24日 ベルゲン泊。<br />★ 9月25日 フロム泊。<br />★ 9月26日 ベルゲン泊。<br />★ 9月27~28日 ストックホルム泊。<br />★ 9月29日 船中泊。<br />★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。<br />★ 10月2~4日 タリン泊。<br />★ 10月5~7日 リガ泊。<br />★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。<br />★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。<br />★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。<br /><br />この10回目の旅行記は、ヘルシンキへの移動の前に、ストックホルムで最後の散策をした記録です。

シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (10)ストックホルム最後の日です(9月29日)

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2016/09/20 - 2016/10/14

401位(同エリア1988件中)

さわ子さん

2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。

旅程の概略です。
★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。
★ 9月21~22日 オスロ泊。
★ 9月23~24日 ベルゲン泊。
★ 9月25日 フロム泊。
★ 9月26日 ベルゲン泊。
★ 9月27~28日 ストックホルム泊。
★ 9月29日 船中泊。
★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。
★ 10月2~4日 タリン泊。
★ 10月5~7日 リガ泊。
★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。
★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。
★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。

この10回目の旅行記は、ヘルシンキへの移動の前に、ストックホルムで最後の散策をした記録です。

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 7階の部屋からヒルトン.ホテル本館の玄関を見下ろしています。

    7階の部屋からヒルトン.ホテル本館の玄関を見下ろしています。

  • 朝7時10分です。朝日が建物に当たっていますが、今日の天気はどうなるのでしょう。

    朝7時10分です。朝日が建物に当たっていますが、今日の天気はどうなるのでしょう。

  • 部屋の東側の窓からの眺めです。東側の空は朝焼け気味です。こちらの方向には、この部屋と同じ位に背が高い建物があり、海岸線のフェリー岸壁などは見通せません。

    部屋の東側の窓からの眺めです。東側の空は朝焼け気味です。こちらの方向には、この部屋と同じ位に背が高い建物があり、海岸線のフェリー岸壁などは見通せません。

  • 少し拡大すると遠くにカクネス塔が見えています。<br />今日はホテルをチェック.アウトします。朝食後荷物をまとめてホテルに預け、半日の街歩きをします。その後シリア.ラインのヴァッタハムン港からセレナーデ号に乗船し、夜行でヘルシンキに向かいます。

    少し拡大すると遠くにカクネス塔が見えています。
    今日はホテルをチェック.アウトします。朝食後荷物をまとめてホテルに預け、半日の街歩きをします。その後シリア.ラインのヴァッタハムン港からセレナーデ号に乗船し、夜行でヘルシンキに向かいます。

  • 9時40分、ホテルを出ました。いつの間にか天気が変わり雨が降り始めました。ガムラ.スタンに向かって歩いていきます。地下鉄線も線路の工事をやっているようです。

    9時40分、ホテルを出ました。いつの間にか天気が変わり雨が降り始めました。ガムラ.スタンに向かって歩いていきます。地下鉄線も線路の工事をやっているようです。

  • ガムラ.スタンの街並みです。中央はドイツ教会の尖塔です。もう少し海が凪いでいれば水に映る綺麗な街並みが見えるのですが。

    ガムラ.スタンの街並みです。中央はドイツ教会の尖塔です。もう少し海が凪いでいれば水に映る綺麗な街並みが見えるのですが。

  • ガムラ.スタンへの橋の上からホテルの方向を眺めています。ホテルの我々の部屋が本館の後ろにカツカツ見えます。

    ガムラ.スタンへの橋の上からホテルの方向を眺めています。ホテルの我々の部屋が本館の後ろにカツカツ見えます。

  • こちらは更に右側の眺めです。ゼーデルマルム島は標高は高くありませんが、山がちである事が良くわかります。

    こちらは更に右側の眺めです。ゼーデルマルム島は標高は高くありませんが、山がちである事が良くわかります。

  • いつもガムラ.スタンの正面左側に見えていた、レストランのエンゲレン(Engelen)です。天使の意味だそうですが、緑色に金文字はイングリッシュ.パブを思い出させます。

    いつもガムラ.スタンの正面左側に見えていた、レストランのエンゲレン(Engelen)です。天使の意味だそうですが、緑色に金文字はイングリッシュ.パブを思い出させます。

  • 二日前の旅行記で説明しました、穀物港広場(Kornhamnstorg)のエンゲルブレクト.エンゲルブレクソンへの追悼の碑です。雨で台座の上部が濡れて色が変わっています。

    二日前の旅行記で説明しました、穀物港広場(Kornhamnstorg)のエンゲルブレクト.エンゲルブレクソンへの追悼の碑です。雨で台座の上部が濡れて色が変わっています。

  • 微笑ましい情景です。

    微笑ましい情景です。

  • ガムラ.スタンのメインストリートであるStora Nygatan通りを北の方向に歩いていきます。Tyska Brinken通りとの交差点で南西の方向を望むと、遠くにゼーデルマルム島の丘の上に建つ赤煉瓦の素敵な建物群が見えます。

    ガムラ.スタンのメインストリートであるStora Nygatan通りを北の方向に歩いていきます。Tyska Brinken通りとの交差点で南西の方向を望むと、遠くにゼーデルマルム島の丘の上に建つ赤煉瓦の素敵な建物群が見えます。

  • 同じ交差点で反対方向を見るとドイツ教会の尖塔が見えます。ここで右に曲がってドイツ教会の方向にTyska Brinken通りを歩きます。

    同じ交差点で反対方向を見るとドイツ教会の尖塔が見えます。ここで右に曲がってドイツ教会の方向にTyska Brinken通りを歩きます。

  • 次のヴェステルロングガタン(Vasterlanggatan)通りとの交差点に出ました。この通りの北西の方向です。この通りは、お土産店が多い観光客道路です。

    次のヴェステルロングガタン(Vasterlanggatan)通りとの交差点に出ました。この通りの北西の方向です。この通りは、お土産店が多い観光客道路です。

  • ヴェステルロングガタン通りの反対側になる南東の方向です。

    ヴェステルロングガタン通りの反対側になる南東の方向です。

  • 近くに保育園か幼稚園のような施設が見えました。幼かった孫たちを思い出しました。

    近くに保育園か幼稚園のような施設が見えました。幼かった孫たちを思い出しました。

  • 一般的にドイツ教会と呼ばれる聖ゲルトルード教会を覗いてみようと思いましたが閉まっていました。ここは教会の南の入り口です。この地に14世紀、ドイツ人商人のギルドが設立され、その建物が後に教会として再建されました。聖ゲルトルードは、現在のベルギーにあるベネディクト会修道院長であり、旅行者の守護聖人だそうです。

    一般的にドイツ教会と呼ばれる聖ゲルトルード教会を覗いてみようと思いましたが閉まっていました。ここは教会の南の入り口です。この地に14世紀、ドイツ人商人のギルドが設立され、その建物が後に教会として再建されました。聖ゲルトルードは、現在のベルギーにあるベネディクト会修道院長であり、旅行者の守護聖人だそうです。

  • この写真は、2003年春の旅で撮影したものです。同じ南の入り口の前で尖塔を見上げています。

    この写真は、2003年春の旅で撮影したものです。同じ南の入り口の前で尖塔を見上げています。

  • 2003年には教会に入る事ができました。正面に主祭壇です。

    2003年には教会に入る事ができました。正面に主祭壇です。

  • ステンドグラスです。信心深い家族が神に感謝して食事をする情景です。

    ステンドグラスです。信心深い家族が神に感謝して食事をする情景です。

  • Tyska Brinken通りを左に曲がってSvartmangatan通りを北の方向に歩いて行きます。通りの先はストールトルゲット広場です。正面は、広場の北側にある1776年に建設された証券取引所の建物です。現在はスウェーデン.アカデミー、ノーベル博物館、ノーベル図書館になっています。この広場で1520年に「ストックホルムの血浴」と呼ばれる大虐殺が行われました。全北欧を支配下に置いたデンマーク王国に対するスウェーデン人の反乱に対する報復でした。「ストックホルムの血浴」で父を殺された若きグスタフ.ヴァーサは、北部スウェーデンに逃れ反乱軍を組織、独立派の新指導者としてスウェーデン独立戦争を戦い抜きスウェーデンの独立を勝ち取りました。そしてスウェーデン王グスタフ1世に就きました。

    Tyska Brinken通りを左に曲がってSvartmangatan通りを北の方向に歩いて行きます。通りの先はストールトルゲット広場です。正面は、広場の北側にある1776年に建設された証券取引所の建物です。現在はスウェーデン.アカデミー、ノーベル博物館、ノーベル図書館になっています。この広場で1520年に「ストックホルムの血浴」と呼ばれる大虐殺が行われました。全北欧を支配下に置いたデンマーク王国に対するスウェーデン人の反乱に対する報復でした。「ストックホルムの血浴」で父を殺された若きグスタフ.ヴァーサは、北部スウェーデンに逃れ反乱軍を組織、独立派の新指導者としてスウェーデン独立戦争を戦い抜きスウェーデンの独立を勝ち取りました。そしてスウェーデン王グスタフ1世に就きました。

  • この写真は、2003年春の旅で撮影したものです。広場の中央にある井戸の前で証券取引所のファサードを見上げています。

    この写真は、2003年春の旅で撮影したものです。広場の中央にある井戸の前で証券取引所のファサードを見上げています。

  • ストールトルゲット広場の中央にあるのは、証券取引所の建物と共に造られた井戸でしたが、19世紀中頃には枯れてしまったそうです。現在は上水道が導かれています。

    ストールトルゲット広場の中央にあるのは、証券取引所の建物と共に造られた井戸でしたが、19世紀中頃には枯れてしまったそうです。現在は上水道が導かれています。

  • 写真正面にある広場の西側の中世の建物は個人の住宅群だそうです。

    写真正面にある広場の西側の中世の建物は個人の住宅群だそうです。

  • 愛らしい幼児のグループが現れました。雨の中でも散歩でしょうか。

    愛らしい幼児のグループが現れました。雨の中でも散歩でしょうか。

  • 証券取引所の建物の北隣りあるスウェーデン大聖堂の入りました。入り口から主祭壇の方向を望みます。3廊型の平面ですが左右の側廊の外側に更に側廊があり実質的に5廊型になります。翼廊は左右共ありません。中央の身廊の左側に説教壇が見えます。赤煉瓦を積み上げた柱が目立ちます。これは1908年に柱に塗られた漆喰を取り除いてレンガを磨き中世風の色調にしたそうです。照明もシャンデリア風です。

    証券取引所の建物の北隣りあるスウェーデン大聖堂の入りました。入り口から主祭壇の方向を望みます。3廊型の平面ですが左右の側廊の外側に更に側廊があり実質的に5廊型になります。翼廊は左右共ありません。中央の身廊の左側に説教壇が見えます。赤煉瓦を積み上げた柱が目立ちます。これは1908年に柱に塗られた漆喰を取り除いてレンガを磨き中世風の色調にしたそうです。照明もシャンデリア風です。

  • 大聖堂のパンフレットです。平面図の③の表示の「最後の審判」の絵画は、セント.ジョージの像に邪魔され、上手く撮影できませんでした。

    大聖堂のパンフレットです。平面図の③の表示の「最後の審判」の絵画は、セント.ジョージの像に邪魔され、上手く撮影できませんでした。

  • 1652年に寄贈された黒色の黒檀と銀で造られた主祭壇です。「銀の祭壇」と呼ばれています。

    1652年に寄贈された黒色の黒檀と銀で造られた主祭壇です。「銀の祭壇」と呼ばれています。

  • 主祭壇の上部にあるステンド.グラスには12人の天使に囲まれたキリストが中央に鎮座しています。

    主祭壇の上部にあるステンド.グラスには12人の天使に囲まれたキリストが中央に鎮座しています。

  • 主祭壇を拡大しました。中央には下から、最後の晩餐、磔刑、死せるキリストの降架、死の世界のキリストのレリーフが銀で制作されています。磔刑の左側にモーゼ、右側に洗礼者ヨハネの像が付属しています。

    主祭壇を拡大しました。中央には下から、最後の晩餐、磔刑、死せるキリストの降架、死の世界のキリストのレリーフが銀で制作されています。磔刑の左側にモーゼ、右側に洗礼者ヨハネの像が付属しています。

  • 西側の入り口の方向を望んでいます。入り口の上部には1960年製のパイプ.オルガンです。

    西側の入り口の方向を望んでいます。入り口の上部には1960年製のパイプ.オルガンです。

  • 左側廊です。最奥に主祭壇の左にあるセント.ジョージの竜退治の像が見えます。

    左側廊です。最奥に主祭壇の左にあるセント.ジョージの竜退治の像が見えます。

  • 右側廊でファサードの方向を望んでいます。大聖堂の図面の④の位置にある高さ3.7mの7岐のブロンズ製の燭台です。15世紀にドイツで製作されたものだそうです。

    右側廊でファサードの方向を望んでいます。大聖堂の図面の④の位置にある高さ3.7mの7岐のブロンズ製の燭台です。15世紀にドイツで製作されたものだそうです。

  • 右側廊の天井です。

    右側廊の天井です。

  • 大聖堂の図面の⑦の位置にあり、身廊の左側にある説教壇です。木造に金箔を貼ったもので1702年に造られました。

    大聖堂の図面の⑦の位置にあり、身廊の左側にある説教壇です。木造に金箔を貼ったもので1702年に造られました。

  • 説教壇から主祭壇に向かい1柱先の身廊両側に王室席が造られています。これは、大聖堂の図面の⑥の左側の位置にある王室席です。

    説教壇から主祭壇に向かい1柱先の身廊両側に王室席が造られています。これは、大聖堂の図面の⑥の左側の位置にある王室席です。

  • こちらは、大聖堂の図面の⑥の位置の右側にある王室席です。王室席には、もともと玉座が置かれていました。両王室席の上部には、飾り布を背景にして天使よって支えられる特大の王冠の形をした金色の天蓋があります。

    こちらは、大聖堂の図面の⑥の位置の右側にある王室席です。王室席には、もともと玉座が置かれていました。両王室席の上部には、飾り布を背景にして天使よって支えられる特大の王冠の形をした金色の天蓋があります。

  • 大聖堂の図面の②の位置にあるセント.ジョージの竜退治の像です。主にオーク材で作られ、1489年に奉納されました。セント.ジョージと竜の伝説は、シレネの町に人間を生き贄に差し出さなければ町を破壊すると脅す竜を退治する物語です。王女が生贄に捧げられる日にセント.ジョージがこの町を通り、異教徒だった町の人がキリスト教に改宗する事を条件に竜を退治しました。

    大聖堂の図面の②の位置にあるセント.ジョージの竜退治の像です。主にオーク材で作られ、1489年に奉納されました。セント.ジョージと竜の伝説は、シレネの町に人間を生き贄に差し出さなければ町を破壊すると脅す竜を退治する物語です。王女が生贄に捧げられる日にセント.ジョージがこの町を通り、異教徒だった町の人がキリスト教に改宗する事を条件に竜を退治しました。

  • ほぼ正面から見上げました。

    ほぼ正面から見上げました。

  • ストールトルゲット広場から東に延びるシェップガタン(Köpmangatan)通りの東端にある小広場に同じセント.ジョージのブロンズ像が建っています。この写真は、2003年春の旅で撮影したものです。

    ストールトルゲット広場から東に延びるシェップガタン(Köpmangatan)通りの東端にある小広場に同じセント.ジョージのブロンズ像が建っています。この写真は、2003年春の旅で撮影したものです。

  • 大聖堂の図面の&quot;A&quot;の柱に設置された墓碑の彫刻です。

    大聖堂の図面の"A"の柱に設置された墓碑の彫刻です。

  • 大聖堂の図面の&quot;B&quot;の柱に設置された墓碑の彫刻です。

    大聖堂の図面の"B"の柱に設置された墓碑の彫刻です。

  • 大聖堂の図面の&quot;C&quot;の柱に設置されたスウェーデンの貿易商人であったカール.クリストファー.アルフウェドソン(1735-1826)の碑の彫刻です。

    大聖堂の図面の"C"の柱に設置されたスウェーデンの貿易商人であったカール.クリストファー.アルフウェドソン(1735-1826)の碑の彫刻です。

  • 最後の晩餐のレリーフです。右側でテーブルの手前に座り、金入れ袋を持ってこちらを向いいた人物がユダです。

    最後の晩餐のレリーフです。右側でテーブルの手前に座り、金入れ袋を持ってこちらを向いいた人物がユダです。

  • 大聖堂の図面の⑧の位置にある幻日の絵画です。これは1535年にストックホルムで見られた発光現象を描いたものです。その時、空に6つのキラキラ光る光の輪と共に幻日が現れました。人々は、これを世俗的な権力の崩壊の前兆ではないかと思い教会に急ぎました。

    大聖堂の図面の⑧の位置にある幻日の絵画です。これは1535年にストックホルムで見られた発光現象を描いたものです。その時、空に6つのキラキラ光る光の輪と共に幻日が現れました。人々は、これを世俗的な権力の崩壊の前兆ではないかと思い教会に急ぎました。

  • 現在海事歴史博物館にあるストックホルム大聖堂へ16世紀末に奉納された帆船のコピーです。 海員や造船所が教会に帆船を奉納する事は、北欧諸国やドイツ、英国、スペインでは一般的でした。

    現在海事歴史博物館にあるストックホルム大聖堂へ16世紀末に奉納された帆船のコピーです。 海員や造船所が教会に帆船を奉納する事は、北欧諸国やドイツ、英国、スペインでは一般的でした。

  • 大聖堂の図面の①の位置にあるローソクを灯す地球儀です。

    大聖堂の図面の①の位置にあるローソクを灯す地球儀です。

  • 大聖堂を出て、その北にある王宮の南西広場での衛兵交代式を観覧します。今日は小雨の中11時45分から開始です。衛兵詰所から指揮官に連れられ国旗と軍旗を担いだ旗手が正面に1列に並んだ9人の衛兵の所に向かいます。

    大聖堂を出て、その北にある王宮の南西広場での衛兵交代式を観覧します。今日は小雨の中11時45分から開始です。衛兵詰所から指揮官に連れられ国旗と軍旗を担いだ旗手が正面に1列に並んだ9人の衛兵の所に向かいます。

  • 3人は衛兵の前に着きます。衛兵は「休め」の姿勢です。

    3人は衛兵の前に着きます。衛兵は「休め」の姿勢です。

  • 旗手は回れ右をして向きを変えます。衛兵は「気を付け」の姿勢です。

    旗手は回れ右をして向きを変えます。衛兵は「気を付け」の姿勢です。

  • 旗手は旗を靡かせます。衛兵は「捧げ銃」の姿勢です。

    旗手は旗を靡かせます。衛兵は「捧げ銃」の姿勢です。

  • また待機状態の「休め」の姿勢に戻りました。

    また待機状態の「休め」の姿勢に戻りました。

  • 別の部隊が詰所から出てきました。服装が違います。仁丹の商標のような格好で着剣した旧式の単発銃を担いでいます。

    別の部隊が詰所から出てきました。服装が違います。仁丹の商標のような格好で着剣した旧式の単発銃を担いでいます。

  • 行進の途中で銃を「捧げ銃」の持ち方を変えました。

    行進の途中で銃を「捧げ銃」の持ち方を変えました。

  • 交代式典が終了しました。この広場は一方が二つの4分の1の円形の建物に囲まれています。その向こうに大聖堂の鐘塔が見えています。

    交代式典が終了しました。この広場は一方が二つの4分の1の円形の建物に囲まれています。その向こうに大聖堂の鐘塔が見えています。

  • 次の4枚の写真は、1973年夏の旅で撮影したものです。この時は、このようにバラスバンドに先導された交代の衛兵部隊が王宮広場に入場してきました。

    次の4枚の写真は、1973年夏の旅で撮影したものです。この時は、このようにバラスバンドに先導された交代の衛兵部隊が王宮広場に入場してきました。

  • 交代式の始まりです。

    交代式の始まりです。

  • 交代が終わったようです。

    交代が終わったようです。

  • これは通常の衛兵勤務の状態のようです。

    これは通常の衛兵勤務の状態のようです。

  • こちらの6枚は、2003年春の旅で撮影したものです。面白いのは服装身なりが全く違っている事です。この写真は交代前の衛兵達のようです。この時は19世紀頃の軍装です。

    こちらの6枚は、2003年春の旅で撮影したものです。面白いのは服装身なりが全く違っている事です。この写真は交代前の衛兵達のようです。この時は19世紀頃の軍装です。

  • ブラスバンドが入場してきます。1973年夏より人数が大幅に増えています。指揮官に引率された6列の部隊になっています。ブラスバンドの隊員は赤いベレー帽を被り、現代の軍装をしています。

    ブラスバンドが入場してきます。1973年夏より人数が大幅に増えています。指揮官に引率された6列の部隊になっています。ブラスバンドの隊員は赤いベレー帽を被り、現代の軍装をしています。

  • 交代式のようです。

    交代式のようです。

  • こちらが入れ替わる衛兵達でしょうか。着剣した旧式単発銃を持っています。

    こちらが入れ替わる衛兵達でしょうか。着剣した旧式単発銃を持っています。

  • ブラスバンドの退場です。入場の時はドラムが先頭でしたが、退場時は管楽器が先頭です。

    ブラスバンドの退場です。入場の時はドラムが先頭でしたが、退場時は管楽器が先頭です。

  • 拡大しました。ホルンが先頭に出てきました。

    拡大しました。ホルンが先頭に出てきました。

  • 王宮のバロック様式の南東壁面中央です。

    王宮のバロック様式の南東壁面中央です。

  • 2003年春の旅ではガイドツアーで王宮に入っていますが、内部の写真撮影不可だったようで、この写真1枚です。今回は王宮には入っていません。

    2003年春の旅ではガイドツアーで王宮に入っていますが、内部の写真撮影不可だったようで、この写真1枚です。今回は王宮には入っていません。

  • 2016年秋に戻って、王宮から市庁舎に向かいます。ここはガムラ.スタンから西側に隣接するリッダルスホルメン島に渡る橋の袂です。左側奥にリッダーホルム教会の尖塔が見えます。中央奥のオレンジ色の建物はヘッセンシュタイン宮殿です。

    2016年秋に戻って、王宮から市庁舎に向かいます。ここはガムラ.スタンから西側に隣接するリッダルスホルメン島に渡る橋の袂です。左側奥にリッダーホルム教会の尖塔が見えます。中央奥のオレンジ色の建物はヘッセンシュタイン宮殿です。

  • 橋を渡ります。橋の上から南の方向を見ています。左がガムラスタンで右がリッダルスホルメン島です。

    橋を渡ります。橋の上から南の方向を見ています。左がガムラスタンで右がリッダルスホルメン島です。

  • 拡大したガムラ.スタンの建物です。

    拡大したガムラ.スタンの建物です。

  • ガムラ.スタンの北西角にある貴族の館(Riddarhuset)はスウェーデンの貴族のための宮殿であり、貴族の歴史的遺産を保存、維持、保護する目的で設立された組織が置かれています。<br />

    ガムラ.スタンの北西角にある貴族の館(Riddarhuset)はスウェーデンの貴族のための宮殿であり、貴族の歴史的遺産を保存、維持、保護する目的で設立された組織が置かれています。

  • リッダルスホムレン橋の途中から引っ返し貴族の館前を歩いて行くと、正面に大聖堂の鐘楼が見えてきました。手前左の建物はチャンスリー.ハウスの別館で、変則5角形の建物中央にブランティングと呼ばれる円形の中庭があります。

    リッダルスホムレン橋の途中から引っ返し貴族の館前を歩いて行くと、正面に大聖堂の鐘楼が見えてきました。手前左の建物はチャンスリー.ハウスの別館で、変則5角形の建物中央にブランティングと呼ばれる円形の中庭があります。

  • ガムラ.スタン北西端からヴァーサ橋(Vasabron)を渡ります。右に国会議事堂、左に連邦政府庁舎(Rosenbad)が見えています。この橋を渡りそのまま進むとストックホルム中央駅に行けます。

    ガムラ.スタン北西端からヴァーサ橋(Vasabron)を渡ります。右に国会議事堂、左に連邦政府庁舎(Rosenbad)が見えています。この橋を渡りそのまま進むとストックホルム中央駅に行けます。

  • 結構寒くなりました。橋の上から北西の方向を望みます。遠くにシェラトン.ストックホルム.ホテルが左に見えます。右手前の赤いビルは、政府機関が入る19世紀末に建てられたセントラルパラセット(中央宮殿の意味)です。<br />

    結構寒くなりました。橋の上から北西の方向を望みます。遠くにシェラトン.ストックホルム.ホテルが左に見えます。右手前の赤いビルは、政府機関が入る19世紀末に建てられたセントラルパラセット(中央宮殿の意味)です。

  • こちらの建物は、リッダルスホルメン島の北端にあり1889年に完工したノルステットヒューセット(Norstedtshuset)です。

    こちらの建物は、リッダルスホルメン島の北端にあり1889年に完工したノルステットヒューセット(Norstedtshuset)です。

  • ヴァーサ橋の西側に平行して自動車専用道路と鉄道線路があります。右の方向に走るとストックホルム中央駅です。

    ヴァーサ橋の西側に平行して自動車専用道路と鉄道線路があります。右の方向に走るとストックホルム中央駅です。

  • ヴァーサ橋の中程と国際IDEA本部がある小さな島は橋で繋がっています。国際IDEAは、世界中の民主主義の制度とプロセスを支援および強化し、持続可能で効果的かつ合法的な民主主義を発展させるために活動する政府間組織です。

    ヴァーサ橋の中程と国際IDEA本部がある小さな島は橋で繋がっています。国際IDEAは、世界中の民主主義の制度とプロセスを支援および強化し、持続可能で効果的かつ合法的な民主主義を発展させるために活動する政府間組織です。

  • 橋を渡りました。リッダルスホルメン島の北端にあるノルステットヒューセットを見ながら釣りを楽しんでいる人がいました。

    橋を渡りました。リッダルスホルメン島の北端にあるノルステットヒューセットを見ながら釣りを楽しんでいる人がいました。

  • 南東方向にリッダルスホルメン島を眺めています。ノルステットヒューセットの北面とその右奥にリッダーホルム教会の尖塔が見えます。その手前右寄りで円筒形の建物は、要塞として建設されたビルイェル.ヤールの塔です。ビルイェル.ヤールは、ストックホルムの基礎を作った人物です。

    南東方向にリッダルスホルメン島を眺めています。ノルステットヒューセットの北面とその右奥にリッダーホルム教会の尖塔が見えます。その手前右寄りで円筒形の建物は、要塞として建設されたビルイェル.ヤールの塔です。ビルイェル.ヤールは、ストックホルムの基礎を作った人物です。

  • 市庁舎の東対岸にあるクララ.マラルストランド(Klara Mälarstrand)のフェリー.ターミナルです。ここはドロットニングホルム宮殿やグリップスホルム城に行く船が出ます。

    市庁舎の東対岸にあるクララ.マラルストランド(Klara Mälarstrand)のフェリー.ターミナルです。ここはドロットニングホルム宮殿やグリップスホルム城に行く船が出ます。

  • また郵便配達の人を見かけました。住宅が密集してるわけでもないストックホルムで、車を押して配達するのは大変でしょう。1日に相当な距離を歩くのでしょう。

    また郵便配達の人を見かけました。住宅が密集してるわけでもないストックホルムで、車を押して配達するのは大変でしょう。1日に相当な距離を歩くのでしょう。

  • スタッズヒュース橋から市庁舎の塔と修復中らしい東壁面を眺めています。<br />

    スタッズヒュース橋から市庁舎の塔と修復中らしい東壁面を眺めています。

  • 塔の北側をよく見ると中程のベランダのような所に金箔のセント.ジョージの竜退治の像があり、その下に手を合わせている仏像のような小さな像も見えます。更に下には時計が見えますが、カラクリ時計のようです。

    塔の北側をよく見ると中程のベランダのような所に金箔のセント.ジョージの竜退治の像があり、その下に手を合わせている仏像のような小さな像も見えます。更に下には時計が見えますが、カラクリ時計のようです。

  • スタッズヒュース橋から南東の方向を眺めています。ほぼ中央遠くにリッダルスホルメン島のリッダーホルム教会の尖塔が目立ちます。両方向に航行する事ができるユールゴーデンの名前が付いたフェリーが2隻見えます。

    スタッズヒュース橋から南東の方向を眺めています。ほぼ中央遠くにリッダルスホルメン島のリッダーホルム教会の尖塔が目立ちます。両方向に航行する事ができるユールゴーデンの名前が付いたフェリーが2隻見えます。

  • カメラを右に振ります。正面はゼーデルマルム島です。右端に市庁舎の南庭に建つエンゲルブレクトの記念碑が見えます。

    カメラを右に振ります。正面はゼーデルマルム島です。右端に市庁舎の南庭に建つエンゲルブレクトの記念碑が見えます。

  • 橋を渡って市庁舎の北側の通りを歩いています。建物の中央に中庭への入り口が見えます。

    橋を渡って市庁舎の北側の通りを歩いています。建物の中央に中庭への入り口が見えます。

  • 中庭への入り口の右にある生け垣の石の囲いです。ガムラ.スタンを中央に置いたストックホルムの街のレリーフになっています。

    中庭への入り口の右にある生け垣の石の囲いです。ガムラ.スタンを中央に置いたストックホルムの街のレリーフになっています。

  • 中庭を抜けて南側の庭に出ました。南東の方向のゼーデルマルム島を望みます。左端には船が接岸しているガムラ.スタンも見えています。

    中庭を抜けて南側の庭に出ました。南東の方向のゼーデルマルム島を望みます。左端には船が接岸しているガムラ.スタンも見えています。

  • 上の写真を拡大しました。ヒルトン.ホテルが見えます。矢印の先が我々が泊まっていた別館の部屋の位置です。

    上の写真を拡大しました。ヒルトン.ホテルが見えます。矢印の先が我々が泊まっていた別館の部屋の位置です。

  • 東南東の方向にはガムラ.スタンのドイツ教会の尖塔が目立ちます。左隅に大聖堂の鐘楼も頂部が見えています。中央の塔ははエンゲルブレクトの記念碑です。

    東南東の方向にはガムラ.スタンのドイツ教会の尖塔が目立ちます。左隅に大聖堂の鐘楼も頂部が見えています。中央の塔ははエンゲルブレクトの記念碑です。

  • 2枚の写真で、市庁舎の南の庭から広くゼーデルマルム島を望みます。この写真では左端にリッダルスホルメン島も見えています。

    2枚の写真で、市庁舎の南の庭から広くゼーデルマルム島を望みます。この写真では左端にリッダルスホルメン島も見えています。

  • 中庭に戻ります。中庭に面した建物の北側壁面には蔦が絡んでいます。

    中庭に戻ります。中庭に面した建物の北側壁面には蔦が絡んでいます。

  • ここからは2003年春の旅に市庁舎を訪れた写真を掲載します。この当時はフィルム.カメラで枚数が少なく、且つ記念写真的にババが殆ど写っています。<br />ガムラ.スタンの王宮の南東側でカール14世ヨハンの像の前から国立博物館を望んでいます。これからセルゲル広場で買い物をした後、市庁舎に向かいました。

    ここからは2003年春の旅に市庁舎を訪れた写真を掲載します。この当時はフィルム.カメラで枚数が少なく、且つ記念写真的にババが殆ど写っています。
    ガムラ.スタンの王宮の南東側でカール14世ヨハンの像の前から国立博物館を望んでいます。これからセルゲル広場で買い物をした後、市庁舎に向かいました。

  • 市庁舎の南側の前庭です。写真の左隅にガムラ.スタンのドイツ教会の尖塔が見え、右側はゼーデルマルム島です。

    市庁舎の南側の前庭です。写真の左隅にガムラ.スタンのドイツ教会の尖塔が見え、右側はゼーデルマルム島です。

  • ババの横の像は、カール.エルド(1873-1954)の作品です。2体が1対になっていて「歌と踊り」の像です。こちらは歌を唄う男性で、もう一方は踊る女性になっています。後方はエンゲルブレクトの記念碑です。前々日の旅行記で説明した、ガムラ.スタン南端の穀物港広場中央にある弓を引く男性の像と同じ人物で、ドイツが支配するポメラニアのエリック政府に対するエンゲルブレクトの反乱(1434-1436)のリーダーであるエンゲルブレクト.エンゲルブレクソンへの記念碑です。

    ババの横の像は、カール.エルド(1873-1954)の作品です。2体が1対になっていて「歌と踊り」の像です。こちらは歌を唄う男性で、もう一方は踊る女性になっています。後方はエンゲルブレクトの記念碑です。前々日の旅行記で説明した、ガムラ.スタン南端の穀物港広場中央にある弓を引く男性の像と同じ人物で、ドイツが支配するポメラニアのエリック政府に対するエンゲルブレクトの反乱(1434-1436)のリーダーであるエンゲルブレクト.エンゲルブレクソンへの記念碑です。

  • こちらは1973年夏の旅で同じ場所で撮影してもらったジジです。

    こちらは1973年夏の旅で同じ場所で撮影してもらったジジです。

  • ストックホルム市庁舎の塔に、円形通路で上がって行きます。<br />

    ストックホルム市庁舎の塔に、円形通路で上がって行きます。

  • 塔の展望台から眺めた北北東の方向です。写真の右側にストックホルム中央駅舎、線路が見えます。中央手前の建物群は変わっています。ラディソン.ブルー.ウォーターフロント.ホテルが新設され、その左奥の建物も改装されています。

    塔の展望台から眺めた北北東の方向です。写真の右側にストックホルム中央駅舎、線路が見えます。中央手前の建物群は変わっています。ラディソン.ブルー.ウォーターフロント.ホテルが新設され、その左奥の建物も改装されています。

  • 東の方向です。この方向の景色は今も変わっていないようです。右側遠くにカクネス塔が微かに見えています。

    東の方向です。この方向の景色は今も変わっていないようです。右側遠くにカクネス塔が微かに見えています。

  • 南東の方向です。右にリッダルスホルメン島、その奥にガムラ.スタンです。左側手前にはヴァーサ橋とその中程にある国際IDEA本部の建物も見えます。その後ろに王宮や国会議事堂も見えています。

    南東の方向です。右にリッダルスホルメン島、その奥にガムラ.スタンです。左側手前にはヴァーサ橋とその中程にある国際IDEA本部の建物も見えます。その後ろに王宮や国会議事堂も見えています。

  • 南の方向です。正面は大きなゼーデルマルム島です。

    南の方向です。正面は大きなゼーデルマルム島です。

  • ガイデッド.ツアーで市庁舎に入りました。ここは、ノーベル賞授与式の晩餐会や舞踏会が開かれる、建物の西側にある青の大広間です。縦50m、横30m、高さ22mの大きな広間です。天井近くの3面に明かり窓が並んでいます。広間の東面には、2階にある黄金の大広間のベランダが張り出しています。この青の大広間は、当初赤煉瓦の上に漆喰を塗り海の青色にする計画でしたが、設計者の気が変わり、赤煉瓦のままにする事にしました。この写真は、黄金の大広間から張り出したベランダから大広間の天井を見上げたものです。

    ガイデッド.ツアーで市庁舎に入りました。ここは、ノーベル賞授与式の晩餐会や舞踏会が開かれる、建物の西側にある青の大広間です。縦50m、横30m、高さ22mの大きな広間です。天井近くの3面に明かり窓が並んでいます。広間の東面には、2階にある黄金の大広間のベランダが張り出しています。この青の大広間は、当初赤煉瓦の上に漆喰を塗り海の青色にする計画でしたが、設計者の気が変わり、赤煉瓦のままにする事にしました。この写真は、黄金の大広間から張り出したベランダから大広間の天井を見上げたものです。

  • 宴会場として使われる2階の黄金の大広間です。写真の右側は東面になりますが、市庁舎建物の中庭に面し、西面は青の大広間のベランダに繋がっています。ここではノーベル賞授与式後の舞踏会場として使われています。この大広間は当初花崗岩で造られる計画でしたが、思わぬ多額の寄付を受け、黄金のモザイク画で覆われる事になりました。正面の北面には、ストックホルムを膝に置いた玉座のメーラル湖の女王が描かれています。

    宴会場として使われる2階の黄金の大広間です。写真の右側は東面になりますが、市庁舎建物の中庭に面し、西面は青の大広間のベランダに繋がっています。ここではノーベル賞授与式後の舞踏会場として使われています。この大広間は当初花崗岩で造られる計画でしたが、思わぬ多額の寄付を受け、黄金のモザイク画で覆われる事になりました。正面の北面には、ストックホルムを膝に置いた玉座のメーラル湖の女王が描かれています。

  • 青の大広間のベランダに繋がった黄金の大広間の西面です。

    青の大広間のベランダに繋がった黄金の大広間の西面です。

  • 黄金の大広間の天井です。青の大広間の天井と異なって、天井の梁を含め華麗な装飾が施されています。

    黄金の大広間の天井です。青の大広間の天井と異なって、天井の梁を含め華麗な装飾が施されています。

  • これは、市庁舎の中庭の東側にある評議会の広間の天井です。装飾されたトラス構造の天井になっています。

    これは、市庁舎の中庭の東側にある評議会の広間の天井です。装飾されたトラス構造の天井になっています。

  • 黄金の大広間の南隣りにある3つの王冠の広間の天井です。3つの王冠は、スウェーデンの国章です。

    黄金の大広間の南隣りにある3つの王冠の広間の天井です。3つの王冠は、スウェーデンの国章です。

  • 2016年秋に戻ります。市庁舎の南側の庭から最後の写真です。これからガムラ.スタンを通ってホテルに戻ります。右側にある赤煉瓦のノルステットヒューセットの左に見える双子の建物は貴族の館の敷地内の建物です。

    2016年秋に戻ります。市庁舎の南側の庭から最後の写真です。これからガムラ.スタンを通ってホテルに戻ります。右側にある赤煉瓦のノルステットヒューセットの左に見える双子の建物は貴族の館の敷地内の建物です。

  • 国会議事堂があるヘラン.ズホルメン島に渡るリクスブロン橋の北西の袂に、このブロンズ彫刻を見つけました。「ぼろきれと骨」と名が付くブロンズ像です。布切れにくるまったホームレスの狐の親子だそうです。何故か一足の靴を膝に置いています。

    国会議事堂があるヘラン.ズホルメン島に渡るリクスブロン橋の北西の袂に、このブロンズ彫刻を見つけました。「ぼろきれと骨」と名が付くブロンズ像です。布切れにくるまったホームレスの狐の親子だそうです。何故か一足の靴を膝に置いています。

  • リクスブロン橋の北側からガムラ.スタンの方向を望んでいます。赤い矢印の先に、前々日の旅行記で紹介したキリスト教の権威の象徴であり、王権の象徴にも使われた帝国宝珠(Riksäpplet)がここにも設置してあります。

    リクスブロン橋の北側からガムラ.スタンの方向を望んでいます。赤い矢印の先に、前々日の旅行記で紹介したキリスト教の権威の象徴であり、王権の象徴にも使われた帝国宝珠(Riksäpplet)がここにも設置してあります。

  • ガムラスタンで土産物店が軒を連ねたヴェステルロングガタン通りです。

    ガムラスタンで土産物店が軒を連ねたヴェステルロングガタン通りです。

  • このお店で、スウェーデンの民族衣装を着た一対の可愛い人形を買いました。

    このお店で、スウェーデンの民族衣装を着た一対の可愛い人形を買いました。

  • ヴェステルロングガタン通りを更に南に歩いて行きます。

    ヴェステルロングガタン通りを更に南に歩いて行きます。

  • ヴェステルロングガタン通り西側で、68番地の4階建、赤煉瓦造りの立派な建物の真ん中にある玄関です。同じ建物の1階右側はレストランの&quot;Ardbeg Embassy&quot;、左側にも別のお店がありました。道路幅が狭いので建物全体の写真は撮れませんでした。

    ヴェステルロングガタン通り西側で、68番地の4階建、赤煉瓦造りの立派な建物の真ん中にある玄関です。同じ建物の1階右側はレストランの"Ardbeg Embassy"、左側にも別のお店がありました。道路幅が狭いので建物全体の写真は撮れませんでした。

  • この道は、ヴェステルロングガタン通り68番地から50m程先で左側に入る、その幅90cm程の狭いモーテン.トローツィグ.グレンです。

    この道は、ヴェステルロングガタン通り68番地から50m程先で左側に入る、その幅90cm程の狭いモーテン.トローツィグ.グレンです。

  • 午後1時半にホテルに戻ってきました。タクシーを頼んでロビーで待ちます。<br />ここから先は、2003年春のジジババの旅と、1973年夏のジジの旅の写真をご覧ください。

    午後1時半にホテルに戻ってきました。タクシーを頼んでロビーで待ちます。
    ここから先は、2003年春のジジババの旅と、1973年夏のジジの旅の写真をご覧ください。

  • 2003年春の旅ではヘルシンキからシリア.ラインのシンフォニー号で朝ストックホルムに到着し、このファースト.ホテル.ライゼンに3泊しました。そしてストックホルムカードの3日券を購入しました。しかし、ヘルシンキからジジは風邪気味で調子が悪く、ストックホルムの三日目はほとんどホテルの部屋で過ごしました。

    2003年春の旅ではヘルシンキからシリア.ラインのシンフォニー号で朝ストックホルムに到着し、このファースト.ホテル.ライゼンに3泊しました。そしてストックホルムカードの3日券を購入しました。しかし、ヘルシンキからジジは風邪気味で調子が悪く、ストックホルムの三日目はほとんどホテルの部屋で過ごしました。

  • 朝早く船で着いたので部屋の準備ができるまで少しロビーで待ちました。

    朝早く船で着いたので部屋の準備ができるまで少しロビーで待ちました。

  • 部屋はこのように狭いですが、眺めは抜群でした。

    部屋はこのように狭いですが、眺めは抜群でした。

  • 滞在2日目は午前中にセルゲル広場のショッピング街でT-シャツ等の買い物をし、午後にドロットニングホルム宮殿に行きました。行き帰りとも地下鉄とバスの組み合わせです。ストックホルム中央駅地下から地上に出て鉄橋を渡ります。

    滞在2日目は午前中にセルゲル広場のショッピング街でT-シャツ等の買い物をし、午後にドロットニングホルム宮殿に行きました。行き帰りとも地下鉄とバスの組み合わせです。ストックホルム中央駅地下から地上に出て鉄橋を渡ります。

  • 地下鉄ブロンプラン駅から更にバスに乗り継いで宮殿前で下車します。後方はフェリーの乗り場ですがバス停は、その左手近くです。この時はジジだけがリュックサックを背負っていましたが、この買い物は入りませんでした。

    地下鉄ブロンプラン駅から更にバスに乗り継いで宮殿前で下車します。後方はフェリーの乗り場ですがバス停は、その左手近くです。この時はジジだけがリュックサックを背負っていましたが、この買い物は入りませんでした。

  • 1579年にドロットニングホルムと名がつく城が建設されましたが1661年に完全に焼失しました。その後宮殿として1686年に再建されました。これは宮殿の中央で最上階の階段ホールです。この柱の後ろに階段があります。

    1579年にドロットニングホルムと名がつく城が建設されましたが1661年に完全に焼失しました。その後宮殿として1686年に再建されました。これは宮殿の中央で最上階の階段ホールです。この柱の後ろに階段があります。

  • 庭園側から見た宮殿です。

    庭園側から見た宮殿です。

  • 宮殿の裏側になるバロック庭園でジジババの記念写真です。

    宮殿の裏側になるバロック庭園でジジババの記念写真です。

  • この宮殿は、今でも国王とその家族の居館なのでしっかりと衛兵によって守られています。これは庭園から宮殿敷地内へ入る門の1つです。写真の右隅に衛兵哨所があり衛兵が微かに見えています。

    この宮殿は、今でも国王とその家族の居館なのでしっかりと衛兵によって守られています。これは庭園から宮殿敷地内へ入る門の1つです。写真の右隅に衛兵哨所があり衛兵が微かに見えています。

  • 帰りの地下鉄の駅です。側面と天井は岩盤をくり貫いたままの状態です。

    帰りの地下鉄の駅です。側面と天井は岩盤をくり貫いたままの状態です。

  • ここからは1973年夏のジジのドロットニングホルム宮殿への旅の写真です。これは宮殿のバロック庭園から見た宮殿です。

    ここからは1973年夏のジジのドロットニングホルム宮殿への旅の写真です。これは宮殿のバロック庭園から見た宮殿です。

  • バロック庭園の外側にも芝生が広がっています。

    バロック庭園の外側にも芝生が広がっています。

  • この時には、往きは地下鉄とバスで、帰りは1時間の航海になるフェリーにしました。市庁舎対岸のフェリー.ターミナルまであと少しです。左寄りにリッダルスホルメン島のリッダーホルム教会の尖塔、中央にガムラ.スタンのドイツ教会の尖塔が見えています。

    この時には、往きは地下鉄とバスで、帰りは1時間の航海になるフェリーにしました。市庁舎対岸のフェリー.ターミナルまであと少しです。左寄りにリッダルスホルメン島のリッダーホルム教会の尖塔、中央にガムラ.スタンのドイツ教会の尖塔が見えています。

  • フェリーの左舷側からは市庁舎の塔が見えます。

    フェリーの左舷側からは市庁舎の塔が見えます。

  • 更に終点に近くなり、左端に聖クララ教会の尖塔も見えてきました。

    更に終点に近くなり、左端に聖クララ教会の尖塔も見えてきました。

  • これが中央駅とセルゲル広場との中間に建つ聖クララ教会の尖塔です。

    これが中央駅とセルゲル広場との中間に建つ聖クララ教会の尖塔です。

  • 2003年春の旅にはスカンセンも入りました。

    2003年春の旅にはスカンセンも入りました。

  • 1973年夏の旅でもスカンセンに入りました。

    1973年夏の旅でもスカンセンに入りました。

  • 1973年夏の旅では、ストックホルムの西60Kmにある街マリエフレッドにあるグリップスホルム城に行きました。東北東の方向から眺めたグリップスホルム城です。城は岬のように、写真の右側から海に突き出た場所に建っています。この城は、1370年代に要塞として建てられました。グスタフ.ヴァーサ王以来、スウェーデン王室に属し、18世紀まで王室家族の住居の1つとして使用されていました。

    1973年夏の旅では、ストックホルムの西60Kmにある街マリエフレッドにあるグリップスホルム城に行きました。東北東の方向から眺めたグリップスホルム城です。城は岬のように、写真の右側から海に突き出た場所に建っています。この城は、1370年代に要塞として建てられました。グスタフ.ヴァーサ王以来、スウェーデン王室に属し、18世紀まで王室家族の住居の1つとして使用されていました。

  • 宮殿は肖像画ギャラリーとして有名です。

    宮殿は肖像画ギャラリーとして有名です。

  • 宮殿内にあるグスタフ3世が1781年から1782年に建てさせた劇場です。この劇場は保存状態が良く、オリジナルの舞台設備や装飾が残っています。

    宮殿内にあるグスタフ3世が1781年から1782年に建てさせた劇場です。この劇場は保存状態が良く、オリジナルの舞台設備や装飾が残っています。

  • この城は4つの塔を持った比較的小さな規模の城です。この写真は、城の中庭から東の方向を望んでいます。手前は城の西端にあるグリップの塔で、2つある大きな塔の1つです。グリップは、当初の要塞を建設させたボー.ヨンソン.グリップです。この党には、防衛用に6段になった階層に大砲が供えてありました。向こうは北端にある中位の大きさのヴァーサ塔です。ヴァーサ塔にはグスタフ.ヴァーサ王の部屋がありました。<br />手前は1.Greifthurm  向こうは2.Vasathurm

    この城は4つの塔を持った比較的小さな規模の城です。この写真は、城の中庭から東の方向を望んでいます。手前は城の西端にあるグリップの塔で、2つある大きな塔の1つです。グリップは、当初の要塞を建設させたボー.ヨンソン.グリップです。この党には、防衛用に6段になった階層に大砲が供えてありました。向こうは北端にある中位の大きさのヴァーサ塔です。ヴァーサ塔にはグスタフ.ヴァーサ王の部屋がありました。
    手前は1.Greifthurm 向こうは2.Vasathurm

  • こちらは北の方向を望んでいます。手前は一番小さい囚人の塔で、向こうの塔は上掲の写真と同じグリップの塔です。

    こちらは北の方向を望んでいます。手前は一番小さい囚人の塔で、向こうの塔は上掲の写真と同じグリップの塔です。

  • グリップスホルム城の近くのマリエンフレドッド駅から、国鉄線のレッゲスタ駅までの3.2Kmを蒸気機関車が牽引する軌間600mmの狭軌鉄道が主に観光用に走っています。この写真は、Östra Södermanlands Järnväg のサイトから借画しました。

    グリップスホルム城の近くのマリエンフレドッド駅から、国鉄線のレッゲスタ駅までの3.2Kmを蒸気機関車が牽引する軌間600mmの狭軌鉄道が主に観光用に走っています。この写真は、Östra Södermanlands Järnväg のサイトから借画しました。

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