2016/09/20 - 2016/10/14
347位(同エリア2120件中)
さわ子さん
2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。
旅程の概略です。
★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。
★ 9月21~22日 オスロ泊。
★ 9月23~24日 ベルゲン泊。
★ 9月25日 フロム泊。
★ 9月26日 ベルゲン泊。
★ 9月27~28日 ストックホルム泊。
★ 9月29日 船中泊。
★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。
★ 10月2~4日 タリン泊。
★ 10月5~7日 リガ泊。
★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。
★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。
★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。
この24回目の旅行記は、リトアニアのヴィリニュスからデンマークのコペンハーゲンに移動し1時間の時差を利用してオードロップゴー美術館とニュー.カールスベルグ.グリプトテク美術館を訪問した記録です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝9時、ホテルをチェック.アウトし、ホテル手配のタクシーを待ちます。このホテルの滞在は、部屋もサービスも朝食も満足でした。ババが大事に抱えているのはヘルシンキで貰ったムーミン.バケツです。あと2回の飛行機での移動を頑張れば、無事に日本に持って帰れます。
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5分ほど待ち、タクシーはホテルを出発しました。夜明けの門前を通ります。2日前の朝は道を間違えこの門を通る事ができなかった事が思い出せます。
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ヴィリニュス空港に着きました。タクシーは適正と言われる10ユーロでした。これはターミナル.ビルです。左側に見える建物が正面中央で、1階の出入口になります。最上部の壁龕には、飛行機に因んだ彫像が見えます。到着ロビー、出発ロビーはそれぞれ1,2階ですが、車はこの建物の右側を回り、建物後方で2階の出発ロビー入り口に接続しています。
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タクシーを降りて出発ロビーに入りました。ロビー.ホールの中央に日産の車が展示してあります。
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出発ロビー入り口に設置してあったダンボール製のゴミの分別箱です。
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出発ロビー中程で入り口方向に振り返ります。
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これは時々空港で見かけるサービスです。スーツ.ケースをビニール.シートでぐるぐる巻きにして、簡単に開けられないようにするサービスです。
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チェック.インはウェブ.サイトで済ませ、SASカウンターではスーツ.ケースを預けてボーディング.カードを貰い正面のセキュリティー.チェックに進みます。フライトはSK745、11時5分発、11時30分着(時差1時間)です。
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ゲート#12からバスに乗り飛行機まで行きます。搭乗機はカナダの重工業企業ボンバルディア製のCRJ-900LRです。座席が2席/2席の小型機です。ボンバルディアは鉄道車両でも有名です。
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こちらは2003年春の旅でウィーンからヴィルニュスまで搭乗したラウダ.エアーのジェット機です。同じボンバルディア製のCRJ型ですが、最も小さいCRJ-100LRです。この時もターミナルの建物までバスで行きました。
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11時15分飛行機はタキシングを始めました。ターミナル.ビルが遠くになりました。
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離陸して25分、バルト海に出ました。雲もなくなり海岸線がよく見えます。右側に見える都市は、リトアニア第3の都市で港湾都市のクライペダのようです。
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バルト海を越えてデンマークのシェラン島の上空に達しました。大きく右旋回して着陸コースの方向に機首を変えています。
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空港の南西の方向からコペンハーゲン空港に侵入です。翼の前方にドラウエア.ゴルフ.クラブのコースが見えています。
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11時半コペンハーゲン空港に着陸しました。ここでもバスで空港ターミナルへ行きます。
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コペンハーゲン空港の荷物受取り場です。大変広いスペースが確保されています。羽田からオスロに飛んだ旅行初日は乗り継ぎだったのでこの場所には来ていません。
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この空港でも到着時に免税品が買える店があります。
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2日後に羽田に出発するターミナル3を少し見ておこうと、スーツ.ケースを転がして入りました。沢山のセルフ.チェック.イン、バッグ.タグ発行機が並んでいます。
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後方に見えるターミナル3を出ましたが、バス乗り場を見つけるのに苦労しました。やっと左のターミナル3から三角形に突き出したメイン.ターミナルと呼ばれる建物の東側に市内バスの停留所を見つけました。
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市内に向かう#5Aのバスを待ちます。現在は#5Cのバスになっているようです。
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市内バスの老人席に座らせてもらいました。
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老人席の横に乳母車が乗っていました。青い目の可愛い赤ちゃんです。
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市庁舎広場の北側にあるバス停で降りて、広場の北側に沿ってこれから2泊するスカンディック.パレス.ホテルに入りました。市庁舎広場に面した5階の部屋です。写真正面の扉から入り、ベランダ窓の前から室内を写しています。
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部屋は結構広いのですがソファを置いた居間のセットはありません。洗面台とトイレはベッドの左側で、シャワー室がベッドの右側と離れていたので、使い勝手が良くありませんでした。
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右端に市庁舎広場に面したベランダの窓とベッドとの間のシャワー室です。
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こんなに広い部屋なのにバス.タブが無く、シャワーだけでは真冬には辛そうです。
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こちらはベッドの左にある洗面台とトイレです。
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カウンター形の事務机の下に置いてあった、ゴミ分別用のバケツです。
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部屋からの眺めは最高です。左手に市庁舎の建物が見えます。手前は1914年に完成したの二人のルアー奏者の像です。このホテル前にある細い三角形の緑地帯に立っています。ルアーは管楽器ホルンの1種です。彫像はジークフリート.ワグナーが、それを支える柱はアントン.ローゼンがデザインしています。
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市庁舎の屋根を拡大しました。広場に面した方向にある建物正面の屋根に飾られた6体のブロンズ像が見えます。
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早速街歩きに出発します。4階エレベーター.ホールです。ここには旧型、新型1台づつのエレベーターが設置されています。
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こちらは旧型のエレベーターです。
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エレベーターのゴンドラには扉がありません。目の前で各階の扉が通り過ぎていきます。
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先ず遠くの美術館、オードロップゴー美術館(Ordrupgaard)を目指します。市庁舎広場の北側半分が工事中で、その囲いの仮設壁に貼ってあった広告です。イスラム女性が使うブルカの現代的な特別デザインのようです。
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ウォールマンのサーカス.ビル(Wallmans Cirkusbygningen)前で、小さな広場の対面にあるノルディック.フィルム.シネマ.パレス(Nordisk Film Biografer Palads)の建物です。
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近郊電車エストーの駅が見えてきました。正面の大きなビルのインペリアル.ホテル前に、小さく"S"のマークの標識が見えます。この手前は陸橋になっていて、電車はその下の堀割りを走っています。
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通りを振り返ります。五つの円柱形のビルが建つビジネス.センターです。
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陸橋の上で、郊外電車エストーの駅が見えてきました。中央駅から北に一つ目の ヴェスターポート(Vesterport)駅です。エストーは、ドイツで言えば"Sバーン"に相当します。
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駅の売店で目的の駅であるC線のクランペンボー駅までのゾーン数を教えて貰い自販機で切符を購入しました。
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エストーの路線図です。南のヴェスターポートからクランペンボーまで乗車します。
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車内のバイク.スタンドがずらりと並んでいます。ここには乳母車や車椅子も置けます。
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この電車は横幅が広く、3席3席の座席配置で短距離の通勤用車両になっています。
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座席も簡単な構造です。
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ヴェスターポートを発車し二つ目の駅オスターポートに着きました。M3とM4線への乗り換え駅です。
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C線終点のクランペンボー(Klampenborg)駅に着きました。バスが丁度出てしまった後なので30分待ちです。午後2時になり、腹が空いたので暇を利用し駅の売店でホット.ドッグを買って食べました。
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駅前から#388のバスに乗り2Km先、4つ目のバス停で降ります。このバスの後ろ一面が広告板になっています。プジョー自動車の地元ディラーの宣伝のようです。バスのナンバー.プレートが広告に埋れて少し読み難いですね。
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10分弱でオードロップゴー(Ordrupgaard)美術館前のバス停に着きました。この美術館には、19世紀から20世紀初頭にかけての、デンマークとフランスの美術品のコレクションが収蔵されています。オードロップゴー美術館はもともと、ヴィルヘルム.ハンセン夫妻によって1918年に建てられた邸宅でした。ヴィルヘルムは、1936年の没まで終生保険会社で働いています。1951年に夫人が亡くなり、邸宅、庭園も含む全ての収集美術品はヴィルヘルムの遺言に従いデンマーク国家に寄贈されました。2005年には、イラク出身の建築家のデザインで新館がフランス絵画の展示と特別展として東側に建設されました。この新館は、建築家の名を取って"ザハハ.ディッド館"と呼ばれています。
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上掲の入り口を入りしばらく木々の間を歩くと建物群が見えてきました。この写真の左側の近代的な建物が新館で、右側の建物が寄贈された元ハンセン家の邸宅です。新館では8月24日から12月4日までクロード.モネの特別展を開催していました。
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まず特別展から鑑賞です。
この1817年に完成したロンドンのウォータールー橋の絵画は、印象派のクロード.モネ(Claude Monet:1840-1926)による油絵41点のシリーズで、1900年から1904年の間に描かれ、チャリング.クロス橋シリーズや国会議事堂シリーズと並んで彼のより大きな「ロンドン.シリーズ」のサブ.シリーズを形成しています。 この絵は1903年の作品「ロンドン橋、灰色の天候」です。 -
こちらも1903年の作品で「ロンドン橋、太陽の効果」です。カナダのマックマスター美術館の所蔵です。
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これも1903年の作品で「ロンドン橋、太陽光の効果」です。アメリカ、ピッツバーグのカーネギー美術館の所蔵です。
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こちらも数多く描かれている水蓮を主題にした作品です。これは1899年に描かれた「水蓮の池」です。この太鼓橋は日本の橋として説明されています。ロンドンのナショナル.ギャラリーの所蔵作品です。
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こちらの水蓮の作品は1904年の作品でフランス、ル.アーブルのアンドレ.マルロー近代美術館の所蔵です。
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これは1906年の作品で、シカゴの美術学院の所蔵です。上掲の作品が日陰の木々が映った池の睡蓮ですが、こちらは晴天が映った池が描かれています。
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2009年夏の旅で入館したパリのオランジュリー美術館で撮影した写真です。横長の大きなパネルで描かれた1枚で「水蓮の池、柳と晴れた朝」と題が付けられています。
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クロード.モネは、1908年10月から12月にかけて最後の大旅行となるヴェネツィア旅行に出ました。その時に描かれた風景画の2枚です。
これは「サン.ジョルジョ.マッジョーレ聖堂から見たデュカーレ宮殿」です。 -
こちらも1908年の作品で、アッカデミア美術館の東隣りにある「コンタリーニ.ダルザッフォ宮殿」です。
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クロード.モネは1878年家族と共にパリから北西にセーヌ川の50Kmほど下流にある小さな村ヴェトゥイユ(Vetheuil)に移りました。この3枚のパネルは、「ヴェトゥイユ村の風景」です。
これはオーストラリア、国立ヴィクトリア美術館が所蔵するセーヌ河の西岸から描かれたパネルです。 -
こちらはヴェトゥイユ村の中にあるノートルダム.ド.ヴェトイユ教会を大きく描いているパネルです。教会が川面に映っています。
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これはセーヌ河の東岸でヴェトゥイユ村の南から描いています。
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これはオランダ、ロッテルダムのボイマンス.ヴァン.ベーニンゲン美術館所蔵の1882年の作品で英仏海峡に面する「ヴァレンジュヴィルの税関職員の小屋」です。モネにとって、ヴァレンジュヴィルの断崖を切り、左側に小さな家があるプチ.アイリー峡谷は、無限のモチーフの源になりました。ここでは、谷の反対側から小屋を眺めています。1882年から1897年に亘り、主題のシリーズを30回描いています。
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クロード.モネは1883年にジヴェルニーに移り、ここで1926年に没するまで制作を続けました。これはフランス、リヨン美術館が所蔵する1883年に描かれた「エトルタの嵐の海」です。エトルタは上掲のヴァレンジュヴィルの西にある石灰質の断崖が続く海岸にあります。
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1989年秋に豊橋市で開催されたオードロップゴー美術館が後援する特別展のポスターも展示してありました。この絵はルノアールの1877年の作品で「マダム.イスコベスコの肖像」です。
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これは子供の遊び場として造られ"マネの魔法のお庭"と名付けられた水蓮の池と日本橋です。
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旧邸宅の建物の途中にある温室です。
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旧邸宅の1階は、玄関広間と庭園に面する5室がデンマーク絵画の常設館になっています。ここは、写真の右側にある温室から入った1番目の展示室です。
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デンマークのフュン島で活躍したピーター.ハンセン(Peter Hansen:1868-1928)の1902年の作品「フュン島シャーフィンの牧草地での干し草作り」です。彼の作品のほとんどは、フュン島とイタリアの両方の田舎の風景に触発された風俗画です。
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2番目の展示室の絵画作品です。展示室の撮影は失念しました。
これは特にデンマークの風景の大規模な描写で知られているピーター.クリスチャン.スコフガード(P.C.Skovgaard:1817-1875)の1885年の作品「5人の少女達」です。 -
「デンマーク黄金時代」と呼ばれる時代を代表する画家の一人であるヴィルヘルム.マーストラン(Wilhelm Marstrand:1810-1873)の作品5点です。
これは1839年に試作品として制作された「踊るイタリアの少女」です。この画家の1836年から4年間の初めてのローマ滞在中に描かれたもののようです。その後何度もローマを訪れています。 -
こちらは1847年頃の作品でカーニバル用の衣装で、若い牧師と冗談を飛ばすイタリアの少女達が描かれています。左の扉には、この場の状況に驚いている老婆がいます。
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この絵は、1848年頃に描かれたもので、ローマのカーニバルの最後の夜の経験を示しています。カーニバル.パレードが、ローマのメイン.ストリートであるコルソ通りを通り抜ける場面です。このカーニバルでは、他人が持つモッコリと呼ばれる小さなキャンドルを消し合います。貧富や社会の階層の差を一時忘れて全てのローマ人がこの祭りを楽しみます。
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こちらは1854年頃の作品で「ヴェネツィアの渡し船」です。後方にリアルト橋が描かれています。
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こちらも1854年頃の作品で「ゴンドラを下りる」です
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3番目の展示室は、旧邸宅1階の中央にある大きな広間です。
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部屋を仕切る壁に設置された暖炉です。
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同じ3番目の展示室の反対側の仕切り壁です。こちら側にも暖炉がありますが、開放式で火が見えるタイプです。
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4番目の展示室です。ババが小さなパネルの絵画の写真を撮影しています。
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これがその絵画です。デンマークのミカエル.アンカー(Michael Ancher:1849-1927)の1881年頃の作品で「かぎ針編みの若い女の子」です。この画家は、デンマーク最北端の町スケーエンに集まった画家たち"スケーエン派"の代表的画家でした。アンカーはデンマークの写実主義の芸術家でした。アンカーの作品の多くは、スカーゲンの英雄的な漁師と彼らの海での劇的な体験を、リアリズムと古典的な構成を組み合わせて描いています。
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5番目の展示室です。
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デンマークの画家で王立美術アカデミーの教授にもなったジュリアス.ポールセン(Julius Paulsen:1860-1940)の作品2点です。
これは1908年の作品で「踊る子供達」です。 -
こちらは1909年の作品で「オードロップゴー美術館の創設者のヴィルヘルム.ハンセンの夫人と息子」です。
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同じ5番目の展示室ですが、左の窓側を写しています。
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デンマークの画家でヴィゴ.ヨハンセン(Viggo Johansen:1851-1935)の1883年の作品「ベッドでのアーティストの妻」です。この画家も王立美術アカデミーの教授になっています。
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1時間ほどこの美術館に滞在し外に出ました。これは蔦に覆われた旧邸宅の中央部正面です。展示室は、この側の反対で庭園に面しています。
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旧邸宅から離れて行きます。赤く紅葉した蔦も見えます。
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旧邸宅の裏側にある庭園を覗いてみました。
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綺麗に形作られ、良く手入れされた庭園です。
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バス停に戻ってきました。30分間隔で運行されるバスですが、幸運にも10分程でバスが来ました。
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クランペンボー駅です。この駅はC線のターミナル駅なので、万が一電車が停止できなかった時の対策として、ホームより高いこのような防御壁が造られています。
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中央駅に着きました。近くの美術館に行く予定ですが、近道になるので、前方に見える駅ホームの南端から出ます。
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ホームから直接陸橋となっている通りがこの階段で直接繋がっています。
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大きな通りとなっている陸橋から中央駅のホームを望んでいます。ホームの屋根の向こう中央に駅舎中央の尖塔が見えています。
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駅を出てチボリ公園の南東側を北東に向かって歩いて行きます。左側にあるのは「ワガママ(wagamama)」と言う名の"日本風食品"をテイク.アウトできるお店です。
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更に通りを歩いていくと左側にチボリ公園が見えてきます。「悪魔のジェット.コースター」が見えます。チボリ公園は9月下旬から翌年4月初めまで、ハロウィンとクリスマスを除き休園です。
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通りの右側にニュー.カールスベルグ.グリプトテク美術館の別館が見えてきました。そのピラミッド状の屋根の頂上にあるブロンズ像です。
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こちらは別館に続いて現れる本館横の芝生に設置されたブロンズ像の一つ、港湾労働者の像です。この作品は、1893年にコンスタンタン.ムーニエが製作した作品です。
この美術館は、カールスベルグ醸造所の創設者の息子であるカール.ヤコブセン(Carl Jacobsen:1842-1914)が収集し、その後国と市に寄贈された美術品を展示してあります。美術館名の最後に"グリプトテク"と付いていますが、これはギリシャ語で彫刻品の保管所を意味し、カール.ヤコブセンがアンティークの彫刻から収集活動を始めた事に由来します。 -
ミュンヘンにも同じ名前のグリプトテク美術館があります。バイエルン国王ルートヴィヒ1世が収集した古典古代彫刻を専門に展示する美術館です。
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通りはH.C.アンデルセンス.ブルヴァードに突き当たり、その右にこのニュー.カールスベア.グリプトテク美術館の本館が見つかります。この美術館は火曜日は入館料が無料でした。美術館にはH.C.アンデルセンス.ブルヴァードに正面玄関があり、本館の"コ"の字形の建物は、設計者の名をとってダーララプ(V. Dahlerup)館と呼ばれ1897年に完成しました。その後ダーララプ館の後方にカンプマン(H. Kampmann)館と呼ばれる"日"の字形の別館が1906年に完成しました。その時ダーララプ館の中庭に両建物を繋ぐ屋根付きの冬の庭園がダーララプの設計で造られています。更に1906年にカンプマン館の南側の中庭に、近代的なヘニング.ラルセン(H. Larsen)館が1996年に建てられています。
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いつもの様にまず本館であるダーララプ館のレベル3にエレベーターで上がり絵画の鑑賞です。本館の中央にある冬の庭園を囲むようにデンマークの絵画と彫刻を展示する部屋が10室あります。
まずデンマーク黄金時代を代表する画家クリストファー.ヴィルヘルム.エッカースベルグ(Christoffer Wilhelm Eckersberg:1783-1853)の作品6点です。彼はデンマーク王立美術アカデミーで多くの画家を育てました。これは1814年の作品で「ローマの聖なる道」と名が付いています。遺跡のフォロ.ロマーノ内で、サン.ロレンツォ.イン.ミランダ教会の南側から北西の方向にセナトリオ宮殿の塔を望んでいます。当時の フォロ.ロマーノは、長い間の土砂が堆積して地面がこのように高く上がっていました。 -
2007年秋のイタリア旅行で撮影したフォロ.ロマーノの写真です。上掲のエッカースベルグの絵画は、この写真の赤いAの矢印の付近で描いていたのでしょう。サン.ロレンツォ.イン.ミランダ教会前の階段は地中です。教会ファサード前の列柱上に残っている矢印Bの石材も絵画に描かれています。左側遠くに見える白い建物は、1911年に完成したヴィットーリオ.エマヌエーレ2世記念堂です。
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こちらは1830年の作品で「ワイルダーズ埠頭からの眺め」です。ワイルダーズ埠頭は、コペンハーゲンのクリスチャンハウン運河近くにありました。エッカースベルグは同じ題材で横長のパネルも描いています。
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これは、ローマのスペイン広場で階段を上がった丘にあるトリニータ.デイ.モンティ教会の南側から北の方向、ピンチョンの丘方向を眺めている1816年頃に描かれた絵です。教会ファサード前にはオベリスク、その右遠くにヴィラ.メディチの建物が描かれています。今は教会の南側には建物が建っていて、この辺りは観光客で賑わっています。
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この絵は1830年に描かれた「ドラウエア港」です。ドラウエア港は、コペンハーゲン空港の南東にあります。
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こちらは1831年の作品で「ブリッグに向かうパイロット船」です。ブリッグは、2本のマストで、そのうち1つに横帆を備えた帆船です。左の小さい方の船がパイロットです。厚い雲の下、強風で波立つ中で両船が会合しています。
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これは1816年頃の作品で「ロット橋(崩壊した橋の意味)の近くからのテヴェレ川の眺め」です。テヴェレ川の東岸から南の方向を眺めています。背景には、アヴェンティーノの丘のサンタ.サビーナ教会とサンタ.マリア.デル.プリオラート教会が見えます。紀元前2世紀に建てられたエミリオ橋が1598年の洪水でその3分の1が崩壊しました。その後1890年に新しくパラティーノ橋として架け替えられました。その時西岸に残っていた3分の1が新橋の建設のため取り払われ、現在はエミリオ橋の中央部分が川の中に"ロット橋"として残っています。
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これは、アヴェンティーノの丘のサンタ.サビーナ教会の北隣りにあるアランチ庭園から崩壊したロット橋方向を眺めた写真です。崩壊したロット橋の手前に1890年に架けられたパラティーノ橋が左手に見えます。ロット橋はパラティーノ橋の陰になって見えません。写真右手遠くに白色のヴィットーリオ.エマヌエーレ2世記念堂が見えています。
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デンマーク黄金時代を代表する肖像画家、風景画家であるクリスチャン.ケプケ(Christen Kobke:1810-1848)の1834年の作品「城塞の北門」です。コペンハーゲンを外部からの敵から守る要塞の一つの門です。
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これもクリスチャン.ケプケの1829年の作品で「エッカースベルクのスタジオの窓からの眺めるシャーロッテンボー宮殿」です。
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デンマーク絵画の黄金時代の肖像画と風俗画家ヤアアン.ロード(Jørgen Roed:1808-1888)の1840年頃の作品で「ヴィッラ.ボルゲーゼのカーサ.センチ」です。現在のローマのボルゲーゼ公園の北西端にあった建物で、19世紀初めの画家の間ではラファエッロがスタジオとして使っていた建物だと信じられていました。ターナーのスケッチも含め何人かの画家がこの建物を描いています。
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こちらもヤアアン.ロードの1839年の作品で「暖炉の前に立つイタリア人女性」です。
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デンマークの画家マーティヌス.ラービュー(Martinus Rorbye:1803-1848)作の「サン.ジョヴァンニ.イン.ラテラーノ修道院」です。ラービューは、王立美術アカデミーの展覧会で賞を得て、1834年には海外留学の奨学金でオランダ、フランスを訪れた後、ローマに1837年まで滞在しました。更に1839年に結婚し、健康の回復のために再びイタリアに旅し、1841年にデンマークに戻っています。
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こちらは2007年秋にイタリアを旅した時に撮影したローマの4大バシリカ聖堂の一つサン.ジョヴァンニ.イン.ラテラーノ聖堂の写真です。
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こちらはこの聖堂に付属した修道院の回廊です。残念なが回廊から中庭に入る通路の両脇にあるライオン像は写し忘れています。
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これもマーティヌス.ラービューの作品です。1回目のイタリア滞在中にギリシャやトルコにも旅しました。この絵は1836年に描いた「アテネの風の塔の側で井戸から水を汲み上げるギリシャ人達」です。アテネの風の塔は、八角形の大理石で造られた時計塔であり気象観測所です。その構造は、日時計、水時計、風見鶏の組み合わせになっています。
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デンマーク黄金時代の芸術家の一人であるコンスタンティン.ハンセン(Constantin Hansen:1804-1880)の作品3点です。
これは1832年に描かれた絵画で、狩人が小さな女の子に獲物を見せています。ハンセンは、その後外国留学の資金を与えられ、1835年から8年間ベルリン、ドレズデン、プラハ、ニュルンベルク、ミュンヘンなどを経て、1843年までイタリアに滞在しました。 -
こちらは1837年の作品で「ローマのフォロ.ロマーノ」です。前掲のエッカースベルグの絵画よりフォロ.ロマーノを広く描いています。この絵はフォロ.ロマーノの東側にあるティトゥスの凱旋門の近くから北西の方向に遠くセナトリオ宮殿を望んでいるようです。左にカストルとポルックス神殿の3本の柱が見えます。セナトリオ宮殿の建物右端で赤煉瓦の壁面の右手前にセプティミウス.セウェルスの凱旋門も見えます。
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これは1840年頃の作品で「ヴェスヴィオ山を背景にしたナポリ湾」です。暑い夏の情景でしょうか、砂浜でテントを張り漁師の夫婦が網の繕いをし、その側に子供もいます。
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これは2014年秋の旅で、卵城の西のキアイア地区の海岸から撮影した写真です。ハンセンの絵画から200年弱の時の経過が反映されています。今はこの辺りの海岸には砂浜はありません。このような波消しブロックで海岸が埋められています。ヴェスヴィオ火山も煙は上がっていません。卵城は変わっていませんが、その左のサンタ.ルチア地区は海岸から迫り出して多数のホテルで並んでいます。
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レベル3の展示室から冬の庭園を見下ろします。右の方向が玄関ホール側で、左の方向は新館のカンプマン館側です。
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デンマークの風景画家ヨハン.トマス.ロンビュー(Johan Thomas Lundbye:1818-1848)の1838年の作品「アレッソ湖の風景」です。アレッソ湖は、同じシェラン島でコペンハーゲンの北北西にあリます。ロンビューは1832年から10年間王立美術アカデミーで勉強しています。
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右側の湖を拡大しました。湖面の小舟と陸上の人物が大きな画面の良いアクセントになっています。
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こちらもロンビューの1845年の作品で「ローマのカラカラ浴場」です。ロバが引く2輪車の横で赤ちゃんを抱いて休む女性を描いています。ロンビューは1845年から1年間、王立美術アカデミーからの援助を受けドイツ、フランス、スイス、イタリアと旅行しています。そしてデンマークに戻った後1848年に軍隊に入隊し、不幸にも銃弾で死亡しています。
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ノルウェーのロマン派の代表的画家ヨハン.クリスチャン.ダール(Johan Christian Dahl:1788-1857)の1832年の作品「ソレ近くのペダースボルグからの風景」です。ソレは、シェラン島でコペンハーゲンの西北西にある街です。画面の左にあるペダースボルグ教会は今でも同じような外観で丘の上に建っています。絵画はこの教会の北側から描かれているようです。ダールは頻繁に人間や動物を彼の風景画に組み込み、絵画が単純な風景画にならないように工夫しています。ダールは、同じシーンの複数の(多くの場合、実質的に同一の)バージョンを描く事がありました。
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これもダールの作品で「ピエシェンから見たドレズデンの眺め」です。ピエシェンはドレズデンの北にあるラベ川に面しています。
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これは2013年秋にドレズデンを訪れた際にラベ川の北側にある新市街側の土手から写した写真です。ピエシェンはこの写真の撮影地の更に北北西にあり、ほぼ同じ向きにドレズデン旧市街を眺める事ができます。塔を持つ目立つ建物は右から旧宮廷教会、王宮、スシュテンデハウス、2005年に再建された聖母教会です。スシュテンデハウスは1907年の建設なのでダールの絵にはありません。
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デンマーク絵画の黄金時代の画家ピーター.クリスチャン.スコフガード(P. C. Skovgaard:1817-1875)の1857年の作品「5月のブナの森」です。大きな縦長のパネルの下半部を切り取って写しています。スコフガードは、コペンハーゲンがあるシェラン島南のヴォアディングボーに邸宅がありました。この絵は、その地主の家族が愛犬を連れ森を歩いている場面を描いています。
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歴史書などに挿絵を描いたことで知られるデンマークの画家ローランス.フレーリク(Lorenz Frølich:1820-1908)の1859年の作品「部屋で髪を梳かしているカロリーナ.フレーリク夫人」です。
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オードロップゴー美術館で作品5点を紹介したヴィルヘルム.マーストラン(Wilhelm Marstrand:1810-1873)の作品3点です。これは1847年の作品で「イタリアのオステリアでの情景」です。オステリアは値段の手頃な食事を提供する食堂です。母と娘達でしょうか、赤ワインを飲みながら楽しく食事をしています。
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こちらは「ふいごを持つイタリアの女性」です。
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これは1841年に練習用に描いたパネルです。イタリアの女性と眠っている子供を単品で詳細に描いています。
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レベル3からレベル2の玄関ホールへ、この階段で下りて行きます。
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その階段のガラスの天井です。ガラスには植物の絵が描かれています。
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玄関ホールから冬の庭園を通って写真正面にある新館カンプマン館の南側の中庭に造られたヘニング.ラルセン館に行きます。そこにはフランスの絵画や彫刻が展示された部屋がレベル1、2、3に計11室あります。
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冬の庭園の中央に置かれたデンマークの彫刻家カイ.ニールセン(Kai Nielsen:1882-1924)の1920年の作品で「水の母」です。水の母は生命の創造を表しているそうです。
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フランスの絵画や彫刻の展示室に入りました。
印象派の画家ピエール=オーギュスト.ルノワール(Pierre-Auguste Renoir:1841-1919)の1877年の作品で「少女達」です。 -
エドゥアール.マネ(Edouard Manet:1832-1883)の1867年の作品「皇帝マキシミリアンの処刑」です。メキシコ皇帝になったハプスブルク家でオーストリア皇帝フランツ.ヨーゼフ1世の弟であるマキシミリアンが、二人の将軍と共に処刑されている場面です。スペインの画家ゴヤの1814年の作品でナポレオン軍に抵抗するスペイン人を描いた「マドリード、1808年5月3日」の影響を受けて製作したそうです。この絵はドイツ、マンハイム市立美術館にあるパネルの試作品の一つだそうで、大きさも縦横が約5分の1のサイズで小さくなっています。
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アカデミック絵画を代表するフランスの画家で、女性を描いた多くの絵画を残しているウィリアム.アドルフ.ブグロー(William Adolphe Bouguereau:1825-1905)の1874年の作品で「ブドウを持つ少女」です。
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ジャン=バティスト.カミーユ.コロ(Jean-Baptiste-Camille Corot:1796-1875)の1850年代の作品「憂鬱」です。
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フランス生まれのイギリス人で印象派の画家アルフレッド.シスレー(Alfred Sisley:1839-1899)の作品です。彼の作品のうち大部分は、パリ周辺の風景を題材にした穏やかな風景画です。これはシスレーの1872年の作品「ロッジュ島、洪水」です。彼は10月下旬に始まり12月17日にピークに達したセーヌ川の洪水の間に描きました。ロッジュ島(Ile de la Loge)は、パリの西の郊外でセーヌ川下流に浮かぶ長さ約2.5 kmの島です。この島は多くの印象派の画家を魅了しましたが、シスレーも複数の絵画を描いています。
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これも同じシスレーが1873年頃に描いた「マルリー.マシーン」です。最初の巨大な揚水機械は、セーヌ川から水を154m汲み上げて8Kmの水道橋でベルサイユ宮殿に送るために1684年にロッジュ島近くに建設されました。その後1827年に一時蒸気機関を利用した揚水装置に置き換えられましたが、1859年に再度水力を利用した新たな装置に置き換えられました。この時点の揚水装置が設置された建物が描かれています。
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これはジャン=フランソワ.ミレー(Jean-François Millet:1814-1875)の1859年の作品「死と木こり」です。 ミレーは、17世紀のフランス人作家、ラフォンテーヌの有名な寓話から題材を取り上げたこの絵に示されているように、貧しいが慎ましい農民を描くのが好きでした。
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フランスのポスト印象派の画家ポール.ゴーギャン(Paul Gauguin:1848-1903)の1885年の作品で「ディエップの海岸」です。ディエップ は、フランスのノルマンディー地域圏にありイギリス海峡に面した港町です。ゴーギャンは、デンマーク人の女性と結婚し1884年末から1895年中頃までコペンハーゲンに住んだ事があります。
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こちらは1889年の作品で「座ったブルトン人の少女」です。ブルトン人は、フランスのブルターニュ地方に主として暮らすケルト系民族です。長い間、ハイチのカトリック聖職者達はブルターニュ地方から補充されてきました。
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これは1890年の作品で「二人の子供達」です。フランスのポスト印象派でゴーギャンの友人であった画家のエミール.シェフネッケル(Émile Schuffenecker:1851-1934)の子供のポールとジャンだそうです。
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ゴーギャンと1888年の2ヶ月ほど共同生活をしていたフィンセント.ファン.ゴッホ(Vincent van Gogh:1853-1890)の1889年の作品で「サン.ポール病院後方の山脈の風景」です。1889年、ゴッホは精神病院サン.ポール.ド.モーソルに自発的に入院しました。 モチーフは、彼の部屋からの眺めであり、彼は天候と光のさまざまな条件でいくつかのバージョンを制作しました。 曲がりくねった筆運びと明確な輪郭は、後期ゴッホの特徴です。
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アンリ.ド.トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec:1864-1901)の1885年の作品「画家シュザンヌ.ヴァラドンの肖像」です。シュザンヌ.ヴァラドン(Suzanne Valadon:1865-1938)は、モンマルトルでピュヴィス.ド.シャヴァンヌ、ルノワール、ロートレックらの著名な画家のモデルを務めながら独学で絵を描き始め、エドガー.ドガに師事しました。
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フランス印象派の女性画家であるベルト.モリゾ(Berthe Morisot:1841-1895)の1880年の作品で「ジュリー.マネと彼女の看護師」です。モリゾはエドゥアール.マネの絵画のモデルとしても知られています。またモリゾは、マネの弟と結婚しています。
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これもベルト.モリゾの1881年の作品で「洗濯物を干す女性」です。
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これは2015年にオルセー美術館で撮影した彼女の1872年の作品で「ゆりかご」です。モリゾの画風は、穏やかで母子の微笑ましい情景などが特徴的です。
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これはジュール.バスティアン.ルパージュ(Jules Bastien-Lepage:1848-1884)の1880年の作品「物乞い」です。若死にしたこの画家は、生活の中の人物を主体に多くの絵を描いています。この絵では、物乞いの老人の顔の線やしわの細部に細心の注意を払い、この男の歴史をすべて彼の顔に表しています。
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フランス絵画と彫刻の展示室があったヘニング.ラルセン館を出て冬の庭園を通って本館のダーララプ館に戻ります。写真の前方がダーララプ館です。この冬の庭園には多くの椰子の木が植えられています。
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庭園を覆うガラス屋根の中央には、ガラスのドームが建っています。
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冬の庭園から美術館正面でレベル2の玄関ホールに入りました。ホールの右側にあるレベル3へ上がる階段脇に置かれた彫像です。フランスの彫刻家ウジェーヌ=アントワーヌ.エズラン(Eugène-Antoine Aizelin:1821-1902)の1889年の作品の「可愛い!」と名が付いている像です。
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こちらは玄関ホールに入って左側にあるレベル1のチケット.オフィスへの階段脇に置かれた彫像です。フランスの彫刻家アントナン.メルシエ(Antonin Mercie:1845-1916)作の「コミック.オペラ」です。
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本館であるダーララプ館のレベル2にはフランスとデンマークの彫刻家の作品が展示してあります。この写真は、建物の右翼ギャラリーの後端から中央と前端を望んでいます。
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上掲写真と同じ位置から撮影した右翼ギャラリーの装飾天井です。
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一部の装飾画を拡大しました。
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これは、フランスの彫刻家ローランオノレ.マルクエスト作の「メデゥーサを殺害するペルセウス」です。メドゥーサは、ギリシア神話に登場する醜い女の怪物であるゴルゴン3姉妹の1人です。ペルセウスはゼウスの血を引く半神であり、神々から授かった魔術的な武具を駆使してメドゥーサ殺害を成し遂げました。マルクエストは、最初この題材の作品を1875年に石膏で製作しました。その後ブロンズ像を制作中にこの石膏像が壊れたので再び石膏像を製作し、それを基に1890年と1903年に大理石像を製作しています。この美術館には1903年の作品が展示してあります。1890年の作品はフランスのリヨン美術館に所蔵されています。
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こちらは右翼ギャラリーで前端から後端を望んでいます。
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右翼ギャラリー前半の天井の装飾画2点です。上掲の右翼ギャラリー後半の天井の装飾画とは枠の形が異なっています。どちらもギリシャ神話からの題材です。これは「ポセイドンとアポロ」です。
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こちらは「セレーネとエンデュミオン」です。ギリシャ神話で月の女神セレーネは、ゼウスの子エンデュミオンに恋をします。
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右翼ギャラリー後端にある壁龕の半球天井です。
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フランスの彫刻家で画家のポール.デュボア(Paul Dubois:1829-1905)の1876年の作品で「施し」です。これは、アルジェリアで名を馳せましたがナポレオン3世に追放され、1860年に教皇軍を指揮したラモリシエール将軍(1806?1865)の墓の四隅に配置された4つの寓話像の1つです。
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フランスの彫刻家アンリ.シャピュ(Henri Chapu:1833-1891)作の 「天の声に耳を傾ける、ドムレミーのジャンヌ.ダルク」です。シャピュはジャンヌをロレーヌの羊飼いとして描写し、王が王国を解放するのを助けるようにと彼女に求める声を聞いています。1870年にパリのサロンに石膏像として出品され、その後大理石やブロンズで様々なサイズの像が製作されています。ブロンズ像の一つがコペンハーゲン市内のエアステッズ公園に設置してあります。
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こちらはダーララプ館の左翼ギャラリーの後端から前端を望んでいます。
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左翼ギャラリーの後端の天井装飾です。
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左翼ギャラリーの後端右側の壁面上部と天井です。この壁面の前に下掲の彫刻が展示してあります。
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パリやイタリアでも勉強したデンマークの女性彫刻家エルナ.ボルチ(Elna Borch:1869-1950)の1905年の作品で「死と乙女」です。彼女の彫刻のスタイルは、自然主義と象徴主義に基づいています。
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左翼ギャラリーの天井装飾です。右翼と異なり漆喰彫刻で飾られています。
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フランスの彫刻家で画家のアントナン.メルシエ(Antonin Mercie:1845-1916)の墓碑として制作された1903年の作品で「記憶」です。これと同じ作品がパリのオルセー美術館にもあるそうです。
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デンマークの彫刻家ヘルマン.ヴィルヘルム.ビッセン(Herman Wilhelm Bissen:1798-1868)の1904年の作品「プシュケ」です。この作品では、プシュケはキューピッドの矢に頭を向けようとしています。
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1時間半ほどニュー.カールスベルグ.グリプトテク美術館に滞在し夕方の街に出ました。我々はギリシャ、ローマ、エジプトなどの古典彫刻や絵画には興味がなかったので、新館のほとんどの展示室には入っていません。美術館の正面玄関前からH.C.アンデルセンス.ブルヴァードを越えて北東方向を望んでいます。
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美術館前のH.C.アンデルセンス.ブルヴァードの北西の方向を望んでいます。中央遠くの塔は市庁舎の塔です。スカンディック.パレス.ホテルの塔は隠れています。
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H.C.アンデルセンス.ブルヴァードの左側はチボリ公園です。外から公園内の遊戯施設がよく見えます。園は開いていませんが照明で綺麗です。
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柵の隙間から中を覗きました。池と四重の塔が見えます。1993年に家族でチボリ公園で遊んだ事が思い出されます。
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チボリ公園の北の角にあるH.C. アンデルセン城です。この建物は、工芸博物館として1893年に歴史主義のローゼンボリ様式で建設されました。現在、チボリのオフィス、会議施設、宴会施設などが入っています。
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更に歩くと市庁舎広場に着き、その北東にスカンディック.パレス.ホテルが見えます。
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市庁舎広場の南西側にある赤煉瓦造りの建物の壁面角に設置してあるアナログ表示の気温計です。7度Cを表示しています。
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市庁舎広場で市庁舎正面の右寄り前方にある1923年に完成した龍の泉です。雄牛が龍と戦っている姿を形どっているそうです。
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ホテルの部屋に帰ってきました。少し窓から夜景を楽しみます。市庁舎広場の南西にある近代的なガラスの外壁の建物のデンマーク産業連盟ビルが左側に見えています。その右で、大きな通りを挟んで青色のネオンサインで縁取られた古い赤レンガの建物も見えます。その建物の壁面角に付いたアナログの気温計も赤く見えています。市庁舎広場の北西側半分は工事中で囲い込まれています。
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カメラを少し左に振りました。市庁舎の建物です。
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塔も含め市庁舎の北東面を眺めています。
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更にカメラを右に振ると、南東の方向の景色になります。
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