2016/09/20 - 2016/10/14
84位(同エリア585件中)
さわ子さん
2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。
旅程の概略です。
★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。
★ 9月21~22日 オスロ泊。
★ 9月23~24日 ベルゲン泊。
★ 9月25日 フロム泊。
★ 9月26日 ベルゲン泊。
★ 9月27~28日 ストックホルム泊。
★ 9月29日 船中泊。
★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。
★ 10月2~4日 タリン泊。
★ 10月5~7日 リガ泊。
★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。
★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。
★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。
この5回目の旅行記は、ベルゲンで美術館訪問と町歩きをした記録です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日の旅行記は昨夜の写真から始めます。ベルゲン港最奥の夜景です。次掲の早朝の写真と比べて下さい。
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7時20分です。朝のベルゲン港の景色はどうでしょうか。ベルゲン港の最奥から左に港口まで展望します。晴れてはいないようですが、視界は良好です。
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朝食に1階の食堂に行きます。
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このホテルでも暖かい調理された料理が提供されます。これはジジの選択です。
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こちらはババが選んだものです。
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生野菜は別皿にしました。
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出発前に閲覧した旅行記で、この鱈子のペーストが美味しくて、お土産にも良いと書いてありましたが。
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生臭い~~! やっぱり日本食品の方が新鮮で美味しいと思いました。
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この食堂からも港の景色が楽しめます。
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食堂を出てロビーの方に歩いています。
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今日の街歩きのコースです。ホテルを出て昨日確認した"I"の空港バス乗り場を見て、ベルゲン駅"H"に向かって歩いて行きます。途中、"11"のベルゲン大聖堂の尖塔を見つけました。次に駅の近くの"G"のバス.ターミナルに行き、小ルンゲゴース湖の辺りを歩いて"25"の聖ヨハネ教会に行き、11時開館の"22"のコーデ3美術館に入ります。その後"18"の国立劇場の近くからトーグアルメニング通りに入って港の方向に歩き、青い☆印のレストランで昼食にしました。最後はホテルの対岸にあるブリッゲンを散策しました。
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9時になりました、街歩き開始です。これからバス.ターミナルに向かいます。海岸から1通り離れたビーチ通り(Strandgaten)を南東の方向に歩いて来ました。そしてトーグアルメニング通り(Torgallmenningen)との交差点に行き当たりました。交差点の北北東の方向を眺めています。中央で3人が空港行きのバスを待っています。我々も3日後にここから空港バスに乗車します。ホテルから歩いて5分、とても近いです。
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この交差点から反対側の西南西の方向になるトーグアルメニング通りは、歩行者専用になっています。通りの中央に船員の記念碑が見えます。
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トーグアルメニング通りの600m先、通りの行き止まりの丘に赤いレンガ造りの聖ヨハネ教会が見えています。
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歩いて来たビーチ通りを振り返ります。この通りは商店やレストランが多い通りですが、朝が早いので静かです。
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この交差点を過ぎて、そのまま東南東の方向に歩いて行きます。正面の白い建物は旧市庁舎です。
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旧市庁舎の東側から西北西の方向に歩いて来た通りを振り返っています。
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同じ地点で南南西の方向を望んでいます。左側の塔を持つ赤いレンガ造りの建物は消防署との事です。
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市庁舎の北側に素敵な赤煉瓦の建物を見つけました。その後方、屋根の上にベルゲン大聖堂の鐘楼の緑青を帯びた尖塔が見えています。
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歩行者通りの商店街のマルケン通りに入り、直ぐ左側にこの民族服を売る店を見つけました。
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とても可愛い民族服を売っていましたが、見るだけにしました。
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ベルゲン駅前に出ました。今日も鉄道は不通なので人は疎らです。
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駅舎に入ります。ファサード裏側にベルゲンのハイライトをイラスト化した絵が描いてありました。ベルゲン港の北東岸の景色のようで、右からブリッゲン、中央にサンタ.マリア教会、左側にはベルゲンフス要塞で、ローセンクランツの塔、ホーコン王の館が識別できます。
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拡大してみます。右端の世界遺産ブリッゲンの木造建物群です。
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中央のサンタ.マリア教会です。右側に王様らしき人も描かれています。
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左側です。ここには王女様が描かれています。
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購入はしませんでしたが、切符の発売機です。今日も列車は動いていないので利用者もいません。
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鉄道駅の南西側に隣接したバス.ターミナルです。昨日到着したターミナルですが、明日フロムに1泊の遠足をするので、切符の購入と下見にやって来ました。明日も鉄道は不通なので、ヴォス乗り換えでグドヴァンゲンまでバスで行きます。写真の左に待合室や切符の販売窓口があります。
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9時50分ですが、ガラガラです。ところどころに大きなモザイク画が展示してあります。
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モザイク画の一つを拡大しました。
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バス.ターミナルを出ました。救急車が走っていきます。次は美術館に行くつもりですが、11時開館なのでまだ1時間以上あります。そこで小ルンゲゴース湖を経由して聖ヨハネ教会に行く事にしました。
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小ルンゲゴース湖の東南岸を歩いています。湖を超えて噴水の後方遠くに聖ヨハネ教会の赤いレンガの尖塔が見えます。
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対岸中央にあるコーデ3美術館が見えます。
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小ルンゲゴース湖の湖畔の散歩道です。
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小ルンゲゴース湖の西の端からの眺めです。
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ノルウェー国内にあるチェーンの写真店のようです。写真関係の商品は日本製が殆どなので、このような看板になるのでしょうか。
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聖ヨハネ教会に向かっています。教会は丘の上にあり、ここから階段を上がっていきます。
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丘を上りきり、教会前から歩いて来た北東の方向を望んでいます。
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聖ヨハネ教会です。残念ながら閉まっていました。
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何の木の実でしょうか。もう秋です。
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この教会前には、廃止された市電の線路が残っています。周りは静かな住宅街です。
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横断歩道の標識ですが、イタズラで歩行者に翼が付けられています。
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ユーゲント.シュティールの装飾が施された建物です。
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小ルンゲゴース湖に戻って来ました。
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小ルンゲゴース湖の西南岸から東北側を眺めています。
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対岸には市電が走っています。この市電はベルゲン駅の南側を走って行きます。
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11時になりコーデ3美術館に入ります。この湖の西南岸には、コーデと名が付くベルゲンの四つの美術館が並んでいます。コーデ1美術館は、16世紀から現代までのノルウェーを中心とした北欧の工芸品が展示されています。コーデ2美術館は近代美術館で、コーデ3には18,19世紀のムンクを含むノルウェーの芸術家の作品が展示されています。コーデ4には、地階の子供美術館や14世紀から近現代に至る幅広い絵画作品が展示されています。我々はコーデ3美術館のみ入館しました。
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館内案内板です。1階は1760-1880年代のノルウェー絵画の展示と歴史的な内装の部屋です。2階は1880-1915年代のノルウェー絵画とムンクの作品の展示と説明されています。展示作品は、ノルウェーの実業家ラスムス.メイエルから寄贈された収集品です。
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左側の入り口から美術館の1番目のブルーメンソール.ルームに入りました。部屋の名は、部屋の4面の壁画を描いた画家マタイアス.ブルーメンソール(1719 - 1763)に因んでいます。彼はロココをノルウェーの芸術に導入した画家として知られています。この壁面の絵画は「戦争と平和」の題名が付いています。
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次の部屋からパネル絵画の展示室になりますが、まずはご当地のベルゲンに生まれたロマン派のノルウェーの画家ヨハン.クリスチャン.ダール(1788 - 1857)の作品です。オスロ国立美術館でも多くの作品が展示されていましたが、ノルウェーで人気のある画家です。ヨハン.クリスチャン.ダールは経歴の初期にデンマークやドイツで活躍し、イタリアにも旅行しているので作品もイタリアの風景が少なからずあります。
この絵画は1813年の作品で「イタリアの風景」と題が付いています。 -
こちらもイタリア滞在中の描画で、1820年作の「クイシサーナの窓からの眺め」です。クイシサーナはイタリア南部ポンペイの街の南端の一角です。そこから北の方向にヴェスヴィウス火山を望んでいます。
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ポンペイの遺跡あたりを拡大しました。遺跡の組織的な発掘は、1700年代後半から始まったそうなのですが、この絵ではそれらしき様子は見えません。
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こちらは1820年作の「朝のクイシサーナ近くの丘の情景」です。ポンペイの南の地域は山がちでソレントやアマルフィが山を越えた険しい南岸に張り付いています。
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会話をしている二人の僧侶と女性を拡大しました。
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これは1821年制作の「ヴェスヴィウス火山の噴火」です。画面の右側にヴェスヴィウス火山の西側にあるナポリの街が描かれています。
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ナポリの街を拡大しました。左端に卵城、右上にサンテルモ城がはっきり見えます。
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これはナポリの西南西にあるイスキア島の情景を描いた1820年の作品です。
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これは1820年の作品の「椅子付き鞍を載せたろば」です。これもイタリア滞在中の作品でしょうか。描画の検討のための作品です。
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これは1843年作の「月夜のドレズデン」です。ドレズデンの中央を流れるラベ川の北側のノイ.シュタットの河岸から眺めた景色です。左側に聖母教会のドームです。右側の二つの尖塔で、右は宮廷教会の鐘楼で、左はレジデンツの塔です。
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こちらは2013年秋に訪れた際の写真です。聖母教会と宮廷教会の間にある裁判所の建物は上掲の絵画には存在していません。聖母教会は第2次世界大戦中の空襲で完全に破壊され、一部の石材を除きほぼ新設に近い再建になっています。
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展示室の様子です。
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展示室の床は木製で、家具や内装品などは歴史的な品物を揃えています。
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こちらはバロック.ダイニング.ルームです。木製の天井に可愛いシャンデリアが灯っています。
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こちらはノルウェーの画家であり、前述のヨハン.クリスチャン.ダールの弟子トーマス.ファーンリー(1802 - 1842)の1835年の作品で「スイスのグリンデルヴァルト」です。トーマス.ファーンリーは、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンで絵を学び、広くヨーロッパ中を旅しています。
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ノルウェーに生まれドイツで活躍したハンス.ギューデ(1825 - 1903)の1882年の作品「コンスタンツ湖」です。コンスタンツ湖は、ドイツ、スイス、オーストリアに接する湖です。ハンス.ギューデは、ドイツのデユッセルドルフの美術アカデミーで学んだ後、このアカデミーの助手となりノルウェーから留学してき画家の卵の師となり絵を教えています。
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展示室と言うより、絵画が部屋に飾ってあると言う模様です。
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ノルウェーの画家アンデレ.アスケヴォル(Anders Askevold:1834 - 1900)の1869年の作品「牛がいるフィヨルドの風景」です。彼はフィヨルドや牛がいる風景を多く残しています。
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同じアンデレ.アスケヴォルの1870年の作品「牛がいる風景」です。
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こちらもアンデレ.アスケヴォルの1886年の作品です。
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農家に生まれたノルウェーの画家で彫刻家でもあったアクセル.エンデル(1853 - 1920)の1874年の作品「室内」です。お爺ちゃんが具合が悪そうな孫に食べ物を食べさせているようです。農民の質素な生活が見て取れます。
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展示室を移動していきます。
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ノルウェーの画家イェールハルド.ムンテ(1849 - 1929)の1876年の作品で「秋の風景」です。彼は、ドイツのデュッセルドルフとミュンヘンで絵を学び、写実主義の風景画を得意としました。1886年からはロマン主義の傾向が表れてきました。
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同じイェールハルド.ムンテの1880年の作品で「ネヴルンハウンの眺め」です。ネヴルンハウンはオスロの南南西150Kmにある港町です。
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これはイェールハルド.ムンテの1885年の作品「リンゲリケの眺め」です。リンゲリケはオスロの北西にある地区です。
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これも同じイェールハルド.ムンテの1905年の作品で「求婚者」です。
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こちらは1907年の作品で「再会」です。
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2階に上がります。ここからは、エドヴァルド.ムンク(1863 - 1944)の作品です。
これは「叫び」からの派生のリトグラフのようです。 -
1896年の作品「病める子供」です。
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1896年の作品「別れ」です。
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1903年の作品「ブローチ」です。モデルは、イギリスのヴァイオリニストのエヴァ.ムドッチです。
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1884年の作品「朝」です。
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これは1889年の作品で「夏の夜 - 海浜のインニェ」です。
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1891年の作品「オースゴールストランでの日曜日」です。オースゴールストランは、オスロの南南西100Kmにあるオスロフィヨルド西岸の港町です。
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1892年の作品「椅子に座る女性」です。
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同じ1892年の作品「カール.ヨハン通りの夕方」です。オスロのカール.ヨハン通りで南東の方向に国会議事堂を望んでいるようです。
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1895年の作品「死の床」です。1877年に亡くなった妹のソフィーを悼む作品です。
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1902年の作品「人生の4期」です。
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1903年の作品「渡り廊下橋」です。
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ここからはノルウェーの写実主義運動の偉大な画家の一人であるクリスチャン.クローグ(1852 - 1925)の作品です。
これは1883年の作品「睡眠中の家族」の題名が付いています。 -
こちらは2日前の旅行記で掲載したオスロ国立美術館展示の同じ年の1883年制作の「母と子」です。こちらの母親の方が疲れ切った様子です。赤ちゃんは、クリブも含めて、同じ寝顔です。
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1889年の作品「風呂桶」です。赤ちゃんが家族が見守る中で湯浴みをしています。
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額縁にクリスチャン.クローグの銘があった女性の肖像画です。
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ミュンヘンで絵を学んだノルウェーの画家フレドリック.コルスト(1860 - 1945)の1884年の作品です。彼は日常生活や仕事中の人間と自然との出会いを描いている絵が多く、肖像画やインテリアの絵も描いています。
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ミュンヘンとパリで絵画を学んだノルウェーの画家でイラストレーターのエーリック.ヴァーレンショルド(1855 - 1938)の作品「揺り籠」です。
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バロック期のドイツ人の画家ヨハン.コンラート.ゼーカッツ(1719 - 1768)作の「ジプシー家族の旅」です。
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主に海洋と港の風景を描いていたオランダのバロック期の画家アブラハム.ウィラールト(1603 - 1669)の1641年の作品「海浜の狩人」です。
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これも海洋画が得意なオランダの画家ヨハネス.クリスティアン.スコテル(1787 - 1838)の1810年頃の作品「嵐の中の船」です。
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ここから再びヨハン.クリスチャン.ダールの作品です。
まず1808年の作品「アルヴォンの海戦」です。この海戦は、ベルゲン沖合のバトルストラメンで1808年に起きたデンマーク-ノルウェーとグレート.ブリテン-アイルランド連合王国の間の戦いで、5隻の小さな砲艦で構成されるノルウェー軍がイギリスのフリゲート艦タルタル号を撃退しました。 -
こちらも同じ海戦を描いた同じ画家の1808-1810年の作品ですが、ノルウェー軍の砲艦が少し大きく描かれているように見えます。でもこちらのサイズが正しいようです。
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ノルウェーの砲艦群を拡大しました。
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こちらはイギリスのフリゲート艦タルタル号を拡大しました。この海戦では双方に死傷者は出たものの、沈んだ船はなかったそうです。
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1806年の作品「ベルゲン港の眺望」です。
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右半分を拡大しました。港の奥の二つの塔は、右が聖十字架教会の鐘楼、左はベルゲン大聖堂の鐘楼のようです。左の海岸沿いにブリッゲンの建物群が見えます。
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こちらは左半分の拡大です。中央で少し右寄りにサンタ.マリア教会の双子鐘楼が描かれています。
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これは前掲の絵画の28年後に描かれた「ベルゲン港の眺望」です。以前の作品に比べ、より写実性が高くなっています。
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港の奥を拡大しました。帆船の正確さも上がっています。
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1815年の作品「モーンズクリント山の崖」です。
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1830年の作品で「ノルウェー海岸の難破船」です。
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1832年の作品でこれも「ノルウェー海岸の難破船」です。
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風景画になり、1836年の作品「ソグンの街」です。
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ドイツのベルリンで活躍したノルウェーの画家アデルスティーン.ノーマン(1848 - 1918)の1875年の作品「ロムスダール.フィヨルド」です。ロムスダール.フィヨルドは、ベルゲンの北北東260Kmにあります。アデルスティーン.ノーマンは、フィヨルドの風景を描いた多くの絵を残しています。
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右岸の人々と小舟を拡大しました。渡し船でしょうか。
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宗教家の息子として生まれたノルウェーの画家ヤコブ.グリューセン(1852 - 1912)の1893年の作品「羊飼いの少年」です。彼の描画はしばしば、ノルウェーの農民環境の非情なイメージを反映していました。
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コペンハーゲンとドイツのカールス.ルーエの美術学校で学んだフリッツ.タウロウ(1847 - 1906)の1892年の作品「木材運び人の帰宅」です。
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ノルウェーの自然や庶民の生活、歴史を絵の題材とした画家オットー.シンディング(1842 - 1909)の1886年の作品「ロフォテンの冬」です。ロフォテンはノルウェーの北部、ナルヴィックの西方にあるロフォテン諸島です。
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パリで絵を学び肖像画で名を上げたノルウェーの女性画家ライス.シェルデルップ(1856 - 1933)の1878年の作品「ヴァイオリン奏者」です。
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同じライス.シェルデルップの1887年の作品「薔薇の少女」です。
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スウェーデンの風景画家アルフレッド.ヴァールベリ(1834 - 1906)作の「フランスの風景」です。
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ノルウェーの女性画家ハリエット.バッカー(1845 - 1932)の1886年頃の作品「洗濯干し」です。
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同じハリエット.バッカーの1890年の作品「ランプの明かり」です。
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風景の叙情的な描写で有名なノルウェーの画家クリスチャン.スクレアスヴィ(Christian Skredsvig : 1854 - 1924)の1876年の作品「山の夕べ」です。
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こちらは同じ画家の1880年の作品「セーヌ川側の除雪」です。除雪された雪を馬車で運んできてセーヌ川に投棄しているようです。
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ノルウェーにおける民族的ロマン主義の指導的画家であったアドルフ.ティーデマン(1814 - 1876)の1851年の作品「悪い知らせ」です。
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こちらは同じ画家の1867年の作品「末っ子よ、さようなら」です。
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これはアドルフ.ティーデマンの1873年の作品「森の中のブライダル行列」です。2日前の旅行記で紹介したオスロの国立美術館の展示作品では、アドルフ.ティーデマンは、ハンス.ギューデと共作でフィヨルドでのブライダル行列を描いています。後方で多くの人々が花嫁花婿に従っています。川の側で祝福している人々は土地の人々でしょうか。
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白馬に乗る二人を拡大しました。
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祝福する川辺の人々です。
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こちらは作家が特定できなかったフィヨルドでの「ブライダル行列」です。
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花嫁花婿が乗船する船を拡大しました。
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これもアドルフ.ティーデマンの1875年の作品「祖父の祝福」です。
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以下の5枚は作者が特定出来なかった展示作品ですが、特に興味を引かれた作品なので掲載します。
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2時間ほどコーデ美術館に滞在して外に出ました。ノルウェーの画家の近世の作品は美術先進国のイタリア等とは又違った良さがあります。
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道路のマンホールの蓋です。帆船、ブリッゲン、ホーコン王の館のイラストのようです。
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小ルンゲゴース湖の北西にある緑地帯です。奥にミュージック.パビリオン、手前に鉄輪のオブジェが見えます。
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鉄輪のオブジェは幼児の良い遊び場所のようです。
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前掲の緑地帯の南西にある西ノルウェー工芸博物館、コーデ 1の建物です。休館中でした。
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ミュージック.パビリオンから北西に国立劇場の方向に歩いて行きます。この緑もある広い道路は歩行者専用です。中央にオーレ.ブルのブロンズ像が立つ噴水があります。オーレ.ブルは、ノルウェーのヴァイオリニストならびに作曲家です。
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正面奥に国立劇場が見えます。少し行って右に曲がるとトーグアルメニング通りになります。
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トーグアルメニング通りに戻って来ました。船員の記念碑の手前に何かの舞台が設置されています。週末のイベントにでも使うのでしょうか。
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船員の記念碑は、1939年から45年にアーティストのダイアヴァーによって設計され、1950年に発表されました。記念碑は、花崗岩の大きな正方形の台座に取り付けられた、ブロンズで鋳造された12人の男性像とレリーフで構成されています。
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記念碑の4面を掲載します。
この面は、10世紀の表記があり、ヴァイキング時代の船と船員の身なりのようです。 -
こちらの面は18世紀の表記で、帆船の全盛時代です。
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19世紀の表記があり、捕鯨活動と船の建造の様子が表されています。
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これは20世紀の表記です。大戦中の状況でしょうか。
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建物の隅にブロンズ像がありました。足が異常に長く見えます。
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トーグアルメニング通りの北北東の方向を望んでいます。正面奥に煉瓦造りの歴史的な建物が見えます。建物の中には数軒のレストランがあります。我々が向かっているレストランは写真の右端にある建物の中です。
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これがその建物です。旧ベルゲン証券取引所の建物で、内部は"MATBØRSEN"の名の巨大なレストラン/フード.コートになっています。"MATBØRSEN"とは「フード.エクスチェンジ」の意味だそうです。
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これが内部の様子です。同じ屋根の下に3つの異なるレストランが開いています。
寿司ならアジアンコーナーを、ステーキとハンバーガーにはステーキとハンバーガーという名のレストランを、アジア-ヨーロッパ-ノルウェーのフュージョンとスープにはズッペリアの三つです。巨大なこのホールは、1918年から1923年の間にノルウェーの芸術家アクセル.レボルドによって制作された大きな絵画にちなんで、フレスコ.ハレンと名付けられました。 -
今日のお昼はズッペリアで、タイ.スープを選びました。ジジはこのスープです。
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ババはこちらのスープです。
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昼食を終えブリッゲン地区を歩き、まずウィンドー.ショッピングをします。トナカイ印の製品を売っています。
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この可愛い人形、迷ったあげく買いませんでしたが、今は残念でなりません。
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ブリッゲンの建物の2階に上がります。階段手摺りの側にイタリア国旗を模したお店の看板が見えます。イタリア文化センターだそうです。
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2階の回廊から地上を見下ろします。
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人だかりの家屋は、茶葉のお店"Tedragen"です。ブリッゲンでは、ご覧のように地上階になる1階の床は嵩上げされた板張りになっています。
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1階に下りて2階を見上げます。隣り合う建物の間は、このように屋根の間を繋いである箇所もあります。
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建物の間の1階の通路です。この通路の天井は、この建物の2階の回廊です。右隣の建物とは繋がっていません。
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この付近では、両側の建物の間が少し広くなっています。
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同じ通路の反対方向です。
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ブリッゲンを出て海岸に出ました。丁度真向かいの対岸に我々が滞在中のホテルが見えます。我々の部屋に矢印をつけました。前日の旅行記で説明したように、左右が違った階層の建物が同一の屋根で合体されています。
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1914年建造のノルウェーの帆機走の海洋訓練船シュタトラート.レームクール(Statsraad Lehmkuhl)号です。日本で言えば、この船より少し大きな初代日本丸や海王丸に対応する帆船です。シュタトラート.レームクール号は
元々ドイツの帆機走船としてドイツのブレーマーハーフェンで建造され、第1次大戦後イギリスに賠償として没収されて1921年にノルウェーに売却されました。 -
岸壁にある小型船舶の係留時に使用する消火用設備のようです。
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左に露天の魚市場を見ながらベルゲン港最奥の海岸沿いを歩いています。岸壁沿いの数本のポールの台座にはブロンズのライオン像が飾られています。正面は港でホテルと同じ並びの建物群です。その手前には、ツアリスト.インフォメーション.オフィスや魚市場、魚料理店等が入った、低層のガラス張りの建物が見えます。
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ホテルの手前にあるストランドカイ.ターミナル(Strandkaiterminalen)に接岸している高速双胴船です。フロムからの船は午後8時45分なので、この船は別の航路の船のようです。
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対岸に係留されているシュタトラート.レームクール号の全景です。
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フロイエン山へのケーブルカーを拡大しました。
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ベルゲンの北西にあるクレペスト島(Kleppestø)に行くフェリーTeisten号が出航していきます。
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ベルゲン港の北東岸のベルゲンフス要塞にある右のローセンクラッツの塔と左のホーコン王の館が見えます。
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今夜の夜景も綺麗です。明日はフロムへ1泊の旅行です。
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旅行記グループ
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1993/07/30~
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ストックホルム
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (11)ストックホルムからヘルシンキへセレナーデ号で...
2016/09/20~
ストックホルム
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (12)セレナーデ号でヘルシンキに着いて町歩きです(...
2016/09/20~
ヘルシンキ
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (13)ヘルシンキの町歩きです(10月1日)
2016/09/20~
ヘルシンキ
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (14)ヘルシンキからタリンへ移動し美術館巡りです(...
2016/09/20~
タリン
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (15)タリンの街歩きです(10月3日)
2016/09/20~
タリン
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (16)タリンの街歩き、2日目です(10月4日)
2016/09/20~
タリン
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (17)エストニアのタリンからラトヴィアのリガに移動...
2016/09/20~
リガ
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (18)ラトヴィアのリガからバウスカのルンダーレ宮殿...
2016/09/20~
バウスカ
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (19)リガのアール・ヌーヴォーの建築群を見て回りま...
2016/09/20~
リガ
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (20)リガのラトヴィア国立美術館を訪問しました(1...
2016/09/20~
リガ
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (21)ラトヴィアのリガからリトアニアのヴィリニュス...
2016/09/20~
ビリニュス
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (22)リトアニアのヴィリニュスからカウナスへデイ....
2016/09/20~
カウナス
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (23)リトアニアのヴィリニュスの街歩きです(10月...
2016/09/20~
ビリニュス
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (24)リトアニアのヴィリニュスからコペンハーゲンに...
2016/09/20~
コペンハーゲン
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シニア夫婦2回目の北欧、バルト7カ国ゆっくり旅行25日 (25)コペンハーゲンの美術館をハシゴ(1)しました...
2016/09/20~
コペンハーゲン
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旅行記グループ シニア夫婦の北欧4カ国、バルト3カ国再訪の旅25日
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