2019/12/08 - 2019/12/10
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旅人のくまさんさん
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長崎県の名所巡りの締め括りの見学は、平和公園の平和祈念像でした。1945年(昭和20年)8月9日に投下された原子爆弾落下中心地(爆心地)と、その北側の丘の上を含めた地域に、平和を祈念して設けられました。
- 交通手段
- 観光バス 新幹線
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最集合の場所から近かったので、その待ち時間を利用して見学した『出島』です。入場する時間はありませんでしたから、外からの見学です。橋の上から、塀越しに眺めた『出島』の光景です。『出島』は、江戸時代の1634年、幕府が外国人流入防止政策の一環として、長崎に築造した扇型の人工島です。江戸当時の扇型への復元を目指す、出島復元整備事業計画が長崎市により進められています。
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『出島南東端』のタイトルがあった説明パネルの光景です。築造当時からこの位置は変わっていないようです。扇型の出島の面積は3,969坪(約1.5ヘクタール)、1636年から1639年まで対ポルトガル貿易、1641年から1859年までオランダ東インド会社を通して対オランダ貿易が行われました。明治2年(1869年)に『出島南東端』に『出島橋』が架けられました。
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『南側護岸石垣』のタイトルがあった説明看板の光景です。平成8年(1996年)から翌年にかけて行われた発掘調査により、高さ約1.2メートル、4段の石積が発見されたことが紹介されていました。出島の南側護岸石垣の東側端部分になります。
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1890年(明治23年)、中島川の河口に新川口橋として架けられた『出島橋』の光景です。河口から数えて3番目の橋で、出島町と江戸町を結びます。現役の鉄製道路橋としては日本最古と言われています。国の重要文化財である出島和蘭商館跡の東側に位置します。橋の中央の蝙蝠型の銘版の日本語表記は『出嶋橋』、英語表記は『DESHIMA-BASHI』となっています。
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再集合場所の中華街に戻ってきました。長崎新地中華街は、長崎市新地町に形成された中華街です。横浜中華街、南京町中華街とともに日本三大中華街と称されています。 南北250メートルの十字路には長崎市の姉妹都市である福建省福州市の協力によって石畳が敷かれ、中華料理店や中国雑貨店など約40軒が軒を連ねています。東西南北の入り口には、中華門(牌楼)が立てられていますが、これらの門は、1986年(昭和61年)に商店街の振興組合が発展の願いを込めて建てたもので、資材は福州市から取り寄せ、建築も現地の職人によるものです。この写真には写っていませんが、手前が『北門』です。
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中島川に架かる橋の上から眺めた、上流方面の光景です。最盛時には約1万人の福建省出身者を中心とした中国人が長崎市中に住居しました。当時の長崎の人口は7万人でしたから、いかに華僑が多かったかが分かります。1698年の大火で五島町や大黒町にあった中国船の荷蔵が焼失したため、唐人屋敷前面の海を埋め立てて倉庫区域を造成しました。この地域が『新地』呼ばれました。
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貸切りの路面電車に乗ってやって来た『平和公園』近くの光景です。原子爆弾が破裂した爆心地付近になります。丘の斜面に見えるのは、平和公園に新設された
『平和の歩道』エスカレーターです。 -
長崎平和公園の一角にある『平和の泉』の光景です。長崎市の公式HPでは、『水を求めながら亡くなった原爆犠牲者の冥福を祈り、昭和44年(1969年)につくられたもので、平和祈念式典の前日8月8日の夜には数多くのローソクを灯し、犠牲者を悼む市民の催しも行われます』と粗油買いされていました。
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プレートに記された文字は、『のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが 一面に浮いていました どうしても水が欲しくて あぶらの浮いたまま飲みました ーあの日のある少女の手記から』でした。読んで、胸が塞がる思いでした。
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『カエデ(楓、槭、槭樹)』
ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の落葉高木
分布:多くはアジアに自生、他にヨーロッパ、北アフリカ、北アメリカに分布。
特徴:花は風媒花です。
その他:日本のカエデとして代表は、イロハモミジです。 -
『カエデ(楓、槭、槭樹)』
ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の落葉高木
分布:多くはアジアに自生、他にヨーロッパ、北アフリカ、北アメリカに分布。
特徴:真っ赤な紅葉の光景です。
その他:カエデの名前の由来は、葉がカエルの手に似ていることからです。 -
振り返って眺めた、『平和の泉』の光景です。長崎市の公式HPでは『被爆75周年を前に、経年により劣化している平和の泉のタイル改修および泉の中の防水工事を平成30年10月から実施していましたが、平成31年3月27日に完了しました』と紹介されていました。
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『平和公園』には、世界各国から贈られた平和を象徴する15個のモニュメントが配置されている。その内の一つです。『Joy of Life』らしい作品名がありました。15の作品リストの中では、1980年(昭和55年)に設置された『人生の喜び』に該当するようでした。チェコスロバキア社会主義共和国の『ヤン・ハーナ(JAN HaNNA)の作品です。この作品名で検索した長崎市のHPでの解説では『女性が男の子を両手で差し上げ、母親と子供の喜びを表現しています』と紹介されていました。
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台座の右手に『寄贈国:ソヴィエト社会主義共和国連邦』の文字がありました。寄贈国からの検索で、1985年(昭和60年)に設置された『平和(МИР)』であることが分かりました。『アニクシン・ミハイル・コンスタンチノビチ』の作品です。長崎市の公式HPでは、『母親が子供を抱いた姿で、愛とともに平和を表現しています』と紹介されていました。『世界平和シンボルゾーン」建設の主旨に賛同し寄贈された平和の像です』とも紹介されていました。
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この作品も寄贈国が『ドイツ民主共和国(東ドイツ)』から検索できました。『諸国民友好の像』です。1981年(昭和56年)に寄贈された、『ゲルハルト・ロンメル』の作品です。長崎市の公式HPでは、『平和と人類の幸せな未来、そして諸国民友好を求める努力を象徴するドイツ民主共和国からの寄贈』と紹介されていました。『ドイツ民主共和国(東ドイツ)』は、第二次世界大戦後の1949年に旧ドイツ国のソビエト連邦占領地域に建国された国家で、1990年、ドイツ連邦共和国に領土を編入される形で消滅しました。 ベルリンの壁が崩壊したのは、それに先立つ1989年のことでした。
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イチオシ
『長崎の鐘』の表示があったモニュメントの光景です。長崎市の公式HPには、『当時、被爆地には魚雷や戦車などを生産する多くの軍需工場があり、動員学徒、女性挺身隊と呼ばれた中学生や女学生をはじめ、多くの人々が働いていました。長崎の鐘は、33回忌にあたる1977年にここで亡くなった方々の冥福を祈るためにつくられたものです』と紹介されていました。
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『長崎刑務所浦上支所跡』のタイトルがあった説明パネルの光景です。爆心地から北へ最短約100メートル、最長約350メートルに位置すると解説されていました。職員、収容者を含め134名全員が即死した場所です。
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柵が設けてあった、『長崎刑務所浦上支所跡』の光景です。被爆時、庁舎と周囲を取り囲んでいた塀は一瞬にして崩壊し、周囲は瓦礫の山となり、僅かに炊事場の煙突1本が残ったとされます。
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イチオシ
長崎県出身の著名な彫刻家、『北村西望(聖望:1884~1987年)』が平和公園の立に制作した『平和祈念像』の光景です。本名は、北村西望(きたむら・にしも)です。最近、像の再塗装が行われたようでした。青銅製10メートル弱の巨大男性像は、1955年(昭和30年)に完成し、同年8月8日に長崎平和公園に設置されました。
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少しズームアップした『平和祈念像』の光景です。この像は、神の愛と仏の慈悲を象徴し、高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を意味し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っています。(ウィキペディア)
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左横から眺めた、『平和祈念像』の光景です。北村西望の戦前の作品は、『児玉源太郎大将騎馬像』、『山県有朋元帥騎馬像』など勇壮な男性像、かつ戦意高揚を意図した作品を多く手がけました。大政翼賛会の会合にも芸術界の代表者として参加しています。
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もう一度、正面から眺めた『平和祈念像』の光景です。北村西望は、戦後になると彫刻モチーフは平和、自由、宗教に変化し、そういった作品を多く制作し日展に出品しました。代表作である『長崎平和祈念像』は、1951年(昭和26年)から4年の歳月を費やして、内外からの浄財3千万円を資金源として作成された青銅製10メートル弱の巨大像です。戦後10年経った、1955年(昭和30年)に完成しました。
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『平和祈念像作者の言葉』のタイトルがあった説明パネルの光景です。平和祈念像の裏側にも刻まれている、北村西望の言葉です。本像台座後部に刻まれている作者の言葉には『顔は戦争犠牲者の冥福を祈る 是人種を超越した人間 時に仏 時に神』との一節があり、顔貌は特定の人種の特徴を表さないようにしたとされています。
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『平和祈念像』のタイトルがあった、長崎市名の説明パネルの光景です。日本語を含め、4か国語で記されていました。政策の経緯と、作品の解説などが記されていました。
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イチオシ
『折鶴の塔』の光景です。長崎市の公式HPには、この塔の建設の経過が『原子爆弾犠牲者の霊を慰めるとともに、二度とこの地球上に原爆の惨禍を招くことがないよう、世界恒久平和を祈って寄せられた折鶴を塔に掲げ、その意を伝えるため』と記されていました。『折鶴の塔』は、二基あります。
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『長崎市原子爆弾被害区域図』のタイトルがあった説明パネルの光景です。地図上に被害の程度が六つに色分けして表示されていました。色分けの凡例の左から、空色の『全壊』、濃い紫の『全壊全焼』、朱色の『全焼』、緑色の『半壊』などです。
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『デイゴ(梯梧)』
マメ科デイゴ属の落葉高木
分布:インドやマレー半島が原産です。日本では沖縄県が北限です。
特徴:春から初夏にかけて赤い花が咲きます。
その他:根本や根からも芽が出るので、人家の庭には適さないようです。 -
『デイゴ(梯梧)』
マメ科デイゴ属の落葉高木
分布:インドやマレー半島が原産です。日本では沖縄県が北限です。
特徴:春から初夏にかけて赤い花が咲きます。
その他:材は柔らかく、加工しやすいため、漆器の材料になります。 -
『カエデ(楓、槭、槭樹)』
ムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の落葉高木
分布:多くはアジアに自生、他にヨーロッパ、北アフリカ、北アメリカに分布。
特徴:真っ赤な紅葉の光景です。
その他:日本のカエデとして代表は、イロハモミジです。 -
背後から眺めた『平和祈念像』の光景です。平和祈念像が完成した1955年(昭和30年)当時、被爆者に対する法律的援護は全く設けられていませんでした。被爆による病気や外傷でさえも被爆者自身が全額負担する必要があった時代です。台座の2000万円は長崎市の予算でしたが、長崎市の資金の使い方に疑問を抱く被爆者もいたとされます。
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