2018/03/08 - 2018/03/10
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旅人のくまさんさん
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沖縄の名城巡りです。沖縄県うるま市にある勝連城は、13世紀~14世紀頃に茂知附按司により築城されたようです。史書によれば、悪政を強いたとされる前城主の茂知附按司を倒した、阿麻和利(あまわり)が最後の城主でした。
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『勝連城跡』のタイトルがあったジオラマ展示の光景です。この日の最後になる三つ目のグスクです。1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の本土復帰に伴い即日、日本国の史跡に指定されました。15世紀の琉球王国において、勝連半島を勢力下に置いていた按司(あじ、あんじ)だった阿麻和利(あまわり:生年不詳~1458年)の城として知られています。
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『勝連城跡』のジオラマ展示のズームアップ光景です。2000年(平成12年)11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されました。登録名称は『勝連城(かつれんぐすく、かつれんじょう)跡』です。
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先程とは、反対側から眺めた『勝連城跡』のジオラマ展示の光景です。13世紀~14世紀に茂知附按司により築城されたとされ、この城の最後の城主が阿麻和利でした。阿麻和利はクーデターを起こしてこの地方の按司となり、琉球統一を目論んだとされますが、1458年に琉球王府によって滅ぼされました。一から三の郭が階段状に連なり、一の郭が最も高く標高約100メートルの丘陵上にあります。
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『重要文化財・勝連城跡』のタイトルがあった説明パネルの光景です。財団法人日本城郭協会が2006年(平成18年)4月に定めた『日本百名城』の選には漏れましたが、2017年(平成29年)4月に『続日本100名城(200番)』に選定されました。4月6日が語呂合わせで『城の日』とされます。
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麓付近から眺めた、勝連城跡方面の光景です。勝連の繁栄は、『おもろさうし』に記されています。琉球王国第4代尚清王代の嘉靖10年(1531年)から尚豊王代の天啓3年(1623年)にかけて首里王府によって編纂された歌謡集です。『おもろ』の語源は『うむい』とされ、その意は『思い』とされます。ルーツは、祭祀における祝詞だったと考えられています。『そうし』を漢字表記すれば『草紙』です。
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イチオシ
次第に、勝連城跡の姿が大きくなってきました。『おもろさうし』は、主にひらがなで書かれ、わずかだけ漢字も混じるようです。短いものは2行から、長いものは40行に及ぶ韻文とされます。今では使われていない琉球古語が多く含まれているようです。
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『おもろさうし』は、首里王家に受け継がれたものでしたが、1709年の首里城火災で焼失、再編されました。戦後、米国に流出しましたが、1958年(昭和33年)に米国から返還されました。1973年(昭和48年)6月に国の重要文化財に指定されました。現在は沖縄県が所有し、沖縄県立博物館・美術館に保管されています。
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オレンジ色の花を咲かせたハーブの1種、『キンレンカ(金蓮花)』です。南米原産のノウゼンハレン科の一年草で、ナスタチュームの呼び名もあります。和名の別名は『ノウゼンハレン(凌霄葉蓮)』、黄色や橙色の花が、ノウゼンカズラに似て、葉はハスに似ることからの命名です。
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帰化植物の『セイヨウヒルガオ(西洋昼顔)』の花のようです。 ヨーロッパ原産のつる性植物で、ヒルガオ科の多年草です。セイヨウヒルガオ属は世界に約250種あるようです。変異が多く、種間交雑しやすい植物とされます。
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『防御田地(ぼうぎょでんち)』のタイトルがあった説明パネルの光景です。拾い読みしますと、かつての、この一帯は『底なし沼』と呼ばれる湿地帯で、グスクの防御の役割とともに、平和な時代には農地として使用されたらしいことが紹介されていました。グスクの防御に役立ったとされる『底なし沼』の様子が、イラストで紹介されていました。
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現在も発掘調査が続いているトレンチのようです。浅くて狭い範囲の発掘調査に見えますが、道路を挟んだ反対側でも発掘調査が行われていました。うるま市教育委員会が行っている勝連城跡の発掘調査で、城跡へ上る石畳道と内陸側から城跡へ入る『西原御門(にしはら・うじょう)』の跡が2014年の発掘調査で見付かりました。
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道路を挟んだ、反対側の発掘調査の光景です。 石畳道は、城の丘陵に沿って巡らされていて、現在の県道10号から城跡に上る直線的な道とは違って、湾曲して敷かれていました。グスク時代に人々が農耕が行われていた南風原集落側から城へ上がる際に通った道とみられます。『西原御門』は約3メートルの幅とみられ、城壁の延長線上に位置し、石畳道は門の跡をまたいで延びていました。
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右手に見えていた城壁の光景です。1458年に起きた、『護佐丸・阿麻和利の乱』は、正史によれば『護佐丸善人、阿麻和利悪人』の構図として紹介されていますが、『おもろさうし』には阿麻和利を英雄として讃える記述もあるようです。当時の尚泰久王が目論んだ、力を付けた護佐丸と阿麻和利潰しとする説もありますが、当然ながらこの説は正史に記述されるはずはありません。
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植栽されていたハイビスカスの光景です。黄色、オレンジ色や赤色の花でした。琉球の歴史の紹介が続きます。1453年に琉球王国第一尚氏王統・第5代尚金福王の死後、王位をめぐる争いの『志魯・布里の乱(しろ・ふりのらん)』が起きました。争ったのは、王世子・志魯と王弟・布里でしたが、双方とも戦いで斃れ、王位は布里らの弟にあたる尚泰久が継ぐこととなりました。
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オレンジ色のハイビスカスの花のズームアップ光景です。『志魯・布里の乱』で首里城は焼失しました。乱後の翌年2月、民国に対して琉球使者が城が焼失した経緯を説明し、中国の史書である『明実録』にも記述されました。首里城は3年後に再建されました。首里城の本殿跡では、発掘調査で『志魯・布里の乱』の痕跡が確認されています。
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イチオシ
通路の右手方面の城壁のズームアップ光景です。現地で購入した、『琉球王国の歴史(佐久田著、日刊沖縄社刊)』からの紹介です。『護佐丸・阿麻和利の乱』は、『王になって5年後の1458年、尚泰久は(中略)、進言した阿麻和利を総大将にして中城城を夜襲させた。不意を討たれた護佐丸(中略)は、家族とともに自殺した』と記述されていました。
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通路の左手方面の城壁光景です。同じく、『琉球王国の歴史』からの阿麻和利の最後の場面の紹介です。『1458年、勝連の按司、阿麻和利が籠る勝連城を中山軍が囲み攻撃、激戦が展開され、阿麻和利も中山軍の大将・鬼大城の兄弟も戦死した』と紹介されていました。鬼大城は、阿麻和利の妻で、尚泰久の娘の百十踏揚を勝連城から脱出させた豪傑の大城賢勇です。
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自然石があちらこちらに露出した斜面の光景です。城壁に使われている石材と同じ、古い時代の琉球石灰岩のようです。勝連城は、阿麻和利の時代に、既に屋根瓦が使われていたことでも有名です。勝連城の城跡からは、大和瓦が出土しています。『琉球王国の歴史』には、『阿麻和利は、勝連城を大和の武将らしい茂知附(望月)按司から乗取った』とも記述されていました。
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『間口(じょうぐち)のカー』のタイトルがあった説明パネルの光景です。『カー』は、『泉』を意味するようです。西原御門(にしはら・うじょう)から、城内に入る時に、この清水で手足を清めたと紹介されていました。
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『史跡・勝連城跡』の文字が刻まれた石標の光景です。国の史跡に登録されたのは、沖縄の本土復帰の日の1972年(昭和47年)5月15日ですが、この碑は7年ほど遅れて、1979年(昭和54年)3月31日に建立されたことが側面に刻まれていました。
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この標識には、『勝連城跡(国指定遺蹟/世界遺産)』のタイトルがありました。勝連城跡は、昭和52年(1977年)より文化庁・沖縄県の補助を得て、保存修理作業を実施中であることが紹介されていました。この標識は、作業中での見学の注意事項を記したものでした。英文で併記してありました。
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標識類が一括して設置してあった一角の光景です。城内からは中国、元代の陶磁器類が出土し、繁栄した時代を窺わせます。『おもろさうし』からも当時の繁栄をみることができます。民俗学者の柳田国男は、全盛時代の勝連が当時の文化の中心であったことを『大和の鎌倉のごとし』と表現しているようです。
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『琉球王国のグスク及び関連施設群』のタイトルがあった、世界遺産標識の説明パネルの光景です。『勝蓮城跡』をはじめ、9箇所の世界遺産が写真紹介されていました。グスク(お城)が5箇所と、関連施設が4箇所です。
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振り返って眺めた、麓方面の光景です。民俗学者の柳田国男が注目し、推測したのは、浦添・首里・那覇を中心とした『浦添文化』に対して、系統上異なる『勝連文化』と言うべきものがあったとする考えだったようです。
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同じ場所から眺めた、右手前方の光景です。勝連城の城壁が、次第に威容を見せて来ました。城内からは中国・元代の陶磁器(染付)が出土していて、当時の繁栄ぶりが窺がえるようです。
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琉球石灰岩に着生したように見えた、ソテツ(蘇鉄)の光景です。『琉球石灰岩』は、南西諸島に広く分布する石灰岩の地層で、更新世(約258万年前から約1万年前までの期間)にサンゴ礁の働きで形成されました。1925年(大正14年)に矢部長克と半沢正四郎によって命名されました。多くの気孔を含んでいて、大量の地下水を浸透させる性質を持ちます。
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自然の斜面を縫うように、曲がりくねった上り坂の光景です。沖縄で世界遺産に登録されたグスク(城)の中では、最も築城年代が古いグスクとされています。城壁の曲線的な景観は、女性的な優美さにも例えられています。
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自然の斜面を縫うように、曲がりくねった上り坂のズームアップ光景です。2010年(平成22年)2月27日に発生した『沖縄本島近海地震』で、城壁の一部が崩落する被害を受けました。沖縄本島での震度5以上の地震発生は、1909年(明治42年)の地震以来101年振りとされます。
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左手方面に見えていた、勝連城の高石垣のズームアップ光景です。勝連城で最も高い場所にある『一の曲輪』は、標高約98メートルとされます。『沖縄本島近海地震』は、沖縄本島南東沖の琉球海溝付近のユーラシアプレート内で発生したマグニチュード7.2の地震で、震源の深さは37キロでした。勝連城があるうるま市では、震度4の揺れが観測されました。
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坂道に沿って伸びた城壁の光景です。通路の左手方面の城壁のズームアップ光景だったようです。
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