2017/10/28 - 2017/10/28
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kojikojiさん
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2日目の晩もホテルに戻ってきてから外出します。2晩に分けた地下鉄の駅巡りの残り半分を見学するためです。2日目ともなると2人の息も合って移動もよりスムーズです。この日行った地下鉄駅は昨晩よりもソビエト時代のプロパガンダ的なレリーフや彫刻やモザイクが多く興味深く見学できました。途中でカメラのボディが冷えたせいか調子が悪くなって、レンズを交換すると認識しなくなってしまい冷や冷やしました。ソニーのα6000は暑さ寒さ、特に寒さに弱いようです。妻は2日目ということもありだんだん地下鉄駅巡りに飽きてきたようで「もう10時になっちゃうよ~。」と泣き言を言い出す始末です。「泣き言を言ってもモスクワは涙を信じないぜ。」とかっこよく言いたかったのですが、ご機嫌斜めになると大変なのでだまっていました。ちなみに「モスクワは涙を信じない」とは「泣いたところで誰も助けてはくれないものだ」という意味を持つロシア語の格言で、1976年のソビエト映画の題名でもあります。いくつか見たい駅を飛ばしてしまった思いはありますが、ほぼ満足できたのでプーシキンスカヤ駅で表に出て「エリセーエフスキー」に向かいます。プーシキンの像はライトアップされて昼間より男前でした。豪華な内装の「エリセーエフスキー」では昼間に飲んだグルジア・ワインを探しました。店のお酒コーナーの男性に尋ねると「ジョ-ジア・ワインですね。」と言い直されました。昔モスクワのトランジットホテルで我々の後にチェックインした男性たちはグルジアのパスポートだったので留め置きされていました。ホテルの係員が「グルジア」と言ったのに対し「ジョージア。」と言い直しているのが印象に残りました。そのあたりのロシアとジョージアの関係について聞いてみたい気もしましたが、時間もないしそこまでの語学力も無いので尋ねられませんでした。ただワインについてはいろいろ説明があって勉強にはなりました。お酒の販売時間のギリギリ午後11時前にレジを通過できました。お店の内装は装飾過多のバロック宮殿のようでしたが、不思議な調和がありサンクトペテルブルグのお店よりは好きなインテリアです。かなりの買い物をしてしまいましたが、また地下鉄に乗ってホテルまで戻ります。結果前日より遅い時間になり、ホテルの近くにあるスーパーマーケットには行けず仕舞いでした。モスクワ到着2日にして体はへとへとになってしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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ツアー2日目の団体行動の終了後にホテルに戻り、ヴラドィキノ駅から夜のモスクワにご出勤です。
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円形ドームの地上の建物から地下へ下ります。モスクワに来る前はドキドキしていた地下鉄の駅巡りですが、東京都内を地下鉄で巡るより乗り換えは簡単で、駅のホームが美しいので楽しいです。
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■メンデェレーエフスカヤ駅
9号線のメンデレーエフスカヤ駅です。ここは昨日も乗り変えているので勝手知ったる駅です。駅名の由来は元素の周期律を発見したメンデレーエフかなと思います。そう考えると照明器具が元素の配列か何かのように見えてきます。 -
そして地下道を通って5号環状線のノヴォスロボーツカヤ駅駅に移動です。
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ここも昨晩写真を撮った駅です。五芒星のステンドグラスの写真を撮り忘れていたので撮っておきます。
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妻も地図を片手に持って電車を待つのも慣れたものです。
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■ベラルースカヤ駅
ここからは昨日と違って5号線を反時計回りに移動です。1つ目の駅がベラルースカヤ駅です。鉄道のベラルースキー駅(ベラルーシ行き列車の発着駅)と接続しているので、駅名にちなんでベラルーシ風の装飾となっています。大理石の白い支柱や精巧な漆喰塗りの天井などで装飾され、天井には八角形のモザイク画が12枚埋め込まれてベラルーシの日常の様子が描かれています。また床にはベラルーシのキルトに似せた模様のタイルが張られている。 -
CCCPかと思ったらБCCPでした。単純にベラルーシを意味するのでしょうか?(Белоруссия ビラルースィヤ)
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ルーシ(ロシア)の人々は13世紀から16世紀にかけてモンゴルの支配を受けた(タタールのくびき)際にモンゴル人が中国から学んだ文化である五行思想(陰陽五行)を持ち込んだために、赤ルーシ(南部ルーシで現在のウクライナ西部)、白ルーシ(西部ルーシで現在のベラルーシ)、黒ルーシ(北部ルーシで現在のモスクワ周辺)という名称が生まれ、そのうちの白ルーシ(ベラルーシ)だけが国名として残ったそうです。
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そういえば1980年代に買って持っているヨーロッパ地図にはベラルーシではなくホワイトロシアと表記されていました。
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1917年にロシア革命が起こり、そして第1次世界大戦の間占領していたドイツ軍の占領が終わった後、1918年には史上初の独立国となるベラルーシ人民共和国が樹立されます。この政権は短命に終わり1919年には白ロシア・ソビエト社会主義共和国が成立し、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦に加盟します。この頃に起こったポーランド・ソビエト戦争の結果成立したリガ条約により西半分がポーランドに割譲されてしまいます。
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いろいろ調べていくうちに今まで表面的にしか知らなかった歴史の深い穴にはまりそうな気分になってきました。そんな時代のモザイク画が天井に残されています。
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こちらはCCCPの紋章を刺しゅうする民族衣装を着たベラルーシの女性たち。
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民族賛歌のレリーフが続きます。
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詳しくはわかりませんが八角形の縁取りのデザインなども昔から伝わる意匠なのでしょう。
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写真を途中で止めることが出来ないほど引き込まれていきます。
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プロパガンダの意味を強く感じますが、ムハ(ミュシャ)のスラブエピックにも通じるような精神性も感じとれます。
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自分がこの時代に生まれていたら、盲目的に社会主義を信じていただろうなと思います。
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最後はもう1度БCCPで締めくくられます。
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結局天井のレリーフ全部を写真に撮ってしまいました。
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天井のモザイク以外のデザインも素晴らしいです。
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環状線のベラルースカヤ駅から2号線のベラルースカヤ駅に移動します。
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この駅の間の移動も見逃せません。
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ドーム天井には美しいシャンデリアが吊られ、奥には巨大な彫刻が置かれています。
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地下鉄駅巡りの団体ツアーの説明が終わるのを近くでやり過ごします。補助的な照明スタンドでさえこの美しさです。
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若者と老人の3人の銅像は「Белорусские партизаны ベラルーシのパルチザン」と呼ばれるものです。
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モスクワの地下鉄の駅を全部歩き回りたい気分になってきます。
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レーニンの像も置かれてありました。足元には献花されていました。レーニン像にこれだけ近づいたのはベトナムのハノイ以来でしょうか。「グッバイ・レーニン!」という映画でヘリコプターに吊られたレーニン像が飛んでいるシーンを思い出します。
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2号線のベラルースカヤ駅は意外に普通でした。
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地下鉄の車内で。
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■マヤコフスカヤ駅
ロシアアバンギャルドの詩人、ウラジミール・マヤコフスキーが描く「ソビエトの未来」をイメージして作られ、世界でもっとも美しい駅とも言われているマヤコフスカヤ駅です。大理石やステンレスがふんだんに使われていて、シンプルで洗練されたデザインはデコラティブな他の多くの駅と違う感じがします。
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何十もあるドーム天井はアールデコのアッパーライトの照明も含めとても美しいです。そのいくつかのロシアプロパガンダをイメージさせるモザイクの写真を収めました。半部以上は美しい木々や花ですが、興味はどうしても祖国復興など違う方に向いてしまいます。
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クレムリンの尖塔の上を飛ぶ複葉機の編隊飛行です。
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ソビエトの4発の爆撃機は第2次世界大戦中唯一のソヴィエトの戦略爆撃機ペトリャコフ Pe-8の姿のようです。
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艦艇の手旗信号と上空を飛ぶ大型飛行艇はBe-6(ベリエフ6)のようです。
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それ以外は果樹や花木のモザイクが連なります。
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駅名の由来は詩人のウラジーミル・マヤコフスキーだそうです。20世紀初頭のロシア未来派(ロシア・アヴァンギャルド)を代表するソ連の詩人です。
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とても印象に残る駅でした。
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ブダペストで乗った地下鉄と同じ車両のようです。調べてみるとハンガリーがソ連傀儡の共産主義体制下にあった1970年代に開業した路線で、旧東側諸国の多くの地下鉄と同じようにコメコン、ソビエトの協力により建設されたため地下鉄システムをそのまま導入したそうです。つまりこの車両も1970年代の代物です。
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■ノヴォクズネスカヤ駅
2号線でモスクワ市内を縦断した形で南下します。駅のモザイクは1940年代のレニングラード包囲戦中、飢えで死に瀕していた同市でモザイクの名匠ウラジミール・フロロフによって制作されたそうです。フロロフは仕事を終えた時には衰弱しきっていたにもかかわらず、危険なラドガ湖経由の艀による運搬を監督までします。生涯を通じて最も重要な作品の1つを完遂させたその数日後にフロロフは亡くなったそうです。 -
天井のモザイク以外にも壁は白い大理石で覆われ、とても豪華なベンチまで設えられています。
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天井の縁周りのレリーフも見事です。
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ギリシャの神殿の破風のレリーフを想像させる作りですが、内容はプロパガンダに傾注しています。
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妻はそろそろお疲れのようです。
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■パヴェレツカヤ駅
2号線のこの駅で再び5号環状線に乗り換えて、時計回りにキエフスカヤ駅に向かいます。 -
この駅も十分に装飾的ではありますが、他の駅の豪華さから比べるとシンプルに見えてしまいます。
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環状線のパヴェレツカヤ駅への連絡通路です。
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同じ駅でもこの通り離れているので乗り換えは時間がかかります。ここなどは有事の時のシェルターになるのだと思います。途中にたくさんの鉄扉があるのですが中を覗いてみたい衝動にかられます。
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■パヴェレツカヤ駅
この駅で再び5号環状線に乗り換えて、時計回りにキエフスカヤ駅に向かいます。 -
いかにもソビエトらしいモザイクが壁を飾っています。
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かと思えばギリシャの神殿のような内装が現れます。
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パヴェレツカヤ駅のプレートです。写真に残しておかないと乗り換えた時など後で写真が分からなくなりそうです。
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だんだんお疲れのようです。そろそろ切り上げないとまずい雰囲気です。駅名の上のレリーフは空調用の換気ダクトのカバーです。
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環状線を時計回りに4駅進んでキエフスカヤ駅に向かいます。
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■キエフスカヤ駅
駅のデザインはウクライナで行われた公開コンテストで選ばれたそうです。白い大理石で上張りされた四角い支柱で装飾されていて、柱の上にはロシアとウクライナの連帯を賛美する大きいモザイク画が飾られています。 -
この駅はソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフが長年あたためていた計画で、駅舎にはスタッコフレームに収められたモザイク画が18枚あります。モチーフはウクライナ史とウクライナ人とロシア人の友好だそうです。
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ロシア・ポーランド戦争の1615年辺りから近代にかけての歴史がモザイクになっているようです。
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この辺りの歴史の勉強が不足していると痛感します。
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そしてレーニンのモザイクです。レーニンの像は大抵腕を前に伸ばしていますが、これはロシアでタクシーを停める仕草に似ているそうです。サンクトペテルブルグにある左手を伸ばしたレーニン像は撤去も検討されたそうですが、タクシー会社が買い取ってそのままにしているのではという話もあるそうです。
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こういった題材になると少しはホッとします。
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20年ほど前にアエロフロートの機内でずっと話していたナターシャはウクライナのオデッサへ息子を迎えに行くと言っていたけど、この駅を通っていたのだろうかと思いました。
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民族衣装が美しいモザイクです。
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プラットホームの端にはレーニンの肖像画が飾られています。
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今回の旅ではスターリンの姿を全く見ませんでした。サンクトペテルブルグの地下鉄では人気が無いので壁に埋め込まれたとも聞いています。
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ソビエトの国旗とクレムリンの元老院の建物です。ここにこのソビエト国旗が掲げられることはありません。
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ソビエトとウクライナが手を取り合ったという象徴でしょうか。
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小学生の時に社会科で習ったコルホーズやソフホーズの世界を感じます。
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多分クリミア半島当たりの軍港でしょう。ロシアとウクライナの歴史をちゃんと理解していないと単純に批判はできないなと思いました。このモザイク画の左下の兵士がパソコンの画面を見ながらスマホで電話しているといわれるそうです。実際は当時の野戦電話らしいですが。
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そろそろ限界というか呆れられているようです。
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5号線のキエフツカヤ駅から3号線のキエフツカヤ駅に移動します。
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ここでびっくり。この駅の壁画も素晴らしいのです。
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こちらもソビエトとウクライナの友好を絵画で表しているようです。
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テンサイ(甜菜)と呼ばれるサトウダイコンの収穫を喜ぶ女性たち。
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ウクライナといえばコサックで、コサックダンスを踊る若い男女が楽しそうです。
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夏の終わりから秋の風景です。ヒマワリを見るとマルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演した「ひまわり」という1970年の映画を思い出します。ヴィットリオ・デ・シーカが監督で音楽をヘンリー・マンシーニが担当した名作ですが、このひまわり畑はソビエト連邦時代のウクライナの首都キエフから南へ500キロメートルほど行ったヘルソン州で撮影されたそうです。
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この辺りでカメラの調子が悪くなったのですが妻のご機嫌も限界です。「もう10時になっちゃうよ。」と泣き言をいいますが「モスクワは涙を信じない」ですから。
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金色のモザイクのようですが、描かれたものをモザイクに見せているだけです。
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秋の収穫を題材にしたものが多かったです。
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この絵を見ただけでウクライナに行ってみたい気分になります。
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綿花の収穫の場面ですが綿花の摘み取りは大変なのでこんな笑顔にはならないと思います。トルコのアンタルヤの郊外で摘んだことがありますが、すぐに手が痛くなりました。
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こちらは漁師さんたちの収穫の場面で、大きなチョウザメが網にかかっています。
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こちらは冬季に絵付けをする女性です。
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刺繍をする女性の題材になっている男性はウクライナの人でしょうね。
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これで地下鉄の駅巡りは終わりにします。もう1つ陶器のレリーフの美しい駅に行き忘れたのですが諦めます。
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■ボロヴィツカヤ駅
ここで9号線に乗り換えます。 -
この日の目的の終点駅は9号線のチェーホフスカヤです。
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表に出るとトゥヴェルスカヤ通りの映画館ロシアとプーシキン像が待っていてくれました。昼間に観た広場の姿とはまた違って見えます。
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プーシキン像はライトアップして綺麗でした。
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ロシアの大詩人アレクサンドル・プーシキンです。ソビエト時代にも崇拝されたプーシキンですが、小さな人間の苦しみやすぐれた人間と社会との対立、個人の幸福と義務の間の苦しい選択や制度に対する個人の反乱など、プーシキンによって最初に取り上げられました。これらのテーマは後にドストエフスキーやトルストイ、チェーホフやブーニンなどのロシアの偉大な作家たちの作品の基礎になっています。
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お腹が空いていれば「カフェ・プーシキン」にも行きたかったのですが、午後10時を回っていてもお腹は空いていません。
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駅近くの「エリセーエフスキー」という高級スーパーです。
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元々は18世紀に建てられた建物を1901年にサンクトペテルブルグの豪商エリセーエフが買取り、食料品店としてオープンさせたのが現在のエリセーエフスキーの起源なのだそうです。
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ネオバロックの宮殿のような内装です。そして24時間営業という脅威。
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これでもかという装飾が施されています。パリのオペラ座を思い出します。
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この宮殿の内装とスーパーマーケットという業態が頭の中で整理できません。200円くらいのチョコレートが棚に並んでいるのですから。
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さすがに午後10時過ぎでは生鮮を買うお客も少ないのか、魚や肉コーナーの店員さんは眠たそうです。
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この店で探していたのがグルジア・ワインです。お酒コーナーは店の奥の別室にありました。お酒コーナーの兄さんに「グルジア・ワインを探しているのですが。」と尋ねると「ジョージア・ワインですね。」と言い直されました。単純に英語で話しかけたから英語読みにしたのか、微妙な内容なので「そうです。」と答えておきました。
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妻が「赤ワインの甘口!」というと「それならばKINDZMARAULIと書かれたものを選んでください。」とそれからブドウの種類やらいろいろ詳しく教わりましたが、11時になりそうなのでレジに向かいます。
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ワインは3本買って1本は旅行中に飲もうと考えていました。翌日スーズダリで栓を抜こうとすると持ってきたオープナーでは力が入らずに開けられませんでした。そのままサンクトペテルブルグに持っていき、街中でオープナーを買い求めて、ようやく飲むことが出来ました。
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ホテルに戻り絵葉書を2日分書いて日記をつけたら午前2時を回っていました。翌日は黄金の環の見学でスーズダリへ移動です。
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地下鉄の絵葉書セットは赤の広場の国立歴史博物館の横のお土産店で買いました。230ルーブルと高かったけど他ではほとんど見掛けなかったので買っておいて正解でした。東京で手に入れようと思ったら1,000円しますから。これでモスクワ・シーケンスは終わりです。
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2017 モスクワと黄金の輪とサンクトペテルブルグの旅
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この旅行記へのコメント (4)
-
- Yukiieさん 2017/11/12 21:44:34
- すご~💨
- こんにちは。楽しく読ませていただきました。というより
すごく勉強をさせていただきました。続きもじっくり読ませて
いただきます。
- kojikojiさん からの返信 2017/11/13 00:52:18
- Re: すご~💨
- Yukiie様
旅行記にお立ち寄りありがとうございます。
この土日は法事で京都へ行っており、旅行記の作成が出来ておりませんが、この後もロシア旅行はモスクワ郊外の黄金の環とサンクト・ペテルブルグへ続きます。頑張って進めてまいりますのでまたお時間がありましたらお立ち寄りください。こうやってお便りいただくと励みになります。ありがとうございます。
-
- sallyさん 2017/11/10 19:36:51
- 体力ありますね
- こんにちわ。
モスクワ地下鉄、素晴らしいですね。わたしも廻ってみたくなりました。
奥様が色白で現地調達のお帽子がぴったり。
それにしても、初日、2日目と片道がわりとかかる移動を物ともせず夜歩きを楽しんでらして、、、すごいなぁ、体力あるなぁと思っちゃいました。
- kojikojiさん からの返信 2017/11/11 01:33:56
- Re: 体力ありますね
- 今回はツアーに便乗したのですが、安さが魅力だった半面観光が物足りない部分もあったので自分たちで夜の部を作って盛ってしまいました。また観光を終えてホテルに戻るのが午後7時前ということもあって時間を持て余したこともあります。ということで毎晩12時前まで遊び歩いていました。この後サンクト・ペテルブルグに移動するのですが、そこでも2晩はじけてしまい、最後にはへとへとになってしまいました。最高に楽しかったのは事実ですが、妻は「あたしゃ、60過ぎのおばあさんなんだからね。」と文句を言いながらもついてきてくれました。でも、帰国前に全身蕁麻疹が出てしまい可哀そうなことをしてしまいました。原因は汗をかいたり寒かったりで発汗が出来ないことによるものだったようですが、「原因はあんたよ。」と言われました。反省中です。
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