2015/06/04 - 2015/06/04
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kojikojiさん
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レンブラントの家を出た後は見学するのは屋根裏部屋の教会くらいにして、アムステルダムの町歩きを楽しみました。ブリュッセルを出た後は比較的小さな町を旅してきたのでアムステルダムの喧騒は少し疲れました。元々あまり興味のない街だったので美術館を巡るのに必要な3日もあれば良いとホテルも2泊しか考えていませんでしたが、実際に来てみるとあと2日は必要だったと思いました。世界で一番細い通りや間口の狭い家を探したり…。美味しいフリットを食べ歩いたり、チーズ屋さんで試食をしまくったり、スーパーで買い物したり我々なりのアムステルダムを楽しみました。アムステルダムでの夕食は2回しかないのですが、この日はホテルのレストランにしました。宿泊したホテルには「マキシミリアン」という有名なレストランがあって、1870年から延々とステーキにナンバーを振って食べさせています。末尾が00番だとレストランからワインが1本サービスされます。我々もトライしましたが、5,803,204という番号でした。アムステルダムはステーキが美味しく、翌日のディナークルーズでもステーキをチョイスしてしまいました。パリのステーキ店でハマって以来ヨーロッパではステーキを食べることが多くなりました。食事の後のお楽しみは夜景巡りとアムステルダムの飾り窓の見学です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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「レンブラントの家」の見学の後は街をブラブラします。ブリュッセルでは日中も肌寒いくらいでしたが、オランダに入ってからは汗ばむような陽気です。3週間のうちで季節も変わったようです。
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しかしアムステルダムは道路と同じ数の運河があるみたいです。ヴェネツィアのような迷路では無く整然と並んでいる印象を受けます。
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「南教会」まで足を伸ばしました。1603年にこの塔を設計したのはアムステルダムの建築家ヘンドリック・デ・ケイセルという人で、レンブラントの夜警もここで描かれたそうです。なるほどレンブラントの家からも近いですし、レンブラントの家の緑色の扉の大きさだと夜警の絵が出し入れできるのだろうかという疑問もありました。
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ニューマルクト広場から眺めた「計量所」の建物です。天気が良いので1階のカフェは混雑しています。この建物は元々セント・アントニウス門といい、アムステルダムの城壁門のうちの1つとして1488年に建設されたそうです。17世紀オランダの黄金時代になると商業が発展して城壁は不要になり、取り残された門だけが残ったと言われるとなるほどと思える形です。レンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」(ハーグ・マウリッツハウス美術館所蔵)は、この建物で行われた講義を描いたものと聞くと感慨深いものがあります。
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イチオシ
アムステルダムの町に映える真っ赤な馬車が停まっていました。御者の人もクラシックな背広にシルクハットを被っています。
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馬車に書かれているのは広告ばかりで料金とかルートとかは書いてありません。時間が合ったら乗ってみたい気もしました。
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そのまま駅方面へ散歩を続けますが綺麗な建物がたくさん見掛けました。
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防寒と防犯を兼ねた鎧戸が印象に残ります。昔は運河側からも出入りした名残が中央の一番下の扉として残っています。
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「涙の塔」も元々は城壁の一部だったようで、かなり変形した建物です。ここも1階はカフェになっており、天気が良いのでテラス席は賑わっていました。
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「聖ニコラス教会」までやってきましたが、扉は固く閉ざされているのでファサードだけ写真に収めました。シンメトリーなバロック教会かと思っていましたが、左右の塔の大きさが違っていました。
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教会からまた南に下ると細い路地がたくさんあり、下町の風情があって楽しそうでした。ただ日中は観光客が多すぎるようです。
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T字型になった運河はとても綺麗でした。近くにカフェもあったので一休みも考えましたが散歩を続けます。
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細くなっている屋根裏部屋が気になります。どこの建物も5階から7階建てですが、当然エレベーターは無いので生活するのは大変そうな気がします。
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「屋根裏部屋の教会」は外から見ると普通のカナルハウスです。1階に受付があり、ミュージアム・イヤーカードが使えます。ここでドイツから来た孫を5人連れたおじいちゃんとおばあちゃんがイヤーカードを購入したので入場するのにすごい時間が掛かりました。でも「ごめんなさいね。」と声掛けてくださったので嫌な気はしませんでした。
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この教会の起こりは16世紀に遡るそうです。当時のオランダはスペイン・ハプスブルグ家の支配下で、統治者のフェリペ2世は熱心なカトリック教徒だったのでプロテスタントの市民や諸侯を弾圧します。それを機にオランダ独立戦争が起こることになります。
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独立後オランダの主要都市ではプロテスタントを公式の宗派に指定するようになります。1578年にアムステルダムもプロテスタント都市を宣言し、カトリックを禁止します。
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後に屋根裏教会となるこの建物は貿易商ヤン・ハルトマンが購入しました。カトリック教徒でもあったハルトマンは邸宅の屋根裏を秘密の教会として改築して信者達に解放します。そして以後200年ほどこの屋根裏の教会は、アムステルダムのカトリック信者達の祈りの場になります。
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ただ当時のアムステルダム市は結構おおらかで、屋根裏教会の存在は知っていても大目に見ていたそうです。教会より下の階は生活空間なので17世紀当時のオランダ人の暮らしぶりが伺えます。
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なるほどカナルハウスの上層階の狭くなった部分の2フロアが教会になっているのだと分かります。
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規模も宗教も違いますがブダペストのシナゴーグを思い出しました。2層の造りとピンク色が似ています。
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司教の部屋も小さく狭いです。小さな窓と聖霊を表す鳩が印象に残りました。
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見学の順路として上の階にも上がることが出来ます。
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細かい彫刻も施されていますが、隠された教会なのにどうやって工事したのかという疑問が残ります。
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この位置が一番祭壇が綺麗に見える場所でした。建築上はフロアを2層分抜いてしまっているので内側へ傾く力が働くと思います。それを支えるために1フロアに1本横棒が通されているようでした。
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しばらくそこで懺悔していてください。3週間旅行するのに5,000円しか持ってこないなんて罰が当たりますよ。
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アムステルダムに到着したこの日の観光は屋根裏部屋の教会で終わりです。後は街歩きだけです。
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1軒のカナルハウスにチューリップが飾られていました。
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旧教会はアムステルダムで最も古い建物というだけでなく最も美しい建物でもあります。13世紀にアムステル川がアイ湾に注ぐこの場所に、船乗りの守護聖人である聖ニコラスに捧げる小さな礼拝所を漁師たちが建てました。その後この教会は何世紀にもわたってアムステルダムのランドマークとなっているそうです。
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100年ほど経った後にアムステルダムの人口は急激に増えて新しい教会が建てられることになりました。その教会は新教会と呼ばれ、聖ニコラス教会は旧教会と呼ばたそうです。どこまでが教会なのか周囲の建物が隣接しているので分かりません。これはホテルの前の新教会も同じです。
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世界一細い路地と呼ばれる「トラム・ペター・スティーグ」です。歩行者の標識がいっぱいいっぱいです。ほとんど肩幅くらいしかありません。昔行った上海郊外の西糖(シータン)の石皮弄という細い路地も80センチくらいでしたがここまでの圧迫感はありませんでした。
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トラムペタースティーグはアムステルダムで最も狭い通りです。この通りは飾り窓地区にあるので通りの両側はガラス張りです。ここはよくツアーガイドが観光客を案内しているので日中はカーテンが下がっています。
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イチオシ
歩行者用の道路標識ですが、小さい娘が「おとうさん、ダメだよこの通りに入ったら。」と手を引いているように見えるのは気のせいでしょうか。
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ツアー客の団体を見送った後に通ってみます。途中までは窓のない閉鎖的な通路です。
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その先は少し広くなり、両サイドは飾り窓になっています。昼間は電気が消えていますが、夜になると左側の庇の下の蛍光管が赤く灯り、綺麗なお姉さんが並んでしました。
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ぐるりと周ってまた旧教会の広場です。ここから中央駅方面へ向かってみます。
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旧証券取引所前の北側です。視界が広がって正面に中央駅が見えています。暑くなってきたのでアイスを買って食べました。
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ダムラック通りにあった美しい建物です。この通りは1889年に中央駅の建設の影響を受けて街の中心部へのメインストリートとして通行量が増加し始めました。ダムラック28-30番地のこの建物は1905年から1906年の間に建てられ、現在は国定の記念物に指定されています。
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ディテールが素晴らしく、庇や軒下にはマントヒヒがこちらを威嚇しています。ファサードは「人生」を表す5つの彫像で飾られており、これらの5つの像は右から左へと表されています。「警戒」「悪徳」「知恵」「再生」と「保護愛」です。像はジョセフ・メンデス・ダ・コスタによって作成されました。
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左入り口の上には「未亡人」と呼ばれる銅像を持つ幸運の輪を描いた彫刻が置かれてあります。元々は生命保険会社ユトレヒトのために建てられた建物で「彫刻の家」とも呼ばれA.J.クロフォラーとJ.F.スチールによって設計されました。
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いろいろなパターンの猿と鷲やフクロウなどの鳥の彫刻もありました。12世紀から13世紀のイングランドやフランスを中心にヨーロッパで広く流布していた「動物寓意譚(どうぶつぐういたん)」に詳しいと動物たちが何を意味するのか分かったのではないでしょうか。
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アムステルダムの建築見学でいえばトゥヒンスキー・シアター(Tuschinski Theater)に行けなかったのが残念です。
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ダムラックのカナルクルーズのボートの係留地から見える建物はアムステルダムらしい風景です。
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この辺りの建物を撮るために何人もの人が三脚まで立てて写真撮影していました。
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その脇には1620年に建てられたムント塔が頭をのぞかせています。
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アムステルダムで一番人気のフリッツ屋さんのようです。
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暫らく並んでようやく買えました。この店の周辺200メートルくらいはこの紫のフリッツのパッケージを持った人がたくさん歩いています。
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「メネケン・ピス」という名前のようです。ブリュッセルの小便小僧の名前です。ブリュッセルの「メゾン・アントワーヌ」で食べて以来ベルギーのフリッツのとりこです。
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「旧証券取引所」も重厚で立派な建物です。20世紀初頭のアムステルダム派の建築家たちの指導者だったベルラーフの作品です。アムステルダムの証券取引所は、世界で最古の証券取引所であると考えられ、1602年にかつて有価証券を取引するために設立された取引所の名称を変更し、オランダ東インド会社によって株券や債券を売買するために設立されました。「Beurs van Berlage」の呼称でこの場所に位置していました。
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黒い木靴は初めてなので履いてもらいました。さすがアムステルダムはオシャレです。
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「オールド・アムステルダム」というチーズ屋さんでした。このようなチーズ専門店は数店あったの、で翌日かなりの量をまとめ買いしました。日本へ持ち帰るのは重たかったです。
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「バイエンコフ」はオランダ語で養蜂箱という意味だそうです。1870年に現在地のすぐ近くの通りに小さいお店として開店したという老舗のデパートです。中にも入ってみましたがあまりに普通だったのですぐに出てきました。
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「王宮」まで戻って来ました。
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巨大なアトラス像が地球を抱えています。アトラスの像を見るとナポリの国立博物館を思い出します。
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王宮の裏には「アルバートハイン」というスーパーがあります。夕方は地元の人で凄い賑わいでした。チーズ屋さんで値段とか調べておきます。でも買うのはビールと水と朝ご飯用のお惣菜程度です。
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一度ホテルの部屋に戻って冷たいビールを飲んで一休みすることにします。
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午後8時過ぎにホテルの1階にあるレストランに入ります。
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「ディ ポート・ファン・クレーフ ホテル」は元々はビールの醸造所として1592年にはここに建っていたそうです。1863年にジェラード・アドリアン・ハイネケンに買い取られてハイネケンビールの醸造所になります。
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このレストランの「ナンバーステーキ」を出す伝統は1870年に始まったそうです。「ステーキ・ゼロメーター」は580万以上のステーキがここまで売られたことを表しています。実際は表示してある番号と多少違う番号で出てきます。ステーキのナンバーの末尾が00だとハウスワイン1本が無料で出されます。
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イチオシ
残念ながら末尾は03と04でした。しかし美味しそうなフィレステーキです。
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こんな感じのプレートで出てきました。小さいパンに入ったソースも添えられていますが、塩コショウの味付けのまま食べたほうが美味しかったです。フリットも揚げたてのカリカリで美味しかったです。
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今回の旅ではブリュージュでも2回ステーキを食べ、アムステルダムでも2回ステーキを食べました。
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ホテルの1階にはサロンもありましたが人の姿はありません。
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ロビーにはデルフトタイルで再現されたレンブラントの夜警が飾られています。周囲が暗いのでなかなか良い雰囲気です。
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イチオシ
ライトアップしたホテルの外観です。ファサードはクラシックですが室内は現代風にリニュアルされています。
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午後10時を過ぎていますが夜の散歩に出掛けます。まさに「ナイトウォッチャー」ですね。
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新教会から王宮へ向かうとライトアップが始まりました。午後10時までは真っ暗でした。
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ダムラック通りもそれほど明るくはありません。これにはちょっと拍子抜けです。プロテスタントという宗教上の理由でもあるのでしょうか。
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王宮を広場の反対から眺めてみます。まだ空に青味が残っているので美しく浮かび上がって見えます。
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後ろには「戦没者慰霊塔」がありますが、ここは明るく輝いています。
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イチオシ
戦没者慰霊塔は白いのでライトアップされると夜空に映えます。
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第2次世界大戦の戦没者を慰霊するために1956年に建立されたそうです。日本軍とも植民地だったジャワ辺りで戦っているのでお参りしておきます。
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ダム広場はブリュッセルやアントワープにベルギーの広場に比べると地味な上に明るさも抑えているような気がします。
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イチオシ
運河の先に教会のクーポラが美しく浮かび上がっています。
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計量所も綺麗にライトアップされているので運河に映り込んで綺麗です。
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アムステルダムの環状運河地区には、非常に狭い住宅が何件か散在しています。中でも最も有名なのがシンゲル7番地に所在する建物で、世界で最も狭い家と言われています。現在はアムステルダムらしいボンデージ衣装の店になっていました。
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計量所周辺まで来ましたが広場にはあまり人が出ていません。
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「レッド・ライト・ディストリクト」へやってきました。いわゆる「飾り窓」のエリアです。オランダの飾り窓地区の歴史は1270年にまで遡ります。当時現在のような歓楽街では無く、修道院が点在していて町の建物を所有していました。各部屋にはストーブがあり、寒い日にはアムステルダムにやってくる商人や漁師が暖を求めてやってきたそうです。その結果多くの男性が集まるようになったので、女性達は売春婦の仕事を行うようになりました。
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さすがにガラス窓の中の女性の写真を撮る気にはなりませんが、あっけらかんとして明るいので陰湿な感じはしません。歩いているのはほとんど観光客で若い女の子の姿も多いです。たまにおじさんが値段交渉したりしていますが。
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「カーサ・コッソ」という劇場は混み合っていましたね。日本で言うストリップ劇場の過激なものみたいです。
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この辺りは写真を撮っていても全然平気です。ほとんどの人はどこへ行くでも無くただ歩いているだけみたいです。一通り歩いたので我々も帰ることにします。
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お酒を飲みながらボートでパーティをしている人たちも多く見掛けました。
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王宮まで戻ってきました。
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人通りは減りましたが水銀灯がようやく全灯になったようでかなり明るくなっていました。
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うちのホテルの方が雰囲気がありますね。
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部屋に戻ってビールの飲み比べをします。今回の旅で飲んだレモンテイストのラドラーの中ではこれが一番美味しかったです。
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こちらはレモンとライムの入ったラドラーです。この日はスヘフェニンゲンの早朝散歩からアムステルダム駅前のクレジットカード紛失事件などいろいろありましたが何とかアムステルダムを旅しています。
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