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上海の観光スポット、豫園商城と豫園の紹介です。最初は豫園商城の街並み光景の紹介です。1988年、豫園城の株券は上海証券取引所に登録され、中国の初の株式上場会社となりました。(ウィキペディア、JTB・中国)

2012春、中国旅行記22(39/50):4月18日(2):上海市、豫園商城、篆刻芸術、陶泥楽器、銘茶店

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2012/04/14 - 2012/04/18

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旅行記グループ 2012春、中国旅行記22(下巻)

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

上海の観光スポット、豫園商城と豫園の紹介です。最初は豫園商城の街並み光景の紹介です。1988年、豫園城の株券は上海証券取引所に登録され、中国の初の株式上場会社となりました。(ウィキペディア、JTB・中国)

  • 豫園商城の紹介です。『上海に来たからには絶対にハズせない観光地。食べ歩き、お土産調達、街歩きが楽しめるのはもちろん、上海の伝統文化にも触れられる歴史ある商店街です。毎日のように世界各国の観光客でにぎわっているほか、地元の人も食事や贈り物を買いにいく場所として利用。上海らしさ満点の場所』(上海ナビ)、と紹介されていました。(同上)

    豫園商城の紹介です。『上海に来たからには絶対にハズせない観光地。食べ歩き、お土産調達、街歩きが楽しめるのはもちろん、上海の伝統文化にも触れられる歴史ある商店街です。毎日のように世界各国の観光客でにぎわっているほか、地元の人も食事や贈り物を買いにいく場所として利用。上海らしさ満点の場所』(上海ナビ)、と紹介されていました。(同上)

  • 豫園商城の紹介が続きます。『豫園商城』と『豫園商場』の二つの表記がありますが、そのいきさつは、この後紹介します。現在は『豫園商城』です。『豫園商城の最寄り駅は、地下鉄10、14号線「豫園」駅。タクシーの場合もこの1号出口付近に降ろされます(入り口までは人や車が非常に多く、入れないため)。1号出口を出るとすぐ、中国風の建物が集まっているにぎやかなエリアが見えるので、そこを目指して歩けばOKです』(上海ナビ)、に建つ建つ建物には、『豫園百貨』の表示がありました。(同上)<br />*(追記):地下鉄14号線は、2021年に開通しました。

    豫園商城の紹介が続きます。『豫園商城』と『豫園商場』の二つの表記がありますが、そのいきさつは、この後紹介します。現在は『豫園商城』です。『豫園商城の最寄り駅は、地下鉄10、14号線「豫園」駅。タクシーの場合もこの1号出口付近に降ろされます(入り口までは人や車が非常に多く、入れないため)。1号出口を出るとすぐ、中国風の建物が集まっているにぎやかなエリアが見えるので、そこを目指して歩けばOKです』(上海ナビ)、に建つ建つ建物には、『豫園百貨』の表示がありました。(同上)
    *(追記):地下鉄14号線は、2021年に開通しました。

  • 『敷地は北が福佑路、西が旧校場路、南は方浜中路と三つの道路に「コの字型」に囲まれています。この3本の道路にも土産物店がぎっしりと並んでいます』(同上)<br />*写真は、豫園商城の中のお茶の専門店の出入口光景です。中国各地のお茶の名産地のお店が集合しているようでした。(同上)

    『敷地は北が福佑路、西が旧校場路、南は方浜中路と三つの道路に「コの字型」に囲まれています。この3本の道路にも土産物店がぎっしりと並んでいます』(同上)
    *写真は、豫園商城の中のお茶の専門店の出入口光景です。中国各地のお茶の名産地のお店が集合しているようでした。(同上)

  • 『豫園商城』の正式名は、『上海豫園旅游商城股份有限公司』、上海証券取引所の上場企業です。『豫园商城(英語名:Yuyuan Tourist Mart)』を建設、経営管理する企業で、真珠等の宝石、飲食、医薬、百貨、食品などの販売、不動産、輸出入貿易、金融投資などを行っています。(同上)<br />*写真は、『浙江緑茶』のお店です。何度か見学したお茶の名産地です。

    『豫園商城』の正式名は、『上海豫園旅游商城股份有限公司』、上海証券取引所の上場企業です。『豫园商城(英語名:Yuyuan Tourist Mart)』を建設、経営管理する企業で、真珠等の宝石、飲食、医薬、百貨、食品などの販売、不動産、輸出入貿易、金融投資などを行っています。(同上)
    *写真は、『浙江緑茶』のお店です。何度か見学したお茶の名産地です。

  • 『豫園商城は、もともと「豫園商場』と呼ばれ、行政機関において商店を管理していました。1980年代初め、行政により豫園商場の名前を踏襲することを決定し、その中の百貨業を一緒に統合して、国有企業としました』(同上)<br />*写真は、『安渓鉄観音』のお店の光景です。中国茶のうち青茶(半発酵茶)の一種で、広い意味の烏龍茶の一種です。

    『豫園商城は、もともと「豫園商場』と呼ばれ、行政機関において商店を管理していました。1980年代初め、行政により豫園商場の名前を踏襲することを決定し、その中の百貨業を一緒に統合して、国有企業としました』(同上)
    *写真は、『安渓鉄観音』のお店の光景です。中国茶のうち青茶(半発酵茶)の一種で、広い意味の烏龍茶の一種です。

  • 『豫園商城』のその後の歴史です。写真は、『黄山茗茶』のお店です。<br />○1987年:国有企業の株式制への移行改革の波が起きて、豫園商場は上海市の商業界の初の株式会社として許可されました。<br />○1988年:園商場の株券は上海証券取引所に登録され、中国の初の株式上場会社となりました。(同上)

    『豫園商城』のその後の歴史です。写真は、『黄山茗茶』のお店です。
    ○1987年:国有企業の株式制への移行改革の波が起きて、豫園商場は上海市の商業界の初の株式会社として許可されました。
    ○1988年:園商場の株券は上海証券取引所に登録され、中国の初の株式上場会社となりました。(同上)

  • ○1992年:豫園商場は、経営管理、経営を統合し、「上海豫園旅游商城股份有限公司」を創設し、新会社は旧会社に代って、上海証券取引所に上場しました。<br />○2002年:民営企業の復星グループが筆頭株主となり、豫園商城は、民営企業となりました。(同上)<br />*写真は、『宣興紫砂壺』の看板の茶店です。『宣興紫砂』は、中国の急須です。

    イチオシ

    ○1992年:豫園商場は、経営管理、経営を統合し、「上海豫園旅游商城股份有限公司」を創設し、新会社は旧会社に代って、上海証券取引所に上場しました。
    ○2002年:民営企業の復星グループが筆頭株主となり、豫園商城は、民営企業となりました。(同上)
    *写真は、『宣興紫砂壺』の看板の茶店です。『宣興紫砂』は、中国の急須です。

  • このお店も、お茶の専門店でした。『叙友茶荘』の看板でした。『江南地域の緑茶などの品揃えが豊富。淮海中路でも目立つ大きな店構えで、市内に支店も数多く展開している。日常的に飲むお茶から高級なものまで扱う茶葉は300種類以上。2011年に広いサロンを併設してリニューアルオープンしたばかり』、と紹介されていました。(同上)

    このお店も、お茶の専門店でした。『叙友茶荘』の看板でした。『江南地域の緑茶などの品揃えが豊富。淮海中路でも目立つ大きな店構えで、市内に支店も数多く展開している。日常的に飲むお茶から高級なものまで扱う茶葉は300種類以上。2011年に広いサロンを併設してリニューアルオープンしたばかり』、と紹介されていました。(同上)

  • お茶の専門店専紹介の最後です。『汪・裕泰(ワン・ユウタイ)・1851年』の看板でした。江蘇浙江にある『翁隆盛』と並ぶ100年以上の歴史を持つ『汪裕泰』のお店です。清代後期の茶葉生産は驚くほど発展しました。栽培面積も生産量も大幅に高まり、茶葉や茶器を売る茶荘、茶葉を集めて加工販売する茶号が一時的に次々と出現しました。(同上)

    お茶の専門店専紹介の最後です。『汪・裕泰(ワン・ユウタイ)・1851年』の看板でした。江蘇浙江にある『翁隆盛』と並ぶ100年以上の歴史を持つ『汪裕泰』のお店です。清代後期の茶葉生産は驚くほど発展しました。栽培面積も生産量も大幅に高まり、茶葉や茶器を売る茶荘、茶葉を集めて加工販売する茶号が一時的に次々と出現しました。(同上)

  • 豫園商城の街並みの特徴は、ベンガラ色の外観と、軒先が跳ね上がった伝統的な建物構造です。老舗の一つで、民国時代に茶楼として建てられた建物を使い、70年代にオープンした上海料理の老舗の『緑波楼』の建物光景です。豫園商城にある上海料理の超有名店とされます。(同上)

    豫園商城の街並みの特徴は、ベンガラ色の外観と、軒先が跳ね上がった伝統的な建物構造です。老舗の一つで、民国時代に茶楼として建てられた建物を使い、70年代にオープンした上海料理の老舗の『緑波楼』の建物光景です。豫園商城にある上海料理の超有名店とされます。(同上)

  • 同じく『緑波楼』の建物光景です。春節の時期などには、建物や広場が華やかな飾りで溢れます。エリザベス女王をはじめ、クリントン大統領など、世界各国の要人が訪れたことがあるお店のようです。ただし、この情報は、『上海老飯店』ともされ、はっきりしません。(同上)

    イチオシ

    同じく『緑波楼』の建物光景です。春節の時期などには、建物や広場が華やかな飾りで溢れます。エリザベス女王をはじめ、クリントン大統領など、世界各国の要人が訪れたことがあるお店のようです。ただし、この情報は、『上海老飯店』ともされ、はっきりしません。(同上)

  • 豫園商城を代表する建物の一つ、『緑波楼』の紹介が続きます。その建物側面のズームアップ光景です。弁柄(ベンガラ)色に統一された壁面の中に、木造建築を思わせる繊細な装飾が施されていました。(同上)

    豫園商城を代表する建物の一つ、『緑波楼』の紹介が続きます。その建物側面のズームアップ光景です。弁柄(ベンガラ)色に統一された壁面の中に、木造建築を思わせる繊細な装飾が施されていました。(同上)

  • 『緑波楼』の1階部分の光景です。『豫園のなかにある著名なレストランで、国際特級レストランに指定されています。上海料理、上海点心、ふかひれ料理、蟹料理を得意としている。(MAHOO!上海)』、と紹介されていました。(同上)

    『緑波楼』の1階部分の光景です。『豫園のなかにある著名なレストランで、国際特級レストランに指定されています。上海料理、上海点心、ふかひれ料理、蟹料理を得意としている。(MAHOO!上海)』、と紹介されていました。(同上)

  • 同じく、『緑波楼』の1階部分の光景です。ズームアップした豪華な扁額には、右から読んで『緑波楼餐廰』の金文字がありました。『餐廰』は、『高級レストラン』当たりの意味になるようです。(同上)

    同じく、『緑波楼』の1階部分の光景です。ズームアップした豪華な扁額には、右から読んで『緑波楼餐廰』の金文字がありました。『餐廰』は、『高級レストラン』当たりの意味になるようです。(同上)

  • 入口付近からズームアップした『緑波楼』の内部光景です。右から読んで、『圓味無窮』らしい文字の扁額がありました。中国の『国賓の接待にも使われる、有名な上海料理のレストラン』、とも紹介されていました。(同上)

    入口付近からズームアップした『緑波楼』の内部光景です。右から読んで、『圓味無窮』らしい文字の扁額がありました。中国の『国賓の接待にも使われる、有名な上海料理のレストラン』、とも紹介されていました。(同上)

  • 豫園・豫園商城のある黄浦江の西側の一角は、かつて日本からの倭寇の襲撃を防ぐために16世紀半ばに城郭が作られた場所です。環状になっていて、東西南北に道が通り格子状に街が形成されてきた上海の旧市街地の中にあって特異なエリアとなっています。環状道路の内側は上海城とよばれ、租界時代に外国人が大勢上海に住むようになっても、このエリアだけは中国人だけが住む地域とされ、この地域の中心に豫園と豫園商城が位置します。(上海ガイドブック手帳) (同上)

    豫園・豫園商城のある黄浦江の西側の一角は、かつて日本からの倭寇の襲撃を防ぐために16世紀半ばに城郭が作られた場所です。環状になっていて、東西南北に道が通り格子状に街が形成されてきた上海の旧市街地の中にあって特異なエリアとなっています。環状道路の内側は上海城とよばれ、租界時代に外国人が大勢上海に住むようになっても、このエリアだけは中国人だけが住む地域とされ、この地域の中心に豫園と豫園商城が位置します。(上海ガイドブック手帳) (同上)

  • かつての城郭の周囲には、高さは8メートルの城壁が設置され、その総延長5キロにも達していました。しかし、民国時代の1912年に取り壊されてしまっため、現在の上海城の痕跡は、人民路と中華路という通りが地図上で環状であることによって確認出来るのみになりました。(同上)

    かつての城郭の周囲には、高さは8メートルの城壁が設置され、その総延長5キロにも達していました。しかし、民国時代の1912年に取り壊されてしまっため、現在の上海城の痕跡は、人民路と中華路という通りが地図上で環状であることによって確認出来るのみになりました。(同上)

  • 豫園と豫園商城の歴史の紹介です。豫園は上海の潘允瑞という四川布政使(四川省長)を務めた役人が、かつて刑部尚書(法務大臣)だった父親『潘恩』への孝行のために建設した個人の庭園と言われています。1559年に建設が始まり、18年後に完成しましたが、残念ながらその時は肝心の父親は亡くなっていました。その後豫園庭園は清代初めに潘家の衰退とともに一時荒廃しますが、1760年に上海の有力者達が再建に乗り出し、豫園は隣接する城隍廟の廟園となって名前も西園と改称されました。(同上)

    イチオシ

    豫園と豫園商城の歴史の紹介です。豫園は上海の潘允瑞という四川布政使(四川省長)を務めた役人が、かつて刑部尚書(法務大臣)だった父親『潘恩』への孝行のために建設した個人の庭園と言われています。1559年に建設が始まり、18年後に完成しましたが、残念ながらその時は肝心の父親は亡くなっていました。その後豫園庭園は清代初めに潘家の衰退とともに一時荒廃しますが、1760年に上海の有力者達が再建に乗り出し、豫園は隣接する城隍廟の廟園となって名前も西園と改称されました。(同上)

  • 当時のこの西園は現在の湖心亭や豫園商城の大部分が含まれたと言われ、全体で現在の2倍の広さがあったと言われます。その後園内で反映してきた商家達により各種の商業公会(商業組合)が生まれ、全部で21の公所(組合事務所)が設けられました。(同上)

    当時のこの西園は現在の湖心亭や豫園商城の大部分が含まれたと言われ、全体で現在の2倍の広さがあったと言われます。その後園内で反映してきた商家達により各種の商業公会(商業組合)が生まれ、全部で21の公所(組合事務所)が設けられました。(同上)

  • この間1842年の阿片戦争以来、小刀会蜂起、太平天国の乱等の戦禍を被るものの、豫園一帯は従来からあった城隍廟の門前市と一体化して商業街として発展していったとされます。1956年に西園の約半分が庭園として改修・整備され、現在の豫園となり、その他の部分が豫園商城となり現在に至っています。(同上)

    この間1842年の阿片戦争以来、小刀会蜂起、太平天国の乱等の戦禍を被るものの、豫園一帯は従来からあった城隍廟の門前市と一体化して商業街として発展していったとされます。1956年に西園の約半分が庭園として改修・整備され、現在の豫園となり、その他の部分が豫園商城となり現在に至っています。(同上)

  • 豫園と豫園商城の観光についての紹介です。豫園そのものの見学は面積が狭いので駆け足で回れば30分程度で回ることもできますが、豫園はその狭い空間ながらも細部にわたって芸術品のように細かい工夫が多数織り込まれている庭園ですから、出来ればじっくりと時間をとって一つ一つの風景を楽しみたい観光名所です。(同上)

    豫園と豫園商城の観光についての紹介です。豫園そのものの見学は面積が狭いので駆け足で回れば30分程度で回ることもできますが、豫園はその狭い空間ながらも細部にわたって芸術品のように細かい工夫が多数織り込まれている庭園ですから、出来ればじっくりと時間をとって一つ一つの風景を楽しみたい観光名所です。(同上)

  • 豫園商城では、お土産物屋での買い物や、小吃店で中国ならではの点心をつまみ歩くのも楽しい場所です。特に南翔饅頭店の小龍包は有名で、いつ来ても行列が出来ています。(同上)<br />*写真は、湖心亭と九曲橋がある池の一角になるようです。

    豫園商城では、お土産物屋での買い物や、小吃店で中国ならではの点心をつまみ歩くのも楽しい場所です。特に南翔饅頭店の小龍包は有名で、いつ来ても行列が出来ています。(同上)
    *写真は、湖心亭と九曲橋がある池の一角になるようです。

  • 豫園商城のそぞろ歩き光景です。道の両脇には、デザインと色彩が統一された歴史的町並みが続いていました。歴史的町並みと言っても、建物自体は新しい造りのようでした。建物側面は、白とベンガラ色の二色が基本になっていました。(同上)

    豫園商城のそぞろ歩き光景です。道の両脇には、デザインと色彩が統一された歴史的町並みが続いていました。歴史的町並みと言っても、建物自体は新しい造りのようでした。建物側面は、白とベンガラ色の二色が基本になっていました。(同上)

  • 同じく、豫園商城の歴史的町並みのそぞろ歩き光景です。何度も見学し、旅行ブログもアップした豫園ですが、その内の一部を紹介しておきます。(同上)<br />○『2010春、上海万博旅行記(20)5月7日(5)上海、豫園商城、豫園』<br /> https://4travel.jp/travelogue/10458639<br />○『2009夏、中国旅行記17(16)7月23日(4)上海・豫園、緑波楼』<br /> https://4travel.jp/travelogue/10360101<br />○『2008秋、中国旅行記13(36):9月26日(1)上海・豫園』<br /> https://4travel.jp/travelogue/10283711<br />○『2007冬、中国旅行記12(3):2月17日 上海、豫園』<br /> https://4travel.jp/travelogue/10149794

    同じく、豫園商城の歴史的町並みのそぞろ歩き光景です。何度も見学し、旅行ブログもアップした豫園ですが、その内の一部を紹介しておきます。(同上)
    ○『2010春、上海万博旅行記(20)5月7日(5)上海、豫園商城、豫園』
     https://4travel.jp/travelogue/10458639
    ○『2009夏、中国旅行記17(16)7月23日(4)上海・豫園、緑波楼』
     https://4travel.jp/travelogue/10360101
    ○『2008秋、中国旅行記13(36):9月26日(1)上海・豫園』
     https://4travel.jp/travelogue/10283711
    ○『2007冬、中国旅行記12(3):2月17日 上海、豫園』
     https://4travel.jp/travelogue/10149794

  • 左から読んで、『篆刻芸術』の看板が懸かったお店の光景です。僅かの時間ですが、待っている間に印鑑の彫刻が出来上がります。英文では、『SEAL CUTTING』の表示がありました。『篆刻(てんこく)』とは、『印章を作成する行為である。中国を起源としており、主に篆書を印文に彫ることから篆刻というが、その他の書体や図章の場合もある。また金属(銅・金など)を鋳造して印章を作成する場合も篆刻という。(ウィキペディア)』とされます。(同上)

    左から読んで、『篆刻芸術』の看板が懸かったお店の光景です。僅かの時間ですが、待っている間に印鑑の彫刻が出来上がります。英文では、『SEAL CUTTING』の表示がありました。『篆刻(てんこく)』とは、『印章を作成する行為である。中国を起源としており、主に篆書を印文に彫ることから篆刻というが、その他の書体や図章の場合もある。また金属(銅・金など)を鋳造して印章を作成する場合も篆刻という。(ウィキペディア)』とされます。(同上)

  • 『陶泥楽器』の看板が懸かったお店の光景です。オカリナ等の楽器が販売されていました。規格化された外観のお店が並んだ一角でした。『陶泥』のことを『陶器の粘土は、黄褐色、灰色、白、赤紫色などの色合いで鉄を含み、良好な可塑性を有する粘土を指します。 鉱物成分はモンモリテライト、カオリンが中心です。 テラコッタは、主に外壁、床タイル、陶器などを焼く目的で使用されています。(バイドウ百科)』と解説してありましたが、簡単に言えば、日本語の『陶土』に該当するようでしたが、陶石も含むようなイメージもありました。(同上)

    『陶泥楽器』の看板が懸かったお店の光景です。オカリナ等の楽器が販売されていました。規格化された外観のお店が並んだ一角でした。『陶泥』のことを『陶器の粘土は、黄褐色、灰色、白、赤紫色などの色合いで鉄を含み、良好な可塑性を有する粘土を指します。 鉱物成分はモンモリテライト、カオリンが中心です。 テラコッタは、主に外壁、床タイル、陶器などを焼く目的で使用されています。(バイドウ百科)』と解説してありましたが、簡単に言えば、日本語の『陶土』に該当するようでしたが、陶石も含むようなイメージもありました。(同上)

  • 『金山農民画』の看板の店です。色紙風の民画が店一杯に飾ってありました。『農民画は文革の時代に?西省戸県で始まったと言われています。その目的は農業振興や増産奨励のプロパガンダであり、勤勉に働く農民や科学的な近代農業などが描かれました。1972年、金山にひとりの画家がやってきました。彼の名は呉彤章(ウートンジャン)です。後に「金山農民画の創始者」と言われるようになった人物です』(まるごと上海・金山農民画の歴史) (同上)

    『金山農民画』の看板の店です。色紙風の民画が店一杯に飾ってありました。『農民画は文革の時代に?西省戸県で始まったと言われています。その目的は農業振興や増産奨励のプロパガンダであり、勤勉に働く農民や科学的な近代農業などが描かれました。1972年、金山にひとりの画家がやってきました。彼の名は呉彤章(ウートンジャン)です。後に「金山農民画の創始者」と言われるようになった人物です』(まるごと上海・金山農民画の歴史) (同上)

  • 『中国結芸』の看板のお店です。日本では『組紐』あるいは『水引』と呼ばれる民芸分野のようです。中国では赤色の品はお目出度い飾りとされ、その赤色で一杯だった店先光景です。『中国結び』とは、『中国大陸及び台湾で考案・発展した、紐を用いた伝統工芸です。数種の基本結びと変化結び、それらの組み合わせより成る。中国結芸、結芸とも呼ばれます。(ウィキペディア)』、と解説してありました。(同上)

    『中国結芸』の看板のお店です。日本では『組紐』あるいは『水引』と呼ばれる民芸分野のようです。中国では赤色の品はお目出度い飾りとされ、その赤色で一杯だった店先光景です。『中国結び』とは、『中国大陸及び台湾で考案・発展した、紐を用いた伝統工芸です。数種の基本結びと変化結び、それらの組み合わせより成る。中国結芸、結芸とも呼ばれます。(ウィキペディア)』、と解説してありました。(同上)

  • 品揃えが豊富なお土産店の店先光景です。前の方に並んでいるのは、カラフルな履物、奥の棚の最上段は、筆のようでした。その中間には、腕輪などの装身具も並べられていました。(同上)

    品揃えが豊富なお土産店の店先光景です。前の方に並んでいるのは、カラフルな履物、奥の棚の最上段は、筆のようでした。その中間には、腕輪などの装身具も並べられていました。(同上)

  • 同じく、品揃えが豊富なお土産店の店先光景です。こちらには、ティーシャツなどの服飾が展示してありました。若い人向けのデザインが多いようでした。(同上)

    同じく、品揃えが豊富なお土産店の店先光景です。こちらには、ティーシャツなどの服飾が展示してありました。若い人向けのデザインが多いようでした。(同上)

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