2012/04/14 - 2012/04/18
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旅人のくまさんさん
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蘇州市にある世界文化遺産の庭園、耦園の紹介です。耦園は、敷地の二方を濠に接し、見学の締め括りは小舟でのお濠遊覧でした。庭園の太湖石、黄石を使った築山のほか、学を好んだ『沈乗成』らしい建物なども印象に残りました。(ウィキペディア、JTB・中国)
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世界文化遺産の古典庭園、『耦園』の光景です。先に紹介した、『黄石假山』と呼ばれる築山の別の角度からの眺めです。最初に紹介した景色は、『枯山水風』でしたが、こちらから眺めは、山水一体の景色でした。既に紹介しましたが、『假山』は『築山』の意味です。(同上)
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『耦園』は、清代(1616~1912年)に、江蘇・安徽・江西地方の総督代理だった沈秉成が退官後、夫人の厳永華とともに蘇州に移り、隠居する際この庭園を買いとり造園を開始したと言われています。『耦園』がある蘇州は、庭園の街として、『天有天道、下有天杭蘇(天に天国があれば地上には蘇州と杭州がある)』と、杭州とならび称される地上の楽園です。(同上)
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蘇州市内に点在する庭園の数は200以上とされ、その内、一般に開放されているのは約70箇所とも言われます。その70箇所には、世界遺産に登録された庭園が9箇所あります。宮廷色の強い頤和園を代表とする北京の庭園を『ロイヤル・ガーデン』と表現すれば、蘇州の庭園のほとんどは、昔地方の文人や官僚などが所有する『個人庭園』です。(同上)
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このエピソードも、すでに紹介しましたが、庭園は『耦園(ou yuan)』と名付けられましたが、それは伴侶を意味する「偶」の字と同じ発音の「オウ」の「耦」の文字で、夫婦二人が隠居して、仲むつまじく暮らすという意味合いがあったとされます。(同上)
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園内の西花園の曲廊には、『枕波軒』という小さな広間があり、広間の東の窓の上には『枕波双隠』という文字を刻んだレンガの扁額があります。また、その両側には、対になっためでたい文句を刻んだレンガがはめこまれていて、『耦園住佳偶、城曲築詩城』(耦園に住むよい夫婦、庭園に作詩の部屋をつくる)とあります。(同上)
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イチオシ
『城曲草堂』の正面出入口の光景です。耦園の園内は、大きく分けて『東花園』と『西花園』の二つのエリアになりますが、主に客人を招いたのは『東花園』とされます。その『東花園』のメイン・ゲストホールが『曲草堂』になります。(同上)
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立入り制限されていましたが、左手に見えるのは、城曲草堂の中の個室です。円形の入口は木彫りにして工夫が凝らされていました。木彫りのところどころに花瓶などがデザインされています。こうした部屋のコンセプトは、清代末期の高官だった『沈乗成』の趣向のようです。その室内には、机や椅子が置かれていましたいました。(同上)
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耦園の創設者の『沈乗成』は、学を好んだ人でした。このため、貧しい生活を強いられても学に没頭し、再三の招聘を断って宮仕えをしなかった南宋時代の学者、『沈驎士』を手本としました。彼の詩に因んで『織帘老屋』と名づけた西花園の建物を自分自身の書斎にしていました。織帘とは、カーテンを編むという意味です。(同上)
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そんな『沈乗成』を象徴するように、『城曲草堂』の中は沢山の書で飾られていました。南斉の『沈驎士』についての紹介です。『八十歳を過ぎて火事にあい蔵書を失った後、燈火のもと、反故紙に小さな字で書物を書き写し、ついに二、三千巻の蔵書を築いた。『南斉書巻54、高逸伝』と伝わります。(同上)
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『城曲草堂』とその周りの光景です。『城曲草堂』は、総二階建ての建物です。建物の前には、黄石を積み上げた大きな築山があり、視界を遮っています。中国庭園に付き物の池の景観を遮ったところにメインゲストホールを作るというのは、ちょっと変わった作り方ですが、学を好んだ『沈乗成』の考えに沿ったもののようです。(同上)
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『城曲草堂』の前に置かれていた、全天候型の腰掛け兼用のテーブルのようです。凝った造りの四本の脚、一枚板のようなテーブルも、自然石らしい石材が使われていました。かっては、『沈乗成』やその客人も腰掛けたのかも知れません。さりげない場所にも工夫が凝らされていました。(同上)
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『城曲草堂』とその周りの光景です。前方に見える白い壁は、『城曲草堂』などがある、こちら側の『東花園』と、白い壁の先にある『西花園』を遮る回廊の壁のようです。右端に円形の出入口が見えていました。(同上)
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イチオシ
庭園の一角にあった、通路と草木が茂る路地とを分ける石組と、そのハイドの竹で編んだ柵の光景です。なだらかなアーチを描いた柵が景色の中心になっていました。庭園の各所で目にした、竹で編んだ柵の光景でした。『城曲草堂』の視野から池などを遮るための細工の一部だったかも知れません。(同上)
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園内の古木のズームアップ光景です。この季節では、樹種は分かりませんでしたが、恐らく樹齢は百年を優に超えているようでした。その先の景色に配慮したのでしょうか、ダイナミックに剪定されていました。(同上)
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名前:『キリ(桐)』
分類:キリ科キリ属
分布:中国の揚子江流域、韓国の鬱陵島、日本に分布します。原産地不明です。
その他:初夏に咲く淡紫色の花の光景です。(同上) -
藕園見学の締め括りは、小舟によるお堀の周遊でした。赤い服を着た女性の船頭さんでしたが、櫓の裁きはベテランらしい落ち着きが感じられました。会話を交わすことはありませんでしたが、藕園見学の専属の方のようでした。水郷で有名な蘇州ですから、小舟は日常の足代わりかも知れません。(同上)
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今回は見学できませんでしたが、『楼大庁」では、昆劇の披露もされているようでした。『昆曲」とも呼ばれ、『京劇』より古い演劇形式とされます。元末から明の初めの頃に江蘇省昆山一帯で始まったとされます。ネット写真でも確認できました。(中国演劇・昆劇)(同上)
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『昆曲』は、明の万暦帝の時代(1573~1620年)になりますと、蘇州を中心に長江以南、銭塘江以北に広まり、その後北京にも伝わり、明の中期から清の中期にかけて影響力の最も大きな伝統劇になりました。(同上)
*写真は、運河遊覧の小舟の客待ち光景です。 -
イチオシ
昆曲の特徴としては、抒情性の強さ、動作の繊細さ、節回しの美しさ、優雅な舞踊などが挙げられます。清代の中期以降、演劇の王者としての地位は北京を中心に発展した京劇が取って代わりますが、昆曲と京劇、見た目はほとんど同じです。昆曲の特徴は主に節回しの繊細さや優美さにあります。(同上)
*写真は、前を行く、水郷遊覧の小舟の光景です。 -
ヴェネツア協和j国の商人で冒険家だった『マルコ・ポーロ(1254年頃~1324年)は、蘇州を訪れ、その旅行記に『蘇州の美しさは驚くほどだ』と紹介しています。『青瓦に白壁、河にかかる小さな橋、霧にかすんだ川面に浮かぶ船、古刹からは鐘の音が響いてくる』、こんな街だったようです。(同上)
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マルコ・ポーロは、商取引を父ニッコロー・ポーロと叔父マッフェーオ・ポーロに学びました。1271年、父・叔父と共にアジアに向け出発し、以降24年間にわたりアジア各地を旅しました。帰国後、ジェノヴァとの戦争に志願し、捕虜となって投獄されますが、そこで囚人仲間に旅の話をし、これが後に『東方見聞録』となりました。1299年に釈放され、その後豪商になり、結婚して3人の子供に恵まれました。1324年に没し、サン・ロレンツォ教会に埋葬されました。(同上)
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マルコ・ポーロの先駆的な冒険は、当時のヨーロッパ地理学にも影響を与え、フラ・マウロの世界図が作成されました。またクリストファー・コロンブスなど多くの人物に刺激を与えました。マルコ・ポーロの名はマルコ・ポーロ国際空港やマルコポーロヒツジにも使われ、彼の生涯をテーマにした小説や映画なども製作されました。(同上)
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中国の『江南水郷地域』についての紹介です。そのエリアは、『長江下流の太湖流域、江蘇省の南部と、浙江省の北部を含んだ地域』とされ、蘇州市も当然含まれます。蘇州古城城壁に沿い流れる大運河が千百年間、古都蘇州を守ってきました。 蘇州の経済と文化の母、蘇州の命脈である運河です。(蘇州観光の案内) (同上)
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蘇州の運河に関わる観光名所等の紹介です。最初は『平江歴史文化街区』です。水の都の蘇州で最も昔の風情が残っている歴史文化街区です。石畳の道の両脇を古い民家をリノベーションして作られた、バーやカフェ、コンセプトショップ、ゲストハウスなどが立ち並びます。(蘇州市公式観光サービス) (同上)
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次に紹介する、蘇州の観光名所は『山塘歴史文化街区』です。七里山塘は、唐の時代に街が開かれて以来、『姑蘇第一街』という名誉を得ました。古街の両側に茶楼や居酒屋が林立し、会館や老舗が密集しています。南側にはこの街と千百年以来を供にしてきた山塘河の上に、美しく飾られた遊覧船が行き来し、古い橋は古色蒼然とし、川岸で生活する人々の家々は水の都の味わいを伝えます。(同上)
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3番目に紹介するのは、『盤門』です。中国で唯一完全保存の状態で残っている水隆城門遺跡です。『東洋のヴェニス』と呼ばれる蘇州の街並みを体現している重要スポットです。 その素晴らしさから『北で万里の雄大さを見、南で盤門の麗しさを見る』と言われているほどです。 盤門と外濠の上の呉門橋、宋時代の瑞光塔は『盤門三景』と呼ばれ、異なる時代の遺跡が古運河により結ばれています。(同上)
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蘇州四大名園は、滄浪亭、獅子林、拙政園、留園です、すでに紹介したものもありますが、纏めて4箇所を紹介します。蘇州四大名園の内の2箇所は、中国四大名園にも選ばれています。その中国四大名園とは、『頤和園』(北京)、『避暑山荘』(河北省承徳)と、蘇州の『留園』と『拙政園』です。(同上)
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『留園(清代)』:蘇州の姑蘇区に位置し、園内の建築は精巧を極め、奇石の『太湖石』が多く名高い庭園です。1961年、留園は最初の中華人民共和国全国重点文物保護単位の一つとして公表されました。留園は、明代の21年(1593年)に創建され、徐泰時が石畳名工の周時臣を招いて建築させた個人庭園として、『東園』と名付けられました。
『拙政園(明代)』:拙政園は明時代の1505~1566年に造られた庭園であり、日本では室町時代の頃です。蘇州四大庭園の拙政園、留園、滄浪亭、獅子林のなかで最大規模であり、また中国四大名園の首位に位置づけられています。(庭園ガイド) (同上) -
『滄浪亭(五代十国時代)』:滄浪亭(そうろうてい)は、956年(日本では平安時代)に造園された蘇州最古の庭園です。その後、荒廃を繰り返し、清の時代となる1696年(江戸中期)と1873年(明治初期)に造営されたものが現在の原型となりました。世界遺産であり、蘇州四大名園でもあります。(同上)
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『獅子林(元代)』:獅子林(ししりん)は、元の時代の1342年に臨済宗の菩提正宗寺が建立され、その当時に造られた庭園です。寺院に使われていたため『寺廟園林』とも呼ばれていました。蘇州四大名園であり、世界遺産にも登録された庭園です。池泉の中央には湖心亭があり、正面の巨大な太湖石による築山が特徴となっています。(同上)
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