2012/04/14 - 2012/04/18
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江蘇省の泰州市にある梅蘭芳紀念館の展示紹介です。梅蘭芳(1894~1961年)は、中国を代表する歴史的な京劇俳優です。北京生まれですが、祖籍は江蘇省泰州とされます。梅蘭芳記念館は北京にもあるようです。(ウィキペディア、梅蘭芳紀念館公式サイト)
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京劇を演じる梅蘭芳の等身大人形です。京劇は清代に安徽省で発祥したとされ、『京』の名は、北京を中心に発展したために付けられました。(同上)
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この写真は、太平洋会議のあとの記念撮影のようです。梅蘭芳は、2列目の左から9番目と記されています。そのほかにも多くの要人との記念写真が展示してありました。(同上)
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赤い服を着て京劇を演じる、梅蘭芳の等身大人形です。女形を得意としました。道光時代(1820-1850年)には、鼎甲と呼ばれる3人の名優、程長庚、張二奎と余三勝が活躍し、その後も同治帝・光緒帝の2帝の治世において『同光十三絶』と称される13人の名優、清朝末期には、梅蘭芳をはじめとする『四大名旦(4大名女形)』により発展しました。京劇が苦難に陥ったのは、四人組による文化大革命の時です。大弾圧がありました。(同上)
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『梅宅外交・伝為佳話』のタイトルのコーナーです。政治家、実業家、芸術家や教育家等、6、7千人との交流があったようです。その交際費用は、政府からの支給ではなく、個人的に用立てられたようです。(同上)
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『蔑視欺満・必正辞産』のコーナーです。日本による満州国設立の時代です。『欺瞞』の文字を、『偽満』にかけた表現のようです。中国側からは、傀儡政権と見做されていたのでしょう。(同上)
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洋上の肖像画です。『蔑視欺満・必正辞産』のタイトルの下には、1935年に上海から乗船したことなどが記されていました。その時の肖像画ですと、41歳頃です。(同上)
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家族写真のようです。梅蘭方は右端、奥さんとの間に3男1女に恵まれたようです。先に紹介した3代の家系図でも、姉と妹を合わせて兄弟3人、自身の子供は、3男1女の写真がありました。(同上)
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『蓄須明志・三拒演出』のタイトルがあったコーナーです。日本軍による香港占拠以来、抗日の態度を続けたようです。女形を演じない意志を表すため、髭を生やしていたとされます。(同上)
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写真やパネルの展示状況の紹介です。中央の写真の背後には、日中戦争らしい写真が背後にありました。戦争が濃く影を落とした時代です。(同上)
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生前に使用されていた机と椅子のようです。紫檀か黒檀が使われているようです。筆懸けには6本、机の上には1本の筆が置かれています。(同上)
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左右の鉢植えの蘭で飾られた梅蘭芳の胸像です。もちろん造花でしょうが、右手の机の上には、花瓶に活けられた梅の花も見えます。(同上)
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梅蘭芳の胸像のアップ光景です。恰幅の良い姿は、晩年近くの梅蘭芳の姿のようです。風格と品格を感じさせる風貌です。(同上)
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写真やパネルの展示状況の紹介です。中央の写真の背後には、日中戦争らしい写真が背後にありました。戦争が濃く影を落とした時代です。(同上)
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左の展示品は、京劇の出演の際に梅蘭芳が履いた靴です。右側の服も、京劇で使用されたもののようです。梅の花が刺繍されていました。(同上)
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若い頃の住居の部屋を復元したものでしょうか。あまり高級品とは見えない、ベッドと什器類が置かれていました。鏡には、見学中のお子さん達が写り込みました。(同上)
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数々のトロフィーとメダルを前にした梅蘭芳のモノクロ写真です。別々に撮られた写真の合成のようです。燕尾服姿は、表彰式の晴れの舞台での撮影でしょうか。(同上)
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竹竿を手にした梅蘭芳の若い頃を描いた版画のようです。鳥が描かれています。年譜には、『1910年(16歳)、王明華氏と結婚、趣味として鳩を飼い始める』の項目がありました。鳩を飼うのは、演劇の修行に有益なためともお聞きしたようです。(同上)
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『寛以立世・誠以待人』のタイトルがあったコーナーです。祖母と祖父から絶えず聞かされていた教えの紹介のようです。祖母が『義伶』、祖父が『一切好人的様(?)子』の教えです。(同上)
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右上の書状は、1961年7月9日付けの総理・周恩来名の中国戯曲学院院長への任命状です。『任命梅蘭芳為中国戯曲学院院長』の文字が記されていました。その下は、梅劇団名の絵葉書のようです。(同上)
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ジオラマ展示のコーナーです。農民らしい人達の前で京劇を演じる馬蘭芳の人形のようです。地方慰問のひとコマでしょうか。(同上)
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周恩来首相と京劇の出演姿の梅蘭芳の対面場面です。周恩来首相は27年に亘って首相を務め、殊に田中角栄さんとの日中国交回復で、日本にとっても馴染みの深い政治家です。若い頃に日本留学、欧州留学もされた人です。(同上)
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欄外に195?年の日付と中央政府政務院の文字が印刷された、公式の便箋に記された周恩来の書簡です。梅蘭芳に対する礼状のようです。(同上)
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『梅腔譜第一・第二集』の展示です。見開いた頁に若い頃の梅蘭芳の写真がありました。儲暁梅編著の出版物です。(同上)
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『梅根・泰州』の大きな文字が記されたコーナーです。『Meis Root in Taizhou』の英文もありました。梅蘭芳の祖籍が泰州であることを強調しているようです。(同上)
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詩人で政治家だった郭沫若(1892-1978年)による、梅蘭芳の賛辞です。『梅蘭芳同志・称(?)的一生是芸術活動家的一生』で始まる追悼の辞のようです。郭沫若は、九州大学医学部に在学中から文学の世界に入り、代表作は戯曲の『屈原』です。歴史家でもありました。(同上)
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華やかな衣装を身に着けた梅蘭芳の人形です。等身大くらいの大きさでした。旗竿を背負い、手にも大きな旗があります。(同上)
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『大師謝世・長眠万花』のタイトルのコーナーは、梅蘭芳が亡くなった時の様子を伝える展示です。亡くなったのは、1961年8月8日のことでした。(同上)
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右手の本は『梅蘭芳・芸術評論』のかなり分厚い出版物、中央から左手は、各種の小冊子です。『唱腔選集』『詩詠』『文化使者』等の文字が拾い読み出来ます。(同上)
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右手の本は、2000年10月に創刊号が出版された、『梅蘭芳』のタイトルの冊子です。泰州市梅蘭芳研究会の出版です。左手の単行本は、河海大学出版社による年譜です。(同上)
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掛軸として表装された梅蘭芳の京劇場面です。染付ではなく、織物として製作されているようです。(同上)
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