2012/04/14 - 2012/04/18
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旅人のくまさんさん
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蘇州市の夜景と、泊ったホテルの紹介です。蘇州市は、古くから絹織物で発展した中国の国家歴史文化名城です。大都市の上海市に隣接する地の利があり、現在も江蘇省の経済的中心です。 (ウィキペディア、JTB・中国)
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手元の1996年版のJTBのガイドブックには、蘇州の街のことを『白壁に黒瓦の家並み、縦横に流れる運河と古い石橋、古来より中国人のあこがれの街』と紹介してありました。この場所は尊旧市街に隣接する西側の地域になるようです。歴史的な町並みではなく近代都市の町並みでした。泊まったホテル近くの光景だったようです。(同上)
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夕食のレストランの入口光景だったようです。食事の方は次第に興味外れになってしまいました。1階に『唐城大酒店』の看板があった建物光景です。この場所で、先行した方達の足が止まりました。(同上)
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1階に『唐城大酒店』の看板があった建物の内部光景です。レストラン御様なイスとテーブルが見えていました。料理メニューの写真も撮影しませんでしたから、記憶にも残っていません。(同上)
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夕食の後の蘇州の見学です。遺跡のようにも見えた、城門の紹介です。アーチ門の上には、右から読んで『胥門』の文字がありました。『伍子胥(ごししょ:生年不詳~紀元前484年)』に因む門のようでした。伍子胥は、紀元前の春秋時代の呉の政治家で軍人です。諱は『員(うん)』、字は『子胥』です。楚の乾渓(現在の安徽省亳州市利辛県)の人で、直言をもって荘王から信頼された伍挙の孫で、代々楚の重臣を担った家柄でした。中国語のブログには、『胥門、和伍子胥有關、伍子胥是蘇州城的建造者之一、在蘇州的?史上有著極其重要的地位 原文網址』と紹介されていました。蘇州城の創建者とされているようです。(街道をゆく19・中国・江南のみち) (同上)
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イチオシ
『伍子胥』と『蘇州城』については、司馬遼太郎さんの『街道をゆく19・中国・江南のみち(朝日文庫)』でも紹介されています。呉越が激しく争った時代、呉王の夫差は、越王の勾践を破りましたが、老臣の伍子胥の諫言を認めず刑死にし、勾践を助命しました。その時の伍の言が、『わが目玉を門に掛けろ、呉が滅びるのを見てやる』として残りました。その門は、『西門』だったようです。(同上)
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戦前・戦中に教育を受けた方は、『天勾践を空しゅうするなかれ、時に范蠡無きにしも非ず』と教わったことをお聞きしたことがありますが、私がこの警句を目にしたのは、父の勧めで若い頃に読んだ、吉川英治さんの『私本太平記』でした。日本の南北朝時代、児島高徳が捕らわれの身の後醍醐天皇に、自分の志を示すため桜の幹に書いたという故事の部分です。(同上)
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1923年(大正12年)生まれの司馬遼太郎さんは、『伍子胥という個性的な中国古代の政治家は、私どもの年齢の者なら、中学の漢文教科書に出ているため馴染み深い』とも紹介されていました。戦前・戦中の教育では、児島高徳を天皇への忠臣として教科書に載せてあったことも、幾度も耳にしました。(以上)
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『伍員廟』のタイトルがあった石碑の光景です。中国語のブログには、『胥門、和伍子胥有關、伍子胥是蘇州城的建造者之一、在蘇州的?史上有著極其重要的地位』と紹介されていました。記された文字は、『雅号胥王廟名将故国同』で書き出されていました。五言絶句の漢詩ではなく、叙事の漢文のようでした。(同上)
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『蘇州城址』の見学の後は、『山塘街』の散策です。山塘街は、山塘橋と望山橋の区間に延びる約3.5キロの道です。唐代を代表する詩人の一人の白居易(白楽天)が蘇州の長官だった宝歴年間(825~827年)に蘇州城の閶門と虎丘を結ぶ運河の開削とともに建設したもので、『姑蘇第一名街』と呼ばれます。(トラベルJP・山塘街)(同上)
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白居易が造った運河は、明清代に入ると重要な物資運搬路となり、山塘街は大いに栄えることとなりました。その様子は、既に紹介した言葉ですが、人々に『上有天堂、下有杭州。杭州有西湖、蘇州有山塘』と謳われるほどでした。(同上)
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1985年以降、蘇州政府は古い町並みが残るように修復が進められました。その中には『大運河』に関わる部分の町並みもありました。山塘街は散策が楽しい街ですが、遊覧船も運航されていますので、船上からも古い町並みを堪能できます。(同上)
(追記)2014年に『大運河』の一部として世界遺産に登録されました。 -
イチオシ
東洋のベニスと名高い蘇州です。水郷がいくつもあり、中国の中でも古い時代の良い所を色濃く残す町並みが多い場所です。山塘街は、千年以上前の唐の時代に町が開かれた歴史ある地域で、七里山塘とも呼ばれ、市民にも大切に守られてきている歴史文化街区です。(同上)
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運河にそっての川下りも観光の楽しみの一つです。両岸に広がる家々では川を使って生活している人々の暮らしがリアルに感じられます。ゆったりした流の中に行きかう船の川波。日本とまた一声違う美しい鳥のさえずりがバックミュージック。時間があればとてもお勧めです。(同上)
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ライトアップされていた、文字が書かれた垂れ幕の光景です。その文字は『七里山塘・千年古街』の山塘賛歌の八文字でした。中国語での解説では、『「七里山塘」又名「七狸山塘」、正式名稱為「山塘街」、是江蘇蘇州姑蘇區近 1200 年?史的?行街』と紹介されていました。現在の正式名称が『山塘街』、『歴史が1200年』と理解していいようです。(同上)
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イチオシ
堀川添いの建物の外面にライトアップされていた、お面のズームアップ光景です。昆劇の仮面か京劇の仮面か、判断が付きませんでした。京劇と崑劇はどちらも中国の古典演劇の流派ですが、発祥した時代と場所が違います。昆劇は、元の末期から明の初期(14世紀頃)崑山一帯で発祥し、京劇は、元の末期から明の初期(14世紀頃)崑山一帯で発祥し、北京を中心に発展しました。(同上)
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『昆劇』についての紹介です。『昆曲』とも呼ばれています。発祥の地は、江蘇省の蘇州であることをすでに紹介しましたが、蘇州が日本に広く知られるようになったのは、『李香蘭(り・こうらん)』主演による1940年(昭和15年)の映画、『支那の夜』の劇中歌として登場した『蘇州夜曲』(そしゅうやきょく)』の影響が圧倒的に高かったようです。(世界の民謡・童謡) (同上)
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『蘇州夜曲』の作詞は『西條八十(さいじょう・やそ:1892~1970年)、作曲が『服部良一(1907~1997年)』でした。李香蘭(山口淑子)の歌唱を前提に作られた曲とされます。『支那の夜』の劇中歌として発表された後、昭和15年(1940年)8月、渡辺はま子・霧島昇歌唱でコロムビアからレコードが発売されています。(同上)
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更に1953年(昭和28年)には、山口淑子歌唱のレコードが、自身主演の映画『抱擁』の主題歌「黒い百合」のカップリング曲として発売されました。『山口淑子(1920~2014年)』の戸籍名は『大鷹淑子』旧姓が山口でした。日本の歌手、女優だけでなく、政治家としても名を残しました。(同上)
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『蘇州夜曲』の作詞家の『西條八十』の紹介です。日本の詩人、作詞家で、仏文学者でした。現在の東京都新宿区の出身です。象徴詩の詩人としてだけではなく、歌謡曲の作詞家としても活躍しました。また、児童文芸誌『赤い鳥』などに多くの童謡を発表し、北原白秋と並んで大正期を代表する童謡詩人と称されています。名前は本名です。九(く:苦)を抜いて、命名されたとされます。(同上)
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『蘇州夜曲』の作曲家の『服部良一』の紹介です。日本の作曲家、編曲家で、作詞家として『村雨(むらさめ) まさを』のペンネームもあります。現在の大阪府大阪市中央区出身です。ジャズで音楽感性を磨いた、和製ポップス史における重要な音楽家の一人とされます。戦前に『服部メロディーの黄金時代』を迎え、その代表作は、淡谷のり子の『雨のブルース』、霧島昇・渡辺はま子の『蘇州夜曲』、中野忠晴の『チャイナ・タンゴ』、モダンの余韻を残す霧島昇の『一杯のコーヒーから』、高峰三枝子が歌った感傷的なブルース調の『湖畔の宿』など、数多くがあります。第二次世界大戦後は、コロムビアを中心に旺盛な作曲活動を行い、ブギのリズムを取り入れた作品群から始まり、数多くのヒット作品を残しました。長男の『服部克久(1936~2020年)』も著名な作曲家で指揮者でした。随分前になりますが、父の良一さん作曲の『夜来香幻想曲』の演奏指揮をテレビで目にした記憶があります。(同上)
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『蘇州夜曲』は、歌詞もメロディーも素晴らしく、多くのレコードが残されました。その代表的なものの紹介です。(同上)
○1940年(昭和15年):渡辺はま子・霧島昇
○1963年(昭和38年):美空ひばり
○1969年(昭和44年):ジュディ・オング -
○1969年(昭和44年):都はるみ
○1974年(昭和49年):雪村いづみ
○1996年(平成8年):米良美一
○2001年(平成13年):庄野真代
○2001年(平成13年):石川さゆり (同上) -
○2001年(平成13年):香西かおり
○2006年(平成18年):川中美幸
○2007年(平成19年):小田和正
○2007年(平成19年):夏川りみ
○2007年(平成19年):八代亜紀
○2009年(平成21年):氷川きよし
○2010年(平成22年):桑田佳祐
かなり端折って紹介しましたが、近年、益々人気が高まっている名曲中の名曲でした。(同上)
*写真は、『山塘客桟』の文字が記してあった出入口の光景です。 -
服部良一さんの大ヒット曲の『蘇州夜曲』とともに印象に残る曲が、『夜来香(イェライシャン)』です。元は中国の歌謡曲で、1944年(中華民国33年)に、満洲映画協会のスターだった『李香蘭(山口淑子)』の歌唱により、上海の百代唱片公司から発売された曲です。作詞(原詞)・作曲が『黎錦光(1907~1993年)』です。服部良一さんは、この曲を元に『夜来香幻想曲』を作曲されています。植物の『夜来香(イェライシャン)』は、キョウチクトウ科テロマス属の植物で、夜に甘い香りを漂わせるようです。薄黄色の花で、原産は、インドから中国です。(同上)
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山塘街は交通も便利な場所にあります。蘇州駅(蘇州火車駅)から1駅、蘇州地下鉄2号線「山塘街」駅3号出口を出て東側へ進み徒歩約5分程度と移動しやすい事も魅力です。山塘街に入ると整備された町並みにはためく黄色い旗!お店の名前や取り扱っている商品がかかれたこの旗はお店に入る時の目印になります。白い壁に赤いランタン、旗のおりかさなる風景は異国情緒たっぷりです。(同上)
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『山塘街』のライトアップされていない水路と、その周りの建物の光景です。これで、『山塘街』の紹介はお終いです。(同上)
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ここからは、蘇州で泊まったホテルの『天平(ティエンピン)大酒店』の紹介です。そのフロント光景です。蘇州市の木冒涜金山路に立地する四つ星ホテルです。『蘇州駅からは車で約35分とちょっと離れているのですが、蘇州国家ハイテク産業開発区(通称:蘇州高新区)までは車で約20分』、と立地が紹介されていました。(シャンハイ・ナビ) (同上)
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『天平大酒店』は、『屋外プールやサッカーボールをおもいっきり蹴れる芝生のグランド、テニスコートなどなど鳥のさえずりさえも聞こえてくるリゾート風ホテル、ホテルに到着すると大理石の広々としたエントランスが広がり、そこにやしの木のオブジェがいくつも植えられていて、まるでどこかのビーチリゾートのホテルにやって来たような錯覚におちいります』、とも紹介されていました。(同上)
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『天平大酒店』の紹介が続きます。『ロビーの奥へ進むと芝生の裏庭に出てきます。屋外にある大きなプールの後ろには運河が流れていて、裏山の上を見上げると有名な塔「虎丘」も見えます』、と。紹介が続いていました。『虎丘(こきゅう)』は、市区北西部に位置する『闔閭(こうりょ:生年不詳~紀元前496年)』が葬られた高さ約30メートルの小高い丘です。もとは海涌山の呼び名でした。呉王の闔閭は、宿敵である越国の王允常の死去に乗じて越を攻めましたが、その子の『勾践(こうせん:生年不詳~紀元前465年)』に破れ、戦いの傷がもとで死亡しました。(同上)
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『闔閭(こうりょ)』の子の『夫差(ふさ:生年不詳~紀元前473年)』は、彼をこの丘に埋葬しましたが、葬儀の3日後に墓の上に白虎がうずくまっていたという伝説からこの名が付いたとされます。これは、ほかに異説があります。(同上)、勾践については、『時に范蠡無きにしも非ず』の警句で紹介しましたが、『故旧』は遠謀だけで、近くからは見学していません。
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