2012/04/14 - 2012/04/18
332位(同エリア1012件中)
旅人のくまさんさん
- 旅人のくまさんさんTOP
- 旅行記6398冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 5,417,363アクセス
- フォロワー204人
蘇州にある世界遺産の庭園、藕園(オウ・ユェン)の紹介です。『蘇州古典園林』として、世界遺産に登録された九つの庭園の内の一つです。1997年に『拙政園』『留園』『網師園』と『環秀山荘』が登録され、2000年に、『滄浪亭』『獅子林』『退思園』『芸圃』と『藕園』が登録されました。(ウィキペディア、JTB・中国)
-
イチオシ
三方がお堀に囲まれた藕園に到着しました。その藕園の総面積は約8000平方メートル、清朝の初期に造営されました。日本語読みは『ぐぅえん』です。後代に、この地方の総督だった、沈秉成が隠居した後に改築されました。藕園の『藕(ぐぅ)』は、レンコンのことで、その発音が配偶者の偶と同じことから、夫婦がここで仲良く余生を送るという意味を込めたとされます。(シャンハイ・ナビ) (同上)
-
今回は、観光バスを利用しましたが、藕園へのアクセスの紹介です。蘇州の地下鉄1号線「相門」駅から延びる通り・倉街エリアにある古典園林です。世界遺産の蘇州園林のなかの一つで、1876年に造られました。持ち主は清代の蔵書家の沈秉成です。最愛の妻とともに過ごす私邸として造られたため、数ある蘇州の庭園のなかでも最もロマンチックなデザインといわれます。(同上)
-
建築物や、屋内に飾られた書画など、専門家の評価も高い藕園です。観光客が少なく静かに散策できるのも魅力で、入場料は夏季25元、冬季15元です。『沈秉成(1823~1895年)』は、清朝末期の高級官僚です。ネット検索では、同名人の著作が日本の国会図書館の『蚕桑輯要和解(明治27年刊・沈秉成著 ; 中島亮平訳)』がありましたが、同一人物かどうか、断定が出来ませんでした。(同上)
-
『沈秉成(1823~1895年)』のプロフィールの紹介です。帰安(現湖州市)出身の清朝時代(1616~1912年)』の政治家です。道光29年(1849年)に郷土試験、塩豊6年(1856年)に科挙試験の進士に合格した人のようでした。著作には、『廣西通志輯要:17卷光緒15年(1889年)刊・唐九如堂』があるようです。最高責任者として在位時代の監修かも知れません。(同上)
-
藕園東部の旧跡は、清の雍正年間の保寧府知事の陸錦が造営した『渉園』で、光緒初年・湖州の沈秉成が、渉園の旧跡を買い取って画家の顧芸らを招聘し、設計をさせたものとされます。山を主とし、池を従とし、亭、台、楼が池の周りに建てられていいます。(にほんブログ村)、この新しい建物には『藕園出入り口』の表札がありました。(同上)
-
右から読んで『平泉小隠』の扁額があった出入り口の光景です。風雅な趣を持った門でしたが、周りの塀の高さを含めて、同時に強固な守りを持った造りのように見えました。藕園の周りのお堀も、その守りの重要な部分のようです。現地で入手できた、『藕園』のタイトルがあったパンフレットに『門庁(The Entrance Hall]と記してあった門かも知れません。(藕園パンフレット) (同上)
-
名前:『キリ(桐)』
分類:キリ科 キリ属
分布:中国、日本、韓国に自生しますが、原産地は不明とされます。
その他:中央に見えている花木の紹介です。右手には、白色の八重咲の桃の花が見えていました。背後の建物は、『藕園』の外壁です。(同上) -
『藕園』のタイトルがあったパンフレットには、『藕園』は『The Couple’s Garden Retreat』と英訳してありました。その建物の甍の光景です。『ガーデン・リトリート(Garden Retreat)』は、『隠居亭』当たりの意味になるようです。右手に見えているのは、逆光になりましたが、白色の八重咲の桃の花です。僅かに桃色が入っていました。(同上)
-
名前:『モモ(桃):八重咲』
分類:バラ科モモ属
分布:中国西北部の黄河上流の高山地帯が原産。
その他:若葉も出始めていました。ピンク色の花です。(同上) -
名前:『キリ(桐)』
分類:キリ科 キリ属
分布:中国、日本、韓国に自生しますが、原産地は不明とされます。
その他:ちょうど花が見頃の時期でした。(同上) -
イチオシ
『藕園(オウ・ユェン)』の表札の光景です。藕園のパンフレットには、藕園簡介に『故名:藕園(藕島偶通)』の説明部分がありました。その部分の英訳は、『The Couple’s Garden Retreat』でした。(同上)
-
右から読んで『厚徳戴福』の文字の扁額があった出入り口の光景です。『徳が篤い人は、福が戴ける』といった意味でしょうか、もっと隠れた意味があるのかも知れません。念のために調べてみましたら『厚徳載福(こうとくさいふく)』の四字熟語の解説がありました。『高い徳がある人は、幸福を身に受けること』と解説されていました。(同上)
-
重厚な造りの『藕園(オウ・ユェン:ぐうえん)』の外壁の光景です。本瓦が載せられ、壁面は白漆喰で固めてあるようでした。『蘇州園林名勝・精品』と題された地図には、狭い範囲に世界遺産に登録された9箇所の蘇州古典庭園の内の8箇所が記されていました。見当たらなかったのが、『環秀山荘』でした。(同上)
-
名前:『モモ(桃):八重咲』
分類:バラ科モモ属
分布:中国西北部の黄河上流の高山地帯が原産。
その他:濃い赤色の花です。(同上) -
壁面にも、屋根にも蔦が這って、古色蒼然とした建物の光景です。『藕園』の外回りの壁面だったかも知れません。『藕園』の付近を地図で眺めますと、『藕園』は東西が南北よりも少し長い長方形の敷地になっていました。外城河が東側を流れ、その支流が『藕園』の東側と南側を流れているようでした。(同上)
-
東側を流れる外城河から分岐した支流になるようです。その支流が、先に紹介した三方ではなく、『藕園』の東側と南側の二方に接しているようでした。前方に見えている小橋は、『小新橋巷』と呼ばれる通りの一部になるようでした。(同上)
-
ユネスコの世界遺産の登録マークです。『蘇州古典園林』として、世界遺産に登録された九つの庭園の内の一つです。1997年に『拙政園』『留園』『網師園』と『環秀山荘』が登録され、その後の2000年に、『滄浪亭』『獅子林』『退思園』『芸圃』と『藕園』が追加になった時の登録マークです。(同上)
-
掘割沿いに続く白壁の光景です。園内は大きく『東花園』と『西花園』の二つのエリアに分かれています。『東花園』は山を主観とするテーマになっていて、池の周りに楼閣と回廊が点在します。客人を接待したのは、主として東花園だったようです。一方『西花園』は邸宅部分もある落ち着いた庭園で、静寂な空間になっています。(蘇州古典園林の魅力)(同上)
-
耦園は、清代末期に官僚の沈乗成の所有となった土地に沈乗成が造った庭園です。園の「耦」の字は偶数の「偶」の字と同じ由来があり、「二つ」を意味します。沈乗成がこの命名に込めた心は、夫婦二人で隠居後の生活を楽しもうということにあるという説と「東花園」「西花園」の二つのエリアを持っていたからという説の二説があります。(同上)
-
漢民族である沈乗成にとって、異民族である清朝に使えることは屈辱だったようです。それ以上に、清代末期の清朝の退廃ぶりは学のある沈乗成にとっては、耐え難いものであったに違いありません。宮仕えなど早くやめて、好きな学問に打ち込みたいという気持ちは沈乗成の強い思いだったのだと思います。(同上)
-
太湖石の庭石の光景です。この位置から眺めますと、両手を上げた人の姿のようにも見えた奇石です。つい、『トランぺッター』とでも呼んでみたくなりました。冗談はさておいて、大きさや、ぜんたいの形から判断して、名のある太湖石の名品のようでした。(同上)
-
後ほどまとめて紹介しますが、『藕園』の見所の一つが、『透かし窓』のようでした。最初に紹介するのは、比較的単純な構図の、幾何学模様の透かし窓です。その透かし窓を通して、庭木の新緑が見えていました。『透かし窓』は『漏れ窓』とも呼ばれているようです。(同上)
-
右から読んで、『偕隠雙(双)山』らしい文字が記された扁額の光景です。四字熟語に『偕老同穴(かいろうどうけつ):夫婦の仲がいつまでも良好であること』がありますが、二人揃って(双山)、共に(偕)に穏かであることを願った言葉のようでした。(同上)
-
『偕隠雙(双)山』らしい文字が記された扁額の下にあった説明文です。右上のタイトルは、『重情(?)藕園紀』でした。説明文の書き出しは、『蘇州称(?)文物之邦以園林』に続く『沈秉成』の関わりから説明されていました。(同上)
-
右側が、上の方に雀のような姿が見えましたので花鳥画、左側が漢詩か漢文のセットのようでした。一番右側の列は『不願春光放早冬消寒合酔酒干鐘』の文字でした。お酒の賛歌のような冒頭でした。(同上)
-
同じように、右側が花鳥画、左が漢詩か漢文のようでした。右側の図の鳥の姿は、左下の地面いありました。左の漢文は、『凌寒節操倣霜姿将近重幾枝』で始まっていました。こちらも早春賦ではなく、秋を詠んだ詩のようでした。『酒』の文字はありませんでしたが、後ろの方には『名月』、『雁』、『九秋』等の文字がありました。(同上)
-
締め切った扉の上にあった『戴酒』の2文字です。勝手な想像ですが、酒蔵だった場所かも知れません。この後紹介する『戴酒堂』の付属設備設備のようでした。『戴酒堂』は『The Carrying Wine Hall』と英訳してありました。清代末期ですから、ワインも飲まれていたようです。(同上)
-
イチオシ
『戴酒堂』の扁額が中央に懸かった部屋のす。その下の中央に小さく人物が描かれた風景画があり、その左右に七言絶句の一部らしい文字が記されていました。右側の文字が『東国戴酒西国酔』、左側の七文字が『南陌尋花北陌帰(?)』でした。原詩を確認できませんでしたが、白楽天か、李白、あるいは杜甫当たりの漢詩の一部かも知れません。『陌(ハク・パク、みち)』の意味は、あぜ道、まちなかの道の意味とされます。(同上)
-
右から読んで、『詩酒聯(朕?)歓(?)』の四文字が記された扁額があった出入り口門の光景です。勝手な意訳ですが、『戴酒堂』に関連するような、お酒賛歌の門のようでした。先ほど紹介した。3人の歴史的な詩人の簡単な紹介です。
○李白(701~762年):中国の盛唐の時代の詩人で、字は太白(たいはく)、号は青蓮居士です。同時代の杜甫とともに中国詩歌史上、最高の詩人とされます。奔放で変幻自在な詩風から、後世に『詩仙』と称されました。得意とする詩型は、絶句と雑言古詩とされ、とりわけ七言絶句に優れました。(同上) -
○杜甫(712~770年):中国盛唐の詩人で、字は子美、号は少陵野老、別号は杜陵野老、または杜陵布衣です。李白と並ぶ中国文学史上最高の詩人として、李白の『詩仙』に対して、『詩聖』と呼ばれています。杜甫の詩の特徴は、社会の現状を直視したリアリズム的な視点が挙げられます。杜甫は、社会や政治の矛盾を積極的に詩歌の題材として取り上げ、同時代の親友である李白の詩とは対照的な詩風を生み出しました。
○白居易(772~846年):白楽天の呼び名でも知られる唐代中期の漢詩人です。号は酔吟先生・香山居士です。子どもの頃から頭脳明晰で、5~6歳で詩を作ることができ、9歳で声律を覚えたとされます。白居易は多作な詩人であり、現存する文集は71巻、詩と文の総数は約3800首と唐代の詩人の中で最多を誇り、詩の内容も多彩です。日本文学にも大きな影響を与えました。(同上)
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2012春、中国旅行記22(下巻)
-
前の旅行記
2012春、中国旅行記22(27/50):4月16日(7):興化市、地元の祭、龍踊り、水郷、南湖路、蘇州市へ
2012/04/14~
江蘇省
-
次の旅行記
2012春、中国旅行記22(29/50):4月16日(9):蘇州市、耦園、回廊、山水間、黄石假山、牡丹、太湖...
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(26/50):4月16日(6):興化市、昼食、地元のお祭、小鳥、兎、爆竹、花火
2012/04/14~
江蘇省
-
2012春、中国旅行記22(27/50):4月16日(7):興化市、地元の祭、龍踊り、水郷、南湖路、蘇州市へ
2012/04/14~
江蘇省
-
2012春、中国旅行記22(28/50):4月16日(8):蘇州市、蘇州古典園林の藕園、太湖石、紅梅、戴酒堂
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(29/50):4月16日(9):蘇州市、耦園、回廊、山水間、黄石假山、牡丹、太湖...
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(30/50):4月16日(10):蘇州市、耦園、城曲草堂室内、桐の花、水郷遊覧
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(31/50):4月16日(11):蘇州市、水郷、伍員廟、泊ったホテル、山塘街夜景
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(32/50):4月17日(1):蘇州市、蘇州のホテル、早朝散策、紅花常盤満作
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(33/50):4月17日(2):蘇州市、寒山寺、梵鐘、五重塔、四天王像、ツツジ
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(34/50):4月17日(3):蘇州市、寒山寺、大雄宝殿、本尊、五重塔、聴鐘石
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(35/50):4月17日(4):昆山市、錦渓古鎮、木瓜の花、水郷遊覧、置去り石
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(36/50):4月17日(5):昆山市、錦渓古鎮、水郷遊覧、紐で繋がれたネコさん
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(37/50):4月17日(6):昆山市、錦渓古鎮、古蓮長堤、三亭橋、詩碑、上海へ
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(38/50):4月18日(1):上海、上海で泊ったホテル、金魚、外灘へ、東方明珠...
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(39/50):4月18日(2):上海市、豫園商城、篆刻芸術、陶泥楽器、銘茶店
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(40/50):4月18日(3):上海市、豫園、庭園見学、九曲橋、太湖石の銘石
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(41/50):4月18日(4):上海市、豫園、龍壁、太湖石、小刀会・郭沫若詩碑
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(42/50):4月18日(5):上海市、豫園、ツツジ、最後にもう一度太湖石紹介
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(43/50):4月18日(6):上海市、新天地、オープンカフェ、ワインで締め括り
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(44/50:本文完):4月18日(7):帰国、上海プードン国際空港、セントレアへ
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(45/50:補遺1):上海博物館(1/4):陶磁器、耀州窯、釣窯、龍泉窯、哥窯
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(46/50:補遺1):上海博物館(2/4):陶磁器、彩色騎馬俑、陶馬、陶駱駝
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(47/50:補遺1):上海博物館(3/4):土器、仏像、仰韶文化、良渚文化、龍山...
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(48/50:補遺1):上海博物館(4/4):仏像、動物像、唐時代、北斉時代、東汝...
2012/04/14~
上海
-
2012春、中国旅行記22(49/50:補遺2):梅蘭芳紀念館(1/2):梅蘭芳遺品、梅蘭芳写真、周恩来賛辞
2012/04/14~
蘇州
-
2012春、中国旅行記22(50/50:補遺2):梅蘭芳紀念館(2/2):梅蘭芳写真、梅蘭芳人形、梅蘭芳胸像
2012/04/14~
蘇州
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2012春、中国旅行記22(下巻)
0
30