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今回のスリランカ世界遺産巡りのハイライトです。シギリヤ・ロックを目指してのバスでの日帰り旅行です。シギリヤの王宮は、紀元5世紀頃に建設されました。建設から政変で遷都されるまで、僅か30年程でした。

2011夏、スリランカ旅行記(14/46):ポロンナルワからシギリヤヘ、シギリヤ・ロック、野生象、猿、オオトカゲ

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2011/07/01 - 2011/07/07

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

今回のスリランカ世界遺産巡りのハイライトです。シギリヤ・ロックを目指してのバスでの日帰り旅行です。シギリヤの王宮は、紀元5世紀頃に建設されました。建設から政変で遷都されるまで、僅か30年程でした。

  • 野生象の群れです。昨晩出会った象の群れかも知れません。現地ガイドさんの説明ですと、水飲みついででしょうか、湖の周りに生える若草を食べに来ているとのことでした。木の葉より好む食べ物とのことでした。

    野生象の群れです。昨晩出会った象の群れかも知れません。現地ガイドさんの説明ですと、水飲みついででしょうか、湖の周りに生える若草を食べに来ているとのことでした。木の葉より好む食べ物とのことでした。

  • シギリヤ・ロックが近付いてきました。木立の先に岩山が見えますが、これはシギリヤ・ロックではありません。直ぐ近くにある、同じような高さの岩山です。

    シギリヤ・ロックが近付いてきました。木立の先に岩山が見えますが、これはシギリヤ・ロックではありません。直ぐ近くにある、同じような高さの岩山です。

  • シギリヤ・ロックへの道は、車がすれ違うことが難しい狭い道や、車の屋根や側面が樹木を擦らなければ通れないような場所もありました。ただし、すれ違った車はありませんでした。

    シギリヤ・ロックへの道は、車がすれ違うことが難しい狭い道や、車の屋根や側面が樹木を擦らなければ通れないような場所もありました。ただし、すれ違った車はありませんでした。

  • バスの中から眺めた道の脇の光景です。ジャングルを切り開いたような道から、次第と人手が入ったような光景に代わってきました。目的地が近付いてきたようです。

    バスの中から眺めた道の脇の光景です。ジャングルを切り開いたような道から、次第と人手が入ったような光景に代わってきました。目的地が近付いてきたようです。

  • シギリヤ・ロックの麓に到着しました。麓には、かつての都の跡を思わせる城壁や掘割がありました。シギリヤは、『獅子の岩』を意味します。

    シギリヤ・ロックの麓に到着しました。麓には、かつての都の跡を思わせる城壁や掘割がありました。シギリヤは、『獅子の岩』を意味します。

  • 公園のように整備された、シギリヤ・ロックの麓の光景です。その傍らに立派な像が立っていました。地元の偉人のようです。

    公園のように整備された、シギリヤ・ロックの麓の光景です。その傍らに立派な像が立っていました。地元の偉人のようです。

  • 銅像のアップ光景です。銅像のプレートには、SENARATHPARANA VITHANA(1896-1972)の文字がありました。シギリヤ遺跡を調査・研究されたセイロン大学の先生のようです。

    銅像のアップ光景です。銅像のプレートには、SENARATHPARANA VITHANA(1896-1972)の文字がありました。シギリヤ遺跡を調査・研究されたセイロン大学の先生のようです。

  • シギリヤ・ロックへの入場口です。チケット番号を控えたり、かなり手間が架かる受付をしていました。前方に見える水路を渡ってシギリヤ・ロックに向かいます。

    シギリヤ・ロックへの入場口です。チケット番号を控えたり、かなり手間が架かる受付をしていました。前方に見える水路を渡ってシギリヤ・ロックに向かいます。

  • 自然の川ではなく、人造の水路のようです。『蓮の水路』と呼ばれているようです。シギリヤ・ロックの上に建つ宮殿の防御のための水路です。当時は鰐が生息し、宮殿の防御になっていたようです。

    自然の川ではなく、人造の水路のようです。『蓮の水路』と呼ばれているようです。シギリヤ・ロックの上に建つ宮殿の防御のための水路です。当時は鰐が生息し、宮殿の防御になっていたようです。

  • 同じく、『蓮の水路』の流れの光景です。左手に積まれた直線的な石垣から判断しても、やはり自然の流れではなく、人造の水路です。ただし、自然の川を利用した造りかも知れません。

    同じく、『蓮の水路』の流れの光景です。左手に積まれた直線的な石垣から判断しても、やはり自然の流れではなく、人造の水路です。ただし、自然の川を利用した造りかも知れません。

  • 『蓮の水路』のアップ光景です。小魚が群れていました。カワセミの餌には格好のようです。今は、防御のための鰐の飼育も必要ないようです。

    『蓮の水路』のアップ光景です。小魚が群れていました。カワセミの餌には格好のようです。今は、防御のための鰐の飼育も必要ないようです。

  • 遠くに、シギリヤ・ロックが見えています。その麓に向かって、整備された直線路がありました。古代からの通路のようです。

    遠くに、シギリヤ・ロックが見えています。その麓に向かって、整備された直線路がありました。古代からの通路のようです。

  • 次第に大きく見えてきた、シギリヤ・ロックの全景です。火山マグマが固まって出来たとされ、形状は楕円柱で、高さは200メートル程とされます。

    次第に大きく見えてきた、シギリヤ・ロックの全景です。火山マグマが固まって出来たとされ、形状は楕円柱で、高さは200メートル程とされます。

  • シギリヤ・ロックの岩壁のアップです。ほとんど垂直に切り立っています。横に伸びた少し明るい茶色の帯の部分は、人造の壁です。ミラーウォールと呼ばれています。後ほど詳しく紹介します。

    シギリヤ・ロックの岩壁のアップです。ほとんど垂直に切り立っています。横に伸びた少し明るい茶色の帯の部分は、人造の壁です。ミラーウォールと呼ばれています。後ほど詳しく紹介します。

  • 更にアップした、ミラーウォールとその上部の光景です。中央付近に螺旋階段が見えました。岩肌に描かれたシギリア・レディの絵を見るには、この螺旋階段を登っていくようです。

    更にアップした、ミラーウォールとその上部の光景です。中央付近に螺旋階段が見えました。岩肌に描かれたシギリア・レディの絵を見るには、この螺旋階段を登っていくようです。

  • オオトカゲのようです。自分の巣穴を警護しているようでした。スリランカには、インド・リクオオトカゲとインド・ミズオオトカゲが生息するようです。間違いなく、陸系です。

    オオトカゲのようです。自分の巣穴を警護しているようでした。スリランカには、インド・リクオオトカゲとインド・ミズオオトカゲが生息するようです。間違いなく、陸系です。

  • 同じオオトカゲの光景です。インド・ミズオオトカゲですと、最大全長が250センチ、体重は25キロにもなりますから、これは鰐のイメージかも知れません。

    同じオオトカゲの光景です。インド・ミズオオトカゲですと、最大全長が250センチ、体重は25キロにもなりますから、これは鰐のイメージかも知れません。

  • 別の場所にいたオオトカゲです。こちらも近くに自分で掘ったような巣穴がありました。貴重な動物として、手厚く保護されているような雰囲気でした。

    別の場所にいたオオトカゲです。こちらも近くに自分で掘ったような巣穴がありました。貴重な動物として、手厚く保護されているような雰囲気でした。

  • オオトカゲの後は、お猿さんです。スリランカのお猿さんは、穏やかで、牙を剥いて人を威嚇するような光景は、この後も目にしませんでした。

    オオトカゲの後は、お猿さんです。スリランカのお猿さんは、穏やかで、牙を剥いて人を威嚇するような光景は、この後も目にしませんでした。

  • おとなしいお猿さんに、更に近寄っての撮影です。お猿さんの年齢の見分け方は分かりませんが、かなりご年配のようでした。スリムな身体つきです。

    おとなしいお猿さんに、更に近寄っての撮影です。お猿さんの年齢の見分け方は分かりませんが、かなりご年配のようでした。スリムな身体つきです。

  • 更に近寄っての撮影です。タレントのウドさんのような頭をしていました。モヒカン風に刈り上げたように見えます。

    更に近寄っての撮影です。タレントのウドさんのような頭をしていました。モヒカン風に刈り上げたように見えます。

  • 繰り返し撮影したシギリヤ・ロックの光景です。川を渡った後、左右に王宮時代の遺跡が続いていました。湖の後は、その遺跡の紹介です。

    繰り返し撮影したシギリヤ・ロックの光景です。川を渡った後、左右に王宮時代の遺跡が続いていました。湖の後は、その遺跡の紹介です。

  • 階段状に造られた遺跡の光景です。沐浴に使われた施設の跡でしょうか、あるいは噴水でしょうか。現地ガイドさんは、噴水と説明されていたようですが、撮影に忙しく、はっきりとはお聞きしていません。

    階段状に造られた遺跡の光景です。沐浴に使われた施設の跡でしょうか、あるいは噴水でしょうか。現地ガイドさんは、噴水と説明されていたようですが、撮影に忙しく、はっきりとはお聞きしていません。

  • 400年代にアヌラダプーラを統治していた、父のダートゥセーナ王を殺して王位に着いたカーシャパ王は、腹違いの弟モッガラーナとの戦いに負け、彼が建設したシギリヤの王宮は打ち捨てられ、首都葉再びアヌラダプーラに戻りました。紀元5世紀頃の出来事です。

    400年代にアヌラダプーラを統治していた、父のダートゥセーナ王を殺して王位に着いたカーシャパ王は、腹違いの弟モッガラーナとの戦いに負け、彼が建設したシギリヤの王宮は打ち捨てられ、首都葉再びアヌラダプーラに戻りました。紀元5世紀頃の出来事です。

  • 遺跡は破壊されたものではないことが、遺跡の状態から推測できました。保存状態の良い基礎部分が整然と残されていました。

    遺跡は破壊されたものではないことが、遺跡の状態から推測できました。保存状態の良い基礎部分が整然と残されていました。

  • 同じく、道の両脇に整然と並んだ遺跡の光景です。後に『狂気の王』と呼ばれたカーシャパ王は、皮肉なことに、世界遺産となるシギリヤの王宮を残し、現在のスリランカの観光に寄与することとなりました。

    同じく、道の両脇に整然と並んだ遺跡の光景です。後に『狂気の王』と呼ばれたカーシャパ王は、皮肉なことに、世界遺産となるシギリヤの王宮を残し、現在のスリランカの観光に寄与することとなりました。

  • 煉瓦と石で造られた基礎部分だけが残され、上部の建物の遺跡は見当たりませんでした。推測ですが、別の建築の資材とするため、持ち去られたのかも知れません。遺跡では、良くある光景です。

    煉瓦と石で造られた基礎部分だけが残され、上部の建物の遺跡は見当たりませんでした。推測ですが、別の建築の資材とするため、持ち去られたのかも知れません。遺跡では、良くある光景です。

  • 保存状態の良いシギリヤ王宮跡のアップ光景です。日本で例えれば、古墳時代の頃になります。1400年以上も前に築かれた王宮です。

    保存状態の良いシギリヤ王宮跡のアップ光景です。日本で例えれば、古墳時代の頃になります。1400年以上も前に築かれた王宮です。

  • 先程歩いてきた道を、振り返っての撮影です。道の両端が煉瓦を積んで高くなっていました。排水などを考えた構造でしょうか。

    先程歩いてきた道を、振り返っての撮影です。道の両端が煉瓦を積んで高くなっていました。排水などを考えた構造でしょうか。

  • シギリヤ・ロックの岸壁のアップ光景です。螺旋階段を登る人の姿が、かなりはっきり見えるようになりました。

    シギリヤ・ロックの岸壁のアップ光景です。螺旋階段を登る人の姿が、かなりはっきり見えるようになりました。

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