2010/01/10 - 2012/04/12
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ドクターキムルさん
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鎌倉は三方を山に囲まれているために、山を切り開いて道が付けられている。これを「切通」と呼んでいる。一般には、巨福呂坂切通、化粧坂切通、亀ヶ谷坂切通、朝夷奈切通、名越切通、極楽寺坂切通、大仏坂切通を「鎌倉七口」と呼んでいるが、これは江戸時代に「京七口」になぞらえて名付けられたものであり、必ずしも鎌倉時代の鎌倉への出入り口を示している訳ではない。
注目すべき切通は、実は「二階堂切通」であるが、名前も付いていないほど忘れさられている。江戸時代に「鎌倉七口」の一つに加えられなかったためにこのような状態になっている。しかし、源頼朝が奥州平泉に出陣し凱旋した街道(軍事道路)にあると考えられるので、治承4年(1180年)から文治5年(1189年)までの10年間に掘削された切通である可能性が高い。「武家の古都・鎌倉」と謳って失敗したが、現実には「古(いにしえ)の軍都・鎌倉」と考えるのが妥当であろう。
また、釈迦堂口切通は隧道ではあるが切通の名を冠して呼ばれている。しかし、鎌倉時代にはこの隧道の上に釈迦堂小切通があるが、その後にできた隧道に名を譲ったのかも知れない。
これ以外にも、永福寺切通、大船の切通、高野の切通と谷戸坂の切通などが残っている。
切通には防御施設が設けられたとされるが、掘削した下の道を掘削されずに残された尾根から弓で射ればどこでも防御施設になり得る。しかし、朝夷奈切通や「二階堂切通」、巨福呂坂切通、大船の切通、高野の切通と谷戸坂の切通にはそうした施設はない(ようだ)。
また、切通には必ずやぐらがあるとするのもおかしい。鎌倉中にある「二階堂切通」にはやぐらは皆無であるし、高野の切通にもやぐらはないが、大船の切通の一方の入口にはやぐらがある。また、谷戸坂の切通、巨福呂坂切通、化粧坂切通にやぐらは見られないが数10mから100mも行けばやぐらが見られる。
単に、交通路として開かれた朝夷奈切通と「二階堂切通」、釈迦堂小切通(釈迦堂口切通)、大船の切通、高野の切通と谷戸坂の切通、鎌倉への出入り口として防御施設が設けられた名越切通、極楽寺坂切通、大仏坂切通があり、山ノ内への出入り口として掘削された巨福呂坂切通と亀ヶ谷坂切通、尾根に通った街道に上る化粧坂切通があったのだ。その多くは尾根道として鎌倉時代以前からあったのだが、鎌倉時代の道路整備で掘削して切通としたところが殆どであろう。朝夷奈切通のように長い距離の掘削は道路工事としては大規模なものとなるが、円海山天園ハイキングコースに見られるように、岩を砕いて尾根道を平らにしているところは多々見られる。柔らかい鎌倉石を数m程度、掘削することは大規模な道路工事ということでもなく、普通にやられていたのであろう。
(表紙写真は「二階堂切通」)
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「二階堂切通」。永福寺からの街道にあり、六国峠(天園峠)を越えて野七里に到る。
名が付いていないために、「二階堂切通」、「獅子舞切通」などと地名を付けて区別しようとしているが、鎌倉殿(源頼朝)が奥州平泉遠征のために整備させた最初の切通だと考えれば、地名も付かずに「切通」と呼ばれていたとしても不思議はない。文治元年(1180年)から文治5年(1189年)までの鎌倉時代最初の5年間までに掘削された切通であろう。
頼朝没後にこれをモデルとして朝夷奈切通が掘削された。
「「二階堂切通」-鎌倉の隠れた名所」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10423501/)、「鎌倉「二階堂切通」-2010年秋」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10522435/)、「鎌倉「二階堂切通」-2010年紅葉」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10524906/)、「鎌倉「二階堂切通」-2010年師走」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10526689/)参照。 -
獅子舞谷入口の切通。
「獅子舞谷入口の切通」(https://4travel.jp/travelogue/11396526)参照。 -
朝夷奈切通。鎌倉と六浦の港を結ぶ街道だ。
「朝夷奈切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10417396/)、「朝夷奈切通-2011年早春」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10549618/)参照。 -
永福寺切通。
永福寺から百八やぐらに向かう尾根道(旧街道)を分断して掘削されている鎌倉では唯一の珍しい切通である。
「鎌倉永福寺切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10775776/)参照。 -
かつての釈迦堂口切通。上に見えるのが釈迦堂小切通。
「釈迦堂口切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10483011/)参照。 -
釈迦堂小切通。
「大町釈迦堂口遺跡」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10564642/)参照。 -
名越切通の大空洞(おおほうとう)。
こうした防御施設は常駐の者がいれば関所となろうか。
「鎌倉名越切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10526745/)、「名越切通-2012年春」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10651547/)参照。 -
巨福呂坂切通。
巨福呂坂洞門ができて消滅してしまったとされるが、円応寺駐車場脇に切通跡が残っている。
「鎌倉巨福呂坂切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10452541/)、「鎌倉巨福呂坂切通-2017年秋」(https://4travel.jp/travelogue/11303041)、「鎌倉巨福呂坂切通-2017年晩秋」(https://4travel.jp/travelogue/11305725)参照。 -
化粧坂切通。
「鎌倉化粧坂切通-春夏秋冬」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10452607/)、「鎌倉化粧坂切通-2010年晩秋」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10529177/)参照。 -
亀ヶ谷坂切通。
峠から左に入るのが本来の切通であり、江戸時代以降に延壽堂地蔵尊へと真直ぐな道に付け替えられ、霊梅社を通らなくなった。
「鎌倉亀ヶ谷坂切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10451149/)、「鎌倉亀ヶ谷坂切通-2011年秋」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10608418/)、「亀ヶ谷坂」(https://4travel.jp/travelogue/11242721)、「鎌倉亀ヶ谷坂切通-2017年晩秋」(https://4travel.jp/travelogue/11305721)、「鎌倉・亀ヶ谷坂切通-2019年元旦」(https://4travel.jp/travelogue/11439437)、「鎌倉・亀ヶ谷坂切通-2019年冬」(https://4travel.jp/travelogue/11451359)参照。 -
亀ヶ谷坂切通。何と石垣が積まれた切通である。
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極楽寺坂切通。
鎌倉七口の切通では唯一国指定史跡にはなっていない。この程度の残りの切通では国指定史跡にはならないということだ。
「鎌倉極楽寺坂切通」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10452475/)、「極楽寺坂切通(鎌倉七口)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10615865/)参照。 -
大仏坂切通。
「大仏坂切通-2011年夏」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10575529/)参照。 -
大船の切通。
「鎌倉大船の切通-大船熊野神社裏から入口まで」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10806215/)、
「鎌倉大船の切通-入口から大船高校まで」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10806232/)参照。 -
高野の切通。
「鎌倉高野の切通(長窪の切通)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10449267/)、「鎌倉高野の切通-2012年春」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10662601/)参照。 -
福泉の切通。
「福泉から六国見山への上り口は切通」(https://4travel.jp/travelogue/11342800)参照。 -
谷戸坂の切通。
「鎌倉谷戸坂の切通(鎖大師の切通)」(http://4travel.jp/traveler/dr-kimur/album/10449288/)参照。 -
山崎の切通。
「山崎の切通」(https://4travel.jp/travelogue/11386303)参照。 -
清凉寺谷切通。浄智寺と清凉寺谷を結んでいた切通であったが、その後石切場となり、清凉寺谷側は断崖絶壁(大堀切)となって家(お屋敷)がある。現在ではこのお屋敷を迂回して山道が着けられており、地元住民に利用されている。
「清凉寺谷切通」(https://4travel.jp/travelogue/11290879)参照。 -
蛇居ヶ谷切通跡(蛇居ヶ谷の大堀切)。瓜ヶ谷と海蔵寺裏手(蛇居ヶ谷)を結んでいた切通であったが、その後に石切場となって、蛇居ヶ谷側は断崖絶壁(大堀切)となっている。
「蛇居ヶ谷切通跡(蛇居ヶ谷の大堀切)を踏破-2019年春」(https://4travel.jp/travelogue/11475889)参照。 -
佐助切通。化粧坂七曲入口から葛原岡に上る切通。戦時中に葛原岡に高射砲を設置するために切通が深く掘削されて道路になった。上部にやぐらが残っており、切通だったことが分かる。
江戸時代には「逢坂」と呼ばれていたようだ。
「鎌倉・葛原岡切通のやぐら」(https://4travel.jp/travelogue/10614536)参照。 -
平子切通。覚園寺手前から天園ハイキングコースに向かう入口にある。
「平子切通」(https://4travel.jp/travelogue/11463158)参照。 -
亀ヶ渕切通(https://4travel.jp/travelogue/11661010)参照。鎌倉市二階堂にある永福寺跡の向かい、亀ヶ渕橋を渡った山中にある。入った左側の平地は永福寺塔頭があった場所のようだ。永福寺塔頭の入口が亀ヶ渕切通だ。
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