2002/06/10 - 2002/06/11
225位(同エリア282件中)
SUR SHANGHAIさん
- SUR SHANGHAIさんTOP
- 旅行記919冊
- クチコミ6826件
- Q&A回答49件
- 5,826,419アクセス
- フォロワー234人
武威の文廟と大雲寺の旅行記の前に、嘉峪関市から武威に向かった時の長距離バスの話をちょっと。
嘉峪関市のバス・ターミナルで朝7時に武威に向かうバスに乗り込めたのはいいものの、そのバスがもぐりの曲者だった。
一向にお客が増えないので、すぐお隣の酒泉の街までのろのろと客を拾い拾いしながら行ったあげく、数をまとめるために乗り換えさせられた中にはSUR SHANGHAIの姿も。
こういうことは中国の旅ではよくあること、と分かっていても、疲れが出てきた旅の後半戦ではイライラが出てくる。
今度のバスはいつ出るの〜!?
2台目のバスがやっと出たと思っても、相変わらず街の中をぐるぐると回って客探し。
そんなこんなでやっと武威に着いたのは夕方の7時。
武威入りの日は移動だけで終わってしまったSUR SHANGHAI…。
注: この旅行記を再編している08年までには上記のような状況も大幅に改善されています。
宿に直行してゆっくり休んだ翌日は、精力的に街歩きをしてみました。
表紙の画像は、武威の大雲寺での厄除け祈祷風景。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
PR
-
表紙の通りのいきさつで、やっと武威に向けて走り始めたバス。
張掖から嘉峪関市に向かった時には寝入ってしまったせいか全然見られなかった祁連(きれん)山脈の白い頭が今日は見える。 -
早く走り始めて〜! とイライラと待っていた時にはピクリとも動かなかったのに、景色がいいからちょっとだけでも停まって〜! と思う所では無情に走る長距離バス。
-
甘粛省を北西から南東に貫く幹線道路沿いには電柱も延々と並んでいるので、バスの窓から撮る風景写真には電線が入ってしまう…。
-
嘉峪関市から武威への道筋では、客を拾うために途中の小さい町でちょっとだけ停まる、の繰り返し。
-
白く見えていた祁連(きれん)山脈の山並みも、手前の山や建物の向こうに遠くなり…、
-
…途中の荒れた土地に点在する集落もどんどん通り越して…、
-
…こんな干上がった河に架かる橋も渡って…、
-
…甘粛省では緑豊かなオアシスの張掖と並び『金の張掖・銀の武威』と呼ばれる武威に到着。
武威入りの初日は宿探しに直行してリタイア。
これは翌日に見た、新市街の立派な門。 -
翌日まず訪れたのは、武威の古い町並みの東南に位置する文廟。
文廟と言うのは学問の神様を祀った廟のことで孔子廟とも言います。
武威の文廟は甘粛省最大の孔子廟ということで、明代の1439年に造られたとのこと。
ここにも武威のシンボル、雷台漢墓から発掘された馬踏飛燕のレプリカがあった。
中国旅游のマークにもなっているので、目にしたことのある方は多いはず。
馬踏飛燕のオリジナルは、同じく甘粛省の省都蘭州の甘粛博物館に展示されています。 -
武威の文廟(孔子廟)の入場料は、02年当時で20元。
その境内。
丸い形の門がいかにも中国的。 -
ここも武威の文廟の境内。
朝の光の中、置いてある鉢植えと屋根の形が美しい。 -
SUR SHANGHAIが行った朝早い時刻には人も少なく、光だけが満ちていた武威の文廟。
-
武威の文廟の古びた扉の色と形。
う〜ん、補修はしないのかな。 -
武威の文廟の天井の一画には扁額が架かる。
その色と古さ。
字の方も見事なんでしょうが、SUR SHANGHAIには今ひとつよく分からないのが惜しい。 -
おじさん、文廟の塀の上に座って何してるの?
-
武威の文廟のそばにある博物館で、出土品レプリカのお土産品チェック。こちらの入場料は02年当時で10元。
西夏文字を刻んだ西夏碑は撮影禁止だったので画像はありません。
武威だけとは限りませんが、レプリカをレプリカとして売っているお店ばかりとは言えないので、「出土品がある。」などと言ってくる人がいたらご用心。
レプリカを法外な値段で買わされることもありえるし、もし本物だったら国外持ち出しは禁止です。
良心的なお店でも、お値段は交渉してくださいね。 -
武威の文廟から大雲寺までは近いので、楽々歩いて行けましたよ。
02年当時は、こんな日干し煉瓦と土壁の家が続く旧市街の中を通っていくようになっていました。 -
武威の大雲寺が土壁の民家向こうに見える道。
この道筋でも、取り壊しの決まった家に付けられる≪折≫の字が並んでいたので、今はもう全然違う町並みになっているんだと思います。 -
武威の大雲寺前の道を行く人、来る人。
乾いた埃っぽい道。
武威に限らず西域ではこんな乾いて埃っぽい場所が多いので、喉を痛めないようにご用心。 -
さ、もうすぐ大雲寺に到着。
-
武威の大雲寺の元の名は宏藏寺と言ったらしいのですが、武則天の時代に大雲寺と改称したのだとか。
その大雲寺の門。
入場料は02年当時で2元。 -
まずは大雲寺のその高い鐘楼を外側から眺める。
02年当時には回りには高層ビルが無かったので、ずいぶん大きく見えました。 -
武威の大雲寺の鐘楼は明代に建てられたのだそう。
そこから見下ろすと…、 -
…02年当時はアパートらしい建物が次々と建てられている様子と、日干し煉瓦土壁の住居が同居する町並み。
この町並みも今ではすっかり変貌しているのでは? -
SUR SHANGHAIがカメラを持って大雲寺の鐘楼をうろついていると、
「私たちは武威のテレビ局のスタッフだけど、あなたは外国人でしょう。外国人も地元の人に混じって鐘を突く様子を撮りたいのですが。」
ひゃ〜! \(◎o◎)/! こんなの初めて。
…と言うわけで、このおじさん(この人もやらせかな?)がまず鐘を突く。
画像右奥にちょっとだけ頭が見えているのがテレビ局のスタッフの一人。
SUR SHANGHAIが鐘を突いた時には、それを写真に撮ってくれる人はおらず…、残念。
数日中にニュースに出す、なんて言ってたけど、本当に放映されたのかな。
次の朝にはもう次の目的地の寧夏回族自治区の銀川に出てしまったので確認できず。 -
鐘を突き終わったSUR SHANGHAIは、今度はちょっと質問される立場に。
「どちらから武威に? どこの国の出身?…」などなど。
この家族連れも撮影用? -
意外なハプニングのあとは、大雲寺の境内へ。
その片隅。
おばさんたち、何を干してるの?
中国では料理人さんたちはこんな帽子を被るから、お寺の厨房で働くおばさんたちなんだろうな。 -
盛大に煙を上げる武威の大雲寺の香炉前には…、
…ん?
赤い布切れを被った人がいるけど、何をしてるんだろう。 -
香炉側に回りこんで見てみると、付き添いの人も混じって何やら祈祷の最中。
何なんですか〜?と聞ける雰囲気でもないので、遠巻きに見守るSUR SHANGHAI。 -
大雲寺の通路や植木の囲いの上にしゃがみこむ人々。
囲いの上の人たちは椅子のように脚を伸ばして座った方が楽なんじゃないかと思うけど、中国の田舎ではこんな風にどこでもしゃがんで座る人が多い。 -
大雲寺の香炉の前ではご祈祷の順番が入れ替わって、今度は別の人々が陣取っていた。
-
経文が書いてあるらしい紙でお参りに来た人の体を拭ったり、高く低く経文を唱えるこの雰囲気を見ていると、厄除け祈願のよう。
ご祈祷を授ける人も受ける人も女性だったり男性だったり、若かったりちょっとお年を召されていたりとさまざま。
武威の大雲寺でこんな祈祷風景が見られるとは思わなんだ。 -
赤い布をかぶせられ、香炉脇でうつむく女性。
体を撫で終わった紙を手に、気合のこもる経文を唱える祈祷師さん。
近寄りがたい雰囲気の空気がよどむ。 -
香炉前にいざなわれて跪く女性。
初老の女性祈祷師さんのお祈りはまだ続く。 -
初めはちょっと遠慮して離れた所から写真を撮っていたSUR SHANGHAIも、誰も咎めないのでちょっと近寄ってみます。
経文が書いてあると思われる紙を…、 -
…一枚ずつ火にくべながら、祈祷師さんは経文らしき文言をうなり続ける。
これで厄は天に昇って行った…。
祈祷を受けていた女性はホッと安心した様子を見せて、祈祷師さんにお礼を言って立ち去りました。
事前に祈祷師さんに対していくらかお金を包むか窓口で支払っていたのだと思いますが未確認です。 -
その後も大雲寺の香炉前には次々にご祈祷を受けに来る人々が。
日本には厄落としの祈祷があってSUR SHANGHAIも厄年の前に受けたことがあるけれど、甘粛省の武威でもそれに似た儀式が見られるとは思っていなかった…。
う〜ん、不思議な気分。
さて、そんな祈祷風景が見られた大雲寺の次は、雷台方向へと歩を進めます。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
★ちょっと昔の中国 2000年~2005年
-
前の旅行記
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(4)万里の長城の最西端へ
2002/06/09~
嘉峪関
-
次の旅行記
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(6) −武威の羅什寺塔と雷神廟へ
2002/06/11~
甘粛省
-
★ちょっと昔の中国 広西チワン族自治区(1)三江の程陽風雨橋
2000/08/10~
三江
-
★ちょっと昔の中国 広西チワン族自治区(2)龍勝の棚田
2000/08/12~
広西チワン族自治区
-
★ちょっと昔の中国 広西チワン族自治区(3)風光明媚の陽朔、高田郷のあたり
2000/08/13~
陽朔
-
★ちょっと昔の中国 広西チワン族自治区(4、完)風光明媚の陽朔、興坪と金龍橋のあたり
2000/08/15~
陽朔
-
★ちょっと昔の中国 上海 南浦大橋を歩いてみた
2000/12/10~
上海
-
★ちょっと昔の中国 上海、朝の外灘(バンド)から人民広場へ
2001/04/26~
上海
-
★ちょっと昔の中国 広西チワン族自治区 貴州省への旅の前に
2001/07/28~
陽朔
-
★ちょっと昔の中国 貴州省(1)安順 黄果樹大瀑布と石頭寨のあたり
2001/07/30~
貴州省
-
★ちょっと昔の中国 貴州省(2)鎮遠のあたり
2001/08/02~
貴州省
-
★ちょっと昔の中国 貴州省(3) −鎮遠の町と人と
2001/08/04~
貴州省
-
★ちょっと昔の中国 貴州省(4)凱里周辺 (翁項、麻塘、青曼の集落)
2001/08/05~
凱里
-
★ちょっと昔の中国 貴州省(5、完) −凱里周辺 (排羊の集落と台江の町)
2001/08/07~
凱里
-
★ちょっと昔の中国 安徽省(1) −歙県と屯溪
2002/04/05~
屯渓
-
★ちょっと昔の中国 安徽省(2) −コン・リー主演映画『菊豆』の舞台、南屏
2002/04/05~
安徽省
-
★ちょっと昔の中国 安徽省(3、完)宏村、屏山、そして斉雲山
2002/04/06~
安徽省
-
★ちょっと昔の中国 山東省 −黄河断流直前の済南
2002/05/~
済南
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(1) −西寧郊外のタール寺へ
2002/06/05~
西寧
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(2) 青海湖へ
2002/06/06~
青海省
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(3)張掖と馬蹄寺石窟へ
2002/06/07~
甘粛省
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(4)万里の長城の最西端へ
2002/06/09~
嘉峪関
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(5) −武威の文廟と大雲寺へ
2002/06/10~
甘粛省
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(6) −武威の羅什寺塔と雷神廟へ
2002/06/11~
甘粛省
-
★ちょっと昔の中国 青海省、甘粛省、寧夏回族自治区一人旅(7、完) −西夏王陵と賀蘭山へ
2002/06/12~
寧夏回族自治区
-
★ちょっと昔の中国 浙江省 龍井村の茶畑巡り
2003/06/~
杭州
-
★ちょっと昔の中国 浙江省 烏鎮、南潯+嘉興のあたり
2003/06/~
浙江省
-
★ちょっと昔の中国 江西省古村巡り(1)景徳鎮から婺源(李坑、江湾、暁起)のあたり
2003/08/~
江西省
-
★ちょっと昔の中国 江西省古村巡り(2、完) 高嶺、東埠、瑶里のあたり
2003/08/~
江西省
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ ★ちょっと昔の中国 2000年~2005年
0
37