2000/08/10 - 2000/08/11
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SUR SHANGHAIさん
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★2025年9月:新たに出てきた画像をアップします。★
桂林のある広西壮(チワン)族自治区へはいつも誰かのお供。
どうしても行動が制限されてしまうので、いつももやもやと不完全燃焼だったSUR SHANGHAI。
この年の広西壮(チワン)族自治区は自分のための旅。
もう何度か参加した灕江の川下りはパスして、桂林市からバスに乗り、まずは程陽風雨橋で有名な三江、棚田で有名な龍勝のあたりを回ってみました。
龍勝各族自治県の中心、龍勝の町をこの訪問の拠点に決めたSUR SHANGHAI。
地図で見ると、桂林市からそんなに遠く見えない龍勝への道。
でも桂林市を出てしまうと、あとは曲がりくねった山道をアップダウンしながらバスは進みます。
この時は6時間くらいかかったかな。
朝出たバスなのに寝台バス。それも上の段で車窓からの風景無し。
転落防止の手すりは付いているけど、小さくて低い。
ただでさえ安全第一とは言えない運転と左右に振られる急カーブの連続。
おちおち横にもなっていられないけど、下の段に座ることも出来ない満員バス。
龍勝の町に着いた時は、按摩の揉み返しのようにあちこちギクシャクしていたSUR SHANGHAI…。
表紙の画像は、林溪河に架かる三江の程陽風雨橋
●注: 画像とともに出て来た記録を元に編集し直しますが、ネガは不完全なので、どこで撮った写真なのかはっきりしない物は独断で分別します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
前日着いた龍勝の町から、今日は日帰りで程陽風雨橋のある三江へ行くことに。
龍勝の町からは朝早いバスで三江侗(トン)族自治県の中心、古宜鎮へ。
この時は2時間くらいかかったかな。
三江の中心、古宜鎮の町でバスを降りたあとは、バイクタクシーのおじさんと行き先・料金を交渉。
程陽の風雨橋以外にも、馬安村、馬胖村の鼓楼も含めて朝から夕方まで100元くらい(当時)でした。
出発前にミネラル・ウォーターなどは買って行ったほうがいいですよ。
トイレらしいトイレも無いと思って行くのが○。
ペーパー、ウェットティッシュ必携。 -
最初に馬安の集落にある鼓楼へ向かってもらう。
林溪河の支流沿いには水田が続き、大小の水車が並んでいるのがいい風情。 -
林溪河の支流沿いに並ぶ水車は観光用ではなく、水田に水を引くための実用。
よく見てみると…、 -
イチオシ
...ゴトゴトと回る水車に取り付けた羽根で掬い上げられた林溪河支流の水が、今度は樋を伝って画像奥の水田に引かれていく。
画像右下には水遊びをする男の子。
その子と比べてみると、この水車の大きさが歴然。
これよりも大きな水車もありましたよ。
ぼくちゃ~ん、一人なの?
気を付けてね~! -
程陽の集落の風雨橋へと向かう途中で寄ってもらった三江侗(トン)族自治県の馬安の集落の鼓楼。
ピラミッド状の七層の屋根を持つこの鼓楼は高さ約13m。
侗(トン)族は、この一帯に住む杉の植林を生業とする民族で、その杉材を使った建築技術に秀でているらしい。
これから見に行く程陽風雨橋や、馬胖の鼓楼、そしてこの馬安の鼓楼もその技術を駆使して釘を一本も使わずに建てられたのだそう。
鼓楼内には、杉の神が祀られているそうです。
馬安の村で撮った写真は、目下この一枚だけ。 -
イチオシ
三江・古宜鎮の町から北北東20kmほどの所にある程陽風雨橋到着。
程陽も、三江侗(トン)族自治県にあります。
これは車道側にある山をちょっと上った所から見下ろした程陽風雨橋。
下を流れるのは林溪河。
今見られるこの橋は1916年に造られたのだそう。
長さは70数m。
規模の大きいこの程陽の風雨橋は有名ですが、風雨橋はこれだけではなく、ここへ来る道筋を含め、周辺ではいくつも見かけました。 -
車道側から見た程陽風雨橋。
橋桁や瓦以外はすべてこのあたりで採れる杉材使用。
先ほどの馬安の鼓楼と同じく、釘は一切使用しないで造ったと言うから驚き。
今はどうか分かりませんが、この時この橋を画像向こうに渡りきった左手に林溪河を前にした簡単な民宿がありました。
外国人も宿泊可ということで、「ああ、ここに泊まればよかった!」と思ったSUR SHANGHAI。 -
この時は水の少なかった林溪河に架かる程陽風雨橋。
バイクタクシーのおじさんにはここでしばらく待ってもらうことにして、SUR SHANGHAIは橋を渡って行ってみます。
歩くとギシギシきしむ廊下のようになった橋の中には、一休みも出来るベンチも付いています。
その橋の内部を撮った写真は行方不明。
橋の内部では、お土産品を手にした侗(トン)族のおばさんたちが待機中。
SUR SHANGHAIは、あとでポシェット型の小さい刺繍入りバッグを購入。
十数元ほどの言い値で、値切るのに気が引けた。 -
車道側から程陽風雨橋を渡って右手に行くと、竹薮の中に建つ民家もあった。
さらに進んで行ってみると…、 -
…用水路や田んぼの向こうに程陽の集落と、もう一つの風雨橋が。
お! (◎o◎)
SUR SHANGHAIはそこへももちろん行ってみます。 -
もう一つの風雨橋が近づいてきた。
水路に写る橋の影も美しい。 -
上掲の画像の風雨橋を渡って、程陽の集落のメイン・ストリートらしい農道を歩いて行くと、田んぼの脇に侗(トン)族の民家が続く。
侗(トン)族の民家の特徴は高床式。
一見すると三階建てのように見えるんですが、石積みの上の竹を立てかけて覆ってある部分は高床で、実際には二階建て。
地面からの湿気を防いだり、風通しを良くする目的があるんでしょうね。
これらの民家もやっぱり杉材で、釘は一本も使っていないのかな。 -
朝の農作業を一段落したらしいおじさんが、天秤棒を担いで家に帰るみたい。
この画像では見えにくいんですが、そのおじさんのお宅らしい家の軒先には白い字でスローガンが書いてあります。
一部消えかけてますが、SUR SHANGHAIの推測では
≪要譲紅旗飄万代,重在教育下一代!≫と書いてあるように思えます。
紅旗と言うのは革命の赤旗。
日本語で≪あかい色≫を表す≪赤≫の字は、中国語では≪紅≫になるので、たとえば日本では≪赤十字≫と呼ぶRED CROSSも中国では≪紅十字≫になります。
共産党のスローガンは、こんな辺鄙な集落にまで及んでいたのかと改めてびっくり。 -
このお宅の軒先にもスローガンが。
うんと長かったので、二枚に分けて撮った一枚。
もう一枚は目下行方不明。
ここにはやはり中国語の簡体字で
≪高挙毛沢東思想偉大紅旗奮勇前…≫まで写っていますが、このあとには≪…進≫と続いて、≪奮勇前進≫となります。 -
水路に沿った程陽の集落のメイン・ストリートを、鍬を担いだ青服の侗(トン)族おばさんが歩いて行く。
これからお昼の休憩ですか~? -
これは、来た方向を振り返った場面。
程陽の集落の水路にも小さい風雨橋が架かる。
大きな風雨橋のようには楼閣は付いていないけれど、屋根と壁はバッチリ。 -
これからその小さい風雨橋を渡って、家に戻るらしい侗(トン)族の夫婦らしい青服の二人。
いい感じだわ~。
あれ? 橋の向こうにコンクリート製の建物の角がチラリと見える。
これからの時代は、伝統的家屋は減って行くんだろうな。 -
こちらの侗(トン)族おばさんは、水路で洗い物。
今日のお昼に使う野菜かな? -
お昼時間で、和やかに静まり返った程陽の集落。
しばらくすると…、 -
…お昼ごはんを食べ終わったらしい子どもたちが水路に出てきた。
-
イチオシ
この程陽の集落では、子どもたちの格好はもう町の子と同じ。
三江や龍勝の町で買って来てもらったのかな。
網を持って水路に集まり魚獲り。
ここでは何が獲れるのかな?
どこか懐かしい、小学校唱歌に出て来そうな一風景。 -
同じく程陽の集落。
左手の大きい建物は風雨橋とは違う造りだけど、橋の役割も持った村の集会場なのかな。
さらに集落の中を歩いて行くと…、 -
イチオシ
…民家が立て込んだ一画の入口に立派な石敢当が立っていた。
(泰山)石敢当というのは、気の流れが直撃する村の入口、河の流れのそば、三叉路などに置いて、邪気が入り込まないようにする役目を持っています。
由来はよく分かっていないそうですが、中国・山東省にある泰山は古代から信仰の対象になっていたので、その名のご利益で魔除け・厄除けにされたとも言われているのだそう。
8世紀に福建省からその風習が始まり、その後は沖縄(琉球)にも伝わったのだとか。
この程陽の集落の泰山石敢当は、邪気を追い払うような怖い顔も付いている。
目を見開いて舌を出している様子は、ニュージーランドのマオリ族が戦闘の前に踊るハカのダンサーのよう。
突然現われたSUR SHANGHAIを睨む石敢当。 -
程陽の集落の民家を見て回る。
これも杉材なのかな。
あとから補修で付け足したような部分には釘も使われていましたが、立派に住居として使われていました。
もうこの集落にも電線が引かれていた。
軒先にその電線が見える。
軒から下がっているザルには穀物が入っているのかな。
鳥避け(?)の籠がかぶせられている。 -
鳥の巣だったらしい跡が残る程陽の民家の軒先。
赤や黄色のトウモロコシが窓辺に下がる。 -
この窓はあとから付け足したんだろうな。
その窓の上に≪萬福来朝≫と書かれた紙が貼ってある。
侗(トン)族は、元々自分たちの文字を持っていないらしいから、これは漢民族の文化の影響?
こういうお札のような紙にも、漢字で書いてありました。 -
民家がちょっと途切れた場所には溜池があった。
溜池そばの小屋は共同トイレ。
時々、この周辺の民家の人が来て、用足ししていました。
この池には人間の排泄物を餌にする魚がいるのかな。
これまで囲いの下にブタやヒツジがいるトイレを見てきたから、魚トイレであっても不思議は無し。 -
程陽の民家の納屋らしき建物の戸口にも、春節におめでたい言葉を書いて貼る春聯が。
左右の大きな物は風雨に曝されて剥げていましたが、残った二枚には≪六畜興旺≫と書いてありました。
家畜が元気に増えることを願う気持ちが見て取れる。
ちなみに≪六畜≫とは、鶏、犬、豚、羊、牛、馬のことだそうです。 -
程陽の集落を突っ切って出たのは車道脇。
バイクタクシーを降りた風雨橋から続いている道じゃないかなあ。
その車道脇では、侗(トン)族のお葬式が執り行われていた。
SUR SHANGHAIが立っている車道のこちら側には集落の人たちがずらり。
あ、だからさっき石敢当から先の道で出会う人が少なかったんだ。
お棺に色とりどりの紙を乗せようとしている場面。
カメラを取り出しても、誰も咎めないので、一枚撮らせていただきました。
(。-人-。)
お棺の左側の白服を着て白い布を頭に巻いて跪いている人々は、故人の家族だろうか。 -
また、程陽の民家が立て込む一画を通り抜け、メイン・ストリートに戻って来た。
ここには和やかな風景が。 -
道端で出会った侗(トン)族おばさんたち。
お昼ごはんの後の一休み?
みんなピアスをしてオシャレだわ。
あれ、右のおばさんは白いTシャツ姿。
手に持っているのは、よく見てみたら哺乳瓶。
これからお孫さんのお世話ですか~? -
アヒルの群れも水路を行く程陽の集落。
おばあちゃんの家があった田舎のよう。 -
程陽の集落のメイン・ストリートになっている農道の先に見えるのは、最初の一番大きい風雨橋の次に見た風雨橋。
-
また戻って来た、最初の大きな程陽風雨橋。
五つの橋桁の上に並ぶ瓦屋根の楼閣を見ると、やはりこれが一番見事。
日本の城や寺院にも似た風格があるわ~。
本当に釘は使っていないんだろうかとあちこち見てみたSUR SHANGHAI。
その結果、侗(トン)族の人たちの建築技術に脱帽。 -
この程陽風雨橋が造られたという1916年には、トラックやクレーンも無かっただろうし、この山間の程陽の集落まで橋桁の石材、楼閣部分の瓦や杉材を運んで来るだけでも大変な労力だったに違いない。
-
最後に寄ってもらったのは、三江侗(トン)族自治県の馬胖の集落。
馬胖の集落は、三江・古宜鎮の町からだと北へ30kmほど。
1928年に建てられたというこの鼓楼はこの高台の広場の上に立っていた。
この鼓楼も、幾重にも重なった屋根が見事な造り。 -
馬胖の集落を見下ろしてみた様子。
杉材で造られた侗(トン)族の民家の屋根瓦が山肌に並ぶ。 -
バイクタクシーのおじさんは、どこでも辛抱強くSUR SHANGHAIを待っていた。
お待たせしました~!と、三江・古宜鎮の町へ戻る道。
舗装が出来ていないこんな山の中でも事故は起こる。
積み荷が崩れただけかな。
人身事故ではなさそうなのが幸い。
修理する人、それを見守る人。
バイクタクシーのおじさんがSUR SHANGHAIをいったん降ろし、先にそのトラックの脇を通り抜ける。 -
イチオシ
三江・古宜鎮の町に戻る道筋で見た、別の風雨橋でもちょっと停まってもらったSUR SHANGHAI。
何ていう集落だったかな。
わ~! この風雨橋は今にも崩れ落ちそうに全体が波打っている。
向こうに見えるコンクリートの建物は、このあたりの学校かな? -
その風雨橋も渡って、車道がある方向を見る。
林溪河を挟んだ両側は山が続く。
その斜面に並ぶ建物も見える位置。 -
このあとは三江・古宜鎮の町でバイクタクシーのおじさんに別れを告げ、またバスに乗って龍勝の町に戻ったSUR SHANGHAI。
おじさん、今日は一日ありがとう。(@^^)/~~~
明日のSUR SHANGHAIは、龍勝の棚田へと向かいます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ひらしまさん 2010/12/26 22:13:59
- 程陽 行ってみました
- SUR SHANGHAI 様。はじめまして。
以前にこの旅行記を拝見して、この村に泊まってゆっくり歩いてみたくなったのが、この夏ようやく実現しました。
SUR SHANGHAIさんがいらっしゃった頃に比べればきっと変わっているのでしょうが、素朴な農村のたたずまいは感じられて、北京や桂林とはまったく違う中国を見ることができました。
なにより、少数民族が自分たちの文化に誇りを持って暮らせていることが素敵ですね。
ありがとうございました。
ひらしま
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2010/12/27 08:28:08
- RE: 程陽 行ってみました
- はじめまして、おはようございます。(*^。^*)
程陽のあたりまでいらっしゃったんですね。お疲れ様でした。m(__)m
以前はずいぶん遠い道のりだったような気がしますが、今では高速道路も通っているのかも?
私がこのあたりに行ったのはいつの事だっただろうと思って見てみたら、もう10年前のことでびっくり。
想い出の中の風景や人々は、昔のままで年を取りませんから、今再び行ったらその変化に驚くのだと思います。
日本でも、10年前の2000年と言ったら、PCはボツボツ、デジカメは普及以前の話でしたものね。
懐かしくて、戻って行きたい場所はたくさんありますが、時間による変化は見るのがちょっと怖いような気もします。
もうすぐ2010年もおしまいですね。
良いお年をお迎え下さい。
> SUR SHANGHAI 様。はじめまして。
>
> 以前にこの旅行記を拝見して、この村に泊まってゆっくり歩いてみたくなったのが、この夏ようやく実現しました。
>
> SUR SHANGHAIさんがいらっしゃった頃に比べればきっと変わっているのでしょうが、素朴な農村のたたずまいは感じられて、北京や桂林とはまったく違う中国を見ることができました。
>
> なにより、少数民族が自分たちの文化に誇りを持って暮らせていることが素敵ですね。
>
> ありがとうございました。
>
> ひらしま
>
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