2002/06/07 - 2002/06/08
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SUR SHANGHAIさん
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★2025年9月:新たに出てきた画像をアップします。★
青海省の省都西寧周辺の見所を回ったSUR SHANGHAI。
この日は西寧から祁連(きれん)山脈を越え、甘粛省にある河西回廊の街の一つ張掖(ちょうえき)へとローカル長距離バスで移動します。
前日買っておいたチケットを握りしめ、バス・ターミナルに着いたSUR SHANGHAI。
「あれがそうだ!」と指差されたバスは…、えらいおんぼろ! Σ(´∀`;) の一言に尽きる車体と座席。
これまであちこちで鍛えられていたはずのSUR SHANGHAIも一瞬拒否反応が。
でも、これしかバス便は無し。
意を決して乗り込むと、けっこう満員になってガタピシと走り始める。
一抹の不安。
果たして途中の峠越えで大小5回のエンスト…。
雨が降り始めたら天井から車体に沿って盛大に雨漏り…。
車窓からは雄大な祁連山脈の景色が! …のはずが濃霧で何も見えず…。
隣に座った羊飼い風の少年から何か話し掛けられても現地の言葉は分からないし…。
運転手が個人的に道を急いでいたのか、よくて6~7時間の道のりなのに食事休憩もトイレ休憩も無し…。
ペットボトルのお茶とクラッカーは持っていたからいいけど…。
この日何度目かのう~ん…。(-ω-;)
他の乗客からの再三の要求もあって、やっとトイレ休憩できたものの、回りは草原で身を隠す所も無し。
女の人たちは仕方なく、野原の中の一軒家の崩れかけた外壁沿いにずらりと並んで用を足したのでありました。
もちろん、その中にはSUR SHANGHAIの姿も…。(-ω-;)
そんなこんなで辿り着いた河西回廊の街、張掖…。
表紙の画像は、張掖の南に位置する粛南裕固族自治県の馬蹄寺石窟。
ここにもパラポラ・アンテナが鎮座する。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
-
表紙に出したとおりの経過で、西寧を7:30に出たバスが張掖に辿り着いたのは16:00。
あ~、しんど。 よく無事に着いた。 (´-ω-`)ふぅー
39.3元なんて半端な値段だけのことはある。
●注: この時刻と料金は2002年当時のものです。
今から思えば、そのバスのおんぼろ加減も写真も撮っておけばよかったんですが、その時にはそういう気持ちの余裕が無かったのが悔やまれます。
さて、祁連山脈の雪解け水に潤されて農業が盛んなこの河西回廊の張掖の街には、≪金の張掖≫の別名も。
張掖賓館に宿を決め、翌日の馬蹄寺行き現地バス・ツアーも決めた後は宏仁寺(大仏寺)へ。
ここは1098年に建立された、涅槃仏で有名なお寺。
されどその写真は撮れず。
撮影不可だったのかどうかは記憶に無し。
蓮の絵が描かれた宏仁寺(大仏寺)境内の石畳がきれい。 -
張掖の宏仁寺(大仏寺)境内にあったこの狛犬のお尻の突き出し方はちょっとユニーク過ぎる…。
罰当たりなSUR SHANGHAIでございます。m(__)m -
同じく宏仁寺(大仏寺)のパゴダを前にして、そっくり君三人がフェンスに座る。
左の二人はズボンまでお揃いだから双子かも。 -
祁連(きれん)山脈越えの時にも霧が濃かったり、雨が盛大に降ったけど、この張掖でも降ってきそう。
明日の馬蹄寺行きのお天気が心配になってきたSUR SHANGHAI。 -
≪明清古風倣古街≫という明や清の時代の街並みを再現した街角が張掖にもあった。
お土産屋さんも並んでいるし、街の人の飾らない姿もそこかしこ。
この日はもうここでリタイアして、馬蹄寺行きに備えるSUR SHANGHAI。
この日は宿を取った張掖賓館のベッドに直行。
おんぼろバスの座席で手足を縮めて座っていたから、ベッドの中でグ~~~ッと伸び。
あ~、手足を思い切り伸ばせるって何て気持ちいいんだろう。 -
一夜明けたお天気は…雨…。
それでも馬蹄寺ツアーのミニバスが迎えに来てくれた。
あれ?ここでもシーズン前でお客はSUR SHANGHAI一人。
運転手さん、ガイドさん、私一人のためにすみませ~ん。
往復の車代+馬蹄寺での現地の参拝料+裕固(ユーグ)族の集落でのお昼付きで326元。
●注: このツアーのルートと料金は2002年当時のものです。
これなら、タクシーを雇って気ままに移動した方がよかったかな…、という感じでした。
馬蹄寺は、張掖から南へ60数km。
粛南裕固族自治県の馬蹄山の山腹に点在する石窟寺院群です。 -
岩壁に貼り付くように造られた馬蹄寺の石窟寺院群。
どうやってあんな見上げるほどの高い岩壁にも造れたんだろう?
まさか、岩壁の中にトンネルや隠し階段があるわけじゃないですよね。 -
イチオシ
山西省の懸空寺を思い起こさせる造りの寺院が、馬蹄山の岩の崖にそれぞれの姿を見せる。
下の付属の建物にはパラポラ・アンテナも鎮座。
甘粛省のお寺さんも情報化時代だな、と苦笑。
6月なのにみぞれ交じりの雨がしとしと降り続く…。
う~、寒い~。 ((( ;゚Д゚))) -
ガイドさんに一通り案内してもらった後は、一人でも歩かせてもらって馬蹄寺石窟寺院周辺を探索。
岩山に掘られた住居には今も人の住む気配。
出入り用に立てかけられた梯子と、その下に積まれた石炭がそれを物語る。
お坊さんの住まい、だろうか。 -
馬蹄寺では食料も自給自足の態勢をとっているのか、境内には穀物や果樹畑もあった。
岩壁に浮き彫りにされた南無阿弥陀佛の字が、ここでの生活の心の支え? -
修行生活という言葉は知っていても、その実際はSUR SHANGHAIには容易に想像が付かない…。
-
ニワトリも駆け回る馬蹄寺の穀物畑。
-
岩壁に張り付く馬蹄寺の石窟寺院。
寺院と寺院の間は細い通路が付いているので、歩いて行けました。
ますます、以前行った山西省の懸空寺を思い出したSUR SHANGHAI。
下の建物に付いている目らしき絵がSUR SHANGHAIを見上げているのに気付いてギョッ!! -
イチオシ
馬蹄寺の石窟寺院の一つを岩壁の下から見上げる。
ウ~ン、ここには一体どうやって上るのか? -
馬蹄山の中腹から見下ろした寺院の一部。
冷たい霧とみぞれ混じりの雨。
流れる霧の合間から向こうの山も顔を出す。
晴れていたらどんな景色だったんだろう。 -
馬蹄寺は1500年以上前から造られていたと言う石窟群。
これは、馬蹄寺石窟群の中でも一番有名な三十三天洞に向かう道筋。
緑の谷に散在する農家らしき民家。 -
霧と雨にぬれる緑濃い谷。
森閑としたこの景色を見下ろしているのは…、 -
イチオシ
…馬蹄寺石窟の三十三天洞。
内部通路で上まで行ける造りになっているのかな。
岩山を伝わって流れ落ちる雨が縞模様を作る。
この時は、どういう理由だったのかは忘れましたが、内部の見学不可でした。 -
さ、ご飯に行きますよ~。というガイドさんの声がかかって、裕固(ユーグ)族の集落がある地区へ。
山から流れ落ちてくる水で溢れた水路の眺め。
流れ去っていく方向の水溜りではバイクを洗う人の姿が。 -
イチオシ
水が流れ来る方向を見ると、怖いくらい。
左手奥に見えるのが裕固族の集落。
裕固(ユーグ)族というのは、テュルク・モンゴル系の甘粛省に住む少数民族。人口は2000年の調査では1万数千人で、そのほとんどがこの馬蹄寺がある粛南裕固族自治県に住んでいるのだそう。
その集落のテント内での食事は、民族衣装を着た地元の女性が出てきてお給仕。
最初に出されたのは、丸ごと茹でたヒツジの頭と強烈な地酒。
客人を迎える彼らのしきたりに従って、食べたり飲んだりしなくてはいけません。
SUR SHANGHAIはヒツジの舌は食べられましたが、お酒は飲めない体質なので辛い食事に…。
お給仕の女性や回りに来た人々、テント内の様子などの写真は、お酒のやり取りの攻防戦の中では撮れませんでした。(´;ω;`)ウゥゥ -
コーヒーにちょっと垂らすだけのリキュールでも真っ赤になるSUR SHANGHAIには苦行だった裕固(ユーグ)族集落での食事。
一升瓶でもラッパ飲みできそうに見える! となぜかよく言われても、アルコールは体質的に受付拒否。
馬にも乗れ! の声がした。
みぞれ混じり雨でますます冷え込んできたし、これはパス。 -
馬蹄寺石窟から張掖へ戻る帰りのバスの中ではバッタリグッタリのSUR SHANGHAI。
運転手さんやガイドさんにも、「あんた、本当に飲めないんだねえ。」
だ・か・ら、何回も言ったでしょ! (^^ゞ
馬に乗らなかった分の時間が余ったので、麓の村に出ていた市場に寄ってもらって気分転換。
麓はさすがに暖かい。 -
その村の市場に出ていた路上屋台。
この子が食べているのは涼粉、かな。
すする姿ももう一人前の食べっぷり。
涼粉はでんぷんで出来たきしめんのような食べ物。
酸っぱ辛いたれで和えていただきます。
デザート風の甘いたれの涼粉もありますよ。 -
股割れズボンの子をおんぶしたり抱っこしたりしている人を見ると、お漏らしした時にはどうなるのかな、といつも思うSUR SHANGHAI。
おじさん、大丈夫? -
この股割れズボンの子を横抱きにしたお母さん(?)はいくつなんだろう。
ちょっと年齢が読み取れない表情。 -
市場の中には、ミシン掛けをする人たちの姿も。
あのおじさんはスリッパを作っているみたい。 -
車道に沿って何台も無骨なミシンが並ぶ。
この頃の中国の地方都市ではよく見かけた光景。 -
張掖を8:00に出発した馬蹄寺+裕固(ユーグ)族訪問ミニバス・ツアーは15:00過ぎに帰着。
運転手さん、ガイドさん、ありがとう。(^0^)/
その後は、観光とは縁のない張掖の街角も歩いてみる。
古い町並みの取り壊し作業の眺めはここでも同じ。
その後ろには新しく出来たマンションが見える。 -
またこの張掖の道を通ることがあったら、もうすっかり現代的なビルがここにも建っていてびっくりするんじゃないかな。
-
土壁の家並みの遠くに、昨日行った宏仁寺(大仏寺)のパゴダも顔を覗かせる。
この変わりつつある張掖の街をパゴダは見守っていくんだな。 -
宏仁寺(大仏寺)のパゴダが頭を覗かせる張掖の街角。
今は、これらの土壁の家並みは無くなっているだろうな。 -
張掖の街の葬儀用品店。
ちょっと見えにくいですが、戸口の上の看板に書いてある壽衣というのは、死者に着せる衣の意味。 -
このお店は仏具や日用雑貨屋さん。
-
張掖は、武威、酒泉、敦煌とともに、漢の武帝が河西回廊に設置した4郡の一つ。
かのマルコ・ポーロもここに一年近く滞在していたらしい。
その張掖の街角に立つ万寿寺木塔。 -
マルコ・ポーロが訪れて滞在したという歴史を持つ張掖も、現代化の波の中。
取り壊されて新しい町並みになるらしいあたりには野菜売りのおばさんが商品の陰で居眠り。
おばさん、街と同じように目を覚まして! -
張掖で二晩泊まった張掖賓館。
この画像にも出ているように中庭の風情がよかったです。
SUR SHANGHAIが泊まった時には、敷地に入る門の脇に旅行会社があり、ここで情報収集や馬蹄寺周辺を訪れるミニバス・ツアーも手配できました。2002年当時の張掖では3つ星クラスの宿。
部屋の方は棟の新旧によってお値段も異なり、交渉も出来ました。私が泊まったのは当時180元の部屋。シンプルながら居心地は悪くはありませんでした。
さあ、明日の嘉峪関行きの長距離バスのチケットも買ったし、今日はこれでリタイアします~。
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この旅行記へのコメント (2)
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- azianokazeさん 2006/07/12 10:52:30
- 羊の頭
- トイレ休憩なしのバス旅、恐怖です。おなかに自信がない私はとても乗れません。
羊の頭の写真は自主規制ですかね。
鹿児島の漁港、枕崎あたりでは新しくよそから先生などが赴任すると特産のカツオの頭を丸ごと使ったビンタ料理と焼酎で歓待します。
考えることはどこでも同じですね。
昔新疆を旅行したときは西安から酒泉・嘉峪関に直行して張掖に寄る機会はありませんでした。
内陸のほうもどんどん変化しているみたいですね。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2006/07/13 01:34:43
- RE: 羊の頭
- 人によって苦手なものはありますね。
私はお酒が飲めない体質(アルコールを分解する物質が少ないみたい)なので、しきたりとは言え、無理強いする風習のある所では苦行です。
トイレ問題も、生理的欲求には勝てませんから一大事ですね。
特にお腹の調子が悪い時などは。
私も危機に直面したことは数知れず、です。(^^ゞ
人によっては中国のトイレ自体が苦手、ということもあります。
その設備とか衛生状態が、やはり異なりますから。
あ、そうそう、ヒツジの頭やその時お給仕してくれた女性の写真は撮りませんでした。というか撮る暇を与えてくれなかったんですよ。お酒の遣り取りの攻防で…。(T0T)
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