パルファンさんへのコメント一覧(36ページ)全496件
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イ・ムジチ♪
パルファンさん
お帰りなさいませ。
イタリアにいかれていたのですね。
サンタンジェロのお写真のところで
イムジチとあり
2009年に日本でイムジチのビオラ奏者の演奏を聴いたのを
思いだしました!
彼の演奏で作り出されたイタリア音楽の世界を体験して依頼、
イタリア文化にも興味ありの私です。
パルファンさんのその後の旅行記、楽しみにしています。
yquem
RE: イ・ムジチ♪
こんばんは、Yquemさん
そうそう、”Yquem”って白ワインの銘柄だったんですね。
先日何てよむのかなぁ〜きっと意味があるのかも・・と思い調べたのですが。
さすがワイン通!!
又、お人柄もこのワインのようなのでしょうね。
私どもの年代にとって、イムジチの「四季」は、
青春時代と共にあったといっても・・
バロックと聞いてもそのイメージすら創れない地方に住んでいて
海外に憧れた時代でした。
この合奏団は日本人に人気ありよく来日してますね。
でも、演奏会に行ったのは、その時一度だけ。
ローマは大きな建造物、彫像が多くバロック音楽が似合う街なのでしょうね。
Yquemさんのローマ旅行記もその内アップしてくださいね。
ご訪問ありがとうございました〜 また、お寄り下さい!
パルファン
2011年04月09日22時04分 返信する -
お帰りなさい
パルファンさん
イタリアからお帰りなさい。
いつ頃ご出発かしら・・・、なんて思っていたら。
旅行記がアップされびっくり。「早春の旅」だったのですね。
『30年振りのローマ』 30年前もご主人とおふたりですか?
何ともロマンチックな響きで素敵です。
ローマの街にも、お二人にも歴史ありですね。
ナボーナ広場の「四大河の噴水」綺麗な写真!!
この噴水見たいです。
アッシジから先、どんな町々をドライブされたのかしら。
ガーミンを仲間に加え、ご夫妻+1の旅
「旅行記」楽しみにお待ちしています。
yun
RE: お帰りなさい
yunさん
こちらからガーミンのご報告をしなくっちゃいけないのに、
さっそくのご訪問ありがとうm(._.)m
出かけたのは3月16日で15日間でした。
この間、5日間をレンタカーで・・
ローマで借りるのは大都会すぎるのでペルージャからスタートだったんです。
総じて、やはりガーミンは便利だった〜
とんでもないナビもしてくれたけど・・
でも、どんな場合にまずくなるか、というのも経験で少しわかったかな?
おいおい、旅行記の中で紹介しますね。
> 『30年振りのローマ』
30年前は、仏滞在の時だったので、子供2人も一緒だったんです。
ナボーナ広場で鳩を追っかけて遊び、おばあさんに注意されたのが
思い出されて・・
そんなこともあり、今回は訪れるのに外せない場所でした〜
> ナボーナ広場の「四大河の噴水」綺麗な写真!!
> この噴水見たいです。
朝はやく、陽射しの加減が写真撮影にもラッキーでした。
ローマは彫像と噴水の町ですね。
訪れた町・所をトップに入れたほうがいいですね。
遅々としたアップになりそうですが、これからもお付き合いくださいね。
パルファン
2011年04月07日23時54分 返信する -
素敵でした ポルトガル
パルファンさん
こんばんは
おかげさまで、無事にポルトガル弾丸旅行より戻りました。
いつもの如く、パルファンさんはじめ4Tr皆さんの情報に沢山助けていただきました<(_ _*)>
パルファンさんの「サンタ・クルス修道院」紹介を拝見して
絶対訪問のつもりが・・・
時間配分に失敗し、コインブラに辿り着いたものの修道院は既にクローズ後。入口前に佇むのみでした。いつか、再訪の機会をつくりたいと思っています。
ポルトガル、独特の明るさと穏やかさ 素敵な国ですね。
そして、バルセロナ記へ早速のご訪問ありがとうございました。
yun
RE: 素敵でした ポルトガル
こんばんは♪^^
ポルトガルからお帰りなさい。
ヨーロッパもこの冬は寒さが厳しいと言われていましたが・・
ポルトガルは海があるので少しは暖かいのかな?
弾丸ツアーといいながら、コインブラにも時間をさいたのですね。
責任重大だったのね、紹介をみてコースどりをして下さったとは。
なのに、サンタ・クルス修道院がクローズとは! 回廊はみてほしかったな〜
ヨーロッパにありながら、常に海に向って歩んでいったポルトガル帝国の名残と
現在が混在し、独特のお国柄を作っているのでしょうか?
旅行記にアップされるのを楽しみにしております♪
パルファン
2011年02月16日01時16分 返信する -
旅ごころ
パルファンさん
今年もよろしくお願いいたします。
お正月の京都 関東在住者には憧れの響きです。
「四条通り」「鴨川」旅ごころがプルプルしてしまいます。
「雨やみ」転じて「目やみ」なるほどです。
PCは程々と思いながら、ついつい長くなりますよね(´、`=)ゞ
私も地図を見るのにかなり苦労しているので
次回、京都へ参上の際はお参りしたいと思います。
2011年 良い年でありますように。
yun -
偶然に わぁーー
パルファンさん
こんばんは♪ yunです。
実は、ポルトガルについて調べたくて…
いつもの如く4Trを彷徨っていたら、パルファンさんの旅行記発見。
しかも、2010年!今年のご旅行!
先日、南西フランスの旅行記で参考にさせて頂いたばかりなのに
ポルトガルでも期せずして拝見。
関心の旅先一致に思わず「わぁーー」と声を上げてしまいました。
一度に拝見は勿体無いので、少しずつお邪魔して勉強させて頂きます♪
シントラ 訪れてみたいです。
ご迷惑でなければ「お気に入り」ご承認くださいませ('-'*)
yun
RE: 偶然に わぁーー
こんばんは、yunさん♪^^
やってくれましたね〜〜 ガーミン報告♪
まだ、時間があるからと、ガーミンに関し気になったページをお気に入りに入れている段階。
ヨーロッパ地図のSDカードもまだ買ってないし・・
ヨーロッパドライブ中、日本語でナビしてくれるなんてホットするでしょうね!
yunさんは、アルザス、ブルゴーニュも走ってるのですよね。
パルファンもアップする以前ですが、連れ合いがミシュラン地図でナビしてくれよく走りました・・
今回、フランス外なのでガーミンのお世話になろうかと・・
ポルトガルも車ですか? 縦長の国なのでレンタカーがあったら便利だろうなぁと
つくづく思ったのですが・・
ポルトガルの旅行記、少しでもお役にたてたら幸いです。
では、ガムテープでくっつけたガーミンの報告ありがとうm(._.)m
また、寄せて頂きますね。
2010年12月07日21時13分 返信する -
やっぱり、この街は素敵ですね
パルファンさん、おはようございます。
久し振りにご旅行記拝見させて頂きましたら、トレドの美しい写真が一杯!
実は先日、僕もここへ立ち寄りました。ただ、みゅうの半日ツアーに参加したので、駆け足巡りだったので、街の隅々とても十分に観る時間がありませんでしたので、このご旅行記で、素晴らしさを再確認出来て嬉しいです。
やっぱり、この場所から俯瞰する川と、街並みが、一番絶景ですね。みゅうのバス、この場所は車が一杯停車していて停められず、もっと、もっと先で停まったため、ちょっと今ひとつの構図でした。お写真のこの辺り、つまりずっと手前側ほど絵になりますね。
ココアRE: やっぱり、この街は素敵ですね
ココアさん、本当に久しぶりですね。
もう、そちらの生活が長く、今年もあちこち行かれているのですね。
トレドは、マドリッドからの半日ツアーかしら?
ツアーは駆け足巡りが多いけれど、効率よく、ポイントを回ってくれるでしょう?
説明もあるし・・
個人の場合は無駄な歩きが多くなりますよね。
ま、そこが又よいところでもあったり・・
ココアさんは、これからまだ機会がたっぷり。いろんなスタイルで旅行を楽しめるでしょう♪
わざわざタクシーをとばして行っただけの値
充分というのが、トレドの町を俯瞰するあの場所でした〜
ご訪問・カキコミありがとうございましたm(._.)m
パルファン
2010年11月10日23時59分 返信するRE: やっぱり、この街は素敵ですね
お察しの通り、マドリッド15時発4時間の、みゅう半日観光です(歩き方にも広告が載っていますね)。
わたしの様に、芸術・歴史のバックグランドや知識が今ひとつの人には最適だと思います。事前にWikipediaなどで事前勉強してから観る必要が無いから。
サント・トメ教会の『オルガス伯の埋葬』と、カテドラル内部は、添乗員の説明を聞けてホント良かったです。説明が無かったら、いつもの旅の様に、感性だけで、「あぁいいなぁ」で終わってしまったでしょう。
なにせ、エル・グレゴが、説明を聞くまで、グレゴはあだ名であってギリシア人という意味で、エルはただの冠詞だなんて、知らなかったし、そんなレベルの私です(^^;
みゅうのツアーで初訪問の街は説明を受けて、ばぁ〜っと一気に周って、概要を掴んで、数年後の次回、個人旅行でじっくりと時間を掛けて観る、そういったスタイルが理想的なんでしょうね。
タクシーで、トレドの町を俯瞰する場所まで行かれたのは、大正解ですよね。あれが、一番のハイライトだと思います。
ココア
2010年11月11日08時20分 返信する -
いつかは北海道
パルファンさん
お久しぶりです。
パルファンさんの故郷は北海道でしたか。
帰省中によくこれだけ回れたな〜と思うくらい、あちこち紹介して
戴いてありがとうございます。
仲の良い同僚が北海道出身で、カニ、シャケ、イクラ、ホタテ…
しょっちゅう食べさせて貰い、気持ちだけはプチ道民なのですが、
実はこれまで出張で札幌にわずか2回しか行ったことがありません。
いつか走りたいとは常々思うのですが、まとまった休みが取れれば
ついつい海外、もしくはぼくの故郷、長崎へ帰省です。
お互い、北と南の原産地でしたか!?
で、どうやら今は同じ県民のようですね。ぼくは“O市”です。
どこかですれ違っているかも知れませんね。
引き続き宜しくお願いします。
ももであRE: いつかは北海道
こんばんは♪^^
え〜〜本当ですか? 同じ県民って!
コメントを含めた文面からアンニュイのある都会の香りが漂ってましたが・・
どうやらCity も同じのようですね。
ますます“ももであさん”が近い存在になりました〜
また教えて頂くことが出てきそうなのでそちらにコメントいれますね。
毎年帰っていた北海道も、両親が亡くなり遠のいていました。
今回久しぶりでしたので“ふるさと”の感情が沸々と・・
やはり、いいものですね。
長崎は十年位前に一度。もう一度行きたい街のトップ!
自然の理がよい街というのは惹かれます・・
コメント、投票ありがとうございました。
パルファン
2010年11月08日22時38分 返信するご近所さん!?
パルファンさん
同県民どころか、同市民でしたか。
意外とご近所さんだったりして!?
また新たな旅をたくらんでいるのですね♪
いいですねー。
ぼくでお手伝い出来ることがあれば、何なりと。
明日は木枯らしが吹くそうです。
風邪などひかぬようお気を付け下さい。
ももであ2010年11月08日23時47分 返信する -
ころぼっくる。
パルファンさん、こんばんは。
ころぼっくるに反応してしまいました。
懐かし〜い!!!
雄大な北海道
不思議の世界があっても不思議じゃないですね。
北海道は独身時代によく遊びに行きました。
友人が北大に行っていたので
校舎の中まで入り込んだりして。
雪の校庭に掘られた穴は頭が隠れるくらい深かった。。。
スキーが目的のひとつでもあったので
いつも雪の北海道でした。
春夏秋冬違った美しさがあるのでしょうね。
秋の静けさも落ち着いていていいですね。
おでぶねこ
RE: ころぼっくる。
こんばんは〜 おでぶねこさん、
コロポックルは懐かしい?
どんな思い出があったのでしょう?
パルファンは、息子たちが子供のころ、よく「ころぽっくる物語」を読んで
聞かせたことを思い出すのですが・・ 夢を膨らませる物語でした。
おでぶねこさんが学生時代というと、まだ、パルファンは北海道にいたのかなぁ〜
雪の北海道、むかしは凛とした緊張感があったのですが今はどうなのでしょう?
スキーで行かれたことが多いとなると、初夏はまだなのですね。
植生や、大地の形状がヨーロッパと似ていて、本州以南にはない風情は
四季それぞれ魅力があります。
おでぶねこさんの感性を満足させると思うなあ〜
今考えている、来春の海外、おでぶねこさんからの情報が有用となりそうです。
また、そちらにおじゃましますのでよろしく♪^^
投票とカキコミありがとうございました。
パルファン
2010年10月29日23時42分 返信する -
ご返信有難う、ございます。
バルハシ湖は、カザフスタンのアルマティの北にある、とても大きな湖です。長さが、600キロあります。
アルザスの民家、現ロシア領カリーニングラード(旧ドイツ領ケーニヒスベルク)の民家と、似ています。ドイツ人は、茶系統で、尖った屋根の家を、建てるみたいです。
高名なシュバイツァー博士は、ノーベル賞を、受賞した後に、記者団から、「貴方は、ドイツ人ですか、フランス人ですか?」と、聞かれたときに、「私は、そのどちらでもない。私は、アルザス人だ」と、答えました。
ケーニヒスベルクを、首都としたプロイセン王国には、カトリックのフランスから、逃れてきたユグノー(新教徒)の、フランス人が、たくさんいました。ドイツ人の勤勉さは、このフランス人の、ユグノーによってもたらされたものです。当時のベルリンの3分の1が、フランス人でした。
先祖が、フランス人というドイツ人は、たくさんいます。戦時中、ドイツ娘をとりこにした、メッサー・シュミットのエース・パイロットのハンス・ヨアヒム・マルセイユも、その一人です。このマルセイユの半生は、「撃墜王アフリカの星」という有名な映画になっており、日本のビデオ屋にも、あります。この映画音楽は、ホテルやデパートの有線でも、流れています。お聞きになっていると、思います。
私は、第二次大戦の激戦地、カリーニングラードやヴォルゴグラード(旧名スターリングラード)を訪れて、戦争は無意味だと、悟りました。カリーニングラードの大学生が、「悪いのは国民ではなく、指導者だ。」と、言っていましたが、そのとおりだと思います。
あと、少し前、グルジアはロシアに攻め込みました。私が出会ったロシアの方は、「政府は政府、国民は国民」と、言っていたのが印象に残りました。
尖閣諸島問題ですが、このロシア人のような賢明な見方が、出来ればいのですが。
カザフ人の露語の先生が、「アメリカもカザフスタンも、人種の坩堝と言われています。でも、アメリカでは、人種ごとに住む場所が違っています。カザフスタンでは、私のアパートの右隣はロシア人です。左隣は朝鮮人(カザフスタン国籍)、さらにそのお隣はドイツ人(カザフスタン国籍)です。大学でも、職場でも色々な民族がいます。パパとママの民族が違うということも、ごく普通です。カザフスタンは、120の民族が、仲良く暮らしている、とても面白い国です」と、おっしゃっていました。実際に来てみると、それが、実感できます。大統領自身が、民族どうし仲良くするように、呼びかけています。
排他的で、偏狭な愛国心など、百害あって一利なしです。ゴルバチョフさんの時代に、国が乱れ、社会不安が広がったときに、頭をもたげたのが、民族主義でした。民族主義を利用して、扇動する人間が現れ、モルドバ、グルジア、チェチェンで、ナゴルノ・カラバフで、戦争が始まりました。
琵琶湖のそばに、お住まいのようですが、私は京都のお寺より、滋賀のお寺の方が好きです。湖畔の堅田という町は、私はとても好きです。
RE: ご返信有難う、ございます。
こんばんは、浦潮斯徳さん
多岐にわたって書き込み頂きありがとうございます。
毎回、新しいことを学ばせて頂きまして・・
映画「撃墜王アフリカの星」や「カリーニングラード」など。
アルザスはドイツ文化圏の色濃く、カリーニングラードは旧ドイツ領ですから
建物などは似ているわけですね。
また、カザフスタンが120からの民族からなっているということも・・
そんな土地に旅行し実際肌でいろいろ感じるのですね。
ロシアのみならず、ナショナリズムを時の為政者に利用されるのは一番こわいですね。
利用・扇動され戦争に至った歴史を、きちんと学ぶことを
今一度世界中の人が思い起こしてほしいですね。
何か大層な話になってしまいましたが〜〜
書き込み・投票とありがとうございました。 パルファン
2010年09月25日00時42分 返信する -
第二次大戦の激戦地
カーン、まだ行ったことはありませんが、戦史に興味のある人なら、知っている町です。
1944年6月に、ノルマンディーに連合軍が、上陸し、この地方の交通の要所である、カーンは激戦地となりました。
このカーンの町を防衛しているのは、17歳、18歳の少年からなる、武装親衛隊ヒトラー・ユーゲント師団でした。この少年兵たちは、物量において勝る連合軍相手に、戦闘を繰り広げ、連合軍を2か月も食い止めました。
なかなかフランスまで、しかもノルマンディーまでは、行けません。カーンの写真、有難うございました。
RE: 第二次大戦の激戦地
浦潮斯徳さん
旅行記をみて頂きありがとうございます。
> カーン、戦史に興味のある人なら、知っている町です。
映画「ノルマンディ上陸作戦」はとっても有名で、ノルマンディは知っていても
カーンの町を知る方は少ないのでは?
浦潮斯徳さんは、過去の戦争に対して一定の見解を持たれている方なので、
このカーンの町もご存知なのですね。
旅行記をさっとですが見せて頂き、戦争に心痛めていらっしゃるのを感じます。
> このカーンの町を防衛しているのは、17歳、18歳の少年からなる、武装親衛隊ヒトラー・ユーゲント師団でした。この少年兵たちは、物量において勝る連合軍相手に、戦闘を繰り広げ、連合軍を2か月も食い止めました。
連合軍側からでない、記述。 ちょっと意表をつかれたコメント!
物事を多角的にみることを教えられました〜
> しかもノルマンディーまでは、行けません。
ロシアには、頻繁にいらしてるようですが・・一つを極める性格なのですね。
では、続いて旅行記をゆっくり読ませていただきます。
これからもよろしく パルファン
2010年09月18日00時51分 返信するRE: 第二次大戦の激戦地
バルファン様 早速の、ご返信有難うございます。
カーンも戦史好きな人には、よく知られている町ですが、それよりもっと有名なのが、カーン市南西のヴィレル・ボカージュ村です。
1944年6月13日に、イギリス第7機甲師団が、この町にやってきました。このイギリス戦車隊を、たった1台のティーガー(虎)戦車が、全滅させました。戦車長の名前は、ミハエル・ヴィットマン親衛隊中尉でした。このヴィレル・ボカージュの戦いで、ヴィットマンは、ヒトラーから直接叙勲され、有名な人になります。交戦国のイギリス側からも、「敵ながら、天晴れ」と。後にヴィットマンは、カナダ軍との戦闘で戦死します。
ヴィレル・ボカージュ村には現在、ヴィトマンと、イギリス第7機甲師団の戦闘のあった通りは、「1944年6月13日通り」と命名され、イギリス第7機甲師団の戦没者に対する、感謝の記念碑と、イギリス、フランス両国旗がはためいています。勿論、ここには、ドイツ国旗はありません。
しかし、当時のノルマンディーの住民たちは、連合軍の艦砲射撃や、空爆で、町を破壊され、人命や家畜を奪われ、連合軍には、少なからず恨みを抱いていました。一方、ドイツ軍に対しては、敵意は、抱いておらず、むしろ友好的だったようです。
カーンへ行く機会があったら、ヴィレル・ボカージュ村にも、行きたいです。
2010年09月19日14時09分 返信する



