2026/10/26 - 2026/10/26
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マリアンヌさん
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ロンドンのV&AミュージアムからMarie Antoinette Style展開催とのことでベルバラ好きな友達と一緒に横浜美術館に出かけました。予想どおり入館まで1時間以上待ちでしたが、内容的には興味深かったです。せっかく横浜まで来たので友達とアフタヌーンティーも楽しみました。
また別の日、久しぶりに代官山骨董市に出かけました。
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横浜美術館入館前にも50分位ならび、入館後も展示会場まで30分程並びました。でも友達と一緒でお喋りしながら待ったので気が紛れました。
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この額絵がお出迎え。
高精細な液晶モニターによるもののようでマリーの表情が変わってビックリ。
実は15年前くらいにロンドンのV&Aミュージアムに行ったのですが、一番見たかったロック関連の展示などが目的でマリー・アントワネットなど衣装史のコーナーはサクッと見て良く覚えていません。
今回の展示で気になったものをキャプションを抜粋して記録に残したいと思います。 -
フランスおよびナヴァールの王妃、オーストリアのマリー・アントワネット
ジャン=フランソノワ・ジャニネ 1777年
この豪華な肖像は、金色のインクを用いて刷られてい ます。戴冠の翌年、19歳のアントワネットが王妃として描かれた最初の肖像を原作とした版画です。 -
王妃マリー・アントワネット 作者不詳 1790~1810年
この作品は、28歳のアントワネットをモデルにした胸像をもとに、王妃の没後に制作されました。生前に制作された他の胸像と比べると、より穏やかな印象に仕上 げられています。
オリジナルの作品は、ヴェルサイユ宮殿の王妃の寝室にある暖炉上に飾られており、今もそこで見ることができます。 -
18世紀のドレススタイルが紹介されていた。
①グランダビまたはローブ・ド・クール
オケージョン: 宮廷における正装、もっとも入念で精巧な仕立
特徴: 鯨骨(クジラのヒゲ)でつくったボディス「グランコール」
段状に重ねたレースの袖、着脱可能な長いトレーン
パニエでペチコート(ズカート)を左右に広けたボリュームのある形状
②ローブ・ア・ラングレーズ
オケージョン: 非公式の日中着 、イギリスのガウンに着想したスタイル
特徴: 身体にぴったりとフィットした背中の身頃 、ガウンとは別布のペチコートも可 -
③ローブ・ア・ラ・フランセーズ
オケージョン: 日中の正装、のちに非公式の場での宮廷衣製に
特徴 : 肩から裾まで流れる背中のダブル、ボックスプリーツ
共布のペチコートやストマッカー (V字形の胸当て)
④ローブ・ア・ラ・ポロネーズ
オケージョン: 非公式の日中着、18世紀後半に生まれた新しいスタイル
特徴: 内側に付けた紐でスカートをたくし上げてつくった背面のドレーブ(襞)
中央の長めの「尾」と左右の短めの「羽根」の 3つで構成 -
扇
マリー・アントワネットの 婚礼の寓意。
当時まだ王太子だったルイ16世とマリー ネットの婚姻を記念して制作されたと考えられる扇とのこと。 -
撮影禁止でしたが、美術館のHPからお借りしました。
素敵なドレスでした。 -
ローブ・ア・ラ・フランセーズ フランス製 1760年代
白いストライプの走る絹地に、つるバラとボウで結んだ花束の連続模様がほどこされています。かすれたようなやさしい風合いの柄は、束ねて絞り染めした糸を経糸に織り出されました。模様の出方を計算して糸を先染めするシネ・シルク(日本の絣に相当)をアントワネットはいたく好み、王妃の1782年の衣裳帖には、この高度な技術の織物サンブルが数多く確 認できます。
ローブ・ア・ラングレーズ イギリス製 1780~85年
白のリネン地に、ピンクや紫で小花模様がプリントされ、さらに青で彩色されています。アントワネツトの時代に大流行したた、イギリス風の軽やかなドレスの一例です。王妃はこのようなドレスを私的な隠れ家である プチトリアノンで好んで身につけました。小花をちりばめたデザインは、イギリス風庭園の草花や自然と響きあっていたことでしよう。 -
マリー・アントワネット旧蔵(推定)のドレスのストマッカーおよび袖
アントワネットの衣裳はフランス革命の際に略奪され散逸しました。そのため、王妃ゆかりのドレ太ではわずかな断片しか残っていません。王妃は、公式の宮廷衣裳すべてに最先端の流行をとり入れ最高級の装飾をほどこしました。この断片には、ビンクのサテン地に白貂の毛皮の尾を模した装飾がほどこされています。実際、宮廷衣裳には本物の毛皮が用いられることが多く、だまし絵を好んだ王妃の趣向がみてとれます。
ボディス「グラン・コール」
鯨骨(鯨のヒゲ)で成形されたボディスは、極端に細いウエスト と大きく開いたデコルテを特徴とするフランス宮廷の正式礼装 に欠かせないアイテムで、限られた人にのみ着用が許されたも のでした。この銀のレースで飾られたボディスのように、精巧に仕上げられ、ときには宝石を留め付けてさらに華やかに仕立てられることもありました。非常にきつく締め上げられるため 着心地が悪く、アントワネットの母マリア・テレジアが、ウィーンから代用品を送ろうと申し出たほどでした。
こんなに細く締められていたら、健康に悪そう。 -
ローブ・ア・ラ・ポロネーズ 1775年~80年
スカートの裾をたくし上げ人目をひくたっぷりとしたシルエット。「ポーランド風」はアントワネットが、1770年代に非公式の装いとしてとり入れたスタイルのひとつで 人気のあまりヴェルサイユで宮廷女性たちの非公式のユニフォームと呼ばれるほどでした。
織地の靴 フランス製 1750年代
18世紀のパリは靴のトレンドの発信地でした。 1782年に当時外交官だったジョン•アダムズ (後の2代目アメリカ大統領)は、パリで最初にすべきことのひとつに靴職人を呼び寄せることを挙げ、この国はファッションに対して他の追随を許さない支配力を確立した」と記しました。 この靴は、ルイ15世の有名な公妾にちなみ「ポンパドール様式」と呼ばれ、踵より内側に弓なりに湾曲するヒールが特徴で、足が小さく見える人気の形でした。左右の靴で花模様を反転させたリヨン産の優美なブロケード織シルクが用いられています。左右で花模様の織りを反転させる手の込んだつくりです。 -
ドミノ イギリス製 1765~70年
ヴェルサイユ以外の舞踏会や仮面舞踏会ではドミノをまとう、それが宮廷人たちのたしなみでした。中世の修道士のマント、あるいはヴェネチアのカーニヴァルの衣裳に由来するとされる優雅でたっぷりしたフード付きのシルクケープの前をボウで閉じ、顔は黒いベルベットのマスクで隠しました。王太子誕生を祝賀する1782年のパリの仮面舞踏会にドミノ姿で現れるマリー・アントワネットとルイ16世を描いた版画も伝わっています。 -
ファッションブレート正装の若い貴婦人、「ボネ」あるいばブフを仕込んだ優美な髮型「勝利」
若い貴婦人が、大きなパニエの上にローブ・ア・ラ・フランセーズをまとって宮殿にいます。オペラや結婚式 あるいは記念式典などの公式な催しのための正装のようです。頭には、月桂樹の葉、樫の小技や実が象徴する「勝利」の飾り(ボネ)が乗り、ドレスは緑のシルクのブイヨネ飾り、バう、金のタッセルで飾られています。 -
美しい装飾の扇子。
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豪華ですね。
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王家の祭壇 セーヴル磁器製造所 1774~75年
1775年6月にランスのノートルダム大聖堂で行われた ルイ16世の戴冠を記念してつくられた像です。アントワネットはケープを翻して王の隣に立っています。ケープには百合の紋章があしらわれ、白貂の毛皮が裏打ちされています。二人は王冠を乗せていますが、王妃が戴冠することはありませんでした。戴冠式で王妃が身につけたガウンはベルタンがデザインしたもので、飾りがたいへん重かったためガウン専用の馬車を仕立てなければならないほどでした。 -
マリー・アントワネット旧蔵(推定)のコートドレスの断片
フォーマルな宮廷衣裳のペチコートとして着用されたドレスの断片。金メッキ銀のスパンコールや青や緑、紫に輝く模造宝石、ベルベットのアップリケに金銀の 糸を用いた豪華な刺繍で彩られています。 -
香筆筒 18世紀前半
アントワネットが日本の漆を愛好したことは、よく知られています。王妃は、質の高いコレクションとともに、その関心と知識を母マリア・テレジアから受け継ぎました。草花や鳥を、さまざまな時絵の技法を駆使して表現した この香筆筒は、アントワネット旧蔵の香筆筒 (ギメ東洋美術館蔵) と対で制作されたもので、アントワネットがそろいで所蔵していた可能性が極めて 高いと考えられています。その理由は、両作品の左下の引き出しだけ春と秋の意匠が両作品で入れ替わっているためです。
その他、美しい香合。 -
コートドレスの マリー・アントワネツト
フランソワ=ユベール・ドルーエ 1773年
正式な宮廷衣装を身にまとう17歳頃のマリー・アントワネット。この肖像画は、注文主である当時の国王ル15世に対して、王太子が将来王妃としてフランスを治めるのにふさわしい品格を備えていることを示すために制作されました。ここに描かれているダイヤモンドのチヨーカーは、おそらくマリー・アントワネツトがウイーンから携えてきたものです。きらびやかな大きなボウと胸もとに下がるモチーフの組み合わせが目を引きます。 -
確か靴やベルトのバックルだったような。
マリー・アントワネット旧蔵の天然真珠とダイヤモンドの3連ネックレス。 -
ドレスの装飾
ダイヤモンドだそう。これがたくさんドレスに縫い付けられていたとか。 -
ボディスの装飾とイヤリング(トパーズとサファイア)
ネックレスとジランドールイヤリング。(人口宝石と銀)
ダイヤモンドのボウ形装飾。 -
髪型のファッションプレート。
結髪師レオナールとモード商ベルタンは、アントワネッ トの特徴的な髪型やブフ(頭飾り)を考案しました。レオナールはつけ毛やパウダー等を用いて王妃の髪を結い、その上にベルタン考案のプフを乗せました。アントワネットのプフにはアメリカ独立戦争や天然痘の種痘導入なと、歴史的な出来事がとり入れられました。また、「王妃の起床」という名のプフは王妃の朝の儀式を称えたものです。 -
ヘアスタイル「独立」 あるいは「自由の勝利」
マリー・アントワネットにちなむ髪型のなかでも、ことに名高い船の髪飾りです。ファッション・プレートでも しばしば取り上げられますが、もっともよく知られてい るのが、誇らしげに鏡を見つめる女性を描いたこの作品。戦艦スタイルは、アメリカ独立戦争におけるフラン ス海軍の勝利を祝して1778年に登場しました。本物のように入念につくられた戦艦の模型は、次々と編み出される「勝利」のボネや髪飾りのトレードマークになります。
下の髪型も巨大過ぎて笑うしかない感じ。 -
帽子とボネの 1787年夏のスタイル
1780年代後半になると、それまで流行した巨大な髪型は、より穏やかで優雅なものへと変化していきまし た。一方でボネや帽子が重要なアクセサリーとなり、リボンや花、羽根で華やかに飾られる様子が、ファッションプレートや版画を通じて紹介されました。アントワネットは麦わら帽にダチョウの羽根やリボンをあしらった「ルーベンス」や、シルクのガーゼをドレープ状にした帽子に羽根や花を飾った「プフ」を愛用しました。
下はなんと髪型のゲーム、すごろく的な? -
アンティーク好きからすると萌えなレースたち。
アランソンレースの縁飾り
アランソンレースの縁飾り
アランソンレースのラペット
アルジャンタンレースのラペット
上質なレースは、フランスのファッションに欠かせない装飾アイテムでした。アランソン産のレースは、すでに前世紀から「王妃のレース」として知られていました。アントワ ネットの肖像には、フランスの異なる産地でつくられた多様なレースをみることができます。1780年代になると、彼女はジンプルな花模様をあしらった繊細なドレープのある生糸シルクのレースを好むようになりました。 -
アランソンレースの扇。
レースは扇にも好んで用いられました。この扇は、繊細な彫りのほどこされた象牙の骨と植物文様を配したアランソン産のレースでつくられています。細かいダイヤモンドメッシュに輪郭を太い糸で縁取り、模様をくっきりと浮かびあがらせるアランソンレースの特徴がみてとれます。 -
ファッションプレート 帽子やボネを見つめる少女
子どもたちをモデルに流行の装いを紹介するシリーズものの1点。タフタ袖の白い麻のドレスに、先端にタッセルが下がる薄絹のサッシュを巻いた少女が、これ見よがしに描かれています。彼女が手を伸ばしているのは、イギリス式のフリル帽「水浴」です。年齢相応なのは、前は短く、後ろは長い髪型だけ。一方、カールした髪の房をふわりと流すスタイルはやはり「アドヴァイザー」の名をもつ流行のファッション。
モデルの役回りにぴったりの髪型です。 -
マリー・アントワネツトの 肘かけ椅子(4点組の1点)
アントワネットは30歳になる年に、王よりパリ郊外の サン=クルー城を贈られます。王妃主導の改修後、王家はそこで夏を過ごしました。この椅子は、もっとも私的な空間であった化粧室で王妃が使用したものです。小花柄や白や紫の軽やかな色合い、背もたれの上にあるバラとギンバイカで円形に縁取られたモノグラム 「MA」など、そこには当時の彼女が好んだスタイルの特徴が表れています。 -
トワル・ド・ジュイ
アントワネットの居室やクローゼットは、高級プリントコットン、トワル・ド・ジュイでいつぱいでした。1783年王立の認可を与えるためにヴェルサイユ近郊ジュイ村 のオーベルカンプ工房をみずから訪れ、獄中でも最後までこのテキスタイルでジャケットやドレスをあつらえたフランス王妃。彼女は断頭台の露と消えてしまいましたが、地方産業を称揚し、自然と愛に満ちた理想の田園風景をうたう牧歌的なデザインは、今も愛されつづけています。 -
皿 マリー・アントワネットの食器セット「真珠とヤグルマギク」セーヴル磁器製作所
王立セーヴル磁器製作所がアントワネットのために制作した食器セット。プチ・トリアノンのためにつくられたと考えられているもので、ささやかな金彩や優雅な草花を模した飾りなど、王妃がみずから選んだデザインが反映されています。 縁には光沢のある真珠が描かれ、プチ・トリアノンの家具装飾にも見られる青紫のヤグルマギクがちりばめられています。ここには王妃個人の好みと、彼女が主導した田園趣味がよく表れています。 -
乳房ボウル セーヴル磁器製作所
パリ近郊ランブイエの乳製品加工所で牛乳を飲むため制作された、古代の乳房型の杯「マストス」に着想した器台は、ゼウスが山羊アマルティアの乳で育てられたという神話に材をとりました。真に迫る表現ゆえに王妃の胸から型取りした説がありますが、ここには当時流行した古代への憧れや、乳製品の摂取を推奨する啓蒙思想が反映されています。アントワネットがフランス王家で初 めて実践した母乳育児も啓蒙思想に基づくものでした。
嗅ぎ煙草入
嗅ぎタバコや小物、ボンボン入れとして、アントワネットも金や宝石で飾られた豪華な小箱を数多く所有していました。この箱の蓋には王妃と3人の子どもたちが描かれ、底面には義理の弟たちと妹が表されています。
エキュエル・ロンド (蓋付スープボウル)
1781年の王太子の誕生は、待望の王位後継者として国をあげて祝福されまし た。これを記念して、セーヴル磁器製作所は、祝賀用の食器を、おそらく王妃個 人のために制作しました。ここには、王大子の伝統的な紋章であるイルカと、王家の紋章ユリが描かれ、スープ皿の蓋には王冠のつまみが付いています。アントワネットが子どもたちに献身的な様子をみて、兄である神聖ローマ帝国ヨーゼフ2世は、母という役割こそが妹にもっともふさわしいと語りました。
扇 母と息子
母と子のやさしい情景が描かれたこの扇は、愛情に満ちた子育てという、ジャンジャック・ルソーが提唱した啓蒙思想に基づく理想を反映しています。これは、新しい母性観の象徴となっていきました。 -
新しい社交の場として、サロンコンサートと呼ばれた非公式の音楽会がアントワネットの時代に流行しました。書族や宮廷人たちは、みずからの才能を披露し、新しい演奏家や楽曲を紹介するために私邸で演奏会を開きました。
クラヴサン(チェンバロ)
ジャン=ジャック•ルソーの有名な小説『新エロイー ズ』の挿絵とのこと。 -
ローブ・ア・ラ・フランセーズ
アントワネットの時代には、プリントコットンが大流行し、春から夏にかけて着用されました。
ペダルハープ
アントワネットは、当時の名だたる作曲家たちと親交を結び、とりわけハープへの関心を再び高めるうえで 重要な役割を果たしました。
譜面台
1786年、通商交渉のためパリに来ていたイギリスの外 交官の妻エレノア・イーデンにアントワネットがこの譜面台を贈ったといわれています。王妃が音楽や多彩な用途に応える家具を愛好していたことが反映され、ヒンジで付けられた天板は書き物机としても使うことができました。楽器をあしらったセーヴルの磁器プレートは、自然の草花のモチーフを優雅で洗練されたものにしたアントワネット特有の装飾様式を際立たせています。
ジャケット「ビエロ」とペチコート -
通称 「サザーランドダイヤモンド」
マリー•アントワネットの評判を失墜させた「首飾り事件」。元凶の首飾りは、騒動のさなか盗まれ、分解され、売却のためイギリスに渡りました。これは、ほほ間違いなくそのダイヤモンドであるといわれています。インドのゴルコンダ産とされる石は、最高級の透明度と輝きで、中央の一粒だけでも約15カラツトあります。歴代のサザーランド公爵夫人が継承し、ヴィクトリア女王からジヨージ6世の時代まで約10年にわたり、形を変 えながら戴冠式の際に身につけました。
首飾り事件
1784~85年にかけて、ある首飾りをめぐる大事件がフランスの民衆の 関心を集めました。
総計2842カラットのダイヤモンドから成る首飾りはフランス史上もっとも高価なもので、もともとルイ15世が公妾デュ・バリー夫人のために注文したものでした。王の崩御の後に完成し、マリー・アントワネットのもとに持ち込まれましたが、王妃は購入を拒みました。そこで、詐欺師ジャンヌ・ド・ラ・モットは廷臣ロアン枢機卿に王妃の依頼であると信じ込ませ、 首飾りの分割払いの保証人になることを承認させました。
その後、ラ・モットはダイヤモンドと共に逃亡します。 アントワネットは潔白であったにもかかわらず、事件は波紋を呼び、すでに傷ついていた王妃の名声に致命的な打撃を与えました。 -
ポプリポット
18世紀ヨーロッパの宮廷では、室内の香りを保つため、乾燥させた花びらやスパイスを入れたポプリポットが流行しました。実用品であると同時に、調度品としても重要で装飾性の高い作例が数多く制作されました。セーヴル特有の発色として名高いブルー・セレスト (天青色)を背景に、装飾枠には、田園で愛を 語る男女が描かれ、上部にバラが配されています。
赤色ガラス香水瓶
青色ガラス金彩草文香水瓶
戦士文螺鈕小箱化粧セット
18世紀の香りの好みは、啓蒙思想の後押しもあり、動物由来の重厚なものから植物由来の軽やかなものへと移行します。技術向上にともない、香りの保存期間も延び、持ち歩き可能なガラスや陶の小瓶など、香水瓶の種類も多様になりました。
この頃「ネセセール」と呼ばれる身支度の道具一式を持ち運ぶための小箱も登場します。香水瓶、ハサミ、耳かき、象牙プレート、鉛筆などが美しい箱に収められました。 -
愛国的なカップ&ソーサー
革命がはじまるとセーヴル陶器製作所は王室の支援者たちとのつながりを絶とうとしました。新しい共和政の下で国有化されると、この作品のように革命支持を象徴するデザインへと移行します。石工の三角の 水準器は平等を、天秤と蛇は正義と永遠を意味します。束ねられた棒は力と支配を、フリギア帽は自由を、樫の葉は市民の美徳を表し、さらには三色旗も描かれています。 -
マリー・アントワネットの肖像
手妃の友人で官廷画家のウィジェ・ルプランが1820年代に描き生涯手元に置いた作品を画家の姪ウジェニー・トリピエ・ルフランが模写したものと考えられています。 -
マリー・アントワネット ルイ16世 王太子ルイ・シャルル
王位を追われた国王夫妻とのちに放置と虐待の末に獄中で死にいたった第2王子ルイ・シャルルをともに横顔で描き、後世に伝えるものです。下方には1791年に革命政府に採用されたギロチンがあります。アントワネットは落ち着いた様子で革命広場の断頭頭にのぼり、処刑人の足を過って踏んだことを詫びたと伝えられています。執行後、処刑人が誇らしげにその首を掲げると民衆ら「共和国万歳!」と歓声をあげました。 -
マリー・アントワネット コンシェルジュリーの独房にて。
アントワネットは、子どもたちや義妹エリザベートと離され、最期の数週間はパリのコンシェルジュリーに収監され、囚人番号280番として過ごしました。この版画は、アレクサンドル・クシャルスキによる1793年の肖像画に基づくもので、ルイ16世の死を悼み黒い喪服をまとい独房にいる王妃の姿です。
王妃の若い召使口ザリー・ラモルリエールは、王妃の靴底にこびりついた錆を看守が憐れみ剣の刃で削り落としたとのちにそ の劣悪な環境を回想しました。 -
斬首後に型取りしたとされるマリー・アントワネットの蠟製胸像の写真[複製]
ギロチンによって外ねられたアントワネットの首のイメージは、陰鬱な興味をかきたてます。処刑日に型取りされたといわれる蝋製のデスマスクは、1925年の火災で焼失するまでマダム・タッソー館で展示されていました。マダム・マリー・タッソーは、断頭台に向かう王妃を見かけたものの、処刑自体は目撃していません。また他の犠牲者のデスマスクを手がけたにも かかわらず、王妃の制作については生涯一度も言及 しませんでした。
ちなみに使われたギロチンも展示してあったけど、撮影はおろかあまり凝視出来なかった。 -
ここからマリー・アントワネットの影響についての展示。
皇后ウジェニー(配偶者ナポレオン3世)
当時人気のドイツ人画家ヴィンターハルターが皇帝と皇后を一対で描いた公式肖像画 (焼失)を画家たちに複製させたうちの一点。ウジェ ニーが身にまとっているのは、イギリス出身でオートクチュールの創始者ウォルトの手がけた式典用の礼服。 彼女はアントワネットと同様に宝石をこよなく愛し、釣鐘状に広がるクリノリン・スタイルを流行らせ、ファッ ションリーダーと呼べる存在となりました。 -
青いトレーンのドレス シャルル・フレデリック・ウォルトのメゾンの仮装ドレスのデザイン
アントワネットは変装の高揚感を楽しみました。それに続くウジェニーはきらびやかな仮装舞踏会を催し、 待者に18世紀宮廷の雰囲気を追体験させました。 1866年ウジェニーはアントワネットの仮装でテュイルリー宮殿の仮装舞踏会に参加しています。この作品のような独創的な仮装衣裳のデザインは、ウジェニーが 重用したイギリス出身デザイナー、シャルル・フレデリック・ウォルトのメゾンのために、18世紀宮廷の装いを伝える版画などに着想してつくられました。 -
ガーランドスタイル・ストマッカー
ガーランドスタイルは、ボウ、 花綱、透かし模様など、ルイ16世時代の装飾様式をとり込んだデザインの呼称。ストマッカーも昔日の宮廷服の胸当てから取った名で、ティアラとともに着用者の品位を示すアイテムとなりました。 しかもしなやかで精緻な加エが可能、しかも恒久的に輝きを失わないプラチナで18世紀のスタイルを再生したのは、ショーメ。アントワネットのジュエラーのもと修業した、マリー=エテイエンヌ・ニトに始まるメゾンです。 -
皇后ウジェニーの昼用ボディス。
ドレス。
この緑のストライプ柄のドレスは、アントワネット時代の宮廷で非常に流行した、スカートを優美にたくし上 げる「ポーランド風」ドレスの影響を反映しています。
ウジェニーが1866年にテュイルリー宮殿で見せたアントワネットの仮装は、王妃の仮装衣裳の流行のみならず、 マリー・アントワネット様式のボディス、コート、頭飾り、 マント、サッシュへの熱狂をも巻き起こしました。 -
ドレスとペチコート
19世紀の女性たちは會祖母の着ていたガウンを仮装舞踏会用の衣裳としてよみがえらせました。
前掛け付イヴニングドレス
1837年のファッション誌は、パリのシルク小物商ボワヴァン・ジュヌの前掛けを流行の装いに欠かせない小 物として紹介しています。
イヴニングドレス 「ローブ・ド・スティル」
アール・デコ期のクチュリエたちは、アントワネットの ファッションをダイレクトに参照しました。
フリルをたっぷり重ねたこの白いドレスもアントワネットの名高いシュミーズドレスを転換したもの。王妃の非公式の装いはイヴニングドレスに生まれ変わり、スペイ ンの銀幕スター、カタリナ・バルセナを彩りました。
仮装ドレス
1897年にデヴォンシャー・ハウスで開催された舞踏会では5つの歴史的なテーマがあり、アントワネット時代の宮廷はそのうちのひとつでした。ヴィクトリア時代の 人びとは必ずしも歴史的に正確だったわけではなく このベルベットの狩猟服は少し前の時代、1737年の絵画が着想源ですが、アントワネット時代のスタイルという意図でつくられました。 -
キルスティン・ダンスト着用のドレス
映画「マリー・アントワネット」 ソフイア・コッボラ監督2006年
映画は見てないのだけれど。 -
このドレス、素敵。
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再現されたドレスの数々。
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この独特な横に張ったスタイル。
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今でもはけそうな可愛い靴。
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ケーキドレス モスキーノ2020ー21秋冬コレクション
可愛くて美味しそう。 -
アニメ柄トワル・ド・ジユイのミニ・パニエドレスとブーツ
モスキーノ2020一21秋冬コレクシヨン -
フローラルドレス ルック7 ヴァレンテイノ2025春オートクチュールコレクシヨン
ローブ・ア・ラ・ポロネーズ モスキーノ1990秋コレクシヨン -
・V&A所蔵のマリー・アントワネツトの肖像のあるイブニングコート クリスチャン・デイオール 2006春夏
・トワル・ド・ジュイのアンサンブル アンドレア・グロッシ「デウスランド神の 国へようこそ」2021 コレクシヨン
・イヴニングドレス クリスチャン・ラクロワ「18世紀オート クチュールコレクション」
・アンサンブル ミーダム・カーチョフ 2013春夏コレクション -
ウェディングドレス「マリー・アントワネット」 ヴィヴィアン・ウエストウッド 2025クチュールコレクシヨン
ミニドレスだけど可愛い。 -
マリー・アントワネットの狂騒
一見すると華やかにみえますが細部に目を向けると退廃と衰退をめぐる富話が浮かびあがります。この作品は、18世紀フランスの画家フラゴナールの「ブランコ」をもとにしたパ口ディでルイ16世がアントワネットのプランコを押す様子を彼女の恋人であるフェルセン伯爵が見守っています。 -
ここがフラゴナールのブランコね。
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そしてせっかく友達と美術館に来たので、アフタヌーンティーを楽しむことに。
彼女が予約してくださいました。
三井ガーデンホテル20F
RISTORANTE E’VOLTA Unico Polo -
左からココナッツメレンゲ、ディーグァウチョウ、巨峰パート、栗のメープルグラッセ、洋梨ギモーブ
どれも丁寧に作られていて美味しかった。 -
あいにくの天気で海はグレーだった。
スコーンにリンゴジャムとリコッタチーズ。 -
こんな感じで運ばれて来ました。
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上はプレーンとピーカンナッツスコーン。
はじめに皿に取ったのは、本日のズッパ、キノコと香草バターのブルスケッタ、牛ラグーのタルト イチジクバルサミコ。 -
上は、イチジクショート、モンブランタルト、マスカット大福。
下は、カヌレ、さつまいも春巻き、カボチャとスペックのクレープ。 -
上は、柿ラッシーとプリン的なデザート。
下は、魚が苦手の私に、サンマのエスカベッシュからブタ肉に変更してくださった。
そして生ハム。
セイボリーが多くて甘いものが多いと苦手な私にちょうど良いメニューだった。
一口ずつとはいえ、美味しくてお腹いっぱいでした。 -
そして10/28久しぶりに代官山骨董市へ出かけました。
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初日では、なかったものの大盛況で品物もまだまだ残っていた。
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ピルケース、旅先で良く購入する。
やはり東京だと価格が高くなるね。 -
実は骨董市に向かう渋谷でSNSに「もしかして○○さん渋谷にいらしてますか?」と。地元のカフェで良く会う知り合いが私を見かけたとのこと。
なんと彼女も代官山骨董市に行く途中、二人で骨董市に向かいました。 -
リモージュのセット、お高いけど可愛いな。
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ヴィンテージ皿は、かなり所持しているので購入可否は、慎重に検討。
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サルグミンヌのルイ15世シリーズのアンティーク・カップ。
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クレイユ・エ・モントローの格子柄食器や色とりどりのショットグラス、可愛いぬいぐるみも。
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ぶらぶら見ていたら、通いのカフェのオーナー夫妻と遭遇、出店されてるショップでも顔見知りの方がいらした。
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このショップでは、オットマンチェアの購入を思案。
結局、今回は購入を見送った。 -
オバリングラスの小さな燭台が可愛い。
小皿も迷ったけど、結局、花リムのピューターコースターを購入した。 -
クマちゃんも王冠被ってた。
見るだけでも楽しいフレンチアンティークだった。 -
ご一緒したカフェの知り合いと一緒に、あらかじめチェックしていたカフェへ。
neel. coffe -
店内はインバウンド効果か外国人客が多かった。
同好の方々ともお会い出来て楽しい1日でした。
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旅行記グループ
展覧会
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YANESENそぞろ歩き
2016/06/19~
谷根千
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ポールスミス展に行って来ました!
2016/08/19~
上野・御徒町
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ロックの殿堂ジャパンミュージアム
2017/11/01~
銀座・有楽町・日比谷
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ロセッティに魅せられて
2019/05/30~
丸の内・大手町・八重洲
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久しぶりの展覧会
2020/07/17~
上野・御徒町
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東京散歩(ポンペイ展と花手水)
2022/02/23~
上野・御徒町
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浮世絵劇場 from Paris 異空間へワープ
2022/02/28~
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この旅行記へのコメント (2)
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- salsaladyさん 2026/11/01 08:51:15
- 斬首後のマリー・アントワネットが一番素敵。。。
- ☆悲劇のヒロインと呼ばれたマリーですが、政治的発言の前に、これほど過装飾の衣装を毎日着せられていたのが事実だとすれば、ストレートネックどころか首捻挫も大変だったでしょうに。。。佳樹の様に首を振ることも叶わないし。。。
☆オーストリアで拝見した母上(マリア・テレジア?)の素朴な身なりとはえらい違いで、これが幸せな結婚とは言えない事実で畝。「パンが無ければお菓子を食べれば~」の発言は,シシーのお菓子好きから連想されたのでしょう~
- マリアンヌさん からの返信 2026/11/01 11:00:05
- Re: 斬首後のマリー・アントワネットが一番素敵。。。
- マリー・アントワネットはファッションリーダーとして数多くの豪華なドレスを着ていたが、毎日ずっと華美なドレスを着ていたわけではなく、私生活ではむしろ真逆のシンプルでラフな格好を好んでいたそう。
でも公式の場では、朝の儀式用、昼の参拝・食事用、夜の舞踏会・カード遊び用など、儀礼(プロトコル)に従って毎日何度も着替える必要があったとか。
でも年間で数百着ものドレスを注文していたため、衣装代の予算を大幅にオーバーしたのは事実のようで革命に繋げて考えられがちですよね。
パンがなければは、ルソーの告白に出てくるそうでアントワネットとは関係ないようですね。
混雑してましたが、ロンドン渡航も高い現在、少しだけV&Aの物が見れて興味深かったです。
マリアンヌ
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