2026/05/20 - 2026/05/27
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HIS大満喫ポーランド周遊8日間の記録
日程7-8日目 5月26-27日(火曜日-水曜日)
ツアー最終日は、なかなか長い一日です。ワルシャワの観光をしながらショパンの足跡を尋ねます。ワルシャワでショパンのミニコンサートをはじめ、ブロフフのショパンが洗礼を受けた教会やジェラゾヴァ・ヴィラのショパンの生家を訪ねました。
特にワルシャワの聖アンナ教会でのパイプオルガンのバックヤードツアーは、普段みれない所をみれてとても良かったです。
ーーーーーースケジュールーーーーーー
ワルシャワ市内観光
①ショパン像(ワジェンキ公園)
②コペルニクス像
③ショパンの心臓が眠る教会(聖十字教会)
④ショパンがミサでオルガンを弾いていた教会(ヴィジトキ教会)
⑤パイプオルガンバックヤードツアー(聖アンナ教会)
⑥王宮広場
⑦ショパンミニコンサート(ショパンポイント)
⑧聖ヨセフ教会・ウィッシングベル(自由時間に見学)
⑨ワルシャワの紋章(旧市街マーケット広場)
⑩「Restauracja Kuchinia Warszawska Rynek21」でランチ
⑪バルバルカン
⑫マリー・キュリー博物館
↓
ブロフフ
①ショパンが洗礼受けた教会(聖ロフ教会)
↓
ジェラゾヴァ・ヴィラ
①ショパンの生家
↓
ワルシャワショパン空港
LO79便 22:50発 → 成田空港 18:30着
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 航空会社
- LOTポーランド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
「ヨゼフ・ピウスツキ元師」
1867年、ポーランド建国父にして初代国家元首。ピウスツキ元師は、日露戦争下の来日し、日本とポーランドの同盟案の覚書を持参、結果的には日本政府による強力は得られなかったが、日本に対しては好印象を持っていたそうです。
また、文化人類学者である兄の「プロニスワフ・ピウスツキ」は、樺太で樺太アイヌの女性と結婚してアイヌ研究者でもありました。 -
「ベルヴェデール宮殿」
第一次世界大戦後にポーランドが独立を果たした後、ヨゼフ・ピウスツキ元師が執務室を構え、1935年5月にこの宮殿で亡くなりました。現在もポーランド大統領の公邸であり、外国の国賓を迎える迎賓館の役割も担っています。 -
「ショパン像」
ワジェンキ公園は、ワルシャワ市民の憩いの場所。夏の間には、毎日曜日に無料のショパンのコンサートが開かれている場所です。
公園のショパン像は、柳の根元に腰をかけ物思いに耽る様子を表しているそう。何で柳??? ショパンの目線の先にはリスト像を見ているとか言われていますが....ショパン像はかなり古いです。 -
「リスト胸像」
ショパン像の目線の先には「リストの胸像」が立っています。
しかし、このリスト像は、2011年にフランツ・リスト生誕200年の記念行事として、ハンガリーから贈られた比較的新しいものです。あえてショパンと目が合うように設置したのではないかと思います。ショパンとリストは、同時期にパリの社交界を賑わせた人気ピアニストで、仲が良かったそうです。 -
ポーランド科学アカデミーの本拠地「スタンツ宮殿」の前の「コペルニクス像」
-
ワルシャワのコペルニクス像は座像。像の周りには太陽系が描かれています。
コペルニクスの像 (ワルシャワ) モニュメント・記念碑
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「地球」
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「木星」
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「金星」
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「土星」
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「ザモイスキー宮殿」
スタンツ宮殿右側の新世界通り沿いにある「ザモイスキー宮殿」のアパートにショパンの妹イザベラが住んでいました。1863年のロシアによる「1月蜂起」の際、ロシア軍がこの宮殿を襲撃し、かつてショパンが弾いたグランドピアノを窓から投げ落としたという悲劇的な歴史が残されています。ワルシャワ大学 建造物
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「聖十字架教会」
ショパンの心臓が眠る、聖十字架教会はバロック様式のローマカソリック教会です。第二次世界大戦の爆撃で破壊され(写真下方)、戦後復興したものです。 -
聖十字架教の主祭壇
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「ショパンの心臓が眠る柱」
ショパンはパリで亡くなり、遺体はパリの墓地に眠っていますが、心臓だけは祖国に埋蔵してほしいというのが生前の願いでした。彼の最後を看取った姉のルドヴィカは、ショパンの心臓をドレスの下に隠して国境を越えとか。 -
聖十字教会の「ヨハネ・パウロ2世」の像。
ポーランド出身の第264代ローマ教皇「ヨハネ・パウロ2世」の像。在位中は「空飛ぶ教皇」として有名、1981年に日本にも来日しています。 -
「ヨハネ・パウロ2世の紋章」
中央に十字架、右下に「M」の文字、上部は教皇の冠である三重冠と鍵がデザインされています。 -
「Sursum Corda」
聖十字教会の入り口に十字架を背負うキリストの像、台座には「Sursum Corda」ラテン語で「心を上に向けよ」と刻まれています。 -
「ワルシャワ大学正門」
聖十字架教会の向いには、ワルシャワ大学があります。ショパンのお父さんはフランス人で、ワルシャワ大学でフランス語を教えていました。 -
「ショパン最後の家」
ワルシャワ大学の向いに美術アカデミー(旧チャプスキ宮殿)の3階が、ショパンがポーランドを去る前の1827年~1830年まで住んでいた場所です。建物内には、当時の様子を伝える「ショパン家のサロン」が一般公開されているそうです。 -
「ヴィジトキ教会」
ワルシャワ大学に隣接する「ヴィジトキ教会」で、日曜のミサの時にショパンが弾いていたパイプオルガンがある教会です。この教会は、第二次世界大戦の爆撃から奇跡的破壊を免れました。ショパンに心臓がある聖十字教会と目と鼻の先にあるので奇跡としか思えません。ヴィジトキ教会 寺院・教会
-
ヴィジトキ教会の「パイプオルガン」
このツアーでは、ヴィキト教会のパイプオルガンのバックヤードツアーが組まれていましたが、急遽聖アンナ教会に変更になってしまいました。若き日のショパンがミサで演奏していたパイプオルガンが見れて満足です。 -
「ショパンの記念プレート」
内容はワルシャワ高等学校の生徒であった「フレデリック・ショパン」は、1825年から1826年にかけてこの教会でオルガンを演奏したと刻まれています。 -
「主祭壇」
18世紀中頃にバロック様式の建てられ、白を基調とした教会内、主祭壇の絵画は海を表す青色になっています。 -
「説教壇」
ワルシャワは海に面していませんが、ヴィジトキ教会を運営するヴィジタシオン修道会は、荒海を渡る船乗りや旅人の道標(海の星=Stella Maris)として聖母マリアの信仰と結びついていたことから、この教会の説教壇は船の形をしていて、金箔をほどこされた錨など、他の教会には見られない形をしています。 -
「ステファン・ヴィシンスキーの像」
ヴィジトキ教会の前に立つ「ステファン・ヴィシンスキー」は、生涯をもって共産主義と戦い続けた英雄、千年に一人のポーランド大司教と言われています。ヴィジトキ教会 寺院・教会
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「ショパンベンチ」
ショパン生誕200年にあたる2010年、ワルシャワのショパンのゆかりのある場所に
15ヵ所に設置されていて、ボタンを押すとショパンの名曲が流れます。
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「ポーランド大統領官邸」
1818年にネオクラシック様式で建てられ、現ポーランド大統領府。建物の前にはジョゼフ・ポニアトフスキーの像が立っています。ポニアトフスキーはポーランド軍の再建に取り組んだ人です。この宮殿は、ショパンがはじめてコンサートを開いた場所です。 -
「アダム・ミツキェヴィッチ像」
聖母の被昇天聖ヨセフ教会の北側に、19世紀ポーランドの国民的詩人アダム・ミツキェヴィッチ。ショパンとも親交があったそうです。 -
「Green Cafe Nero」&「ショパンの小径」
奥の白い建物、手前の黄色の建物「Green CafeNero」との間に、当時ショパンが歩いた道が「ショパンの小径」と呼ばれているそうです。 -
「聖アンナ教会と鐘楼」
王宮広場手前の右側にある、ポーランドで一番古い教会(1454年)の一つに数えられています。ネオクラシック様式の建築、ファサードに、4人の福音者の彫像が置かれています。この教会にパイプオルガンバックヤードツアーが変更されました。 -
教会内はピンクを基調した教会内の装飾はネオクラシックで柔らかい感じがします。
パイプオルガンのオルガニストさんが待っていました。教会内の見学の後、パイプオルガンの傍に行って演奏と説明を聞きます。 -
教会の名前は、聖母マリアの母アンナからきています。主祭壇に王冠と聖母子の絵画が描かれています。
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聖アンナ教会の「説教壇」
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聖アンナ教会の「パイプオルガン」
バロック様式の煌びやかな美しいパイプオルガンです。 -
教会入口右側のこの扉からパイプオルガンのある所へ移動します。
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オルガンの鍵盤部分は非常に小さいものでした。左右についているボタンを引いたり押したりして音階や音の大きさを変化させるのだそう。
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この男性は聖アンナ教会の専属オルガニストさん。毎日のミサやこの教会は結婚式も多いのでその時に引くのでかなり忙しいのだそう。
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ショパンや結婚行進曲やポーランドで流行ってる最近の曲を弾いて下さいました。
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「展望台」
聖アンナ教会と旧王宮の間にあります。季節によってオブジェの飾りがかわります。展望台 観光名所
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「旧王宮」
ジギスムント3世の柱の奥の茶色の建物は旧王宮。1596年にジギスムント3世がクラクフからワルシャワに遷都して、王宮として改築しました。現在は博物館になっていて、ナチス・ドイツの破壊をまぬがれた美術品や調度品が展示されています。
ワルシャワ旧市街は第2次世界大戦でめちゃくちゃに壊されてしまいました。戦後ワルシャワ市民が残っていた絵画などから壁のシミまで再現したそうです。 -
「ジギスムント3世の柱」
王宮広場の中心に立っている、ジギスムント3世王の柱。高さ8.5mの柱の上に、鎧を着て、左手の十字架はカトリックを擁護するという意思の表し、右手の剣は国と国民を守るための国王の力を象徴しています。 -
「Wedding Place」
ワルシャワ旧市街の王宮広場近くのカノニャ通り沿いにある壁の赤い看板は、ポーランドの民事婚を行うカップルに人気な場所なんだそう。 -
「Chopin Point Warsaw-Koncerty」
このツアーでは、旧市街カノニャ通り沿いあるショパンポイントコンサート会場でプライベートコンサートが入っていました。 -
ピアニストは「Alejsabdra Hurkata(アレキサンドル・フルカワ」さん、名前から日本人とのハーフかと思ったら純粋のポーランド人でした。
演奏曲はノクターンフラット、マズルカ、プレリュード、ワルツなどショパンの代表曲を聞く事ができました。 -
聖ヨハネ教会の裏の広場に子供達が集まっていたので行ってみると、大きなベルがありました。
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「ヴィッシング・ベル」
この鐘は、聖ヨハネ大聖堂の裏側カノニァ通りにあり、願いを叶えてくれる「ヴィッシング·ベル」と呼ばれています。
この鐘の作者はジギスムント3世の柱の王像を造った人です。鐘は最初は、ヤロスワフのイエズス会教会で鳴らされる予定だったがのですが、音色がいまいちと判断され、教会から拒否されてしまいました。
その後この鐘は各地を転々とし、1972年にここに設置され、今は願いを叶える鐘として親しまれているそうです。 -
「ケレット・ハウス」
世界で一番狭い家といわれる「ケレット・ハウス」は、ヴィッシング・ベルの一角にあります。名前は最初に住んでいた入居者の名前にちなんで名つけられました。昔は税金を間口の大きさで徴収されたので、こんな狭い入口になったそう。 -
「ドイツ軍のゴリアテのキャタピラ」
ワルシャワ旧市街にある聖ヨハネ大聖堂の右側の外壁(ディエカニア通)に埋め込まれた、第二次世界大戦中のドイツ軍の爆撃運搬車「ゴリアテ」のキャタピラです。1944年のワルシャワ蜂起の際、ゴリアテによって大聖堂の一部が爆破された歴史を伝えています。 -
「聖ヨハネ大聖堂」
ワルシャワ旧市街にある「聖ヨハネ大聖堂」は、14世紀に建てられたワルシャワ最古の教会、ゴシック様式のレンガ造りが特徴です。
第二次世界大戦で破壊されましたが戦後市民の手によって忠実に再建されました。
ポーランド王の戴冠式が行われたり、多くの著名人が埋葬されています。 -
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聖ヨハネ教会の「主祭壇」
両側の聖歌隊の席も豪華 -
荘厳なミサも見せていただきました。
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聖ヨハネ教会の「パイプオルガン」
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聖ヨハネ教会のステンドグラスも見所です。
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真中がイエス、周りに12人の使徒
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聖ヨハネ大聖堂の壁に設置された記念プレート
第二次世界大戦中(1939年~1945年)の間になくなったポーランド人のパイロットや軍人を追悼するプレートで、円形に配置されているのはポーランド軍の様々の部隊の勲章です。 -
「呪われた戦士の墓碑銘板」
第二次世界大戦で完全に破壊された大聖堂ですが、奇跡的にこのルネッサンス期レリーフは破壊を免れました。
伝説の起源は、16世紀の人物である騎士スタニスワフ・ストゥシェリツァの墓碑銘には「この場所を踏み荒らす者、あるいわこの墓を暴く者には神の呪いがあらんことを」という警告文が刻まれています。 -
再び「ヨハネ・パウロ2世の像」
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聖ヨハネ大聖堂にあるヨハネ・パウロ2世の最初のポーランド巡礼(1979年6月2日)を記念した銘板です。
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「シモネッティの家の日時計」
旧市街広場の一角にあるシモネッティの家の角に設置されています。この日時計は、17世紀に建設された建物の再建の一環として、この場所のランドマークになっています。 -
旧市街広場の郵便局
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ワルシャワ旧市街のマーケット広場、真ん中に人魚像がある広場です。
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「ワルシャワの紋章である人魚像」
アンデルセン童話の人魚とは違い、盾を左手に右手に剣をもつ勇ましい姿。伝説によると、バルト海からヴィスワ川を遡りワルシャワの村に住みついた人魚。この世のとは思えない美しい声で歌う人魚を、腹黒い商人が捕まえてひともうけしてやろうと、人魚を捕まえ木箱に閉じ込め連れて行こうとしているのを、若い漁師達が助けて自由にしてあげたそう。人魚は感謝し、いつかワルシャワに危機がおとずれたら、恩返しをすると言って水の中に消えていったそうです。 -
子供達が水遊びしている場所は、冬はになるとスケートリンクになります。
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ガイドさんがもう一つの人魚像をさがしてください。ヒントは、聖ヨハネ大聖堂の尖塔の左側を探して下さい。
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ありました風見のところに小さな人魚います。カメラの望遠レンズで見ないと良くわからな~い♪
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「レストランバジリスクの看板」
旧市街のマーケット広場にある]有名なポーランド料理のレストラン「バジリスク(Bazyliszek)」の看板です。バジリスクは、伝説に登場するミステリアスなモンスターなんだそうです。 -
「ヘビの看板」
ヘビは薬屋さんの看板でした。 -
「ワニの看板」
旧市街広場には面白い看板が多いので探す楽しみがあります。かつてあった伝統的な老舗レストラン「ポット・クロジディレム」の看板で、名前の意味は「ワニのもとへ」と言うのだと説明を聞いていたら、この看板の建物地下がランチのレストランでした。 -
「Restauracja Kuchinia Warszawska Rynek21」
レストラン内は素敵な雰囲気でツアー最後の食事にふさわしい感じのお店でした。
ちなみにメニューはワニではありません! -
メニュー
左 :トマトスープ
右上:キノコクリームハンバーグ
右下:チョコクリームアイス
どれもとても美味しかったです。 -
「バルバルカン」
ワルシャワ歴史地区内の旧市街と新市街の間にあるレンガ造りの砦、バルバルカンは16世紀中頃に旧市街を囲む市壁を強化する目的で造られました。バロック様式の馬蹄形をしています。ヨーロッパでも円形の砦は珍しく、ワルシャワのバルバルカンを含め(クラクフとフランスのカルカソンヌ)の3つしかないそうです。馬蹄形のバルバルカンをくぐり抜けると新市街側になります。 -
通り抜けたこちら側は新市街になります。
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バルバルカンの壁は、王宮広場まで続いています。
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「幼い蜂起兵」
城壁の途中に「幼い蜂起兵」と呼ばれている像があります。1944年のワルシャワ蜂起で戦死した子供兵を記念した像です。 -
「ヤン・キリンスキー像」
城壁沿いにポーランドの民族的ヒーロー「ヤン・キリンスキー」の像があります。
本業は靴職人でありながら、1974年に起きたロシアの支配に対する蜂起の際にワルシャワ民衆を率いて勇敢に戦った。第二次世界大戦中は国立博物館に地下に隠され、戦後現在の位置に再建されました。 -
「キュリー夫人の生家」
新市街にあるキュリー夫人の生家です。キュリー夫人の母は下級貴族の出身の教育者で、この場所で女学校を経営していました。父は中学校で数学と物理を教えていたそうです。父の影響でノーベル賞を取る科学者になったのかもしれませんね。 -
「キュリー夫人博物館」
ノーベル科学賞を2度受賞した偉大な科学者マリー・キュリーの生家を改装した博物館です。館内はこじんまりとしていて、キュリー夫人の幼少期から研究者として偉業(ポロニウムやラジウムの発見など)に至るまでの足跡が丁寧に展示されています。日本語のオーディオガイドも用意されています。 -
「ポーランドの保健省」
ワルシャワ歴的建造物のパック宮殿、現在はポーランド保健省が入居しているそうです。ここからバスへ乗車して約1時間30分のプロフフにある、ショパンが洗礼をうけた聖ロフ教会へ向かいます。ちょうど良いお昼寝タイムでありがたいです。 -
「コウノトリの巣」
聖ロフ教会の近くにコウノトリの巣がありました。コウノトリは繁栄の象徴なんだとか、巣の中にヒナがいるようでした。 -
「聖人ロフの像」
聖ロフ教会の前に「聖人ロフの像」が建っています。
聖人ロフは、イタリアでペストが蔓延した際、患者を懸命に看護し、十字架の印で多くの人々を救いました。彼自身もペストに感染して森に隠れましたが、一匹の犬が毎日食べ物を運び、彼の傷をなめて癒したと伝えられています。ゆれに聖人ロフの像の足元には犬が必ずいます。 -
「聖ロフ教会(洗礼者ヨセフ教会)」
ワルシャワから橋で約90分のブロフフにある聖ロフ教会は、16世紀に建てられたルネッサンス様式の教会ですが、3つの円筒形の塔と堅牢な防護壁を持つ一般的な教会とは違う重厚な城塞のような姿が特徴です。 -
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入口の塔には大砲が供えつけられていたそうです。ちょこっと黒く出ているのが大砲です。
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敷地の周囲には、堅牢な防護壁がはりめぐらされています。
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教会は普段は開いていないそうで、管理している地域の人に予約をして見学をさせていただきました。
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この銘板には下記の事が書いてあります。
「この聖堂で、1810年4月23日にフレデリック・ショパンが洗礼を受け
1810年2月22日に生まれました、場所はジェラゾヴァ・ヴォラです」 -
聖ロフ教会の「主祭壇」
この教会は、ショパン一家にとっても特別な教会です。ショパンの両親と姉のルドヴィガ(ショパンの心臓をパリから運んだ姉)が結婚式を挙げた教会でもあります。 -
「樽型丸天井」
聖ロフ教会の天井は、円形や正方形の格子模様で美しく装飾された「樽型丸天井」が特徴です。パステルカラーとサーモンピンクが差し色になった優美な内装で、ショパン生誕200年を記念して修復されました。 -
祭壇の手前には、ショパンが1810年4月23日に、洗礼を受けた当時の洗礼盤が残されています。
-
「聖霊降臨祭」
白い布や花の飾りは、聖ロフ教会で2026年5月24日日曜日に「聖霊降臨祭」が行われたそうです。キリスト教の祝日の一つで、イースターから50日目にあたる日です。この日、精霊の力を得た弟子達が世界中へ布教を始めたことから「教会の誕生日」として非常に重要視されているのだそうです。 -
ブロフフから20分、ワルシャワからだと約90分のジェラゾヴァ・ヴォラは、ショパンの生家ある場所です。この建物は受付と売店があります。きれいなトイレも無料で利用できます。
ショパンの生家 (ショパン博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
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ショパンに生家を中心に美しい庭園が整備されています。庭園をあるくとショパンの音楽が聞こえる設備が備わっています。
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木々の向こうに見える白い建物が生家です。当時の建物は戦争でかなりの被害をうけ再建されたものです。
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ショパンに生家を中心に広い庭園が整備されています。この博物館を開館するにあたり、世界中の植物を集めて植えたそうです。
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壁の碑文は「1810年3月1日、ここでフレデリック・ショパンが生まれた」と書いてあります。ショパンの正確な誕生日は諸説あります。教会に記載されている2月22日よりも、この碑文にある「3月1日」が家族間で祝われていた日付として広く知られています。
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家具や内装はショパンの生まれた当時のまま復元され展示・公開されています。
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3種類のショパン肖像
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「家族の肖像」
左から、ショパンの長姉のルドヴィカ(ショパンの心臓をパリが持ち帰った人物)
ベールを被った女性が、母のユスティナ(没落貴族の出身で、ピアノと歌の才能にめぐまれ、ショパンの幼少期から豊かな音楽環境を与えました)
男性の肖像画が父のニコライ(フランス人でワルシャワ大学のフランス語を教えていました)
一番右が、次姉のイザベラ(ショパンの遺品の整理や管理に大きく貢献しました) -
左:直筆の手紙は、父ニコライの聖名祝日を祝って送った手紙で、ショパン一家の子供達の署名が並んでいます。
右:ショパンの末妹のエミリア、兄ショパンに匹敵するほどの「神童」と呼ばれていましたが、幼少期から結核を患い、14歳で早逝しています。 -
ローズウッド材を用いた外装が特徴的な、フランスのプレイエル社製「Modele F」と呼ばれるピアノで、1926年に登場しパリの狭いアパルトマン向けに、設計された小型グランドピアノだそうです。
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庭園内にはカフェが併設されています。
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ポーランドツアーの終了です、これからワルシャワ・ショパン空港へ移動し、LO79便22:50発で日本へ帰ります。
このツアーの間はとても天気がよくて、ポーランド周遊の旅を堪能しました。隣のウクライナでは戦争しているのを忘れてしまうほど、ポーランドは安全で素晴らしい国でした。
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