2024/01/24 - 2024/01/31
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HIS バルト三国周遊8日間の旅の記録
リーガの歴史は、1201年にドイツブレーメンの司祭アルベルトがここに上陸し、要塞を築いたことに始まる。その際、彼らは住民たちに牛の皮一枚で囲める土地を要求し、同意が得られると皮をひも状にして広大な土地を占拠してしまったと伝えらえれている。リーガはドイツ人によるバルト地方征服の本拠地になった。
13世紀にハンザ同盟に加入、16世紀から19世紀にかけて、ポーランド・リトアニア連合、スヴェーデン、帝政ロシアの支配下に入り、特に帝政ロシア期に「ヨーロッパの窓」として成長する。この時期に新市街の壮麗なユーゲントシュティール建築が次々に建てられ、”バルトのパリ”と呼ばれた。
しかし、ソ連時代になると数万人がシベリアに強制的に流刑にされるなど、1991年の「人間の鎖」により独立果たすまではつらい日々を送った。ウクライナ戦争は、バルト三国にとっては他岸の火事ではいられない心境なのかも。
-------スケジュール-------
5日目
新市街ユーゲントシュティール建築群
↓
旧市街歴史地区散策
↓
ルンダーレ宮殿
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
バルト3国は街のあちこちにお洒落な壁画を見かけます。
これから新市街のユーゲントシュティール建築を見学に行きます。 -
「ユーゲントシュティール建築群」
リーガ新市街には、19世紀から20世紀初頭にかけて建てられたユーゲントシュティール様式の建物が点在しています。ユーゲントシュティールはドイツ語、フランス語ではアール・ヌーボーを意味し、建物に動物、植物や人面などのモチーフがちりばめられているのが特徴です。柔らかな曲線を取り入れた壮麗な建物はデコラティブな美しさを備えています。特にエリザベス通り、アルベルタ通り、ストレーニク通りにはユーゲントシュティール建築の旗手である、ミハイル・エイゼンシュティンの設計した建物が集結しています。 -
「ミハイル・エイゼンシュティン(1867~1921年)
ミハイル・エイゼンシュティンは、ユダヤ系ロシア人で、サンクトペテルブルグの土木工科大学卒業後、リーガで建築家として活躍しました。息子はソビエトの映画監督、セルゲイ・エイゼンシュティンです。 -
「エリザベス通り10b番地」
1903年築、エイゼンシュティンの最高傑作といわれている、青い煉瓦をアクセントした左右対称の美しいファサード。 -
細部に渡り細かい装飾が見事
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「リーガの顔」
中心部の頂部に二つの大きな顔の装飾が「リーガの顔」と呼ばれている、無表情なのがかえって威厳をかもしてる。 -
「エリザベス通り33番地」
1901年築、エイゼンシュティンの最初期のユーゲントシュテール建築。さまざまな建築様式の要素がミックスされている。 -
ギリシャのパルテノン神殿などによく見られる、柱の代わりに優美な女神が屋根を支える「カリアティード」という彫刻が施されています。
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アントニアス通りにあるビルの玄関にドラゴンの飾り
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アントニアス通り沿にあり、ユーゲントシュティール建築の特徴でもある、花のモチーフが装飾されたファサード。
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アルベルタ通りは、エイゼンシュティンの建築が軒を連ねていて壮観です。
アルベルタ通り 散歩・街歩き
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「アルベルタ通り2a番地」
1906年築、エイゼンシュティンの設計。ファサードの壁が屋根まで延び、屏風のように立ち上がってる。入口の上に2体の女神像、入口の下には一対のスフィンクスが装飾されている。 -
最頂部の彫刻がジャンヌ・ダルクの様
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入口の左右に2体の女神像
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玄関にはスフィンクス
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「アルベルタ通り4番地」
1904年築、エイゼンシュティンの設計、中央の窓は美しい曲線で縁どられ、最上階には建物を庇護するライオンと3つのメドゥーサで飾られています。 -
最上部には、3つのメドゥーサの顔
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美しい曲線で縁どられた窓、正面玄関脇の壁には、2頭の翼を広げたドラゴンが向かい合って装飾されています。
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「アルベルタ通り6番地」
1903年築、エイゼンシュティンの設計。赤い煉瓦の飾りアクセントになってる。近年修復が終わったばかり。 -
「アルベルタ通り8番地」
1903年築、エイゼンシュティンの設計。青い煉瓦の窓枠、中心の上部にはライオンの顔を施した繊細な彫刻が美しい。 -
イチオシ
ライオンの顔の周りも繊細な彫刻、両脇には繁栄の象徴4匹のペリカン
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「アルベルタ通り12番地」
1903年築、K.ベークシューンス、E.ラウベの設計。ユーゲントシュティール後期民族ロマン主義建築。現在はユーゲントシュティール博物館になっています。 -
「アルベルタ通り13番地」
1904年築、エイゼンシュティンの設計。動植物、喜怒哀楽を表す人面、女性の胸像など、無数の彫刻が見られる。現在はレストランと経営管理専門学校。 -
ファサードの彫刻、小さな塔が張出し下には女性の胸像
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張出した塔の部分の装飾が美しい。ガイドさんによるとユーゲントシュティールの人面は悲しい顔か無表情か、笑った顔はないのだそうです。
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アルベルタ通りは両側にユーゲントシュティール建築が並んでいます。
アルベルタ通り 散歩・街歩き
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「ストレールニエク通り4A番地」
1905年築、エイゼンシュティンの設計。建築当時はアパートとして、続いて学校の寮として使われた後、1993年にはラトビア政府によってストックホルム経済大学リーガ校として使われています。 -
柱の女神像が美しい
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ウクライナ大使館の前からバスに乗車して旧市街へ移動します。皮肉な事に隣はロシア大使館だそう、戦争が始まって以来常にパトカーがいて、警備が強化されているのだとか。
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「リーガ旧市街の地図」
リーガの歴史は、1201年ドイツブレーメンの僧正アルベルトがここに上陸し、要塞を築いたことに始まります。その際、彼らは住民たちに牛の皮1枚で囲める土地を要求し、同意が得られるとその皮をヒモにして広大な土地を占有してしまったのだとか、悪徳!
しかし、リーガの発展は、13世紀末にはドイツ人が主体のハンザ同盟に加盟したことにより急速に発展する。教会や商家など、旧市街を彩る建築はこの頃に建てられものが多い。 -
リーガ旧市街の西端をダウガヴァ川に沿って走る「11月11日通り」でバスを降りて、歴史地区観光へ。モニュメント後ろは聖母受難教会。
*「11月11日通り」とは、1919年にロシアとの戦いに勝利し、独立を勝ち取った日聖母受難教会 寺院・教会
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「聖母受難教会」
聖母受難教会は、名前がすごいなと思ったら、宗教改革がラトビアに到来した後の最初のカトリック教会でした。宗教改革に抑圧されたカトリック教徒を象徴するとして、悲しみの聖母に献堂されました。最初の教会は1785年に建てられ、1860年にゴシック・リヴァイヴァル様式で再建されたもの、淡いグリーンの美しい教会です。 -
「リーガ城」
1330年に建設された石造り城で、リヴォニア騎士団、ポーランド・リトアニア連合、スウェーデン、帝政ロシアと支配者が代わることに、それぞれの支配者の住居となった歴史があります。11月11日通り側から見たリーガ城、リーガ城 城・宮殿
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リーガ城右端の柱の裏側の漆喰がはがれて、昔の石造りの壁の状態が見る事ができます。
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2013年火災に遭い内部が焼けたそうです。2016年に修復が終わり、再び大統領官邸になっています。
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「聖ヤコブ(ヤーカバ)教会」
最初の教会は12世紀に建てられ、15世紀に立て直された。塔の高さ80m、その塔の中ほどに黒い突起物が見えます。これは ”哀れな罪人の鐘” と呼ばれた鐘がつるされている。市庁舎広場で罪人が処刑される際に、鳴らされていたからだ。また、言い伝えによると、この鐘の傍らを不貞な婦人が通ると自然になり出した。それゆえ女性達に嫌われ、この鐘は取り外されていました。2001年のリーガ800年祭を機に再び取り付けられたそうです。聖ヤコブ(イェーカバ)教会 寺院・教会
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「三人兄弟」
リーガの旧市街にある三人兄弟と呼ばれている住宅。3棟ともそれそれの時代を表す特徴的な姿を留めています。
右端の「長兄」は15世紀に建てられたリーガ最古の住宅。窓税があった時代なので、窓が小さいのが特徴です。しかし、この住宅が建てられた当時はリーガの土地問題は深刻ではなく、玄関前に石のベンチで玄関を飾る余裕がみられた。
真中の「次兄」は、17世紀に建てられたもの、窓税が廃止され窓の大きい見栄えのする造りになっています。正面はオランダのマニエリスム様式を用いています。現在はラトビア建築博物館になっています。
左端の「三男」の時代になると、今度は「間口税」が課せられたため、間口のせまい窮屈な造りになっています。ラトビア建築博物館 (三人兄弟) 建造物
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「リーガのイタリア大使館」
1903年築、ユーゲントシュティールとバロックが融合した建築。建築家はG.シェールとF.シェーフル。 -
アテネやヘルメスなどの神話の登場人物装飾され、頂上には世界を背負ったアトラスの像が3体あります。ガラスと亜鉛でできた地球儀は、夜になるとライトアップされるそうです。
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ヴァルヌ通りの「ART GALLRY」、団体行動じゃなければ覗きたいところだが・・・。
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「自由記念碑」
1935年にラトビアの独立を記念して建てられた、高さ51mの記念碑。頂上に立つ自女性ミルダは、ラトビアの3つの地域(クルゼメ、ヴィゼメ、ラトガル)の連合を表す星を掲げています。ソ連時代には常に取り壊しの危険にさらされ、近づくだけでシぺリア送りとうわされる民族の悲劇を具現化したような記念碑です。自由記念碑 モニュメント・記念碑
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「火薬塔」
16世紀に建て直され火薬の保管に使われた塔。高さ約25m、外壁の厚さは3mある。塔は現在ラトビア軍事博物館になっています。火薬塔 史跡・遺跡
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「旧ヤコブ兵舎」
ラトビアの各都市の紋章が描かれた黄色の建物は「旧ヤコブ兵舎」、当時リーガを支配していたスウェーデン王国の兵士たちの宿舎として、18世紀に建てられたもの。旧ヤコブ兵舎 建造物
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「城壁」
リーガの旧市街も13世紀から18世紀まで、城壁によって囲まれていた。後に町の防衛の重要性が失われると、建築資材として城壁が使われてしまいました。トゥアルニャ通りに沿って見られる城壁は修復されたもの。かつては塔が28あった、戦時以外は倉庫などに使われた。城壁 城・宮殿
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トアルニャ通り、右は旧ヤコブ兵舎
現在はカフェ、レストランやお土産さんが入っています。 -
旧ヤコブ兵舎のバー、猫の看板が可愛いので思わずパチリ、「キャット・イン・ア・バック」という店名のクラフトビールのバーだそう。歴史的なリーガの城壁を眺めながらお酒を楽しめるというので人気だとか。
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「スウェーデン門」
リーガに唯一残るかつての城門。1698年に城壁を利用して住宅が建てられた際に付け加えられたもので、当時向いのヤコブ兵舎に住んでいたスヴェーデン兵がよく利用したのでこの名前がつけられたそうです。スウェーデン門 建造物
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「スヴェーデン門の伝説」
スヴェーデン門には悲しいというか、怖い伝説があります。かつてのリーガの娘たちは外国人と交際することは禁じられていました。だが、ひとりの娘がスヴェーデン兵と恋に落ち、この門で密かに会うようになりました。ある時スヴェーデン兵を待っていた娘は捕らえられ、罰として門の内側に塗り込められてしまったそうです、真夜中にこの門を通ると、娘のすすり泣きが聞こえるようになったいう。 -
スェーデン門を通り抜けて、振り返ると住宅になってるのがわかります。
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「ドーマ広場」
ドーマ広場 広場・公園
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「全国ラジオ&テレビ評議会のビル」
ユーゲントシュティール建築 -
「ラトビアラジオ」
ユーゲントシュティール建築ラトビアラジオ 観光名所
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入口のドームとその上にも彫刻が施されている。
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「リーガ大聖堂」
旧市街のドゥァマ広場に建っているリーガ大聖堂は、ルーテル派の教会で世界遺産に登録されています。12世紀にアルベルト司教によって建てられたました。その後、増改築が何度も行われ、ロマネスク様式、ゴシック様式といろいろな建築様式が混在しています、現在の教会は18世紀のもの。 -
鐘楼は高さ90m、17世紀に建て直されたものだが、それ以前の鐘楼はさらに50m高かったそうだ。
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リーガ大聖堂の主祭壇
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19世紀の終わりにミュンヘンで作られた、リーガの歴史を表した美しいステンドグラス
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重厚なパイプオルガンは18世紀に造られたものだが、木彫りの彫像で装飾されたフレームは16世紀のものが慎重に保存され使われている。オルガンのパイプは6718本、長い物は10mにも達する。造られた当時は世界最大のパイプオルガンだった。
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1985年に塔から外された昔の雄鶏、雄鶏はルーテル派のシンボル
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アマトゥ通り沿いの、アール・ヌーヴォー建築。花のモチーフが可愛い。
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「猫の家」
メイスタル通りの10番地に建っている猫の家は、アール・ヌーボー様式で1909年に建てられた。猫の家 建造物
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写真右側の猫は、以前は反対の方向に向いていました。言い伝えでは、この建物を建てた裕福なラトビア人商人は、通りの反対側に会館をもつ大ギルドの組合に加わりたいと思っていた。しかし、その十分な資格があったにもかかわらず、ラトビア人ということでドイツ人が支配的なギルドの加入を拒否されました。怒った彼は大ギルドの会館にお尻をむけた猫をとりつけました。ギルド組合は激怒したが、商人はこう答えた「あなたがたは規則を持っているのに守らない、私の猫は規則など持ってないからどう振舞おうと勝手じゃないか」。その後、大ギルト会館はコンサートホールに代わり、猫も機嫌をなおして向きを変えたとか・・・・・・。
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「大ギルド会館」
猫の家の猫がお尻を向けていた、アマトゥ通りの大ギルド会館は、1854年にゴシック様式で建てられたました。バルト三国の中で最も古い公共の建物のひとつです。かつては商人のためのギルド会館でしたが、現在はラトビア国立交響楽団のコンサートホールになっています。大ギルド コンサートホール 劇場・ホール・ショー
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「小ギルド会館」
大ギルト会館の隣にある小ギルド会館は、お城のような建物です。1864年から1866年にかけて建築家ヨハン・フェルスコによりネオ・ゴシック様式で建てられました。かつては職人の為のギルド会館でしたが、現在はこちらもコンサートホールになっています。小ギルド コンサートホール 劇場・ホール・ショー
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「リーガ市記念物保護局」
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「リーヴ広場」
おとぎの国のような雰囲気のリーヴ広場は、カフェやレストランが多い場所です。 -
「ブラックマジック・バー」
18世紀の薬局を改装した、個性的カフェ&バー
「ブラック・バルサム」
18世紀の薬剤師、アブラハム・クンツェが生み出した治療効果のある薬草酒
リーガのお土産におすすめです。 -
「スイス大使館やリガ大使館などが入っているビル」
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大使館のビル内の、アールヌーボーの内装をガラス越しに写しました。
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「BluOr Bank」
サンド通り沿い「BluOr Bank」は、金の装飾が美しいユーゲントシュティール建築 -
「ブラックヘッド会館」
14世紀に建造されてゴシック様式の建物。ブラックヘッドとは、中世におけるバルト海沿岸都市の独身の貿易商人の集まり。当時会館では、会議や舞踏会として利用されてきた。16世紀に、天文時計、ネプチューン像など4体の像が加わりました。第二次世界大戦で破壊された後、1999年のリーガ創設800周年の前年に再建された。手前はリーガの守護聖人である聖ローランドの像が建っています。ブラックヘッドの会館 建造物
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彫金細工と彫刻で飾られた、月、日、時間、月齢を刻む天文時計。言い伝えによれば、その時計を作った職人は二度同じものが造れないよう目をくり抜かれてしまったそうだ。時計の下には4つのハンザ都市、リーガ、ハンブルク、リューベック、ブレーメンの紋章が浮彫されている。
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「ブラックヘッド」
入口右側の「ブラックヘッド」の彫刻、名前の由来 ”北アフリカのムーア人” とされる聖人モーリスを守護聖人としていた。 -
1階にインフォメーションセンターがあります。
リーガ旧市街観光案内所 散歩・街歩き
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「旧市庁舎」
ブラックヘッド会館の向いにある、旧市庁舎は第二次大戦後に再建されたバロック様式の建物です。ブラックヘッド会館の煌びやかに比べると地味な存在なのか、ガイドさんの説明もなかった。市庁舎 建造物
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髭の紳士の顔の侵入禁止止めのポール、なんてチャーミング
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「装飾デザイン美術館」
スカルヌ通りの「装飾デザイン美術館」の入口のオブジェ。リーガ最古の石造りの建物である旧聖ジョージ教会の建物にあります -
クング通り、リーガの街並みはどこを切り取っても可愛い建物が多い
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クング通り
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「聖ヨハネ教会」
聖ヨハネ教会は、リーガ司教アルベルトの宮殿に建てられたゴシック様式の教会です。1234年洗礼者ヨハネに献堂された、リーガで最も古い教会です。 -
「ブレーメンの音楽隊」
グリム童話で有名な「ブレーメンの音楽隊」の像が、リーガにもあります。聖べトロ教会の裏側にある小さな広場にこの像が建てられています。この童話はドイツのブレーメンが舞台ですが、では何故リガにあるのか? ガイドさんによるとよヨハネ教会の司教アルベルトがブレーメン出身だったことがらだそうです。 -
「聖ペテロ教会」
13世紀初頭、先住民のリーヴ人が木造教会を建立し、それが後に石造りとなり、1523年ルーテル派の教会になりました。幾度もの火災で尖塔は何度も焼け落ち、1721年にはロシアのピョートル大帝自らが消化活動にあたったというエピソードも残っています。 -
尖塔の高さは123m、高さ72mの展望台を有し、見晴らし抜群。*入場料9ユーロ
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1596年に造られた、高さ3mのキャンドルホルダーが壮観。
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彫刻が素晴らしい紋章
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ヘビの紋章
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三つ葉クローバーの紋章
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教会にゆかりある石板、ドクロマーク気になります
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こっちの石板にも、ドクロマーク
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聖ペテロ教会の展望台へあがり、リーガの街並みを見ました。「リーガ大聖堂」
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展望台から「聖ヨハネ教会」
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展望台から「中央市場」
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展望台から、外観が印象的な「ラトビア国立図書館」
ダウガバ川は凍結してまーす。
午後から、ルンダーレ宮殿へ行くので、リーガ旧市街は駆け足の見学で終了。もっと見たかったぁーーーーツアーじゃしかたない(涙)
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