2026/03/01 - 2026/03/01
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+mo2さん
この旅行記スケジュールを元に
ボーラ美術館で開催されている「SPRINGわきあがる鼓動」に行ってきました。美術館入口のHIRAKU Projectとポーラ美術館コレクション選です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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ボーラ美術館に10時頃到着。天気もよく暖かな陽気です。
ポーラ美術館 美術館・博物館
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ヤマダカズキ「熊と怪童丸」2025年
HIRAKU Projectは、過去にポーラ美術振興財団の助成を受けた作家を紹介する展覧会シリーズです。第17回目となる今回は、細かく砕いた色とりどりの石を組み合わせて画面をつくる、伝統的なモザイク技法を用いる気鋭の若手作家ヤマダカズキを紹介します。 -
ヤマダカズキ「利根の大蛇」2025年
油彩画に比べて陰影や細密な描写を持たないモザイクの「解像度の低さ」に着目した作家は、それを地域に伝わる民話や神話の不確かさと重ね合わせながら、曖昧さを含む伝承を石によって可視化する作品を制作してきました。 -
ヤマダカズキ「箱根山の天邪鬼」2025年
本展では、ひたすら石を割り続けるというモザイク制作における反復行為を、山に住む精霊によって森に反響する「こだま」に喩え、これまでの代表作と、箱根にまつわる伝承を取り上げた過去最大の最新作によって会場を構成します。 -
ヤマダカズキ「アイラトビカズラ」2022年
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ヤマダカズキ「姥ヶ池」2025年
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ヤマダカズキ「リョウサイ御前とイタチ」2025年
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ヤマダカズキ「阿蘇に降る霜」2022年
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ヤマダカズキ「芦ノ湖の九頭龍」2025年
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ヤマダカズキ「ラヴェンナの怪物」2025年
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ヤマダカズキ「ダイダラボウ」2025年
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ヤマダカズキ「押付本田の水神」2025年
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ヤマダカズキ「猪と魚」2024年
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ヤマダカズキ「旭志村の話」2022年
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ポーラ美術館コレクション選
メアリー・カサット「劇場にて」1878-79年頃 ポーラ美術館
19世紀後半に現実を記録する手段として写真が流行すると、絵画はそれまでの役割から離れて、新たな表現の可能性を模索することになります。外観の忠実な再現ではなく、画家の主観や感性に重きをおく傾向が強まり、線描や色彩、そして構図といった自らの関心に基づいた探究に拍車が掛かります。人物の性格や社会的地位を描写する肖像画の場合、自由なかたちや大胆な色遣いを通じて、その容貌の再現に留まらない表現が試みられました。モデルの内面や感情、そして個性が活写されるとともに、造形そのものの可能性までもが追求されたのです。 -
エドゥアール・マネ「ベンチにて」1879年 ポーラ美術館
本作品に描かれた女性は、1882年のサロンに出品されたマネ晩年の傑作《春(ジャンヌ・ドマルシー)》(1882年、ポール・ゲッティ美術館、ロサンゼルス)でも横顔で描かれた若い女優ジャンヌ・ドマルシーです。《春》は、マネの友人の美術批評家アントナン・プルーストの注文制作による四季の寓意の1点でした。この作品でも、ジャンヌの横顔にみられる女性の華やかな美しさと優美さ、活き活きとした生命感が、カンヴァスの上に明るい色彩のパステルによって描き出されています。マネは、1870年代末から歿するまでに90点近くのパステル画を残していますが、そのうち70点以上が女性の胸像でした。油彩よりも色彩が明るく、なめらかでマットな画肌を作り出すことができるパステルは、女性のやわらかな肌の表現に適しており、マネも意識して用いたと思われます。
ジャンヌは、この頃マネが借りていた、スウェーデン人画家オットー・ローゼンの温室アトリエにあったベンチに街着を着て座っています。この温室でマネは、2点の油彩画を制作していますが、いずれも1879年制作とされています。しかしながら、《春》と構図や周囲の植物の表現が似ていることから、制作年は1881年頃とも考えられます。なお、本作品は1883年にパリ国立美術学校で開催されたマネ歿後の大回顧展に出品されました。 -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「レースの帽子の少女」1891年 ポーラ美術館
ポーラ美術館の顔ともいえる作品。
レースの帽子の質感や軽やかさを伝える筆致からは、ルノワールの描く喜びが感じ取れるようです。袖口のヴォリュームが巧みに表現されたドレスの描写にもうかがえるように、ルノワールは衣装の質感をとらえて描き出すことを得意としていました。これには、仕立屋とお針子を父母にもつ生い立ちが関係していたのかもしれません。白いレースの帽子の清々しさは、夢見るような表情を浮かべた少女の甘美な魅力を引きたてています。ルノワールは、自らの選んだ帽子や衣装をモデルに提供することもあったようです。女性像にいっそう活き活きとした魅力をもたらすうえで、帽子をはじめとするファッションは、ルノワールにとってきわめて重要なものだったのです。 -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「髪かざり」1888年 ポーラ美術館
椅子に腰掛けた若い女性の後ろにもう一人の女性が寄り添い、髪に花かざりを着けています。当時、ブルジョワ階級の女性が家で過ごす際には、花の髪かざりを着ける習慣がありました。同様の髪かざりは座っている女性の手にも見られます。ルノワールは1890年前後、身づくろいのほかにも、同じ年頃の女性による奏楽や花摘みなどの情景をしばしば描いています。1880年代後半に印象派の描法を脱するべく取り組みました。アングル流の立体的な裸婦が画商や画家仲間に不評だったことで、ルノワールはこの時期、一般に受け入れられやすい近代生活を描きました。しかしこの主題をめぐっては、アントワーヌ・ヴァトーやジャン=オノレ・フラゴナールといった18世紀ロココの画家による、甘美で活き活きとした女性像への憧憬を読み取ることもできます。人物をはじめとして、室内で重なりあう多様なモティーフがそれぞれ明瞭な輪郭で描き出されているのは、アングルを範として1880年代を通じて追究されたアカデミックな描法の特徴といえます。また、二人の女性像が織り成す垂直方向の線が、背後の長椅子の作る水平線とともに均衡のとれた画面を作り出しており、先立つ印象派の時代と比べて、構図の検討がより入念になされています。 -
ベルト・モリゾ「ベランダにて」1884年 ポーラ美術館
モリゾはマネに師事したフランスの印象派で活躍した女性画家。本作は家族で滞在したパリ郊外、セーヌ河沿いのブージヴァルで1884年の夏に制作された作品。この時期の作品には、一家の穏やかで幸福な生活の様子が見られます。陽光溢れる邸宅のサンルームで、机に向かい花らしきものを手にしている画家の一人娘ジュリー・マネの姿が、明るくやわらかな色彩と素早い筆致で描かれています。窓からは、美しい樹々の緑と隣家の建物や屋根がのぞいています。本作品は、身近な人物や風景を主題として制作したモリゾの典型作であると言えます。モリゾの他界後、娘ジュリーがドガ、モネ、ルノワール、マラルメらの協力を得て開催した1896年のデュラン=リュエル画廊での追悼大回顧展に出品されました。 -
エドガー・ドガ「マント家の人々」1879-80年頃 ポーラ美術館
ドガは本作品で、1848年から1894年にオペラ座のオーケストラのコントラバス奏者をつとめ、写真家でもあったドガの友人ルイ=アメデ・マントの家族を描いています。 -
ロベール・ドローネー「傘をさす女性、またはパリジェンヌ」1913年 ポーラ美術館
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フェルナン・レジェ「鏡を持つ女性」1920年 ポーラ美術館
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藤島武二「女の横顔」1926-27年(大正15-昭和2)ポーラ美術館
藤島武二は島津藩士、藤島賢方の三男として鹿児島に生まれました。洋画家を志し17歳で上京しますが、明治20年代の国粋主義によって洋画が排斥されるなか、日本画家の川端玉章に学びます。その後23歳で曽山幸彦の画塾に入門し、念願の洋画研究を開始しました。1896年(明治29)、新設された東京美術学校西洋画科の助教授に黒田清輝の推薦を受けて就任し、明治30年代前半、彼の外光主義から強い影響を受けます。明治34年から6年間ほど雑誌『明星』の表紙絵、挿絵を担当。また明治30年代後半には《天平の面影》(1902年、石橋財団石橋美術館)など明治浪漫主義の時代を代表する作品を発表し、青木繁ら画家のみならず文芸思潮に大きな影響を与えました。1905年から官費留学で4年間渡欧し、パリでフェルナン・コルモンに師事した後、ローマに移りフランス人画家カロリュス=デュランに学びます。イタリア人画家ジョヴァンニ・ボルディーニからも少なからぬ影響を受け、ローマ時代には代表作《黒扇》(1908-1909年、石橋財団ブリヂストン美術館)などを制作しています。帰国後は、1924(大正13)年の第5回帝展に出品した《東洋振り》をはじめ、日本的な感性や文化的風土にもとづいた油彩画を描き続けました。 中国服を着た横顔の女性を描いた《東洋振り》は、藤島の留学後10年にしてあらたな躍進の契機となった作品です。その後、横顔のシリーズは大正15年の《芳A》、《女の横顔》、《B剪眉》と続く。《芳A》、《女の横顔》のモデルは、彦乃を失って失意にあった竹久夢二の制作意欲をかきたてた女性で、「お葉」として知られる佐々木カ子(ネ)ヨといわれています。自然を背景にした横顔の女性像はイタリア・ルネサンスの影響ですが、《東洋振り》、《芳A》に比べると、本作品の、単純化された風景と髪飾り、服装等は藤島の後期の様式につらなるものといえるでしょう。 -
岡田三郎助「あやめの衣」1927年(昭和2)ポーラ美術館
岡田の作風の特徴は、何よりもその優美で典雅な女性像にあるが、それはコランのもとで培われたといってもよいでしょう。彼はコランの代表作《花月(フロレアル)》にみられるような、繊細な筆致と上品な色調を徐々に自己の画風として定着させていきました。《紫の調(某婦人の肖像)》(1907年)、《萩》(1908年)などに見られます、女性特有のきめ細かくやわらかな肌合いの表現と、洗練された装飾性を見事に結実させたのが、この「あやめの衣」です。池水に見立てた明るい藍地に白く浮き上がるあやめの模様、それと帯状に配された朱紅色が美しく調和する衣が、本作品の主役です。その衣をまとった後ろ姿の女性は、櫨染調(黄金色)の背景のうえに、油絵具で描かれている。日本の伝統的な美意識と手法が油彩画に導入されており、岡田のあくことのない研究の成果をうかがい知ることができます。 -
村山槐多「湖水と女」1917年(大正6)ポーラ美術館
22歳で世を去った夭折の画家村山槐多は、詩作や絵画制作に才能を発揮し、その奔放な生き方からさまざまな逸話を残しています。彼はまさに、短い人生を駆け抜けた天才芸術家でした。
横浜に生まれた槐多は、父親の転勤でまもなく京都に移りました。中学2年のとき、従兄弟の画家、山本鼎に感化され、本格的に芸術家を目指すようになります。1914年(大正3)、中学を卒業すると画家をめざして上京し、山本から紹介された画家、小杉未醒のもとに下宿しながら日本美術院洋画部の研究所に通いはじめました。
1916年(大正5)、根津の下宿に転居すると、この頃からモデルの「お玉さん」そして下宿先の「おばさん」への恋慕に悩むようになります。この「湖水と女」のモデルについては、当初この「おばさん」だといわれていたが、近年になってこの絵のモデルが槐多の後援者、笹秀松の妻の操であるという説が有力となってきました。槐多の遠縁にあたる笹操はすらりとした長身の美女で、この「湖水と女」が描かれたとき31歳頃であったという。夫の秀松は、大柄で磊落な性質で知られており、「のらくら者」(1916年)のモデルといわれています。
山々に囲まれた湖を背景に、一人の女性が座っています。流行の束髪に色白の端正な顔立ちをしたこの女性は、鶯色の着物に紺色の羽織を合わせています。涼しげな目もと、固くむすんだ口もとが意志の強さをうかがわせ、近寄りがたい崇高さを感じさせます。背景の湖と民家、山々の風景は、郷愁をさそいつつも寂寥感をただよわせ、描法と構図はダ・ヴィンチの「モナ・リザ」(ルーヴル美術館)を彷彿させます。丁寧に描きこまれたこの作品は、第3回日本美術院試作展に出品され、奨励賞を受けています。しかし、その後槐多はしだいに頽廃的な生活に耽るようになり、1919年(大正8)肺炎により急逝しました。 -
森村泰昌「肖像(娘I)」1988年(昭和63)ポーラ美術館
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森村泰昌「肖像(娘II)」1988年(昭和63)ポーラ美術館
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シンディ・シャーマン「Untitled #76」1980年 ポーラ美術館
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シンディ・シャーマン「Untitled #66」1980年頃 ポーラ美術館
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アンリ・マティス「ジャズ」1947年 ポーラ美術館
版画集『ジャズ』は、マティスによる切り紙絵に基づいた挿絵本です。
20点の切り紙絵のカラー印刷にマティス自身の筆跡による文章を交互に配し、あたかも中世ヨーロッパの装飾写本を現代に蘇らせたかのような構成になっています。
色と動きを自由で即興的に組み合わせて生み出された作品は、まるでジャズ音楽のよう。カラフルで自由なモチーフのぶつかりあいが、ジャズ特有のリズムとなっていることから、そのタイトルがつけられました。 -
アンリ・マティス「ジャズ~サーカス」
サーカスの垂れ幕、赤いカーペットと綱渡 -
アンリ・マティス「ジャズ~ロワイヤル氏」
長年、サーカスの曲馬団長を務めた人物 -
アンリ・マティス「ジャズ」
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アンリ・マティス「ジャズ」
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アンリ・マティス「ジャズ」
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アンリ・マティス「ジャズ」
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アンリ・マティス「ジャズ」
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ゴールドスミス・アンド・シルヴァースミス「あやめ文銀製化粧セット」1903-07年
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エミール・ガレ「ヘレボルス(クリスマスローズ)文化粧セット」1900-31年
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カフェ チューンでのんびりティータイム。
カフェ チューン グルメ・レストラン
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