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日本有数のフランス近代美術コレクションを有するポーラ美術館とひろしま美術館。今回東西を代表する二大印象派コレクションの競演ということで楽しみにしていました。春の陽気の中、箱根、ポーラ美術館に行ってきました。<br />※解説はポーラ美術館及びひろしま美術館HPより参照させていただきました。

ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅へ行ってきました(1)

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2019/03/31 - 2019/03/31

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旅行記グループ ポーラ美術館

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日本有数のフランス近代美術コレクションを有するポーラ美術館とひろしま美術館。今回東西を代表する二大印象派コレクションの競演ということで楽しみにしていました。春の陽気の中、箱根、ポーラ美術館に行ってきました。
※解説はポーラ美術館及びひろしま美術館HPより参照させていただきました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
自家用車
  • 開館(9:00)直後に行きましたが、既に多くの人がいました。<br />とはいえ、都内の展覧会と比べればじっくり見ることができます。

    開館(9:00)直後に行きましたが、既に多くの人がいました。
    とはいえ、都内の展覧会と比べればじっくり見ることができます。

    ポーラ美術館 美術館・博物館

  • 会場は5つのコーナーに分かれており、まずは<br />「世界のひろがりー好奇心とノスタルジー」へ<br />うれしいことに、こちらのコーナーは写真撮影OKでした。

    会場は5つのコーナーに分かれており、まずは
    「世界のひろがりー好奇心とノスタルジー」へ
    うれしいことに、こちらのコーナーは写真撮影OKでした。

  • ジャン=バティスト=カミーユ・コロー「森のなかの少女」1865-1870年頃<br />コローは、フォンテーヌブローや父親の別荘のあるヴィル=ダヴレーなどで戸外写生に励んでいますが、本作もそのような作品の1点。

    ジャン=バティスト=カミーユ・コロー「森のなかの少女」1865-1870年頃
    コローは、フォンテーヌブローや父親の別荘のあるヴィル=ダヴレーなどで戸外写生に励んでいますが、本作もそのような作品の1点。

  • ジャン=バティスト=カミーユ・コロー「ボロメ諸島の浴女たち」 1872年頃 ひろしま美術館所蔵<br />コローが憧れの地イタリアを初めて訪れたのは1825年のことでしたが、この作品は半世紀も後に描かれたものです。ボロメ諸島とは、北イタリアの景勝地マジョーレ湖に浮かぶ島々だそうです。<br />

    ジャン=バティスト=カミーユ・コロー「ボロメ諸島の浴女たち」 1872年頃 ひろしま美術館所蔵
    コローが憧れの地イタリアを初めて訪れたのは1825年のことでしたが、この作品は半世紀も後に描かれたものです。ボロメ諸島とは、北イタリアの景勝地マジョーレ湖に浮かぶ島々だそうです。

  • ギュスターヴ・クールベ「牝鹿のいる雪の風景」1866-69年頃<br />クールベは、1860年代からバルビゾン派の影響や狩猟の体験にもとづき、森の風景を多く描いています。本作品でクールベは狩猟者のように、鹿が彼の存在に気づかない視点から観察し、東部と耳の一部のみを描いています。

    ギュスターヴ・クールベ「牝鹿のいる雪の風景」1866-69年頃
    クールベは、1860年代からバルビゾン派の影響や狩猟の体験にもとづき、森の風景を多く描いています。本作品でクールベは狩猟者のように、鹿が彼の存在に気づかない視点から観察し、東部と耳の一部のみを描いています。

  • ギュスターヴ・クールベ「雪の中の鹿のたたかい」1868年頃 ひろしま美術館所蔵 <br />狩猟はクールベが情熱を傾けたもののひとつであり、パリで制作を続けていた間も、狩りのシーズンになると、ジュラ山脈の緑深い故郷の町オルナンに帰省するのを常としていたそうです。

    ギュスターヴ・クールベ「雪の中の鹿のたたかい」1868年頃 ひろしま美術館所蔵 
    狩猟はクールベが情熱を傾けたもののひとつであり、パリで制作を続けていた間も、狩りのシーズンになると、ジュラ山脈の緑深い故郷の町オルナンに帰省するのを常としていたそうです。

  • ギュスターヴ・クールベ「雪の中の鹿のたたかい」(部分拡大)<br />はりつめた空気の中、1頭の牝鹿をめぐって争う2頭の牡鹿の角の音が聞こえてきそうな作品。<br />

    ギュスターヴ・クールベ「雪の中の鹿のたたかい」(部分拡大)
    はりつめた空気の中、1頭の牝鹿をめぐって争う2頭の牡鹿の角の音が聞こえてきそうな作品。

  • ウジェーヌ・ドラクロワ「墓地のアラブ人」1838年 ひろしま美術館所蔵<br />ドラクロワは、1831年の暮れからモロッコへのフランス政府使節団に記録画家として随行しています。墓の傍に座るのはフランス使節団の護衛隊長を務めたモロッコ王の近衛兵ベン=アブー。 <br />

    ウジェーヌ・ドラクロワ「墓地のアラブ人」1838年 ひろしま美術館所蔵
    ドラクロワは、1831年の暮れからモロッコへのフランス政府使節団に記録画家として随行しています。墓の傍に座るのはフランス使節団の護衛隊長を務めたモロッコ王の近衛兵ベン=アブー。

  • アドルフ・ジョゼフ・トマ・モンティセリ「人物」<br />アドルフ・ジョゼフ・トマ・モンティセリは、フランスの印象派に先立つ時期の画家。ゴッホにも影響を与えています。<br />

    アドルフ・ジョゼフ・トマ・モンティセリ「人物」
    アドルフ・ジョゼフ・トマ・モンティセリは、フランスの印象派に先立つ時期の画家。ゴッホにも影響を与えています。

  • ピエール・オーギュスト・ルノワール「ロバに乗ったアラブ人たち」1881-82年頃<br />1881 年の 2 月末、ルノワールはアルジェリアへの一度目の旅に赴いています。その滞在中に制作されたと考えられる本作品には、伝統的な衣装に身を包んだおそらく現地の人々 の、ロバに乗って海岸沿いを進む光景が描かれています。

    ピエール・オーギュスト・ルノワール「ロバに乗ったアラブ人たち」1881-82年頃
    1881 年の 2 月末、ルノワールはアルジェリアへの一度目の旅に赴いています。その滞在中に制作されたと考えられる本作品には、伝統的な衣装に身を包んだおそらく現地の人々 の、ロバに乗って海岸沿いを進む光景が描かれています。

  • ポール・ゴーギャン「ポン=タヴェンの木陰の母と子」1886年<br />本作品は、1886年の最初のポン=タヴェン滞在の際に描かれたもの。左の上方へと続く森の小道の風景と、右の森のなかに広がる低地の風景で大胆に構成されており、日本の浮世絵の影響がうかがわれます。<br />

    ポール・ゴーギャン「ポン=タヴェンの木陰の母と子」1886年
    本作品は、1886年の最初のポン=タヴェン滞在の際に描かれたもの。左の上方へと続く森の小道の風景と、右の森のなかに広がる低地の風景で大胆に構成されており、日本の浮世絵の影響がうかがわれます。

  • ポール・ゴーギャン「ボア・ダムールの水車小屋の水浴」1886年 ひろしま美術館所蔵<br />ゴーギャンは、1886年の夏から秋にかけて、ブルターニュの小村ポン=タヴェンに滞在しており制作された作品。<br />

    ポール・ゴーギャン「ボア・ダムールの水車小屋の水浴」1886年 ひろしま美術館所蔵
    ゴーギャンは、1886年の夏から秋にかけて、ブルターニュの小村ポン=タヴェンに滞在しており制作された作品。

  • ポール・ゴーギャン「ボア・ダムールの水車小屋の水浴」(部分拡大)<br />無心に遊ぶ子供たちやブルターニュの風景の素朴さは、文明を厭うゴーギャンにとって、一種のアルカディアでもあったようです。その思いはやがて、ゴーギャンをタヒチへと導きます。

    ポール・ゴーギャン「ボア・ダムールの水車小屋の水浴」(部分拡大)
    無心に遊ぶ子供たちやブルターニュの風景の素朴さは、文明を厭うゴーギャンにとって、一種のアルカディアでもあったようです。その思いはやがて、ゴーギャンをタヒチへと導きます。

  • ポール・ゴーギャン「小屋の前の犬、タヒチ」1892年<br />ゴーギャンは、1891年に初めてタヒチへ渡っていますが、本作品では、植物だけを材料に組み立てられた伝統的な小屋が、柔らかい質感と目の醒めるような橙色で表現され、その隣には、村人たちが大地に腰掛けておしゃべりする光景が添えられています。<br />

    ポール・ゴーギャン「小屋の前の犬、タヒチ」1892年
    ゴーギャンは、1891年に初めてタヒチへ渡っていますが、本作品では、植物だけを材料に組み立てられた伝統的な小屋が、柔らかい質感と目の醒めるような橙色で表現され、その隣には、村人たちが大地に腰掛けておしゃべりする光景が添えられています。

  • ポール・ゴーギャン「真珠のついた偶像」 1892-93年 ひろしま美術館所蔵<br />1891年にフランスからタヒチへ渡ったゴーギャンは、現地の木材を使って彫刻を制作しています。本作はオルセー美術館所蔵の同名の木彫作品を原型として、後にブロンズで鋳造されたもの。<br /> <br />

    ポール・ゴーギャン「真珠のついた偶像」 1892-93年 ひろしま美術館所蔵
    1891年にフランスからタヒチへ渡ったゴーギャンは、現地の木材を使って彫刻を制作しています。本作はオルセー美術館所蔵の同名の木彫作品を原型として、後にブロンズで鋳造されたもの。
     

  • 「都市への視線ーパノラマとポートレート」に入ります。こちらもピカソの作品以外は写真撮影OKでした。<br />オーギュスト・ルノワール「パリ、トリニテ広場」1875年頃 ひろしま美術館所蔵<br /> <br />

    「都市への視線ーパノラマとポートレート」に入ります。こちらもピカソの作品以外は写真撮影OKでした。
    オーギュスト・ルノワール「パリ、トリニテ広場」1875年頃 ひろしま美術館所蔵
     

  • シテ島を横切り、セーヌ河の左岸と右岸を結ぶ橋ポン=ヌフ。この橋を題材にした絵画が続きます。<br />ポール・シニャック「パリ、ポン=ヌフ」 1931年 ひろしま美術館所蔵<br /><br />

    シテ島を横切り、セーヌ河の左岸と右岸を結ぶ橋ポン=ヌフ。この橋を題材にした絵画が続きます。
    ポール・シニャック「パリ、ポン=ヌフ」 1931年 ひろしま美術館所蔵

  • カミーユ・ピサロ「ポン=ヌフ」 1902年 ひろしま美術館所蔵<br />ピサロは、1900年以降シテ島にアパルトマンを借り、様々な気象条件のもとで、橋と右岸の眺めを描いています。<br /><br /><br />

    カミーユ・ピサロ「ポン=ヌフ」 1902年 ひろしま美術館所蔵
    ピサロは、1900年以降シテ島にアパルトマンを借り、様々な気象条件のもとで、橋と右岸の眺めを描いています。


  • アルベール・マルケ「ポン=ヌフとサマリテーヌ」 1940年 ひろしま美術館所蔵<br />遠景の半円形の建物がサマリテーヌ・デパート、橋の中ほどにはアンリ4世の騎馬像が見えます。この頃マルケのアトリエは、画面の手前に位置するアパルトマンの5階にあり、その窓からポン=ヌフを正面に望むことができたそうです。<br />

    アルベール・マルケ「ポン=ヌフとサマリテーヌ」 1940年 ひろしま美術館所蔵
    遠景の半円形の建物がサマリテーヌ・デパート、橋の中ほどにはアンリ4世の騎馬像が見えます。この頃マルケのアトリエは、画面の手前に位置するアパルトマンの5階にあり、その窓からポン=ヌフを正面に望むことができたそうです。

  • アルベール・マルケ「冬の太陽、パリ」1904年<br />マルケはセーヌ河に架かるポン・ヌフや、セーヌ河の向こうに見えるパリの街並みを生涯にわたって描きつづけています。この作品に描かれているのは、セーヌ右岸にある建物、おそらくルーヴル美術館のセーヌ河に面した部分から西方を眺めた冬のパリと思われます。

    アルベール・マルケ「冬の太陽、パリ」1904年
    マルケはセーヌ河に架かるポン・ヌフや、セーヌ河の向こうに見えるパリの街並みを生涯にわたって描きつづけています。この作品に描かれているのは、セーヌ右岸にある建物、おそらくルーヴル美術館のセーヌ河に面した部分から西方を眺めた冬のパリと思われます。

  • アンリ=ジャン=ギヨーム・マルタン 「雪のパリ」<br />アンリ・マルタンはフランスの新印象派の画家。

    アンリ=ジャン=ギヨーム・マルタン 「雪のパリ」
    アンリ・マルタンはフランスの新印象派の画家。

  • ラウル・デュフィ「パリ」1937年<br />あざやかな色彩と、自由闊達な筆で「色彩の魔術師」と讃えられたデュフィは、パリのパノラマを描いた屏風仕立ての本作品でも、色彩と線の豊かな表現を際立たせています。

    ラウル・デュフィ「パリ」1937年
    あざやかな色彩と、自由闊達な筆で「色彩の魔術師」と讃えられたデュフィは、パリのパノラマを描いた屏風仕立ての本作品でも、色彩と線の豊かな表現を際立たせています。

  • エドゥアール・マネ「バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」1872年 ひろしま美術館所蔵<br />モデルは、自らも画家であったベルト・モリゾ。<br />

    エドゥアール・マネ「バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」1872年 ひろしま美術館所蔵
    モデルは、自らも画家であったベルト・モリゾ。

  • ロートレックの作品が続きます。<br />アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「アリスティド・ブリュアン」 1893年 ひろしま美術館所蔵<br />ロートレックは、モンマルトルの有名人、歌手であり詩人であり、キャバレーの経営者でもあるブリュアンのために4点のポスターを制作しており、これは3作目「彼のキャバレーでのアリスティド・ブリュアン」の油彩習作。<br />

    ロートレックの作品が続きます。
    アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「アリスティド・ブリュアン」 1893年 ひろしま美術館所蔵
    ロートレックは、モンマルトルの有名人、歌手であり詩人であり、キャバレーの経営者でもあるブリュアンのために4点のポスターを制作しており、これは3作目「彼のキャバレーでのアリスティド・ブリュアン」の油彩習作。

  • アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「ムーラン・ド・ラ・ガレットにて」<br />1891年頃<br />本作品は、ロートレックも通っていた当時人気のダンス・ホール、ムーラン・ド・ラ・ガレットの情景を描いたもの。

    アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「ムーラン・ド・ラ・ガレットにて」
    1891年頃
    本作品は、ロートレックも通っていた当時人気のダンス・ホール、ムーラン・ド・ラ・ガレットの情景を描いたもの。

  • アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「『ルイ13世風の椅子のリフレイン』(アリスティド・ブリュアンのキャバレーにて)」1886年 ひろしま美術館所蔵<br /><br />

    アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「『ルイ13世風の椅子のリフレイン』(アリスティド・ブリュアンのキャバレーにて)」1886年 ひろしま美術館所蔵

  • ピエール・ボナール「ピガール広場」1905年頃 ひろしま美術館所蔵<br />モンマルトルに程近い歓楽街ピガール広場の賑わいを描いた作品。急に強い風が吹いてきたのか、道行く女性は帽子を押さえ、子供は母親の後ろに隠れて難を逃れる。後方では花売りの車も移動を始め、帽子を飛ばされた男性はあわててそれを追いかける。パリの日常がいきいきと描かれています。<br />

    ピエール・ボナール「ピガール広場」1905年頃 ひろしま美術館所蔵
    モンマルトルに程近い歓楽街ピガール広場の賑わいを描いた作品。急に強い風が吹いてきたのか、道行く女性は帽子を押さえ、子供は母親の後ろに隠れて難を逃れる。後方では花売りの車も移動を始め、帽子を飛ばされた男性はあわててそれを追いかける。パリの日常がいきいきと描かれています。

  • 「Ⅲ風景のなかのかたちー空間と反映」に進みます。<br />ウジェーヌ・ブーダン「ボルドー風景」1874年 ひろしま美術館所蔵<br />1870年代よりブーダンは海景を求めて、フランスの大西洋岸各地を旅し、港町ボルドーにも数回にわたって足を運んでいます。ブーダンの海景画は画面の大部分を空が占めますが、湿潤な大気と光が織り成す空を表した彼を、コローは「空の王者」と称しています。

    「Ⅲ風景のなかのかたちー空間と反映」に進みます。
    ウジェーヌ・ブーダン「ボルドー風景」1874年 ひろしま美術館所蔵
    1870年代よりブーダンは海景を求めて、フランスの大西洋岸各地を旅し、港町ボルドーにも数回にわたって足を運んでいます。ブーダンの海景画は画面の大部分を空が占めますが、湿潤な大気と光が織り成す空を表した彼を、コローは「空の王者」と称しています。

  • ウジェーヌ・ブーダン「トリスタン島の眺望、朝」1895年<br />本作品でブーダンは、トリスタン島の岩場とドゥアルヌネ湾岸の風景を描いています。

    ウジェーヌ・ブーダン「トリスタン島の眺望、朝」1895年
    本作品でブーダンは、トリスタン島の岩場とドゥアルヌネ湾岸の風景を描いています。

  • オーギュスト・ルノワール「クロワシー付近のセーヌ河」1911年 ひろしま美術館所蔵<br /> <br />

    オーギュスト・ルノワール「クロワシー付近のセーヌ河」1911年 ひろしま美術館所蔵
     

  • アルフレッド・シスレー「サン=マメスのロワン河」1885年<br />サン=マメスは、モレ=シュル=ロワンの北、セーヌ河とロワン河の合流地点にあります。シスレーは晩年、この地を中心に作品を制作しています。<br /><br />

    アルフレッド・シスレー「サン=マメスのロワン河」1885年
    サン=マメスは、モレ=シュル=ロワンの北、セーヌ河とロワン河の合流地点にあります。シスレーは晩年、この地を中心に作品を制作しています。

  • アルフレッド・シスレー「サン=マメス」 1885年 ひろしま美術館所蔵<br /> <br /><br />

    アルフレッド・シスレー「サン=マメス」 1885年 ひろしま美術館所蔵
     

  • アルフレッド・シスレー「ロワン河畔、朝」1891年<br />フォンテーヌブローの森の近く、ロワン河畔の美しい村モレ=シュル=ロワンの風景。シスレーはこの地で晩年の約10年を過しています。<br />

    アルフレッド・シスレー「ロワン河畔、朝」1891年
    フォンテーヌブローの森の近く、ロワン河畔の美しい村モレ=シュル=ロワンの風景。シスレーはこの地で晩年の約10年を過しています。

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