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ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅 の続き。<br />ポーラ美術館は、ポーラ化粧品で知られるポーラ創業家2代目であった鈴木常司が数十年にわたって収集した美術品約9500点を展示するため、「箱根と自然と美術の共生」のコンセプトのもと、2002年9月に開館しています。一方、ひろしま美術館は、1978年に、広島銀行の創立100周年を記念して開館しています。<br />今回の展示の構成<br />Ⅰ 世界のひろがり ー 好奇心とノスタルジー<br />Ⅱ 都市への視線 ー パノラマとポートレート<br />Ⅲ 風景のなかのかたち ー 空間と反映<br />Ⅳ 風景をみたす光 ー 色彩と詩情<br />Ⅴ 記憶への旅 ー ゴッホ、セザンヌ、マティス<br />でポーラ美術館×ひろしま美術館の印象派コレクションが同時に見られる素晴らしいものでしたが、Ⅱ 都市への視線 ー パノラマとポートレートの中のピカソの作品及びⅤ 記憶への旅 ー ゴッホ、セザンヌ、マティスのコーナー以外は写真撮影Okでした。<br />※解説はポーラ美術館及びひろしま美術館HPより参照させていただきました。

ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅へ行ってきました(2)

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2019/03/31 - 2019/03/31

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旅行記グループ ポーラ美術館

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ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅 の続き。
ポーラ美術館は、ポーラ化粧品で知られるポーラ創業家2代目であった鈴木常司が数十年にわたって収集した美術品約9500点を展示するため、「箱根と自然と美術の共生」のコンセプトのもと、2002年9月に開館しています。一方、ひろしま美術館は、1978年に、広島銀行の創立100周年を記念して開館しています。
今回の展示の構成
Ⅰ 世界のひろがり ー 好奇心とノスタルジー
Ⅱ 都市への視線 ー パノラマとポートレート
Ⅲ 風景のなかのかたち ー 空間と反映
Ⅳ 風景をみたす光 ー 色彩と詩情
Ⅴ 記憶への旅 ー ゴッホ、セザンヌ、マティス
でポーラ美術館×ひろしま美術館の印象派コレクションが同時に見られる素晴らしいものでしたが、Ⅱ 都市への視線 ー パノラマとポートレートの中のピカソの作品及びⅤ 記憶への旅 ー ゴッホ、セザンヌ、マティスのコーナー以外は写真撮影Okでした。
※解説はポーラ美術館及びひろしま美術館HPより参照させていただきました。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
自家用車
  • 印象派を代表する画家モネの作品が続きます。<br />クロード・モネ「セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ」1872年<br />1871年12月から1878年1月までの間、モネが活動拠点としたのが、パリから10kmほど離れた、鉄道でおよそ15分の距離にある、セーヌ河畔の町アルジャントゥイユでした。

    印象派を代表する画家モネの作品が続きます。
    クロード・モネ「セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ」1872年
    1871年12月から1878年1月までの間、モネが活動拠点としたのが、パリから10kmほど離れた、鉄道でおよそ15分の距離にある、セーヌ河畔の町アルジャントゥイユでした。

  • クロード・モネ「アムステルダムの眺め」1874年 ひろしま美術館所蔵<br />1870年に普仏戦争の戦火を逃れる為、ロンドンに渡ったモネは翌年、帰国の際にオランダに立ち寄り制作を行っています。<br /><br />

    クロード・モネ「アムステルダムの眺め」1874年 ひろしま美術館所蔵
    1870年に普仏戦争の戦火を逃れる為、ロンドンに渡ったモネは翌年、帰国の際にオランダに立ち寄り制作を行っています。

  • クロード・モネ「アムステルダムの眺め」(部分拡大)

    クロード・モネ「アムステルダムの眺め」(部分拡大)

  • クロード・モネ「グランド・ジャット島」1878年<br />スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」でも有名な、19世紀半ば以降、舟遊びなどで人気のある行楽地グランド・ジャット島を描いた作品。

    クロード・モネ「グランド・ジャット島」1878年
    スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」でも有名な、19世紀半ば以降、舟遊びなどで人気のある行楽地グランド・ジャット島を描いた作品。

  • クロード・モネ「セーヌ河の日没、冬」1880年<br />モネは、1878年1月にアルジャントゥイユを離れてパリに滞在した後、8月からパリの北西約60km、メダンとジヴェルニーの間に位置する、セーヌ河の湾曲部にある小さな村ヴェトゥイユに転居しました。その年の冬、フランスを襲った記録的な寒波により、セーヌ河が氷結します。そして翌年の1月、氷が割れて水面を流れるめずらしい光景をモネは眼にし、描く時間や視点を変えて繰り返し描いています。

    クロード・モネ「セーヌ河の日没、冬」1880年
    モネは、1878年1月にアルジャントゥイユを離れてパリに滞在した後、8月からパリの北西約60km、メダンとジヴェルニーの間に位置する、セーヌ河の湾曲部にある小さな村ヴェトゥイユに転居しました。その年の冬、フランスを襲った記録的な寒波により、セーヌ河が氷結します。そして翌年の1月、氷が割れて水面を流れるめずらしい光景をモネは眼にし、描く時間や視点を変えて繰り返し描いています。

  • クロード・モネ「エトルタの夕焼け」1885年<br />ノルマンディーの英仏海峡に面した漁村エトルタの海岸を描いた作品。<br />

    クロード・モネ「エトルタの夕焼け」1885年
    ノルマンディーの英仏海峡に面した漁村エトルタの海岸を描いた作品。

  • クロード・モネ「エトルタの夕焼け」(部分拡大)<br />浜辺に打ち上げられた船は、どこかもの悲しく、ロマンティックな旅情を誘います。<br />

    クロード・モネ「エトルタの夕焼け」(部分拡大)
    浜辺に打ち上げられた船は、どこかもの悲しく、ロマンティックな旅情を誘います。

  • クロード・モネ「セーヌ河の朝」 1897年 ひろしま美術館所蔵<br />1896年と翌年の夏、モネはジヴェルニーの自宅からほど近いセーヌ河に通い本作を含む「セーヌ河の朝」の連作に取り組んでいます。 <br />

    クロード・モネ「セーヌ河の朝」 1897年 ひろしま美術館所蔵
    1896年と翌年の夏、モネはジヴェルニーの自宅からほど近いセーヌ河に通い本作を含む「セーヌ河の朝」の連作に取り組んでいます。 

  • クロード・モネ「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」1900年<br />1900年冬に、モネは息子ミシェルが留学していた英国のロンドンに滞在し、「国会議事堂」の連作を描き始めています。<br />

    クロード・モネ「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」1900年
    1900年冬に、モネは息子ミシェルが留学していた英国のロンドンに滞在し、「国会議事堂」の連作を描き始めています。

  • 「風景をみたす光ー色彩と詩情」のコーナーに入ります。<br />クロード・モネ「散歩」1875年<br />この作品が描かれた1875年頃、モネはパラソルをさす女性と子どもという主題を頻繁に描いていました。登場人物は、モネの妻カミーユと息子のジャンです。自然豊かなアルジャントゥイユで、幸福に満ちた生活を送っていたモネ一家の日常生活の一場面をとらえた、親密な空気の漂う作品です。<br />

    「風景をみたす光ー色彩と詩情」のコーナーに入ります。
    クロード・モネ「散歩」1875年
    この作品が描かれた1875年頃、モネはパラソルをさす女性と子どもという主題を頻繁に描いていました。登場人物は、モネの妻カミーユと息子のジャンです。自然豊かなアルジャントゥイユで、幸福に満ちた生活を送っていたモネ一家の日常生活の一場面をとらえた、親密な空気の漂う作品です。

  • クロード・モネ「ジヴェルニーの積みわら」1884年<br />モネは、1883年の4月末、パリの北西70km、セーヌ河の渓谷とエプト河の合流点に位置する小さな村ジヴェルニーに転居します。そして、1884-1886年に、家の南に広がる牧草地に積み上げられた麦藁の山を描きました。本作品を含む8点の作品を制作しています。

    クロード・モネ「ジヴェルニーの積みわら」1884年
    モネは、1883年の4月末、パリの北西70km、セーヌ河の渓谷とエプト河の合流点に位置する小さな村ジヴェルニーに転居します。そして、1884-1886年に、家の南に広がる牧草地に積み上げられた麦藁の山を描きました。本作品を含む8点の作品を制作しています。

  • クロード・モネ「睡蓮の池」1899年<br />モネは、1883年からパリの北西70kmの美しい村ジヴェルニーに移住し、ここに家を建て、庭を造成します。この自分がつくり上げた幻想的な庭で、モネは睡蓮の池と橋の風景を描いていますが、この作品は18点の連作のうちの1点です。

    クロード・モネ「睡蓮の池」1899年
    モネは、1883年からパリの北西70kmの美しい村ジヴェルニーに移住し、ここに家を建て、庭を造成します。この自分がつくり上げた幻想的な庭で、モネは睡蓮の池と橋の風景を描いていますが、この作品は18点の連作のうちの1点です。

  • カミーユ・ピサロ「エラニーの花咲く梨の木、朝」1886年<br />ピサロが1884年から移り住んだ村、エラニー=シュル=エプトの風景が、細かな点描と補色を利用した新印象主義の技法で描かれています。<br />

    カミーユ・ピサロ「エラニーの花咲く梨の木、朝」1886年
    ピサロが1884年から移り住んだ村、エラニー=シュル=エプトの風景が、細かな点描と補色を利用した新印象主義の技法で描かれています。

  • ジョルジュ・スーラ「村はずれ」 1883年 ひろしま美術館所蔵<br />1882年頃からスーラは、シガーボックスの蓋であった小さな板に、様々な方向へと向かう粗いタッチを用いて、構図や色彩の研究に取り組んでいます。本作品はそうした油彩習作のひとつ。<br />

    ジョルジュ・スーラ「村はずれ」 1883年 ひろしま美術館所蔵
    1882年頃からスーラは、シガーボックスの蓋であった小さな板に、様々な方向へと向かう粗いタッチを用いて、構図や色彩の研究に取り組んでいます。本作品はそうした油彩習作のひとつ。

  • ジョルジュ・スーラ「グランカンの干潮」1885年<br />大きさの異なる3隻の帆船が、画面の中にさまざまな角度で配されています。<br />

    ジョルジュ・スーラ「グランカンの干潮」1885年
    大きさの異なる3隻の帆船が、画面の中にさまざまな角度で配されています。

  • ポール・シニャック「ポルトリュー、グールヴロ」1888年 ひろしま美術館所蔵<br />スーラとともに「新印象主義」の実験、いわゆる「点描法」を精力的に行なっていた頃の作品。<br />

    ポール・シニャック「ポルトリュー、グールヴロ」1888年 ひろしま美術館所蔵
    スーラとともに「新印象主義」の実験、いわゆる「点描法」を精力的に行なっていた頃の作品。

  • ポール・シニャック「オーセールの橋」1902年<br />パリから170km、フランス東部ブルゴーニュのヨンヌ県の県庁所在地オーセールの風景。おそらくはヨンヌ川の小さな中州から見た町の様子がとらえられています。<br />

    ポール・シニャック「オーセールの橋」1902年
    パリから170km、フランス東部ブルゴーニュのヨンヌ県の県庁所在地オーセールの風景。おそらくはヨンヌ川の小さな中州から見た町の様子がとらえられています。

  • アンリ・エドモン・クロス「森の風景」1906-07年<br />紫、青、緑などの寒色を主調に描かれたオリーブの低木材の風景。木々の下生えの草を食む山羊のような動物は、牧歌的な雰囲気を与えています。<br />

    アンリ・エドモン・クロス「森の風景」1906-07年
    紫、青、緑などの寒色を主調に描かれたオリーブの低木材の風景。木々の下生えの草を食む山羊のような動物は、牧歌的な雰囲気を与えています。

  • モーリス・ド・ヴラマンク「画家の父の家」1904-05年頃<br />1901年にパリのベルネーム=ジュヌ画廊で開催されたファン・ゴッホの回顧展で目にした、色彩と筆致の強烈な生命観に影響を受けたヴラマンクは、本作品をあざやかな色彩と力強い筆致で描いています。<br />

    モーリス・ド・ヴラマンク「画家の父の家」1904-05年頃
    1901年にパリのベルネーム=ジュヌ画廊で開催されたファン・ゴッホの回顧展で目にした、色彩と筆致の強烈な生命観に影響を受けたヴラマンクは、本作品をあざやかな色彩と力強い筆致で描いています。

  • カミーユ・ピサロ「水浴する女たち」 1896年 ひろしま美術館所蔵<br /><br />

    カミーユ・ピサロ「水浴する女たち」 1896年 ひろしま美術館所蔵

  • ピエール・オーギュスト・ルノワール「パリスの審判」1913-14年頃 ひろしま美術館所蔵<br />3人の女神ヘラ、アテナ、アフロディテ(ヴィーナス)が名乗りをあげた美女選びの場面。<br /><br />

    ピエール・オーギュスト・ルノワール「パリスの審判」1913-14年頃 ひろしま美術館所蔵
    3人の女神ヘラ、アテナ、アフロディテ(ヴィーナス)が名乗りをあげた美女選びの場面。

  • ピエール・オーギュスト・ルノワール「カーニュの風景」1905年<br />カーニュ=シュル=メールで本作品が制作された1905 年、ルノワールは町の中心部の郵便局の建物に居を置いていました。その名も「メゾン・ド・ラ・ポスト」と呼ばれたこの建物は、家主と郵便局長、そしてルノワール一家が暮らすアパルトマンを兼ねるほど大きかったようで、ルノワールの住まいは裏手の広いオレンジ畑に面していました。

    ピエール・オーギュスト・ルノワール「カーニュの風景」1905年
    カーニュ=シュル=メールで本作品が制作された1905 年、ルノワールは町の中心部の郵便局の建物に居を置いていました。その名も「メゾン・ド・ラ・ポスト」と呼ばれたこの建物は、家主と郵便局長、そしてルノワール一家が暮らすアパルトマンを兼ねるほど大きかったようで、ルノワールの住まいは裏手の広いオレンジ畑に面していました。

  • ピエール・ボナール「地中海の庭」1917-18年<br />第一次大戦中にボナールが制作した装飾画で地中海に面した庭の牧歌的な風景が描かれています。<br />

    ピエール・ボナール「地中海の庭」1917-18年
    第一次大戦中にボナールが制作した装飾画で地中海に面した庭の牧歌的な風景が描かれています。

  • アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「ジェルブロワ、胸像」1902年 ひろしま美術館所蔵<br /> <br />

    アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「ジェルブロワ、胸像」1902年 ひろしま美術館所蔵
     

  • アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「離れ屋」1927年 ひろしま美術館所蔵<br />1901年、古い要塞都市ジェルブロワを訪れたル・シダネルは、この町に魅せられて、まもなく屋敷と土地を手に入れ、モネにならってその庭を整備し、生涯情熱を持ってその庭を描き続けています。

    アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「離れ屋」1927年 ひろしま美術館所蔵
    1901年、古い要塞都市ジェルブロワを訪れたル・シダネルは、この町に魅せられて、まもなく屋敷と土地を手に入れ、モネにならってその庭を整備し、生涯情熱を持ってその庭を描き続けています。

  • アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「三本のバラ」1925年

    アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「三本のバラ」1925年

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