2023/01/29 - 2023/01/29
52位(同エリア1544件中)
+mo2さん
ポーラ美術館で展覧会「部屋のみる夢 ― ボナールからティルマンス、現代の作家まで」が開幕(1/28~)されたので、早速行ってきました。
本展HPより~
バンデミック以降、私たちの生活様式は大きく変化しました。移動が制限された状況で誰もが多くの時間を過ごしたのが、「部屋」という空間です。安心をもたらす室内での生活は、外の世界からの隔絶がゆえに閉塞感と隣り合わせのものでした。他方、閉じられた空間で紡がれた親しい人たちやかけがえのないものとの関係は、日常を生き抜くためだけではなく、変化の乏しい生活に彩りを添えるのに、欠かせないものであったと言えるでしょう。
本展覧会では、19世紀から現代に至るまでの、部屋にまつわる表現に特徴のある作家を取り上げ、この小さな世界のなかで織りなされる親密な記憶や夢想のありようを、あらためて見つめ直します。個性にあふれた作家たちによる多彩な室内の表現は、ステイホームの経験を通じて静かに変容した私たちの心のなかで、新たな像を結び始めるでしょう。
なお、本文の作品解説は、ポーラ美術館他各所蔵美術館のHPより参照しています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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暖かく穏やかな陽気となった沼津を出たのが10時半、箱根に着くと薄曇りで寒く、雪が残っていました。
ポーラ美術館 美術館・博物館
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展覧会は、ポーラ美術館のコレクションを中心に国内美術館所蔵の19世紀から現代まて?の約50点の作品が出展されています。展示数は少ないように見えますが、展示の空間ごと作品のようになっており、ゆったりとした空間のなかで作品を楽しむことができます。また、本展では、すべての作品が撮影することができることも大きな魅力となっています。
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会場に入ると広々した部屋のような空間が・・・
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本展では9組の作家の作品を、それぞれ部屋のような空間ごとに展示しています。それぞれの作家たちの「部屋」を自由にめぐるように見ることができるようになっています
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アンリ・マティス「窓辺の婦人」1935年 ポーラ美術館
室内で頬杖をつく女性像が描かれていますが、パターン化された装飾文様はみられず、壁や窓枠、そして女の服を彩る青を基調に、カーテンや机にみられる黄やオレンジが相補的に配されています。また、窓枠や机などの作り出す直線の効果を緩和するかのように、女の背後に葉を広げる植物が描きこまれている点でも、相異なる要素による画面の均衡が図られています。さらに異質な要素として画面上で統合されているのが、窓を境とした室内と屋外です。室内に多用されている青は、色調を異にしながらも、窓を通して覗くニースの空と海の描写にも用いられています。色彩による両者の連続は、その境となる窓枠にもうかがえ、内側の枠に沿って外側に、もうひとつの枠が色調を変えて描かれています。女が肘をつく卓上に、屋外を彩る青の斑紋が複数おかれているのも、窓の内と外との連続を表しているのしょう。モデルとして描かれているのは、1930年代からモデル兼助手を務め始めたリディア・デレクトルスカヤであると考えられます。 -
アンリ・マティス(1869-1954)
1905年に大胆な色使いと筆致により「フォーヴ」(野獣)と称されたマティスは、1921年以降、明るい日差しに惹かれ南仏ニースを拠点として活動し、晩年には病や戦争によるさまざまな制限を乗り越えながら制作を続けました。ときに窓を通して差し込む地中海の光や眺めを取り入れつつ、壁掛けや調度、モデルの衣装にまでこだわって演出した室内空間を描いています。マティスにとって部屋とは、モデルと相対する親密な場であり、またあらゆる要素を自由に操作し、絵画における色彩や空間の表現を探究することのできる制作の現場でした。 -
アンリ・マティス「中国の花瓶」1922年 ポーラ美術館
オダリスクのモデルとして活躍したアンリエットが肘をつき、手元の本に目を落としています。テーブルクロスの直線のパターンや、背後にある衝立の垂直線は、人体や花などの有機的な形態と響き合いながら画面を引き締めています。花瓶に生けられたバラらしき花はみずみずしく、背景の装飾模様の花とは異なる生命力を感じます -
アンリ・マティス「紫のハーモニー」1922年 ポーラ美術館
アンリエットが、フリルのついた紫の洋服を着て、左ひじをついたポーズをとっています。 -
作家ごとに部屋(壁)のイメージが変えてあり、マティスはピンクです
ポーラ美術館には、2020年に「モネとマティス―もうひとつの楽園」を開催するなど素晴らしいマティスのコレクションが揃っていますが、今回は6点展示されていました。 -
アンリ・マティス「室内:二人の音楽家」1923年 ポーラ美術館
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アンリ・マティス「襟巻の女」1936年 ポーラ美術館
幾何学的な色面を背景に、のびやかな女性像をこの上なくシンプルに表すマティスらしい作品。 -
アンリ・マティス「リュート」1943年 ポーラ美術館
マティスが本作品を制作したのは、マティスが本作品を制作したのは、1943年に戦火を逃れて南仏ニースのレジナ・ホテルに滞在していたときでした。目の醒めるような朱色の部屋は、黄色が下塗りされているために光を帯びてみえます。葉の形の装飾文様とアラベスクが壁紙と絨毯にのびやかに描かれ、女性のドレスにはアルファベットの「K」の文字に似たモティーフが躍ります。画面中央には生命力みなぎる紫陽花が君臨し、そのかたわらでリュートを爪弾く女性は、室内に遍在する音楽的なリズムに主旋律を与える伴奏者として、生の喜びを謳い上げているようです。 -
ベルト・モリゾ(1841-1895)
モリゾは、近代生活の情景を素早い筆致で描き出して、高い評価を得た印象派の女性画家です。娘のジュリーをはじめとする近しい人物たちの登場する室内の場面とともに、彼女が好んで取り上げたのが、ベランダやバルコニーといった空間でした。室内と屋外のあいだにあるこれらの場所では、家族や友人たちの織りなす親しみに溢れた情景を、外光の降り注ぐなかで描くことができたためです。社会に参加する機会の限られていた時代に、大半の女性は室内、すなわち家庭で長い時間を過ごしていました。そうした当時の状況が映し出された、室内と屋外の境界を捉えたモリゾの作品は、現代の家庭や暮らしのあり方を見つめ直すうえで、示唆に富んだものと言えるでしょう。 -
ベルト・モリゾ「テラスにて」1874年 東京富士美術館
設備改修工事のため2023年7月上旬頃まで全館休館中の東京富士美術館からの出展作品です。
第1回印象派展が開かれた記念的な年である1874年に描かれ、77年に行われた第3回印象派展にモリゾが出品した12点のうちのひとつ。印象派を擁護する批評家の目を奪い、賞賛を受けた。背景は夏の避暑地フェカン。モデルは父方の親戚のリュシアン・ブルジエ夫人。モダンな感性による大胆な画面構成が光ります。 -
ベルト・モリゾ「ベランダにて」1884年 ポーラ美術館
陽光溢れる邸宅のサンルームで、机に向かい花らしきものを手にしている画家の一人娘ジュリー・マネの姿が、明るくやわらかな色彩と素早い筆致で描かれています。 -
アーティゾン美術館所蔵のモリゾの作品「バルコニーの女と子ども」は、5月20日からの展示になります。本作は5月14日まで、アーティゾン美術館「アートを楽しむ ー見る、感じる、学ぶ」で展示されています
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本作はまだ出展されていませんが、アーティゾン美術館での写真です。
ベルト・モリゾ 「バルコニーの女と子ども」1872年 アーティゾン美術館
この作品は、モリゾの画歴において最も評価されたもののひとつです。
モリゾは、制作当時マネと非常に近い間柄にあり、この頃は双方の画家の間の影響関係が指摘されており、この作品にもモダンな主題を革新的な技法で描いているところにマネの影響が垣間見えます。描かれた風景は、第二帝政時にセーヌ県知事オスマンが主導したパリ改造の結果をよく表しており、マネやカイユボットと同様に、モリゾは新しい都市パリの風景を印象派の技法でとらえています。 -
エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)
1890年代、ヴュイヤールはナビ派の画家として絵画や装飾パネルを制作する一方、メーテルランクら象徴主義の作家による演劇作品の舞台美術も手掛けており、絵画においても、自宅の室内の母や姉をモデルとして明暗の効果を用いて神秘的で暗示に満ちた空間を描きました。 -
エドゥアール・ヴュイヤール「窓辺の女」1898年 愛知県美術館
日常の風俗や母子の光景といった身近な主題に、主題の内面性や画家の内奥の感情を滑り込ませるアンティミスト(親密派)の典型的な作品。ヴュイヤールは1890年代前半には、ナビ派の仲間たちとともに浮世絵版画などの影響による平面的な構成を試みていたが、暗示的ながらここでは三次元的な描写が取り入れられています。暗い室内に左側の窓から柔らかな光が射し込み、椅子、テーブル、その傍らに立つ女性の姿を鈍く照らし出しています。塗りつぶすように壁に塗られた渋い緑は空間の関係をあいまいにしているが、テーブルの鈍い朱色、女性の衣服や暖炉の灰色、柔らかな筆触と互いに作用し合って、低い音色の魔術的な調和と情調を生み出すのに役立っています。画家の内面が対象の奥深いところにじかに結びつき、響き合っています。 -
1900年以降、より明るい色彩を取り入れたヴュイヤールは、数多くの肖像画を制作しましたが、そこでは人物だけでなく、彼らの日常を彩る周囲のモティーフや、彼らが過ごす部屋のありよう全体が活き活きと描き出されています。
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エドゥアール・ヴュイヤール「画家のアトリエ」1915年 ポーラ美術館
1900年代初頭を境に、ヴュイヤールの描く室内は明確な変化を示すようになります。本作品は画家のアトリエを描いていますが、やや高い視点がとられることで空間の奥行きが表されています。室内は画面奥に描かれた窓から射す穏やかな光に満ち、陰影はもはや画面における重要性を失っており、色彩間のあざやかな対比もみられません。 これらは、ヴュイヤールの光への関心の変容によるものでしょう。世紀末の作品では、室内の調度の帯びる色彩が光と影の効果を作り出していたのに対し、本作品では広い空間に等しく降り注ぐ外光が、窓や床、さまざまな調度を彩る白によって表現されています。印象派に通じるこうした光への関心は、同時期のボナールと歩調を同じくしており、19世紀末にナビ派に属していた画家たちが1900年代以降、印象派の描法に関心を寄せ始めたことを示しています。 穏やかな光の効果が画面の基調をなしているものの、前景の肘掛椅子に頬杖をつく女と後景にみえる台や机などの調度の位置関係が巧みに図られている点には、ヴュイヤール独特の室内空間の構成をうかがうことができます。 -
エドゥアール・ヴュイヤール「服を脱ぐモデル、マルゼルブ大通り」1909年頃 ポーラ美術館
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エドゥアール・ヴュイヤール「書斎にて」1927-1928年 ヤマザキマザック美術館
本作品は、パリの社交界で知られていたラウル・ド・リッチ伯の妹リヨン夫人の注文によるものです。書斎にある読書用の椅子に座って本を読んで聞かせているのがリヨン夫人、それを聞いているのが息子のジルですが、何かの言葉に興味を抱いて思わず母親の顔を見つめる子供の仕草の瞬間を捉えるヴュイヤールの視線は、彼が並々ならぬ観察者であることをうかがわせます。書斎の入口に立ち、ふたりに眼をやっている姉マルティーヌのポーズも熟慮されたものでしょう。彼女のポーズが部屋のなかにいる家族3人のほほえましいばかりの親密さを生み出す役割を果たしています。ポーズの工夫もまた人物画家の重要な技術です。由緒ある部屋のつくりや家具調度がグラッシの技法で丹念に塗り重ねられた絵具の深い層によって表現され、実に落ち着きのある雰囲気を醸し出しています。開かれた窓から射してきた夕刻の光もまた柔らかく、いかにも幸せそうな情趣を見せている。これは、「アンティミスト・ヴュイヤール」の最もヴュイヤールらしい作品のひとつです。 -
ピエール・ボナール(1867-1947)
世紀末のパリでナビ派の一員として活躍したボナールは、生涯にわたって、恋人や家族、友人などの身近な人々や、自宅の室内や食卓といった身の回りの対象をモティーフとし、その情景の記憶を描きとめました。伴侶であったマルトは一日に何度も入浴する習慣があり、画家は浴槽や化粧室で身づくろいをする彼女の姿をさまざまな構図や光のもとで描いています。そこには、閉じられた空間のなかで、きわめて近しい人物同士が過ごす親密な時間が流れています。ボナールはモデルがポーズをとることを好まず、マルトをはじめとする身近な人々が過ごす日常そのものを見つめました。 -
ピエール・ボナール「山羊と遊ぶ子供たち」1899年頃 ポーラ美術館
ボナールの家族は、フランス南東部、グルノーブル近郊の村、ル・グラン=ランに邸宅を持ち、夏を過ごすことを常としていました。両作品の舞台となっている果樹園「ル・クロ」は邸宅と同じ敷地にあり、家族はりんごやプラムの収穫を楽しみました。描かれているのは、妹のアンドレと音楽家クロード・テラスの子どもたちで、この時期から1900年代初頭の作品にしばしば現われることとなります。両作品とも、奥行きを表す地平線が枝によって一部隠されており、緑の色面の上を曲線的な筆触が連なる、装飾性に富んだ画面が構成されています。近い時期に同主題を描いた「大きな庭」(1895/1896年、オルセー美術館)や「りんごつみ」(1895/1899年、ヴァージニア美術館)と比べ、平面性と装飾性が際立っており、大きさもほぼ同じこの二点は、同一の装飾パネルを構成すべく制作されたと考えられます。この時期はボナールがナビ派の一員として活動していた時期であり、庭の芝生や茂み、木々の梢などが曲線的な筆触の反復で表されつつ、平面的に処理されている点が特徴です。植物という曲線的な要素に満ち、緑の色面として扱いやすい庭は、ナビ派時代のボナールがもっていた装飾パネルへの志向に適した主題でした。1890年代後半に制作された両作品にも、その余韻は響いています。この後、平面的で装飾性に富んだ庭の情景はみられませんが、果物の収穫、および人間と動物との交わる光景は、とりわけ大画面の作品の主題として、1900年以降もしばしば現われることとなります。「ボナールの庭」は、都市を離れた果樹園としての側面と、自然に親しみ、動物と交わる理想郷としての側面をそなえた、この「ル・クロ」に始まります。 -
ピエール・ボナール「りんごつみ」1899年頃 ポーラ美術館
緑が一面に広がる風景は、ボナールが「ル・クロ」と呼び親しんだ果樹園。フランス南部のリヨンとグルノーブルのあいだにある、ル・グラン・ランという土地に、ボナールとその妹アンドレの一家が別荘を構えていました。果樹園で果実を摘み取ることが、この家族の最上の愉しみであり、1925年に土地が人手にわたるまで、毎年りんごやプラムが収穫の時期を迎える6月から9月頃のあいだ、ボナールらは親密な安らぎの時を過ごしていました。 本作品を制作した頃、画家は子どもの無邪気に遊ぶ姿に興味をいだき、絵画のなかにそのユーモラスに躍動する姿を登場させています。都会の街を行き交う洗練された女性や子ども、この果樹園で憩う幼な子たちの姿を、複数の大きなカンヴァスに描いています。 本作品はジャポニスムと装飾性を特徴とする、アール・ヌーヴォーの精神のもとに制作された一対の作品です。空を覆うように枝をのばした大きな果樹や、日本の浮世絵と同じく上方に置かれた地平線、連続する筆触で埋め尽くされ、平面的に表わされた大地。これらは、この果樹園が享受する自然の恵みを強調しているのです。 -
ピエール・ボナール「子供と猫」1906年頃 愛知県美術館
部屋には柔らかな光が射し込み、猫を抱いた少女が食事を待っています。白い食卓と猫と少女がひとつに溶け合い、背後から浮き立ってピラミッド型の安定した構図を形成し、画面を水平に横断する2本の線と少女や食卓に置かれた瓶などが生み出す垂直方向の動きとが相まって、画面にはさらに堅固な骨格が与えられています。やや俯瞰的な画面では、右下の果物が一部切断されて描かれることによって、見るものとの関係がいっそう親密になり、ボナールが浮世絵あたりから学んだスナップショット的な感覚をうかがうことができます。きびきびした筆致で描かれた画面には、豊かなマティエール感が生れ、穏やかな色調の中で、ところどころに配された鮮やかな色彩が画面を小気味よく引き締めています。身近な光景を芸術へと昇華させたアンティミスト(親密派)ボナールの卓越した技量の冴えをうかがうことができる作品です。 -
ピエール・ボナール「地中海の庭」1917-18年 ポーラ美術館
地中海に面した庭の牧歌的な風景。庭には黄色のミモザの花で埋め尽くされ、その奥には葉が生い茂った木々があります。中央の開けた場所には棕櫚の木が生えており、その背景には青い地中海が姿を現わしています。画面手前には、庭に面したテラスがあり、左には子どもたち、右にはオレンジの籠を差し出す若い女性が描かれています。本作品のように、手前にテラスが描かれ、その先に風景が広がる構図の作品には、観る者もこのテラスに立っているかのような臨場感があります。第一次大戦中にボナールが制作した数点の装飾画には、このような構図が用いられています。 -
ピエール・ボナール「花」1933年頃 国立西洋美術館
静物画はボナールにとって、画業の中心を占めるとまではいかないものの、重要なジャンルの1つでした。 -
ピエール・ボナール「静物、開いた窓、トルーヴィル」1934年頃、アサヒビール大山崎山荘美術館
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ピエール・ボナール「白い服の少女」1942-45年 ポーラ美術館
この肖像画には、書斎あるいはサロンで椅子に座る、夏のドレスを着た10代の少女が描かれています。少女の背筋を伸ばした姿勢と固い表情は、大人びた雰囲気を醸し出していますが、広い額と丸い顔が、わずかに幼さを残しています。ボナールは、絵画を本格的に制作し始めた1890年代から、食卓のまわりや庭で憩う子どもを好んで主題に選び、室内画と風景画に登場させました。ボナールの絵画のなかで、子どもたちの姿は構図の中心から外されて描かれるのが常であり、子どもを正面からとらえた肖像画は稀です。本作品が制作された1940年、戦争により画家の生活が一変し、描く対象にも変化が生じました。ボナールはこの年から、戦火を避けて南仏の小村ル・カネの別荘「ル・ボスケ」にこもり、不安に満ちた暮らしを送っています。それまでときおり制作していた女性の肖像画は、1940年代にはほとんど見られなくなり、かわりに孤独と悲壮感を湛えた自画像を手がけるようになっていました。本作品には、画家が晩年に到達した肖像画のスタイルがみられます。肩や腕の線を大胆にデフォルメし、人物像を背景とともに柔らかな線で表わし、全体の調和に心を砕いています。また彼女の顔の細部は、橙色と青色で調節される一方で、それらふたつの色彩の斑紋は、壁紙や少女の背にあるクッションなど画面全体に点在しており、人物像と周囲の色彩が反映しあう、「色彩の相互照応(コレスポンダンス)」ともいうべき効果が発揮されています。 -
ポーラ美術館が所蔵するピエール・ボナールの作品は8点。そのうち7点と国内美術館が所蔵する作品4点が出展されていました。
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ピエール・ボナール「浴室の裸婦」1907年 新潟市美術館
1893年にボナールと出会ったマルト・ブールサンは、ほとんどの裸体画のモデルとなりました。ボナールは、パリの路面電車から降り立つ若いマルトを見て、職場に向かうところを尾行し、仕事をやめ、家族や友人から離れるように説得したと言われています。マルトは入浴に没頭し、ボナールはこの主題を利用しました。この主題は、天候の絶え間ない変化と同じく、ボナールにとっては魅力的なものでした。彼はバスルームでマルトをスケッチし、しばしば彼女から数フィートのところで描きました。アトリエで制作されたこの作品が非常に近い視点となっているのは、このためです。絵画は慎重に構成されています。人物の脚は開き、床の斜めの線が壁に向かって突き進んでいます。ボナールの、主題と日本の浮世絵の構成要素への関心は、ここでは、限られた形や模様の空間内で入浴を行う女性という主題、人物の切り取り、そして面白い模様の使用に反映されています。 -
ピエール・ボナール「浴槽、ブルーのハーモニー」1917年頃 ポーラ美術館
本作品は、伴侶マルトが体を洗う姿を描いており、ほぼ同じ構図で、画家自身がマルトを撮影した写真が現存しています。最良のモデルでもあったマルトは、浴室で過ごす時をこよなく愛し、ボナールは繰り返しその姿をとどめようとしました。 写真技術に影響を受けた画家は少なくありませんが、ボナールもそのひとりです。大気の変動のなかで茫洋とする輪郭線、バランスを欠いたポーズは、一瞬の動きをとらえているようです。画面右側から外光が差し込み、青い影がたゆたい、白と黄の光の斑紋が流動する情景は、ボナールの光に対する鋭敏な感覚を反映しており、モネの「睡蓮」の連作をはじめとする印象派の手法を、画家が吸収したことを物語っています。「絵画は、ひとつの充足する小さな世界でなければならない」とボナールは語っています。最初の印象をすばやくとらえたデッサンや写真をもとに、画家はアトリエで油彩のタッチを丹念に重ね、光が満ちた世界へと収斂させました。 -
ピエール・ボナール「かがみこむ裸婦」1938-40年 ポーラ美術館
パリ近郊に生まれたボナールは、大学に進み法律家を志しますが、20歳の時本格的に絵筆をとり、画塾アカデミー・ジュリアン、次いで国立美術学校で学びました。1888年、ゴーガンの絵画思想をもとに結成したグループ「ナビ派」(預言者の意)のメンバーに加わり、画家のセリュジエ、ヴュイヤール、ドニらと親交を結びます。浮世絵の色彩や構図に心酔したボナールは、「日本かぶれのナビ」と呼ばれ、ポスターや装飾美術において才能を発揮しました。 -
ピエール・ボナール「ミモザのある階段」1946年頃 ポーラ美術館
ル・カネの自邸「ル・ボスケ」へと通じる階段の下から、奥に咲き誇るミモザをはじめとした庭の一角が描かれています。濃い黄で描かれたミモザは、右脇の茂みと併せ、萌え出る自然の生命力を豊かに表現しています。各部分がそれぞれくっきりと境界を際立たせており、地中海岸の強い光と乾いた空気を感じさせます。いたるところに置かれた赤やオレンジの筆触は、降り注ぐ光のもたらす強い輝きを表しています。ここでも画面の周縁部にモティーフが配され、画面の外へと連続するように中断されて描かれています。しかし、晩年の画面に特徴的な短い筆触は、奥行きの閉じられた構図と相俟って、画面を平面的に統一しています。ヴェルノネで描いた作品にみられるように、ボナールは起伏に富んだ地勢とあるがままの自然を好みました。弧を描く階段の周りに木々や花々が茂る「ル・ボスケ」の庭は、晩年にいたってもなお変わらぬボナールの嗜好を表しています。1942年にマルトを亡くし、町へと下りることもほとんどなくなったという晩年の画家の画面には、本作品を含め、それまでにない頻度で庭が現われるようになります。 -
ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916)
市民が台頭した19世紀に活況を呈したのが、室内画というジャンルです。 親密な日常の場面が数多く描かれた時代において、デンマークの画家ハマスホイは一線を画す存在でした。ハマスホイの室内画はその静謐さがゆえに、オランダ絵画の黄金期を代表するフェルメールの絵画を彷彿とさせます。無人の室内の情景に美しさを見出していたハマスホイは、要素を削ぎ落し、静けさに満ちた独自の室内画を描き出しました。そうした場面には妻や母が登場するものの、鑑賞者に背を向けていることが多いことから、彼女たちの心情を詳しくうかがい知ることができません 。他方で、そうであるがゆえの沈黙が私たちの心を捉えて離しません。 -
デンマークを代表する画家ヴィルヘルム・ハマスホイ。2020年には東京都美術で「ハマスホイとデンマーク絵画館」が開催されました。私は開催後、すぐに見にいったのですが、新型コロナにより、開幕約1カ月後の2月29日(土)から臨時休室、そのまま閉幕となってしまいました。
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ヴィルヘルム・ハマスホイ「陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地」1899年、ポーラ美術館
建築と深くかかわり、部屋の中に採光と眺望をもたらす窓は、古来より美術作品に多く表象されてきました。室内画の画家として知られるデンマークのヴィルヘルム・ハマスホイが描く室内は詩的で神秘的な静謐さをたたえ、内省的な孤独感を漂わせています。本作はコペンハーゲンにある画家の自宅の室内が、灰色を主調とする限定された色彩により、シンプルな構造体として描かれてます。 -
ヴィルヘルム・ハンマースホイ「ピアノを弾く妻イーダのいる室内 」1910年 国立西洋美術館
19世紀末デンマークを代表する画家ハンマースホイは、妻イーダの後ろ姿を繰り返し描きました。二つの部屋をつなぐ扉はこちらに向かって開き、イーダが奏でるピアノの音が奥から流れてくるような効果を生んでいます。全体の構図はフェルメールの影響を受けていますが、画面は生活感に乏しく、17世紀オランダの親密な風俗画とは趣が異なります。イーダの頭上の銅版画は何が表されているかわからず、謎めいた雰囲気を高めています。 -
高田安規子・政子(1978- )
高田安規子・政子は一卵性双生児のアーティストユニットで、身近な物や日常風景のスケールを操作し、モノの大きさの尺度や時間感覚における人々の認識を問い直す作品を制作してきました。 -
本展では、部屋を構成する普遍的な要素である窓や扉をモティーフとして、展示室の特徴を活かした新作のインスタレーションを展示します。ところどころ開かれた無数の窓、鍵を挿したままの扉は、閉鎖から開放へと段階的に向かっている現状を示唆し、その奥につながる世界について想像を掻き立てます。また室内と屋外をつなぐ窓や扉を取り上げ、ステイホーム以降変容してきたパブリックとプライベートの境界のあり方を問いかけます。
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高田安規子・政子「Open/Closed」2023年
デザインや大きさの異なった鍵を挿したままの大小の扉は、「何を開くべきか」「何を閉じるべきか」という、コロナ禍で顕わになった各自で異なる価値観や判断基準を暗示します -
高田安規子・政子「Inside-out/Outside-in」2023年
2分の1のスケールに変換された大量の窓からなる「Inside-out/Outside-in」では、物理的な隔たりを感じさせると同時に、内と外の境界を示す、コロナ禍において感じた孤独感を浮き彫りにしています -
佐藤翠(1984- )+ 守山友一朗(1984- )
佐藤翠は、色とりどりの洋服や靴が並ぶクローゼットや花々を、あざやかな色彩によって描いてきました。コロナ禍で佐藤にとっていっそう重要な存在となった、部屋から最も近い屋外としての庭は、クローゼットという部屋の内奥とつながり、自然の植物とドレス、室内と屋外、日常と想像が混じりあい、新たな展開を見せています。長年にわたってパリを拠点とした守山友一朗は、自らの心が惹かれた日常の場面や旅先の風景を観察して、その奥に潜むもうひとつの世界を描き出します。 -
2021年に初めて二人展を開催した作家たちが、本展において共作を含んだ新作の数々によってひとつの空間を構成します
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佐藤翠「Floating Violas Closet」2022年
花から生まれたドレスや花自体が浮遊していき、それからクローゼット自体が浮遊していったというイメージです -
(左)佐藤翠「Light Blue Corner」2022年
(右)佐藤翠「Pale Pink Corner」2022年 -
佐藤翠「Anemones by the Window」2022年
【佐藤翠プロフィール】1984年愛知県生まれ。2008年名古屋芸術大学絵画科洋画コース卒業。在学中ディジョン国立美術大学(フランス)へ交換留学し、2010年東京造形大学大学院造形学部修士課程を修了。平成29年度ポーラ美術振興財団在外研修員としてフランスにて研修を行う。国内外で展示を行う他、装画提供や、小説・コスメブランドとのコラボレーションなど活躍の幅を広げる。 -
佐藤翠「Rose Garden Closet」(表)2022年
二曲屏風に描かれた作品 -
佐藤翠「Rose Garden Closet」(裏)2022年
2021年に初めて二人展を開催した佐藤翠と守山友一朗は、様式を異にしなか?らも、これまて?にいす?れも室内の表現に重きを置いてきました。コロナ禍の閉塞感により、庭をはし?めとする自然への渇望をいっそう促されたふたりは、新作のなかて?閉し?られた部屋と開かれた自然との関係を再考します -
守山友一朗「Roses at Night」2022年
【守山友一朗プロフィール】1984年熊本県生まれ。2005年に渡仏。パリ国立高等美術学校(エコール・テ・ボザール)で、ジャン=ミシェル・アルベロラに師事し、2012年度同学校を修了。その後もパリを中心に活躍の場を広げ、約14年に及ぶパリ滞在中、数々の個展開催や、グループ展へ参加、また、国際アートフェアSt.Art(ストラスブール、2013)や「ART UP!」(リール、2016、2017、2018)などにも出展。2018年12月よりパリから日本に拠点を移し、2019年9月にはArt Salon SCÈNEにて日本初となる個展を開催しました。 -
守山友一朗「Shadow on Rug」2022年
透明感のある薄い油彩の連なりによる眩いばかりの煌めきのなかに、愛着のあるモティーフや自然の織りなす思いがけない瞬間を描き留めています。 -
守山友一朗「Sunset on Pansy」2023年
守山の描く世界は、彼が生活したフランスでの日常や、休暇に訪れたヨーロッパの国々での穏やかな日々の中で目にした、たくさんの小さな愛しさや優しさ、美しさに溢れています。 -
守山友一朗「Cosmos」(表)2022年
こちらも二曲屏風に描かれた作品 -
守山友一朗「Cosmos」(裏)2022年
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佐藤翠+守山友一朗「Rose Room」2022年
2人の共作 -
地下2階の第2会場へ移動します
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ヴォルフガング・ティルマンス(1968- )
ドイツ出身の写真家であるティルマンスは、1990年代に『i-D』をはじめとする雑誌に掲載された自らを取り巻く日常を捉えた作品で脚光を浴びて以来、写真の新たな可能性に挑みながら第一線での活動を続けています。 -
私的な世界を撮影した日記のような写真の舞台としてしばしば登場するのが、彼自身が拠点とした住居やアトリエです。日々の生活のなかで生み出された、ニューヨークやロンドン、そしてドイツの各地の室内を撮影した作品には、ティルマンスの日常に向ける親密なまなざしが反映されています。
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ヴォルフガング・ティルマンス「14 番街」1995年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「窓/カラヴァッジョ」1997年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「静物、ボーン・エステート
」2002年 ポーラ美術館 -
ヴォルフガング・ティルマンス「スカイブルー」2005年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「デューラー通り」2009年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「あふれる光(a)」2011年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「あふれる光(b)」2011年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「あふれる光(c)」2011年 ポーラ美術館
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ヴォルフガング・ティルマンス「あふれる光(d)」2011年 ポーラ美術館
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ポーラ美術館は、写真の新たな表現を開拓し続けるティルマンスの作品を新たに収蔵しています。今回、初展示されるフィルムて?撮影された過去の作品から、テ?シ?タル撮影を経た近年の作品に至るまて?の10点には、彼か?日常生活を送るとともに制作に明け暮れる時間を過こ?した室内か?捉えられています
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ヴォルフガング・ティルマンス「草」2014年 ポーラ美術館
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草間彌生(1929- )
幼少期から幻視や幻聴を体験し、網目模様や水玉が増殖する絵画を制作し始めた草間は、平面のみならずソフト・スカルプチュアと呼ばれる立体やインスタレーション、ハプニングなどジャンルを横断する展開を見せ、前衛芸術家として精力的に活動を続けています。 -
草間彌生「コーヒーカップ」1980年 個人蔵
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草間彌生「南瓜」1981年 個人蔵
草間彌生を象徴するドット柄のかぼちゃの絵。 -
草間彌生「蝶」2001年 個人蔵
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草間彌生「ベッド、水玉強迫」2002年 ポーラ美術館
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ベッドをモティーフとした作品はこれまでに2点制作されており、「ベッド、水玉強迫」はそのうちの1点にあたります。
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白地に赤色の斑点がプリントされた布地で覆われたベッドの内側には、同じ模様の布製の突起物増殖し、穏やかに心身を休めるはずの空間は、異様さを湛えた対極の存在へと変容しています。
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ミュージアムショップです
この日は、まだ図録が出来上がっていませんでした。会期中、また行く機会あると思いますのでその時、購入します -
雪の残る遊歩道を散策しました
森の遊歩道 名所・史跡
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