2023/11/21 - 2023/11/21
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モボ101さん
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コロナ禍の2020年7月にオープンした、國立臺灣博物館 鐵道部園區(国立台湾博物館 鉄道部パーク)を、コロナ明けの2023年11月に訪問しました。最寄り駅は、地下鉄の台北捷運(MRT)松山新店線北門駅。桃園捷運(MRT)の台北駅からも近く、台鐵や高鐵の台北駅からも歩ける距離にあります。実物の車両は整備中の台北機廠鉄道博物館園区で保存展示される計画のため、ここにはありませんが、日本統治時代の台湾総督府鉄道の新庁舎をリノベーションした博物館の建物も含め、充実した展示内容でした。丁寧に詳しくご紹介します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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国立台湾博物館のホームページによると、清の時代の1885年にこの場所に兵器の製造や、貨幣の鋳造を行う機械局が建設され、製錬工場と鍛造工房もあったとされています。日清戦争に勝利して台湾を割譲された日本は、1895年に機械局を接収し、軍の管理下で兵器の製造や修理を行うとともに、船舶や鉄道橋梁なども製造し、後に台湾砲兵工場と改名。1900年に陸軍省から鉄道省に移管され、鉄道の台北工場となりました。
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1908年に台湾西部縦貫鉄道が開通し、鉄道の輸送量と車両の整備需要が大幅に増加したため、1909年に台北工場は拡張され、新しい車両修理工場と塗装工場が建設されました。この工場は1934年に松山に移転しましたが、まだ工場のあった1918年にこの場に建設されたのが、一階が赤煉瓦、二階が木造でバルコニーのある優美な台湾総督府鉄道の新庁舎。戦後は台湾鉄道管理局の庁舎として、1993年に新しい台北駅の中に移転するまで使われました。1992年に台北市政府はこの建物を第三級史跡に指定。リノベーションして2020年から国立台湾博物館鉄道部パークとなりました。
赤煉瓦の建物の角にあるアーチが鉄道パークの入り口。入場料は、大人100元(約500円)。窓口でのチケット購入以外に、MRTや台鐵に乗れるICカードの悠遊卡をタッチすることでも入場できます。子供は半額、平日の65歳以上は無料などの各種割引は外国人にも適用。 -
一階の展示から見ていきましょう。台湾の鉄道は日本とのかかわりが深く、かつては国内でも見かけた車両や駅をはじめとする施設や設備など、日本人には親しみが持てる展示内容です。
清の時代の1890年に基隆から台北間に開通した鉄道は、1893には新竹まで延び、その後は日本の手で1908年に高雄までの縦貫鉄道が開通。それ以後、現在までに至る台湾の鉄道の歴史を展示。
左の機関車のナンバープレートの、CK 123とCK 125は日本の鉄道省/国鉄のC12型蒸気機関車、CT 151は8620型蒸気機関車と同型。Cは日本と同様に動輪が3を、Kはタンク機関車、Tはテンダ機関車を表す記号らしい。 -
1919年の鉄道地図の赤い線は台湾総督府鉄道線。北の基隆から西海岸沿いに高雄に至る、太線で描かれた縦貫線。竹南から追分間は今の海線が縦貫線で、現在のメインルートである台中経由の山線は、台中線として赤い細線で描かれています。
高雄から先、潮州までも細線で。八堵から分岐して東海岸の蘇澳に至る宜蘭線。ローカル線の平渓線、集集線はあるけど、内湾線や林口線(廃止)は戦後の開通。今はMRTになっている、台北から淡水、新北投への淡水線も台湾総督府鉄道線。東海岸の花蓮と台東を結ぶ台東線は、他と連絡のない孤立した路線。
青い線で描かれた私設鉄道は、西海岸中南部の製糖鉄道を中心に多くの路線があるが、保存鉄道以外で今も残って旅客営業をしているのは、阿里山鉄道だけになりました。 -
国立台湾博物館 鉄道部パークといいながら、実質的には台湾鉄道管理局(台鉄)の博物館なのか、立体地図には台湾を一周し、そこから分岐するする今の台鉄の路線が描かれていて、別組織である新幹線の台湾高鉄や阿里山森林鉄路は無視されています。
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そうかと思えば、写真や模型を使って産業鉄道の歴史が展示されています。糖業鉄道と林業鉄道。“123”のナンバープレートは、その下の“台糖”のマークからも解るように、サトウキビを満載した貨車を牽引して製糖工場に運んだ、製糖鉄道の蒸気機関車のものでしょう。その下の“北”のマークは北港製糖。
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この他にも、森林鉄道、塩業鉄道、砿業鉄道、軍用鉄道、工業鉄道など。
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大型の鉄道模型を使った、蒸機からディーゼル機、電機に至る動力の変遷です。
CK101の実物は日本製。台湾総督府鉄道の縦貫線で活躍した400型だが、日本の鉄道省/国鉄には同型はありません。蒸気機関車全廃後、1998年に最初に動態に復活し、彰化の扇形庫で出会ったが、その後に稼働状況 が聞こえてこないので、今はどうなっているのやら。 -
1960年に日本から輸入した、日立製の電気式ディーゼル機関車R0型の大型模型。動輪が6軸で、台湾に輸出前に日立から国鉄が借用してDF91の型式名で試用したが、日本では採用されなかった型式。実物には、苗栗鉄道文物展示館で出会っています。
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縦貫線の電化時に、英国のゼネラルエレクトリックカンパニー(GEC)から輸入した、台湾で最初の電気機関車。1976年に南アフリカで製造。実物は彰化で保存されているというが、扇形庫を3回訪れても、まだ出会ったことがありません。
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建屋内に莒光号の客車の一部、車端から3列目の座席までを実物大で再現。肘掛けの小テーブルがあれば、国鉄時代の1等車(後のグリーン車)の座席そのもの、グレードの高い座席。
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デッキへ通じる扉の横に給湯器。日立製の電車、新自強号の大量導入により、莒光号の運行本数が大幅に減少して今や風前の灯火だが、現存の莒光号の客車では給湯器は見かけなかったような気がします。
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木造駅舎を再現。日本統治時代の1919年に建てられた、屏東線の“竹田”駅をモデルにしているらしい。駅舎の外には、手荷物を扱っていたときに使っていた分銅秤。屋外のベンチは駅舎より新しく見えるが、半世紀前のデザインか。
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待合室内には、造りつけの木のベンチ。左に出札窓口と、手荷物の受付窓口。乗車時のホームへの改札口はその隣。下車時の外への出口は右端の改札口から。昔は日本の国鉄の駅でも、乗車と下車で動線が分けられていました。
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出札窓口と手荷物の受付窓口を事務室の内側から見たところ。右に置かれているのは、硬券の切符を入れている箱。
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事務室内には、列車運行の安全を確保するタブレット閉塞機。左の箱には“潮州”、右の箱には“西勢”の名前が書かれています。いずれも“竹田”の隣駅。チンチンの音が聞こえてきそう。
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事務室内の電話機や切符を切る改札鋏、切符に押すスタンプなど、どこをとっても、かつての日本の国鉄のローカル駅そのもの。
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台湾総督府営繕課技師として台湾に赴任した日本人の森山松之助。
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松之助は、東京駅や日銀本店などを手がけて日本近代建築の父とよばれた辰野金吾から学び、
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台湾総督府や台湾総督府鉄道新庁舎をはじめ、松之助がてがけた台湾の多くの官庁建築は今も大切に保存され、現役で使われているものも多いそうです。
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1920年代でしょうか、木造でダブルルーフの客車の車端部のモックアップ。ステップが付いているので、展望車ではなく、乗降用のオープンデッキでしょう。
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モックアップの室内側には、3枚の列車名板(ヘッドマーク)。真ん中の観光号は台湾を描いているけど、左右の莒光号と光華号の背景は中国大陸。青天白日旗を掲げた蒋介石が、大陸奪還を目指していた時代のヘッドマークでしょう。
中央の座席は、1950年代の前半に運行していた1等車、2等車、3等車と食堂車、郵便荷物車で構成する優等列車、成功号の最後部に連結した密閉式の展望車で使われていたうちの一脚らしい。 -
台湾では、日本統治時代から食堂車を連結した列車がありました。中央下の説明板の写真にあるのは、1等の乗客に食事を提供した木造車体でダブルルーフの食堂車。台鉄では1960年に日本から購入した食堂車を観光号に連結。ここにテーブルがセットされているのは後者でしょう。
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その観光号の客車の模型がこちら。実物は1960年の日本車両製。窓から白い枕カバーが並ぶのが見えるので、食堂車ではなく座席車。
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ここに並んでいる模型を紹介。日本統治時代の1935年に導入した、日本の鉄道省のキハ42000型、後の国鉄のキハ07型とほぼ同型、先頭部が丸い機械式ガソリン動車。日本車両製と川崎車両性があり、台鉄になってからは車体の更新で前面貫通化、ディーゼルエンジンや台車の換装、さらには台湾車両での車体新造と続き、もはや面影をとどめないものの、日本車両製のステンレス車体の気動車と交代する1999年まで生き延びたのだとか。
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乗務員室扉がないことを除けば、日本のキハ10系によく似たバス窓のディーゼルカー。車内は転換式クロスシート。その座席間隔に合わせたので、多くの狭幅の窓が並ぶ。1956年から1957年の東急車輌製だが、エンジンはカミンズ製を搭載。
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このコーナーでの最後の模型は、西部幹線の電化時に自強号に導入した英国製で台湾初の電車。車内の座席が見えるカットモデルになっていて、登場時はこんな塗色だったんですね。でも、このパンタグラフの形状では、果たして折りたためるか疑問。
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貨物列車の最後部の連結された車掌車のモックアップ。カットモデルで車掌さんの乗車する車内の様子を再現。
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その奥には、荷物を積んだ木製有蓋貨車のモックアップも。
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莒光号の車体に見立てたパネルで車両の紹介。日本統治時代に臥車(寝台車)が導入され、1922年に1等寝台、1928年に2等寝台、1933年に3等寝台が登場。すでに廃止されたが、1960年代の台鉄の1等寝台は個室のシングルベッド、2等は2段、3等は3段ベッドで、車内の写真は3等寝台車。
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隣接して客廳車(客庁車、パーラーカー)の紹介。米国の援助で導入したリクライニングシートの客車を改造して後部に展望デッキを設け、車内にリクライニングシートに加えてバーカウンターやダイニングテーブルを装備。かつては、李登輝総統の島内巡回特別列車に充当された時代があったとか。
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写真とパネルで各種列車の解説。藍色に白帯のディーゼル機関車や客車は、台鉄の標準色。2020年末の南廻線の電化完成時のダイヤ改正で、最後まで残った普快車が引退して、一部の観光列車を除く一般の列車から、この塗色は消え去りました。
ここでは、近年に台鉄も車両の色に関する規則を定めたが、実際には現場の職人が塗料を調合するので、微妙な違いが生じることがあるような説明がなされています。 -
1978年の縦貫線の電化時から運行を開始した、台鉄の看板列車“自強号”の紹介。それ以前の“光華号”より豪華な車両たが、台鉄は政府の政策の影響を受けやすく、その時々 の状況に応じて英国、南ア、イタリア、日本等から自強号を輸入したそうです。写真は、東急車輌製のDR2800型ディーゼルカーと、韓国製の客車の両端に南ア製の電気機関車を配置する自強号。それ以後、日本製の太魯閣号や普悠瑪号を導入したとの記述があります。
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台鉄には数年前まで、客車列車に“復興号”の列車種別があり、これの上位で自強号との間に位置する客車列車の“莒光号”も今では本数が削減されて、機関車の牽引する客車列車が消滅寸前の状態です。
台湾の唐栄鉄工所で製造した客車を使用して、縦貫線の電化後に導入した“莒光号”は、1980には在来の客車と併結して“莒興号”として運行。両者の違いは座席間隔と車体外側の2本の白い線だけで、同じ列車に異なるレベルの車両が混在しており、経営上の問題から、1981年から“莒光号”と“復興号”の名で分離して単独で運行することになり、この時に後者はオレンジ色から空色に塗色を変更したのだとの説明がなされています。 -
軌間762mmのナローゲージで、他線と連絡がなかった時代の台東線に、1961年に導入したディーゼルカーは、1両で2両の客車を牽引。1968年から運行を開始した、バス窓のディーゼルカーによる特急列車光華号には、乗客にお茶やおしぼりを提供するサービススタッフが乗車し、花蓮-台東間に3時間10分で運行していました。
同じくナローゲージの阿里山森林鉄道。シェイ型の蒸気機関車で有名だが、1960年代にディーゼルカーを導入。1973年にはより快適な光復号が運行を開始。1982年に開通した阿里山公路のバスに対抗して、1984年から運行を開始したのがエアコン付きの阿里山号。写真は1976年の光復号と2006年の阿里山号です。 -
1963年に阿里山森林鉄道の導入された、赤に白帯の日本製ディーゼルカー“中興号”は、嘉義から阿里山を従来の半分の3時間強で結び、1990年まで運行。1970年に林務局は“中興号”を増備し、一部を青緑に白帯で羅東森林鉄道に割り当て“中華号”として運行したが、1979年の台風被害により廃線になったとか。
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製糖鉄道は日本統治時代にガソリンカーを導入した実績があり、戦後の台湾糖業公司は1949年に数台の日立製ディーゼルカーを輸入。この勝利号は龍岩製糖工場に配備され、1968年に新営に移管、1990年代まで使用され、現在は烏樹林に保存されています。
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台湾の鉄道では、日本統治時代に日本の鉄道省(後の国鉄)が定めた標準書体を使用していました。この書体は視認性が良いことから、車両の型式や番号、検査記録などの表記に、今も台湾で継続して使われています。
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各種切符の印刷です。解説用のモニターには、日本語もあります。
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左は熱感応式の切符印刷機。右は硬券の印刷機。
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手前の横に長い紙は硬券の原紙。右には硬券の背景の模様の原版など。
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硬券の表面と裏面に印刷されている文字の説明。
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各種の硬券をアクリル板で挟み、回転させて表面と裏面を見ることができるようにしているユニークな展示。
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コンピュータで発券する切符に印字されている項目や内容の説明。
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駅の窓口にあるコンピュータ発券の端末と、
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キーの数が多い専用のキーボード。左下2段のブロックには、キートップに駅名が順番に印刷されているが、使用頻度の高い台中や高雄などは薄くなって消えかかっている。
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それでは、博物館の二階に行ってみましょう。各種鉄道建築の紹介。
台湾には蒸気機関車時代の扇形庫や、電気機関車用の長い車庫が保存されています。模型は彰化機関区の扇形庫と3線が並んだ苗栗車庫。 -
コンピュータが無かった時代に、独立した建物内で手動にて、ケーブルでつながった信号や線路のポイントの切り替えを行う、信号扱所の模型。中国語では號誌樓というらしい。
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それぞれの時代の縦貫線主要駅の駅舎。左は基隆と台北。右の新竹、台中、嘉義は現役の駅舎や代替わりしても保存されている駅舎。
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額縁に入った鉄道のダイヤグラム。縦に路線の距離と駅名、横に時刻をとり、斜めの線が1本の列車を示し、列車交換や追い抜きを読み取ることができます。上段左が1998年の台湾鉄路管理局列車運行表、右が日本統治時代の1936年の台湾鉄道列車運行表、下段は1950年の左が縦貫線、右が 複数のローカル線のダイヤです。
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日本の統治時代の初期に、日本政府は台北を手始めとして、鉄道駅と政府庁舎の間を重点的に、都市を体系的に再編する事業を実施。写真は、台湾初の洋式ホテルとして、台北駅近くに建設された三階建ての台湾鉄道旅館。
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鉄道旅館の模型も展示されています。太平洋戦争末期に台北大空襲で焼失するまで、日本統治時代の台湾を代表するホテルだったとか。
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左は、最近は日本で人気の秘境駅。秘境駅(中国語で秘境車站)は日本で生まれ、鉄道以外ではアクセスが難しく、人がまばらな駅を指すと解説し、南廻線の正式開業前に廃止された富山駅、山中にあり職員のみが利用する方野駅、阿里山森林鉄道の多林駅を紹介しています。
右は、プラットフォーム(中国語で月台)の高さの変遷。鉄道開業時の30cmから1940年代の高雄駅では76cmに、1990年代のMRTでは車両の床面と同じ高さになり、今の台鉄では115cmで造られているのだとか。 -
山岳国である台湾では、鉄道の建設にはトンネル工事が付随し、現在の台鉄で最長の山岳トンネルは10.3kmの新観音トンネル、高鉄(新幹線)では7.38kmの八卦山トンネルだそうです。
日本にもよくある、トンネルの入口に書かれた碑文の“扁額”について、いくつかの具体的な例を紹介しています。上の写真は苗栗トンネルの“功維敘”。 -
左は、上部に扁額のあるトンネル。右では、1888年に最初に建設された獅球嶺トンネルと、川の下をくぐる水底トンネルや、軍の射撃場の下をくぐる特殊なトンネルを紹介しています。
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次は鉄橋。手前には実物大のプレートガーダーの鉄橋。奥の左は鋼製のトラス橋の、右は木橋の模型。
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“鉄道旅行”のコーナーかと思ったら、よく見ると“鉄道行旅”。でも、英語から見ても意味するところは鉄道旅行ですね。 中央では、鉄道を題材にした記念切手や宝くじを紹介。
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駅の改札で駅員が中に立って切符を切っていたラッチと、日本製と思われる自動改札機。その向こうに立つ箱は自動券売機。
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タブレット(通票)閉塞区間の駅で、通過列車が通票受器にタブレットを入れ、次の区間のタブレットを受け取る通票授器。こんな近くには置いていないし、 投入口の向きからすると並べる順が逆では
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彰化駅のCTCローカル制御盤。現在台鉄ではほぼ全線をCTCの管轄下に置いていて、指令センターと各駅の操作室にある現地制御盤を接続。信号やポイントは指令センターで制御するが、列車本数の多い一部の主要駅では、指令の同意を得てローカル制御に切り替えることができます。
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タブレット閉塞器。書かれている駅名からみて、CTC化する前の台東線で使われていたと思われます。机の上には、閉塞器から取り出してタブレットのケースに入れ て列車に渡す、中央の穴の形の○や△、□などで区間を示す、タマが並んでいます。
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信号機や踏切警報機、距離標や勾配標など線路脇で見かけるものが並んでいます。どれも日本で使われているものとよく似ています。
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鉄道パークの、もと台湾鉄道管理局庁舎の模型。この建物自体が、台北市政府が第三級史跡に指定する文化財。
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二階の室内の柱や天井には優美な装飾。
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二階の部屋の窓。透明ガラスと磨りガラスの組み合わせが面白い。
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その窓ガラス越しに外を見ると、クルマの行き交う広い忠孝西路の向こう側に清の時代の北門と、日本統治時代に台湾で初めて建てられた郵便局である郵政総局、今の台北北門郵便局。
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1970から1980年代。台鉄の路線が地下に移行する前の台北駅周辺を再現した大きなジオラマ。初めて台湾を訪れたときは、まだ地上の台北駅でした。
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これは東西に延びる縦貫線の台北駅を、東側から見たところ。駅に隣接して機関区の扇形庫。ホームから手前へ、すぐに右に分かれていく単線の線路は、今はMRTになっている台鉄の淡水線。
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南北に2本の長い跨線橋のある台北駅。ホームに停車する列車は、左に高雄方面の莒光号やタンク車を連ねた貨物列車。中央のオレンジ色のディーゼル機関車が牽引するのは、まだ電化されていなかった宜蘭線に直通する列車でしょう。右端のホームの藍色のディーゼル機関車が牽くローカル列車は淡水線。
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台北駅を西側から見たところ。駅舎に面した右側に縦貫線、左には淡水線のホーム。駅前広場にバスが並んでいる。
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台北駅を発車してポイントを渡り、縦貫線を基隆方面に向かう電気機関車牽引の復興号。次の停車駅は松山。
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台北駅をあとに、西門方面に南へ大きくカーブして萬華に向かう縦貫線の貨物列車。右端に、今いる国立台湾博物館鉄道部パーク、当時の台湾鉄道管理局の庁舎が見える。
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夜になって街や駅、列車内に明かりが灯る。
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1934年に松山に移転するまで、台北駅に隣接する今の国立台湾博物館鉄道部パークの場所で、鉄道車両の整備を行っていた台北工場の1910年代の姿。
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台北工場の跡地に建つ、台湾鉄道管理局の庁舎を背後から見たところ。中央の八角屋根は男子トイレ。工務課や庶務課の事務所だった左下の木造平屋建ては、子供向けの展示室になっていて、後で訪れることに。道路と線路の向こうには、今も変わらぬ北門と台北北門郵便局が建つ。
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ジオラマのある部屋の廊下には列車の座席が展示されていて、それぞれの座り心地を確認しながら休憩もできます。説明はないが、いずれも回転式のクロスシートで、今までに一通り乗車した記憶ががあります。
天井の扇風機も、冷房のない普快車で回っていたものでしょう。 -
ビニール張りでリクライニングしないこの座席は、客車の普快車で使われていたもの。
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一人ずつに分かれたこの座席は、縦貫線の光華号で華々しくデビューし、台東線の普快車で使命を終えた東急車輌製のディーゼルカー、DR2700型だと思われます。
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ビニール張りのリクライニングシートは、客車列車の復興号。
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モケット張りで、復興号よりリクライニングの角度が大きく、大きなフットレストがあり、間の肘掛けがなければ日本の国鉄時代の1等車(グリーン車)によく似た座席は、客車列車の莒光号のもの。
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一階に下りて、本館の裏で隣接する木造平屋建ての建物へ。ここは児童展(キッズギャラリー)。
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12歳以下を対象とした、子供が遊べるいくつかの部屋。
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蒸気機関車に関する子供向けの展示。
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ボイラへの投炭ゲームでしょうか。汽車はおなかをすかせています。急いでシャベルを持ち、石炭を少し投入し、1分以内に汽車に食料を与えて出発しましょう!
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中庭に出て見た、国立台湾博物館鉄道部パークの本館の裏側。
国立台湾博物館 鉄道部パーク 博物館・美術館・ギャラリー
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中庭の奥には、まだ修復中の建物も。
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1919年に建てられた、八角形のコンクリート造りの男子トイレ。今は中央の小便器だった場所に建物の解説が置かれています。
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第二次世界大戦中の1943年に、中庭に造られたコンクリートの防空壕が残っています。内部は公開されていません。
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台湾の鉄道雑誌。鉄道情報は、20年ほど以前に台鉄本舗で買って帰ったことがありますが、種類も増え、今も続いているようです。
一通りの見学を終えるまで1時間半以上を要しました。実物の鉄道車両は、松山の台北機廠あとに整備が進む鉄道博物館(台北機廠 鉄道博物館園区)で公開されるので、ここにはありませんが、日本の鉄道と兄弟のような台鉄を中心とした、充実した展示内容に十分満足できました。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
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