2024/11/09 - 2024/11/09
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FUKUJIROさん
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銚子から犬吠埼・外川方面に至る鉄道敷設は、明治34年(1901年)に総武鉄道によって着工されたものの、工費が莫大過ぎて採算に合わないことから途中放棄となりました
次いで、大正2年(1913年)12月28日に銚子遊覧鉄道が銚子~犬吠に至る3里半の軽便鉄道開通しましたが、第一次世界大戦が勃発すると鉄材の暴騰が起こり、レールを筑波鉄道に売って銚子遊覧鉄道は解散しました。
そして大正12年(1923年)に銚子鉄道株式会社が設立、銚子~外川間を開業しました。
戦後、千葉交通が銚子電気鉄道とほぼ並行する定期路線バスを走らせると経営が悪化、千葉交通の系列下になりました。
昭和44年(1969年)から公的助成・補助を受けたものの、親会社が変わるなどの影響で経営はさらに悪化、平成17年(2005年)に、後に社長となる竹本勝紀氏が顧問税理士に就任、あまりにも杜撰な帳簿を見て驚いたそうです。
平成24年(2012年)12月に竹本氏が社長に就任、自ら運転免許を取得して運転士の負担軽減に努めるなど経営再建を進めています。
鉄道事業のほか、食品製造販売業及び物品販売業を行っており、鯛焼きやぬれ煎餅、揚げ餅、佃煮等を製造・販売して年5億円程度の売上高のうち鉄道以外の収入が8割を占めるとされています。
う~ん、どれも大好きな食べ物なんですが、FUKUJIROは糖質と塩分を制限しなければなりません。糖尿病患者向けの新商品も開発してください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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外川港に向けて坂道を下ります。
近年、坂道には名前が付きました。ここは一条通り。 -
長屋通りを下っています。
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外川は、江戸時代初期の明暦2年(1656年)に紀州から移住したに崎山次郎右衛門によって、外川漁港とともに同時に開かれました。
海へ下る斜面を碁盤目状に区割りしています。
外川の町並みは、百万都市江戸を支えた江戸近郊の四つの代表的町並み群の一つとして日本遺産(北総四都市江戸紀行)に認定されています。 -
海抜10m。
東日本大震災では東北地方の沿岸を30m以上の巨大津波が襲ってきました。 -
外川漁港。
駅より徒歩約10分。本来の用途である漁業基地としての他、沖釣りの遊漁船の基地として利用されています。釣り客向け施設が漁港周辺に軒を連ねています。 -
銚子市漁協 外川支所。
国の外川地区広域水産物供給基盤整備事業により整備されました。 -
本浦通りを上ります。
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本浦通りを上っています。
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本浦通りから海を振り返った様子です。
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海抜15mまで上がってきました。
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外川で食べ物屋さんを探すのは意外と大変でした。
金兵衛食堂も混んでいましたが、20分待ちで入店できました。 -
金兵衛食堂。よくある何でもありの蕎麦屋さんです。
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金兵衛食堂。
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初めてのお店では好きなものを頼むのが外れないので、天ざる蕎麦をいただきました。
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外川ミニ郷土資料館に来ました。
入館無料。開館時間は、10:30~15:30。
休館日は、火・水曜日(祝日は開館)。 -
外川ミニ郷土資料館。
有限会社〆印島長水産の先代社長が平成19年(2007年)3月18日に開設しました。
外川の歴史にとても詳しい案内人(初代館長の奥様)が素敵な方でした。 -
資料館入り口の鐘。
昔、霧の濃い日に鳴らしていたものです。 -
江戸時代になると紀州の出稼ぎ漁夫達が黒潮に乗って移ってきました。
銚子市内には熊野神社や西宮神社が勧請されて、外川を開いた崎山次郎右衛門をはじめ、関西(特に紀州)から銚子に移住した人が大勢いました。 -
銚子の家号と名字を見てみると、紀伊半島辺りの地名に関する名前がとても多く見られます。銚子に限らず、房総半島の館山や勝浦でも同様らしいです。
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紀州にルーツを持つ人々が多く移り住みました。
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展示の様子。所狭しと資料が置かれているので、ただ眺めていても何もわかりません。
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展示の様子。先客が帰り、案内人の島田泰枝さん(初代館長の奥様)を独り占めして説明をお聞きしました。
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長谷川 賢(かた)さん(25歳頃)。
竹久夢二「宵待草」の幻のヒロインと言われた方は、銚子の出身でした。
夢二との関係は続かず、音楽家の須川清太郎氏と結婚し、昭和42年7月に愛知県で亡くなりました。後年、家族には夢二を「今でいえば、ま、不良ね」と語ったそうです。 -
竹久夢二は、明治43年(1910年)の夏に家族と銚子の海鹿島にあった宮下旅館へ避暑に訪れます。そして、隣家の三女・長谷川 賢に恋心を寄せました。
翌年再訪するも、賢はすでに結婚し、銚子を離れていました。
宵に咲き一夜で花を終える宵待草に自身のひと夏の恋を重ねて「宵待草」を創作したといわれています。
この額は、同じ竹久夢二の「九十九里へ」の色紙です。 -
蟹足で作られた帆船模型。
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外川駅のジオラマ。
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展示の様子。
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海中から引き揚げられた壺。
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琥珀の原石。
日本の三大琥珀産地は、岩手県久慈市,千葉県銚子市,福島県いわき市とされていますが、銚子からは国内で最も古い年代の琥珀が産出されます。 -
アンモナイトの化石。
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鯨の化石。骨の化石は重く、血管の化石は軽いです。
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錦絵。
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在りし日の初代館長(有限会社〆印島長水産の先代社長)島田俊雄さん。
奥様の話では「糖尿病なのに食事制限ができなかった人、命を縮めた(享年64歳)」とのこと。 -
つきぢ田村からの御礼状。
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房総半島俯瞰図。
左端に犬吠埼灯台が描かれ、銚子電気鉄道も描かれています。 -
魚類図鑑。
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明治45年7月再版の銚子港全図。
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島長さんの祝い羽織。
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昭和22~23年頃の外川。
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銚子市にあった遊郭街「松岸遊郭(まつぎしゆうかく)」の写真も見せてもらいました。
利根川舟運や漁港、門前町で賑わっていた飯沼には古くから遊郭が形成されていました。松岸遊郭は元禄年間(1700年頃)に誕生し、明治、大正になってもその名は全国に知られていました。
東側と西側の入り口には赤レンガの大門があり、日が沈むと大門のガス燈が灯っていたそうです。 -
木造三階建ての第一開新楼。
80室もある大きな妓楼でした。 -
第二開新楼に作られた中庭。
50室あった遊郭で、利根川から水が引き入れられており、四方に水を巡らしている様子はまるで浮島のようでした。朱塗りの太鼓橋もあり、船でやってくる客はそのまま中庭に漕ぎつけるようになっていました。
第二開新楼は「龍宮城」ととも呼ばれていました。 -
松岸遊郭の名物だった「大漁音頭」。
松岸遊郭で働く女性は銚子の貧しい農民・漁民や職人の娘が3分の2を占め、残りは近郊の香取、匝瑳、海上からの女性達によって構成されていました。
利根川水運の衰退とともに松岸遊郭も規模が縮小し、昭和に入ると貸座敷(遊郭)は二軒のみになりました。
そして、大東亜戦争開戦間近となった昭和16年(1941年)11月15日に、松岸遊郭の解散式を行いました。 -
さて、犬吠埼灯台を見に行くといったところ、「外川のもんはみんな歩いて行くもんだ」と言われたので、歩いてみました。
犬吠埼市営住宅を通り過ぎました。 -
銚子市立高神小学校。
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かなり高い場所度と感じましたが、それでも海抜26.5m。
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キャベツ畑。調子は全国有数のキャベツ生産地です。
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ホテル&スパ月美 太陽の里。
太平洋を見下ろす額上にあります。高級感あふれるオールインクルーシブ リゾートだそうです。 -
キャベツ畑の先の丘には、地球の丸く見える丘展望館があります。
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犬吠駅の入り口です。
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遊歩道近道と書いてありますが・・・。
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海へ向かって下りて行きます。
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林を抜けると海が見えました。
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おおっ、犬吠埼灯台が見えました。
しかし、道が違っているような気がします。 -
そう、遊歩道への近道であって、灯台への近道ではありませんでした。
もう一度坂道を上ります。 -
灯台へ向かう道を歩きます。
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高浜虚子句碑。
犬吠の
今宵の朧
待つとせん
高浜虚子は昭和14年に銚子を訪れました。 -
平成30年(2018年)に閉館した犬吠埼マリンパーク(水族館)跡地に何かいます。
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卵の殻を破って出てきたのは、何でしょう。
調べたら、角竜あかちゃんでした。平成5年(1993年)に全館リニューアルした際に誕生したそうです。営業していた頃は館内にも恐竜がいたらしいです。 -
海抜18.9m。
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外川から、途中で道に迷っても約30分で犬吠埼に着きました。
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広い駐車場を歩いて犬吠埼灯台に近づきます。
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犬吠埼灯台。点灯150年の垂れ幕が出ています。
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犬吠埼灯台。明治7年(1874年)11月15日に初点灯。
国産煉瓦を使用した最古の西洋式灯台として歴史的文化財的価値が高く、国の重要文化財及び海上保安庁のAランク保存灯台に指定されています。
また、世界灯台100選にも選ばれています。 -
入場チケットを買ったら、「海と灯台ウイーク2024」の記念バッヂをもらいました。
期間限定だったので、ラッキーでした。 -
地上から灯台の頂部まで高さ31m、平均水面上から灯火まで52m。
レンガ造りの建築物としては、日本一の尻屋埼灯台につぐ高さを誇っています。 -
「のぼれる灯台16」の一つ、99段の螺旋階段があります。
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国内最大級の第一等フレネルレンズの内側。
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灯台の外側には3/4周できる展望スペースがあります。
幅は1.5人分なので、すれ違うときは怖いです。 -
犬吠埼は日本一早い初日の出を見ることができます。
この付近一帯は、小島・岩礁が多く、昔から海の難所と言われていました。
榎本武楊の率いる幕府の軍艦美加保丸が、江戸から函館に回航する途中、 ここの黒生(くろはえ)の岩礁に乗り上げ、乗組員13名が死亡しています。その難破船から引き上げられた船首飾りが圓福寺龍王殿に鎮座している龍神様だそうです。 -
西側、中央右寄りが銚子市内の方向。
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光達距離は19.5海里(約36km)です。
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螺旋階段も狭いので、すれ違いには譲り合いの気持ちが必要です。
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犬吠埼灯台資料展示館は工事中でした。
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灯台の入り口にある展示室に入りました。
犬吠埼灯台のマスコットキャラクターは、うみまる君。 -
巡視船かとり。長さ77.816m、964.18トン。
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大きな電球。
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展示室内の様子。
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犬吠埼灯台を設計監督した英国人R・H・ブラントン。
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ブラントンは、イギリス製の煉瓦を使用するべきと主張しましたが、 日本人の中沢技師は国産品使用を訴えて、県内で良質の土を発見し、外国製品に比べて遜色のない優良な煉瓦を完成しました。灯台・付属舎・宿舎に19万3千枚の煉瓦を使用しています。
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巡視船つくば。長さ35m、180トン。
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測量船 明洋。長さ60m、621トン。
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犬吠駅前に着きました。灯台から歩いて10数分。
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方位盤。
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犬吠駅。
昭和10年(1935年)8月、燈台前駅として開業しました。
平成2年(1990年)12月、ポルトガルの宮殿風建築の駅舎が竣工しました。 -
平成19年(2007年)8月4日に設置された「貧乏がイヌ」像。「桃鉄」の登場キャラクター「貧乏神」をモチーフにした石像です。
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ホームの壁なんですが、ゲートが付いています。
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駅舎内は、ぬれ煎餅の売店です。
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駅舎内には、「銚電写真館・中井精也ギャラリー」がありました。
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単式ホーム1面1線。
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1日平均乗車人員は103人(2019年度)。
この時は20人ほどが乗車しました。 -
銚子駅に戻りました。駅前広場の飾り。
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コンクリート柱についているマークは、国際信号旗というものです。
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「海を前にして」というモニュメントです。
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国木田独歩の詩碑。
平成20年(2008年)に造られた国木田独歩100年忌記念碑があります。
独歩は明治4年(1871年)に銚子で生まれました。
独歩の父・国木田専八は、船役人として銚子沖で遭難した軍艦美加保丸に乗っていて負傷しました。救助された専八は、銚子の旅籠・吉野屋で療養していたとき、そこで働いていた淡路まんと不倫の関係となり、生まれたのが独歩です。
独歩が36歳で亡くなる直前に病床で口述筆記したのが「病牀録」で、その言葉が記念碑に刻まれています。
夏の波は高く
冬の波は低し
土用七月の波
これを犬吠岬に見る
その壮観
未だ忘るゝ能はず -
帰りもローカル線を乗り継ぎます。
JR成田駅から京成成田駅の間にイルミネーションがありました。 -
こちらは空港のイメージかな。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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